2019年07月20日

オペラ座の恋人(3)・(4)

オペラ座の恋人(3) (オパール文庫) オペラ座の恋人(4) (オパール文庫)
オペラ座の恋人(3) (オパール文庫) オペラ座の恋人(4) (オパール文庫)

オペラ座の恋人B |オパール文庫
オペラ座の恋人C |オパール文庫

「……貴臣さん、ベルリンへ、帰ろう?」(4巻、558ページ)

3・4巻もすっっっごいよかった。もうボロボロ泣かされてしまった。特に3巻ラストの、結花から貴臣に初めて好きと告げることができた場面。2巻での「すきなひと」発言以来、どれほどその場面を待ちわびたことか。さかのぼれば1巻のときからすでに、自分の想いに蓋して、貴臣に愛されるときだけその気持ちに応えることを自分に課してきた結花が、初めて自分から気持ちを告げた瞬間。もう感無量でしたね。いや、これだけで感無量になってたらこの先どうなっちゃうのって感じでしょうけど。

ほかにも、上に抜粋したセリフの場面でも。普段は遠慮しいしいな結花が、体を重ねているとき以外の場面で心の底から貴臣にすがる瞬間というのは、もうそれだけで感慨深いものがあります。一方的なまでに歪んだ関係でよしとして、心の奥深くに切ない想いを隠している結花の心情を知っているだけに、なおさら。

結花が貴臣に対して感じるうれしさに、安堵に、こわさに、何度も感情を高ぶらされずにはいられない。物語に引きずられて、感情を揺さぶられて、泣いて、笑って、表しきれない感情を吐息とともに排熱して。ああ、本当にハマってるんだなあと、そのたび実感させられる。いやもうまじで好みすぎる作品です。

そんな3・4巻の話ですけど、1・2巻に比べて、シリアス度が上がっていたように思います。というか、基本的に東京中心の本編はシリアスな雰囲気中心で、幕間の海外中心の短編集は明るい雰囲気中心な気がするんですけど、今回はその短編集が3巻の初めのほうではじまって中盤過ぎくらいで幕引きになってしまったため、以後ずっと晴れやかになりきらない展開つづきだった印象になっている部分もあるように思います。なので余計にベルリンに込められた思いが響いてくるものがあったというか。読んでてなかなかつらい場面もありましたね。

でも、どれもこれも結花と貴臣のふたりには必要な場面なんですよね。住む世界が違うとはいえ、ここまで分かちがたいほどに互いを欲しあっている間柄を、「ペットと飼い主」の関係のままとどめ置くのはさすがに歪にすぎようというもの。まして、「飼い主」の側がそんな関係ではとうてい満足できなくなっているのであれば。

ただし、まがりなりにも「ペットと飼い主」の関係でうまくいっていたところに変更を加えることになるとなれば、波風が立つのは避けがたい。そして、そこで立ちふさがる障害は、やはりというか、結花その人なのであったというところが悩ましい展開なのであって。

結花さん、自分は普通の女子大生だから、貴臣さんの恋人(ましてや結婚相手)としては不釣り合いな女だからという自己卑下を頑ななまでに手放さない人で、そんなところがかわいらしい人でもあるんですけど、そうはいってもこれほどまでに貴臣から溺愛されていれば向けられる愛情の深さを認識できてもよさそうなもの。でも、結花にはいまだにその気配がない。貴臣との将来を信じることができない。結婚というものに希望を抱けない。

ここまでくるとちょっと普通ではないものを感じるというか、貴臣や友人たちとの間では明るく素直な一面を思うと疑問にも思えてくる。けれど、それはあくまで大学入学後の友人・知人や貴臣との出会いが彼女のそういった面を引き立てていただけで、それ以前に結花が抱えたトラウマやコンプレックスがきれいさっぱり消えてなくなっているわけではないんですよね(大学落ちたコンプレックスは貴臣に吹き飛ばしてもらえてましたけど)。

貴臣が目指すふたりの関係のゴールであるところの結婚が、それまでとこれからの結花のまるごとすべてを受け容れるものであるならば、本人も無自覚なレベルでその心に根深く巣くう暗い影を追い払ってやるのは必要不可欠な事項であることでしょう。

その意味でというか、この3・4巻の話をざっくりひと言でまとめると、対決、とでもなるでしょうか。 そのひとつは、結花の両親と。もうひとつは、結花本人と。

結花の両親。明るく素直な結花が舌打ちまでかますのにまずぎょっとさせられる人たちではあったけど、実際出てきてみるとそこまで悪い人たちという印象は受けませんでしたね。かといっていい親ともとてもいえなさそうだったけれども。そして、その点において結花に決定的なトラウマを与えた人たちであり、結花としてはその傷が癒えないかぎりは許せる人たちではない。ならば貴臣としても、最初から十二分にギルティな存在ではあったでしょうか。

個人的に、嫌なことをされた人たちに目にもの見せて溜飲を下げるという展開は嫌いなんですけど、でもこのシリーズの貴臣クラスになると、報復もスケールが段違いなんですよね。金とコネを使いまくって叩き潰す感じがもう笑っちゃうくらいの徹底的ぶりで。世界的企業の御曹司の持つ「力」というものを見せつけてくれること。そしてそれとともに、それほどの業の深さと裏腹の結花への愛の深さを感じさせてくれること。

けれどその一方で、結花本人との対決は、貴臣も相当に苦戦しているようで。こちらはなかなかコメディチックに笑える展開にもなってたりして、そういう意味でも楽しませてもらったりしたんですが。でもこれも、根っこはつながってるだけに決して笑ってばかりもいられないというか。むしろふたりが結婚というゴールを迎えるにあたってはここが本丸だけに、貴臣にもしくじれない余裕のなさが漂うのがハラハラさせてくれること。

どれほど入れこんでいるかを自覚しているからこそ結花を自分のものとして一生囲ってしまいたい貴臣と、まるですりこまれているかのように体のつながり以上の関係を信じられないからこそ貴臣の庇護の外の世界も欲する結花という、頭抱えたくなるような悩ましい構図。そんな話が本格展開される七章のタイトルが「人生選択の自由」というのは、重い章題ですよね。

このまま七章が5巻に続いていってるのかどうかはわかりませんが、どちらにせよ結花との対決はまだ尾を引きそうな感じなので、いったいどんな決着のつき方をするのかというのはたいへん気になるところ。3・4巻のときと同様、このまま5・6巻に突入したいですね。それで完結なので、どんな結末なのかというのも含めて、楽しみにしたいです。

シリアスなところ以外だと、短編集というか海外編で、結花が自覚のないままどんどん普通の女子大生の枠からはずれていってるのがおもしろくもありました。観劇などに伴う社交の場で貴臣や千煌さんに迷惑をかけないようにとヨーロッパ滞在中にマナースクールに通わせてもらうことにしたら、通った先が選りすぐりの学校すぎて交友関係が各国エリートの関係者ばかりになったり、そこでしっかり礼儀作法も身につけてきたものだから、貴臣によって用意されてる衣服と合わさって、わかる人には上流階級の子女としか見えない立ち居振る舞いになっていたりとかするそうで。いやー無自覚っておそろしいですね。

というか、交友関係については大学のほうでも仲のいいのは絵里とカレンくらいなので、東京でも大概なのが実情ではあるんですけど。というか、いつのまにか絵里とラリーの関係ができあがってる気配があってたいへん気になるところなんですけど、本筋とはあまり関係ないせいかあまり描かれてる部分がないのがさびしい。

というか、たぶんだけど、そもそもWeb版はもっと分量があったのを、書籍化にあたって重要度の低い部分はそれなりに削られてますよねという。おもわせぶりな描写があるわりにはそれそのものの場面がないというのがちょくちょく見受けられる気がするので。もういろいろ気になる部分があるんですが、これは書籍を読んだあとでWeb版にも手を出すべき流れなんだろうかというのがたいへんに悩みどころ。

1・2巻に比べて体を重ねている場面がかなりすくなかった気がするのも、それに関連して、なんでしょうかね。いやまあ1・2巻は、これ男性向けかよってレベルの量だった気もするので、女性向けのティーンズラブ作品ならまあこれぐらいかという気もしなくはないですが(だとしても描写のエロティックさは際立ってる気はしますが)。

まあさすがに1・2巻の貴臣さんが、40手前にもかかわらずがっつきすぎだったということで? キスマークをあちこちつけられすぎるせいで着る服が制限されるとかいうレベルですからね。キスマークは標準装備するものじゃないんだけどなあという。つけてるのは貴臣なのに、まるで結花のほうがいやらしい子のように見えてくる理不尽ぶり。まあ所有の証として、結花にとってなにより貴臣に愛されていることを実感できる印ではあるんだけども。

まあ貴臣ががっつく気持ちもわからないではないというか。キスマークをつけられて、足に鎖をつけられて、首からはネックレスをさげて、腕には男物の腕時計をはめて。そうして貴臣のものである証を形として感じられることにうれしさを見出すのが結花であり、余裕もなくすほどに体を貪られることでまだ気に入られていると実感できるのが結花であるので。いじましいほどの態度で、どこまでも男をその気にさせる素質を持つ子ではあるんですよね。

とはいえそれが歪んだ関係性なのは前述の通り。5・6巻でそのあたりのことにきちんと決着がつくことを願うばかりですね。

あと、表紙絵について。挿絵がないのでイラストは完全にこれだけなんですけど、おしゃれでムードもあっていい雰囲気の表紙ですよねというのが一見した印象なんですけど、実際に中の話を読んでみると、2巻も然り、これもそれも実はいやらしい場面のひとコマだったりするから、知ってしまうと正視しがたくなってしまうものがあるというか。いやまあよくぞイラストにしてくださいましたという場面ではあるんですけどね!

とりあえずそんなこんなで。いちお、この記事も、これ以前に読んだ本の感想が書けたらその後ろに移動する予定ですということで。

(以上、6月7日)

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(以下、7月20日追記)

1・2巻の初期の感想に比べれば、おおざっぱな感想はすでに必要なだけは記述済みではあるのですが、あちらで詳細感想を追記したらこの感想ではやや物足りなくなってきてしまった感があり。なので、こちらでももうすこし詳細な感想を。


3巻は2巻からひきつづいての第五幕でスタート。2巻のラストでちょっとした波乱じみた展開はありましたが、うまく回収してみせる貴臣はさすがというか。

でもその際の貴臣の内心をうかがってみると、あれこれ言われたりもしているけれど、貴臣自身の結花に結婚を受けいれさせるまでの想定コースというのは、結花への配慮のこめられた無理のないものであったことがわかるんですよね。まあ恋人としての立場を受けいれさせたきっかけにしてもきちんと場をセットしてではなく想定外のハプニングによるものであったように、無理をさせない結果として進展が危ういものになっていた感はあるんですけども。

これは結花の気持ちがあまりにも頑なすぎるというか。貴臣と自分が恋人としてさえあまりに釣り合わないと思うからこそ、ましてそれ以上の関係になるとなれば、その立場に付随する面倒事への対処がまるで想定できないことによるもので。飽きればそのまま捨てられてしまうような浅い関係こそが、心理的にもっとも気楽ではあるんですよね。かといって本当に捨てられてしまえば立ち直れなくなってしまうほどに貴臣を好きになってしまっているのも結花なのであって。さらに強い結びつきの関係になりたいと思っているはずなのに、こわくて歩を進められないでいる。この二律背反的な心理が、いいですよね。

それに、そんな葛藤がありながらもペットと飼い主の関係でいられる間のいちゃいちゃぶりはやっぱり相当なものなのであって。

他人に服を見繕ってもらったらガーターベルトなんてなんだかいやらしさを感じさせる装備を身につけることになって恥ずかしがる結花に、自分の目の前でスカートをたくし上げてそれを見せるよう命じる貴臣さんはさすがわかってらっしゃいますね。羞恥で涙声にまでなってくる結花をじっくりたっぷり鑑賞して愉しむ貴臣さん、実にいい趣味である。

それに対する結花も、羞恥から真っ赤になって逃げまわる姿はとてもかわいらしいウサギぶりだし、いっそのことひと思いにたいらげてほしいなんて告げてくるのは、反則級な誘い文句であると思いますよということで。

そんなこんながあった第五幕の終盤で印象に残った一文としてはこれ。

「――夏が、来る。」(3巻28ページ)

これ自体はセリフでもなんでもないんただの地の文なんですけど、なんでしょうね、これが、じりじりと焦燥感じみた期待感を煽られるフレーズであったことで。

夏休みになれば、いやな思い出をいくつも残した春の東京を離れて、またベルリンでの楽しい日々が待っているという期待感。それは当然あるんだけど、それ以上に、なんというか、こう……いやらしい期待感をもふくらまされる気がしてくるのはなんでなんでしょうかねというところ。

東京にいた間は逢瀬もままならず、飼い主に気に入られていると実感するための体の交わりもかなり限られることになって。そうした抑圧された日々があった末の「夏が、来る」だからでしょうかね? ただでさえ東京でも、飼い主がペットをかわいがるようないやらしさを感じさせるセックスをしてるのに、この状態で開放的な夏がやってきたらどうなってしまうんだ的な? こんななにげない一文でもドキドキワクワクさせてくれることといったら(どこかまちがってる気もするけれど)。

いやでもだって、「太ったの! だって最近、なんだか胸がぱつぱつだし……」(3巻21ページ)なんてやりとりもあったりして、すっかり貴臣の手で育てられてることがバレバレになっていたり、いろいろいい服をそろえてもらってもあちこちキスマークをつけられまくるせいで着る服が限定されるレベルになってることを困り顔で訴えたりしてるくらいなので、変な想像が働いてしまうのもいたしかたなく……はい、その……すいませんでした。

「見た目の問題じゃなくて! 困るんですあの、クリーニング代とか馬鹿にならないから!」(3巻42ページ)

それはそれとして、衣食住すっかり貴臣にお世話されて、すっかりウサギ小屋のウサギ状態になったはずの結花の生活に意外な問題点が発覚したこのひと言。まあたしかに、大量生産ではない、素材からなにからこだわりにこだわって選ばれてきた結花の服たちだけど、そうであるだけに、日々の手入れが大変なことになってくるという。

ましてや、すでに発覚済みなように家事スキルに乏しいといういとおしさを持つ結花さん、クリーニングで割増料金にバイト代が消えていく日々に途方に暮れるという、まさかそんなおそろしいことになっていたとは……。必死に悩みを言い募る結花さんがとてもとてもかわいかったです。

そして、半年ぶりに顔を合わせたというスタイリストの目から見ての結花の変貌ぶり。素直であどけないかわいらしさが目立った当時から、身体的には女性らしい丸みを帯び、面差しにもかわいらしさのなかにうっすら陰の差す部分が見受けられて。一面的でかわいらしいばかりでない、大人の女性の雰囲気が漂うようになってきているのをあらためて描かれると、その変化には目を見はらされずにはいられないものがありますね。

つらい出来事の重なった東京。けれどそれは決して悪いことばかりではなく、結花をペットと飼い主の関係では終わらせない、周りから見ても貴臣の隣に立つにふさわしい女性へと磨きあげていく、そのための一助となっていたんでしょうね。こういうのもいいですよね。


さて、ここで次に第六幕……に行くかと思いきや、ここで二度目の短編集。まあ夏休みですし、ね。春休みのときのようなハネムーンばりのイチャイチャとまではいかなかったように思うものの、またしても並みの文庫の一冊分、すっかり恋人同士のように、ヨーロッパのあちこちの劇場に連れ立ってオペラを観に行く様子がたいへんお似合いに見えて、並んだ姿が様になって印象に残る話ではありました。

ふたり並んだ恋人ぶりに関していえば、ヨーロッパならこれほど自然に貴臣の隣に立てるんですけどねというところ。日本にいると、貴臣がどういう男かわかる人がたくさんいるし、結花では住む世界が違うことをわかってしまう人もたくさんいるし。そういう人たちに見つかったら何を言われるかわからないという、そんな見えざる恐怖におびえずにはいられない。なんとももったいないことではありますよね。

とはいえこのときのヨーロッパでは、そんなこわさを乗り越える心の支えを手に入れることができたのではありまして。それはひとつには、スイスでのマナースクールで身につけた本場の礼儀作法。そしてもうひとつは、千煌さんから贈られた薔薇の香りの香水。これらが、この先の展開で、おじけづきそうになる結花の背中を支えてくれるようになるんですよね。そう思うと、楽しいが中心になりながらも感慨深さも感じさせてくれる旅行であったことで。

そんな旅行も、冒頭はまた笑わせてくれるもので。普通の女子大生らしくエコノミークラスのチケットを取ったはずが、いい身なりとセンチュリオンのブラックカードの効果によって、受付であっさりとファーストクラスにグレードアップされて一流のサービスをされてしまう結花さん。

「――自分の人生、何かがずれてきている。」(3巻61ページ)

その考えはとてもいい線を突いていると思います。が、思うだけじゃ方向性はそのままなんだよなあ。

それにしても、東京と比べたヨーロッパでの解放感はやばいですね。着いて、空港でキスを交わした瞬間に欲望のスイッチの入ってしまうふたり。予定を変更して空港の近くのホテルに直行する合間にも気が高ぶりすぎて会話らしい会話をする余裕もなく、部屋に入った瞬間にどちらからともなく、服を脱がせ合う間ももどかしげに濃密な交わりあいがはじめられていく。

なんですかこれなんですかこれ。いくらテスト週間中は会えてなくて久しぶりだったからって、会って早々盛りすぎじゃないですか。貴臣さん、あなたいくつだと思ってるんですか。しかもゴムなしで。結花のほうから求めさせて。ありえないくらいの快楽を思いっきり堪能して。やばいぐらいの場面であった。いいぞもっとや……いややっぱりこれっきりにしてください。このタイミングでもし妊娠しちゃったら結花が幸せになれないので。結花さんも、貴臣を煽るのはほどほどにしていただきたく……。

といっても難しい話か。結花って、貴臣が仕事してる姿を見てても、自分にだけ向ける甘い言動とのギャップのかっこよさに見惚れてしまったり、そんな彼が自分にだけ甘い言葉をささやいたりいやらしい手つきで体のあちこちに触れてくれるんだと想像してしまっては頬を染めたりして、男の欲望をかきたてずにはおかないような人なので。

ここはむしろ年上らしく、貴臣のほうに自制を求めたいんだけど、貴臣もそんな結花の姿を見てると欲望が際限なくなっちゃう人なので……。まあどうしようもないですねというところ。

この短編集における、のちのち重要な意味を持ってくる話といえば、スイスで花嫁学校に通うことになる話。既述の通り、当初は英国貴族と結婚してる千煌ともども音楽祭に出席するために、すこしばかり西洋式のマナーを学びたいという希望だったはずが、一流のツテを通しているうちに本格的な花嫁修業でもするかのような学校に通う展開になっていくから笑えてくること。

けれどその一方で、そこは千煌さんも出身の学校でもあるということで、そういったつながりもあって結花と千煌さんの結びつきが強くなっていく流れはよいものであり。未来の義妹のためにせっせと入学準備を整えてあげてる千煌さん、とても楽しそうでしたもんね。実際にふたりに会っても、やっぱり弟の貴臣には手厳しくて結花のことは仔ウサギちゃんと呼んであれこれ世話を焼く様子なんかも、それはそれは楽しそうで。とってもいいキャラですよね。

かと思えば、結花にこっそりラテン語の格言を残したりなんかして、その気品のうちに備えた教養の一端をうかがわせてくれたりして。もう本当に、どれだけかっこいい女性なのかと、ため息がこぼれてきますわ。

そんな千煌さんから娘のようにあつかわれて、貴臣のフィアンセなんて紹介される場面の場違い感たるや。でも千煌さんの持つ雰囲気って、それを既定の事実にしちゃうところがあるからすごいもので。結花としてはびっくりしすぎて訂正しそこねただけなんだけど、それもあって学友たちにすっかり花嫁修業にきたと認識されてからかわれたりしてるのは、もはやあたたかく見守るしかない感じでたいへんにやにやさせていだきました。

というか、この短編集で結花が会うことになった人たちって、そろいもそろってどこそこの重要人物やそのご家族ばかりなんですよね。貴臣自身がそんなVIPな資産家のひとりである以上、そうなるのも必然というものなんでしょうけど。

けれどその極めつけがこのフィニッシングスクールでの学友たち。いろんな国の資産家や貴族のご令嬢たちがズラズラと並んで。これが、貴臣にも千煌さんにもない、結花だけが持つコネクションになるというのだからすごい。結花は自分のことをただの庶民だと強調していたけれど、これほどのコネを持つ庶民とは……。大学出たら財団立ち上げて慈善活動でもしたいなんて言いだすような人が普通にいるんですけど……。

また、もうひとつの薔薇の香水が登場するのは、短期のマナースクールの卒業後。

結花がつけている香水といえば、貴臣から贈られた桃と蜂蜜の香りがトレードマークだったはず。おいしそうな香りをまとったかわいらしい女の子というイメージとセット。それは結花にとっても貴臣から贈られた香りに身を包まれていることを実感して幸せを感じられる証のひとつでもあったわけで。

けれど千煌さんはそこにさらにもうひとつの香りを付け足すことで、愛らしいだけではない、気品のある女性のイメージを結花に上乗せするということをしてのけたんですよね。ポイントは、貴臣から贈られた香水と千煌さんから贈られた香水の二者択一にすることなく、前者のうえから後者を重ねがけすることで、貴臣に愛される結花としての安心感と、失態が許されない場で背筋を正させる自負心とを併立させてみせる点。背中を支えてくれる庇護者の存在をこの上なく感じさせてくれる、重ねづけの香りの魔法ですね。

上流階層の社交の場でも美の女神のような気品とともに結花を護ってくれた千煌さんと同じような、威厳すら感じさせる薔薇の香り。この後に待ち受ける対決の場で、ここぞというときにその香りをまとう結花の背後に千煌さんの庇護を感じられることの、どれほど心強いことか。それを思うと、美しく色づいた咲きぞめの薔薇、そのイメージのなんと結花のことを考えて選ばれた香りであることか。何度も書いてるけど千煌さん、本当にかっこいいひとですよね。まあ、自称庶民にはいろいろと心臓に悪いセレブぶりな人でもあるんだけど。

そして、この夏休みのヨーロッパで結花のなかで見いだされた感情といえば、貴臣に対する独占欲。

貴臣の昔の女と鉢合わせたのち、もやもやとして収まらない感情に押されるようにして、貴臣の口から昔のその女との行為の流れを話させながら、それをなぞるように自分から貴臣にのしかかっていく結花。3巻表紙の場面はおそらくここ、ですよね?

すっきりしない気持ちが先走りながらも拙い技術によって貴臣にはくすぐったいようなもどかしいような刺激しか与えられない様子がものすごくいとおしくて。けれど同時に、それでありながら普段とは逆に一生懸命に貴臣を追い詰めようとする意志がはっきりと感じられる結花はめちゃくちゃにいやらしくて。翌朝冷静になっての思い出し羞恥までふくめて、とてもやばかったです。はい。

というか貴臣さん、今まさにぞっこんな女性がいることを示すために、結花の胸もとのキスマークをわざわざチラ見させるのはやめましょうよ。やられるたび色気のかけらもない叫び声をあげそうになる結花さんがかわいい、もとい、かわいそうで……。

そんなこんながありながらも、千煌さんのもとで過ごす時間で千煌さんが旦那さんにしっかり愛されてるのがわかるのはとてもいいものでしたね。数えきれないほどの人からされているだろうに、旦那さんに美しさを賞賛されるとうっすら照れてるらしい様子とか、とても貴重な一コマで、そんな場面が見れただけでありがたさに感謝してもしきれないところ。

そんな結花を構いたがって上機嫌な千煌さんともども、その旦那さんやなにより貴臣から、滞在中に迎えた誕生日で、これでもかとプレゼントを贈られまくってる結花さんの仔ウサギぶりもなかなかいいものでしたね。みんなセレブだから、贈り物の価値がわりと半端ないものばかりで。でも、高級品の価値がわからない結花はそのすごさに気づいてなかったりするのは幸せなのかなんなのか。でも、後日実はすごいものもらってたとわかって青ざめるエピソードはやっぱり笑う。本当にかわいがられてますよね。

あと、そんななかでも、貴臣の力の入れようは頭一つ抜けてるというか、力の入れようといい、金の使い方といい、結花のためにかける気持ちの本気度がうかがえるプレゼントに、しばし呆然とした後で笑うしかなくなってくる感じがさすがの入れこみようではありますね。それに、呆然としながら、夢のような幸せをかみしめてる結花の心情のなんといいものであることか。

けれど、けれど……なんですよね。貴臣から幸せな気持ちを与えられれば与えられるほどにこれでもう十分だと、ふたりの関係が終わるときへの覚悟を固めなおしにかかるのが結花なのであって。幸せな気分のまま体を重ねているかと思いきや、「すき。すきです。ごめんなさい。すき。」(3巻287ページ)なんて独白にいたっている結花の内心を知ると、あまりの落差に愕然とさせられるものがありますよ。

なんでこれほどの愛情を注がれて、貴臣に気に入ってさえもらえていればほかに何もいらないとさえ思えるのに、それでも頑なに幸福な時間が終わるときの到来を信じつづけられるのか。いっそ疑問に思えてくるくらい。その時にはおとなしく身を引くから、せめて今だけはなんて思考はたいへんいじらしくはあるけれど、それは裏返せば、どれほどに熱い気持ちも結花の冷え切った心の奥底の氷を溶かすにはいたっていないということで。もどかしい。でもこればかりは、次の第六幕以降の展開をを待つほかないところ。

まあその一方で、貴臣にはもちろん、千煌さんにもあちこちで貴臣の婚約者としてふれまわられ、既成事実的に婚約者としての立場が固まりつつあるのだから、おもしろいところでもありまして。結花としては貴臣の女除けくらいのつもりで半ばあきらめの境地で隣に立っているだけなんだけど、そうしているうちにその立場がどういうものかと自然と慣らされている感じなのは、当人的には知らぬが仏というやつだろうか。

マナースクールの教えを実践の場を通すことでしっかりと身につけ、貴臣に与えられ教えられたことしっかりとその身に吸収し、そうして自然体で貴臣にぴったりくっついてる姿がつりあいのとれた恋人っぽくて。とてもいい感じのふたりでしたよね。

こんな楽しい二か月を過ごしてたら、それはもう日本に戻るのが億劫にもなってこようというもの。夏休みの終わりが近づいていることを思わされる場面は、2巻の東京での重苦しい日々を思わされて、読んでいるこちらまで「夏休みの終わり」のような、もの悲しい気持ちにさせられるものがありました。逆にいえば、それほどまでに楽しいヨーロッパでの日々だったということなんですけれども。

うってかわって、絵里とラリーのほうは順調に進んで……はいないようでしたね、こちらも。ラリーにあちこち連れまわされて、すっかりデートも重ねてる印象にはなってるんだけども、絵里の照れの壁が高いというか。ラリーがあれこれ構おうとするたびに絵里がうっとうしがってる様子がとてもほほえましいもので。関係の進展自体も本当にほほえましい程度ではあるようなんだけど、それがまた絵里も大事にされてる感があっていいものなんですよね。ひと息に体の関係になったはいいけどそこからだんだん泥沼にはまってきてる結花と貴臣の関係と比べると癒されるところでもあり。


そうして楽しさに満ちあふれた夏休みが終わると、東京に戻って第六幕となっていくわけですが、ここからが本当の泥沼のはじまりだ……という感すらある話になっていくわけだからもうたまらない。

3・4巻は過去との対決と人生選択の巻、とは別の記事でも書いた紹介ですが、それはまさにこの第六幕と次の第七幕に該当するお話になるわけでして。まずこの第六幕では、過去との対決。結花が恋人との将来に希望を抱けない理由、その背景に存在する両親との対峙が行われるわけでありまして。

冒頭、いきなりの父親登場に驚かされるとともに、かと思えばあれよあれよという間に修羅場へ突入していく展開にびっくりさせられること。直前までの短編集が、飼い主兼恋人との甘い空気に満ちていただけに、東京に戻って早々の落差がひどい。

けど、それもある意味ではしかたないというか。ふたりの関係にやましさのないことは、自分のような読者としても、ここまでの経緯を知っているからこそ納得できている部分もあるんですよね。それらをすっ飛ばして、いきなりこんなゴージャスな「ウサギ小屋」で「普通の女子大生」が暮らしてるなんていわれたら、なにか裏があるのではと思わずにはいられないところ。まあ実際に裏はあるといえばあるんだけど、すべてはうしろ暗いものではなく、幸せなゴールへとつながるような、誰に恥じるところのないものではあるんですけど。

とはいえ実の親からしてみれば、いきなりそんな現実を見せつけられてしまえば、うしろ暗い想像から子どものことが心配で心配でしかたなくなって、きつい言葉でとがめ立ててしまいたくもなろうというもの。その意味で、初登場の結花の父親に関しては、どうしても悪い印象を持ちきれない部分があるんですよね。だって、大学への進学以来、二年半ぶりに会った娘がいきなりあんなになってるんだから。子どもがあと戻りのきかない不幸な道を進みだしてると思ったら、平静ではいられないでしょうよ。

ただ、もうすでに、その実の娘からは縁を切りたい、むしろもう切れてるよねなレベルで冷ややかに嫌われきっていたという事実と組み合わさると、いかにも詰問の態度・言動がまずかったというところ。突然現れたと思ったらあれでは、あまりにも一方的すぎますね。生まれたときから築きあげられていった父親への信頼はすっかり崩壊していることが、これまでの言動でばっちり理解できてしまってましたから。特に短編集内での発言が象徴的でしたね。

「それはね、帰りたいって思う場所がある人の発想。私別に、帰りたくなるような“家”はないから」(3巻436ページ)

遅れて来た反抗期のようなものかもしれないけど、だからこそ、一方的な態度は相互理解を決定的に阻むものでしかないのであり、貴臣的にも父親の存在はリスク要因でしかないと判断するに十分なものだったでしょう。いやまあ、貴臣としてはもっと頭に血が上って、「殺」の一字がくっきりと頭に浮かんでたんだろうけども。

とはいえ、そうした修羅場のあとで結花を慰める貴臣の様子はとても甘やかで。結花の体を心配しながら、ぽつぽつと愚痴をこぼす結花に対して、結花がすでに親の手から離れ、ほかの誰でもない貴臣のものであることを思い出させるやりとりは、すごくいい雰囲気でしたよね。

もう二十歳は超えているとはいえまだ学生の身、この状態で親と絶縁するとなれば、どれほど心細く感じられることか。けれど、結花には貴臣がいる。ほかの誰との関係が消えてしまっても貴臣が結花を庇護してくれる。これがどれほど心強いことか。親と対決するなんていう重大イベントを前にして、その実感が得られることの、なんと力強い心の支えになってくれることか。ありがたいことですよね。

ここの、『BMW228』「BMW508」というごくごく短い文面でのメールのやりとりが、もう最高に素晴らしかったです。信頼と激励と……それらがこんな符牒めいたやりとりで、けれど直接的な言葉を使う以上に心に響いて伝わってくる。これほどお似合いなふたりの仲を阻める者なんて、いるはずがありませんね。

そして、どれほど期待していなかったとはいえ、血のつながった父親との決定的な決裂という、まだ年齢的につらいイベントをこなした後で、それでも貴臣があたたかく包み込むようにしてそばにいてくれることの安心感ときたら。泣きたくなってくるようなありがたさでしたね。

わかっていたことだけど、肉親はすでに無条件で結花の味方になってくれる人ではない。けれど、それでも、結花はぬくもりを欲していた。誰かに愛情を与えられたいと、心の底では欲していた。そして、いまの結花にとって、無条件でそれを与えてくれる存在こそが、貴臣であった。

張っていた気がゆるんで、恋人としてのつり合うつり合わないで気をもむ余裕もなくなって、そうしたところに貴臣のまっすぐな好意が向けられて。そうして初めて結花の心の奥底から出てきたのが、「好き」という言葉。3巻のラスト、617ページ。ここにきて、ようやく結花から貴臣に好意を告げることができた。これが、どれほどまでに涙腺を刺激してくることか。

出会った時点で、すでにお互い相思相愛……とまでの強度の感情ではなかったとしても、第二幕の時点では否定しえないほどにお互いへの感情は明確であって。けれど、世間体やらなにやらを気にしているうちに、好きのひと言も告げられないうちにどんどん関係がいびつになっていって。切ない想いもこれでもかと膨らませていって、その果てに、ついに、ついに……なんですよ。

結花から貴臣に好きと告げる。言葉にすればただそれだけのことに、どれほどの想いがこめられていたか。その背景にどれほどのドラマがくりひろげられてきたか。そのひと言を発するために、どれほどの勇気がふりしぼられたことか。それを思うにつけても、もう胸がいっぱいになってくるような場面でした。3巻のクライマックスは、文句なくこの場面でしょう。

そのまま、互いに互いの気持ちを確かめあうように肌を重ね合っていく展開になだれこんでいく流れにいたるまで、心からの祝福を贈りたくなる場面でした。

しかも、そんな導入だから、いつも以上に貴臣を感じ、貴臣を自分だけのものにしようとする結花の様子が、たいへんにいじらしいことで。

貴臣には世間的な立場もあれば、見識もあれば、お金もあれば、結花にないものをなんでも持ってるというレベルですごい人で。一方の結花は、自分から貴臣に差し出せるものといえば、貴臣の気に入っている自分の体だけという思いこみはいまも変わっていなくて。だから、貴臣に感謝を伝えるために、貴臣から教えこまれた手管をフルに活用してその気にさせにかかる。

けれど、このときはそれにくわえて、貴臣にほかのなにも考える余裕もないほどに、自分に夢中になってほしいと、普段以上のいじましさを発揮してくれること。もともといつもだって、結花の相手をしている貴臣にそれほど余裕なんてあったわけではない。でも、貴臣に本気で余裕もなくなるほどに自分を欲してほしいと願う結花のしぐさ、そうして気を遣う余裕もなくなるほどにめいっぱいの欲望をぶつけられて幸せを覚える結花の、なんといやらしかったことか。これも含めて、最高に素晴らしい場面でした。ただただ感謝。


巻が進んで4巻になっても、話としては変わらず第六幕。結花にとっての父親との対決は3巻部分ですでに結論の出たところではあるけれど、貴臣にとってはまだまったくもって落とし前をつけれていない状態であって。ここからが真の報復だというところなんですけど、わりと真面目にそこまでやるかというレベルで、呆れを通り越していっそすがすがしいレベルでの怒りの表明ぶり。というかそれ以上に、そんなことまでできるのかというレベルで資金からなにから用意してくるのがすげえよ貴臣さんというところ。

そこまでして、けれどこのときの貴臣による行動は、すべては結花に手を上げた人物に対する過剰なまでの報復行為でしかないんですよね。そのためにここまでやるかというのがすごいところではあるんですけど、その相手が結花と自分の間で法的その他の障害となりうる父親であったということで、この段階でより徹底的に排除してしまおうという心理が働いている部分もあったのではないかという気がするところ。なにせ再婚先もろともひっかき回してダメージを与えまくり、当人にいたっては社会的に抹殺するレベルで動いてましたからね。世界的なスーパーセレブの怒り、とんでもないですね。

そんなことがありつつも結花にはそれをおくびにもにおわせないところはさすがだけど、そうしながらふたりでしている会話もさすがというか。

「ねえ貴臣さん、お誕生日に何が欲しいか、決まった?」
「結花が欲しい」
「だーかーら―! 私はもうとっくに貴臣さんのものなんだから、それ以外で!」(4巻40ページ)


こんなやりとりしてて、結花さん、いまだに貴臣との将来を信じられないんですって。それこそ信じられますかというくらいの甘々さ。とはいえ結花がどう思おうと、着々と外堀は埋められているのであって。結花から逃げる気はないとしても、実際に逃げようとしても逃げられるものではないと気づく、その瞬間を座して待てと期待させてくれる感じ。

その裏でラリーも暗躍してたんだけど、その一方で、絵里の予定をちゃっかりを把握してちょっかいをかけていくのはさすがというか。結花にはどこかお姉さんっぽくあれこれ注意したりする絵里だけど、ラリーにはすっかり手玉に取られてかわいがられてる様子がかわいいことかわいいこと。欲を言えば、ここは当日の場面も見たかったところではありますね。

貴臣の誕生日当日の場面は、恋人同士で祝う初めての誕生日という甘い雰囲気もよかったんだけど、それ以上によかったのはいやらしい場面でありまして。まず結花の部屋の玄関で顔を合わせて早々、それまで二週間会えずじまいでため込んでいた不足感を一気に解消しようとするかのように、熱いくちづけをかわしだして。そのまま靴も脱がずに行為がはじまってしまうんじゃないかという予感に、とまどいよりも期待に体を疼かせだす結花があまりにもいやらしい子に育ちすぎててやばいこと。

そのうえ、なぜか把握されてる生理周期によればこの日はできないつもりでいたにもかかわらず、ピルを飲んでまで貴臣に抱かれたくてしかたなかったのだと知らされれば、もうたまりませんねというところ。貴臣のほうも、そんなことを言われれば優しく穏やかな夜を過ごすつもりでいたとしても期待にはちきれんばかりに膨れあがる欲望を抑えるのは難しく。そうして欲情した視線を向けられてうっとりと幸せを覚える結花ともども、ふたりで特別な夜を過ごす熱い雰囲気、たいへんよかったですね。

しかもこのときは、結花がピルを服用しているということで、これまでは避妊が絶対としてゴム着用を基本としていた貴臣にとっても、堂々と直接結花と深いところでつながれるまたとない機会になるのであって。胎内の奥深く、子宮に向けて、貴臣の熱い飛沫が注ぎこまれる瞬間を想起させて、結花の口からもはっきりとそれをおねだりさせる流れは、もう、こんなされたら、どっちも止まらなくなってしまいますわ。

貴臣に快楽を与えてもらいたくて、貴臣に自分をむさぼること以外考える余裕もないくらいに夢中になってもらいたくて、そうして溺れるくらいに自分の体を堪能する貴臣の様子を見てうれしさを覚える結花。ほんと、やばいぐらいにいやらしいですわ。

貴臣のほうからも、そんな結花に応えるように何度も何度も結花を抱いて。お腹の中がいっぱいになってしまうくらいに熱い精を注がれて、何度も何度も数えきれないくらいに好きの言葉を浴びせられて。ふたりともに最高に幸せな誕生日の夜を過ごしている様子が、とてもとても素晴らしい一夜でした。いいよね。うん。

そして、父親への復讐は、どう見てもやりすぎなレベルでやり尽くされてようやく幕引きとなるのですが、貴臣さんさすが自分の女のこととなると容赦ねえわと思っていたら、最後に貴臣だけでなく千煌さんまで介入してたことが発覚するから変な声が出そうになってしまうことで。いやたしかに場所的に千煌さんのコネクションの発揮しどころではあったけど、さすがにあれは後で知るとひやっとさせられるというか。

もう本当に、すがすがしいまでに人ひとりの人生を木っ端微塵にしていきましたよね。実にえぐいくらいの報復ぶりなんですけど、それだけに、結花の千煌さんからの愛されぶりが伝わってきていいものいいものというところであり。

母親のほうも、すでに父親との対決の時点で結論は出ていたも同然でしたね。まあもともと円満な解決なんて期待できるような思い入れはないと結花に認識されていたのではありますから。ほかの誰から見捨てられようと、貴臣が護ってくれる。捨てられてしまうそのときまでは、誰よりも頼りになる貴臣という存在がいる。そう思える結花は、強かったですね。

捨てるべきものと選ぶべきものを自ら選んで、そうして親よりも飼い主の与えてくれる檻を選び、自分のその先の人生を見すえていく。強いですよね。人生なんて、なにが正解かわからない。そこで迷いのない決断が下せる意志力は、尊敬に値すると思うのですよ。それもこれも、貴臣と過ごした時間を作りあげた信頼によるものなんでしょうね。母親から渡された餞別を、包みを開きもせずにゴミ箱にシュートする姿がとても輝いてました。

このとき、結花は大学三年生で二十一歳。本当に、強くなりました。当初のひとり旅には頼りなささえ感じさせた姿を思えば、見違えるような成長ぶり。いろいろと感慨深くなってくることで。

けれど、その強さは貴臣にとって想定外の展開をもたらすことになるのであって。この第六幕のラスト(というより第七幕の前奏曲ですね)で、ここまでで最大の爆弾が落とされることになるんですよね。

発端は結花。大学三年生の12月(作中年的にはおそらく2012年、明けてすぐに2013年?)を迎えるとなれば、待ち受けているイベントといえば、そうです、就職活動です。

前々からちらほらそんな話も出てたような気もしますが、結花って、大学出たら普通に就職するつもりなんですよね。貴臣のほうは、大学卒業を待って結婚なんて、内々でそんな計画を立てているんだけど、そんなことは露知らず。

ただ、まさか本当に就活がはじまろうとしてるなんて、読者のこちらとしても寝耳に水であって。いやだって、いくら貴臣との将来を信じきれないからって、これ、どう考えても完全に永久就職コースになる話じゃないですか。そう思っていたのに、おかしな方向にずれていこうとする展開に、貴臣ならずとも焦る焦る。

まして、結婚から遠のいて、それどころかペットの頸木から自立の道を歩もうとするかのような結花の考えに、貴臣がどれほど焦燥感に駆られたことか。

けれど貴臣さん、ここで決定的に選択を誤ることになってしまったんですね。

「貴臣さん。あのね。――私、ケッコンは、一生しないって決めてるの」(4巻212ページ)

こんな発言が結花の口から飛び出してきたときの衝撃といったら。直後のリカバリーにも失敗して完全に「結婚」の二文字が禁句になっていく展開ときたら、絶望感に押しつぶされそうになってしまうくらいの悲惨さでしたね。

いやまあ読者的には、そつのない貴臣には珍しい失態は、喜劇さながらのおもしろさも感じられたのではありましたが。

「それはそれは、貴臣君らしからぬ不手際だな」(3巻130ページ)

こんなセリフも思い出されたりもしましたが、まあそうでもして笑いにしないと、ちょっと衝撃的すぎて立ち直れなくなりそうな展開ではあったでしょうか。

確かに、結花は誰のものかと聞かれたら、結花自らもそう答えるように、貴臣のものではある。その点は揺るぎない。けれど、それはふたりの道が将来にいたるまで完全に重なったことを意味するわけではなく。むしろ、いまだに結婚による幸せを信じられないでいる結花としては、まさにその不幸な実例に邂逅してきたばかりだけに、愛情の破綻に備えることを考えずにはいられない。

すべてをすべて貴臣に頼りきっていては、その備えは皆無に等しい。であるならば、自分ひとりでも生きていけるだけの力はつけなければならない。貴臣といることを選ぶのは、結花の心理的には。その上でようやくとりうる選択肢なんですよね。

第六幕で結花の両親との対決は済んで、誰も邪魔するもののなくなったところで、晴れて結花を正式に貴臣のものにすることができると思った矢先、今度はその結花自身と対決する必要性がはっきりしてきたのがこの前奏曲。そして、大失敗を演じていきなりあとがない状況に追いこまれてしまったのがここでの貴臣であって。焦燥感にじりじりとした気分にさせられながら迎えることになるのが次の第七幕。ひとつ苦しい展開を抜けてもまだまだ苦しい展開がつづくことで。


そんな第七幕のタイトルは、ずばり「人生選択の自由」。お話としては結花の就活の話になるんですが、それがそこまで重大な意味を持つのがいかにもこのふたりらしいところというか。

貴臣に任せていれば永久就職だって可能だし、一大企業家久世家のグループ会社のどこであろうと就職先を用意してあげられると伝えられてもいる。

けれどそれは貴臣や久世家の用意する鳥籠でその後の人生をすべてをすっかり世話されるコースを意味するのであって。貴臣に好きでいてもらえる間だけ彼に尽くして、飽きられれば静かにフェードアウトする心づもりでいる結花としては、その後にも貴臣の庇護なしでは生きられないという、針の筵のような生活が待っていることを意味する。結婚生活はいつか破綻するものと信じずにはいられない結花としては、それは必ず起こる未来としか思えない。

そうはならないために、貴臣に飽きられたその後にもひとりで生きてはいけるように、自分で自分の稼ぎ口を作っておくことは、結花にとっては必須事項なんですよね。大学を卒業したらなんとなく就職して……という「普通」のレールに従うという次元をはるかに超えて、今後の人生をいかに生きていくかを見据えた悲壮なまでに差し迫った感情に背を押されながらの就職活動。これをしてすなわち、職業選択ではなく人生選択と呼ぶことは、なんらおおげさなものではないことでしょう。

けれどその一方で、哀れなのは貴臣で。結花から親の手をすっかり遠ざけることに成功したと思ったら、その矢先に結花自身が貴臣の用意した檻から出ていくようにしてずんずんと自立の道を進みだしていく。一生養うつもりだと口にしても真に受けてもらえないし、先走って結婚を申し出れば冗談じゃないと切り捨てられる始末。本当に、どうしてこうなった、どうしてこうなった……笑

悔やむ気持ちをかみしめながら、ただただ結花の就活の進捗を見守る様子に哀愁がただようこと。恋人の決断に寛容で理解のある大人の余裕を演じる裏で、それをひきとめてしまいたい願望をどれほどやせ我慢して押し殺しているのかと思うと、そして貴臣ほどの男が女性に対してそれほど弱りきった対応に終始せざるをえない様子が、最高に笑える見ものではありました。

「でもっすよ。お嬢様のこの先の一生は、とっくに売約済みじゃ……」
「届け出してないんだから、まだ契約前だろ」(4巻271ページ)


まあでも、これまでの積み重ねの成果ですからね。ろくに気づかれないままに対処されずにきたすれ違いの総決算みたいなものですから。わりと自業自得というか。いっそ喜劇的にながめてるとものすごくおもしろい展開ではありまして。頭抱えるもよし、腹抱えるもよしな、最高におもしろい話が展開されるのがこの第七幕なのではありました。

ただ、これは結花の心理、貴臣の思惑の両方を知ることのできる読者ならではの楽しみなのかもしれないという気もするところ。一方しか知ることのできない立場だと、この第七幕の真野さんみたいな誤解が生じるのもやむをえないところだとは思うので。その程度には複雑で、だからこそにおもしろい状況ではありますよね。

そんなこんなの結花の就職活動は、まず格好から入ることになるわけなんだけども、そこでリクルートスーツを選ぼうとして早々に、貴臣によるあれこれで増量してしまったお胸のせいで体に合う既製品が見つからないという壁にぶつかりだすものだから、なんかもう笑うしかない感じ。

結局、個人用に一式仕立ててもらう流れになるんだけど、そこでもシャツの素材選びで貴臣のと同じ素材にすることになって、貴臣に抱きしめられてるような気分になりそうと想像してたりする結花さんはなんかもうかわいいですねというほかない感じだし、髪型はどうしようかという段になると、まとめてみようとしたら髪の影からうっすらキスマークが顔を出してきたりするのはちょっと貴臣さん……とため息つくしかない感じだしで、しょっぱなからおまえら大概にせえよと思わせてくれるのはさすがというか。

OB訪問では、会社の財務諸表を見せてもらいながらその場でつっこんだやりとりをしはじめていくのを見てると、いつのまにそんなスキルも身につけてたのかとびっくりさせられるんだけど、貴臣に教えこまれてたと言われるとそういうこともありそうだなと思わされるものがあったり。以前にちらっとだけそんな場面もあったような気がするけれど、膝の上に乗せた結花にあれこれいたずらしたりしながら甘々な雰囲気でささやき合う様子が目に浮かぶようではありますね。

まあでも第一志望の企業を選んだ理由がどうも、メセナの音楽活動に力を入れてるからであるっぽいというのは(すくなくともそういわれると納得できてしまうのは)、とても結花らしいというか。ここまでも、クラシックやオペラのことになると親子以上に年齢が離れてても、本来住む世界が違うはずの人とでも、熱気のこもったおしゃべりで打ち解けてきた実績がありますからね。

インターンがはじまると、ここでついに結花さんの非凡なところが明確になってくるんだけど、貴臣に連れられてドイツを中心にヨーロッパで二か月過ごしたりなんてことをもう二回もしていることもあって、英語もドイツ語も日常会話はふつうにペラペラなんですよね。外国人のチューターと一日マンツーマンで過ごすって、並みの日本人にはかなり高難度なイベントだと思うんだけど、それを「楽しくお喋りして終わり」と平然と言ってのけれるのだからさすがというか。こういうのを見せつけられるにつけても、大学生というのは可能性に満ちあふれた期間だよなあと思わされますね。

まあでも、ほかの分野でもそうだけど、結花さん、教えられたことを吸収して自分のものにするぶんに関しては、目をみはらされるものがありますからね。ヨーロッパにいる間、あれほどいろんなイベントこなしつつも吸収するべき知識教養はしっかりばっちり身につけられているあたり、この点に関しては結花の非凡さは否定できないと思う。

インターン期間中でもバレンタインにはしっかりデートの予定を入れこまれて、睡眠時間も足りないままに翌日のインターンに行くことになってたりもしたけど、そんな状態でさらに朝からぺろりといただかれてもしまっていたけど、それでもインターンの日程をしっかりこなすのは就活にかける思いの表れのようでにやにやしかったですねというか。

個人的にはリクルートスーツ(オーダーメイド)にそそられた貴臣の欲情にあてられてそのまま無断欠勤コースになだれこむ展開も悪くないなと思ってしまう部分もあるんですが、そこはやはり結花的にも人生がかかってる就活なのでいたしかたなし。まあそれでも、スーツ姿でありながら身の内にくすぶらされた熱をもてあましてる結花さんはとてもいいものだったと思いますけど。

そんな結花のスケジュールの隙を突いてデートをねじこもうとする貴臣だけど、ままならない感じになってる不満を全力で押し隠して包容力のある大人のふりをしてる貴臣さんという構図。藤崎さんならずとも盛大に笑ってしまいそうになりますよね。

とはいえこれに関しては河合さんが正論で。

「恋人とはいえ赤の他人に、人生の行く末を左右する問題に意見する権利があるとお思いですか。だからさっさと結婚すべきだと申し上げたんですよ」(4巻439ページ)

ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。まあでも何度でもいうけどこれに関してはこれまで積もり積もったあれこれによるものでもあるので、たとえ「さっさと結婚」してたとしても、それはそれでまた別のところで齟齬が生じてたように思うんだけども。

就活するくらいなら久世家のグループのどこにでもポストを用意してあげられるとの申し出を言下に却下される貴臣というのはそれはそれでおもしろいんだけど、その一方でこの方面に関して貴臣の兄の唯臣さんの着眼点はなかなかにいい線を突いていたというか。

貴臣のコネで入社するというのは、コネ入社にまつわるイメージの悪さからいってもとうてい承服しがたいものではある。けれど、コネはコネでも、恋人の持つ権力がゆえではなく、自分自身の実績がお偉い人に評価されての担当部門へのスカウトであるならば、それは縁故というよりも実績採用と言ってさしつかえないものでしょう。この辺は、政治家の孫を妻に持つという唯臣さんならではの攻め口といったところだったでしょうか。ぐらっときてる結花の様子には期待させられるものがありましたね。

とはいえ、結花がなんで久世家のグループへの入社を拒否しているかというと、それは何度も書いてきたように、貴臣に捨てられてしまった後で、貴臣と関わり合いを持たないで済む程度には遠くでひっそりと嘆き暮らしていくための糧を得る場所が必要であるからで。いくら実績採用だからといって、久世家のグループにいるかぎり、その中枢で存在感を発揮する貴臣と関わり合いに持たずにいることは難しい。

だから、この切り口からでも結花に承諾されることはない……はずなんだけど、それでもなんだかんだと粘って、承諾はされないものの拒否もされずに保留のままその場を納めてみせる手際はすごいというか。この辺、有無を言わせずデメリットを上回るメリットで殴りつけてくるようなタイプの貴臣とは違った唯臣さんらしい交渉術なのかなと思ったりもするけれど、唯臣さんは言ってしまえば端役でそれほど出番も多くはないキャラなので、よくわからないのが惜しまれる。

そしてすこしだけ明らかになる「隠れ家」のお高さ。まず「税サ込み」ってなんですかってレベルなんですけど、なにはともあれ、うん、一般人が気軽に利用できる価格帯ではないですね。そんなところを値段気にせず頻繁に利用する貴臣さん、すごいー。

なにはともあれ、やきもきする貴臣をよそに、結花さんの就活はあっけなく終了してしまって、それもまた結花さんの非凡さゆえだよねと思うわけだけど、その一方で貴臣のほうは結花が自分から離れていくかのようにして就活優先でデートの時間もままならないのにフラストレーションをためている様子がおもしろいところではありまして。

それが募りに募った末の展開がこの4巻終盤の事件ではありましたね。その前段がなくてもあれだけのことがあれば、貴臣ならいてもたってもいられなくなっていたとは思いますが、そうであっただけになおさら、予定をすべて放り投げてでもヨーロッパから結花のいる東京まですっ飛んでこずにはいられなくなる感情が伝わってくるようで。

結花に自分から離れていくかのような就活を許していたら、あやうく今生の別れが訪れるところであったというのは、洒落にならに事態ではあるわけで。一歩たりとも自分のそばを離したくないとばかりに焦燥感じみた独占欲をさらにエスカレートさせていくのにはおおいいに納得させられるものであり。

結花のほうでも、おそろしい出来事があった直後で頭がまだはっきりとしていない状況では、どれほど貴臣がそばにいてくれることがありがたく思えたか。心強く思えたことか。貴臣には自分にかまけてばかりもいられない仕事がある。さらには自分のせいでその仕事にも支障をきたさせている。それでも、貴臣に自分のそばから離れてほしくない。貴臣のそばにいる安心感から離れたくない。そんな感情がこれでもかとばかりにこもったセリフが記事冒頭に引用したものだったでしょうか。

弱っていたからこそ言える本音。貴臣が望んでやまなかった、迷惑をかけてでも欲してくれる甘え心。それがついに結花の口から発されたというのは、場面が場面なわけではありますが、それでもこれまでの泥沼のすれ違いを招いた葛藤を思えば、感慨深い気持ちにさせられないわけにはいかないんですよね。すごくいい場面。3巻のクライマックスが「好き」の告白であるならば、4巻のクライマックスはまちがいなく、貴臣を、彼といるベルリンをこそ帰りたい場所と呼んだこの場面でしょうね。すっごくよかったです。

その後のベルリンでの場面でも、おそろしい悪意にさらされた直後だけに、優しさのうえに優しさを重ねるように、結花の心と体を大事にしたいと願う貴臣の心情はとても結花への愛と慈しみに満ちあふれていいものでしたね。まあそんな気分を粉みじんにしてくれるのは結花のほうではあるんですけども。

結花さん、愛情というものを理解できずにいる女の子ではありますからね。真綿でくるむような優しさにはくすぐったいようなうれしさを覚えるんだけども、結花が望むのはそれとはすこし違って。貴臣のそばにいたい。そばにいさせてほしい。それが結花の望みであって。それに対する最上の返答は、焦がれるほどの自身への執着だと、この期に及んでもまだ思っている。

だから、欲望をこらえながらのセックスは、この場面においては結花の不安を解消しきってくれるものではなくて。余裕もなくなるほどに自身の体を欲してほしい。そのためなら、いやらしい姿だってさらしてみせる。そうして、優しくしたい気分の貴臣の欲望に火をつけて、それで満足げに意識を飛ばす結花さんというのは、最高にやばい姿ではあったんですけれど、それと同時にたまらなく健気でいとおしさも感じずにはいられなかったんですよね。

そんな感動的な場面はあったけど、その後、滞った仕事をこなすために河合さんにムチ打たれることになる展開は、お約束とはいえ笑うよねという。まあ貴臣さんも結花でたっぷり癒されながら楽しくお仕事してるようなので、これはこれでwin-winの関係ともいえるでしょうか。

そしてラストは恒例のぶっこんでくる展開。いちおう第七幕としては次の巻にもつづいているのではありますが、引きのインパクトは断然ここ。

とうとう、とうとう貴臣さんからプロポーズの言葉が出ました(まあ二回目ではあるんだけども、一回目はさすがに目も当てられない代物だったので……)。でも、それが全然ドラマティックな場面にならないのがこの作品なのでありまして。

結婚とはすなわち永遠の愛の誓いであるわけですが、あらためてふりかえるまでもなく、「好き」はわかっても「愛してる」という感情を理解できないのが結花であり、まして男女の仲が永遠につづくなど信じられないのが結花である。その原因の根本はふたりのどちらにもないわけではあるけれど、その一方で貴臣としてもその状態を覆すことができているわけではない。

それだけに、結婚を求められたところで承諾などできるわけがない。それどころか、そんな永遠の愛の誓いを向けてくる貴臣の気持ちまでわからなくなってくる。なんでそんなことを言ってくるのか、今のままではだめなのか。自分に不満があるということなのか。わけがわからなくて、考えもまとまらなくなって、呆然と首を振るしかなくなる姿が痛ましい。

なんですか、このプロポーズは? なんでプロポーズの場面呼んでこんなに頭抱えることになるんですかね。どうしてこうなった、どうしてこうなった……。

でも、貴臣の気持ちもわかるんですよ。あやうく結花が永遠に手の届かないところに行ってしまうところだったということを思えば、形のうえでもさらに結花を自分のもとにしばりつけてしまいたくなる気持ちは。けれど、この結花の反応を見てると、神経質なくらいに慎重を期して結花にセレブな世界に身を置く感覚に慣れさせていったこれまでのアプローチがやはり正解だったんだなと思わされる。

ただしその一方で、そうしていれば結花はある程度まで流されていってくれるのではあるけれど、決定的なところでは頑固なまでに拒否の態度を翻さないできたのも結花であって。こうなると、どこかでむりやりにでも自覚的に立場を変えてやる必要があるのは明白で。そしてそのタイミングこそがほかでもないこの瞬間であったということなのでしょう。立ち居振る舞いは洗練されて、容姿だって立派に磨きたてられて、親もとから自立したひとりの人間としての喜びも試練も経験して。すっかりセレブな世界に連れだされても恥ずかしくない女性になったこのタイミング。

それだけに、貴臣としてもようやく結花に正面から自分と対峙させる機会を得たともいえる展開。今はまだ、結花としても覚悟を固めて答えを探れる状態ではない。けれど、いつまでもこのままでもいさせてはもらえない。貴臣にとって、すでに結花のいない人生なんて考えらえれないものになっている。そんな貴臣のそばにいつづけることを願うならば、結花としてもその気持ちに真摯に答えなけらばならない。

この問題に関しては、従順に貴臣に従うペットではいられない。好きの気持ちがつづくかぎりの恋人としてのつもりでもまだ逃げが否定できない。さらにそれ以上の存在となることを真正面から受け止めて、そのうえで返す答えを考えることが求められる。二十一歳とはいえまだ大学生な結花には、正直とても重たい問いだとは思う。けれど、これこそが結花の人生選択における究極の問い。あとまわしにしてほかの問題に先に答えることはできても、最後にはやっぱりここに立ち返ることになる。避けては通れない問い。ついにここまで、たどりついた。

果たして、結花はこれになんと答えることになるのか。通常ならYes一択でハッピーエンドなんだけど、そんな簡単に安心させてもらえないのがこのシリーズではありまして。答えにいたるために必要なピースは、まだ不足しているように思えてならない。そうした鍵を握る出来事と、どこでどう出会っていくことになるのか、それが結花にどんな影響を与えていくのかなど、いよいよもって目が離せない展開になってますよね。


いや本当に、素晴らしいシリーズです。ストーリーがぐぐっと進展して、ふたりの恋の、いちゃいちゃしてる裏での泥沼感が大増量で、たいへんにおいしい展開になっている3・4巻ではありました。もう本当に、こういう話、大好物すぎます。気になってる方は今すぐ読むべきと、あらためて全力でオススメします。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 23:34| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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