2016年04月13日

夢幻諸島から

夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) -
夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) -

短編小説が読みたい気分でした。

とてもよかった。おすすめ。おすすめ。傑作というほど強く情動を刺激されたわけではないし、一貫した物語があったわけでもないんですが、個人的に見落としがちだったファンタジーの魅力に満ちた一冊だったんですよ。

それは、舞台となった土地に行ってみたいと思わせる魅力的な世界の描写。観光案内のような体裁を取っているだけにそう思うのは当然のことなのかもしれませんが、それはともかくとしても、大小30以上にも及ぶ様々な土地もしくはその土地にまつわる話の数々は、異郷的な情趣に満ちていて興味をひかれることといったら。中には絶対行きたくないと思わされたところもありましたが、それでも野次馬的に安全圏から知ることができるならもっとそこのことを知りたいと思わされるような、あるいはいくつかの章にまたがって登場する人物についても、もっとその人のことを知りたいと思わされるような、そんな絶妙な案配の描写をしてくれているのが心憎い、そんな一冊だったんですよ。

とはいえ、訳者あとがきでも書かれているように、最初の40ページくらいは、読み物としてはややその世界に入り込みづらい文章かもしれません。けれどもその次、オーブラック群島の話で一気に引き込まれることになりましたから、序盤でつまづきそうになってもそこまでは頑張ってほしいところ。というより、別段順番通りに読む必要もないかと思うので、訳者さんも言うように、飛ばしてそこから読んでしまってもいいのではないかと思うところ。いったん入りこむことができてしまえば、あとは次の島ではどんなことが書かれてるんだろうと、気になってどんどん読み進めてしまうようになりますから。そうして、ほとんど一章ごとに満足いく読み物を楽しめた充足感や、かきたてれるさらなる興味心にどっぷりはまりこんでしまうでしょうから。

そうさせてくれる魅力のもう一つには、上でもちらっと書きましたが、いくつかの章にまたがって登場する何人かの人物の存在が大きいでしょうね。ある章で一人の人物が話題にのぼる。それだけならば先を読み進めていくうちに忘れていったかもしれない人たちだったのですが、それが別の章でも名前が現れてくる。しかも、それらの人物同士の繋がりも見えてくる。そうなると、どんどんその人物のことが気になってくる。観光案内風地誌名事典のような体裁であるだけに描写がごく限られているのがもどかしくなってくる。そういう、こちらをつかまえて離さないしかけのような構成にも引き込まれていったんだと思いますね。

舞台となる世界としては、現代風の異世界。北と南に大陸があって、北大陸の国家間で戦争が起きており、その交戦地域となっているのが、理由はよくわかりませんでしたが、南大陸。その大陸の間にミッドウェー海という広大な海域がありまして、そこに存在しているのが、この本で紹介される幻想諸島(ドリーム・アーキペラゴ)ということになります。ミッドウェーというと太平洋戦争を連想してしまいますが、それらしき要素は残念ながら見受けられず。しかしそれはそれ。なにせ、扱われる年代は作中で多少前後するとはいえ、そのおおかたはすでにインターネットの存在する時代。ときにはむしろこちらの世界よりも科学技術が発展しているのがうかがえる描写もあり。そんな世界に太平洋戦争のモチーフを持ち込む理由はあまりないように思います。また、上空にはそこかしこに時空の歪みがあるようで、航空輸送は簡単ではなく、地図も上空からの測距が望みがたく作製が進まない。主な長距離移動手段は海路であり、確実な航路は方向のわかる島伝いに何ヵ所も経由しながら目的地に向かうこと。そんな感じの世界でありました。

各章の話に入っていくと、いちばん面白かったのはやはりオーブラック群島の話になります。ここの話は、未開のこの島に上陸した昆虫学者オーブラックの現地調査の過程を記述することで進められていくのですが、その流れがパニックホラーじみてておそろしいことといったら。彼が率いる調査隊がそこで出くわした新種の生物、スライムと名付けられることになったその昆虫なんですが、それまでの一、二の島の説明と同様、観光名物にでもなるようなその島特有のユニークな生物なのかと思っていたら、全然そんな生易しい昆虫じゃなかったんですよ。調査の過程で明らかになっていくその凶暴さと、さらに話が進むにつれて発生する事態とそれを引き起こしたと判明する恐るべき生態を目の当たりにするにつれて、もうその昆虫が死の恐怖そのものにしか思えなくなってしまうくらい。そのうえこの章の記述は探検隊の目線で書かれているものだから、自分たちの無防備さを振り返るにつれて、このままでは殺されてしまうとふるえあがってしまいそうなほどの恐怖に叩き落とされることといったら……。こちらの世界にはそんな生物がいないことに無情の感謝を。そんな生物がいた日には、殺すか殺されるかの戦争ですよ。ただ、その後、この章の最後でさらに驚かされるのは、この島の後年の発展ですね。人とはかくも強かというか業が深いというか、とにもかくなもどうにかしてしまうものなんでしょうかね。いやまあ、あんまりなんとかなってない感じがばんばん漂ってて、それが余計にやばさを感じさせてくれるんですが。

何人も登場した人物の中で面白かったのは、チェスター・カムストン。序文の筆者としても名を記されているこの人物は、作中のいくつかの章で登場していました。そのうちのいくつかは、別の章を読むことで初めてこの人物のことだとわかるものであり、そういったことがわかる瞬間の楽しさというものを感じさせてくれる人物でもありました。しかし、この人物をなにより面白いと思わせてくれたのは、なんといってもピケイの章。その島こそが彼の故郷であり、(1)は彼の作家としての事蹟を簡単に綴り、(2)では双子の兄の遺言書を通して彼の私生活が語られる。そしてそのそれぞれに、よさがありました。まず(1)。彼が作品を通じて描いたピケイの住人たちが持つという痕跡の島としての気質。それがそういうものだったと書かれただけでなんだか郷愁の念をもよおさせるような、不思議な魅力をもった紹介でありました。実例をもって感じさせてほしい。もっと言うなれば、実際にその本が読めたらと思わせるような、そんな感情を抱かせる字句ではありました。痕跡の島。(2)ではそんな作家カムストンの虚飾が暴かれたりもしますが、そんな程度では揺らぐことのない、それはたしかな気持ちでした。ともあれ、(2)でよかったのは、また別の登場人物との淡いロマンス。二人が心通わせた時間は、いったいどの程度あったのだろうかと。そんなことを思わされる、想いばかりが高じて報いの少なかった恋の話。そういうのをあとからそうだったのかと気づくのって、なんたかいいですよね。そして、それでも自らの作家性を貫くことを信条とした作家カムストンの有り様。これもまた、感じ入らされるものがありました。

そんなこんなで、読むことそのものを楽しめた久しぶりの一冊だったように思います。これはこの作家さん、要注目かとも思ったんですが、どうもファンタジーはほとんど書かれてないみたいなんですよね。ううむ、ファンタジー以外ろくに興味を持てない人間としては残念というほかない。 夢幻諸島ものだという、この次の長編の翻訳を期待しましょうか。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 04:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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