2018年12月22日

あだ名で読む中世史 ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる
あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

八坂書房:書籍詳細:あだ名で読む中世史

名前をテーマにした中世西ヨーロッパの歴史の本。カール・マルテルやピピンのあだ名にまつわる話から筆が起こされ、古代ローマ式の姓名システムが廃れて個人名のみの時代である中世ヨーロッパの人たちの間で姓が誕生していく過程を概観し、中世の王侯貴族たちの家門意識について論じられる。偶然にも読む時期が重なった『歴史人名学序説』と、似たテーマでありながらところどころで説明に違いが見受けられた気がするのは、あちらの著者の専門がスペインであるのに対してこちらはどうもドイツっぽいからか。

この本で面白かったのは、副題にもあるような、フランクの王侯貴族たちの名づけと家門意識に関する論の部分。カロリング家、カペー家、オットー家、ザーリアー家が取り上げられ、その名づけに対して検討がくわえられる。それによれば、個人名のみの時代における王侯貴族の家門意識は父の世代と祖父くらいまでの広がりの血縁集団であり、偉大な父祖の血に連なる出自を誇示するため、彼らはその名にあやかった名づけをし、それによって同じ名前の人物が代々何人も出現することにもなったという。カロリング家とはすなわち、カール大帝をはじめとした何人もの「カールたち」を輩出した一族のことなのであった。

また、彼らの家門意識は必ずしも父方にあったわけではなかったという。母方のほうが声望の高い一族である場合、そちらの父祖の名にあやかった名づけが優先されていた事例もまま見られる。つまり、母方の一族の名にあやかることで、より声望の高い一族への所属意識を表明することがあったのだという。時あたかも姓の誕生以前の社会であり、そこにおいて親族集団とは同族意識を共有するグループであった。そして、そうであればこそ、親族集団は可変的な枠組みであったのだという。

その他、中世におけるあだ名文化の誕生は初期の人物の生存時とはまったく重ならず、後代になってどこからか発生したあだ名づけが、歴史的な伝播や淘汰を経て今日知られるようなものに固定されていったのだというのは、これもこれで雑学的なおもしろさはありつつも、実際に何人かの人物についてその定まる過程を簡単に眺めるのはまた面白い記述ではありました。

そんな感じで、主に中世初期のフランクの王侯たちの話が楽しい一冊でした。
ラベル:八坂書房 岡地稔
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:20| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

出張癒し専門店ターコイズ2本目

(専用カテゴリがないのでひとまず雑記で。数が増えるようなら新設するかも)
出張癒し専門店ターコイズ2本目

タコ系(?)モンスター娘に耳かき・マッサージされる作品。ぬるぬる系の音大好きな自分にストライクでヒットする音声作品でありました。しかも全年齢対応の健全な作品なので、こっそりでなく推せる。素晴らしい。

この作品の魅力なんといっても、水生系のモンスター娘らしいにゅるにゅる感のある音が全編にわたって楽しめること。ぬめりを帯びた何本もの足が頭を這い体を這い、どの辺りを触っていくのかセリフで説明されながらのマッサージが、聴いてるだけで気持ちのよさをばっちり想像できるたいへんにいいものでして。

特に耳かきパートはたまりませんでしたね。耳の表面や穴の中を、ぐちょぐちょとした音が這いまわる快感。吸盤で吸い付かれたりなんかもして、これはもう実質耳舐めでしょうという感じ。その合間に綿棒で耳垢を取り除こうとする音も、しゃっしゃっと耳をこする音が小気味よくって。そのうえで、ぐちゅぐちゅとした足が耳の奥まで入りこんでくる流れはもう最高でした。しかも両耳同時にされたりなんかもするから、昇天しそうな勢いであった。

シャンプーでわしわしされる音も気持ちよくて癒されるし、その後に洗い流されながら耳を覆われるぼうっとした感覚は本当にいいもので。

全編通して、たいへんに満足いく音声作品でした。湿り気のある音は好き嫌いわかれるようではありますが、問題ないという人にはぜひともオススメしたい一作です。値段もかなり安いので、その意味でも初心者にオススメだったり。

(実は前作は聴いてなくていきなりこの2本目から入ったんですが、まったく問題なく楽しめました。なので、気になった人は無印からでも2からでも、好きなほうから聴いてみるといいのではないかと)
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:40| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月20日

花弄り 雌蕊の婚姻

花弄り 雌蕊の婚姻 (CROSS NOVELS)
花弄り 雌蕊の婚姻 (CROSS NOVELS)

CROSS NOVELS | クロスノベルス | 詳細情報

オメガと判明して王位継承の道を絶たれ婚姻の道具として後宮に閉じ込められた王子が、豪勢な金髪アルファに見いだされ、奪われた立場に鬱屈を抱える王子としても発情衝動を抱えるオメガとしても救い出される話。

発情した槐の姿がたいへんにいやらしかった。あとで後悔に苛まれるとわかっていても、その場で高ぶった気を発散させたくてしかたがなくなってしまう。王族であるがゆえにプライベートはないに等しく、誰に体を許したかは筒抜けになってしまう環境で、それでも疼く体にほかのことを考える余裕もうすれていやらしく男を誘惑してしまう。たまらない性質の持ち主であった。

けれど本人からしてみればどうにもならない持病のようなものであり、王位継承者候補からはずされた原因でもあるだけに、そんな自身の体質をうとましく思わずにはいられなくて。また、同じ国の者を相手にしていてはその葛藤を思わずにはいられない。だからこそ、他国の出身であり、そんな思考すらも吹き飛ばしてくれるほどに激しい快感に酔わせてくれる特別な相手であるウィロウには惹かれる気持ちを抱いてしまうし、相手のほうからも衝動を鎮める役割としての義務感を超えて槐に寄り添う親愛の情をみせられるとなれば、これこそが理想のお相手なのでしょうと納得させれる。そのうえ発情衝動から逃れられない雌蕊としての奈落から救い出す場面を見せられては、ただただ祝福するばかり。

なにげにオメガバースものを読むのは初めてであり、お約束を理解しきれてないところも多々あるんですが、ともあれ雌蕊の主人公のままならない体質と、それだからこそ生まれる物語はなかなかよいものでありましたということで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:31| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

KILL the ROSE(1)

KILL the ROSE(1) (ヤンマガKCスペシャル)
KILL the ROSE(1) (ヤンマガKCスペシャル)

https://yanmaga.jp/c/killtherose/

おもしろい。おもしろい。

王国一の遊び人である主人公が即位して間もない少女女王を落としにかかる話、というだけでは興味をひかれてもそれ以上には手が伸びなかったかもしれないけど、この作品の場合はその両方のキャラがいいのが魅力なんですよね。

かたや主人公のルイス・ジャニュアリー。没落貴族の息子にして王国一の遊び人。落とせない女はないと豪語する女たらしであり、落とした女たちの資金で生活する色男でもある。冒頭からその通りのとんでもないプレイボーイぶりを見せてくれるんだけど、尊敬し軽蔑するという亡き父親の行状を知るとまだまだこの上のステージがあるのかと思わされるのがすさまじいところであり。

とはいえこの辺のルイスの誘惑テクニックについてはある種異次元的というか、一度ルビでもふられてた「スキル」という言葉がしっくりくるような作中表現になっているのがおもしろかったりするんですよね。狙いを定めて、ひと言ふた言、言葉を交わしたと思ったら、次の瞬間にはもうすっかり相手を虜にしてしまっている。合間の機微なんてあったもんじゃないんだけど、ふたコママンガ的なテンポのよさが楽しくてするすると読ませるものがある。

そして、そんな生活をしていればついには年貢の納め時がやって来るというのがこのお話になるわけで。多分に仕組まれた状況ではあるものの、死か、女王を誘惑して言いなりにするかという究極の二択を迫られることになった主人公は、依頼主の隠しもしない陰謀の匂いにげんなりしつつも後者の道を歩みだすのがこの話。この辺のげんなり顔もなかなかいいんですけど、それはともかく。

一方、天才的な遊び人であるルイスにしてみれば相手が誰であろうと容易いこと、と思われたところに立ち塞がったのが、ほかの誰でもない、女王陛下なのであったというのもポイントで。この少女女王、なんというか無茶苦茶なんですよね。型にはまらないといえば聞こえはいいけれど、単にもの知らずなだけではないかと思えるところもあり。会合の予定から逃げまわるわ、庭園で抜き身の剣を振りまわすわ、気に入らない家臣に蹴りをいれるわ。半分の年齢ならともかく、17歳にもなってこれは、その……さすがにちょっとお転婆が過ぎませんかねと、言葉を選んでもそうなるタイプのお人柄で。志だけは立派なものを持ってるんだけど、内実はしつけの行き届いてない動物じみてるというか。ひと言で評すると、これを「レディ」とは呼べないでしょうというタイプ。

こんなんをどう誘惑すればいいっていうのよという無茶ぶりぶりを知るにつけてげんなりするルイスは見ものであり、そんな彼の事情など頓着せずにせっついてくる催促に胃を痛める様子はおかしく、そしてできないなら死というリスクから、自分のほうから大言壮語してさらにハードルを上げてしまうルイスはやはりおもしろくあり。

いやはや、このチキンレースはどこに落ち着くことになるんでしょうねという、そんなおもしろさの期待もあるんですけど、それにくわえて、そっちの進展はともかくも、ルイスと少女女王の掛け合いは見てておもしろいものがあるんですよね。暴れまわる陛下の被害をこうむった末に取っ捕まえるという初っ端の出会い以来、色気のある雰囲気になるどころかやいのやいのとやりあってるのがすっかりお似合いになってる感のあるふたり。「殺す」とか、女王が臣下に向ける言葉じゃないんだけど、それほどに肩肘張らないでいられる距離感になっていることを感じさせるものであり。なんだかんだで偽装恋人関係になれてもいますけど、王と臣下のコンビとしても意外にいい組み合わせではあるのかも?

というのも、この国、ルイスが陰謀の差し金として宮廷に送りこまれてもいるように、めちゃくちゃ不穏な雰囲気ありますからね。傀儡の少女女王、政治を牛耳る大臣た。彼らの間でも主導権をめぐる争いがあって、誰が誰と繋がってるのか油断ならない。というか、ちらっと出てきた簡略図が本当なら、二重三重に派閥を行き来してる人士までごろごろいるじゃないですか。なにこの魔窟。おそろしい……。

そんな中で活動しているのだから、ルイスとしても危険はつきものなわけで。ますますもってどうなっちゃうんでしょうねと気になるところ。女性はほぼ全員味方といっていいくらいでしょうけど、それぞれの協力関係は難しいし……という。

いや、これはとても期待の新シリーズですね。次回予告の修羅場のコマももうそれだけでネタ的におもしろすぎるし、次の巻が待ちきれませんね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:11| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月18日

クリスマスに結ばれた絆

クリスマスに結ばれた絆 (ハーレクイン・イマージュ)
クリスマスに結ばれた絆 (ハーレクイン・イマージュ)

ハーレクイン・イマージュ クリスマスに結ばれた絆|ハーレクインシリーズ

めっちゃいい。めっちゃよかった。

特に序盤の、ヒーローにとってのヒロインの存在のありがたさをこれでもかと感じさせてくれる展開。

突然、自分に息子がいることを知らされて、しかもその子は五歳で、母親にあたるかつて付き合いのあった女性はそれまで彼にそのことを伝えもしなかったのだという。そして、亡くなってしまったその女性の遺言で、親子としての絆をまったく共有できていないその子どもを引き取り養育することが求められるという、身勝手にもほどがある希望を伝えられることになる。子どもが嫌いなわけではない。自分の子どもなら、むしろとことん可愛がってやりたい。けれどその子が生まれてから五年間、母親の女性によって父子の記憶を一切共有されないままにおかれてきた。

こんな仕打ちが許されるのか。怒りで我を忘れそうになる。それと同時に、五歳になって初めて顔を合わせることになる息子とどうすればうまくやっていけるのか。くわえて、これまであちらこちらを転々とする独り身の軍医生活を過ごしてきて、これからもそうするつもりでいたのが、子育てをしながらの生活へと激変を余儀なくされる。どうしていいのかわからない。あふれる感情を。血をわけた息子という存在を。これからの生活を。どうすればいいのかわからない。これから初対面になる息子とうまくやっていくには。何の準備もできていないところから子どもとの暮らしをはじめていくには。なにもかもが唐突すぎて、対する自分はそのどこをとっても頼りなさすぎる。どうしていいかわからない。どうすればいいのかわからない。なにもかもが頼りない。

パニックに陥りそうになるヒーローにその場ですがれる存在はヒロインだけで、けれど彼女にどんな助けを求めていいかもわからないほどに動揺するヒーローの手を取ってくれたのは、気持ちを落ち着かせるべく側で支えてくれたのは、やっぱりヒロインなんですよね。これがどれほどありがたかったか。安心できることに息子のほうからもすぐになつかれることになって、ヒーロー側からしてみれば、新たな人生の連れ合いとして、これほど望ましい人はいなかったでしょう。

けれどそこで立ち塞がるのがヒロインの側の事情であって。それによって悲しみの瞬間を味わったりしながらも、息子に助けられたりしながら最後にはお互いの歩みがひとつになる展開は素晴らしいもので。

この先の彼らの人生がどうなるかはわからないけれど、ひとつでも多くの幸せにあふれてほしいと願わずにはいられない。とてもいい話でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:56| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

歴史人名学序説 中世から現在までのイベリア半島を中心に

歴史人名学序説―中世から現在までのイベリア半島を中心に―
歴史人名学序説―中世から現在までのイベリア半島を中心に―

歴史人名学序説 ≪ 名古屋大学出版会

(※読んだ記憶をもとにして書いてるので、実際の内容とは違うことを書いてる部分もあるかもしれません。)

公刊された各種史資料をもとに、人名のあり方、その傾向や変遷を、文化的・歴史的その他さまざまな側面から検討していく学問、歴史人名学。なかでも本書は、著者の専門とするスペインの位置するイベリア半島の中世から現在までを中心として、フランスやイタリア、イギリスも含めてより広く西ヨーロッパを俯瞰しようと試みる一冊。

たいへん興味深い一冊であり、面白かった。

記述の内訳としては、分量的に中世が半分、近世以降が半分といったところ。その概要としては、古代ローマ式の「名+族名+家名」が衰退して単一名となった中世初期の状態から、出身地や父の名などを付した補足名の登場を経て、父から子へと代々受け継がれていく姓が定着していき、近世以降ではスペインにおいて特徴的な第一姓と第二姓が合わさった複姓の登場およびその普及の流れを追う。また、その間には、これもスペインで特徴的な、使用される姓や名の縮減や集中の過程もあつかわれる。

思えば人名というものには単なる呼称という以上の意味合いを考えたこともなかったんだけど、どのような経緯でそのような形態になっていったのか、それを知ると、これもまた歴史のひとつの大きな題材なんだなと気づかされる。現在において当たり前のように使われている姓名から中世にまでさかのぼるそのルーツをたどるのは、またアラブ圏や広く西ヨーロッパにまたがる伝播の過程とも合わせて、人の文化の長い歴史に思いを馳せるようでたいへん面白い内容だった。

個人的には中世スペイン史に関心があるのでそのあたりの内容についてもう少し触れていく。「スペイン」という国家がまだ存在せず、中小国が割拠していた中世の半島情勢と呼応して、姓名システムの伝播に関しても一様な推移は見られない。しかし、おおざっぱには半島の中西部と東部に分けられるという。これはすなわち中世におけるカスティーリャ王国とアラゴン連合王国に該当する地域である。レコンキスタの進展にともなって、西半分ではレオン(レコンキスタのルーツともいえるアストゥリアス王国が都を遷してレオン王国と名を改めた地)やガリシア(巡礼で有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラの位置する地域)などの北西部からカスティーリャ地域へ、さらにそこから南部の再征服地域へと伝わる流れが読み取れ、東半分ではピレネー山麓のナバーラやアラゴンからエブロ川の下流地域へ、そこからこちらも南部の再征服地域へと伝わる流れが読み取れるのだそうで。こうしてみると、姓名システムの伝播からでも半島情勢の推移がうかびあがってくるものがあり面白い。その一方で、目下スペインで耳目を集めるカタルーニャの独自性についても再認識させられるものがある。半島東部としてくくられる地域のなかでカタルーニャにおける伝播の推移も述べられるのだが、ナバーラやアラゴン地域よりもむしろ南仏のオクシタニア圏との共通性が見て取れる。

父称の普及経緯についての論もまた面白い。補足名としての父称には異教徒の境界地帯であるイベリア半島らしくイスラーム圏からの影響を推測しながらも、それが父から子へと代々伝わる姓へと転換していくのは西ヨーロッパのなかでは遅いほうだったとし、その原因を封建制の未成熟さにみるのは西ヨーロッパの特殊地域としてのスペインらしさを思わせる部分。父称がなぜ発達したのかという経緯に関して、それは父とのつながりを強調するためである。すなわち、父の有する土地や財産の権利を受け継ぐ者であり、さらにその父称が姓として代々受け継がれていくと、その相続される権利がその家に代々伝わっていくものであることを主張することにもなる。それに対して、中世におけるスペインはキリスト教勢力圏の拡大の歴史でもあり、また植民や開拓民の募集によって新規に土地を獲得した人々を数多く生み出した時代でもある。その地が代々受け継がれる土地になっていくのにはまだ少しの時間が必要であった。また、継承のシステムにおいても、男子だけでなく女子による継承を認める慣習が伝来する地域が多数存在しており、それもまた父方の姓を代々継承していく姓名システムの普及を遅らせることになったという。そしてここでもカタルーニャは例外的であり、11世紀の「封建革命」期に一気に父称の普及が進むという。

そして、中世からすでに看取でき、現在においてはヨーロッパでひときわ目立つ傾向となっているスペインの姓名に関する特徴が、使われる姓・名の種類の少なさであるそうで。姓については特に、第一姓・第二姓とふたつの姓があるにもかかわらず、スペイン人の姓の数は少ないのだという。これは、たしかに言われてみればそんな気はしなくもないようなというところで、これはさまざまな要因が絡み合った結果のようなのだけど、それはともかく、実例としてガルシア・ガルシアとかフェルナンデス・フェルナンデスなんて姓が検索すればふつうに出てきたりするのはおもしろくもあり。

そんな感じで、そもそも中世初期って姓がなくて名前だけで個人の識別してたのかとか、そんなレベル知識から読みはじめて、中世から現在にいたるスペインの歴史に思いをはせながら、最後まで興味深く読むことができた。たいへん面白い本でした。関連書も読んでみたい……と思ったのだけど、参考文献を見るかぎり、すくなくとも日本語の文献はなさそうで? その点はやや残念な気もしますが、ともあれ中世ヨーロッパの歴史に興味ある人にはぜひともオススメしたい本ではありました。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:38| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ノンフィクション・カテゴリ新設

読む本のジャンルが自分でもなかなかカオスになってきたと思う今日この頃。フィクション作品以外でもおもしろい本があって感想を残したいと思うものの、フィクションの感想を期待している向きにはコレジャナイ感がひどいのではと思えるところでもあり、いっそのこと新規カテゴリを設置してみんとす。

カテゴリ名は「ノンフィクション」とするけれど、意味合いとしては「フィクションではない本」くらいのつもりで。「非フィクション」のほうが近いかもという気もしますが、こちらのほうが通りはいいかなと思ったので。

本の種類上、やや政治的な内容も含んだりするうえに書く感想はわりとテキトーだったりするのでちょっとこわかったりもするんですが、ものは試しということで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:28| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月13日

お兄ちゃんはおしまい!

お兄ちゃんはおしまい! (IDコミックス)
お兄ちゃんはおしまい! (IDコミックス)

朝起きたら女の子になっていた話。

最初の数話はネットで読んだ記憶あり(もともとは『君の名は。』の二次創作で知った作者さんだったり)。あらためて読んでみてもおもしろい。

「引きこもりのクズニート」も小さな女の子の姿になるとかわいいんだよなあ。特にこの作者さん、羞恥顔をはじめとしたかわいい表情を描くのがとてもうまいので、まひろちゃんがなにをしててもかわいいかわいい。ヒラヒラした服を着せられればもちろん似合うし、髪をまとめてみればまた違ったかわいさが見れていいし、自撮りなんてしてみればいかにも女の子女の子した雰囲気が出てとてもかわいい。なんだけど、中身は「エロゲを愛する孤高の自宅警備員」なものだから、そんな女の子らしさ抜群の姿を見られれば恥ずかしさにもだえもするし、本来は男である自分との間の自己同一性の危機に沈んだりもする。けれど本人がどう思おうが、傍から見ている分にはかわいい女の子のかわいい姿にしか見えないから、読んでいるこちらとしてはほほえましいものを見る目にしかならないのだったという。

買い物やら体のことやら、話が進めばそれだけ女の子としての生活でのあれやこれやを経験していくことになるんだけど、そのたびにカルチャーショックを受ける様子がまたかわいくもあり。ちょっとずつ自然体の女の子らしさが身についてきてるように思えるところもありますが、もとの姿に戻ることはできるのかというのも含めて、お兄ちゃんの明日はどっちだという感じ。まあ、記憶喪失回のように、女の子であることへの抵抗がなくなったときに発揮される素直なかわいさは相当のポテンシャルがあると思うので、戻ってしまうのは惜しいような、でも戻れないままでは納まりがつかないような、なんとも悩ましい先の展開への期待。

2巻発売予定の情報もあがってきたようですし、ひきつづき楽しみにしたいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:35| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

クリフトン年代記(3)裁きの鐘は(上)(下)

裁きの鐘は(上): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫) 裁きの鐘は(下): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫)
裁きの鐘は(上): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫) 裁きの鐘は(下): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫)

ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『裁きの鐘は〔上〕―クリフトン年代記 第3部―』 | 新潮社
ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『裁きの鐘は〔下〕―クリフトン年代記 第3部―』 | 新潮社

今回も進行が速い。ハリー・クリフトンの少年時代から大学入学まもなくくらいまでを描いた第一部のように、この第三部もその息子セバスティアン・クリフトンの少年時代から大学入学くらいまでの年代を上下巻の二冊で駆けぬける。

その見どころはいろいろあるにはありましたが、個人的にはやはりバリントン家がらみのあれこれ。バリントン家のろくでなしについては第二部でほとんど幕が引かれ、唯一引き延ばされた案件(邦題はこれについてでしょう)に関しても今回の冒頭ですんなり、とはいえないまでも決が下されて。これにてあの忌まわしい記憶ともども別れを告げられる……かと思っていたんですけど、まだ未解決の事案があったじゃないかと思い出させられる展開。そうですよ。あのろくでなし、最後の最後に愛人との間に子どもなんて残していきやがりましたね。しかもその娘を残して実の両親はどちらも死んでしまっているから本当にどうしようもない。残された不義の子がどうなろうが、クリフトン一家にもバリントン家にも関係ないといえば関係ないんだけれど、それでも彼女を引き取るのがよいと思われる事情が持ち上がるのは一族の縁がつながるようで不思議の思いにかられるところであり。まあでも、ハリーとエマの夫妻にとっても同じ父から生まれた妹にあたるわけで、その子を引き取って面倒を見るのは父の業の罪滅ぼしのようでもあり、これもひとつの因縁でしょうか。善行も悪行も歴史に連ねられていく名門一族らしさを感じさせる事柄ではありましたね。当時まだ幼く事情も知らないセバスティアンとの相性がどうなるかというところは気がかりではありましたが、出会った当初からびっくりするぐらいの良好な関係を目にできるのは感慨深くもあり。というか、セバスティアン、なかなかやんちゃぶりを発揮するエピソードも多く、どんな男の子になっていくんだろうかと期待半分心配半分なところもありましたが、ことこの女の子、新たな妹となったジェシカに対してであれば妹思いのいいお兄さんぶりを随所で見せてくれるんですよね。妹も兄を慕っているようで良好な仲を見るたびにほほえましい気持ちにさせてくれること。ただ、上述の事情がいまだ明かされないままになっているのは、将来に対する小さいながらも不安のもとではあり。原題はその辺の機微を表した感じでしょうか。

ふりかえってみてもやっぱり、ハリーよりもセバスティアンに焦点が当たることの多かった回でしたね。あと、ジャイルズ・バリントン。議員のどぶ板選挙ぶりはイギリスも大変そうだなあと思わされるところもありましたが、彼も順調にキャリアを歩んでいるようで。どこまでその道がつづいていくのかと楽しみなところでもあり。

今回もまたラストはクリフハンガーではありましたが、前回に比べればまだ心おだやかに次の巻を迎えられそうですね。いやまあ、事によっては事態の深刻さはより洒落にならん感じではあるんですけれども。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:23| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月06日

星系出雲の兵站(1)

星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)
星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)

星系出雲の兵站 1 | 種類,ハヤカワ文庫JA | ハヤカワ・オンライン

異星人と思われる勢力の接近が探知されて、ここに人類の存亡をかけた戦いがはじまるかと思いきや、その前にまずまとまりきれない内部事情を抱えつつも緊急時の体制を構築するところからはじめなけらばならないのであったという。

やりました、内部対立ですよ! 中央と辺境の対立関係、独立志向の高まりと介入必至の情勢において、嫌でも生じる政治的な摩擦に対して真剣に頭を悩ます軍人や政務官なんかのお偉方の姿はいいもので。

これ、なによりも異星人の発見された場所が独立志向の高まっている辺境・壱岐星系だったというのがいちばん厄介なところですよね。中央としては自分たちが主導して統一的な体制のもとで対応したい。けれど、現地からしてみればそれは独自に育んできた社会体制の解体につながりかねないもので。それどころか、これを機会に自治から統合へなんて介入をされた日には、悲願である独立の芽を摘まれてしまうことにもなりかねない。そんな背景から、壱岐星系の人々はこの事態をあくまで自分たちの管轄であると主張するし、中央には後方支援的な立場を期待する。中央の人間としては、トップダウンで統一的な指揮を執るのが効果的だとは思いながらも、そんな現地の情勢を無視できずにいくらかの配慮をし、けれど譲れない部分は自分たちの主張を押し通す。この辺の対立と妥協点の探り合いがですね、いいんですよね。対立はあるんだけど、それらはすべて我欲ではなくて社会をよりよくするための自分たちの職分においてであって。そうであるからこそ、強く出る部分には信念が感じられて。

キャラとしても、まじめ一辺倒の堅物がいるかと思えば、あれこれ気を回す裏に個人的な期待をさしはさむ茶目っ気を感じさせる者がいたり、政治的な配慮に頭を悩ませる者がいるかと思えばそんなこと知るかとばかりに効率一辺倒で物事を進めたがる者もいる。それぞれの行動の裏にはそれぞれの思惑が感じられて、統一的なリーダー不在のままに物事が推移していってるようにも見えるんだけど、人類の総体として見れば対異星人のための一個の体制ができあがってはいくのであり。この辺のあんばいの描写がいいですよね。

さて、そうしてとにもかくにも進展の見られる内部事情とは裏腹に、肝心の敵に関しては、戦闘まで行われたもののまだその正体が見えないのであり。果たしてこの接触がどんな結果をもたらすのか。タイトル見てるとそこまで派手な展開にはならないんだろうかと思えたりもしますが、どうなることやら。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 20:50| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする