2018年04月22日

社内恋愛禁止 〜あなたと秘密のランジェリー〜

社内恋愛禁止 ~あなたと秘密のランジェリー~ (蜜夢文庫)
社内恋愛禁止 ~あなたと秘密のランジェリー~ (蜜夢文庫)

蜜夢文庫編集部ブログ

表紙ではタイトルの後半部分のほうが明らかに大きく表示されてるんですけど、正式のタイトル表記を見てるとそっちはサブタイトルっぽくも思えたり。

それはともかく、ティーンズラブ作品です。下着メーカーに勤めるOLで、人には秘密でセクシーな下着をつけるのが趣味の主人公・愛花と、下着のデザイナーで彼女の会社の社長になったお相手・高瀬のお話です。

初対面からしてセクシーな下着を買おうとしていたところにそのデザイナーの男性と出会ってという、人には見せられないような一面を知られてしまったことによるもので、そんな地点からスタートすれば、いろいろさらけだして大胆な関係になるのも早かろうという感じのふたりの話。女性向けとしてはかなりえっち度高めというか、前半はとくに気持ちの交歓よりも行為を楽しむタイプのえっちが多く、このペースだとほかのTL作品の倍くらいそんな場面があるのかと思ったりもしましたが、中盤以降は恋のライバルとなるキャラの登場で気持ちのすれ違いからきずなの深まりが描かれていってと、恋愛面もしっかりしてて。えろとらぶの二側面をそれぞれの要素を打ち消すことなく描きわけつつ最終的にひとつにまとまる感じはいかにも、ではないですがTLらしさをつきつめたひとつの形のようで印象的だったり。

……というところなんですけど、感想としてはどうしてもえろかったというところになってしまうという。大胆な下着をつけて、好きな人のことを思っていたら、それだけで体が疼いてきてしまったり。そんな状態なものだから、彼女を見かけたお相手のほうもすっかりその気にさせられてしまって、会社にいるのに周りからみたら明らかに不自然なスケジュールの空白を作ってまで行為に突入して興じあったりとか、ちょっと女性向けにしてはえっちすぎませんかね。個人的には大歓迎ですが。

そして、前半のえっちな場面はそういうところもあるのに、最後のえっちはちゃんと気持ちが深まる幸福感を感じさせてくれる描写になってるからまたいいんですよね。波乱があったことで心情の整理がついて、自分にはこの人しかいない、この人だからどんなことでも許せるという、何物にも代えがたい安心感に包まれる感じがあるというか。

以上、えっち度高めで手堅いお話ということで、男性のTL作品入門としてもすすめられるのではないかと思ってみたり……いやどうなんでしょうね?
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:41| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

魔導の矜持

魔導の矜持 (創元推理文庫)
魔導の矜持 (創元推理文庫)

魔導の矜持 - 佐藤さくら|東京創元社

姉弟子が序盤で退場してしまって悲しい……(前書き)

それはともかく、シリーズ第三作。

今回もすごくいいテーマでした。誰かにとっての普通なことが誰にとっても普通なわけではなく、むしろその人以外には誰も理解できないことだったりする。けれどそれはその人にとっては当たり前のことすぎて、むしろそうじゃないことがどういうことかもわからないくらいに「普通」のことであって。誰かに説明しようとしても、子どもの頭では自分にだけわかる感覚というものをかみくだいて説明するなんてことはできるはずもなく。知識のある大人ならば、より専門的な知識のある先達ならばと期待をかけてみるも、これっぽっちも理解を示してはもらえない。それどころか、ほかの子どもたちならば普通にできることができないことから単にやる気がないのだと疎まれていき、しだいに落ちこぼれの烙印を押されてることに諦念すら抱くようになってしまう。それがどれほど人から希望を奪っていくことか。普通とされる才能だけが認められ、そこからはずれる素質がなんの価値もないものとして顧みられない社会が、普通からはずれた人たちに対してどれほど希望に欠けた社会として映ることか。だからこそ、理解できないながらも他人とは違う何かを持つ人だと肯定的に認識しようとしてくれる人物に出会えることの、なんとうれしいことか。普通ではないことがすなわち劣ったことなのではないのだと、本人にとってはまぎれもなく「普通」のことであるその感覚を育んでいいのだと言われることの、なんとありがたいことか。それはほとんど無価値同然に思われていた自身の存在そのものを肯定してくれることであって。まるごとそのまま理解されたわけではないけれど、少なくともそのままの自分を受け容れてくれる場所がある。まったく同じではないけれど、特異な存在は自分だけではない。ならば、いずれ何かの役に立てる日も来るのかもしれない。そう思えることが、どれほどの希望と安心感を与えてくれることか。弱い立場に置かれている人をあたたかく、力強く包みこんでくれる。とても素晴らしいテーマの物語でした。

なんですけど、ストーリーのバランスがややよくないような気がするというか。一作目でも思ったんですけど、ラバルタにおける魔導士と非魔導士の対立情勢はどうにも荒削り感があるんですよね。その影響か、そことエルミーヌとにまたがる話になると、どうにも物語の雰囲気がそちらに引きずられてしまうところがあるんだろうかというか。

今回の話でも、エルミーヌ組のキャラクターはすごくいい感じでした。アニエスの自由さはあいかわらずで、リーンベルにまでいろいろ影響を与えたりして、なんだかこの世界ではすごく特異な自由さを感じさせる魔導士養成の場を形成してたりして。カエンス君もそんな自由人やら負い目のある妹やら目を離すとぶっ倒れてそうで気を抜けない旧友やらに囲まれて、あいかわらずの苦労人ぶりがほほえましかったり。殺気だった雰囲気がただようラバルタと比べてこのほのぼのとすら感じられる空気ですよ。そこに今回のデュナンもくわわって、今後はどんな空気が醸成されていくことになるのかと考えると、それだけで次も楽しみになってくるところがあります。

次の巻は6月予定とのことで、くわえてシリーズ最終巻との予告もあり。もっとこのシリーズの話を読んでいたかった気もしますが、ともあれ次も期待したいです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:37| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月13日

先生とそのお布団

先生とそのお布団 (ガガガ文庫) -
先生とそのお布団 (ガガガ文庫) -

ガガガ文庫既刊情報へ
先生とそのお布団 | 小学館

読んでて心が痛い。なんだこれは。なんというものを書いてくれるんだ、石川博品は。めちゃくちゃ私小説風の話じゃないですかこれ。タイトルは私小説つながりで明治の某作品から取ってきてますか? でも、なまじ石川博品作品を全部ではないにせよそれなりに読んできた読者としては、この作品はつらい。たぶん一応ファンである作者の売れない現実をまざまざと目の当たりにさせられるのは悲しいものがある。面白い話を書ける人だと知っているだけに。実力はある人だとわかっているだけに。作者の商業的な成功を喜ぶことができないのが悲しい。そのために自分がなんの助けにもなれないことがくやしい。

そんな、なかなか斬新な読書体験をさせてくれる一冊でしたけど、なんだかんだいってやっぱり面白かったんですよね。「石川布団」という架空の作家の物語として描きつつも、固有名詞はいろいろ変えてるけど、これはあの作品のことだよねとか、作者の作品をいろいろ読んできた人ほどふつうにわかっちゃう部分があって。誇張があるにせよないにせよ、商業的にはぼろぼろで、つらいつらい言ってる布団さんだけど、ときに成功の予感にぬかよろこびしたり、やっぱりダメでどうしようと悩んでみたり、売れない作家の悲喜こもごもぶりが、くすりとさせてくれる面白さにあふれてるんですよね。

あと、相棒の猫。猫はいいですよね。布団先生以上の「先生」ぶりを発揮するしゃべるお猫様との作家生活は、景気のいい話とは無縁でありながらも、コミカルなやりとりが癒しを与えてくれて。

そして、ラストが、石川博品らしい、青春っぽさをを感じさせてくれるしめ方で。これまたいいんですよ。細々とでも物語書きつづける。そんな作者をこれからも応援していきたいなと思わせてくれる、いいラストだったんですよ。作者の持ち味をしっかり感じさせてくれる一冊だったと思います。

鳴かず飛ばずな布団先生とはふしぎなことに縁がつづいてる売れっ子作家の美良との関係とか彼女のキャリアが今後どうなっていくのかとかも気にはなってるので、ぜひともつづきを……と言いたいところですけど、話の性質上、早くても数年後になっちゃいますかね。というか、そもそもこの本も売上的にはどうなってるんだろうかとか気になってきてしまうけど、まああまり考えすぎないようにしましょうということで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:16| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月12日

蜘蛛の巣(上)(下)

蜘蛛の巣 上 (創元推理文庫) -  蜘蛛の巣 下 (創元推理文庫) -
蜘蛛の巣 上 (創元推理文庫) -  蜘蛛の巣 下 (創元推理文庫) -

蜘蛛の巣〈上〉 - ピーター・トレメイン/甲斐萬里江 訳|東京創元社
蜘蛛の巣〈下〉 - ピーター・トレメイン/甲斐萬里江 訳|東京創元社

七世紀のアイルランドを舞台にしたミステリー。ローマ・カトリック教会への移行がはじまりつつも、まだ多くの部分でケルトの要素を反映したアイルランド教会の文化・様式がはっきりと存在する辺境のキリスト教世界。学者としても注目すべきキャリアの持ち主だという著者ならではのケルト的アイルランド社会のあざやかな描写に目を奪われる。議論癖を持つ主人公のフィデルマによって対比されるローマ式とケルト式の違い。罪には相応の刑罰を与えるのではなく金銭の対価で贖うという法慣習など、新鮮な社会の様子が面白い。ケルト側が劣っているというわけでは決してなく、この地域ならではの文化を豊かに発展させてきながらも、王クラスの決定によってローマ式の導入が社会の趨勢となりつつあるところにうっすらと哀愁を感じさせるところもあり。

あと、この話の舞台は当時のアイルランド内でもわりと地方の村落的な居住域が舞台なんですけど、そこに登場する男性キャラクターの「〜〜なんですわ」という口調が、ひどく田舎くさくならない程度で、でも絶妙に地方のおっさんっぽさを感じさせるところがあって、とても印象的だったり。

日本ではこれが最初の刊行作だけど、本国では実は5作目にあたるということで、前後のことがいろいろと気になってくる記述もあり、もっとこの世界の話を読んでみたいと思わせてくれる話でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:59| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月28日

狼と香辛料(8)対立の町(上)

狼と香辛料VIII 対立の町<上> (電撃文庫) -
狼と香辛料VIII 対立の町<上> (電撃文庫) -

狼と香辛料VIII 対立の町|電撃文庫公式サイト
狼と香辛料VIII対立の町(上) 支倉 凍砂:ライトノベル | KADOKAWA

いい感じの読み味。面白いなあ。こんなに面白かったっけ? 

アニメが放送してたころに何冊か読んでて、そのときにもそれなりに面白さは感じていたものの、展開だったりホロとロレンスの会話だったりが多少なりと頭を働かせることを要求してくるものであったせいか、読みつづけるのにエネルギーを必要とするところがありまして。なにかの拍子でストップしてしまってそのままになっていたのですが、昨今のシリーズ新刊発売の動きなどをみているうちにまたちょっと読んでみたい気持ちになってきまして。

そんなこんなで10年ぶりくらいにつづきを読んでみたんですけど、これが面白かったんですね。話については覚えてない部分も多々あるものの、それでもなんとなく思い出しながら読んでいくことができて。そしてなにより、ホロとロレンスの会話の空気がとてもいい。額面通りに受け取るのではなく裏の意味を読み解いてやる必要があるのはやっぱりその通りなんですけど、ふたりの距離感が縮まってるせいか、地の文でロレンスが理解しやすい補助線を引いてくれるので、すらすらと読み進めながらもするすると会話の流れを読み取ることができること。くわえてその内容の多くが、気心の知れたカップルによる機転を利かせたじゃれあいであるとなれば、言葉の裏にこもった甘い空気にあてられてこちらまでにやけてきてしまうことといったら。ああ、このシリーズこんなにも面白かったんだなあと、10年ぶりくらいに「新発見」した思いです。

再読とはまた違うんですが、昔読んでたシリーズを、時間をおいてからまた読んでみるというのも、いいものなのかもしれませんね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:09| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

動物になって生きてみた

動物になって生きてみた -
動物になって生きてみた -

動物になって生きてみた :チャールズ・フォスター,西田 美緒子|河出書房新社

この作者は変態ですわ。まぎれもない変態。

野生の動物の生態を描きだすために、その動物を観察する。それはわかる。けどそれにとどまらず、その観察や調査をもとにしたうえで、実際にその動物の野生の生活を実体験してみる。誰がそこまでやろうと思うか。

たとえば森に棲むアナグマのように地面を掘って穴ぐらをねぐらにしてみたり、また都会に棲むキツネのようにゴミ捨て場で食べ物を漁ったり、動物にとっての毛皮の代わりである人間の衣服については基本的にそのままではあるものの、それも時には人目がないのを確認して脱ぎさって世界を体感してみたり。こうして一貫した趣旨でまとまった文章にされないと頭のおかしい人としか思えないような行動をとりながら、いや、わかっててもやっぱり変態と思ってしまう体験をくりかえしながら、人間の目線からではない、その動物の感覚を通した世界の情景を再現しようと試みる。これが抜群に面白いんですよ。擬人化された動物の物語や、映像を通して見る動物紀行などは、それはそれで面白さがある。けれども、「動物になってみて」そこから見えてくる世界というのは、それらとはまた違った、おおいなる驚きに満ちている。

人間と動物は、まず目線の高さが違う。試しに自分のひざくらいの高さで周りの景色を写真に撮ってみると、それだけでも普段見るものとは違う風景が現れる。なんでもない障害物が大きな壁に見えたり、距離が縮まることで地面の存在がより意識されるようになるかもしれない。

また、人間は感覚器官のなかでも視覚からもっとも多くの情報を得ているが、動物の場合は必ずしもそうとは限らない。嗅覚が発達している動物もいれば、聴覚が発達している動物もいる。それらを完全に再現するのは不可能であるけれども、普段それほど意識していないだけで、人間自身の嗅覚や聴覚、触覚などでも、彼らの世界をある程度体感することは可能であるらしい。たとえば、地面から立ちのぼる熱気や吹き抜けていく風などから森の空気の流れを感じ、それに乗って漂ってくる匂いから周りの風景を脳内に構築したり。それはあくまで人間の感覚の範囲内ではあるものの、まさしく異なる感覚の持ち主になってみようとする試みで、未知の世界をのぞかせてくれるようなぞくぞくとした喜びを感じさせてくれるものがあって。

それらすべてが動物になってみたからこそわかる、というわけではないとしても、それらを動物の感覚を通して描くこと、描こうとすることは、それ自体がひとつの叙述の挑戦であり、人間にとってのひとつの新たな世界観の提示にほかならないと思うんですよね。そしてなにより、それらの描写が面白おかしくて、読んでいてとても楽しい。これはすごい本だと思いますよ。

動物になって生きてみるということと、人間社会の一員として生きることは根本的にあいいれないし、作者の体験は一見すると頭のおかしい人のようにしか思えないかもしれない。でも、動物の生態についての理解を深めること、それらをつきはなした描写によってではなくより内側から感覚的に理解するために、おおいに価値のある一冊だと思います。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 14:18| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

エルフ皇帝の後継者(上)(下)

エルフ皇帝の後継者〈上〉 (創元推理文庫) -  エルフ皇帝の後継者〈下〉 (創元推理文庫) -
エルフ皇帝の後継者〈上〉 (創元推理文庫) -
エルフ皇帝の後継者〈下〉 (創元推理文庫) -

エルフ皇帝の後継者〈上〉 - キャサリン・アディスン/和爾桃子 訳|東京創元社
エルフ皇帝の後継者〈下〉 - キャサリン・アディスン/和爾桃子 訳|東京創元社

ゴブリンの王女との子という出自によって父帝からうとまれ、片田舎に追いやられていたエルフ帝国の第四皇子マヤ。そんな彼のもとにいきなり継承のお鉢が回ってきて、帝王教育もなにも受けていない状態から皇帝としての歩みをはじめていくことになる話。

これ好きなタイプの話ですね。新帝となる主人公マヤの視点にただよう自信のなさ。政治において儀礼的な面においても知識がなく、皇帝という立場は荷が勝ちすぎているのではないかと痛感させられる力不足感。ただ目の前で決められていく物事に唯々諾々と従っているのがいちばんではないかという思考がよぎる卑屈さ。けれど、それでも位に就いたからにはいい皇帝になりたいと願う気持ちはたしかに持っているのであり。自信のなさと前向きな気持ちの間でたびたび揺れ動くマヤの視点でつづられる、期待度ゼロの新皇帝の物語。すごく好きな感じの描写の調子でした。

それというのもマヤの育ちがいかにも不遇で。皇子として生まれていながら、主となるべく乗りこんだ宮廷において、まずそもそもその宮廷に不慣れであることが露呈するレベル。誰かと密談するならどこか、誰が権力を握っているのか、人間関係は等等、これから帝位に就こうというのにそれらの知識もなく、かといって信頼できる相談相手もいないところからはじまる宮廷生活。政治的な会議に出席してもなされる話はさっぱりわからないことばかりで、かといって質問しようにも初歩的な質問で話を遮るのは時間を無駄にすることでしかなく、また誰かに相談しようにも、親密な態度の者ならともかく、そのたび無知に呆れられるのはたまらなく恥ずかしい。劣等感を抱きながらも頼れる相手はろくにいない。臣下が皇帝を立てるのはあくまで帝位に対する敬意があるからであり、個人としてのマヤを見てくれる人はほとんどいない。いたとしても、個人としての信頼を寄せるよりもまず帝位に対する畏敬から一歩距離を取ってしまう。無能で、孤独で、どうしようもなくて、けれどそれでも自分が皇帝になってしまった。なってしまったからには、失敗しながらもすこしずつ皇帝としての歩みを進めていくしかない。ときには成果をあげて、すこし自信をつけて、けれどすぐにまた自信を失ってしまうような事態が起きて。全体的に自信のなさは変わりがない。それでも、そうして手探りしながらもすこしずつ進められる歩みはちらほらと認められだしていくもので。苦しい時期が長いほどにそのありがたさはじんと胸を打つものがあって。今はまだごく一部の近しい人たちだけであっても、いつかだれの目からもはっきりと立派な皇帝として認められる日がくるのではないか。そう思わせてくれるラストもあり、のちの名君による治世初期の苦労の日々を描いた話のようで、とても心地のよい物語でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:06| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

クリフトン年代記(1)時のみぞ知る(上)(下)

時のみぞ知る〈上〉―クリフトン年代記〈第1部〉 (新潮文庫) -  時のみぞ知る〈下〉―クリフトン年代記〈第1部〉 (新潮文庫) -
時のみぞ知る〈上〉―クリフトン年代記〈第1部〉 (新潮文庫) -
時のみぞ知る〈下〉―クリフトン年代記〈第1部〉 (新潮文庫) -

ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『時のみぞ知る〔上〕―クリフトン年代記 第1部―』 | 新潮社
ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『時のみぞ知る〔下〕―クリフトン年代記 第1部―』 | 新潮社

全体を通してさらっと軽い描写でありながら、転々ととどまることなく転がりつづけていく話が飽きを感じさせず、面白い。

戦間期のイギリスの労働者階級に生まれた少年ハリー・クリフトンが、貧乏生まれでありながら学業の成績からエリートへの道を進んでいくことになる物語。立身譚を予感させる第1部の話でした。

労働者の子どもは労働者として生まれ育っていくことが当然の社会で、数奇な縁から才能を見出され、母の苦労や支援者の助けを得ながらグラマー・スクールからオックスフォードへと、生まれを考えれば華々しいまでの学歴街道をひた走る。ここまでくればたいしたものですよね。そしてその過程では友情あり恋愛あり、楽しくも充実した学生生活を送ってる様子がほほえましくもあり。

ただ、話の進行はかなり早い。一冊で作中時間として10年以上経過してますので。プロローグ的な部分から数えれば20年以上ともいえるでしょうか。たしかシリーズ全体を通して人の一生を描くくらいの話になっていくんじゃなかったかというところ。

それもあってか、一つひとつのエピソードの描写ははかなりさらっとしてます。もっと描いてほしいと思う場面もあるんですけど、そうであっても先が気になって読み入らされてしまうのは、ひとつのできごとにあまりこだわることなくどんどん先へ先へと転がされていく展開の新規さに目を奪われてしまうから、なんでしょうね。それと、クリフハンガー的な章立て。章ごとに視点人物があっちに行ったりこっちに来たりするんですけど、多くの場合、それでどうなったんだろうかと気になるところでひとつの章が終わって次の章がはじめられる。それも、すこし前の時間から。だから、先の展開が気になってどんどん読み進めてしまう。同じ場面がくりかえし語られたりもしてるんですけど、先が気になる気持ちと、うす味な描写ゆえの不足感を満たしてくれる別視点の提供もあって、すらすらと読ませる面白さを感じる。この辺は、さらっとした描き方ゆえの味でしょうか。こういうのもまたいいですね。

実はクリフハンガーなのはラストもであって、第1部としてまとめるとどういう話だったのかといわれるととても困るところなのですよね。ハリーの少年期・学生時代の話でしたというくらいしかまとめようがなくって。終盤とか、もう完全に第2部につづく流れになってましたし。

とはいえ、それでも第1部のクライマックスはクライマックスはどこだったかと考えると、やっぱりハリーの結婚式だと思うんですよね。これもまたさらっといきなりハリーに恋人がいることが明かされて、学友ともども驚かされたりしたものですけど。というか、その場面にしても、まずその学友がとある女性にアタックするからハリーにもそのアシストをしてくれと頼む場面が先にあって、そっちはそっちでうまくいったのやらどうだったのやらと思っていたら、いつのまにかハリーのほうに恋人がいることが判明するという流れで。こういうのをさらっとやってくれるから面白いというか。

そして結婚式についていえば、自分でクライマックスとしてあげてますし、そこにいたるまでの描写的にもいかに運命的なふたりかという描かれ方をしてはいたんですけど、幸せな結婚式にはしてくれないから、この作者、やってくれるというか……。思えばこの第1部、シリーズはじまった当初から、ひとつの爆弾を抱えてましたね。当事者のうち一人でもその気になればいつ爆発してもおかしくないその爆弾が、いつ破裂するかと思っていたところ、それをあの場面に持ってきたのは、なんて面白ひどいことしてくれやがるというもので。ふたりの仲を深く描けば描くほど突き落とされる衝撃は増そうというもの。あれはもう完全に狙ってましよね。ふたりにロミオとジュリエットの演劇やらせるとかもうホント……。

でも、ふたりが知らない事実を知ってる読者の身からすると、黙ってるほうがむしろどんどん耐えがたくなってくる展開ではあったので、責めるに責めれないところがあるというか……。なんというか、もうふたりのめぐり合わせが悪かったとしかいえませんわ……。むしろ、ハリーが後にいうように、ことの告発はもうそれそのものが勇気ある行動としてほめたたえられるべきレベル。でもかといって、それで終わりにはならない事実をまたさらっと混ぜこんでくるから、気がかりを完全に断ち切ってももらえないところであり。ホントどうなるのこれ……。

ラストは別の意味で気になるヒキになってましたが、はてさてどうなっていくことやら。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 13:42| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

理想のヒモ生活(9)

理想のヒモ生活 9 (ヒーロー文庫) -
理想のヒモ生活 9 (ヒーロー文庫) -

やった! 派閥の対立だー!

というわけで、前回の途中からはじまった双王国編(公式の名称ではないですけど)。第二子を妊娠した女王アウラのために、治癒の血統魔法を持つ双王国のひとつ、ジルベール法王家による援助の約束をとりつけるべく、その地を訪れた善治郎。本人としてはそれだけが目的なのに、つけられた案内役はあざとさに全振りして寵を狙う女の子だったりして、側室問題的にまたなにか起こりそうな気配がしている感じの出だしだった記憶。

今回の話でも、そんな予感にたがわず、というかカラー口絵でわかるとおり、双王国滞在中に何人もの見目麗しい女性とお近づきになったりして、あいかわらずアウラひと筋な本人の希望に反してはなやかな周囲ではありましたね。

でも、今回の話でみどころだったのは、なんといっても双王国内部に存在する二つの対立関係だったでしょう。一つめは、大貴族間の勢力均衡に関するもの。二つめは、王位継承に関するもの。そのどちらもが双王国成立の歴史的な経緯から生じてきた問題で、唯一絶対の解決策どころかベターな解決策すらも一朝一夕には判断できない難しい問題であり。自分たち夫婦のために双王国に訪れたところ、だしぬけにこれらの問題に巻き込まれることになったからたまらないというのが今回の筋だったでしょうか。

ひとつ選択を間違えれば国家規模、もしかすればそれ以上に影響が出かねない問題だけに、事情を知れば知るほど頭を抱えたくなってくるんですけど、それがすごくたまらないんですよね。あるキャラクターは一族のこういう信念に沿って行動している、一方のあるキャラクターはそれが国のためにならないからと信じているからこそその足を引っ張ろうとする。ややもすればドロドロな印象を受けてしまいがちな派閥の対立を、それぞれの言動の背景にある、その信ずるところを中心に描くことで、未来を見すえた信念の対決として描く描写がみごとでした。各キャラクターの思惑をていねいに描きながら事態の推移を追っていく物語のスタイルもそれに寄与していたでしょうか。たいへん面白かったです。

その一方で、王族として生まれ育った女王アウラと、つい先年嫁いできたばかりの現代日本で生まれ育った元庶民である善治郎との思考の差異が表出したのも今回のポイント。他国の問題に自分たちやその子どもが巻き込まれることになって、そのうえでなお冷静に問題を天秤にかけることを、それが当たり前の空気の中で育った人間以外に期待するのは難しい。けれどアウラの王配として生きていくにはそれが必要とされることを突きつけてきたのが今回のできごとでもあって。今回の善治郎の機転による判断それ自体はみごとで、読んでいて達成感もあったのですが、冷静にそう指摘されるとまた頭抱えたくなってしまうものがありますよね。これが後々どんな影響をもたらすことになっていくのか。考えているだけで楽しいですね。

今回でひと山は越えましたが、用件的に双王国での話はまだつづくことになるのであり、さて次にどんな展開が待っているかというところ。とても楽しみなシリーズなので、すぐにもつづきが読みたいところですが、とうとう書籍版の最新刊に追いついてしまったようで。今月末発売予定の10巻が待ち遠しいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 15:57| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

霊感少女は箱の中(2)

霊感少女は箱の中2 (電撃文庫) -
霊感少女は箱の中2 (電撃文庫) -

今回は死人は出ませんでしたね。よかった、よかっ……た……? いやいやいやいや、全然よくないですから! むしろ死人が出てないぶん、被害にあった人たちの一部に精神的身体的な傷痕がもろに残りまくりで悲惨さがまして感じられるじゃないですかあ! 生きていればこそあとで幸せになれるかもしれないとはいえ、後遺症の残る体で生きる厳しさはどれほどのものか。こわいわー。これはこわいわー。

そしてこわいといえば、今回の事件においては主役となる二人というか三人というか。この女の子たちも、内気で心霊に興味を持つような影を感じさせながらも、大切な友達に起きた不審な変化に不安を隠せず行動に移すところは仲のよさを感じさせてくれるものがあり。なかなかいい感じのキャラクターおよび関係性でと思っていたところ、これもラストが、いい話かなー?という。人間関係ってムズカシイネ。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 03:18| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする