2017年04月23日

本好きの下剋上 〜司書になるためには手段を選んでいられません〜(3)領主の養女(2)

本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜 第三部「領主の養女II」 -
本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜 第三部「領主の養女II」 -

立場が違えば善悪も違ってくる。養っている町長たちによってひどい目にあっている孤児を救ったつもりが、町長たちの側からすれば突然やってきた権力者に無理を押しとおされた形になっていたという。いいことをしたつもりなのに、実は全然ありがたがられてないどころか理不尽な権力者と映ってしまう。このすれ違った認識の発生が面白い。善とは何か、悪とは何かという問いになってくるところでしょうか。この場合、それはさしずめ見方によるというところで。ローゼマインにとっては間違いなく善行のつもりであったわけですよ。ひき離されそうになっていた孤児の家族をひきとったわけですから。第二部以降でくりかえし描かれてきた家族に対する思い入れの深さからも、あそこでのマインの選択はとても自然なものではありました。自明の理ともいえるほどに当然の善行とも。ひきとられた孤児たちにしても、最悪の事態を回避できたことは間違いなくいいことだったでしょう。けれど、一方の町長たちにとっては、なにも彼らを苦しめたり虐げたりすることが目的だったわけではないのであって。そこには一面的にはひどい目にあわせていると見える行為をも含んだうえで成り立っている人の営為があったわけで。それだけ取り除いてみたところで別のところにしわ寄せがいってしまう。そういう構造が存在してしまっていたんですよね。それを知らずに一か所だけ手入れをしていいことをした、一件落着と思えてしまったのは、事情をよく知らなかったからこその楽観でしょうか。あるいは権力の強さ・こわさというか。たまたま目についたことに介入するにも綿密な調査をしたうえでとなれば、ほかにもたくさん仕事を抱えている関係上、いちいちめんどくさいことこのうえない。その点、即座にばさっとやってそれまでということにしてしまえば楽だし気持ちもすっきりすると思うんですよね。そうして、下々の者から見たときには横暴な権力者ができあがっていくという。ローゼマインとしては、これまで偉い人たちの理不尽な要求にてんてこまいにさせられていきただけに、同じ立場に立たされる人の気持ちはよくわかっているはずなんですけど、それでもいつのまにか横暴を押し付ける側に回ってしまっていたということで。なかなか面白い展開でしたね。って、まだこの話つづいてますっけ。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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