2018年12月26日

兵農分離はあったのか

兵農分離はあったのか (中世から近世へ)
兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

兵農分離はあったのか - 平凡社

もともと自分が「兵農分離」という言葉に持っていたイメージとしては、冒頭でもあげられていたような、軍隊の専業化、それによる強い軍隊(信長・秀吉勢力)、そして江戸時代の士農工商へとつづいていく階層分化の走り、という感じだったでしょうか。

けれどこの本によれば、歴史学における兵農分離論が含む範囲はもっと広いという。兵の専業化のほかに、武士の城下町集住、百姓の武器所持否定などといった論点が含まれるという。また、武士と百姓の身分分離に関しても、土地所有形態における論点や身分規定に関する論点が存在しているという。専業化に関しては、ここ数年で読んだいくつかの本からイメージを修正する必要を感じており、それがこの本を読んでみるきっかけにもなったのですが、それにしても思っていた以上に広範な議論のあるテーマのようで。織豊期にはじまる近世とそれ以前の中世との間を断絶ととらえるか、それとも連続としてとらえるかという時代区分論まで関わってくる奥の深い議論であり。とても面白い一冊でした。

タイトルで立てられている問いに対する著者の答えとしては、ひと言で言って「現象としてはあったが、政策としてはなかった」とでもいうところになるのだけど、それについてもなかなか興味深い議論がなされている。刀狩りや太閤検地など、身分統制を目的にしたとされてきた(そういうイメージで記憶されている)政策も、その法令の背景などと合わせて読み解いていくと、実際の目的は別にあったのではないかということがわかってくるという。また、城下町への集住も、詳しくみていけばそこまで徹底されていたものではないのだという。つまり、近世において兵農分離と呼称できる状態は進行してはいたが、それを目指した政策は存在せず、それどころかその進行度合いも各地でまちまちであったということになるようで。

なんとなくすっきりしない気分が残るのは、あくまで「(政策としては)なかった」でしかないのであって、それじゃあ「(そういう状態としての)兵農分離はあった」とも言えてしまうところであって。とはいえまあ、明解な結論が出ていないからこそ、議論が現在進行形なテーマでもあるのでしょう。なにより、戦国時代から織豊期にかけての時代に対するイメージのいいアップデートができたように思います。

個人的にいちばん面白かった部分は、第一章・第二章あたりの、戦争に参加する兵士たちの身分についての議論の紹介。信長や秀吉以外の戦国大名たち(例として北条氏・武田氏)の間でも百姓と区別しうる層が兵士たちの中心であったという、ここ最近の疑問にずばり答えてくれる内容で、たいへん面白かったです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 11:18| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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