2013年02月15日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜世代交代〜

前回までのあらすじ:戦乱が続くスコットランド地方において、アイルランド王国は着々とその勢力を広げつつあった。北からはノルウェー王国の南下もあったが、内紛の続くスコットランド王国にはそれらの侵入を阻む余力はなかった。そうして三つ巴となった情勢下でスコットランド王位簒奪にあと一歩というところまで勢力を広げていたアイルランド王国であったが、長きに渡りアイルランドを統治してきた王にも寿命が迫りつつあった……。


そんなこんなで半月ぶりくらいのCK2の進捗です。ラノベの方を優先させてるためにあまりペースが上がってませんが、一気にやろうとすると疲れるのでまあこんなものかなということで。


今回の記事で書いていく進行は、前回の1172年から7年経過した1179年まで。領地としてはマン島伯領を新たに勢力下に置いています。本当はもう少し進んでいるんですが、下手な文章で一度に長く書きすぎるのも見苦しいので途中で区切ることに。それでは以下、その間の出来事を書いていきます。


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1.初代アイルランド王ドムナル1世崩御

アーガイル伯領をも獲得し、スコットランド王位簒奪に必要なスコットランド地方領の過半を勢力下に収めるまであと一歩というところまで迫ったアイルランド王国。その勢いは緩むことなく、付け入る隙を虎視眈々とうかがいながら、次の攻略目標地点の候補を絞りにかかっていました。鼎立の情勢となっているため、狙うはスコットランド王国の勢力地か、それともノルウェー王国の勢力地か。それぞれマン島伯領とマレー伯領には既に請求権を保有していましたが、どちらの国とも先の戦争後の10年の休戦期間中でした。それに、どちらの二国とも正面切って戦うには相当な損害を覚悟せねばならない強国であるため、その間にじっくりと戦力を充実させるつもりでいました。また、今は落ち着いているとはいえ、スコットランド女王はこれまで内部の独立運動にたびたび悩まされてきており、封臣との関係はいまだにうまくいっているとは言い難い状況です。険悪な関係になっている封臣領に宰相を派遣して請求権を捏造しておけば、アーガイル伯領の時のように内乱の際に漁夫の利を得ることができるかもしれません。最も関係が悪い封臣というと、アソール伯領に居を構えるグウィネズ公(前回までウェールズ公と書いてましたがグウィネズ公の誤りでした)でしょうか。実際に次に切ることになる札はどれにするのがいいでしょうね。

さらなる王位獲得が間近に見えてきたことから、スコットランド地方の戦争のことに関してばかり考えるようになっていたのですが、その不意を突くようにしてアイルランド国内で一大事件が起きました。初代国王でもあった当主が亡くなったのです。享年85歳。1173年4月29日のことでした。

思えば、この当主の治世は異例の長期政権でした。もともと先代の当主はなかなか男子に恵まれず、40台に差し掛かってようやく生まれたのがこの当主、アイルランド国王としてはドムナル1世だったのですが、6歳の時に父を亡くして以来ずっと当主の座にあり続けてきたのでした。彼の父や祖父は40代から50代の間に亡くなっており、当初は今回の当主もそのくらいで亡くなるものと思っていたのですが、60台を過ぎ70台になっても矍鑠(かくしゃく)とした姿を見せており、あれよあれよといううちに並いる廷臣たちの中でも最年長の人物となっていました。王位に合った期間としては55年ですが、当主としての統治期間は79年。これは古今稀に見る長期政権だったのではないでしょうか。

それにしても、先代先々代の死に際してはさしたる感傷もなく見送っていたのですが、この度の死別には思いのほか心が引きずられていることに驚きを禁じ得ません。当主の交代はいつか必ず起こることなのですが、半世紀以上にもわたって同じ当主による治世が続くうちにいつまでもこの御代が続くものと思ってしまっていたようです。

次々と死んでいく大勢の一人に過ぎないというのに。馬鹿馬鹿しいことです。私にできることは、彼の代に果たせなかったスコットランド統一のための侵略戦争をさらに推し進めることだけ。今後も倦まず弛まず侵略するのみです。もとより、その程度しかできることはありません。


2.二代目アイルランド王コンホバル1世崩御

ドムナル1世の後を継いだのは彼の次男であったコンホバル1世でした。しかし、彼もまたこの時すでに63歳。遠くない将来に死期が訪れることが予想できます。だからといって外征に慎重になる理由にはなりませんが、その前に国内の体制を整える必要があります。コンホバル1世はもともとアイルランド南部のデズモンド伯に封じられていましたが、父の直轄領を継承したことから、直轄領の数は家政能力の限界を超えるものとなっていました。また、内政の中核たる評議会においてはデズモンド時代から引き続きパッとしない廷臣たちが議員の座を占めていました。

そこで、まずは増えすぎた直轄領からティロン伯領に一族の一人を封じます。統治してきた機関としてはデズモンド伯領よりも長く、愛着もあったと言えるのですが、デズモンド伯領の方が軍備拡張が進んでいたことからそれ以外の直轄領の中で王都の在するダブリン伯領から最も遠いティロン伯領を削ることにしました。この際、あまり相応しい人物がいなかったことから、別の封土の伯位継承予定者を封じることになりましたが、これは正直言って悩みました。封臣が力を持ちすぎることを避けるために、これまで2カ所の伯領を兼任する人物を出さないようにしてきたのですが、将来的にそれが崩れることになってしまうからです。そうはいっても、直轄領の持ち過ぎによる忠誠心の薄れも抑えたいものであるため、仕方のないことでしょうか。また、もう一つ減らしてようやく家政能力の行き届く範囲内になるのですが、先代の時分からこの程度の無茶はやっていましたし、なんとかなるでしょう。税収にマイナス補正が掛かるようですが、それでもわずかながらこちらの方が税収が多いように思いますし、なにより兵の徴収に関しては直轄領の方が安定した数を得られます。

一方の評議員たちについては悩みどころです。評議員からの罷免は忠誠心が大きく薄れる原因でもあることから、これまでもなるべく現議員の死去をもって交代とする方針を取ってきました。先代当主より仕える錚々たる廷臣たちの前ではパッとしないとはいえ、そこらの公家の宮廷であれば並と言えるだけの能力はあります。交代しきるのにどれだけの時間がかかるかわかりませんが、今回もその方針でいきましょう。自分の方が評議員に向いている、より優れた手腕を発揮できると主張してくる廷臣は当然いますので、なだめきれなくなった時も交代です。

また、相続法として選挙君主制を採用しているので後継者候補の指名もしておかなければなりません。コンホバル1世には男子が3人いましたが、うち1人は夭折しており存命なのは2人です。コンホバル1世の兄の子息など、他にも被選挙権者はいますが、二人ともに父譲りの優秀な息子であるため、不平の声が大きく挙がることはないでしょう。ここで二人の息子について簡単に触れておくと、長男は父親の勇猛さと母親の頑健さを受け継いだ男であり、次男は父親の天才性を受け継いだ男です。どちらも優秀な息子であるために長男の方が角が立たない選択のようにも思えますが、子孫にも受け継がれうる天才性はやはり捨てがたく、結局次男を指名することにしました。封臣との関係が悪くはないからか、先代の時と同様にあまり票は集まりませんが、望み通りの継承が期待できそうです。

こうして国内の地盤を固めた上で、再び外征に向けて目を凝らしだします。すると、他国でも重大な変化が起きていたことがわかりました。ドムナル1世の崩御から4カ月ほど経った8月のこと、イングランド国王が崩御したのです。あの国の後継者指名選挙はもつれにもつれており、一時期はゴドウィン家外からの国王即位もあり得る状態となっていたのですが、結局は同家から次代の王が選ばれたようです。スコットランド王国との同盟関係は維持されたままであり、現状維持かとも思ったのですが、よく見てみるとそうではないことがわかりました。新イングランド王はどうやらスコットランド女王の次男であるそうなのです。長子相続制を取るスコットランド王国の継承予定者ではありませんが、母と息子という関係は非常に強固な同盟関係です。以前は援軍派遣を渋ることもあったようですが、今後は援軍派遣の可能性はかなり高まると見るべきでしょうか。両国合同のおそれは薄れましたが、アイルランド王国にとっては考えられる中で二番目に歓迎できない継承者となったと言えるでしょう。今後、スコットランド王国への宣戦布告はより慎重に行わなければなりません。

修正を加えた外征方針の下で国力の充実を図っていると、これまで聞いた事のない知らせが届きました。直轄領であるオッソリー伯領で盗賊団が結成されたというのです。その影響でオッソリー伯領の税収はそれまでの四分の三になってしまいました。また、翌月にはレンスター伯領からも同様の報告が届きました。ただでさえ家政能力の限界を超える直轄領を有していることから税の徴収に無駄が出ており、本来の徴収額を下回る収入しか得られていないというのに、本来の税収自体が減少してしまうというのはさらなる痛手です。しかし、本来分が減少しているために直轄領の低減を行い徴税の無駄を排除しても税収が回復するわけでもありません。効果的な手は何か、とっさに自身のある答えは出ませんでしたが、家政能力で扱える範疇を超えていることが原因とされていたことから、デズモンド伯領に一族の一人を封じることにしました。あまり気が乗らない手ではありましたが、すぐには戦争は起きないはずなので一時的に兵力の安定供給の利を捨てることになっても、長期的にはカバーできると判断できためです。するとしばらくすると盗賊団の取り締まりに成功し、無事税収は元に戻ることになり、ほっと一息つくことができました。

国内の問題があらかた片付いたので再び外征方面に気持ちを切り替えていると、一つのことに気付きました。マレー伯領の請求権については、先代の御代に宣戦布告の口実として行使していたことからコンホバル1世にも受け継がれていたのですが、その際に権利の強さが一段落ちているようです。強い請求権であればほとんどいつでも行使できるのですが、弱い請求権ではその爵位の継承があった際などのごく限られた条件下でしか行使することができません。その条件を満たしていない現在、ノルウェー王国方面へ侵攻する口実はないのですが、ノルウェー王国はイングランド王国に匹敵する動員可能兵力を有しているようでもあり、なおかつ痛み分けに終わった先の戦争による休戦期間がまだ5年以上残っていることもあり、宰相は変わらずアソール伯領に派遣しておくことにしました。成功率が%/yearならば、同じ地にいさせ続けた方が移動させるよりも成功率は高くなるように思えるのですが、この考えは正しいと言えるでしょうか?

そうこうしているうちに、あっけなくもコンホバル1世が崩御してしまいました。享年65歳。ほとんどなんの事績も残さぬままでしたが、即位時の年齢を考えれば十分予想できることでした。1175年3月8日のことです。

2年程しか経たぬうちにまたしても当主が亡くなってしまったわけですが、今度は特に感傷を抱くこともなく、後継者である次男のMatudán(「ムトゥダーン」でしょうか? 読み方わかりません)がMatudán1世として即位するや粛々とまた国内の体制整備から始めていくことにします。


3.マン島伯領攻撃(対スコットランド王国戦)

コンホバル1世の即位時と同様、君主交代の後に主に行う国内の調整点は主に3点です。

直轄領については、Matudán1世がもともと封じられていたトモンド伯領と父のコンホバル1世から受け継いだ5つの伯領を合わせた6カ所を保有することになりましたが、Matudán1世はコンホバル1世よりも家政能力が優れているために父親よりも1つ多くの直轄領を切り盛りできるようです。これで以前までより多くの軍の安定供給が見込めるでしょう。君主にとって最も重要な能力は、実はこの家政能力なのではないでしょうか? そんな考えもよぎりますが、それはさておき。

1175年8月16日、イングランド王がノルウェー王に対して宣戦を布告しました。その情報に接した時、両国は直接領土を接しているわけではないためにどんな口実を用意したのかといぶかしんだのですが、どうやらノルウェー王がローマ教皇によって破門されていることを口実にしたようです。なるほど確かに、破門された人物に対しては宣戦布告を行うためのハードルはぐっと低くなるため戦争を吹っ掛けやすくなりますが、この口実を選ぶと勝った場合のメリットがいまいちよくわからないのが難点ではないでしょうか。信心深さを評価されたり、敵国の王を退位させることができたりするらしいのですが、肝心の領土が得られるか否かがわからないのです。そのため、なかなか使いづらい大義名分ではないかと思うのですが……。

いずれにせよ、イングランド王国はほぼ互角の国力を有するノルウェー王国と戦争状態に突入しました。他国の戦争に援軍を送る余裕は早々ないでしょうし、スコットランド王国との休戦期間も過ぎ去った今、開戦の絶好の機会だと判断できます。そうして同じ月の内に、アイルランド王国は王の有する島嶼公に付随する請求権からマン島伯領を求めてスコットランド王国に宣戦布告しました。

スコットランド王国単体の国力であれば、今やおそれるほどのものではありません。しかし、イングランド王国がさっさとノルウェー王国との決着をつけてしまうと今度はこちらに取って返してくる恐れは捨てきれないことから、悠長に包囲戦を続けては形勢不利に陥るかもしれません。王位交代から日が浅く封臣たちは軒並み忠誠心が低めになってはいますが、ここはやはり力攻めするに十分なだけの兵力を動員するべきです。

そうした考えから約9300の兵力を動員。うち約4200は損害を押さえるべくマン島伯領に直行させて包囲戦を開始させ、うち約5100は大きな損害を蒙ったら引っ込めて次の部隊を投入しつつ回復を図るという戦略を取るべくスコットランド王国軍と野戦を繰り広げさせます。しかし、まとまりきらないうちにスコットランド王国軍と衝突することができたために損害は軽微であり、圧倒的な優位の内に野戦を進めることができました。

ところが、これに前後して恐れていた情報がやってきました。スコットランド女王が息子であるイングランド王に同盟軍の派遣を要請し、イングランド王はそれを承諾したというのです。ノルウェー王国との戦争を放り出してこちらに全力を投入してくることはないと信じたいですが、希望的観測だけに頼っていては大損害を被ることになりかねない展開なのは確かです。確認してみると、どうやらスコットランド女王が対アイルランド王国戦への援軍をイングランド王国に要請し、逆にイングランド王は対ノルウェー王国戦への援軍をスコットランド女王に要請していたようです。同盟軍の要請はたとえ身内とはいえいい顔をされるものではありませんが、相互に要請し合えばお互い様です。このやり方は後々の参考にさせてもらいましょう。

それはともかく、開戦時からの方針通り、イングランド王国軍がこちらに目を向ける前に早々に決着をつけなければなりません。マン島伯領の包囲戦には早々に決着をつけたいですが、その最中に勢力下の領土が逆に包囲されることは避けたいです。展開中のスコットランド王国軍が1000を切る程度には野戦で痛めつけておく必要があるでしょう。3度の野戦を終えた頃、敵軍に約2800の損害を与え残りの兵力を約2200程度にまで削ることができていました。

しかし、ここでイングランド王国軍が南方よりほぼ全軍に近い約15000で北上してくるとの知らせが届きました。

そんな、どうして。ノルウェー王国の本拠地であるスカンジナヴィア半島方面に向かうものと思っていたのに。

慌てふためきましたが、何度確認しても事実です。1.5倍以上にものぼる兵力を前に、勝利を諦めようかという気持ちも湧きましたが、そこはなんとか踏みとどまります。甘い見込みかもしれませんが、いざとなったら痛み分けで講和できるかもしれません。形勢が傾く前にできるだけ戦勝点を稼ぐべきでしょう。スコットランド王国軍を追撃中の別働隊を、イングランド王国軍とかち合う前に船でマン島まで移動させ、力攻めを開始します。

どう考えても甘い見込みでしたが、結果的に最悪の事態には陥りませんでした。イングランド王国軍はアイルランド王国領を素通りし、そのままスコットランド北部のノルウェー王国領の包囲戦を始めたのです。残存していたスコットランド王国軍によってギャロウェイ伯領が包囲されましたが、あの地は守備軍が充実していることから、1年くらいは十分持ち堪えられるはずです。マン島伯の包囲戦に集中することにし、1カ月ほどで城と教会を力攻めで落とし、その3ヵ月半後には街の包囲戦も完了させることができました。近頃の包囲戦はもっと長引くことが多かったのですが、マン島伯領はそれほど防衛戦力が充実していなかったのが助けになったでしょうか。

その後、マン島伯領を占領した余勢を駆ってギャロウェイ伯領を包囲中のスコットランド軍を蹴散らしたりもしてみましたが、どうやら今回はスコットランド女王もなかなか負けを認める気はないようです。それならばとさらなるスコットランド王国領の占領を目指します。

ここで再確認しておかないとならないことですが、イングランド王国が参入してきていることから、2年も3年も悠々と包囲戦を敢行していくことはあまり好ましくありません。なるべく早く占領できる領地をピンポイントに狙っていく必要があります。そこで調べさせてみると、スコットランド女王による直轄領は、直轄軍を動員しているために封臣領よりも城に残る兵力が相当に少なくなっていることがわかりました。スコットランド女王の直轄領は先のマン島伯領の他には、グウィネズ伯領とゴウリー伯領です。どちらから攻めるかというところですが、まずはマン島伯領から近いグウィネッド伯領にすることにします。

グウィネズ伯領の防衛戦力は891。野戦での被害や一部の忠誠心の薄い封臣領からの徴収兵を帰還させたことなどもあり、こちらの兵力は7407。この戦力差では力攻めはやや心許ないところです。あまり時間のかかることはしたくなかったのですが、イングランド王国軍の戦況を調べてみると、当初は勢いが良かったものの途中から膠着状態になりかけていることが窺えました。

かつてノルウェー王国と戦争をした記憶を手繰ってみると、思い当たる節があります。スコットランド地方のノルウェー王国領を南から順番に占領していこうとすると、スコットランド地方随一とも言える防衛戦力を誇る最北端のケイスネス伯領で詰まってしまうのです。10000を軽く超えるイングランド王国軍とはいえ、あの城を力攻めすることは躊躇することでしょう。それならば、余剰戦力までかき集めることはせず無理のない範囲で力攻めをするだけでもなんとかなるのではないでしょうか。グウィネズ伯量を占領できれば形勢は誰の目にも明らかになるはずです。

そう考え、グウィネズ伯領アングルシー島の城についてはじっくり包囲していくことにし、6ヵ月半かけて陥落(「包囲完了」と表現してましたが、こちらの方がよさそうな)させます。その3週間後には力攻めによって教会も陥落。次の街は防衛戦力が1303とアングルシー島の城以上に充実していたためにじっくりと包囲していくことに。そうはいってももともと要塞として作られたわけではない街ですので、城ほどの時間はかかりません。途中、占領したマン島伯領がスコットランド王国軍の小部隊により包囲され返されていたので軍の一部を派遣して追い散らしたりしていましたが、それでも5カ月程度陥落させることができました。

これまで戦ってきた地だとだいたいここでその伯領を占領しきることができたのですが、グウィネズ伯領の場合はまだ終わりません。Llbadarnという地にもう一つの城あるのです。とはいえ、この城の防衛戦力は447しかなく、3週間も経たないうちに力攻めで陥落させてしまえたのですが。

グウィネズ伯領を占領しアイルランド王国の有利ははっきりしたがずなのですが、スコットランド女王はいまだに負けを認める気配がありません。そちらがその気ならば、ぐうの音も出なくなるほどの勝利を叩きつけてこちらの要求を押し通すまでです。気掛かりだったイングランド王国軍は相変わらず当初の勢いが鈍ってしまったままであり、さらには神の恵みか、グウィネズ包囲中に国内でヨーク公が王位を求めて反乱を起こし、それに4人の公や伯が呼応して一大内戦の様相を呈するに至っていたのです。イングランド王国はもはやスコットランド王国の戦にまでかかずらわりに来る余裕はないでしょう。

アイルランド王国としては逆に余裕ができたことから、比較的忠誠心の薄い封臣領からの徴収軍を分離して再度マン島伯領を包囲し返しに来ていたスコットランド王国軍の小部隊を撃退させると、長期の徴収による厭戦気分の軽減や損耗した兵力の回復のためにその部隊の全軍を解散させます。そして残った2721の兵でもって途中、敗走するスコットランド王国軍を壊滅させつつ女王の直轄領であるゴウリー伯領の包囲に向かいます。

もちろん、それだけでは防衛戦力が比較的手薄になっているとはいえ城の陥落に1年とかかってしまうので、兵力が回復し次第、解散した封臣領から再び動員をかけていきます。そうして、包囲開始から7カ月後にはゴウリー伯領の城は陥落。その頃までには再び約6000の兵力が集まっていました。次に包囲を開始した教会も904の防衛戦力を有しており、力攻めは無茶なので後方から兵力を集めつつじっくりと包囲を続けていきます。

そうして4カ月ほどが経過し、あとひと月ほどで陥落させられるだろうというまでに至ったところで、情勢はついにアイルランド王国軍の勝利を女王に突き付けるに足るに至ったと判断できるまでになりました。形勢が有利だと戦闘で結果を出さずとも雰囲気で押すことができるのでしょうか。なんにせよ、完膚なきまでの勝利を突きつけ、スコットランド女王にこちらの言い分を押し通すことができました。

こうして、1179年1月2日、スコットランド王国からマン島伯領を獲得したのです。


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ここで一端区切ります。対スコットランド王国戦が長期戦となってしまったために気付くと分量がかさんでしまった感が。この次の戦争もまた長期戦だったので、続けて書いていくとこの倍近くになりそうな気がするんですよね。というわけで、それ以前できりのよさそうなこの辺りでいったん止めることにします。


反省点:
特になし。強いて言うなら、運任せの開戦はほどほどにした方がいい気もするけど、今のところうまくいっているのでいいか的な。

わかったこと:
一)捏造した請求権は一度行使すれば次代に継承されるが、それは制限付きの権利でしかない。むしろもう一度捏造した方が早い?(制限付きとはいえ既に権利を保持している状態で再度捏造可能かは不明)
二)直轄領から軍が動員されると防衛戦力がほぼ要塞強度頼みになるので、戦勝点稼ぎの占領には狙い目。

気掛かりなこと・よくわからないこと:
a)請求権の捏造のために宰相を、例えば3年程ある伯領に派遣していたとして、そのまま同地にいさせ続けた場合と別の伯領に派遣した場合でより早く捏造に成功する可能性が高いのはどちらか?(個人的には前者のような気がするんだけど、確率の問題はこの辺の考え方がややこしいのでよくわからない)
b)破門を大義名分にした戦争で敵国に領土を要求することはできるのか?


最後に、この時点での画像です。ここで区切ることになるとは思ってなかったので、これまで載せる画像を撮る際には隠してた情報表示窓が見えてしまってますが。まあ、プレイしてる本人以外からしてみたら特に興味ない情報ですよねー。次はいつも通りになるはずです。
CK2_4.jpg

という感じで、追加のプレイをせずともそれなりの分量になると思うので、次はそんなに間を空けずに更新できるかと。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月31日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜割拠から鼎立へ〜

前回までのあらすじ:アイルランド王国はスコットランド地方への侵攻を開始していた。統一ままならぬ地にじわりじわりと勢力を広げていくアイルランド王国だったが、一方のスコットランド王国は動乱の渦中となっていた。内乱や継承戦争によって国内は乱れ、北方からのノルウェー王国による侵食を許してもいた。こうしてスコットランドは、徐々に強国の思惑が絡み合う地となっていくのだった……


前回の進捗記事から1カ月程も経ってしまいました。その間、PCのディスプレイが故障しましたが、まあ自分以外にはどうでもいいことですね。それはさておき、間が空いた影響で前回に比べて細部の記憶が曖昧になってる部分もありますがお許しを。

また、今月に新規のパッチがリリースされたみたいですね。細部のシステムに色々と変更が加えられたみたいですが、もともと慣らしも兼ねたお試しプレイのつもりなので、それほど影響はないと思います。


今回の進行状況をまずざっくり記してしまうと、前回終了時の1162年から10年経った1172年。領土的にはロシアン伯領とヘブリティーズ諸島伯領ならびにアーガイル伯領の3カ所を獲得。それと島嶼公の位も獲得しています。それでは以下、その間の出来事を詳しく書いていきます。


1.スコットランド王位継承戦争決着(イングランド王国)

我らアイルランド王国がダンバー伯領を獲得した頃、スコットランド王国は継承戦争の最中でした。相手はあのイングランド王国。開戦したのはダンバー伯領に対して宣戦する2年ほど前でしたが、3年が経ってもまだ決着はついていませんでした。内乱により一時衰えていたとはいえ、ウェールズ公と合同したスコットランド王国の勢力はアイルランド王国にとっても侮れないものがありました。近隣最強のイングランド王国であっても相手取るにはやはり時間がかかるようです。ただ、動員可能兵力を考えると、イングランド王国はどうも本気を出していないように見えました。おそらく全力の半分ほどしか動員していなかったのではないでしょうか。それでもスコットランド王国軍を圧倒してしまう国力を思うと、まだ敵わないという認識を確かにさせられます。

そうしてイングランド王国軍によるじっくりとしたペースでの侵攻が進められていた継承戦争も開戦から4年後、勢力下の過半の伯領を占領されたスコットランド王国は講和を受諾。ここにイングランド王によるスコットランド王国継承戦争は幕を閉じました。この時、1163年でした。

この戦争が終結するまでの経過を、自分はただ他人事のように眺めているだけでした。王が誰になろうとそれほど気にすることはないからと。事実、それまでの継承戦争では、ウェールズ公との同盟成立などで若干厄介さが増すことはあれど、動員限界の兵力を投入せずとも勝てる程度の範囲ではありました。今回もなんとかなるだろうと勝手に判断していたのです。

しかし、ことが終わってから、その重大性に気付くことになりました。なぜイングランド王国は自ら継承戦争を仕掛けたのか。それは、その戦争の勝利が自国の利となるからでした。自明のはずのことを見落としていました。彼らにとっての利とは、イングランド王家となっているゴドウィン家からのスコットランド王輩出でした。

これによってスコットランド王国とイングランド王国の同盟が成立。さらに新スコットランド女王の後継者であるその息子はイングランド王国勢力下の公であり、選挙による継承法を採用する国内で後継者に選出されている人物でもあったことから、両国合同の可能性すら浮上してきたのです。


2.ウェールズ公勢力下ロシアン伯領攻撃

ただでさえアイルランド王国の1.5倍の兵力を有するイングランド王国。同盟軍として出陣こられたら勝てる気がしませんし、まして合同が成った日には逆襲の受ける未来さえ予測できます。このままでは八方塞がりですが、そうかといって打てる手もありません。突破口になりそうな糸口はないものかと考えてみても、じりじりと焦りが募るばかりでした。

そうして数カ月が経った頃、一つの変化が訪れました。前スコットランド王の一族であったウェールズ公が新女王に対して独立戦争を起こしたのです。

ウェールズ公の勢力下には、ロシアン公位に伴う請求権を有するロシアン伯領が存在していました。新スコットランド女王ではなくウェールズ公が相手ならばイングランド王が同盟軍として現れることはない。そのことに気付くいたとき、即座にウェールズ公に対して宣戦を布告しました。

ウェールズ公に対しては、アイルランド王国よりも先にスコットランド王国が戦争状態に突入しています。同じ勢力と戦争状態にあるとはいえ、協力関係にはない両軍は鉢合えば戦闘に突入しますし、敵地の占領も早い者順になります。ここは一気呵成に主導権握るべしと、動員可能兵力のほぼ全てを動員し、ウェールズ公勢力下の3領に向かわせました。ロシアン伯領に約2500、アソール伯領に約3200、ウェールズ地域の一伯領(グウィネズ伯領、でしょうか?)に約4200、合わせて約9900の動員でした。ウェールズ公の主力であるウェールズ地方の兵力は対スコットランド王国軍に向けて動いており、包囲戦はさしたる抵抗もなく進むものと思われました。

ところが、それぞれの軍勢が包囲を開始して間もなく、軍勢が一度もぶつかることなくウェールズ公は新スコットランド女王による講和を受諾したのか、戦争は終結してしまいました。どうしてそんなに早く落とし所が着けられたのでしょうか。ロシアン伯領獲得は成ったものと思っていただけに落胆を隠しきれません。ウェールズ公による独立戦争が終結したことから、こちらの仕掛けた戦も連動して終わりとなってしまいました。ぶつぶつと恨み言をつぶやきならも軍勢に帰投の指示を出し、この戦争は何の得るところもなく幕を下ろしました。

しかし、このスピード決着は本当にわかりません。アイルランド王国の侵略に対して利害を超えた協調が成立したとかでしょうか? まさか。スコットランド王国にとっては内乱からも外患からも領土を守れて最善の結果に終わったと言えるでしょうが、ウェールズ公側にはほとんどメリットのない講和です。さらに、その後確認したところウェールズ公が亡くなってその子息に代替わりしていました。これは少し出来すぎではないでしょうか。スコットランド女王による策謀を疑ってしまいます。この時、1163年です。


3.スコットランド王勢力下ロシアン伯領攻撃

先の戦で成果を得られなかった不満感。それに加えてイングランド王国が攻撃目標であるスコットランド王国の同盟国となったことによるプレッシャーは、じりじりと心の内に焦りを募らせることとなりました。どうにも気持ちが落ち着きません。腹いせにどこか攻撃してやりましょうか。そんな考えが浮かぶものの、アイルランド王自ら請求権を有するのは先の戦で行使したその地だけです。母親から受け継いだ大陸領の権利もあるにはありますが、相手がイングランド王国に勝る国力を有するフランス王国とあっては論外です。あーもう、どうしてやりましょうか。

そうこうしながら数カ月が経つ頃、だんだんと気持ちも落ち着いてくるとともに少々やけっぱちな考えが浮かんできました。もういい、スコットランド王国と戦争です、と。じりじりと待ちの時間を過ごすなんて性に合いません。それに、イングランド王国軍が来たらそれまでのことです。とにかく攻撃あるのみ。そんな考えから、ロシアン伯領を求めてスコットランド王国に宣戦を布告しました。

イングランド王国軍を相手取るかもしれない戦争とあっては、手加減は即敗北につながります。先の戦同様、ほぼ全軍となる約9900(9500くらいだったかも)を動員。さらには兵力を一カ所に集中し、各個撃破の危険性も極力排除する方針です。

野戦においては、スコットランド王国軍が各地より数百、千数百と出撃してくるところをその2〜3倍の兵をぶつけて撃破し、余剰の兵力はロシアン伯領の包囲に回します。野戦の末に、敵の残存兵力は100と少しの隊が2隊のみ。こちらの兵力は約8800になっていました。

この間3カ月ほどが経過していますが、イングランド王国が援軍の要請に応えた様子はありません。もしかすると、イングランド王国軍は現れないと考えてもいいのではないでしょうか。そんな希望が浮かびます。断定はできませんが、現時点で来ていないならば、現れてしまう前に一刻も早くこの戦争の決着をつけるべきでしょう。包囲軍の兵力はロシアン伯領下の城・街・教会のどれに対しても10倍以上であったので、力攻めで短期に占領を図ります。

城・街どちらに対しても5%程度の被害で占領に成功しました。ついで教会の力攻めに移ろうとしましたが、その前に一応の確認として講和に応じる可能性を調べてみると、なんと、もう応じる用意があるようです。戦勝点はまだ30%ほどしかたまっておらず、以前のスコットランド王国戦同様いやに早く講和を受諾してくることにはあっけなさも感じます。しかし、短期決戦を目論むこちらとしては望ましい展開ではあります。早速使者を遣わして講和条約を締結。こうしてロシアン伯領を獲得しました。この時、1164年でした。


4.オールバニ公による独立戦争(対スコットランド王国)

かつての婚姻から、スコットランド王族にはアイルランド王にも近しい血縁者が何人かいます。彼らはもともとマレー伯領を封土として受け継いでいたのですが、ノルウェー王国の侵攻によりその地を追われた後、アイルランド王の宮廷に流れ着いていました。何年も廷臣として過ごすうちに、血縁の誼でと封土を求めてきたりもしましたが、育った文化背景からして外国人である彼らには、自国人に比べると忠誠が期待できないために残念ながら言下に断っていました。そんな彼らの中で最年長者である男が、その頃スコットランド女王からオールバニ公に任命されるという出来事がありました。オールバニ公といえば、これまでその地位にある者が何度もスコットランド王に対して独立戦争を起こしてきた反骨の系譜を持つ爵位です。その新オールバニ公は、やはりといえるでしょうか、スコットランド女王に独立戦争を起こしました。

戦勝を収めて間もないとはいえ、先年にじりじりとさせられた記憶も薄れぬスコットランド王国には痛い目に合ってもらって溜飲を下げたいところです。しかし、、国力としてはスコットランド女王が勝ることもあり難しそうです。それならば、アイルランド王国がオールバニ公に加勢するというのはどうでしょうか。動機は逆恨みですが、悪くはなさそうな気がします。

そんなことを考えていると、ウェールズ公がオールバニ公に立って参戦を表明しました。なんという僥倖でしょう。これで形勢は完全にオールバニ公側に傾きます。ここで我らがアイルランド軍も参戦してコテンパンにしてやりましょう。そんな皮算用を始めていると、それまでの上がった意気を一度に挫いてしまう情報が目に入りました。イングランド王国がスコットランド王国に同盟軍の派遣を決めたのです。

それはまさに恐怖の軍勢でした。イングランド地方から北上してきたイングランド王国軍の総勢は約18000。動員可能兵力のほぼ限界まで派遣してきたのです。アイルランド王国軍ではこれまでの最盛期でも約12000。これでは万に一つも勝ち目はありません。ウェールズ公軍、次いでオールバニ公軍が野戦で軽々と撃破し、オールバニ公勢力下の領土が次々と力攻めで占領していく様子は、さながら洪水に押し流されていく人や家のようでした。抵抗する暇すら与えられず一隊また一隊と押しつぶされていく様を、ただただ黙って見ているほかありませんでした。イングランド王国ならびにそれに連なる者に刃向かった者の末路はこうだと、見せつけられている思いでした。イングランド王国に敵対する口実を与えてはならない。その戒めは一層強いものとなりました。これが、1165年のことでした。


5.ヘブリティーズ諸島伯領攻撃

アイルランド王国領に隣接するスコットランド地方の伯領は、スコットランド王国の領土しかないのですが、講和期間が10年ありことや、それ以上にイングランド王国軍を徒に刺激したくないことから、その地方に唯一残る小勢力である島嶼公の領地に目を向けることにしました。島嶼公の位を持つとはいえ、すでにその領土はヘブリティーズ諸島伯領しかなく、いくつかの大勢力の下に統合が進むこの地方では、格好の獲物として前々から気にかけてはいたのでした。そして請求権の捏造が成功するや、すかさず宣戦を布告しました。

ところで、ここ最近、捏造した請求権の行使にかかる費用がいやに高くなっているのはどういうことでしょうか。確か前回もそうだったと思うのですが、今回もまた300Gold超えです。普段から国庫に100Goldの余裕は用意しておくようにしていますが、その程度ではまるで足りません。おかげで軍費を賄うために借財に頼ることとなってしまいました。国庫の欠乏が解消されるのを待って軍を動員するべきだったでしょうか。借財は当座のしのぎにはなるのですが、当然のこととして返済時には利子が付くのなるべくなら避けたいところです。

それはさておき、今回まず動員したのは直轄領のみからの3417。敵軍が990であり、時間はかかりますがその程度で楽に勝利を収められると思ったからです。予想通り、野戦では自軍損耗147、敵軍損耗839で快勝しました。

しかし、ここで問題に気付きます。借財の返済期限は1年後なのです。収入ペースを考えると平時でも間に合いそうにありません。まして支出の増える動員状態を続けていては返済金を工面できる見込みも立ちません。1年で間に合わせられる可能性があるとすれば、城・街・教会の占拠によって得られるお金が頼みの綱となるでしょう。ならば、この戦もやはり短期決戦に狙いを変えるべきでしょう。

野戦に勝った直轄軍3270によって包囲を進める一方で、忠誠の高い封臣領から4659の兵を徴収。この援軍が到着するや、合わせて7929で敵戦力787のアイラ島伯領の城に力攻めを開始します。ほぼ10倍ぎりぎりの戦力差でしたが、こちらの損耗は826、離脱者は45と、およそ11%の損耗で済みました。続いて7058の兵で673の守備側戦力の教会を力攻めに移ります。こちらもおよそ10倍の戦力で臨み、自分の損耗は850、離脱者は30と、合わせて12〜13%の損耗となりました。さらに残った街も力攻め、といきたかったのですが、ここは守備側戦力が1389もあり、経験則的なセオリーである10倍の兵力を国内から集めることが不可能だったので断念。ゆっくりと包囲を行うことにしました。

しかし、そうしてのんびりしているうちに、借財の返済期限が来てしまいました。当然返済できるだけのお金はなく、しぶしぶながらなんとかもう1年待ってもらうことになりました。借財の返済期限を破ってしまうということは名声に傷を付けることではありますが、すでに4000程もあることを考えると、数十程度ならあまり気にすることもないでしょうか。それ以上に、250Goldだったの返済金額にさらに利子が膨らみ、300Goldにまで膨れ上がることになってしまったのが痛いです。1年でそんなに貯まるでしょうかと不安もありましたが、まもなくヘブリティーズ諸島伯領の街を占領。この時得られたお金によってなんとか目処が立ちそうで、ほっとしました。

ほとんど借財の返済の都合で回っていた感のあるこの戦争でしたが、なんにせよヘブリティーズ諸島伯領の完全占領が完了したので、講和を突きつけます。こうして、めでたく伯領の獲得に成功しました。この際、勢力が滅亡したからか、島嶼公の位も獲得しました。これでアーガイル伯領とマン島伯領の請求権も手に入りましたし、いいことづくめですね。事前に想定していなかった成果が得られるというのは気分がいいですね。この時、1167年です。


6.マレー伯領攻撃

島嶼公の勢力を亡ぼした後、スコットランドは三つの大国が並び立つ地となりました。北から順に、スカンジナヴィア半島に本拠を持つノルウェー王国、イングランド王国を背後に持つスコットランド王国、そして我らがアイルランド王国です。こうなってくると、システムの都合上やや面倒なことがあります。それは、攻撃側の国に講和後10年課される不戦条約期間です。敵対国家が2カ国しかないとなると、宰相による捏造のペースがいい時は5年もたたずに成功することがままありますので、戦争のペースが追いつかなくなるおそれがあります。ここで「おそれ」と言うのは、捏造した請求権は、その権利を主張して宣戦布告しないと後継者には受け継がれないからです。

それはさておき、ヘブリティーズ諸島伯領の次にターゲットとしたのは、ノルウェー王国領のマレー伯領です。スコットランド王国に対してはまだ不戦期間が5年以上残っていますし、なにより行使できる請求権は既に2つもありますから。

そういうわけで、マレー伯領に宰相を派遣して請求権の捏造に勤めさせ、2〜3年で工作は成功しました。この宰相は有能ですね。加えて、行使に必要なお金も138Gold程と随分リーズナブルになっていて、ちょっと驚きです。賄賂や脅迫に用いる費用が値下がりしたのでしょうか。しかし、その間に行われた借財の返済によって、国庫の残金が少なくなっていた時の出費だったので、またしても国庫が欠乏するようになってしまいました。前回の反省を活かして、国庫のマイナスが解消されるまでは動員はすまいと思っていたのですが、ある廷臣の死亡直後にまたしても借財に頼ることになってしまいました。廷臣が後継者なしに死んだ場合、彼らの持っていたお金が主君のものになるというのは知っていたのですが、つまり、借金を残していったということなのでしょうか。タイミングの悪いことです。その後、別の廷臣(前述のオールバニ公の人)の死によってその財産が手に入り、返済のめども立ったので、マレー伯領を求めてノルウェー王国に宣戦布告しました。

事前に調べた情報によると、ノルウェー王国の動員可能兵力は7000程。対するアイルランド王国は、軒並み封臣の忠誠が下がってしまって10000程になってしまったとはいえ、これだけの戦力があれば多少の苦戦はあっても敗北することはまず考えられません。それでも油断はしてはいけないということで8200程の兵力を動員してモレー伯領に向かいます。

しかし、ここで一つのミスに気付きました。マレー伯領を有するオークニー公は封臣であるロス伯やケイスネス伯らから独立戦争を起こされており、マレー伯領はすでにロス伯が城を占領してしまっていたのです。それを知らずにマレー伯領を包囲するロス伯らの軍を蹴散らしてはみても、早い者勝ちなので先に取られてしまった土地は包囲戦すら始められません。仕方なく北隣のロス伯領の包囲を始めたのですが、守備側の戦力が大きく、8000程の兵力でかかっても力攻めのセオリーの基準には達しません。ただでさえ忠誠が下がっているので、長期の徴収によるさらなる低下はなるべくなら避けたいのですが、壊滅的な損害を受けることに比べたらはるかにましです。ところが、やはり大国であるためか、一つの伯領をすべて占領しても戦勝点が20%も貯まりません。その上、ひと月に1%程の割合で減少していくではありませんか。これは、のんびり包囲などしていてはいつまでたっても勝利できません。ですが、ノルウェー王国領は守備戦力が整っているところが多く、10000の兵力を揃えてもまだ力攻めの難しい土地ばかりです。贈り物をばらまいて忠誠の低い封臣の忠誠を底上げして徴収したりもしましたが、それでもやはり力攻めには足りません。以前に確認した7000程度という動員可能兵力も、国内の内乱が収まってくるとアイルランド王国に勝るとも劣らぬ兵力を動員できることがわかってきました。以前危惧していた兵力の少なさが表面化したということのでしょうか。

開戦から2年が経過する頃には、ロス伯領ならびにケイスネス伯領の完全占領には成功していましたが、戦勝点はいまだに8%しかありません。しかし、毎月のように減少していくことを考えると、むしろいまだにプラスを保っていることは奇跡的であると考えた方がいいのかもしれません。とはいえ、2年経ってもこれでは、全く勝てる見込みが経ちません。長期戦による忠誠の低下も2ケタに達する者が出てきましたし、これ以上戦争を継続しても益なし、なのかもしれません。幸い、こちらの要求を押し通す形での講和は無理ですが、痛み分けでの講和なら応じる気配はあるようです。悔しいですが、勝利以外を経験することも大切でしょう。我が国の不足を知ることができたのですから。

こうして、痛み分けでのノルウェー王国との講和が成立しました。この時、1171年です。


7.アーガイル伯領攻撃

兵力不足を痛感したアイルランド王直轄領では、早速内政により軍備増強に努めます。そこで思い出したのですが、マレー伯領攻撃以前より、直轄領の多さから封臣のひんしゅくを買うようにもなっているんでした。2つ減らすべきところを王の血縁者で適当な人物がいないからと1つは放置していたのですが、こうなると内政の成果がダイレクトに反省されてくる直轄領の数は惜しいです。封臣領からの徴収については、少しならば贈り物でなんとかなるでしょう。しかしそれを積極的に行おうとすると、今度は収入が不足気味に思えてきます。他の手段も探るべきでしょうか。

そうこうと、次へとつなぐ戦略を考えていると、周辺の情勢に変化が訪れました。スコットランド女王がアーガイル伯の位を没収しようとして、両者の間に戦争が起きたのです。

大国が並び立つ情勢では、どのようななりゆきであれ、小規模な独立勢力の登場は領土拡張のための絶好の機会です。ちょうど大義名分も持ち合わせていいたので、数年前のウェールズ公勢力下ロシアン伯領攻撃時のように、即時宣戦布告し、ほぼ全兵力である約11000を迅速にアーガイル伯領に投入。力攻めで短期間に城・街・教会を占領して講和条約を突きつけ、アーガイル伯領の獲得に成功しました。これが1172年のことです。


ここまでが今回分の進捗となります。


反省点:
宣戦前に交戦予定地・勢力の交戦状況についてしっかり確認すること。

わかったこと:
新パッチの内容について、一、直轄領保有上限の減少。家政能力(内政能力)による補佐効果の減少、でしょうか。 二、婚姻による名声増減幅の拡大。以前の5倍、でしょうか。 三、忠誠(評価)数値における在位年数のリセット。即位したばかりと同じ状態になってたんですが。なぜ? 辺りがパッと見わかりやすいところだったでしょうか。

気掛かりなこと・よくわからないこと:
a)スコットランド王国とイングランド王国が合同する可能性。イングランド王国の後継者が投票によってコロコロ変わっているので合同に至るかは不透明ですが、同じ一族から王族を輩出することで同盟関係にあり続ける可能性は高そうです。アイルランド王国から介入できることは特にないので、気にしすぎても仕方のないことではありますが。これに付随して、イングランド王国の後継者が変わる頻度(2年ごとくらい?)を見ていると、選挙継承の不安定さを思わされます。 b)対ノルウェー王国戦時の、ひと月ごとに戦勝点が減っていくあれはなんだったんだろうか。理由がわかれば、それを防いだり逆に利用したりもできそうな気がするんですが。


現状の勢力図は以下の通りです。緑っぽいのがアイルランド王国、青っぽいのがスコットランド王国、薄い紫っぽいのがノルウェー王国、ピンクっぽいのがイングランド王国です。どうでもいいことですが、前回までと画像の縦横比が違うのは、ディスプレイが変わったからです。
CK2_3.jpg

という感じで、次はそんなに間が空かないようにしたところですが、どうなることやら。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜動乱のスコットランド〜

前回までのあらすじ:アイルランド統一の目算が立ったアイルランド王国が次に目を付けたのは隣のスコットランド地方だった。先代スコットランド王はアイルランド王国と同盟関係を結びスコットランド統一事業を進めていた。ところが、道半ばで崩御した後、王位継承の都合から同盟関係は解消。また、王国の半分にまで勢力を広げていた封臣が独立戦争を起こすなど、スコットランドは一気に動乱の時代に突入したのだった……


月曜日には書き上げたかったんですが、アイルランド王国的になかなか進展がなく、もう少しだけと粘ってる間にやや予定をオーバーしてしまいました。

まずどこまで進んだか書いてしまうと、前回終了時の1138年から24年経過した1162年。時間は結構経ってるんですが、領土的にはテヴィオットデイル伯領とクライズデール伯領とダンバー伯領の3か所しか増えてません。ギャロウェイ公位とロシアン公位を獲得できたのは大きいものの、もっとペースを上げていきたいところ。しかし、こればかりはシステム上なかなか思った通りに行かないので困りものです。以下、その間の出来事を、順を追ってもう少し細かく書いていきます。


まず1139年、ロシアン公勢力下のテヴィオットデイル伯領(ギャロウェイ伯領の東隣)の請求権を捏造して宣戦布告。

この当時、ロシアン公はスコットランド・イングランド両地方にまたがる五つの伯領を有しており、アイルランド全土を勢力下に治めていたとはいえ、なかなか侮れない勢力でした。また、ロシアン公の一族は軍事能力に秀でた者が多く(16とか18とか22とか。もしかしたら14もいたかもという、まさに将軍向きの一族。平均値がどの程度かはわかりませんが、アイルランドを統一しても軍事能力15以上の男の廷臣は5人くらいしかいなかったような……)、将軍の質としてはほぼ互角と言ってもいいのではないかという程の相手でした。

野戦においては、アイルランド王軍約3800(うち直轄領軍約3100)対ロシアン公軍約2200の戦いとなり、兵力的に問題なく勝てるだろうと思っていたのですが、恒例の追いかけっこをしている間に地の利を押さえられてしまいました。自軍に渡河ペナルティ、敵軍に丘陵ボーナスがついたハンデ戦。それだけなら兵力差でなんとかなるはずだったのですが、敵将の中にロシアン公一族の軍事能力22の男がいて、兵力では倍以上をぶつけていたはずなのに一時こちらが押される事態になってしまいました。正面の敵を片付けた隣の隊が駆けつけてなんとか盛り返しましたが、あれには焦りました。こちらの将軍も軍事能力17はあったはずなのですが、ペナルティとボーナスの合わせ技が利いたのでしょうか。とはいえ、それでも約700の損害(だったはず)で敵部隊はほぼ壊滅させれたので戦果としては上々と言えるでしょう。

その後はテヴィオットデイル伯領の包囲(前回まで「攻囲」という訳を当ててましたが、こちらの方がよりニュアンスが近そうなので変更)戦に移行。「戦力差が10倍あれば力攻め」といけるほどに戦力差がなかったため、のんびりと包囲を継続することにしました。包囲自体は順調に進みましたが、途中で想定外のトラブルが起こりました。直轄地のティロン伯領で領民約1000(約900だったかも)が蜂起したのです。ただし、これは予測できないことではありませんでした。ティロン伯領ではこの数年前から異端の教えが広まり、領内における多数派の地位を占めるまでになっていたのです。普遍的な教えに改宗させるにあたって、広まりだして間もない頃は異端の勢いが強く難しいだろうと、ほとぼりが冷めてから乗り出すつもりでいたのですが、教皇様の指示によって強圧的な改宗策を採ることとなり、それがもとで領民たちの反発がより強まっていたのでした。

いつか起こると思っていたことではありましたが、正直に言ってあまりいいタイミングではありません。とにかく早めに包囲戦に決着をつけて、取って返した主力軍で以って鎮圧したかったのですが、ロシアン公はなかなか講和に応じる気配を見せません。CPUの場合なら、蜂起軍が伯領を包囲占領していくのを黙って見過ごすこともあるのですが、それをすると以後暫く被占領ペナルティで収入や動員兵数に影響が出そうな気がしたので(確証なし)、対ロシアン公戦に投入していなかった予備兵力を動かすことにしました。なぜその兵力を投入していなかったかというと、まずロシアン公相手ならば全兵力を投入するまでもないと見積もっていたからです。この見積もりは結果的に正解でした。また、それに付随して、直轄領以外からの動員は一時的にせよ動員地を治める封臣の忠誠(前回まで「評価」の訳を当てていましたが、こちらの方がよさそうな場合もあるため一部でこの訳を使うことにします)を落とすことにつながるので、必要な時以外は忠誠の高い封臣以外の領地からの動員は極力避けたかったのです。

しかし、こうなっては背に腹は代えられません。最も忠誠が低く最も動員可能兵力が多いアルスター公領からの徴収軍を主力にして約1500人を動員。領民の鎮圧に向かわせました。ここで蜂起軍の特筆事項を挙げるならば、見た目の兵力数の割に強いということです。こう書くと、先の展開は予想がつくと思いますが、派遣した鎮圧軍は敗北しました。それも、敵にはせいぜい100程度の損害しか与えられないという完敗でした。兵力では勝っていました。将軍が主力にあぶれた二線級であり、軍事能力でいえば11〜13で、敵将の16に対して劣っていたことが原因でしょうか。また、こちらの軍が正面・右翼・左翼と構えていったのに対して敵軍が正面にすべての兵力を固めていたことは、何か関係があるのでしょうか。

わからないのでそのまま先に進みますが、鎮圧軍が破れたことは衝撃でした。しかし、第一次鎮圧軍は所詮アイルランド国内からごく一部だけ徴収した兵力でしかありませんでした。蜂起軍による包囲がかなりゆったりしたものであったことにも助けられ、第一次鎮圧軍の被害がある程度回復してきた頃に国内の余剰兵力の総員に当たる約2600の兵を動員。3倍近い兵力差も手伝い、圧勝することができました。

この対蜂起軍戦としては、主力を戻すこともなく、ティロンの城が占領されることもなく、結果だけ見れば上々と言えるでしょう。ですが、反省点もあります。しかし、それは、あとでまとめて書きだすことにして、話を先に進めることにしましょう。アイルランド国内で蜂起軍の相手をしている間に、対ロシアン公戦はテヴィオットデイル伯領の包囲からロシアン伯領の包囲に移りました。ロシアン公の勢力はそれなりに大きいので、1つの伯領を占領しただけでは戦勝点がたまりきらないのです。しかし、ロシアン伯領の包囲中にロシアン公より講和の申し出があり、ここにテヴィオットデイル伯領を巡る戦いはアイルランド王の勝利に終わりました。この時、1141年でした。


1142年、スコットランド情勢はますます混迷を深めることになりました。最盛期のスコットランド王国は8つの伯領を勢力下に治めていたのですが、1139年の時点では、以前からの内戦により4つの伯領を勢力下に治めていたオールバニ公が独立戦争を起こし、アイラ公(前回「アイレー公か」と書きましたがこちらの方が正しそうなので。ただし相変わらずうろ覚えなので確証なし)がクライズデール伯領の権利を主張して宣戦布告をしていました。その渦中に、ウェールズ公が血縁者のスコットランド継承権を主張して参入してきたのです。さらに、独立戦争だったはずのオールバニ公の対スコットランドの戦争はいつのまにか、こちらもウェールズ公とは別の人物を担ぎ出してのスコットランド継承戦争になっていました。その上、スコットランド北部に勢力を持つノルウェー王国までもが、モレー伯領の権利を主張してスコットランド王国に宣戦布告したのです。こうして、スコットランド王国は一度に4つの勢力と敵対することになったのです。

とはいえ、一つの勢力に対して複数の勢力が同時に戦争を始めると、各勢力間は協調が取れず、逆に敵対することもできず、包囲した領土の占領が早い者順になったりと、なかなか面倒なことになるようです。4勢力の中では唯一北部から進攻したノルウェー王国が最も早く戦勝点を稼ぎ、1年ほどでモレー伯領を獲得して戦乱からいち早く脱出していきました。一方、スコットランド王国領南部で占領を競い合った3勢力の中で最も早く戦勝点を稼いでいったウェールズ公が勝利を収めるには、2年の時間を必要としました。

その間、王太子に任せておいたギャロウェイ伯領で領民が蜂起するという事態が起こりましたが、この時、グレートブリテン島への行軍に際して初めて船を利用しました(もしかしたら先述の対ロシアン公戦で使っていたかもしれません)。そうして船を使ってみてわかったこととしては、船の移動は陸路に比べて格段に速いということでした。陸路で隣の伯領への移動も、もしかしたら船を使った方が早いかもしれないと思えたほどです。特に、アイルランド島のアルスター伯領からスコットランド地方のギャロウェイ伯領への移動となると、船を使わない場合は20日ほどもかかるというのに、船を使えば5日かあるいはもっと早く移動できたかもしれないという程に違いが出ます。これからの戦場がほぼ確実にアイルランド島外となることを考えると、船を使わない行軍など考えるのも馬鹿らしくなってきます。


また、突如として(原因不明)前回なぜか手に入らないと書いたギャロウェイ公の地位を手に入れられるようになったので、アイラ公をギャロウェイ公の座からから追ってギャロウェイ公位を獲得。ギャロウェイ公位に伴うクライズデール伯領の請求権も手に入ったので、1144年、ノルウェー王国が抜けて4つの勢力がひしめくスコットランドの動乱に我がアイルランド王国も参入することにしました。

そうしてクライズデールに向けて進軍するべく、グレートブリテン島にて各地から動員した直轄軍の集結を待っていると、どうやらウェールズ公が起こしたスコットランド独立戦争がウェールズ公の勝利の下に終結したようです。王が変わろうと、クライズデール伯領の請求権を主張した相手であるスコットランド王国が変わるわけではありません。なんの手続きも加えずとも戦争は続きます。

ところが、以前のスコットランド王と今度のスコットランド王では違う点がありました。それは同盟関係です。新スコットランド王はウェールズ公の母でした。対スコットランド王国戦にて約2900の兵を動員したウェールズ公は当然援軍の要請に応えます。さらに、ロシアン公とイングランド王にいまだ服属していないコーンウォール公(公だったか伯だったかうろ覚え)までもがスコットランド女王の要請に応えて援軍を派遣して来るとの情報が伝わってきました。ロシアン公はアイルランド王国軍との敗戦の傷癒えぬ間にイングランド王国軍の攻撃を受けたことで兵力を消耗していましたが、コーンウォール公の兵力は未知数です。ですが、マップで確かめてみると1000人近く動員してきてもおかしくない国力です。すべて合わせれば5000人にもなるかもしれないという敵対勢力。「直轄軍で3000人動員できるからスコットランド地方なら大丈夫」などとうそぶいていた見積もりの甘い前回の自分を叱りつけたくなるきわどい情勢です。

アイルランド王国軍を全軍動員すればおそらく7000人は超えるでしょう。ですが、徴収できる兵力の多い封臣の中には忠誠の高くない者も混じっています。そういう者たちの領内からも動員すると、一時的とはいえ長期動員ペナルティによる忠誠度減少がこわいです。第一、5000は最悪の場合であり、マップ上の見える範囲に現れていない敵を過剰にこわがっていても仕方がありません。見える範囲で今ある兵力では終始優位に進めるには不足と判明した場合に追加することにしましょう。それでも大丈夫でしょう。そう思い直して、クライズデール伯領の包囲を開始しました。

すると間もなく、コーンウォール公軍の詳細が判明しました。900人ほど(うろ覚え)で、アイルランドに上陸して直轄領の包囲を始めたではありませんか。この程度ならば楽勝です。忠誠の高くない封臣の領土から兵を徴収しても短期決戦で勝負を付けることができるでしょう。敵軍との追いかけっこが始まりましたが、上陸後に船を解散させていたようなので渡海に時間がかかっている間に追い付くことができました。結果は、書くまでもないでしょう。

短期決戦を終えた徴収軍は即座に解散させましたが、一方のスコットランド情勢でまた大きな変化がありました。オールバニ公によるスコットランド継承戦争がオールバニ公の勝利に終わったのです。スコットランド王が再び交代したことにより、同盟関係が解消されたウェールズ公は軍を解散させました。コーンウォール公に次ぐ敵援軍の脱落に、これでようやく一安心できると息をついたのですが、その直後、だから考えが甘いのだと思い知らされました。

そうです。独立戦争から継承戦争にシフトしたオールバニ公による、スコットランド王との戦争が終結したのです。そのことが意味するのは、スコットランド王国分裂の解消でした。内紛にあえいでいたスコットランドは一気にその国力を回復し、ロシアン公の援軍を併せて約4000もの兵力を動員してきました。これは、数字としては先におそれた5000よりは少ないです。しかし、目に見える4000という数字からは、それに劣らぬ脅威を感じました。

とにかく、このままでは敗色濃厚です。直轄軍だけでは兵力で劣ることがわかると、相手よりも多くの兵を集めるべく、忠誠の高い封臣領から順々に兵を徴収していくことにしました。そうして集めた兵力は、直轄軍約3100と合わせて約4800。さらに、敵軍とぶつかった直後に合流する戦場周辺の封臣領からの徴収軍約900。合わせて、約5700でもって敵軍との野戦に臨むことになりました。

クライズデール伯領から敵軍が包囲するギャロウェイ伯領に進軍すると、待ち構える敵軍に丘陵ボーナスが、進撃する自軍に渡河ペナルティが付くことは、上述のロシアン公との戦いでわかっていました。ですが、別の伯領から回り込んで、などと考えていると、追いかけっこになって戦が長引くことが予測されます。ただでさえ封臣領から軍を徴収しているので、長期線はなるべく避けたいです。そこで、兵力差を活かして押し切ることで、即時決戦を図ることにしました。

今振り返ってみると、先の戦いの反省がまるで活かされていません。考えが甘い程度ではありません。これははっきり馬鹿と言い捨てていい、悪手だったでしょう。ボーナスとペナルティが付いたことにより、兵力差にもかかわらず、自軍は約2400もの損害を出しました。一方の敵軍の損害は約2700。勝ちはしましたが、辛勝もいいところでした。

その後は追加の徴収によって兵力を補った上で再度決戦を挑み、今度こそ兵力差を活かして勝利。アイルランド王国領を包囲できるだけの戦力もなくなったことを確認したうえで包囲の続きを行おうとしましたが、今度は戦略とは関係ないところでミスを起こしてしまいました。スコットランドの封臣領からの徴収軍は兵力回復の目的も兼ねていったん解散させようとしたところ、操作を誤って主力軍を解散させてしまったのです。これによるロスタイムを考えると、あまりにしょうもないミスに凹みたくもなりましたが、軍の回復にもつながるのだからとなんとかやる気を持ち直して再度動員をかけることにしました。

すると、船での進軍中にスコットランド王より講和の申し出が届きました。それまでの野戦と包囲である程度の戦勝点はたまっていたようですが、それにしても講和が早すぎる気がしてなんとなく釈然としません。とはいえ、相手側から負けを認めてきたものを断る道理もありません。講和を受諾し、クライズデール伯領を獲得を達成しました。これが1146年のこと。


尻すぼみではありましたが、今回の最大の山はこの戦いでした。これ以後、王太子でもある宰相(「外務大臣」の方がイメージが近い気もします)がなかなか請求権の捏造に成功せず、アイルランド王国的にしばらく静かな時期が続きます。期間としては15年間。

15年間もあると色々なことが起こります。オールバニ公が自分の立てた王に投獄されたり、スコットランド王国でまた独立戦争が起こったり(スコットランド王国が勝利)。コーンウォール公にスコットランド王が母の請求権を行使して開戦したり、その直後にイングランド王も王位に伴う請求権でコーンウォール公に宣戦布告したり、その際アイルランド王国は同盟関係にあるイングランド王からの要請に基づいて援軍を派遣したり(スコットランド軍が勝利した後イングランド軍が勝利。つまりコーンウォール伯領はイングランド王の勢力下に)。スコットランド王が王に基づく請求権でロシアン伯領を要求してロシアン公と開戦したり(スコットランド王が勝利)。封臣のアルスター公領内部でアルスター伯の封臣である伯(伯名忘れ)がアルスター公位を求めて開戦したり(アルスター公が勝利)。スコットランド王とロシアン公の戦争の最中に、オールバニ公がまたスコットランド王に独立戦争を起こしたり(スコットランド王の勝利)、イングランド王がロシアン公の有する最後のイングランド地方の勢力地であるカンブリア伯領(うろ覚え)に対して王位に伴う請求権を使用して開戦したり、その際アイルランド王軍がイングランド王の同盟軍として参戦したり(イングランド王の勝利)、イングランド王国内部で独立戦争が起こり(どこか忘れた)イングランド王の同盟軍として参戦したり(イングランド王の勝利)。イングランド王国がスコットランド王国に継承戦争を仕掛けたり(継続中)。アイルランド王太子が亡くなったり。

以上、ざっと事項だけ書きあげてもそれなりの量になってしまいますが、我が国にとって一番の重大事はなんといっても王太子の死亡でした。これまでの当主はだいたい50代で亡くなっているのですが、今の当主だけは70歳を過ぎてなお健在です。

王太子が亡くなって困ったことは何かと言うと、前回気掛かりなことして書いたように後継ぎです。前回は「遺伝病」と書きましたが正確には少し違って、どもり癖を持っているのです。そしてこのどもり癖というのはゲーム上、能力的にマイナス要素で且つ子供に遺伝する可能性のある素養なのです。それに加えて、おそらくですが能力だけでなく周囲からの評価にもマイナス要素として働くと思われます。当主としてはまずもって望ましくない性質です。なので、一時は亡くなった王太子の廃嫡も考えたほどに有能な現当主の次男、故王太子の弟を次の王太子にするべく継承法を変えることにしました。

次男が現在の直轄地をまるまる受け継げる法は、現状では年長者相続法と選挙相続法の二つが考えられましたが、次男の先の後継者のことを考えると、既に50歳を過ぎている次男が自らの代で継承法を変更するための在位年数である10年(技術研究でその感覚が縮まるか?)を生きられるかは微妙です。そうなると、有能な次男の有能な息子に継承させていくためには、年長者相続よりも選挙相続の方が相応しいのではないでしょうか。そう考えて、選挙相続制への変更を決めました。現状では、投票はそれほどありませんが、次男以外の得票者はおらず、思惑通りの継承ができそうです。

また、この継承法は年長者相続とは違った忠誠の変化をもたらすようです。年長者相続で後継者だった孫が大きく忠誠を下げました。同様に、封臣である血縁者も、孫ほどではないにしろ忠誠を下げています。一方で、次男に投票した封臣は、血縁関係があろうとなかろうと、忠誠を上げています。詳しいことはよくわかりませんが、これは今後の動向も含めて注目していくべき事項だと判断します。


そうこうしている間に1161年、ようやくダンバー伯領の請求権の捏造に成功(その際に300Goldも要求されたんですが、なぜいきなり必要金額が跳ね上がったのでしょうか。それまでで見たことのあった最高額でも130Gold程度だったというのに……)。あっさりとロシアン公を破ってダンバー伯位ならびにロシアン公位を獲得しました。

というところなのですが、ここでも一つ失敗をしました。それは力攻めです。「10倍すれば力攻め」ということで、先のスコットランド王戦にて、15倍くらいの戦力差で包囲していたことがあったので実際にやってみたのですが、1割ほどの被害で占領に成功しました。占領するたびに1割の被害を出すとなると痛手ではあるのですが、出兵中にも直轄地の兵力は回復していますし、ちょっとくらいの損害ならば大丈夫でしょう。そう思って6倍ほど戦力差の教会を、50%まで包囲してから力攻めを開始したのですが、予想外の頑強な抵抗を受け、なんと6割の兵力を失ってしまいました。この戦争の結果、ロシアン公位も獲得できて次の開戦の口実も手に入ったので、あとから思うと余計なことをしたとしか思えません。

一応、ロシアン伯領は現状イングランド王軍の占領下にあり、両者の戦争が終結するまでは兵力回復に専念する時間がありそうなのが救いといえば救いなのですが。これが1162年で現状となります。


こうしてみると、今回は反省の多いプレイ内容だったと思います。「戦力の逐次投入は避ける」「野戦時は不利な地形を避ける」「力攻めは10倍から」を徹底するべきですね。特に逐次投入は、長期の徴収による忠誠低下が嫌でついついやってしまうのですが、それによって被る損害を鑑みるに、今後は戒めるべきでしょう。長期の徴収によるペナルティーは確か「72日につき忠誠1低下」だったと思いますが、例え一年以上かかる徴収になろうと、徴収するなら一気に集めた方が結果として早く戦争を終結させることができるというのも確かですし。また、今回試してみたやり方から、ダメージの大きい部隊は一度解散させて回復を待った上で再徴収という手段もなかなかいけそうな気がします。直轄軍と比べると、封臣領からの徴収軍は兵力の回復スピードが速いようなので。

また、今回わかったこととしては、船の使い方が大きな収穫になったと思います。まず、船の着岸可能地点は自分の王国領のみで、敵地や中立地帯並びに同盟国領には着岸できないようです。ですが、着岸はできずとも隣接する海域上から陸地を歩かせるようにして軍を上陸させることは可能のようです。これらと、船の移動速度を組み合わせれば、進軍時間をそれなりに短縮させることができそうです。

気掛かりな点としては、まだまだよくわかっていない点も多そうな選挙相続法になります。現当主から次の代への継承はうまくいっても、その後も上手くいくかは未知数なところがありますので、どこかでまた安定的な相続制に戻したいところです。

それと、スコットランド征服に当たってはスコットランド王位を手に入れるのが一番手っ取り早いとは思うのですが、王位を二つ兼任できるのかも気になるところです。現状では伯位が7つ、公位が2つが限界で、それ以上兼任すると廷臣ならびに封臣の忠誠が下がるので、王位2つはもしかしたら厳しいかもしれませんね。とはいえ、王位を獲得できるまでにはまだスコットランドに勢力を広げられていないので、捕らぬ狸のなんとやらに過ぎないのですが。


そんなこんなで、次回もゴタゴタ続きのスコットランドへの侵攻が続く予定です。イングランド方面への侵攻は……ここ最近のイングランド王勢力の伸長や(婚姻先の王子の死亡による?)同盟関係解消があり、なにより兵力的にも劣っているのであまり敵対の口実を与えるような真似はしたくないところです。まずは国力の充実が第一というところですね。

今回も最後に現状のスクリーンショットを貼っておきます。前回の画像はサイズが小さくてわかりにくいように思えたので、今回はもう少し大きめのサイズにしてみました。

ck2_2.jpg

そんな感じで。今週末から年末年始ということで、ゲームをする時間がなかなか取れないかもしれませんが、そんなに遅くならないうちに次回分も書いていきたいところです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜アイルランド統一〜

月ごとの読書まとめ以外にブログ更新のネタができなくなっている今日この頃ではありますが、その現状を打破するべく前回やってみたゲームの話にシリーズものっぽいタイトルをつけてみました。いきなりタイトルそっちのけになってる感はありますが気にしない。これで更新頻度が上がればなーと期待してるのですがどうなることやら……。

それはさておき、前回に引き続いてプレイ中のCrusader Kings 2(CK2)。本を読む時間との兼ね合いを付けながらなので進行はぼちぼちペースですが、1週間で1119年から1138年へ。先週、第二の目標として掲げていたアイルランド統一も無事達成できて、現在はグレートブリテン島にじわりじわりと進出しだしたところですね。


先週の時点ではアイルランドに残っていた敵勢力は南部に2つの伯領を有するマンスター公だけ。これなら大した苦労もなく片が付くだろうなという予想はその通りであったものの、なかなか短時間では終わらなかったんですよね。アイルランド王位に伴う請求権を大義名分に宣戦布告してたんですが、一度に請求できるのは一つの伯領だけなので、一つ目の伯領を勝ち取ってから二つ目の伯領に宣戦するまで十年間にわたって休戦協定の期間が挟まっちゃう。その間が暇なこと暇なこと。別に、その期間は内政期間として、遅れ気味な気がしてた軍備増強を進めてるだけでもよかったんですが、戦争で減った兵士数が回復してくるとどうもまた戦争がしたくなってくる。そこで目につくのはお隣、グレートブリテン島ですね。

アイルランド島からグレートブリテン島に進出する経路としては、船を使わず渡れる先が2つ(海路は上陸できる地点とでない地点の違いがよくわかってないのでパスさせてください)。スコットランド地方南西部のギャロウェイ伯領と、そこより少し北にある半島(地図を見るにキンタイア半島辺りか?)を含む伯領がそれ。で、どちらに行くかということになったんですが、スコットランドの王子にはアイルランド王の妹が嫁いでおりまして。すなわち同盟関係にありまして。そういうわけでキンタイア半島の方はスコットランド王の勢力下だから除外され、目標地点は残ったギャロウェイ伯領と相成ったわけでございます。

その時のギャロウェイ伯領は、アイレー島(でいいんだっけ?)に勢力を持つ公(アイレー公だったか)の傘下でした。兵力的な不安は解消されてなかったのですが、アイレー公はマン島を巡るスコットランド王との戦い(アイルランドも同盟国として参戦)で敗れたばかり。これならなんとかなるのではないかということで、いざとばかりに宣戦布告。

慣れきったアイルランドの外の世界の諸侯と初めて正面からぶつかり合うということで、今回は宣戦直後から消化試合となっていたアイルランド統一戦にはない緊張を覚えたりもしましたが、蓋を開けてみるとアイレー公はやはり直近の敗戦のダメージが抜けてないなーという印象。スコットランド王はアイレー公との休戦期間だったためか援軍を呼べませんでしたが、それでもアイルランド国内の直轄領と一部の評価というか忠誠度というかが50以上の諸侯領から徴収した兵力だけ(といっても半分以上は動員したはずだが)で、余裕を残しながら十分優位に戦いを進められましたね。野戦時によく発生する敵の軍勢との追いかけっこでは、アイルランドの勢力とスコットランドの勢力なだけあってか、海を渡ったり戻って来たりしながらなんていう新鮮な体験ができたり。ただ、渡海補正は渡河補正よりもマイナスが大きいのでもう一度やりたいかと聞かれると「ノー」と答えたいところ。

野戦から続いて城市の攻囲戦について触れておくなら、開始から50年以上経ってどこの勢力でも内政がそれなりに進められてきたためか、この頃から攻囲戦に掛かる時間が以前より長く感じられるようになった。「攻城戦では守備軍の3倍の兵が必要」なんて軍事系な話もありますが(3倍だったり5倍だったり数が諸説あるようでもありますが)、個人的な感覚としても3倍くらいは用意しないと城・街・教会の3つの攻囲を終えるのに1年どころじゃなくなりそうな気がしてます。

それに付随して、この後スコットランド北部に進攻したスコットランド王の要請で援軍として向かった先の攻囲戦で、スコットランド王軍が前回の失敗の記憶の残る力攻めを始めまして。攻囲戦時は攻撃側の軍はすべて統合されている扱いになるためか力攻めに強制参加させられる羽目になりましたというネタが。この時は守備側の戦力が少なかったこともあり、攻撃側が守備側の10倍くらいの戦力を有していたわけですが、それでも攻撃側の兵力がすり減ることすり減ること。最終的に城・街・教会と落とすまでに4割近い被害を出してたような……。まあそれでも、大人しく攻囲してた場合より格段に速かったことは確かなんですよね。「10倍あれば力攻め」。ちょっとやってみたいかもと思いつつも、そこまでの戦力差で臨めた戦は今のところないのでした。

マンスター公との休戦期間中にあった他のイベントとしては、第2次十字軍なんてものがありました。「Crusader Kings」とタイトルもなっているように、この時代のヨーロッパを彩る欠かせない出来事であるのがこの十字軍ですよね。普段からもイスラム教諸侯には請求権のあるなしに関わらず聖戦として開戦の大義名分は立ってしまうわけですが、ローマ教皇を主体にして始まるこのイベントはキリスト教諸侯が小国から大国からこぞって参加するため、まさにオールスター状態になるんですよね。アイルランド領内からも一人の公が独断で参加しに行ったりしてましたね。え、アイルランド王ですか? 不参加ですよ。だってイスラーム教国って兵力が馬鹿にならないんですもん。体験版でビザンツ帝国の皇子でプレイした時に知ったんですが、イスラーム教下の領土って、一つの伯領から1000人とか普通に出してくるんですよ。例え勢力が小さくても油断できない相手だと認識してます。それなのに、相手はチグリス・ユーフラテスからチュニジア辺りまでを領有するファーティマ朝ですよ? 自軍だけで5000出せるレベルでないと安心できる気がしない……と思ってパスしたのですが、戦績見てると敵軍が2万とかなってる戦いも2,3見られて。5000どころじゃまだ不安な気がしてきたという。エルサレム王国建設の時はいまだ遠い。まあ自分としては国力を充実させるのが先ということで。十字軍不参加によって教会諸侯からの評価を落としながらも軍備増強やら請求権の捏造やらに勤めていたわけですよ。

請求権といえば、なかなか捏造が成功しなかったので、しびれを切らして前回反省したはずの他人の請求権の行使にまで手を出してしまったりもしたのですが、やはりうまくいきませんね。反省したとはいっても、前回何回か行った中で、戦後に独立した勢力を何年もたった後に臣従させることに成功したケースが一度だけあったんですよね。他人の請求権行使が成功すると、その人物からの評価はマックスになるので、もしかしたら戦後即座に臣従化が狙えるのではないかと思ったんですけどね。拒否されてしまってどうしたもんかと。まあそれだけなら、一応友好国だしじっくり周りから固めてこうかと考えるところなんですが、なんと独立後数日でスコットランド王傘下の諸侯から宣戦布告されてしまったんですな。スコットランド王とは同盟関係にあるし、独立させた国とは友好関係にはあっても援軍を出せるほどの関係ではなく、なすすべなしとはこのことであるってなわけで。もうどうにでもなーれ☆な境地に到りました。

十字軍期間中にそんなことをやってたわけですが、この後まもなくマンスター公との休戦期間が終わります。「十字軍参加中だろうが気にすることない、むしろ今がチャンスだぜ」という気持ちでいたのですが、「十字軍参加中の諸侯勢力を攻撃すると名声と教会諸侯からの評価が落ちるよ」とのことだったので、十字軍終了直後に宣戦布告(ちなみに十字軍遠征は失敗に終わりました)。上にも書いたように消化試合であり、あっさりと勝利。相手からの講和申請がいやに早かった気もしますが(城を落としただけだったような……)、何か意味を見いだせるようなことではないでしょう。

その後、請求権の捏造に成功したギャロウェイ伯領の北隣の伯領を、これまた休戦期間の明けたアイレー公から手に入れて今に至ります。


長々と書いてきましたがもう少しだけ。次回以降のプレイ時の留意点など。

目標としては、2伯領を手に入れたグレートブリテン島の侵攻の継続。最初の上陸地点がスコットランドなので、隣接する諸侯領を請求権が手に入り次第に片端から頂いていく方針で。スコットランド王も代替わりして同盟関係も解消されたことですし(なぜか王子にではなく王女の家系に王位が伝わってた)、なにやら内部分裂もしているようですし。

で、気になる点としてはまず請求権について。ギャロウェイの権利を含む公領3つのうち既に2つを手に入れているはずなのに、その称号を創設することができない。所持者をその称号の座から追い出して代わりに手に入れるということもできないみたいなので、誰かが所持しているということはないはず。勢力下にしている2伯領をどちらも家臣を封じて直轄領にしていないからだろうか? しかしこれも、3伯領の内ひとつしか直轄領を有していないマンスター公の創設が可能であることを考えるとよくわからない。最低限一つの直轄領は必須とか?

あと、現当主が50歳になっており、もういつ代替わりがきてもおかしくないと思っておかないといけない。今の当主の在位期間が長いので、一気に拡大した勢力の引き継ぎという厄介な仕事が待っていそう。封土を与えた家臣も、初代ならば高い評価が保てるが、代替わりが起こる中でそれも難しくなりそうな雰囲気。あと、地味に悩ましいのが、嫡孫が遺伝病持ちなので継承法改定を考えるべきか否かという。うーん、どうなることやら。

前回の気掛かりだった兵力については、直轄領だけで3000以上の兵を動員できるようになり、スコットランド地方ならおそらく心配いらないくらいには強化できたと思われる。


最後に現状のスクショを載せてみます。緑のところがアイルランド王国の勢力範囲ですね。

アイルランド統一

そんな感じで。また来週にも書けたらいいなということで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

久しぶりにゲームの話題を……

先月の終わり頃に輸入版を購入してみたCrusader Kings 2(CK2)をぼちぼちプレイ中。

パラドゲーは初プレイ。Wikiを見て初心者におすすめとあったアイルランドの伯の中からダブリン伯を選択。1066年開始で1119年(だったはず)にアイルランド王を名乗ったところです。これでようやく第一目標達成。途中まで、開戦時の大義名分の選択次第で戦後の爵位の行方が変わってくるシステムをよく理解できてなくて、戦争には勝つんだけど領地も勢力もなかなか広がらない状態に陥ってましたが。

結局は爵位の請求権を捏造するのが一番の早道なのでしょうか。そこから公爵を名乗ってDe Jureの請求権に繋げ、その公爵位でカバーできない範囲ではまた捏造から、という方針が今のところは最も早くいけそうな感触。その方針で行ってれば、10年以上は早くアイルランド王になれてた気がしますが、慣れるのが目的の初回プレイなので試行錯誤はつきものですよということで。

とはいえ、体験版では請求権の捏造からの領土の拡大では「Wrong 〜」みたいなので家臣からの評価がマイナス受けてたような気がするんだけど、それはまた別の条件が絡んでたのでしょうか? それとも、パッチによる更新で体験版から変わってる部分もあるし、その影響なのでしょうか? 英語の説明を全部理解できてるわけではないので、誤解してる可能性も否定できないのですが。

それはそれとして、次の目標はアイルランド統一。アイルランド全体の伯領の半分以上を勢力下に収めてれば、あとはお金さえあれば王にはなれてしまうので、統一はまだなのでした。と言っても残るは一勢力、伯領としても二つだけなので、近いうちに統一できると思います。


試行錯誤の成果というか途中経過というかは、スパンが長いゲームなので成功判定を出すのはなんにしてもまだ早すぎるように思いますが、失敗判定ならいくつかできるでしょうか。

その一つが上にも書いた開戦の大義名分の件なのですが……とりあえず、「他人の請求権を行使するよりも自分の請求権獲得を目指すべし」というのが現状の対応策でしょうか。

それと、城や街などの包囲時に攻撃側・防御側の兵力が減少したりするイベントのような出来事が発生したりしますが、攻撃側にしかなったことがないのでどうすればああいうことができるかまだわかってないんですよね。ただ、攻撃側には包囲時にAssault的なボタンがあって気になってたんですが、試しにと押してみたときはちょっと後悔しましたね。なんとこれが力攻めだったんですね。敵の兵力+城塞強度の2倍強の兵力で包囲してて、まれにある1割の兵力減少くらいじゃ優位は揺るがないからというつもりだったはずが、見る見る兵も士気も削られていって包囲戦に敗北。慌てて封臣領から軍を徴収する羽目になりました。

現状ではっきりしてる失敗というと、そんなところでしょうか。他にも忘れてることがあるかもしれませんが、ちょっとやそっとのことならまだカバーできるくらいの情勢なので、明確に失敗と言い切れることは少なくなりますか。

気掛かりとしては、直轄地における一伯領当たりの動員可能兵士数が周囲と比べてやや少ないかもといったところ。これはアイルランドの外に進出する時にややネックになるかもしれないので、それまでに軍拡を進めたいところです。

現状はこんなところでしょうか。


英語の用語にはWikiを見たり見なかったりしながらテキトーな訳を当てはめてますので、自分以外にはよくわからない文章になってるかもしれません。(自分自身なんとなくでプレイしてるからいざ文章にするとき困るんだよなあ)
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

「G線上の魔王」


そのまま攻略順に
個人的な好き嫌いは、宇佐美END>水羽END>花音BADEND>水羽BADEND>椿姫BADEND=椿姫END>花音END、となるでしょうか。
まあこんなものはこの場の気分ですのでまた変動するかもしれませんが、花音BADEND以上はどれも気に入ってますし、その3つの順番はたぶん不動でしょう。
評価的には10点満点で10点。オススメオススメ。


■椿姫END

そんな簡単に価値観って変わるものなのかな? しかもその直前までは自分のような価値観に染まりつつある椿姫を見て自分は間違ってないんだという考えを深めてたのに。ちょっと唐突だったかなーと。

まあでもそんな椿姫のために体張れるまでになるところを見ると、本当にそこまで椿姫のことが大切な人になったんだなと感慨深いものもありましたね。もともと愛情に飢えてた京介だからこそ、椿姫一家の懐の深さというか底抜けの愛情には心動かされるものがあったんだろうな。権三との対決はまさに愛のための戦いって感じで、うん、まさしく男だったね。かっこよかった。ちょっと権三の側で譲歩したようにも見えたけど、正面からぶつかり乗り越えようとする姿に感じ入るものがありました。そうして掴み取った幸福なだけに、その後の生活の様子はつつましやかながらも一点の曇りもないように感じられましたね。借金のことにほとんど触れられなかったからかもしれませんけど。でもまあ幸せっていう雰囲気がこれでもかとばかりに伝わってくる生活でしたし、後味のよい終わり方でした。


■花音END

あれ、なんか想像してたのとちょっと違った? 怪物を打ち倒しその屍とまでいかないでも踏みつぶし乗り越えていくのだと思ってたら、脇をすり抜けていった感じ。母親という怪物を倒すのではなく味方に変え、父親という怪物を倒すのではなく壁という認識すら消え去ってしまった感じ。感動的ではあるのだけど、想像してたほどの派手さがなかったのは残念かも。

うーん、あの傲慢なまでの自信こそが花音に王者の風格を与えてたと思うんだけどな。そしてそんな花音こそがかっこいいと思ったんだけどな。確かに観客の目も意識できるようになってこそプロなんだろうけど。復活は果たしたものの、こじんまりとまとまってしまったみたいでなんだかな・・・。そこから再出発ってことなのかな。

でもそうすると、俺たちの戦いはこれからだみたいな終わり方だったのがすっきりしない。なによりBADEND見て叶えさせてあげたいと思った肝心な花音の夢はまだ叶ってないじゃん。憑き物は取れたしこれからの活躍は疑いないところなんだろうけど、それにしたってな・・・。余韻に浸れる要素がなかった。そこまでドラマチックにならなかったのはメインヒロインのルートじゃなかったからなのかな。なんにせよ、BADEND時ほど心に残るものはなかったかな。


■水羽END

水羽と付き合うことになるまでの流れなど、序盤は水羽が恋に恋するお嬢様なことも合ってとにもかくにも盛り上がりに欠けてつまらなかったんですけど、途中3年近く経過してからの展開がもう好き過ぎて。終わりよければすべて良しとはこのルートのことですね。きっかけはあんな冗談のようなものでしたけど、だからこそあの劇的なハッピーエンドには感無量になってしまいました。ラスト付近の盛り上がりがもう最高。

学園ラブコメではない。大人な関係のラブストーリー。輝かしいばかりじゃない、ときにつらいこともあるけど、それを二人で支え合いながら乗り切ろうとしてる様子がたまりませんでした。バカップルのようなアツアツぶりも初々しさももうないんだけど、お互いのことをよくわかってるからできる気遣いなんかがすごく心地よかったです。この分なら幸せになってほしいなんて想いを寄せる必要もなくて、うまくやっていけるんだろうと確信できてしまうほどでもありますね。


■宇佐美END

圧倒的な暴力を背景にした恐怖で人を縛る権三と、時田のさらに上を行く誘導的な話術でもって相手の欲望につけこみ心のままに動かす“魔王”。実際暴力では組織を有する権三には勝てないだろうから、挑むならそれ以外の方法でもって挑むしかないんだろうけど、両者の仲間の集め方・まとめ方にははっきり違いが出ていて面白い。“魔王”のやり方では離れていく仲間も比較的多くなるんだろうけど深く接する相手さえ選べば正体もばれにくい。権三に対抗できるだけの力を順調に築きつつあるみただし直接対決の時が楽しみだなーと思ってたら・・・。やられた。ミスリードにまんまと引っ掛かったようです。そうか別に総力戦なんてしなくてもよかったのか。最大の敵だと思っていただけにあっけないっちゃあっけないけど、権三一派だけでさえ相手にできないようじゃ“魔王”の計画は成功しないし、結局は前座的な扱いだったのかな。

“魔王”の執念は素晴らしかった。父を釈放させる、ただそれだけのために平和を謳歌する都市に地獄を現出させるその計画の壮大さ、そしてそれをやってのける異常性。心が震えてやまなかった。賛辞を贈るに値する。そこまでに彼を追い立てた悲劇には同情の余地もあるのかもしれないけどそんなことはどうでもいいです。ただただ彼の半生を懸けたその復讐への執念に呆然としたまま見入ってしまった。これは恐怖だろうか? 違う。これが歓喜だ。

そしてED後のこの展開が、反則だ。なにこれもう、京介・・・。これまで確かに悪いことはしてたけど、こんなところで、そんなことで警察の厄介になっちまうのかよ。愛する宇佐美の将来のためとはいえ、かつて仲のよかった者たちにまで徹底的に悪役として振る舞う姿はもう泣けた泣けた。ボロボロと。理不尽な展開が悔しくって、でも宇佐美への想いが眩しくって。ちくしょう、京介ホントいい野郎だぜ。ああそうか、これが園山組ナンバー2の堀部をも怖気づかせた男の覚悟か。くっそなんだこれ。本当にどこまでもおひとよしで、どこまでもバカな野郎じゃねえか。
なにもかも失ってしまったように思えたけど、最後に一つだけ残ったものはあった。京介、お前はもう一人ぼっちにはなれないんだよ。だから、またやり直せるだろう? もう二度と悲しませるんじゃねえぞ。

本当にいいお話だった。久々にエロゲをプレイするにあたって求めてたのは、一にはたまに欲しくなるラブコメ分の補給。これは椿姫ルートでもう十分果たせたようなものでしたけど、その他のルートでも期待通りに補給できました。二にはそれに付随して感動的なハッピーエンド。普段読むラノベの方では読むペースが遅いのもあってなかなかハッピーエンドって感じのお話を読めないものでしたが、これ水羽ルートで補給できました。その二つでそれなりに満足したので忘れかけてましたけど、三つ目にはこういう壮大で泣ける恋の結末も望んでたんですよね。恋人になるきっかけとかはその場の流れ的なものを受けてる気もしたんで微妙にも思えましたけど、あの生き地獄のような状況を切り抜けることで育まれた愛情、切っても切れないほど深く結びつけられた心。うん、十分に堪能させてもらいました。

posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

「G線上の魔王」水羽END

実況風垂れ流し3回目。
正規のENDは最後にまとめてと思ってましたけど、それなりの量になってたのでまた投下することにします。
まとめて出すときに改めて書くかどうかは未定です。

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posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「G線上の魔王」水羽ルート BADEND

今回も実況風にその場で頭に浮かんだことを垂れ流しで。
三章・四章と水羽の章でBADENDまで。
じっくり考えるよりもさくさくメモってサクサク進行させてるので言葉遣いがところどころおかしいかも・・・

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posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

「G線上の魔王」花音ルート BADEND

椿姫ルートは攻略済み。
全部やってからまとめて感想書こうと思ってたんですけど、このルート進めながらその時々で思ったことを実況風にメモってたらそれなりの量になってたので投下しておくことにします。
あとからほとんど修正入れてないんで脈絡なかったりしてかなり読みにくくなってます。記憶違いででたらめ書いてるかもしれません。
それと当然ながら猛烈にネタばれしまくってる・・・というよりルート後半中心でオチまで触れてるのでそこのところもご注意を。

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posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

戦女神U 1周目

プレイ開始から4ヶ月以上たってようやく1周。プレイ時間が既に100時間を突破しているとはいえ、毎度のことながら時間掛かりすぎだよなと思わずにはいられません。かなり時間が経ってるせいで中盤までのシナリオをほとんど忘れてしまいましたが、覚えている限りで思ったことなどをちょいちょいと書き連ねていきたいと思います。

シナリオについては可もなく不可もなくという感じでした。とりあえず気になったのは、小説版で読んだTのときとセリカの印象がちょっと違うなという点。小説版のセリカはいかにも小説の主人公という感じで、ストーリーの中でもかなり焦点も当たって停止も明確に読みとれましたが、このUではどちらかというとエロゲの主人公っぽく、選択肢次第で色んなキャラに愛想を振りまくようなキャラになってしまっているように感じられました。Tのときに感じたセリカのかっこよさがあまり見えてこなかったのは残念。ですがシナリオとしては、シリーズを一区切りさせる節目の話らしく壮大なスケールでありながらうまくまとまってて。しかもその中でセリカ自身も忘れていた過去の因縁との決着も付いてと、まさに読みごたえのあるボリュームでした。1周クリア後に攻略サイトを見た限りではどうやらシュリルートでクリアしたようですが、あまり個別ルートっぽさは感じられませんでした。2周目はエクリアルートの方に入ってみようと考えていますが……どの程度違いが出てくるのやら。敵の女神たちについては、古神七魔神という大仰な名前の割に後半の活躍が微妙だったような気も。それにしても、この世界における神というのは外見的にも感情的にもほとんど人間とは変わらないのですね。真なる女神なんて言われても、シナリオを読み進めて言った限りでは全く違いがわからなかったくらいでした。それに、終わってみてもその違いにどういう意味があったのかよくわからないのですが・・・。

RPGとしては面白かったです。前半ではあるダンジョンのボスが次のダンジョンではザコ敵クラスになってしまうくらいに敵のレベルの上がり方が急激で、このレベル設定をした人はSなんじゃないかとどうでもいいことを考えたり。ですが、その分いろんなキャラのレベル上げを楽しむことができました。前半でレベルを上げまくった分後半は比較的楽に進めることはできましたが、今度は逆にキャラが増えすぎて育成が面倒になるという罠が待ってました。最終的には仲間が14人もなったりとか、一度に戦闘に出せるのが5人しかいないのにそんな人数にまでなっちゃったらもう育成なんてする気になれません。仲間が10人を超えた時点でお気に入りキャラを上から5人だけ選んで育成することにしてました。具体的には、セリカ>エクリア>ロカ>レヴィア>ウェンディス>マウア>レシェンテ>シェンナ>サリア>……という感じで、基本的に魔法と砲撃が大好きな構成。1周目クリア時点での最高レベルはレヴィアの175でしたが、1周目からこんなレベルに達しているというのは、レベルは100が限界のゲームを中心にプレイしてたので驚きです。戦術としては、強い敵にはそれ以上に強くなって力押しという感じで進めてたのでほとんどないも同然でした。あと、強い武器は万能属性のものが多いのですが、終盤は反万能属性の敵もちょくちょく登場するようになったので、武器を一つの属性に固めてしまうのはあんまりよくないのかなとも思ったり。2周目では敵の強さを2倍にして始めてみたのですが、ザコ敵からして強すぎてすぐにゲームオーバーしてしまうんですがこれ……というわけでおとなしくそのままにしておくことにしました。なんですが、レベルや能力は引き継がれても途中で習得する必殺技や重要アイテムは引き継がれないんですね。また集めるとなると面倒なんですが、やるしかないんですね。ハァ…。

という感じで、面倒そうなところもありますが、未読のルートシナリオもあることですし、なにより鳩月つみきさんのイラストはかなり私好みですし、フルコンプ目指して進めていきたいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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