2019年07月26日

オペラ座の恋人(5)・(6)

オペラ座の恋人(5) (オパール文庫) オペラ座の恋人(6) (オパール文庫)
オペラ座の恋人(5) (オパール文庫) オペラ座の恋人(6) (オパール文庫)

オペラ座の恋人D |オパール文庫
オペラ座の恋人E |オパール文庫

よかった……とは言えない部分も多々あったけど、でもひと言で表すならこの言葉になる。よかった……。

落ち着くべきところに落ち着くところを見届けられた安堵感。けれどそれ以上に、見違えるほどに立派になった結花の成長を思い返す感慨に。

思えば、クラシック音楽が好きすぎるだけで、自分に誇れるところがあるわけでもなく、友人らしい友人も大学に一人しかいなかった女の子が。ベルリンの歌劇場で果たした運命の出会いをきっかけにして、どれほど大人の階段をのぼっていったことか。

もともとクラシックつながりで覚えのあったドイツ語は長期休みに連れまわされるようにヨーロッパの各地をめぐるなかですっかり実用レベルになり、英語や礼儀作法もいろんな上流階級の人たちと接することで自然と使いこなせる水準で身についていき、それに関連してビジネス関連での興味や知識の幅も広がって、そしてなにより女性としての美しさも磨き上げられていって。

シリーズ後半と初期の頃を比べれば、もう違いは歴然ですよ。とりたてて言うところのなかった垢ぬけない女の子から、スキル面でも人脈面でも引く手あまたで目をひかれる魅力的な女性へと。その間、わずかに2〜3年。それだけあれば変化には十分ともいえるんでしょうけど、それでも大学生という可能性に満ちた期間を思わせてくれる見事なまでの成長ぶりですよね。こういう話は本当に胸をしめつけられるような、それでいて憧憬を抱かされずにはいられないような魅力で、心をわしづかみにされてしまうものがあります。

3・4巻からひきつづきの、結花の心の深い部分に巣くっていた恐れとの対峙については、微妙に解決してないような気がしてならないんですが、それでも結花本人が出した答えは、そうであるからこそ祝福せずにはいられない尊さがあって、いつまでもふたりの関係がつづくことを願わずにはいられない気持ちにさせてくれるものがあります。それに、何もかもを相手に預けきったペットと飼い主の関係(だけ)ではなく結花自身も積極的になるからこそ選び出すことができたふたりの形だと思うと、このふたりの夫婦の姿というのは、もう本当に、どこまでも祝福したい気持ちにさせてくれるんですよね。

愛する人ができて、賑やかな友人たちに囲まれて、幸せな家族と出会えて、一生ものの決意をして、一生ものの枷で縛りつけられて。そうして最後の最後にしみじみと幸せを実感する結花の姿が見れたのは、シリーズの結末としてなによりうれしかったです。

そしてそうなってもまだ貴臣の前で初々しく赤面したりする姿はあいかわらず男をそそる危うい魅力に満ちていて。この5・6巻だとふたりとも多忙でなかなか顔も合わせられない時間がつづいたりしていたことから欲求不満を募らせたり、会えた時間にその気持ちをぶつけるように互いに貪欲に体を求めたり、結婚するとなれば避妊も解禁で子どもができても構わない、むしろ早くにほしいくらいだよねな感じの浮かれたような行為の数々は、やっぱりとてもエロティックだったと思います。

結花本人としては、貴臣を中心とした周りに流されるようにして過ごしてきた結果。なので、本人としては自分がすごい人であるなんて(この期に及んでなお)微塵も思ってないんだけど、結婚式に集まったメンバーがもう本当にすごいんですよ。本人にはどれだけ自覚がないとしても、もうとっくに平凡どころではないですよね。

結花以外では、やっぱり絵里とラリーのカップルがよかったですね。ラリーからの公開プロポーズに取り乱す姿がすごくかわいかったです。エリー、お幸せに……。

それと、貴臣の姉の千煌さんも。貴臣が頭の上がらない存在として、基本的にどこでも我が物顔で振る舞う貴臣がやりこめられる姉弟のやりとりはそれだけでいいものでしたが、それにくわえて弟同様に結花の庇護者を自負する姿がとても頼れる女性ではありました。最終的には、結花とも家族としての絆で結ばれて、幸せの形をより広げていくことになって。この辺は本当にできすぎなくらいではあったんだけど、でもやっぱり幸せに満ちあふれた家族の姿というのは見ているだけでよろこばしいものがあります。

本当に、思えば遠くへ来たもので。全6巻、あとがきによると3840ページ。書籍のティーンズラブ小説としては異例の大作ながら、それでもあちらこちらとまだもっと見てみたかった場面がいくつも思い浮かんでくる。それほどにどっぷりと浸れる物語でした。

平凡な女子大生だった結花の、めまぐるしいまでの三年間の物語。素晴らしいシリーズでした。このシリーズを読んでいたここ二週間ほどはずっと、幸せな微睡みのなかで過ごしているような、幸せな読書の時間でした(読み終わった直後は頭がぼーっとしっぱなしで、なんだかまだ地に足がついてない感じもしますが……)。

素晴らしい物語をつむいでくださった作者さんに心よりの感謝を。


(以上、6月11日)

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(以下、7月26日追記)

ここ5・6巻の感想も、やや抽象的でいまいち思い返しの役に立たないので、もうすこし詳細に立ち入った感想を追記していきます。


5巻は前の巻からひきつづいて、第七幕の途中からの開始。

プロポーズされたと結花から聞かされて盛り上がる絵里とカレンに対し、ずーんと沈みこんでる結花の対比がおもしろい。

そうそう、貴臣のプロポーズの言葉って、「結婚してほしい」でもなく「結婚してくれ」でもなく、「結婚しなさい」だったんですよね。問いかけというよりも命令とか指示とかそういった感じの調子で。でもそれが貴臣らしいと思わせてくれるところでもあって。

その一方で、プロポーズが全然うれしくもない結花のほうでは彼氏の実家訪問というとんでもないイベントがやってくるわけだけど、お迎えの準備とかなにやらで飛び出す小道具がいちいち桁の違いそうな高級品ばかりで、それを普通のものとして扱う絢子夫人の純粋培養セレブぶりにはもう笑うしかない。

ただ、そんな浮世離れした女性にも、会話のなかで千煌さんや貴臣の母親らしいふたりとの共通点を見出されて緊張がほぐれていく様子はさすがというか。それどころか、久世家のなかでもタブー化してた千煌さんとの縁を取り持つような話題の広げかたをしていくものだから、結花の型破りな好印象キャラぶりにあらためて驚かされる思い。本人無自覚だけど、こういうところがセレブな人の間でも好かれるポイントなんですよね。


と、先走って結花四年生の四月の話が入って第七幕終幕となったわけだけど、その後に入るのは短編集。時間はやや戻って春休みの終盤、三月下旬から四月の頭にかけて。舞台はアメリカ。

この短編集になると、ふたりの雰囲気はもう、年甲斐のないハネムーンのようなイチャイチャな感じというよりも、ちょっぴり背伸びしながらも新鮮な体験に満ちた恋人同士の感じというよりも、すっかりふたりそろってあちこちに顔を出す姿が板についた、連れ合いのパートナーという感じになってましたよね。結花の心のうちはともあれ、婚約者といわれても違和感がない。それだけに、周りからも当然そういう扱いを受けてしっかり立場が固められていく様子が、単純に海外で開放的であることに加えて、いい感じの雰囲気ではありましたね。

海外では人前でいちゃつくのも当たり前と教えこまれてきた結花が、自分以外の男を牽制して独占欲むき出しに結花とキスする姿を見せつけたりするのに、これくらい普通のことだよねとばかりにしっかり甘えた態度でそれを受けいれている様子がたいへんかわいらしいこと。

そんな地で出会ったのは、スイスのマナースクールの同級生でもあったアメリカの資産家の令嬢ギャビー。彼女の両親は久世家よりも巨大な資産の持ち主であるというから驚きだけど(貴臣をしてウチはあれほど金持ちじゃないと言わせるんだから、まじでもう笑うしかない)、ディララ然り、あそこの同級生って、わりと本気で世界的にも有数の令嬢ばかりだったっぽいんですよね。リストを見た久世家の人たちは当時から騒いでましたけど、そのほどを実例つきで複数見せつけられるといやでも実感させられることで。

「……ねえ貴臣さん、自家用機って、そんなに誰でも持ってるようなもの……?」(5巻118ページ)

なんてセリフも出てくるくらいには、親ではなくご令嬢個人で自家用機持ってる人が友だちに何人もいる状態になってきてて、結花の交友関係もいよいよとんでもないことになってきてるよねという。実はもうこの面では貴臣すらしのぐレベルだったり? つりあわない、とは……。

まあそんなギャビーに買い物に連れまわされてきゃいきゃい言いあってる様子はとてもかわいらしいものでしたが。その結果、貴臣から渡されたカードであれこれ買い物してしまったと罪悪感で震えている結花の姿(とはいっても貴臣的には絶対大したことない額だけど)はとてもとてもかわいかったんですけど。

そうこうしながらもその一方で、資産家つながりで保護者同士、コネクションを構築しにかかる貴臣さんの抜け目のなさはさすが。ただ、

「私がこれまでアメリカで出会った中で一番頭の悪い連中は、八割方アイビーリーグ出身だよ」(5巻149ページ)

というのは。そりゃ、貴臣さんが接したことのあるアメリカ人はそういうエリートコース出身者ばかりだから、そんなことにもなるんでしょうよという、実に高度なジョークであった。笑える(真顔)。

まあでもそんな一面をさらっと見せつけてくれつつも、結花との間は当然のようにお熱いところを見せつけてくれるのはさすがというか。

結花に絵里との約束をぶっちさせてまで致しはじめる貴臣さんというのは、もう本当にやってくれるというか。まあ結花と一緒にいながら二晩連続でおあずけをくらうなんて、盛りのついた貴臣さんにそれ以上の我慢を求めるのは酷というものか。

でも、いくらなんでも、怒りの電話をかけてきた絵里に包み隠さずこれからするところだから待ってろと告げるのはそれは本当にどうなんですか、貴臣さん。約束ぶっちして致してたカップルって、結花まで巻き添え食って白い目で見られちゃうじゃないですか。対面するだにあの時間からつい今しがたまでねえなんて不機嫌に勘繰られる羽目になった結花さんは泣いていいと思う。いやでもそこで羞恥心から縮こまる結花はとてもかわいかったので、個人的には許したい。絵里的には知らない。

そんな絵里とラリーのカップルも、結花と貴臣のような甘々さはないものの、こちらはこちらでこのふたりらしく関係が進展しているようで? 絵里、傍目には構いたがりのラリーをうっとうしげにはねつけてる感じではあるけれど、どうもその実はツンデレであるらしく、きつめな態度の裏にある照れ隠しを結花もラリーもしっかり見て取って、かたや生ぬるく、かたやいとおしげにそんな絵里の様子をながめているふたりがたいへんにいい雰囲気ではありました。

貴臣の昔の女との邂逅(半年ぶり2回目)では、貴臣の恋人としてすっかり覚悟を固めた結花の態度が目をみはらせてくれるところではありましたね。千煌さんに贈られた薔薇の香りの香水の効果も相まって、ひと回り以上年上な妖艶な美女に囲まれながらもひるむことなく、自然と湧き出てくるような自信に満ちた態度で対峙をしてのける姿はまさに千煌さんを彷彿とさせるものがあって。頼もしさすら感じさせられるものがありました。結花、もうすっかり、押しも押されもしない、立派な貴臣の恋人になれてますね。そんなことをしみじみと感じさせてくれる一コマ。素晴らしかったです。

かと思えばその裏でどっぷり酔いの回った絵里が、普段のツンツンぶりもどこへやら、ラリーにされるがままにスキンシップを受けいれてにへらとしてる様子が最高にかわいかったです。ラリー、やるじゃないですか。このふたりのカップルって、結花と貴臣とはまた違ったニヤニヤ感があっていいですよね。まあさすがに酒を飲ませすぎたっぽいけれど。しっかりついてたオチには笑った。これはリベンジ必須ですよねえ。その場面はどこで読めますか?

婚約指輪を用意だけはしたものの不安に駆られてる貴臣、あの貴臣が不安な心情を表に出すなんてと驚かされるけど、それは結花との関係をそれほど真剣に心の底から考えていることの証左であり、なんだかとてもほほ笑ましい気持ちにさせられるものがありますよね。まあもともと結花にプロポーズすることは一種の挑戦ではありましたからね。

物質的には結花を呆然させられるレベルの贈り物を用意することはできる。けれどそれは必ずしも結花が喜ばせることができるものではなくて。でも、本人が望むところが極端に少ない結花が相手では、そんなことでしか自分の気持ちの強さ大きさを表現する方法を思いつけなくて。己の愚かさに自嘲しながらもそうせずにはいられないほどの結花への想いを伝えてくれる心情がいいものではありましたね。

加えて、時期を考えれば就活で盛大にすれ違った直後だけに、なおさら失敗の許されない緊張感が存在しているわけで。似合わないはずの自信のない感情がふっと漏れる様子すらいとおしい。そんな発言がいいものではありましたね。

そういえば、その就活に際して、結花の足からはさすがにアンクレットははずされていたわけだけど、ここであらためて贈られるアンクレットがダイヤモンド製って……貴臣さん、ああた、相変わらずさらっととんでもなくお高いプレゼントをくりだしてくることで。しかも本人的には高級さよりも足枷の強固さを象徴するための頑丈さを追求したらそうなっただけとか宣うからものすごい。ここまでくると貴臣以上の大富豪も珍しくなくなってはきたけれど、そうはいってもやっぱりすさまじい。

まあそれを受け取る結花のほうも、それほどに強く感じ取れる執着心にうれしさを感じている様子がかわいかったりして、やっぱりお似合いなふたりではあるよねと思わせてくれることで。


以降の第八幕・第九幕・エピローグに関する言及はわけることなく一括で。

言及すべきポイントといえば、まずはやはり結花の誕生日。一年前もそうだったけど、結花の誕生日にかける貴臣の意気ごみはすさまじいものがあるよなあと、あいかわらず驚かせてくれるもので。

結花としては、日ごろからあれこれ贈り物はされているし、それどころか生活全部の世話も至れり尽くせりなレベルで見られているくらいなので、はっきり言って誕生日だからといってとくにほしいものがない。けれど貴臣としては、結花に贈り物をする絶好の口実なのであって。自分にとって結花がどれほど必要な存在なのか。ほかの誰でもない結花のためならどれほどのことをしてあげられるのか。それを結花本人に示してあげられる一年に一度の機会なんですよね。

だから、欲しいものがないといわれると、それならそんな結花でも喜べるものをどれほど手をかけてでも見繕って用意してみせなければとより力が入るのが貴臣であって。そしてそうなることが目に見えるだけに、何か欲しいものを見繕わないといけないと考えるのが結花であって。まあ、何が贈られるかあらかじめ予想がついていたほうが心臓にやさしいのは確かですからね。ただし、それでも生半可なものをお願いすればその最上級品を用意されるのは明らかなので軽々しく決めることもできないという。

なんだろうか、この、誕生日プレゼントがうれしいようなこわいような、なんともおかしな気持ちにさせられる不思議な攻防は。

しかも、そうして悩んで悩んでやっと結花が誕生日に欲しい手ごろなもの(変に話が大きくなったりしないはずのもの)を見つけられたと思ったら、それでもやっぱりとんでもないレベルでスケールをでかくしてくれるのが貴臣さんであって。結花の望みの物を調達すべく某所に電話をかけだしたひと言めのセリフを見た瞬間に笑わずにはいられませんでしたね。その手があったか!って、むしろ感心してしまうぐらい。

いやまあ言葉上はたしかにそういう解釈も可能ではあったけど、いくらなんでも、いくらなんでも……。結花への贈り物は意地でも最上級のグレードをとでもいうかのような、貴臣さんの面目躍如ではあったでしょうか。意表を突かれて呆然とする結花がめちゃくちゃにかわいかったです。そんな結花の顔を見るために、ではないんだけど、でもそれすらも贈り物を用意するべく奔走した貴臣への報いになるんだろうなと思うと、つくづく結花に入れこんでるんだなと思わせてくれることで。


加えてはずせないのは、結花のひとりエッチシーン。長期休み期間ではない、お互いに多忙な時期だからこそ、逢瀬の時間を、夕食デートでの意味でも夜のベッドでの意味でも楽しみにしていたにもかかわらず、急な予定で都合がつかなくなったとなれば、高めていた期待のぶんだけがっかり感がいや増さずにはいられない。そしてそれは、結花への抑えきれない欲望をかかえた貴臣だけではなく、ここまでくるとそんな貴臣に与えられる快楽への期待を貪欲なまでに教えこまれた結花にとっても当てはまるものであって。

会えるはずだったのに会えないのがさみしい。ひとりで摂る夕食の時間が味気ない。貴臣に埋めてもらえるはずだった空白感を埋めてくれるものがないのがさみしい。膨らむだけ膨らんだ期待を満たしてくれるものが手に入らないのがもどかしい。そうした満たされないもどかしさに耐えられなくなって自分の体に手を伸ばしだす結花のなんといやらしかったことか。

疼く部分に手を伸ばして、下着のうえからでもわかるほどにひとり変化しているそこに羞恥を感じずにはいられない様子。けれど自分がそれほどにいやらしい姿になれることを貴臣から何度も突きつけられて知ってしまっている結花には、それさえもそうしてくれる相手のいないさみしさを加速させるものにしかならなくて。

こんな程度では満たされないと、さらには敏感なところに直に指を這わせていって、耳もとで貴臣にいやらしく言葉攻めされる妄想までして、おさまらない疼きをやり過ごそうとする。けれど、どれだけ自分で自分を慰めても、絶頂に達しようとも、自分の手では貴臣のいない空白を埋めきることはできなくて。涙さえこぼしながら、それでも満たされない自慰を止められずに自分自身をもてあます。

もう、こんな結花、本当にやばい。やばいぐらいのいじらしさ。やばいくらいのいやらしさ。こんな卑猥な場面を、どうにかこうにか都合をつけてやってきた貴臣が目撃しようものなら、そりゃあもう欲望全開になるのは必然というもの。いやらしいところを見られた羞恥に真っ赤になる結花の表情すらも堪能して、これでもかと愛を注ぎこみたくなる。そんなたまらなさでしたね。

「……一人は、寂しい、な……」(5巻462ページ)

思えば、これが膠着状態に陥ったふたりの関係の突破口になる糸口ではあったでしょうか。結花としては貴臣と一緒にいられればそれでよくて、貴臣としては結花と結婚して一生自分のもとに縛りつけたくて。ふたりの希望の妥協点は結婚以外には存在しない。けれどそれに待ったをかけているのは結花のほうで。久世の家に入る覚悟が固まらないからではあって。

貴臣としては、それならそれで久世家と関わり合いにならないところで一生自分が飼い養うことも可能ではあるしいざとなればそのつもりではあったはずなんだけど、それでもあえて結花の意思による歩み寄りを待ったのは、ひとつには就活時のような関係破綻一歩手前の状況にいたることをおそれて。でもそれ以上に、自らの意思で将来を選んでもらったほうがより幸せな関係になれると思っているからではあり。結花がまだ学生の身ではあることをお思えば、まだ猶予期間があるわけではありますし。こうした葛藤の期間も、そうした期間だからこそのよさを感じさせてくれる作品なんですよね。

ただし、既述の部分でも書いたように、葛藤の末に結花が出した答えは、予想していたものとは違いましたね。

永遠の愛を信じられない、結婚に希望を持てない。それが結花の心に巣くう最大の障壁であるのなら、永遠の愛を信じられるようになることこそがその答えだと思っていたんですよ。でも、そうはならなかったんですよね。予想外なことにというか。

ただ、よくよく考えてみれば、トラウマレベルで染みついた恐怖を、それほどあっさり克服できるだとか、一、二年で克服しなければならないなんて考えるほうが、見ようによっては酷というものではあったでしょうか。もっと長く時間をかけてでも、根気よく向き合いつづけることでようやく克服できるものなのかもしれないし、それどころか一生つきあいつづけていかなければならないほどに根深いものなのかもしれない。恋や愛は素晴らしいものではあるけれど、万能の魔法ではないのであって。

けれど、その代わりに結花が出した答えは、既述分で書いたように、もっと素晴らしいものだったんですよね。貴臣が一生涯自分を愛してくれるのかはわからない。それは結婚したとしても、なお。でも、それならばそれで、いずれ飽きられてしまうそのときをおびえながら待つのではなく、むしろ結花のほうから、飽きられてしまわないよう、気に入りつづけてもらえるよう、貴臣に愛されるべく努力をしつづけることで、貴臣に捨てられる日がくるおそれを小さくすることはできるかもしれない。

それは、ただ貴臣から与えられるがままに愛を受け取るだけの関係ではなく、結花からも愛を与えあっていく関係。一方的なペットと飼い主の関係ではなく、好きでいられればそれでいい恋人の関係でもなく、互いになくてはならない存在だからこそそばにいて支え合う関係。つりあいがとれないならばふさわしい存在になれるように己を磨きつづけ、互いにいっそう目が離せなくなっていくような関係。だれになんと言われようとまどわされない、ふたりが望んでふたりで決めた、ふたりだけの関係。

こうした関係を目指すと決めた決意をして尊いといわずに、ほかのなにを尊べるのか。最高に素晴らしいカップルですよね。まわりにあれこれ言われて苦しんだり、つりあわなさに悩んだり、恋人として自信を持てずに泥沼にはまってしまった時期があっただけに、それを越えて、よくぞここまでたどりついてくれましたと、拍手すら贈りたくなってくるレベル。

特に結花。はじめてのひとり旅なヨーロッパでのどこか心配になる雰囲気を醸しだしていたことを思うと、よくぞここまで強くなったものと感慨深い気持ちにさせられるものがあります。ここまで至るには結花ひとりの力だけでは到底ムリで、数々の友人や知人、なかでも貴臣と過ごした時間なくしてはなしえなかったことではあるけれど、それだけに、その後の人生をすっかり変えてしまうほどの出会いというものに、涙が出てくるようなありがたさを覚えずにはいられないんですよね。

ここまでいたって、ようやくふたりの結婚を祝福することができる。1巻のうちからすでに既定路線に見えていた結婚をおだやかに祝えるようになるまでにどれほどかかったことか。プロポーズでさえ頭抱えさせられるものがありましたからね。本当に、長かった……。けれど、待たされただけのことはあったという結婚への決意。結花と貴臣、最高に祝福したくなるカップルになってくれました。

「……ん。わたしは、貴臣さんの、もの。でも」
「でも?」
「貴臣さんも、……私のものだって、思って、いい……?」(6巻400ページ)


このやりとりで、もう、感無量にされてしまいましたね。対等な関係としての愛を自分から口に出して、それをまちがいなく保証されて、泣きたいほどの幸せに顔を染める結花。主に3・4巻の苦しい展開を読んできただけに、どれほどそうして幸せをかみしめる結花の表情を待ち望んでいたことか。

そうして覚悟を固めてしまえば、第七幕であれだけ人生賭けるレベルでがんばった就活もあまり意味がなかったのかもという感じになってしまうのではあるけれど、でもそれしかないという道を否応なしに進まされることになるのと、いくつか選べる中でしっかり自ら考えて選んだ道に進むのとではわけが違いますからね。

それに、就活も含めて、そうした可能性をつかみ取ったのは、まぎれもない結花の実力によるものであって。それもまたこれまでの過程を経てきた結花の成長を思わせてくれるものではあるんですよね。喜びもあって、悲しみもあって、けれどそれらのすべてに意味があったと思える終盤の結花の姿。本当にまぶしいほどの成長ぶり。

ちょっと家出したと思ったら、そこでもまた久世家以上の世界的なセレブとのコネができてしまったりして。それすらも将来の選択肢のひとつにできてしまってるあたり、本当にとんでもない成り行きではありまして。

「しばらくは、フリーターということに、なるかと思います」(6巻455ページ)

そんなハイレベルなフリーターとか聞いたことないんですけど……というレベルでオンリーワンな高度人材ぶりを見せてくれる結花さん。いっそそのままフリーランス化していけそうなレベルじゃないですかね。

それに結婚祝いには貴臣から財団なんてものまでもらっちゃったりして、あいかわらず度肝を抜いてくれるからすごい。しかもバチェロレッテパーディーでその話をしたら、参加メンバーが大富豪の娘たちばかりすぎて、彼女たちの実家も巻き込んでどんどん話が膨らんでいく様子とか、もう本当に笑っちゃうレベルの異次元空間ぶり。話の流れについていけずに呆然としてたりもする結花の様子がおかしくもあるんだけど、でも結花さんもすっかりそんな世界の一員になってしまったんだよなあ。

6巻の終盤はもう結婚ムード一色で、祝福気分をこれでもかと盛り上げてくれるのがたまりませんでしたね。6巻の表紙がもう万感の一コマ。初夜であいかわらず卑猥なことをしでかそうとする貴臣さんは貴臣さんだったけど、それに応えて変わらぬ執着心に幸せを覚える結花の様子はなによりいとおしいものではあって。

それに、エピローグで簡単に描かれるその後でも、変わることなく愛しあい恋しあうお似合いのふたりである様子が描かれているのが最高に最高すぎて。もう本当に、最高な物語でしたね。1巻でハマって、2・3・4巻と呼んでいくうちにどうしようもなく好きになった物語が、期待にたがわぬ素晴らしいラストを迎えるところまで見届けることができた。そのことに、心からの感謝を覚えずにはいられません。本当に、素晴らしい作品でした。


結花と貴臣のふたり以外のキャラでいえば、絵里とラリーのふたりがやはりこの二冊ではとてもいい雰囲気ではありましたよね。

このふたり、特に傍目にはじゅうぶん伝わってくるラリーとの甘い関係を指摘されて耳や頬を赤く染める絵里がとてもかわいかったんですよね。そのくせして絵里は絵里で必死に熱い関係を否定しようとするあたりが、古式ゆかしきツンデレとしてとてもかわいいかわいい。

絵里って、ベタベタするのがそこまで好きなタイプではないようなので、結花や貴臣ほどのわかりやすいお熱いカップルぶりを見られることはほとんどないんだけど、それだけに、素直じゃないながらもラリーの好意をしっかり受け止めていることが見て取れる場面は本当にいいものではありまして。いっそ一作書くぐらいの勢いでこのふたりの話をがっつり書いてほしい気もしますが、まあ言ってみるだけということで。

既述分にもありますが、ラリーから絵里へのプロポーズはたいへんににやにやしくていいものでした。ふたりとも末永く幸せになってほしいものですね。

そうかと思えば、結花から半年遅れの結婚式ですでに泣きが入ってるっぽい様子なのがまたにやにやさせてくれるんですけど。まあ、ラリーも貴臣に負けず劣らずの資産家一族の直系なので、あきらめて受け入れるしかないですよね。合掌。


ほかにもはずせないのは、千煌さん。千煌さんといえば、ここまでかっこいい女性というイメージが中心だったんですけど、終盤になるとかわいいイメージもかなり追加された感がありまして。

結花の家出に際して頼ってもらえなくてすねる千煌さんは最高にかわいすぎましたね。身重の体で結花のことを心配して、片手間のように貴臣をこき下ろして、その貴臣の目の前でしっかり結花は自分ものアピールしていく千煌さん、ホント最高すぎませんか。

それに、結花の結婚準備を進める姿もたいへんにかわいくて。旦那の家に伝来のティアラとか持ち出してきて結花をどん引かせているのがおもしろかったり。あげくの果てにこんな時にしか使わない久世家のツテを「もしもし、嶋田?」なんてカジュアルにコールしてみたり。わがことのような浮かれぶりがおかわいいこと。まあ貴臣に取って代わらんばかりの勢いで結花の庇護者を自認してる人ではありますからね。まさに娘を嫁に出す気持ではあったでしょうか。

エピローグでは自分よりも先に死んではダメと言われたりもしてて、これはもうプロポーズではとか思ったり(百合脳)。ここまでくると、千煌さん家の子どもになった結花というのも、見てみたかったですねという。いやまあそんなことになったら話が完全に別物になっちゃうんですけど。


既述分の冒頭でよかったとは言えない部分も多々あったと書きましたが、こまごまと書いても余韻に水を差すだけのなので、本筋にあまり関係ない箇所を二点ほど。

まず一点目は、アナルセックスは取り入れないでほしかったかなというところ。これは完全に個人的な性癖に合わなかったというだけの問題なんですけど、男キャラの尻に挿入するぶんにはまったくかまわないものの女性キャラのお尻は、やっぱりどうも……というところで。

二点目は、ビルバオでのテロ事件。あの時点での作中の年代は2014年3月だったと思うんですけど、その時期のビルバオでテロが起こる必然性はなかったように思うので、なんらかの背景説明がほしかったですというところ。そうでないと、ビルバオにいたずらに危険な都市という悪印象を与えている感があるので……。


まあそんなこんなもありましたが、あらためて最後まで読んだうえでの感想としてはやはり、最高に素晴らしい作品だったということで。個人的な2019年上半期のベストは文句なしにこのシリーズです。

1巻から読みはじめて、順番に感想を書いてから次の巻にという普段のペースでは辛抱しきれずに一気に読んでしまったこの3840ページ。期間にしては半月ほど。既述分でも書きましたが、最高に幸せな読書の時間が過ごせた日々でした。

結花と貴臣のふたりをはじめとした、さまざまなキャラクターたちが織りなす極上の物語を紡ぎだしてくれた作者さんに、心からの感謝を捧げます。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:59| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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