2018年12月09日

クリフトン年代記(3)裁きの鐘は(上)(下)

裁きの鐘は(上): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫) 裁きの鐘は(下): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫)
裁きの鐘は(上): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫) 裁きの鐘は(下): クリフトン年代記 第3部 (新潮文庫)

ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『裁きの鐘は〔上〕―クリフトン年代記 第3部―』 | 新潮社
ジェフリー・アーチャー、戸田裕之/訳 『裁きの鐘は〔下〕―クリフトン年代記 第3部―』 | 新潮社

今回も進行が速い。ハリー・クリフトンの少年時代から大学入学まもなくくらいまでを描いた第一部のように、この第三部もその息子セバスティアン・クリフトンの少年時代から大学入学くらいまでの年代を上下巻の二冊で駆けぬける。

その見どころはいろいろあるにはありましたが、個人的にはやはりバリントン家がらみのあれこれ。バリントン家のろくでなしについては第二部でほとんど幕が引かれ、唯一引き延ばされた案件(邦題はこれについてでしょう)に関しても今回の冒頭ですんなり、とはいえないまでも決が下されて。これにてあの忌まわしい記憶ともども別れを告げられる……かと思っていたんですけど、まだ未解決の事案があったじゃないかと思い出させられる展開。そうですよ。あのろくでなし、最後の最後に愛人との間に子どもなんて残していきやがりましたね。しかもその娘を残して実の両親はどちらも死んでしまっているから本当にどうしようもない。残された不義の子がどうなろうが、クリフトン一家にもバリントン家にも関係ないといえば関係ないんだけれど、それでも彼女を引き取るのがよいと思われる事情が持ち上がるのは一族の縁がつながるようで不思議の思いにかられるところであり。まあでも、ハリーとエマの夫妻にとっても同じ父から生まれた妹にあたるわけで、その子を引き取って面倒を見るのは父の業の罪滅ぼしのようでもあり、これもひとつの因縁でしょうか。善行も悪行も歴史に連ねられていく名門一族らしさを感じさせる事柄ではありましたね。当時まだ幼く事情も知らないセバスティアンとの相性がどうなるかというところは気がかりではありましたが、出会った当初からびっくりするぐらいの良好な関係を目にできるのは感慨深くもあり。というか、セバスティアン、なかなかやんちゃぶりを発揮するエピソードも多く、どんな男の子になっていくんだろうかと期待半分心配半分なところもありましたが、ことこの女の子、新たな妹となったジェシカに対してであれば妹思いのいいお兄さんぶりを随所で見せてくれるんですよね。妹も兄を慕っているようで良好な仲を見るたびにほほえましい気持ちにさせてくれること。ただ、上述の事情がいまだ明かされないままになっているのは、将来に対する小さいながらも不安のもとではあり。原題はその辺の機微を表した感じでしょうか。

ふりかえってみてもやっぱり、ハリーよりもセバスティアンに焦点が当たることの多かった回でしたね。あと、ジャイルズ・バリントン。議員のどぶ板選挙ぶりはイギリスも大変そうだなあと思わされるところもありましたが、彼も順調にキャリアを歩んでいるようで。どこまでその道がつづいていくのかと楽しみなところでもあり。

今回もまたラストはクリフハンガーではありましたが、前回に比べればまだ心おだやかに次の巻を迎えられそうですね。いやまあ、事によっては事態の深刻さはより洒落にならん感じではあるんですけれども。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:23| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月06日

星系出雲の兵站(1)

星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)
星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)

星系出雲の兵站 1 | 種類,ハヤカワ文庫JA | ハヤカワ・オンライン

異星人と思われる勢力の接近が探知されて、ここに人類の存亡をかけた戦いがはじまるかと思いきや、その前にまずまとまりきれない内部事情を抱えつつも緊急時の体制を構築するところからはじめなけらばならないのであったという。

やりました、内部対立ですよ! 中央と辺境の対立関係、独立志向の高まりと介入必至の情勢において、嫌でも生じる政治的な摩擦に対して真剣に頭を悩ます軍人や政務官なんかのお偉方の姿はいいもので。

これ、なによりも異星人の発見された場所が独立志向の高まっている辺境・壱岐星系だったというのがいちばん厄介なところですよね。中央としては自分たちが主導して統一的な体制のもとで対応したい。けれど、現地からしてみればそれは独自に育んできた社会体制の解体につながりかねないもので。それどころか、これを機会に自治から統合へなんて介入をされた日には、悲願である独立の芽を摘まれてしまうことにもなりかねない。そんな背景から、壱岐星系の人々はこの事態をあくまで自分たちの管轄であると主張するし、中央には後方支援的な立場を期待する。中央の人間としては、トップダウンで統一的な指揮を執るのが効果的だとは思いながらも、そんな現地の情勢を無視できずにいくらかの配慮をし、けれど譲れない部分は自分たちの主張を押し通す。この辺の対立と妥協点の探り合いがですね、いいんですよね。対立はあるんだけど、それらはすべて我欲ではなくて社会をよりよくするための自分たちの職分においてであって。そうであるからこそ、強く出る部分には信念が感じられて。

キャラとしても、まじめ一辺倒の堅物がいるかと思えば、あれこれ気を回す裏に個人的な期待をさしはさむ茶目っ気を感じさせる者がいたり、政治的な配慮に頭を悩ませる者がいるかと思えばそんなこと知るかとばかりに効率一辺倒で物事を進めたがる者もいる。それぞれの行動の裏にはそれぞれの思惑が感じられて、統一的なリーダー不在のままに物事が推移していってるようにも見えるんだけど、人類の総体として見れば対異星人のための一個の体制ができあがってはいくのであり。この辺のあんばいの描写がいいですよね。

さて、そうしてとにもかくにも進展の見られる内部事情とは裏腹に、肝心の敵に関しては、戦闘まで行われたもののまだその正体が見えないのであり。果たしてこの接触がどんな結果をもたらすのか。タイトル見てるとそこまで派手な展開にはならないんだろうかと思えたりもしますが、どうなることやら。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 20:50| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月04日

腹黒従者の恋の策略

腹黒従者の恋の策略 (ソーニャ文庫)
腹黒従者の恋の策略 (ソーニャ文庫)

腹黒従者の恋の策略|ソ−ニャ文庫

辺境送りが決まって捨て鉢な気分の王女さまミルドレッドと、彼女に一心に忠誠を誓う騎士ライアンの恋物語であった。表向きは。

というのも、王女さまのほうから身分をかさにきて結ばれたような関係でありながら、その実の従者の偏執ぶりにゾッとさせられる話でもあったので。なんというか、ヤンデレルート的というか。

王女さまからしてみれば、幼いころからのつきあいのある相手で、昔に起きた事故から負い目を持っている相手に押しきられるままに、自身も心の奥底に押しこめようとしていた想いと素直に向き合って、幸せで祝福される結末を迎えるお話。

そのはずだけど、ライアン側から見ればまったく違う意味を持つ。不遇な生い立ちをしてきた王女さまをその不幸から解き放つお話。焦がれるほどの想いを抱くミルドレッドのことがただただほしくて、地位や名声なんてものよりもなにより彼女を手に入れたくて、真綿でくるむようにして鳥籠に入れて一心に愛情をそそぐ。真実を知ればその異常性にゾッとさせられるとともに、けれどそこまでの執着心を抱えるキャラだからこそほかのだれよりこのヒロインにふさわしい存在であるといやでも認めさせられる。

まるで呪いの上に虚構を築きあげて、その上にやっと成り立たされた幸せの形。いかにもいびつであり、けれどそのいびつさが際立つほどに目を奪われるような美しさを持つにいたった話でもあり。なかなかよいものではありました。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 19:32| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

予言の経済学(1)巫女姫と転生商人の異世界災害対策

予言の経済学 1 巫女姫と転生商人の異世界災害対策 (レジェンドノベルス)
予言の経済学 1 巫女姫と転生商人の異世界災害対策 (レジェンドノベルス)

レジェンドノベルス|シリーズ別一覧|予言の経済学

面白い。

予言とは、超常的に知りえた未来を伝える言葉であり、理屈を超えた経緯で直接的に未来を捉えた者の述べるところであるが、それゆえに知覚した話者の主観に左右されるものでもあり、信じられるか否かは話者の信用性に依存せざるをえない。真実を言い表しているのかもしれないし、虚言を弄しているのかもしれない。真実も含まれているのかもしれないが、あくまで一面的なものにすぎないのかもしれない。いつ・どこで・なにが起こるのか。だれが・どのようにしてその影響を被るのか。予言は超常的であるかゆえにそれらを明確にはしてくれない。対応は、ただ話者を信じるか否かに左右されるばかりである。

しかしこの話の主人公は、そこに別の側面からアプローチをかける。それは近現代の科学が用いる手法。課題に対して仮説を設定し、それを検証することで結論にいたる一連のプロセス。それをしてみせるリカルドという人物は、なるほど転生者であるわけで。

この、予言に科学的なアプローチでの検証を試みるという組み合わせ。これだけでもうわくわくさせてくれますよね。予見されたという災害に対してだれもが無関心にふるまうなか、ただひとり可能性を検討し、思いがけない援助も得ながら調査を進め、その末にこれしかないというもっとも起こりうる可能性の高い事態についての結論を導きだす。謎解きのような面白さですよ。結論が出た瞬間というのは、それだけでひとつのクライマックスであったことでしょう。

とはいえ、その結論はあくまで予言の話者を一から十まで信用するという前提に立つものであり、それへの対応にかかるコストを考えれば、主人公としても完全に無視することはできないまでも消極的な対応で済ませることも可能ではあったでしょう(まあさすがに予想される被害規模的にそれは言いすぎかもしれませんが、それはともかく)。それを、この陰険なまでに爪を隠し隠してきた猛禽にそれを明かさしめてみせたのは、その予言の話者であるところのヒロイン・アルフィーナの存在であったというのもまたポイントであって。

このアルフィーナというヒロイン、身分としては王族であるものの、反逆者の血を引くことから腫れ物に触れるような扱いをされる厄介者でもあり、そしてそれが理由で王族にしては政治的な感覚にうとい箱入りの王女さまであり。平民であるリカルドがアルフィーナとの交流を持つにいたったのもその感覚の欠如ゆえともいえるでしょうか。言ってしまえば、善くも悪くも純粋な性格なんですよね。いさかいを目にすれば心を痛めるし、打算をこめたやりとりにも心からの喜びを表すし。あまりにも裏表がないからこそ放っておけなくなるタイプというか。

リカルドが彼女の予言と真正面から向き合っていくことになったのも、その純粋さがもとだったでしょうか。院生経験のある転生者として、根拠のない予言を真剣に取り合う理由はない。けれど、いくつかの経緯があったとはいえ、これほどに根のいい少女が困り果てているのを見て、まっすぐな気持ちで頼られてしまって、断ることができようかというもの。災厄のもたらされるという地がどうも主人公と無関係ではなさそうだというのが大きかったように見せかけてますけど、これ絶対違いますよね。箱入りゆえの無防備さで頼られて、勘違いせんばかりの距離感でまっすぐな好感を示されて、よからぬ感情がちらとでも首をもたげなかったとは、とてもとても言えませんよねえ……。これはミーアの目も三角になろうというもの。ええ。たいへんいいものでした。

そんな感じの、予言を予測に変えて対策を練る物語、とてもおもしろかったです。2巻も来年4月に刊行予定ということで、楽しみにしたいです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:11| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月25日

小説 魔法使いの嫁 金糸篇

小説 魔法使いの嫁 金糸篇 (マッグガーデンノベルズ)
小説 魔法使いの嫁 金糸篇 (マッグガーデンノベルズ)

原作自体は未読なんですが、「真理の織り手」シリーズの佐藤さくらさんが参加されてるという情報を目にして購入。

実際に読んでみた感じ、原作知識はなくても問題なく楽しめました。そして、一番おもしろかったのは、なんといっても佐藤さくらさんの「守護者とトネリコ」。

この作者さんの書く物語はとてもやさしさにあふれてるんですよね。情けないところもある、傷つけられたりもする。けれど、それでも一生懸命になれるキャラクターだからこそ、助けの手が伸ばされる。必死なほどの思いは見捨てられずに届けられる。これがとれほど有り難いことであるか。

この話におけるアシュレイも、妹に対して複雑な感情を抱える少女ではありました。家族に疎まれながらもいっしょに魔法の勉強をした無二の仲間であり、けれど自分を置いてひとりだけ正式な魔法使いの弟子に収まった相手であり。幼いころからの絆と嫉妬心から、ある日アシュレイは取り返しのつかない過ちを犯してしまう。それでも、だからこそ償いを果たさずにはいられないし、妹にしてしまったことを思えば自分の命と引き換えにしても必ずやり遂げなければならないと悲壮な決意を固めることにもなる。

そんなところに、お節介者が現れる。出会いは間の悪いもので、それだから忘れてしまおうとするんだけど、身の丈に合わない無茶をしようとしているアシュレイのことがどうにも気になってしまい、口ではあれこれ言いながらも手助けせずにはいられなくなっていく。この絶妙なキャラクター配置がとてもいいんですよね。

そして最後のアシュレイの決意。これもそれまでの経緯を経てくることでとても心に響いてくるものがあって。もう少しだけでもいいからこのキャラクターのその後も見てみたいなあと思わされたり。

でも、このキャラ、検索してもヒットしてこないんてすよね。本編に出てきてるキャラの前日譚かと思ってたんてすけど、もしかしてこの話だけのオリジナルなキャラクターだったとか……?

その他、三田誠さんの「吸血鬼の恋人」のふたりはいい雰囲気でしたし、桜井光さんの「虹の掛かる日、ごちそうの日」は妖精の見えない女主人と家事妖精との、それでも長い年月を通した絆が感じられるのがいいものだったり。いろんなキャラクターがいてそれぞれの物語がつむがれていく感じがよかったです。 それを許容できるだけの世界観の奥行きがあるということでしょうか。

ともかくも、原作未読でも十分に楽しめる、魔法使いや魔の世界の者たちによる小話集。いい雰囲気の一冊でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 17:24| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月15日

The Girl with the Dragon Heart

The Girl With the Dragon Heart
The Girl With the Dragon Heart
(画像はUS版の表紙っぽくて、自分の購入したUK版のイラスト調の表紙とは違ってやや違和感がありますが)

The Girl with the Dragon Heart - Stephanie Burgis(作者サイト)

前作『The Dragon with a Chocolate Heart』感想


魔法で人間の姿に変えられてしまったドラゴンの女の子アベンチュリンがチョコレート作りにその情熱を見いだす話であった『The Dragon with a Chocolate Heart』の続編にあたる話。今回は主役が入れ替わって、前作でアベンチュリンが出会った少女シルケが主人公をつとめることに。

今回の話の内容としては、ふたりが住む都市の宮廷に突然妖精の国の女王一家が訪れてくることになって、国の実権を握る世継ぎの王女からその目的を探ることを任されたシルケが奮闘する話。または、かつての戦災難民としてのシルケの家族の物語。

今回も、終盤のシルケの活躍ぶりは見せてくれるものがありました。どんどん事態が悪化していって、死人が出るレペルの争いにまでなろうかというところから、持ち前の知恵と語りの才覚によって危機を乗りきってみせる。すっかり親友のアベンチュリンや、王女さまたちによる支えもあったとはいえ、強力な魔法の力を持つ妖精の女王夫妻に身一つで対峙し、口先ひとつで引き下がらせる。これこそ語りの力の極致でしょう。なにせ途中までは、これはもう武力行使不可避ではとまで思えるぐらいに事態がこじれにこじれてましたから。今回のシルケの見せ場はまさに魔法のようだったというか。そういえば、前作でもいちばんの見どころと感じたのはそうした場面なのでした。

前作では主役としてパワフルな行動力を見せてくれたアベンチュリンは、今回はやや存在感うすし。考えるよりも先に動きまわるタイプのキャラが物語をひっぱる役どころからはずれるとこうなってしまうのかなとも思いますが、それでもシルケから見たアベンチュリンの姿というのは、彼女自身の視点から見た姿とはまた違った印象を与えてくれて新鮮でした。具体的には、とても頼もしい親友としての感があったというか。行動力に偏りがちでそのせいで失敗もしてしまうアベンチュリンの性格は、その一方で内面にぶれない明確な芯を有しているのであって、事態の解決への道筋をつけてくれるわけではないのだけど、自分を見失ってしまいそうになったときに現れてくれるとこんなにどっしりとして頼もしさを感じさせてくれるキャラもいないもので。前作における印象とのギャップは大きいですが、これもまた情熱のドラゴン、アベンチュリンだなあと思わせてくれる姿ではありました。

ただ……というところなんですけど、今回は前作に比べてやや評価しにくいんですよね。終盤はよかったんですけど、そこにいたるまでが……。悪化した事態を見事に納めてみせたシルケはすごかったけど、その一方で事態を悪化させた元凶もほとんど全部シルケなので。自分が出した火を自分で消しただけというか。最後になんとかなったからよかったものの、なんとかならなかったらと思うとおそろしくなってくるものがある。

まあ、結局なんとかなったのだし、ふたたびあたたかな家族を得たシルケの幸せそうな様子は心あたたまるものではありました、というところで?
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:04| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月13日

サラファーンの星(4)星水晶の歌(上)(下)

星水晶の歌〈上〉 (サラファーンの星4) (創元推理文庫) 星水晶の歌〈下〉 (サラファーンの星4) (創元推理文庫)
星水晶の歌〈上〉 (サラファーンの星4) (創元推理文庫)
星水晶の歌〈下〉 (サラファーンの星4) (創元推理文庫)

星水晶の歌〈上〉 サラファーンの星4 - 遠藤文子|東京創元社
星水晶の歌〈下〉 サラファーンの星4 - 遠藤文子|東京創元社


ついに最後のページまでたどり着いてしまった……。

読み終えてみれば、いつまでも読みつづけていたかったと思わせられる物語でした。それほどに、なぜだか無性に安心感を覚えさせてくれるファンタジーだったように思うのです。

リーヴがいて、ウィルナーがいて、ジョサがいて、ハーシュがいて、ルシタナがいて、その他にも、すべて合わせれば20を超える人々がいて、彼らの一人ひとりがそれぞれの生い立ちを持ち、それぞれの生活を送りながら、戦争が激しさを増すなかでさまざまに関係が深まっていき、一人ひとりがそれぞれの役割を果たしながら、引き起こされる戦渦に対してさまざまな思いの丈を表し、それぞれのやり方で戦争へと関わっていく。果たした役割に大小はあれど、長い物語を通して丁寧に描かれてきた彼らの思いは本物で、だからこそ一人ひとりのキャラクターがいとおしく、どのひとりをとっても安否不明に陥るやほかの登場人物ともども不安をわかち合い、最後の最後まで彼らの行く末を見守りたい気持ちにさせられた。そこに生まれや成し遂げた功績による貴賎はなく、見届けられる結末の一つひとつがただただ尊いものとして記憶されていくように感じられるものがあったのです。

自分は当初、このシリーズをルシタナの物語だと思っていました。激化していく戦争に対して重要な役割を果たす人物として、期待を含まされつづけていた人物でしたから。なので、物語の進行があまりにも遅いと感じてもいました。けれど、最後まで読んだ後、やっと気づくことができました。これは彼女だけの物語ではなく、他に登場するすべてのキャラクターの物語であったのだと。自身や関係深い人たちの幸せに喜び、降ってわいた不幸に悲しみ、そうした感情をわかち合いながら生活していたすべての人たちの物語であったのだと。大きな世界のなかで一人ひとりができることは小さくとも、自らができることを模索して世界に飛び込んでいくすべての人々の物語であったのだと。

そして、それら一人ひとりの物語を描きだす作者の目線はとてもやさしさに満ちて感じられて。トゥーリーの帰りを待つヨハンデリ夫人や、サラになかなか言いだせない想いを寄せるパーセロー、同じく奥手なハーシュや自身の障害に対する引け目から子どもの発育に不安を抱くマリアなど、悩みを抱えた人々にもどこまでも寄り添った描写がなされており、どんなキャラクターにも親しみを感じさせてくれるんですね。意中の人からの手紙に喜んだり、試験の結果に気を揉んだり、世界全体からみれば小さなことではあるけれど、一人ひとりの身の上に起こる日常的なできごとがていねいに描かれてくることで、彼らの一喜一憂する姿にしだいにこちらの心情が重なっていくのがわかるものがあって。英雄的な人物ではなく、誰もが悩みを抱えた等身大のキャラクターであり、それでも自分がなすべきだと思ったことのために身を投じていく。だからこそ、その一人ひとりのキャラクターの決意が尊く、そしてまた、悩み迷う姿こそがいとおしく思えてくるのです。

物語の結末としては、第一部文庫版のあとがきでもふれられていたというように(自分はハードカバーでしか持ってないんですが)、このシリーズ自体が作者による以前の作品の前日譚であるということもあって、終わりを迎えるべき部分としては終わりを迎え、それでも途切れない一部の縁はそちらに引き継がれていくものもありといった趣き。

第三部までの流れを思えば、この第四部はまさに激動といった感じで、一人ひとりのキャラクターの動きを丹念につむぎあげていく描写は変わらないものの、こぼれ落ちていく人々の姿を見届けるのはとてもつらかったですね。もっと彼らのすることを見つづけていたかった。もっと喜怒哀楽をともにしたかった。失われていくことではじめて、自分がどれほどこの物語の世界をいとおしく思っていたのか気づかされるようであって。本当に、終わってほしくない物語だったと、思わされるものがあるのです。

この物語は、これでおしまい。どんな思いを抱えようとそれは変わらないわけで。けれど、この世界はまだ終わりを迎えてはいない。その長い長い後の時代を舞台にした物語があるという。ならば、このシリーズに登場したキャラクターたちの姿を見届けた読者としては、彼らの抱いた思い、その行く末を見届けたいと思わずにはいられないですよね。それが彼らへのなによりの親愛の表れのように思えるので。

後日譚『ユリディケ』。それが読める日を、心待ちにしています。


サラファーンの星 公式サイト
https://serafahn.com
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:41| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月08日

分解するイギリス――民主主義モデルの漂流

分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)
分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)

筑摩書房 分解するイギリス ─民主主義モデルの漂流 / 近藤 康史 著
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480069702/


第二次大戦後のイギリス政治の潮流を、「安定→合意→対立→分解」という図式でEU離脱の国民投票直後まで俯瞰する現代政治史の一冊。経緯に沿った記述は出来事の流れをつかみやすく、そして現在のイギリス政治の問題点をわかりやすく提示してくれる良書。

本書によれば、戦後から七〇年代くらいまでにかけては政権交代を繰り返しながらも二大政党のどちらも共通した理念のもとに政府を運営してきたが、小さな政府を標榜するサッチャー政権の頃を境にしてイギリスの合意政治は崩壊したという。「ゆりかごから墓場まで」ともいわれた福祉国家路線からの離脱がすすめられていくなか、左派と中道左派による党内対立が起きていた労働党では、九〇年代になってトニー・ブレアの登場によって巻き返しが図られることになった。ブレアのリーダーシップのもとに、ネオ・リベラル化した保守党に対して中道路線の「第三の道」を打ち出すことで労働党は広範な支持を集め、政権に返り咲くことになった。野党となった保守党は新自由主義的な路線をやわらげ思いやりのある保守主義としての政策案を打ちだすようになった。ここに、サッチャー路線を一部引き継ぎつつ修正を図っていく新たな合意政治の形態ができあがったとする。

しかし、二大政党による競争が存在しながらも前政権からの連続性が保たれていくイギリス合意政治の特徴は、その一方で一定程度において二大政党の近似化を招くものであり、そこから取りこぼされる有権者の層を生み出し拡大させていくことにもつながった。EUとの関係性、スコットランドを筆頭にしたナショナリズムの高まりによって党内や支持者層でも意見の分裂が目立つようになり、またブレア、ゴードン時代の労働党政権後半に醸成された政治家への不信感からエスタブリッシュメントへの反発が形成されていった。そこにキャメロン政権での緊縮政策での打撃が加わって、EU離脱を問う投票での労働者階級を中心にした離脱賛成多数が成立したと本書では述べられている(と思う)。

高安健将著『議院内閣制――変貌する英国モデル』(中公新書)の参考文献としてあげられていた一冊だが、あちらは制度的な構造を中心にした記述であり、それに対してこちらはより歴史的な経緯を中心にした叙述。背景的な知識を補完する意味で有意義な本であり、そしてなにより読み物としてとても面白かった。特に、左右の政策の接近は政権交代を容易にするが、それゆえに政府への不満の受け皿としての野党の機能を低下させることにもつながるというのは、これはケース・バイ・ケースではないかとも思うけど、現在の情勢を考えるには見落とせない一面かもしれない。

本の内容紹介はできるだけ本書の記述をもとにしたつもりだが、もしかしたらこの前後に読んだ前述の『議院内閣制』や、水島治郎『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書)、Andy Beckett, "The death of consensus: how conflict came back to politics", https://www.theguardian.com/politics/2018/sep/20/the-death-of-consensus-how-conflict-came-back-to-politics などの影響があるかもしれない。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 19:42| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月28日

クリフトン年代記(2)死もまた我等なり(上)(下)

死もまた我等なり(上): クリフトン年代記 第2部 (新潮文庫) 死もまた我等なり(下): クリフトン年代記 第2部 (新潮文庫)
死もまた我等なり(上): クリフトン年代記 第2部 (新潮文庫)
死もまた我等なり(下): クリフトン年代記 第2部 (新潮文庫)

https://www.shinchosha.co.jp/book/216135/
https://www.shinchosha.co.jp/book/216136/

あいかわらず話の進行が早い。アメリカの対独参戦前からはじまって、もう終戦後にまでたどり着いてしまった。死別した戦友への気持ち、ぶん殴りたくなるようないやな奴らのその後など、掘り下げようと思えばそこここに見いだせる余地をあれもこれもうっちゃりつつ、メインキャラクターである視点人物たちの物語に焦点をしぼって進行していく。そしてそれが次々と移り変わっていく物語のテンポのよさを生み出している。

命をかけてでも祖国イギリスを守らんとする意志。思いがけなくも出会った戦友との絆。その出会いを通して過ごされる稀有な戦場体験。そして、それによって世界の見える角度が広がったような新鮮な変化。ハリー・クリフトンとジャイルズ・バリントンのふたりが経験した戦争は、いかにも忘れがたい青春の一ページとして、鮮烈な記憶と華々しい活躍に彩られた様子が印象的で。のちの生涯に多大な影響を及ぼす日々といった感じでしたよね。特にジャイルズは、大学前の問題行動のいくつかを思えばすっかり好青年になって。見違えるような立派な変貌ぶり。それだけに、戦後に起きたいざこざが気の毒ではありますが、それはともかく。

一方で、女性のキャラクターとしてはエマ・バリントンが印象的で。前回のラストで、いろいろもつれにもつれた状況からどうなるのかと思いのほか、泥沼感を感じさせることもなくするすると自らの道を切り開いてしまったから驚き。まあするするいったとはいっても、それは手に入れたい幸せの形をつかみとるためならどんな望みのうすい冒険もいとわないと感じさせるほどの想いと決意の末にようやくたどり着いた先の再会でしたからね。あれはもうひとつの冒険の旅といってさしつかえなかったでしょう。それにしても、思わされるのは当時の英米間の上流階級のつながりでしょうか。大西洋を渡った先でも頼れる当てがあるというのは、強い。アメリカの独立からはすでに100年以上もたってますが、そういうこともあったんだろうかと、ちょっと興味深くもなってくる。そしてアメリカの親戚がやや特殊な王党派っぽいのが地味に面白くもあり。

そしてこの第二部も、ラストはクリフハンガー。どうなるんだろう、どうなるんだろうと思っていたところに、えー、そのラストなのー!?と衝撃を受けつつ、でも俄然つづきが気になっちゃうのがこのシリーズであり。いやー、これホントどうなっちゃうんでしょ? 第一部の時点ですでに懸案の対象とされていたことではありましたけど。ハリーおよびジャイルズが戦場で名声をあげたからこそ、それが世間的にもクローズアップされることになってしまった形であり、何が幸運・不運の基になるかはわからないものとうならされる話運びではあります。この辺の安心させてくれない感じはさすがというか。しかも、当人同士では希望は一致しているにもかかわらず、すでに事態は彼らの手を離れてしまっているのがなんとももどかしい。

しかし本当にどうなってしまうのか? つづきが気になりすぎるので、早く第三部も読みたいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:01| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月26日

Frogkisser!


作者Twitter@garthnix

すごくおもしろかった。タイトルがコメディチックな印象から誇りに満ちあふれたものへと意味を変えた場面のこみあげてくるような熱い感情といったら。そして、途中からあれもこれもと解決すべき出来事が重なって、これ一冊で決着をつけられるのかと不安なほどに膨れ上がった課題が、終盤で一気に解消される爽快感といったら。ミソピーイク賞児童文学部門受賞の名に違わぬおもしろさでした。

おおざっぱなあらすじとしては、とある小国の王女Anyaが、悪い魔法使いである継父によってカエルに変えられてしまった姉の恋人を元の姿に戻すため、魔法薬の材料を求めて冒険の旅を行うことになる、といったもの。そこに、姉妹を害して王位簒奪を目論む継父の権力欲とか、それぞれの経緯で姿を変えられてしまったキャラクターたちが加わったり、他にもいろいろ、どんどん旅の目的が膨れ上がっていく感じ。ちょっとひと息では説明しきれそうにないお話の絡まりよう。それだけ、いろんなキャラクターの物語があったともいえますか。

この作品で目を引かれるのは、まずそのタイトルではないかと思います。感嘆符付きで示されるその言葉は、ざっくり「カエルにキスする者」という感じの意味合いになるでしょうか。それだけでウゲッという印象を起こさせるタイトルで、さらにここでは感嘆符もついていることからいよいよもって、おぞましいことをする者もいたものだ、ありえない、ひくわーといった、否定的なニュアンスが含まれているように感じられるところで(本当にそんな意味がこめられてるのかはわかりませんが)。

とはいえ、悪い魔法使いに姿を変えられた王子さまが、愛する王女さまからキスされることで元の姿に戻るという筋書きは、童話なんかではそれに類するものをちらほらと見かけるタイプの話ではないでしょうか。その他にも、白雪姫等、多くの人が知っているだろうおとぎ話を下敷きにしたパロディーが散りばめられているのがこの話であり。

そして、そんないかにもおとぎ話的な出だしでありながら、いきなりそのおとぎ話を逆手にとって、王子の恋人ではなく、その妹であるAnyaが王子を元の姿に戻すべく奮闘することになるのがこの話であり。いきなりどういうことなの……という感じでしたが、そんな頼み事をしちゃうのがAnyaの姉王女なのですよね。そして、なんで自分がと不満に思うAnyaに有無を言わさず承知させてしまったのが、姉王女から発された「sister promise」という言葉。え、なんですか、その言葉? なんでAnyaさんそれで不承不承ながらも好きでもない王子さま(からカエルになったもの)にキスすること引き受けちゃえるんですか? 英語圏では何か特別な意味合いとかあったりするんですか? そういう魔法の言葉かなにかなんですか? 百合なんですか? とても、気になるんですけど! 詳しい人の解説求む。

それはそれとして、旅に出たはいいものの、お供といえば犬一匹。王家に代々仕える忠犬たちのひとりで、ひとと言葉を交わすこともできるとはいえ、性格は成長期の犬のそれであって。基本的に好奇心優先で落ち着きがない。あとから加わる旅の仲間も、おどおどしたイモリ(元は盗賊志望の少年)、元のカワウソの習性が抜けきらない女中と、なんとも頼りにならない者たちばかり。こんな一行を旅慣れない王女が率いてうまくいくんだろうかと不安を募らせてくれるところで。実際、うまくいかないことだらけで、Anyaとしても何度もくじけそうになりながら、それでも姉のためにと歯をくいしばって前に進む姿はいかにも根性あふれてて、そっと背中を押してあげたくなる健気さでしたね。

正直なところ、道中の役に立った度合いでいけば、旅のお供たちよりも途中で立ち寄った先の大人たちのほうがはるかに助けになったのはまちがいないでしょう。なにせ、全員まだ子どもの旅の一行でしたから。でも、そのお供のすべてに、Anyaの助けとなる見せ場の場面があったんですよね。なにより、最後の場面で決定的な役割を果たしたのは、その中のひとりでした。適材適所。大人たちと比べたら、頼りにならないのはしかたがない。けれど、子どもでも役に立てるときはある。そんなことを伝えてくれるような、そうでもないような、なかなか愉快な旅の一行ではありました。なにより、あの対ボス特効無敵状態は読んでて笑っちゃいそうになるくらいのおもしろさではありました。

あらためてふりかえってみると、やっぱりいちばんの大筋は、王城で臣下たちにかしずかれて育った子どもであった王女Anyaの冒険と成長の物語ということになるのでしょうね。誉れあるFlogkisserの二つ名を頂いた彼女が、見事なまでの転変を見せたクライマックスの場面のその先で、どんな人生を歩むことになるんだろうかと、最後には感慨とともに思わせてくれるお話でした。今回の苦難を経た彼女なら、ちょっとやそっとのことでは大丈夫だろうとは思えるものの、まだまだ試練が待ち受けていそうだと思えるところでもあり。話自体は一冊できっちり完結してますが、続編が出るならそれもぜひ読みたい気にもさせられる。そんなお話でした。

とにもかくにも、おもしろい一冊でした。前年受賞の『The Inquisitor's Tale 』ともども、邦訳されないかなーと期待をしてみたり。
ラベル:Garth Nix
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:05| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする