2018年09月20日

図書館の大魔術師(1)

正式なタイトルは「くにがまえ」に「書」と書いて「図書館」と読ませてるんですけど(作中では中央図書館を指してるっぽい)、変換して出せなかったので便宜的に。

図書館の大魔術師(1) (アフタヌーンコミックス)
図書館の大魔術師(1) (アフタヌーンコミックス)

http://afternoon.moae.jp/lineup/870

すごくいいプロローグだった。ここから、無限に期待を膨らまされる物語がはじまる。この先には、どこまでも広がる冒険の世界が待ち受けている。そんな、とんでもなくワクワクさせられる気持ちとともに読み終えた本を閉じる。これがどれほど幸せな読書体験であることか。この物語自体が本に対する無限大な希望と憧憬でできあがっているように、この物語は読み手にも無限大な希望と興奮を与えてくれる。これは本に対するあふれんばかりの愛によって作り上げられた物語であり、読み手にもその焦がれんばかりの熱を伝染させてくれる物語である。本をめぐる物語としてこの上なく素晴らしい作りで、本への愛を叫んだ物語として素晴らしい力強さで、そして本の面白さを伝える物語として素晴らしくいい話で。これはまぎれもない傑作であると、声を大にして叫びます。

……と、書いたところで、内容にいっさい触れないまま言いたいことほとんど言いきってしまった感もあるんですが、なんとか残りのことを書いていくとして。

この巻の大筋の流れとしては、本好きな少年による出会いと旅立ちの物語ということになると思います。ある村に本の好きな少年がいて、村の図書館で本を読むことを楽しみにしているんだけど、貧民街の子どもであるがゆえに館長に立ち入りを禁じられていて。そんなところに、ある時、中央図書館から何人かの司書がやってくる。その世界において特別な存在である彼女たちとの交流を通して、少年は本への思いをより強いものにしていくことになる。そんな感じの話であり、まるまる一冊通してこれからはじまる話のプロローグでもありました。

ですが、プロローグであるにも関わらず傑作の感さえ抱かせるのは、それほどまでの物語が描かれていたからで。そして、その物語を演出してくれたのは、主人公である少年が初めて目にした司書の女性(少女といってもいいかもしれない)・セドナのキャラクターに負うところが大きいと思うのであり。

セドナ=ブルゥ。中央図書館の司書にして、その中でも若手の期待株(であるらしい)。けれど、そういった肩書きやそれに伴う評価をわきにおいて、彼女が物語において果たした役割、それが由来する一番のところは、彼女の芝居がかった言動にあるのであり。普通でないことをとらえて特別と言い、偶然をとらえて必然と言い。そこに感じるのは物語の力に対する信頼であり、人の持つ可能性に対する希望であり。そしてなにより、彼女の言葉には聞かせる相手にそれを信じさせる自信があふれており。いうなれば、彼女は抑えつけられてきた者の口から目をみはるよう物語を紡ぎださせる優れた聞き手であり、自らを取るに足らないと感じる者から秘められた力を引き出させる優れた演出家であり。今回、彼女が少年に及ぼした影響は、少年からしてみればまさに天の使いのようであったかもしれない。けれど、彼女からしてみれば、ちょっと背中を押してやっただけなのかもしれない。そう思わせるところが飄々とした彼女らしさであり、気取ったところのある彼女らしさでもあり。まあこの点、裏を返せば中二病っぽくもあるところで。そのため、同僚からは残念な子扱いされてる部分もありますが、しかしこの巻における彼女と少年の物語は、その一面がまがい物ではない確かな彼女の力なのだと思わせてくれるものがあったのです。そしてだからこそ、その物語に心を震わされるほどの熱量を感じるのです。

そんな出会いがあっての旅立ちとくれば、少年の心に宿る思いはいかばかりか。村の外に待ち受ける世界に期待を膨らませながら、次の巻の発売を待ちたいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 14:12| Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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