2017年01月16日

七王国の騎士

七王国の騎士 (氷と炎の歌) -
七王国の騎士 (氷と炎の歌) -

時代は違えど、やりきれない苦みとどこからかわき上がる高揚感が残る読後感。これこそは、この作者の描く『氷と炎の歌』の世界ですね。

そんなわけで、本編のおよそ100年前の世界を描いた外伝です。ウェスタロス大陸がまだ竜の紋章のターガリエン家によって一応の平穏に包まれていた時代。がたいがいいことだけが売りの放浪騎士ダンクこと〈長身のサー・ダンカン〉と、ふとした縁から彼の従士となることになった生意気盛りの少年エッグの二人を主役にした、中編3編からなる一冊。

やっぱり自分はこの世界の物語が好きなんだなあと再確認させてくれる話ばかりでしたね。一応続編の構想はあるらしいですが(本編の作業優先であと回しになってるらしい)、これだけで終わってても全然問題ない作りですし、『氷と炎の歌』シリーズに興味がある人、でも本編は分厚くて気おくれしてしまうという人に、まずはこの本から試してみてはと勧められる一冊だったと思います。ドラマ版もいい入り口になっているとは思いますが、映像と小説ではやっぱり受ける印象が違うと思うので。もしかしたら細かい部分でよくわからない箇所があるかもしれませんが、気になったら本編も読んでみてはというところ。そしてもし、この本の話が面白いと感じられて、もっとこういう話を読んでみたいと思った人には、迷わず本編へ進んでいただければ幸いです。そこには驚愕と興奮の戦乱の世界が待っていますので。


というところで、初心者の方向けの紹介はここまでにして、以下は*SPOILER ALERT*の注意書きのもとに感想を書いていきます。

まず読んでいてツッコミを入れずにはいられなかったこととして、「本編の100年前の話のはずなのに、本編にも登場してた人物がいるんですけど!」というのははずせませんね。いやまあ、御年100歳超という話ではありましたが。でも、100年ですよ? 1世紀もの時間というのは、地上に生きる人をまったく新しい世代に交代させるのにじゅうぶんな時間であるはずで。まして、医療技術の発達していない中世をモチーフにした世界ですよ。そんなところにこれでしたからね。登場人物紹介を見てもしやと思いはしたものの、為人を聞くにどう考えてもあの人で、驚くやら笑えてくるやら。とはいえ、そういう人物がいたからこそ、本編との地続きな世界をより一層感じることができたようにも思えたり。

100年もの隔たりがあれば社会にも大きな違いが生じるもの。上でも書きましたが、この外伝の舞台になるのはターガリエン家の御代のウェスタロス。牡鹿の紋章のバラシオン家はまだ諸侯の一角にとどまっていて、そしてなにより、本編で描かれているような予断を許さない過酷な戦乱の時代ではない。〈ブラックファイアの反乱〉と呼ばれる内乱が終結したのが10年ちょっと前のことで。ターガリエン家にその象徴たるドラゴンはすでにないものの、しかし彼らの統治を覆せるほどの勢力はまだなく。一朝ことが起これば国がひっくり返りそうな危うさはありながら、それでも表面上は王家の威勢を保ちつづけているという、そんな時代の話。

それと、季節も違いましたね。本編では、スターク家のモットーにもあるように、冬がやって来ようとしている厳しい環境での物語。それに対してこの外伝は夏。夏の入りから盛夏にかけてという感じでしょうか。短い夏の後に長い長い冬がやってくるという独特な循環をする気候であり、移り変わりに年単位の期間が普通に経過するという世界なため、話と話の間で数年が経過していますが季節は変わらず夏のまま。そんな、うだるような暑さの中での話。

話の内容を見ても、様々な地位や年齢の人物たちの視点から描かれていく本編とは違い、この外伝では視点人物は放浪騎士のダンクに固定されており、いわば下々の立場から見たウェスタロスが描かれていたように思いました。放浪をつづけながらも食い扶持は稼がねばならず、そのためにあれこれしてみるも王侯貴族たちの気まぐれによっては簡単に首が飛んでしまいかねずという、数日先は闇な世界。本編を読んでいると立場が上の人たちにもいつ不測の事件が起きて一族郎党もろとも生死にかかわる事態になるかわからない、油断大敵な暴力の階層社会を思い知らされたりもしたんですが、一方のこちらはある程度のところ「なるようになるし、なるようにしかならん」といった深く考えないことによる気楽さが根底にあるようにも思えたり。正直どっちもどっちな感じですが、この誰も彼もがしんどい生を過ごしているようにうかがえるところが、この世界観の面白さでもあると感じています。

では、この世界における騎士とはどんなものなのか。ダンクについては先ほどちらっとふれたとおりな感じですが、本文中で称していた“草臥しの騎士”だけが騎士であるわけではなく、というよりも彼らは騎士の中でも最底辺に位置する宿無し(つまり主のない)の放浪騎士にすぎないのであって。作中に登場する人物たちをながめていると、貴族階級の出身者が多いんですよね。公の位を有する有力諸侯の子息でさえも、位を引き継ぐ前は騎士としての敬称で呼ばれている者が少なくない。しかし騎士という言葉が指す人々には、上流貴族の子弟であろうと生まれの卑しい民であろうと関係なく含まれている。そこに共通するのはサー・〜の称号のみ。なので、典型的な騎士とはとなると、ちょっとイメージしにくい。現代に生きる我々が「騎士」という言葉からぱっと浮かべるイメージとしては、本編に出てきた〈花の騎士〉あたりが近いでしょうか? ほかの人物を思い浮かべる人もいるでしょうが、生まれが卑しく華やかさに欠けるダンクがそこにあがることは考えにくい。けど、それにもかかわらず、ダンクは一面的な騎士の理想像として描かれているんですよね。

強きを挫き、弱きを守ること。主君に忠節を尽くすこと。誇りと正義を忘れぬこと。それらは権力や財力や諸々を含めた力こそがすべてという有り様をことあるごとに見せつけてくるこの世界においても、騎士のあるべき姿としての共通理解が広く浸透しているようで。乱世ではない時代だからこその価値観なのかもしれませんが、だからこそそうありながら五体無事に諸地方を放浪していられるダンクの姿がとても稀有なものとして映るんですよね。まあ実際ダンクのような人物はこの時代でも珍しいようですし、精神的にも肉体的にも大けがは何度もしてるんですけどね。でもダンクの場合はそれでも懲りないというか、間違ったことをしたとは思っていないというか、そもそも過去のことを深くはかえりみない性格というか、騎士の務めを果たすべき場に居合わせると結局は考えるよりも先にあるべき行動をとっている。この辺は師であった〈銅貨の村のサー・アーラン〉の薫陶によるものでしょうか。もしかしたら「うつけのダンク」の本領なのかもしれませんが。しかしなんにせよ、彼ほど純粋に騎士道を体現している人物は出てこない。下層の者はその日の糧を得るために悪賢く立ち回り、上層の者は家や体面にしばられずにはいられなくて。なまじ世故に長けた者ほど保身の術を覚えていって、「うつけのダンク」だけが騎士としてあるべき行動を取ることができる。騎士というのは本来高貴な者の務める身分であるだろうはずなのに、この現実はなんという皮肉でしょうか。しかし、騎士道とは臣下の道とは似て非なるもの。「鈍なること城壁のごとし」。それはどんな世間のわずらわしさに対しても純粋な生き様を保ちつづけられることへの賞賛の言葉ともなりうるのではないかとも思ったり。

とはいえ、ダンクがそうありつづけられていることには、エッグの存在を見過ごすことはできないでしょう。老師と死に別れたダンクが道すがら出会った生意気ながらも愛嬌のある、妙に従士としての知識に長けた少年エッグ。彼が何者かについては、すぐに見当がつくところがあったので別段驚きはありませんでしたが、その豊富な知識も含めて、がたいがいいだけで頭のよくないダンクをくりかえし助けるに余りあるものではありました。彼がいなければダンクはいったい何度命を落としていたことか。とはいえ、エッグも少年らしく世間知らずなところがあって、ダンクより知恵はまわるものの詰めの甘さは隠しようもない。二人そろってそんなだからはらはらさせられることといったら。やはりこの時代は100年後と比べると平和な時代なのでしょう。総じてスマートに事件を切り抜けるということとは縁のないコンビではありました。でも、そんな二人が彼らのままやっていけるということが、この世界ではとても貴重なことだと思うのです。


さて、そんなところで各話感想を。ここからはSPOILER ALERTの度合いがさらに増しますのでお気を付けを。

「草臥しの騎士」

個人的にはこの話がいちばん好きです。本編っぽい雰囲気をいちばん感じたというか。出来した問題をなんとかクリアーすることができたと思ってほっとひと息ついた瞬間にうしろから頭をがつんとやられる展開がいかにもこの世界の話で、最初呆然としながらも読んでるうちにだんだん意味がわかってきて頭抱えながらにやにやとしてしまったことといったら。なんてことをしてくれおった。なんてことをしてくれおった……。この話を通してエッグが正式にダンクの従士になることもあり、その点だけ見ればいい話なんですが、崩れ去ったものがあまりにも大きすぎて慰めにはなりきらないという。やばい。

この一冊の中ではいちばん王族、つまりはターガリエン家の人々が登場する話でもありましたね。くわえて貴族の各諸侯家も。バラシオン家の〈笑う嵐〉は後世のロバート・バラシオンを彷彿とさせる人柄で、血筋ゆえだろうかと思ったり。それはそれとして、この話の時代の前の御世が下劣王とわれるエイゴン四世だったり、話中に登場する王子のエリオンの血の気の多さだったりと、ターガリエン家ろくでもない人物が多いなと思わされる話でもありました。そりゃあ打倒もされますわといいたくなるところなんですが、本編読んでるに最後の王はもっとやばかったみたいなんですよね。エリオンなら、もしかするとあのまま玉座に就いたらそんな感じになるのかもと思わせるところがありましたが。

「誓約の剣」

この一冊でいちばんハッピーエンドっぽかった話ですね。というか、この世界の話としてはこれはもうハッピーエンドといいきってもいいのではないかと思うのですがどうでしょうか。これはもう戦争だと思ったところから万事円く収まる急展開。ダンクが気を失っている間にほとんどすべてが終わってしまったので、彼ともども何が起きたかわからず呆気にとられた感じになるんですが、まあ解決したならいいか的な。ダンクもあとに残る形ではなくとも報われましたし、これ以上なにを望むことがあるでしょうか。……いやだって、この世界のことだから、欲張ったらその瞬間に利子つけて取り返されそうじゃないですか。

〈ブラックファイアの反乱〉が王土に残した影の深さに驚かされる話でもありました。15年もたっているというのに、正当な王に味方した者と反乱軍に味方した者の間で厳然とした戦後の立場の差が生まれている。そして、反乱軍とは自らそう名乗るものではないという、言われてみれば当然の事実が心に深く刺さる。この元反乱軍に所属した者の哀愁がなにより印象深い。

あと、レディー・ローアン・ウェバー、夫に4人も先立たれているという経歴で、〈紅後家蜘蛛〉とかいう毒々しい通り名にもかかわらず、その正体は25歳の可愛らしい少女然とした淑女とかいろいろ反則じゃないでしょうか。

「謎の騎士」

冒頭に書いたどこからかわき上がる高揚感をいちばん感じさせてくれたのはこの話。後世においてはひとつめの話と比べると歴史に埋没していってしまう話なのではないかと思うのですが、その背景にわたる話の規模、後世につながる影響を考えればいちばん大きな話だったんですよね。そんな危険な事態が進行しつつあるその渦中にダンクとエッグがひょっこり乗りこんでしまい……という、ある種ユーモラスな状況でありながら、決してコメディではないこの世界の物語としては洒落にならない大立ち回りが演じられることになるという。そんな、当事者のだれにとってもどうしてこうなったというしかないだろう展開で、けれどそんな中に下々の放浪騎士であるダンクの視点からはなかなか見えない上流階級の人々の思考が見えてくる。そうしてみると、いずれ本当にそんな世界にダンクが立ち入ることになる日がくるのかと、あわよくばの期待がふくらんでしまうのを禁じえないんですよね。

その一方で、おそらく『氷と炎の歌』シリーズの初心者の方が理解しづらい部分があるとしたらこの話だろうなとも思います。前の話と同じく〈ブラックファイアの反乱〉の影が絡んでくるんですが、本編第五部の訳者あとがきでもふれられていた本編とのつながりがここで明らかになりますし、〈血斑鴉〉の不気味なまでの暗躍ぶりは本編におけるあのキャラと同じ秘密を抱えているものと推測できますし。この辺はもう、気になる方は本編も読んでくださいとしかいえないところですね。

〈ブラックファイアの反乱〉関連についてもう少し。一方の雄であったデイモン・ブラックファイアって、そんなに正嫡の太子を廃してまでもと思われるほどに人望ある人物ではあったんだなあと驚かされる。よく考えればそうでもなければ反乱なんて起きないのではありますが。でも、その太子だってのちに有徳王と呼ばれている賢君なわけですよ。それなのに国を割るほどの内乱が起きてしまったというのは、ちょっと信じがたいところですよね。うかがい知ることができるかぎりでは、有徳王たるデイロン2世は武人としてはおそらくそれほどの才能がなかったんだろうというところ。政治面とか人を使う能力とか、そういった武人として以外のところで秀でていたのだろうけれど、太子時代にそれが世に知られることはなかったということなのではないか。そう考えると、ぱっとしない太子に対して名のある武人たちに慕われる異母弟という危険な構図が浮かび上がる。まあ、最後の一押しをしたのはエイゴン下劣王らしいので、やっぱり末期のターガリエン王家はろくでもないというところで話が落ちるのですが。


訳者あとがきがないのがやや物足りないですが、それについては先月発売のS-Fマガジン2月号もしくはcakesにて読むことができるので、自分のようにそちらも楽しみにしていた方はぜひ。

あとそういえば、この本からはすこし逸れるんですが、この感想を書くために本編の付録の年表を見返してたら、後の代の王様があの人物になってて特大の驚きを得た次第。そう思うと、この外伝シリーズの話も、印象が変わってくるところがあるような、ないような。いずれにせよ、やっぱりこのシリーズのつづきも出してほしいと思ってしまうところです。


そんな感じで、期待通りに楽しめる話ばかりで、たいへん満足のいく一冊でした。本編第6部はあいかわらずいつ出るかはわかりませんが、出れば面白いのはわかりきっているので、作者には気の済むまで作業を続けてほしいところです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 21:55| Comment(2) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
発売と同時に読みました。
期待を裏切らないというか、素晴らしい作品でした。
ちなみに本編のキャラがもう1人出てました。
名前だけですが、幼いフレイ公が当主についたみたいな話が出てました。本編の92年前なので、本人でしょうね。
自分個人的には、誓約の剣が一番良かったですね。ダンクの性格がうまく物語とマッチしていたかなと
レディ・ローアンが可愛かったです笑

今年中に本編が発売されることを祈ってます。
それでは、
Posted by at 2017年06月10日 08:12
コメントありがとうございます。

フレイの老公について、まったく記憶になかったのでそうだったっけと思って読み返してみたら、本当に登場してるじゃないですか!
しかも、名前だけじゃなくて、まさにダンクの目の前で動き回ってて。
これはすごい。こんな小さなときから鼻持ちならない人物だったのかと、ある種の感動すら覚えましたよ。

本編についてはもう待つしかないという境地ですね。作者のブログを見てると、早く本編第六部をという声が多くて負担を感じてるっぽいのがうかがえるので。


以下、自分でもやってみたフレイ家の少年についての生年計算。

●デイロン二世は〈春の疫病大流行〉で死亡(『七王国の騎士』P235)
●〈春の疫病大流行〉は「誓約の剣」の2年前(『七王国の騎士』P229)
●ブラックファイアの叛乱は「誓約の剣」の15年前(『七王国の騎士』P251)
●ブラックファイアの叛乱は「謎の騎士」の16年前(『七王国の騎士』P327)
●デイロン二世の治世はターガリエン王朝の184〜209年(『七王国の玉座』改訂新版・上巻P700)
→「謎の騎士」の話は212年

●「謎の騎士」に登場したフレイ公の息子は4歳(『七王国の騎士』P327)
→この人物の生年は208年

●ロバート・バラシオンの反乱は本編開始時から15年前(『七王国の玉座』改訂新版・上巻P71)
●ターガリエン家の最後の王エイリス二世の統治は283年まで(『七王国の玉座』改訂新版・上巻P701)
→本編開始時は(便宜的に延長線上に数えると)298年ごろ?

●本編のフレイ老公は91歳といわれている(『王狼たちの戦旗』改訂新版・下巻P744)
→老公の生年は207年ごろ?

1年のずれが出るのは、ロバート・バラシオンの蜂起からターガリエン王朝の滅亡までのタイムラグか、第一部から第二部までの時間の経過か、あるいは両方なのかなと考えてみたり。
Posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 2017年06月12日 19:40
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