2018年12月27日

服を着るならこんなふうに(2)

服を着るならこんなふうに(2)
服を着るならこんなふうに(2)

「服を着るならこんなふうに」|ヤングエースUP

「俺だって欲しいんですよ スーツに合わせると大人っぽくしっかりして見えて あわよくば普段使いもできるような万能のコートが…」

なんだろう、とても最近の自分の心境とシンクロしたようなセリフが……。ごめんなさい、欲ばったこと言わずに何か買うことにします。

というのはさておき、今回は前の巻のラストで登場した樋口さん流のファッションの考え方が披露されるお話でもありまして。

樋口さん流、それは第一にしてなによりの趣味というレベルでお金をファッションにつぎこむものであり、1巻の話でへーへー言いながら読んでた人間からしてみればまるで別世界のようでもあるけれど、ひとつの方向性としてそうした路線もあるのだと伝えてくれるのであり、それと同時に無限にあるわけでもない元手でのやりくりの方法を教えてくれるものでもあり。いわば、基礎を学んだところで今度はそのすこし上のクラスをのぞいてみる感じでしょうか。

背伸びしないと手が届かないような感もあるものの、でもそうしていろいろ着こなしたりファッションの話をしてる樋口さんを見てると、これはこれでとても楽しそうでもあるんですよね。なににつけ、思いっきり楽しんでいる人を見てるとなんだかいいなあと興味がひかれるものもあるというか。楽しんでこその趣味であり、楽しみ方がわかってくるとより面白くなってくるのが趣味でもあるんだろうなと、本読み趣味の人間としてもわかる部分もあり。

そんな今回の話でいちばん面白かったのは、「流行のシャワー効果」と呼ばれていた考え方。これは服のトレンドの伝播経路に関するもので、おおざっぱにまず海外のトップブランドで最先端のデザインとして生まれたものが、何年も何年もかけて徐々ににその下のクラスその下のクラスのブランドに真似されていって、最終的にはファストファッションのお店でも見られるようになっていくという、そんな流れのことのようで。これを理解しておけば、あらかじめちょっといいお店で下見をきておいて、いいなと思ったようなデザインのものが手頃な店でも並ぶようになったところで手に入れることもできるし、またそうした知識をしいれておくことで大衆的なオシャレの流行を先取りすることもできるのだそうで。この辺、ひとつの流行だけで好みが満たされる人ばかりではないのではという気もするものの、むしろそれほどこだわりのない人にとっての手軽なチョイスとして有効に機能するものではないかと思ったり。

そんな感じで、今回もおもしろい話でした。躁的な買い物には気を付けたいですね……。

あと妹ちゃんも、今回もかわいかったですね。個人的にはメガネかけてるほうがかわいさアップして感じられるような気がしますがそれはともかく。

次回は、どんな話でしたっけ? まだ既読の範疇ですが、そろそろ記憶があいまいになってきてて。ともあれ、次も楽しく読ませてもらいたいです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 19:01| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。―AΩ―(1)

即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。-ΑΩ-(1) (アース・スターコミックス)
即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。-ΑΩ-(1) (アース・スターコミックス)

即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。−ΑΩ−|コミック アース・スター

あ、これおもしろいわ。

タイトル見て一発ネタかと思ってたんですが、読んでみるとそれだけで短いお話が作れそうな設定がこの一冊だけでもいくつも詰めこまれてる感じ。それになにより主人公とヒロインのキャラがいい感じで、掛け合いがとてもおもしろい。これを読み逃してたのは悔やまれる。

連載開始時点で1話目を読んで、これはおもしろいと思えたものだから、つづきも気になるし原作小説のほうで読んでいこうという気にもなったのだけど、文章で読むと1話から2話にかけてのやられ役がくどくて無理だったという。最近ちょくちょくあることですが、ともあれマンガで追っていく方向で。

それはそれとして、ストーリーとしては、即死チート持ちの主人公がクラスごと異世界転移させられて、スキルなしを理由にクラスの皆から置いていかれる系統の話。

ヒロインの壇ノ浦知千佳(すごい名前だ)も主人公ともども置いていかれた組なんだけど、このふたりの掛け合いが基本的におもしろいんですよね。元の世界からチート持ちだった影響か、異世界に来てもぬぼーっとしてマイペースなところのある主人公に対して、一般人代表のようにしてツッコミをいれていくスタイル。それもいきなり訳のわからない事態に巻き込まれた状況もあってかやけくそぎみなハイテンションのノリツッコミはテンポもよくて、シリアスな状況なのに笑いを誘ってくれて。クズな悪役の言動で気分が悪くなりそうな場面でも後を引かせない効果もあるように感じられたりして。個人的にこのマンガ版のテンポとは相性のいいところがあるのかもしれません。

というのもこの作品、登場人物にろくでもないやつが多いんですよね。知千佳がスタイルのいい女の子だとなると好き勝手な欲をあらわにしたり、特別なスキルを手に入れたことでそうでない人たちを見下したり。しかもそのほとんど全部が転移してきた日本人だったりするからあきれるというかかわいた笑いしか出てこないところで。まあ主人公も他人よりちょっとチート能力との付き合いが長いというだけで、中身は健全な男子高校生みたいなんですけどね。こんな状況を見れば知千佳ならずとも「ろくな男がいやしねーよ!!」って反応にもなろうというもの。

そんな感じで、日本人のダメっぷりやらヒロインによるテンポのいい掛け合いやらを楽しませてもらいつつも、話としてはまだはじまったばかりというところで。主人公のチート能力もまだその全貌はうかがいきれないところがあり、ヒロインの知千佳のほうもなにやらいわくありげなスキルを抱えてそうですがこちらもお披露目はまだ。つまり能力バトルものとしておもしろくなれそうな要素がまだ秘められてるんですよね。それに、転移先の世界についてもわからないことだらけであり。この先どういった方向に話が転がっていくんだろうかと、ふくらむ期待を抱きながら次の巻を待ちたいところですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:25| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月26日

兵農分離はあったのか

兵農分離はあったのか (中世から近世へ)
兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

兵農分離はあったのか - 平凡社

もともと自分が「兵農分離」という言葉に持っていたイメージとしては、冒頭でもあげられていたような、軍隊の専業化、それによる強い軍隊(信長・秀吉勢力)、そして江戸時代の士農工商へとつづいていく階層分化の走り、という感じだったでしょうか。

けれどこの本によれば、歴史学における兵農分離論が含む範囲はもっと広いという。兵の専業化のほかに、武士の城下町集住、百姓の武器所持否定などといった論点が含まれるという。また、武士と百姓の身分分離に関しても、土地所有形態における論点や身分規定に関する論点が存在しているという。専業化に関しては、ここ数年で読んだいくつかの本からイメージを修正する必要を感じており、それがこの本を読んでみるきっかけにもなったのですが、それにしても思っていた以上に広範な議論のあるテーマのようで。織豊期にはじまる近世とそれ以前の中世との間を断絶ととらえるか、それとも連続としてとらえるかという時代区分論まで関わってくる奥の深い議論であり。とても面白い一冊でした。

タイトルで立てられている問いに対する著者の答えとしては、ひと言で言って「現象としてはあったが、政策としてはなかった」とでもいうところになるのだけど、それについてもなかなか興味深い議論がなされている。刀狩りや太閤検地など、身分統制を目的にしたとされてきた(そういうイメージで記憶されている)政策も、その法令の背景などと合わせて読み解いていくと、実際の目的は別にあったのではないかということがわかってくるという。また、城下町への集住も、詳しくみていけばそこまで徹底されていたものではないのだという。つまり、近世において兵農分離と呼称できる状態は進行してはいたが、それを目指した政策は存在せず、それどころかその進行度合いも各地でまちまちであったということになるようで。

なんとなくすっきりしない気分が残るのは、あくまで「(政策としては)なかった」でしかないのであって、それじゃあ「(そういう状態としての)兵農分離はあった」とも言えてしまうところであって。とはいえまあ、明解な結論が出ていないからこそ、議論が現在進行形なテーマでもあるのでしょう。なにより、戦国時代から織豊期にかけての時代に対するイメージのいいアップデートができたように思います。

個人的にいちばん面白かった部分は、第一章・第二章あたりの、戦争に参加する兵士たちの身分についての議論の紹介。信長や秀吉以外の戦国大名たち(例として北条氏・武田氏)の間でも百姓と区別しうる層が兵士たちの中心であったという、ここ最近の疑問にずばり答えてくれる内容で、たいへん面白かったです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 11:18| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

薬屋のひとりごと

薬屋のひとりごと (ヒーロー文庫)
薬屋のひとりごと (ヒーロー文庫)

薬屋のひとりごと | ヒーロー文庫

小説発売当時はスルーしてた記憶があるんですが、マンガ版の発売で気になってきて、二種類くらいあるのの両方とも試し読みをしてみたものの、どちらも一長一短あってどちらを読みたいとも決めかねて。じゃあいっそのことと、その原作小説を読んでみようとしてみた次第。

そして読んでみると、これがおもしろいこと。

主人公である猫猫の変人ぶりがなんとも愉快であることで。後宮で毒見役を務めさせられることになるんだけど、薬屋の知識を活かして毒を見抜くだけじゃなくて、そのついでに毒の味わいを楽しむという常人離れした所業をしてみせるからおそれいる。小さなころから好奇心のおもむくままにちょっとずつ慣らしてたって、いやいやいや、その発想はおかしいでしょうというところで。毒を摂取しては吐きもどし、自分の体を傷つけては薬を試し、たまに加減をまちがえてはぶっ倒れ……。そりゃ、そんな生活してたら、虐待を疑われますわ。可哀想がられて甘やかされもしますわ。けれどその当人の実態はといえば、毒見役でありながら毒に当たって甘美に顔をとろけさせる、一風変わった少女なのであったという。しかも、十代にしてすでにザルな酒呑みというおまけつき。こいつはいろいろおかしな奴ですよ。

くわえて、薬屋は薬屋でも、花街に店を構えていた薬屋の養女であったこともあり、そちら方面の知識や影響もちらほらあって。上流階級の後宮の女性たちでは思いもよらない観点からその手の知識を伝えてみたりしてる様子はおもしろくあり。どちらかというと女性向けっぽい作風なのであからさまには描かれませんが、そのぶん避けることもなく出てくるネタはなかなかいいものであり。お上品な女官を花街育ちの「冗談」で黙らせるエピソードは、これまたきわどいながらも愉快なネタではあり。

また、埒の明かない女官たちにすごんでみせたり、後宮社会、そのなかでも妃の側付きクラスとしては異分子な出自をいかした立ち回りは自由さを感じさせてくれていいもので。向こうのほうからいろいろ関り合いを持つことになってくる壬氏なんかも、この辺の使い勝手のよさや型破りさを重宝しているのでもあり。まあ彼の場合はそれ以上にお気に入りの節がありますが、当の猫猫のほうがあまりにも鈍感に過ぎるので、玉葉妃ともどもお腹を抱えさせてもらったり。

ひとつひとつの話は掌編程度で、けれど切れ目なく猫猫による後宮での話がつづけられていく形式で。大きな話はまだありませんが、そのぶん一冊で両手に余るほどの話を楽しむことができた感があって、満足感の高い一冊でした。読み進めていくのが楽しみなシリーズになりそうです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:20| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

あだ名で読む中世史 ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる
あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

八坂書房:書籍詳細:あだ名で読む中世史

名前をテーマにした中世西ヨーロッパの歴史の本。カール・マルテルやピピンのあだ名にまつわる話から筆が起こされ、古代ローマ式の姓名システムが廃れて個人名のみの時代である中世ヨーロッパの人たちの間で姓が誕生していく過程を概観し、中世の王侯貴族たちの家門意識について論じられる。偶然にも読む時期が重なった『歴史人名学序説』と、似たテーマでありながらところどころで説明に違いが見受けられた気がするのは、あちらの著者の専門がスペインであるのに対してこちらはどうもドイツっぽいからか。

この本で面白かったのは、副題にもあるような、フランクの王侯貴族たちの名づけと家門意識に関する論の部分。カロリング家、カペー家、オットー家、ザーリアー家が取り上げられ、その名づけに対して検討がくわえられる。それによれば、個人名のみの時代における王侯貴族の家門意識は父の世代と祖父くらいまでの広がりの血縁集団であり、偉大な父祖の血に連なる出自を誇示するため、彼らはその名にあやかった名づけをし、それによって同じ名前の人物が代々何人も出現することにもなったという。カロリング家とはすなわち、カール大帝をはじめとした何人もの「カールたち」を輩出した一族のことなのであった。

また、彼らの家門意識は必ずしも父方にあったわけではなかったという。母方のほうが声望の高い一族である場合、そちらの父祖の名にあやかった名づけが優先されていた事例もまま見られる。つまり、母方の一族の名にあやかることで、より声望の高い一族への所属意識を表明することがあったのだという。時あたかも姓の誕生以前の社会であり、そこにおいて親族集団とは同族意識を共有するグループであった。そして、そうであればこそ、親族集団は可変的な枠組みであったのだという。

その他、中世におけるあだ名文化の誕生は初期の人物の生存時とはまったく重ならず、後代になってどこからか発生したあだ名づけが、歴史的な伝播や淘汰を経て今日知られるようなものに固定されていったのだというのは、これもこれで雑学的なおもしろさはありつつも、実際に何人かの人物についてその定まる過程を簡単に眺めるのはまた面白い記述ではありました。

そんな感じで、主に中世初期のフランクの王侯たちの話が楽しい一冊でした。
ラベル:八坂書房 岡地稔
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:20| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

出張癒し専門店ターコイズ2本目

(専用カテゴリがないのでひとまず雑記で。数が増えるようなら新設するかも)
出張癒し専門店ターコイズ2本目

タコ系(?)モンスター娘に耳かき・マッサージされる作品。ぬるぬる系の音大好きな自分にストライクでヒットする音声作品でありました。しかも全年齢対応の健全な作品なので、こっそりでなく推せる。素晴らしい。

この作品の魅力なんといっても、水生系のモンスター娘らしいにゅるにゅる感のある音が全編にわたって楽しめること。ぬめりを帯びた何本もの足が頭を這い体を這い、どの辺りを触っていくのかセリフで説明されながらのマッサージが、聴いてるだけで気持ちのよさをばっちり想像できるたいへんにいいものでして。

特に耳かきパートはたまりませんでしたね。耳の表面や穴の中を、ぐちょぐちょとした音が這いまわる快感。吸盤で吸い付かれたりなんかもして、これはもう実質耳舐めでしょうという感じ。その合間に綿棒で耳垢を取り除こうとする音も、しゃっしゃっと耳をこする音が小気味よくって。そのうえで、ぐちゅぐちゅとした足が耳の奥まで入りこんでくる流れはもう最高でした。しかも両耳同時にされたりなんかもするから、昇天しそうな勢いであった。

シャンプーでわしわしされる音も気持ちよくて癒されるし、その後に洗い流されながら耳を覆われるぼうっとした感覚は本当にいいもので。

全編通して、たいへんに満足いく音声作品でした。湿り気のある音は好き嫌いわかれるようではありますが、問題ないという人にはぜひともオススメしたい一作です。値段もかなり安いので、その意味でも初心者にオススメだったり。

(実は前作は聴いてなくていきなりこの2本目から入ったんですが、まったく問題なく楽しめました。なので、気になった人は無印からでも2からでも、好きなほうから聴いてみるといいのではないかと)
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:40| Comment(0) | 音声作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月20日

花弄り 雌蕊の婚姻

花弄り 雌蕊の婚姻 (CROSS NOVELS)
花弄り 雌蕊の婚姻 (CROSS NOVELS)

CROSS NOVELS | クロスノベルス | 詳細情報

オメガと判明して王位継承の道を絶たれ婚姻の道具として後宮に閉じ込められた王子が、豪勢な金髪アルファに見いだされ、奪われた立場に鬱屈を抱える王子としても発情衝動を抱えるオメガとしても救い出される話。

発情した槐の姿がたいへんにいやらしかった。あとで後悔に苛まれるとわかっていても、その場で高ぶった気を発散させたくてしかたがなくなってしまう。王族であるがゆえにプライベートはないに等しく、誰に体を許したかは筒抜けになってしまう環境で、それでも疼く体にほかのことを考える余裕もうすれていやらしく男を誘惑してしまう。たまらない性質の持ち主であった。

けれど本人からしてみればどうにもならない持病のようなものであり、王位継承者候補からはずされた原因でもあるだけに、そんな自身の体質をうとましく思わずにはいられなくて。また、同じ国の者を相手にしていてはその葛藤を思わずにはいられない。だからこそ、他国の出身であり、そんな思考すらも吹き飛ばしてくれるほどに激しい快感に酔わせてくれる特別な相手であるウィロウには惹かれる気持ちを抱いてしまうし、相手のほうからも衝動を鎮める役割としての義務感を超えて槐に寄り添う親愛の情をみせられるとなれば、これこそが理想のお相手なのでしょうと納得させれる。そのうえ発情衝動から逃れられない雌蕊としての奈落から救い出す場面を見せられては、ただただ祝福するばかり。

なにげにオメガバースものを読むのは初めてであり、お約束を理解しきれてないところも多々あるんですが、ともあれ雌蕊の主人公のままならない体質と、それだからこそ生まれる物語はなかなかよいものでありましたということで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:31| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

KILL the ROSE(1)

KILL the ROSE(1) (ヤンマガKCスペシャル)
KILL the ROSE(1) (ヤンマガKCスペシャル)

https://yanmaga.jp/c/killtherose/

おもしろい。おもしろい。

王国一の遊び人である主人公が即位して間もない少女女王を落としにかかる話、というだけでは興味をひかれてもそれ以上には手が伸びなかったかもしれないけど、この作品の場合はその両方のキャラがいいのが魅力なんですよね。

かたや主人公のルイス・ジャニュアリー。没落貴族の息子にして王国一の遊び人。落とせない女はないと豪語する女たらしであり、落とした女たちの資金で生活する色男でもある。冒頭からその通りのとんでもないプレイボーイぶりを見せてくれるんだけど、尊敬し軽蔑するという亡き父親の行状を知るとまだまだこの上のステージがあるのかと思わされるのがすさまじいところであり。

とはいえこの辺のルイスの誘惑テクニックについてはある種異次元的というか、一度ルビでもふられてた「スキル」という言葉がしっくりくるような作中表現になっているのがおもしろかったりするんですよね。狙いを定めて、ひと言ふた言、言葉を交わしたと思ったら、次の瞬間にはもうすっかり相手を虜にしてしまっている。合間の機微なんてあったもんじゃないんだけど、ふたコママンガ的なテンポのよさが楽しくてするすると読ませるものがある。

そして、そんな生活をしていればついには年貢の納め時がやって来るというのがこのお話になるわけで。多分に仕組まれた状況ではあるものの、死か、女王を誘惑して言いなりにするかという究極の二択を迫られることになった主人公は、依頼主の隠しもしない陰謀の匂いにげんなりしつつも後者の道を歩みだすのがこの話。この辺のげんなり顔もなかなかいいんですけど、それはともかく。

一方、天才的な遊び人であるルイスにしてみれば相手が誰であろうと容易いこと、と思われたところに立ち塞がったのが、ほかの誰でもない、女王陛下なのであったというのもポイントで。この少女女王、なんというか無茶苦茶なんですよね。型にはまらないといえば聞こえはいいけれど、単にもの知らずなだけではないかと思えるところもあり。会合の予定から逃げまわるわ、庭園で抜き身の剣を振りまわすわ、気に入らない家臣に蹴りをいれるわ。半分の年齢ならともかく、17歳にもなってこれは、その……さすがにちょっとお転婆が過ぎませんかねと、言葉を選んでもそうなるタイプのお人柄で。志だけは立派なものを持ってるんだけど、内実はしつけの行き届いてない動物じみてるというか。ひと言で評すると、これを「レディ」とは呼べないでしょうというタイプ。

こんなんをどう誘惑すればいいっていうのよという無茶ぶりぶりを知るにつけてげんなりするルイスは見ものであり、そんな彼の事情など頓着せずにせっついてくる催促に胃を痛める様子はおかしく、そしてできないなら死というリスクから、自分のほうから大言壮語してさらにハードルを上げてしまうルイスはやはりおもしろくあり。

いやはや、このチキンレースはどこに落ち着くことになるんでしょうねという、そんなおもしろさの期待もあるんですけど、それにくわえて、そっちの進展はともかくも、ルイスと少女女王の掛け合いは見てておもしろいものがあるんですよね。暴れまわる陛下の被害をこうむった末に取っ捕まえるという初っ端の出会い以来、色気のある雰囲気になるどころかやいのやいのとやりあってるのがすっかりお似合いになってる感のあるふたり。「殺す」とか、女王が臣下に向ける言葉じゃないんだけど、それほどに肩肘張らないでいられる距離感になっていることを感じさせるものであり。なんだかんだで偽装恋人関係になれてもいますけど、王と臣下のコンビとしても意外にいい組み合わせではあるのかも?

というのも、この国、ルイスが陰謀の差し金として宮廷に送りこまれてもいるように、めちゃくちゃ不穏な雰囲気ありますからね。傀儡の少女女王、政治を牛耳る大臣た。彼らの間でも主導権をめぐる争いがあって、誰が誰と繋がってるのか油断ならない。というか、ちらっと出てきた簡略図が本当なら、二重三重に派閥を行き来してる人士までごろごろいるじゃないですか。なにこの魔窟。おそろしい……。

そんな中で活動しているのだから、ルイスとしても危険はつきものなわけで。ますますもってどうなっちゃうんでしょうねと気になるところ。女性はほぼ全員味方といっていいくらいでしょうけど、それぞれの協力関係は難しいし……という。

いや、これはとても期待の新シリーズですね。次回予告の修羅場のコマももうそれだけでネタ的におもしろすぎるし、次の巻が待ちきれませんね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:11| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月18日

クリスマスに結ばれた絆

クリスマスに結ばれた絆 (ハーレクイン・イマージュ)
クリスマスに結ばれた絆 (ハーレクイン・イマージュ)

ハーレクイン・イマージュ クリスマスに結ばれた絆|ハーレクインシリーズ

めっちゃいい。めっちゃよかった。

特に序盤の、ヒーローにとってのヒロインの存在のありがたさをこれでもかと感じさせてくれる展開。

突然、自分に息子がいることを知らされて、しかもその子は五歳で、母親にあたるかつて付き合いのあった女性はそれまで彼にそのことを伝えもしなかったのだという。そして、亡くなってしまったその女性の遺言で、親子としての絆をまったく共有できていないその子どもを引き取り養育することが求められるという、身勝手にもほどがある希望を伝えられることになる。子どもが嫌いなわけではない。自分の子どもなら、むしろとことん可愛がってやりたい。けれどその子が生まれてから五年間、母親の女性によって父子の記憶を一切共有されないままにおかれてきた。

こんな仕打ちが許されるのか。怒りで我を忘れそうになる。それと同時に、五歳になって初めて顔を合わせることになる息子とどうすればうまくやっていけるのか。くわえて、これまであちらこちらを転々とする独り身の軍医生活を過ごしてきて、これからもそうするつもりでいたのが、子育てをしながらの生活へと激変を余儀なくされる。どうしていいのかわからない。あふれる感情を。血をわけた息子という存在を。これからの生活を。どうすればいいのかわからない。これから初対面になる息子とうまくやっていくには。何の準備もできていないところから子どもとの暮らしをはじめていくには。なにもかもが唐突すぎて、対する自分はそのどこをとっても頼りなさすぎる。どうしていいかわからない。どうすればいいのかわからない。なにもかもが頼りない。

パニックに陥りそうになるヒーローにその場ですがれる存在はヒロインだけで、けれど彼女にどんな助けを求めていいかもわからないほどに動揺するヒーローの手を取ってくれたのは、気持ちを落ち着かせるべく側で支えてくれたのは、やっぱりヒロインなんですよね。これがどれほどありがたかったか。安心できることに息子のほうからもすぐになつかれることになって、ヒーロー側からしてみれば、新たな人生の連れ合いとして、これほど望ましい人はいなかったでしょう。

けれどそこで立ち塞がるのがヒロインの側の事情であって。それによって悲しみの瞬間を味わったりしながらも、息子に助けられたりしながら最後にはお互いの歩みがひとつになる展開は素晴らしいもので。

この先の彼らの人生がどうなるかはわからないけれど、ひとつでも多くの幸せにあふれてほしいと願わずにはいられない。とてもいい話でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:56| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

歴史人名学序説 中世から現在までのイベリア半島を中心に

歴史人名学序説―中世から現在までのイベリア半島を中心に―
歴史人名学序説―中世から現在までのイベリア半島を中心に―

歴史人名学序説 ≪ 名古屋大学出版会

(※読んだ記憶をもとにして書いてるので、実際の内容とは違うことを書いてる部分もあるかもしれません。)

公刊された各種史資料をもとに、人名のあり方、その傾向や変遷を、文化的・歴史的その他さまざまな側面から検討していく学問、歴史人名学。なかでも本書は、著者の専門とするスペインの位置するイベリア半島の中世から現在までを中心として、フランスやイタリア、イギリスも含めてより広く西ヨーロッパを俯瞰しようと試みる一冊。

たいへん興味深い一冊であり、面白かった。

記述の内訳としては、分量的に中世が半分、近世以降が半分といったところ。その概要としては、古代ローマ式の「名+族名+家名」が衰退して単一名となった中世初期の状態から、出身地や父の名などを付した補足名の登場を経て、父から子へと代々受け継がれていく姓が定着していき、近世以降ではスペインにおいて特徴的な第一姓と第二姓が合わさった複姓の登場およびその普及の流れを追う。また、その間には、これもスペインで特徴的な、使用される姓や名の縮減や集中の過程もあつかわれる。

思えば人名というものには単なる呼称という以上の意味合いを考えたこともなかったんだけど、どのような経緯でそのような形態になっていったのか、それを知ると、これもまた歴史のひとつの大きな題材なんだなと気づかされる。現在において当たり前のように使われている姓名から中世にまでさかのぼるそのルーツをたどるのは、またアラブ圏や広く西ヨーロッパにまたがる伝播の過程とも合わせて、人の文化の長い歴史に思いを馳せるようでたいへん面白い内容だった。

個人的には中世スペイン史に関心があるのでそのあたりの内容についてもう少し触れていく。「スペイン」という国家がまだ存在せず、中小国が割拠していた中世の半島情勢と呼応して、姓名システムの伝播に関しても一様な推移は見られない。しかし、おおざっぱには半島の中西部と東部に分けられるという。これはすなわち中世におけるカスティーリャ王国とアラゴン連合王国に該当する地域である。レコンキスタの進展にともなって、西半分ではレオン(レコンキスタのルーツともいえるアストゥリアス王国が都を遷してレオン王国と名を改めた地)やガリシア(巡礼で有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラの位置する地域)などの北西部からカスティーリャ地域へ、さらにそこから南部の再征服地域へと伝わる流れが読み取れ、東半分ではピレネー山麓のナバーラやアラゴンからエブロ川の下流地域へ、そこからこちらも南部の再征服地域へと伝わる流れが読み取れるのだそうで。こうしてみると、姓名システムの伝播からでも半島情勢の推移がうかびあがってくるものがあり面白い。その一方で、目下スペインで耳目を集めるカタルーニャの独自性についても再認識させられるものがある。半島東部としてくくられる地域のなかでカタルーニャにおける伝播の推移も述べられるのだが、ナバーラやアラゴン地域よりもむしろ南仏のオクシタニア圏との共通性が見て取れる。

父称の普及経緯についての論もまた面白い。補足名としての父称には異教徒の境界地帯であるイベリア半島らしくイスラーム圏からの影響を推測しながらも、それが父から子へと代々伝わる姓へと転換していくのは西ヨーロッパのなかでは遅いほうだったとし、その原因を封建制の未成熟さにみるのは西ヨーロッパの特殊地域としてのスペインらしさを思わせる部分。父称がなぜ発達したのかという経緯に関して、それは父とのつながりを強調するためである。すなわち、父の有する土地や財産の権利を受け継ぐ者であり、さらにその父称が姓として代々受け継がれていくと、その相続される権利がその家に代々伝わっていくものであることを主張することにもなる。それに対して、中世におけるスペインはキリスト教勢力圏の拡大の歴史でもあり、また植民や開拓民の募集によって新規に土地を獲得した人々を数多く生み出した時代でもある。その地が代々受け継がれる土地になっていくのにはまだ少しの時間が必要であった。また、継承のシステムにおいても、男子だけでなく女子による継承を認める慣習が伝来する地域が多数存在しており、それもまた父方の姓を代々継承していく姓名システムの普及を遅らせることになったという。そしてここでもカタルーニャは例外的であり、11世紀の「封建革命」期に一気に父称の普及が進むという。

そして、中世からすでに看取でき、現在においてはヨーロッパでひときわ目立つ傾向となっているスペインの姓名に関する特徴が、使われる姓・名の種類の少なさであるそうで。姓については特に、第一姓・第二姓とふたつの姓があるにもかかわらず、スペイン人の姓の数は少ないのだという。これは、たしかに言われてみればそんな気はしなくもないようなというところで、これはさまざまな要因が絡み合った結果のようなのだけど、それはともかく、実例としてガルシア・ガルシアとかフェルナンデス・フェルナンデスなんて姓が検索すればふつうに出てきたりするのはおもしろくもあり。

そんな感じで、そもそも中世初期って姓がなくて名前だけで個人の識別してたのかとか、そんなレベル知識から読みはじめて、中世から現在にいたるスペインの歴史に思いをはせながら、最後まで興味深く読むことができた。たいへん面白い本でした。関連書も読んでみたい……と思ったのだけど、参考文献を見るかぎり、すくなくとも日本語の文献はなさそうで? その点はやや残念な気もしますが、ともあれ中世ヨーロッパの歴史に興味ある人にはぜひともオススメしたい本ではありました。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:38| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする