2019年04月05日

世界歴史大系 アイルランド史

アイルランド史 (世界歴史大系)
アイルランド史 (世界歴史大系)

ブリテン島の隣に位置し、イギリスの歴史とも深いつながりのある地域・アイルランド。昨今のイギリスのEU離脱問題で話題に上がることも多い同地域。1,2年ほど前に一作読んだ<修道女フィデルマ・シリーズ>ではケルト文化の残滓が色濃く残る独特な古代から中世にかけて社会の様相が印象的だった舞台の地。その歴史が山川出版社の歴史大系シリーズから最近出ていると知って、興味津々読んでみた一冊。

なんとも不思議な読み心地であった。というのも、アイルランドというのは、独立したひとつのまとまった国としてのかたちをとったことがない地域なんですよね。ざっくりとした流れでは、中世においては部族の小王国が乱立して覇を競いあう状態がつづき、近世以降はイギリスに植民地のように支配され、第一次世界大戦前後で独立を果たすも北アイルランドはイギリス領として残存したまま現在にいたっている。そうした経緯もあり、支配者の王朝を主体としたものを個人的に想像してしまいがちな一国史としては、いまいち主役がはっきりしない記述が全体を通底していたように感じられた。英雄不在の物語というか。

とはいえそれはあくまで個人的で勝手な思い込みを前提にした感想であって。イギリスという強者に支配され搾取されながらもそれに屈することなく、それどころかあるときはしなやかに、またあるときは決然としてその支配を押し返してきたのがアイルランドの歴史であったようで。しかも、その立役者は一握りの英雄であるよりも名の知れない多くの人々を含んだ民衆であったのが、その特徴となるのでしょうか。中世においてはイングランド系の支配者が自分たちの持ち込んだやり方での支配を押し広げるはずがいつのまにか現地化していたりというのは、実に面白い現象ですよね。多数派のカトリックへの選挙権の拡大やアイルランドの地位向上、ひいては独立にいたる展開においても、目立って活躍する人物は決してひとりではなく、最終的な結果にいたる流れは決してひとつではない。複数の人物が相反するものも含めたさまざまな運動を展開するなかで、現在のアイルランドの状況が形作られていく。その様子は、わかりやすいとはいいづらいし、華やかなスターも不在ではあるものの、それにもかかわらず確かな面白さがあったんですよね。それは、これまで断片的にのみ知っていた知識がつながって、それらが今を形作っていくピースとして目の前に立ち現れてくる、そんな読書の楽しさであったように思います。


あと、この本を読んでいて、イギリスのEU離脱にともなう北アイルランドの問題の難しさがようやくわかったというか。全体的にカトリック人口が多数派なアイルランドの中で、そこだけプロテスタントが多数派な地域、それが北アイルランド。だから、帰属意識的にも大勢としては陸続きの南部アイルランドよりも海を隔てたイギリスのほうになるわけで。けれどそんな北アイルランドにも、どちらかというと少数派ながらかなりの数のカトリック人口が存在しているし、それどころか近いうちに人口比は逆転するとも予測されているらしい。ここで問題なのは、プロテスタントはアイルランドにおいてイギリス系による支配の頃からつづく伝統的な支配者であって、被支配者のカトリック住民を抑圧する側であったということ。これまでに起きた流血を伴う独立運動によって、カトリック側はもちろん、抑圧するプロテスタント側にも多数の犠牲者が出ており、報復の連鎖から互いへの恨みと不信感が世代を超えて積み重なってきた経緯がある。それでもEUの枠組みの内ならばイギリスに所属しつつ南部アイルランドとの自由な往来も可能になり、独立問題を喫緊の課題ではなくすことができていた。それだけに、イギリスのEU離脱がもたらす影響は簡単には無視できないものがある。にもかかわらず、EU離脱は有権者数的にイングランドの人々の意見だけでかなりの部分が決まってしまっており(全有権者のうち約83.9%がイングランド地域)、北アイルランド住民の声(離脱反対が約55.8%)はかき消されてしまった。この辺は、植民地時代はまだしもイギリスに統合されてすらあまり顧みられることなくイギリス本土の利益に翻弄されつづけてきたというアイルランドの歴史もあわせて悲哀を感じさせられる部分でもある(経済的にその恩恵を受けてきてもいるというけれどそれはまた別の話として)。まあそれでも同選挙区で最多の議席を持ってるDUPは離脱賛成側なんだよね。なんともややこしい。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 03:33| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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