2015年03月15日

影の王国(下)

影の王国 下 (創元推理文庫) -
影の王国 下 (創元推理文庫) -

最高でした。素晴らしい救いの物語でした。思えばこのシリーズ、一作目から一貫して、神の恩寵を通しての救いを描いてきてるんですよね。一作目では、国から見捨てられ異教の地で奴隷の辛苦を味あわされた男が、空っぽも同然だったところから国姫の絶大な信認を受けるまでになり、二作目では、かつて神の恩寵に与りながらも聖務を果たせず、いずれ訪れる悲劇に対してなす術もなく過ぎ行く歳月を傍観しているほかなくなっていた女性が、これも空虚な日々から新たな人生の道筋を見いだすに至る。どちらも、本当に素晴らしい物語でした。そして、この三作目ですよ。これもやはり同じシリーズ。一作目にも二作目にも劣らぬ素晴らしい救いを描ききってくれました。

本作における主人公イングレイは、かつてすべてを失った男でした。地方領主の跡取りとして生まれながら、古来の呪法の儀式が失敗してしまった余波により相続権を失い、そのうえ狼憑きとしてほとんど追放同然に放浪を余儀なくさせられた男でした。けれどそれも昔の話。数年にわたる放浪の末に、イングレイは国璽尚書のもとで働き口を見つけ、さらにはそこで才覚を発揮して彼の懐刀のような立場を得るにいたっていました。

この現状は、それまでの二作の主人公たちと比べると、比較的恵まれているものがあるように思えました。なんといっても、一作目は一文無しでしたし、二作目は狂人扱いでした。それに比べれば、かつて不運に見舞われたとはいえ、今ではまずまずの地位を得ているのだし、塞翁が馬というやつじゃないかと思えるところもあったんですよ。

でも、そんなことなかったんですよね。物語が幕を開けてまもなく、自らと同じ、聖獣をその身に宿してしまった女性、イジャダと対面したイングレイの、話せば話すほど彼女を好意的に受け止めていくこと! 王子殺害の嫌疑がかかっているにもかかわらず。彼女以外と接するときには寡黙で無愛想なくらいの強面であるにもかかわらず。それなのに、すぐにイジャダを信じてなにくれとなく世話を焼くようになるんだから。それに、彼女が刑を免れられるようにと、主人であるヘトワル卿の意にも個人的な感情から反対を唱えるようになるんだから。 これはもう、彼の部下ならずとも、こう思うところでしょう。すなわち、イングレイはイジャダに熱をあげだしたと。

まあ実際のところそうでしたし、周りからそう思われてるとわかっていながらイジャダを気にかけつづけるイングレイを楽しませてもらったりもしたんですが。けれど、ここで見逃せなかったのは、彼女がイングレイにとって、初めて出会った同類の獣憑きであったということ。やっぱり、彼も寂しいところがあったのではないでしょうか。どれだけ諦めをつけたつもりでも、他人とは違うという感覚はどこまでも付きまとうものだったでしょうし、同じ境遇に陥った者同士、通じ合えそうな予感というものもあったのでしょう。そしてなにより、初めて見た他者の身に宿る聖獣の姿は美しかった。その宿主の聡明さに似合いのものとして。イングレイの目を通したイジャダときたら終始本当に魅力的で、その描写だけで彼女への想いはよく伝わってくるというものでした。イジャダの方でも誠実に自分を遇してくれるイングレイをだんだん頼りにしていく様子も見られて。イングレイの方にも持ち上がった危機とも合わせて、お互い励ましあいながらイジャダの裁判へと進んでいく様子は、純粋にロマンスとしてもかなりいいものでした。

でもそこからが、このシリーズの真骨頂。原題で“The Hallowed Hunt”と銘打たれた物語の一番の見所。

実は、上巻まで読み終わった時点では、原題的に、二人ともなんとかなって、イジャダの土地にまつわるしがらみを解いて終わりかななんて思ってもいたんですが……。いざ読んでみると、そんな程度のものじゃなかかった。全然、もっともっと劇的な救いの話でしたわ。自分ごときの予想なんて遥かに上回る盛り上がりでしたよ。

実際に読んでみて見落としていたと気付かされたのは、五柱の神々の存在でした。それまでの話と地理的に離れた地が舞台であり、五柱の神々よりも、主人公たちの身に宿る聖獣に関わる、古代ウィールドの土着の信仰にばかり気をとられてましたが、今にして思えばシリーズタイトルって五神教シリーズでしたよね。五柱の神々の恩寵を通じて救いがもたらされる話でしたよね。つまり、原題における狩りを行う主体とは、イングレイでもイジャダでもなく、五柱の神々ということになるんですよね。

その全貌が明らかになったのはかなり遅め。ほとんどクライマックス突入と同時でした。そこに到着するまで、予想と全然違う方向に話が転がりだして。しかも着地点がまるで見えないまま残りのページはどんどん少なくなっていって。どうなっちゃうんだろうとハラハラさせられた末のあのクライマックスですよ。イングレイとイジャダだけでなく、同じくらいに重要な役割を果たした登場人物も含めて全員に、この上ない救いがもたらされるんですよ。もう、なんというか、素晴らしいとしか言葉が出てこないじゃないですか。何百年にもわたる因縁にとらわれた魂に進むべき道筋が与えられていく場面の、なんと厳かであたたかかったことか。古い因縁には決着がついたのだからと、安心して次の場所に進んでいいのだからと、そう言われるように送り出されるのって、なんでこんなに胸を打つんでしょうね。なんでこんなに、何の未練も残さず救われたような気分になるんでしょうね。

そして、その荘厳な礼式を締め括るように行われた、イングレイとイジャダの誓いの儀式ですよ。クライマックスに至る道中でも、イングレイはどれほど彼女に助けられていたか。もっと前の段階で、イジャダにとってもすでに彼を助けないという選択肢はなくなっていたでしょう。それでも、イングレイにとって真にわかりあい、心を落ち着けられる場所を手に入れることができた。それを、長きにわたって約すことができた。これほどの救いは彼にとってなかったでしょう。ロマンスとしても、救いの物語としても、もう本当に最高すぎるクライマックスでした。これをこそ至高の終幕というのでしょうね。

このシリーズは読むたび出会いに感謝したくなってるんですが、この第三作も、心の底から読めてよかったと思える物語でした。拍手喝采を贈るとともに、望めるならばアンコールも是非期待したいところではありますが、別のシリーズも手掛けてますし、その辺りはどうなることか。ともあれ、この作者さんの別のシリーズも読んでみることにしたいです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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