2019年01月31日

迷走するイギリス――EU離脱と欧州の危機

迷走するイギリス―― EU離脱と欧州の危機
迷走するイギリス―― EU離脱と欧州の危機

慶應義塾大学出版会 | 迷走するイギリス | 細谷雄一

親EU・反EUの姿勢をイデオロギー的かプラグマティズム的かで分ける捉え方。興味深い。(本文中で定義されていたわけではなく個人的な理解にすぎないが)イデオロギー的な親EUは理念共感型であり、プラグマティズム的親EUは実利重視型であり、イデオロギー的な反EUは自国主権に統制が加えられようとすることへの反発型であり、プラグマティズム的な反EUは移民や域内への拠出による国民経済への影響感を嫌悪する型であり、とでもなるだろうか。

それを念頭にイギリスとEU(それ以前のEEC時代からも含めて)の関係を見ていくと、イギリスのヨーロッパ統合運動への参加はごく初期をのぞいてほとんど常に経済的な実利重視の態度によるものだったようで。そこからくる理想主義への懐疑姿勢だったりで厄介なパートナーとしての地位も築きあげられていったのだけれど、それでもヨーロッパにおける一大経済国としてほかの加盟国と共同で統合への道筋を描いていっていた国家なのであって。それがイデオロギー的な反発が拡大していくことになったのは、マーガレット・サッチャー首相の時代。EU(当時はEC)が市場統合からさらに政治的社会的な統合へと深化していく方向性を打ち出しはじめたことが原因になったという。加盟各国の法をも規範する欧州的な憲法典、各国政府の政策をも規定する超国家的な統一政府、それら国家主権に対する束縛への拒否反応がイギリスではひときわ強かったらしい。大陸諸国とは海を隔てた島国であり、言語的にもアメリカとのつながりが強いのがイギリスであり、根本的なところまでは価値観を共有できなかったということなのかもしれない。それでも統合市場における経済的な利益の手放しがたさからその一員でありつづけてきたものの、着実に統合への道を進めようとするEUへの反発を政権内部でも抑えきれなくなった結果が2016年に行われた国民投票だったということだろうか。もともとイギリスは対外関係的に、対米重視・対欧州重視のはざまでかじ取りを迫られる部分があったようなので、EUべったりになりきれなかったところもあるのかもしれない?

また、昨今のイデオロギー的な反EU思潮の広がりにはイギリス国内のメディアが果たした役割も小さくないようで。イギリスの人々が日頃から目にする新聞の一部(大衆紙においても高級紙においても)で連日のようにEU懐疑の論陣が張られることで、もともとEUへの関心がうすかった国民にも反EU的なイデオロギーが浸透していく要因になったのだという。この辺、イギリスのメディアは日本と比べるとかなり政治的なスタンスをはっきりさせてると思う。2016年の国民投票に際しても、離脱賛成派・反対派ともども、メディアも含めてかなりの論陣が張られていたことと思われる。ただ、その賛成派の論陣は、本書以外でも書かれていることながら、客観的なデータよりも読者・聴衆の感情に訴えかけるメッセージが中心だったようなので、それはまさにポピュリズムそのものとしか言いようがないところ。けれどその投票で実際に勝ってしまったのが離脱賛成派であって。一部のメディアではポピュリズム対アカデミズムのような論調を見かけることもあるけれど、そんな構図が成り立ってしまうほどにポピュリズムが力を持ってるのが現在のイギリスなのだろう。そんなイギリス社会にも興味があるところではあるが、これ以上は話が逸れるのでそれはともかく。

現実時間ではいよいよ離脱の日が近づいているにもかかわらず、いまだイギリス・EU間における離脱後のための協定は結ばれていない。離脱派内部でも意見にばらつきがあったり、離脱反対派は二度目の国民投票を求めていたりと、EU離脱問題に限ってもタイトル通りの迷走がつづいているイギリス政治。現在の争点は何か、その背景にはある問題はどういったものか、そしてこの問題の先にどのような展望が開けていくのか……。興味の尽きないところです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 20:32| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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