2014年12月09日

艦これ、3-2トライ成功。北方海域ならびに西方海域攻略進行中

 以下、今回はちとちよです。以前のちとちよ回でもう改二になってると書いたんですが、改二になるころにと考えてたラストということもあり、航改状態で始めてます。当初は実際のプレイ状況とフィクションの割合は七実三虚くらいのつもりで考えてたんですが、今やすっかりその逆以下になってる感が……。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「お、千代田ぁ、そこの席空いてる?」

「ええ。どうぞどうぞ」

 西の空に日が落ちると、基地には徐々になごやかな空気が流れだす。それは、ぴりぴりとした日中のものとは違い、同じく活気はありながらもそれ以上に明るい声に満ちたものだった。

 気のゆるみの許されない昼間はがまんしていた話題を披露する者、任務で別行動になっていた仲間とその日あったできごとを話しあう者。今日の戦果を自慢げに話している声、仲間の失敗談を暴露して笑いを誘う声。さまざまな声と話題が飛び交うが、それらは一様に生の実感にあふれている。また一日、命を明日につなぐことができる。その思いが確かな安堵となって口数を増やさせる。

 よほどの不注意がなければ命を落とすことはない。これまでの経験からそう思えてきてもいるが、自分たちが命のかかった任務に従事していることは変わりがない。まだ生きている。そう感じられることがどれほどの安心感をもたらすか。

 出撃任務のときはもちろんだが、基地島で過ごす日中の時間も、少女たちはぴんと張りつめたような緊張感を要求される。訓練や装備の点検など、すべてが次なる戦場での生死に直結してくるからだ。

 なかには、要領よく手の抜きどころを覚えている抜け目のない者もいる。むしろ、そういった点は経験知として仲間たちの間に広まっていると言っていい。そうでなければ精神的にまいってしまう者が出ていたことだろう。だが、どうしても半端に済ませてはいけないところというものも存在する。

 たとえば、索敵の訓練がそれだ。

「千代田ってば、哨戒から帰ってきたと思ったら休憩もせずにすぐに訓練始めてたみたいだけど、なに? また悩みごとでも?」

 そう千代田に声をかけたのは、向かいの席に座った飛鷹だ。

「お、そうなのか? 言ってみ、言ってみ? あたしらでできることなら力になるからさ」

 千歳ほどには役に立てないけどと続けるのは、そのとなりに着いた隼鷹だ。

 唐突な言葉に千代田はきょとんとするばかりだったが、二人からは冗談めかしながらも親身になって心配くれている様子がうかがえた。少し前に、ちょっとした悩みから袋小路に入ってしまったことを覚えているためだろう。当時は二人にも迷惑をかけてしまったが、仲間たちもいる前で自分の気持ちをさらけだしたことで、今ではこうしてささいなことでも気にかけてくれるようになった。そのことをありがたく思いながら、千代田は首を振る。

「ううん。違うの」

 もうあんな焦りは抱かない。その自信が今の千代田にはある。頼れる相手がいるからだ。千歳はもちろん、他にも何人も。

「知ってるみたいだけど、今日、哨戒任務に出たの。それで、戦果自体は悪くなかったんだけど、最後に遭遇した敵の潜水艦群をまた見落としちゃってて。最近それが多くて、私ってまだまだだなあと思ったから、イムヤとゴーヤに頼みこんでみたの。まあ、あんまり納得いく感じにはならなかったんだけど」

 それを聞いた二人は安心したように肩の力を抜いた。

「千代田はまじめだなぁ。あたしなんて、潜水艦相手の索敵ならどっちにしろ返り討ちにできるしって、わりきってるからさ」

「というか、それも絶対、『千歳お姉ならこれくらいはできるはず』って思ってやってるでしょ。どんだけ高いのよ、あなたの理想は」

 千代田はそれに対して困ったような表情をするしかできない。確かに、目標とする千歳の姿を過大に設定しているきらいがなくもないと、自身でも思う。けれど、調子のいいときの千歳の機動部隊なら本当に潜水艦隊を目視で見つけつくすくらいやってのけると知っているから、その姿が脳裏に焼きついているから、千代田もそんな姉に並び立つにふさわしくあるためにと、その水準を目指さないわけにはいかないのだ。

 それに、と千代田は思う。

 索敵の成功失敗は仲間の負傷の多寡と直接的にかかわってくることだ。戦場において、相手よりも早く敵影をとらえることはその後に続く戦闘を有利に導くことにつながる。逆に、敵に先んじられてしまえば、迎撃態勢を取る間もなく一方的に攻撃を受けることにもなりかねない。

 その思いから、千代田はおずおずと自分の意見を口にしてみる。

「でもね、今日の任務では運よく味方に被害は出なかったけど、この基地に所属してから間がない人を連れていくときとか、一度の失敗が即大破につながりかねないじゃない?」

「そうは言うけど……目視で海の中を探るのにはやっぱり限界があるでしょ?」

 答える飛鷹はどこかあきれ顔だ。

 けど、と千代田はくやしさをにじませる。

「けど、今日はその失敗のせいで敵を二隻も取り逃がしちゃったし……」

 無傷ですべての敵を撃破する。それが理想論だとは、千代田もわかっている。だがやはり、難度がそれほど高くない任務だとわかっているだけに、そこで達成できなかったときはすっきりしない気持ちになる。

「まぁ、ほれに備えへ後ろの部隊がいるわけらしさぁ、気楽にいほうへ? な?」

 煮つけの大根をほおばりながらの隼鷹の言葉に、千代田はどっと体の力が抜けるのを覚えた。

(過ぎたことをあんまりぐちぐち言ってもしかたないか)

 千代田は大きく息をつく。実際、今日の任務では大した被害は出ていないのだ。自由時間にまでぴりぴりとしていては身がもたない。千代田は気持ちを切り替えて食事を楽しむことにした。

 そうして千代田が食事を終えようとしたころ、隼鷹が思い出したように口を開く。

「哨戒任務っていえば、ひと月くらい前だったかなぁ、報告に行った木曾に聞いたんだけど、提督、これでまた勲章がもらえるとかなんとか、言ってたみたいなんだよなぁ」

「勲章? 何のこと?」

 千代田は提督が独自に指定した教導艦の一人として、わずかにだが、執務室を訪れる用事に乏しいほかの仲間よりも多くの情報に接する機会がある。しかし、そこで見聞きしたことの中にも、勲章などというものは存在しなかった。まして、提督がその勲章を身に着けている姿も、目にしたことはなかった。疑問に思い、口に出した隼鷹に聞いてみるが、彼女自身も詳しいことは知らないらしい。

「いやぁ、そのときはそれよりも気になったことがあってさ……」

「何かしら?」

 尋ねるような口調の飛鷹だが、にやりとした表情から、おおかたの察しはついているらしい。わからない千代田は隼鷹の答えに耳を傾ける。

「提督が勲章をもらえるっていうならさぁ、あたしらにだってなにかご褒美があってもいいと思うじゃんか? それを木曾に聞いてみたら、なんにもないっていうんだよ。けちだよなぁ、提督ってば」

 酒の一本や二本も期待したのにという隼鷹らしいぼやきに、千代田はまたしても脱力を覚えた。

「待って、隼鷹。確かあなた、その晩はたんまりお酒を飲んだはずでしょ?」

 それのどこに不満があるのかと指摘する飛鷹にも、隼鷹は提督秘蔵の酒を飲みたかったとこぼす。その二人のたわいのないやりとりがおかしくて、千代田は笑いをこらえられなくなった。

「それ、よさそう。今度上々の戦果をあげたら、提督にそのお酒をねだってあげるわ。もし本当にあるのならだけど」

「お、期待してるからな?」

 任せといてと言葉を残し、千代田は手を合わせて席を立つ。

 そのまままっすぐ流しに向かい食器を置く。そこで、ちょうどその場に居合わせた仲間から声をかけられた。

 赤い襟の水兵服と朱袴めいたスカートを身に着け、腰ほどの長さの青黒い髪を二つにしばった軽巡洋艦の少女、五十鈴だ。

 彼女の口調はおそるおそるといった様子だった。

「ねえ、千代田……」

 なにか重大な話なのだろうか。

「なに、五十鈴?」

 千代田は口ごもる彼女に話を促す。ここでできない話なら、どこかに場所を移そうか。そう口にしかけたとき、五十鈴はようやく続きを話しだした。しかしそれは、千代田の首を傾げさせるに足るものだった。

「千代田……。あなた、千歳とは、その……仲良くやれてるの?」

 なぜ、今そんなことを聞かれるのか。千代田にはわからなかった。少し前にけんかじみたすれ違いを演じもしたが、それはすでに解決済みだ。その後、なにか千歳との関係がこじれるようなできごとがあったとは、千代田自身の記憶にはなかった。

「いつも通り。良いか悪いかで言ったら仲良く過ごせてるわ。ほかの人たちと比べたことがないから、仲の良さの度合まではよくわからないけど」

「そう……それならよかったわ」

 とりあえずと答えてみると、五十鈴はぽつりとそう言った。

「ねえ、なんで……」

「じゃ、じゃあ、私はこのあと、出撃の準備もあるから」

 こちらからも聞いてみようとした千代田から逃げるように、五十鈴はそう言ってそそくさとその場を去ってしまった。質問の意図が知りたかったのだが、それを問う暇も与えてくれなかった。

(いったいなんだったの?)

 不思議に思うが、考えてもまるでわからない。部屋に戻る前に、飛鷹と隼鷹にも、こんなことがあったんだがと聞いてみたが、二人とも心当たりはないとのことだった。

 千代田は釈然としない気持ちを抱えながら自室への道についた。




 その頃、千歳は部隊を組んだ仲間たちとともに夜の港に帰り着いていた。

「ねえねえ、今日の食事当番がお菓子用意してくれてるはずだから、部屋に食べに来ない?」

「行く!」

 陸に上がったとたんに、解散後の楽しみを話しだす仲間に、千歳は顔をしかめて声を飛ばす。

「そこ、しゃべってないで整列する」

「は、はい!」

 注意された仲間たちはぎくりと返事をして列を作る。点呼完了を受けて、千歳はようやくよろしいと首を縦に振った。

「皆、哨戒任務おつかれさま。損傷は誰も軽微だから、ドック入りを指示する子はいないわね。それじゃあこのまま解散するけど……その前に、一点」

 そう言って、千歳は仲間の一人の前まで動き、足を止める。明かりに乏しい暗闇だが、千歳にはその仲間がわずかに目をそらしたのがわかった。

「あなた、今回遭遇した三個目の敵潜水艦隊との戦いで、攻撃をし損じたわよね」

「はい。申し訳ありません」

 素直にそう返す仲間に、千歳は軽くうなずいて言う。

「難しい位置取りだったからしかたないとは思うわ。けれど、あなたにはできることだったと思うから。次はしっかりできるよう、気をつけなさい」

「はい。ありがとうございます」

 千歳は残る二人の仲間にも目を向けて言う。

「ほかの二人はよくやってくれたわ。戦果は上々。次に部隊を組むときにはまた今回みたいな活躍をよろしくね。それじゃあ、改めて、これで解散とします」

「ありがとうございました!」

 ひきしまった、けれどどこか喜びを含んだ仲間たちの声がそろった。


「以上が今回の出撃任務の報告です」

 そう言って、千歳は提督を、さらにはその周りの執務室の模様を視界に収める。

 提督が手元で書きつけている書類の下、執務机の上にかけられている布は深い青色の布地。執務机の下を通って千歳の体のうしろ、入り口の扉近くにまで広げられているじゅうたんも深い青。窓にかかるカーテンも青。どこも同じ色で統一されている。

 そろそろ秋から冬になろうとしている季節柄、寒々しさも感じてしまうが、提督自身は理知的な雰囲気を出そうとしているのだろう。なにせ、就任後まもなく、自ら手がけた模様替えだ。いつまでもみかん箱が置かれっぱなしだった前の提督時代よりはずいぶんましになったと感じられる。

 しかし、と千歳は思う。

(どれだけたっても似合って見えないのよね……)

 身だしなみに気を使っていないわけではないのだろうが、どうにも風采が上がらなく見えてしまう。飾り負けしているとでも言うべきだろうか。むしろ線が細く見えてしまって、頼りなさをいや増している。

(ひげでも生やしてみたら少しは威厳が出るのかしら)

 想像してみたが、喜劇俳優のような顔つきしか浮かんでこず、千歳は笑いの発作をこらえるのに必死にならなければいけなくなってしまった。

 その間、提督はそんなことを考えられているとも知らずに書類の上でさっさかペンを動かしつづけていた。

 そうして、満足げにひとつうなずくと、にこやかな笑みとともに顔を上げた。

「さすがは千歳さん。期待通りの……いえ、それ以上の活躍をしてくれましたね。この調子で明日の出撃も頼みますよ」

 そう告げる提督の調子は、上機嫌を通り越して浮かれているようにすら見える。千歳はその様子にため息をこぼしそうになるが、なんとかがまんする。

「はい、ありがとうございます。それから、提督、以前にも言いましたが、私たちに対してそのような丁寧な口調は必要ありません。もっといかめしく……とまではもう言いません。せめて上官らしく堂々と指示を申し渡してください」

 このやりとりも、もう何度目だろうか。数えるのもいやになるほど苦言を呈していることを思うと情けなくなってくる。そして、その威厳のなさに苦情を述べるとこちらの顔色をうかがうように申し訳なさそうな顔で謝られて、けれど次に会うとなにひとつ改まっていないのだ。

 そんなやりとりを繰り返していると、千歳としてもあきらめの境地に達してくる。まるで期待していないが、言わないとまるでそれを認めたように受け取られかねないので、とりあえず口に出すだけ出してみる。そんな心境だ。

 しかし、今日の提督の反応はやや違った。

「そういえば、千歳さんには話しましたっけ? 私があなたたちにしかつめらしく向き合わない理由を」

 千歳はその展開に内心とまどいながらも、記憶を探る。

(そういえば、千代田がそれらしき話を聞きだしてたような。何て言ってたかしら。あれは、そう……)

 そうして、思い出した提督の話を手短にまとめて口に出す。

「……確か、妹さんにしつけられたと、そううかがったように思いますが」

 それを聞いた提督は押し殺したような笑い声をあげはじめた。

「『しつけられた』ですか……。そこはもう少し言葉を選んでほしかったところですが……うん、言い得て妙ではありますね」

 提督はしばらく笑いがおさまらない様子だったが、千歳にとってはなにも面白くない。わかっていながら改めようとするそぶりも見せないのかと思うと、腹の一つも立ってくる。

 やがて提督の笑いがしずまってきたところで、千歳はせき払いをしてまくしたてる。

「開明的な妹さんに紳士的教育を施されたと……ええ、その話はうかがっています。そのご意見にも賛同できるところはあります。ですが、上下関係をはっきりさせるべきところでできないのは、組織としての弱さにもつながる問題です。その点を重々考えおかれたうえで、ご自身を見つめ直していただけたらと思います」

 そうはっきりと言ってみたのだが、提督にはどの程度伝わったものか。

「これでもいくぶんましになってきてるとは思うのですが……。それに、この基地の規律に関しては、千歳さんたちがひきしめてくださってますから」

 そう言う提督はやはりどこ吹く風だ。千代田は頭を抱えたくなった。

(提督が手をつけないからしかたなくやってるだけなのに……)

 それなのに感謝までされては、まるでわかっていないと言うほかない。しかし、それを理解してもらうためにはどこから訴えてやればいいのか。考えだした千歳だが、すぐにその思考を放棄した。どうして大の男のためにそこまでしてやらねばいけないのかと、ばからしく思えたのだ。

「もういいです。退室しても構いませんか」

 これ見よがしにため息をつきながら、千歳は言った。

「ええ、どうぞ。今晩はゆっくり疲れを取ってください」

 自嘲めいた笑みとともに告げられた退室許可に、千歳はすばやく執務室を出て、勢いよくその扉を閉めた。

(本当に手の施しようがないわ。あの提督ときたら……)

 しかしその一方で、千代田にせがまれたわけでもなく、あまり語ろうとしてこなかった身の上のことを自分から持ち出してきたりと、今日の提督の態度には違和感があった。

(それを言うなら、今日だけでなく、この半月ほどずっと……かしら)

 十日ほど前までの提督は、むしろ今にも倒れてしまうのではないかと危惧してしまうくらいに倉皇としていた。いくら頼りない提督とはいえ、欠けてしまえばなにかと困ることもある。心配した千歳は、休養を取ってはどうかと言ってみたのだが、頑ななまでに否定されてしまった。

(あれは神経のほうにきてるんじゃないかとも思ったけど……ここ数日見るかぎりでは、なんとか持ち直したのよね?)

 そう考えてみるも、それほど判断材料はない。千歳はそもそも提督のことをあまり知っているわけではないのだ。おそらくほかの仲間たちも似たようなものだろう。むしろ、千代田がときおり聞きだそうとする場に居合わせた経験からして、基地では他人より提督のことを知っている部類に入るのではないだろうか。知ってよかったと思えることなどたいしてなかったとしても。

 そこまで考えて、千歳は首を振る。

(……あの提督のことなんてあんまり考えてもしかたないわよね)

 そうして頭を切り替える。目の前の扉を開けた先にいる妹のことに。


「ただいま、千代田」

「千歳お姉、おかえり」

 部屋に入るなり発した声に、明るい声が返ってくる。声がしたほうを見やれば、こちらを見る妹の顔も目に入る。その顔は、千歳の帰りを喜ぶでもなく、別段表情らしい表情を浮かべていないものであったが。

 だが、その顔こそがなにより見たかったと、千歳は思う。千代田が千歳の帰りを喜ぶとき、それは大けがの修復をしてから帰ってきたときだ。千代田が悲しみ怒るとき、それはけがの修復もあと回しで千代田に会いに部屋に立ち寄ったときだ。任務を問題なくこなして帰ってきたとき、千代田はそれをさも当然のように迎えてくれる。千代田のその顔を見たとき、千歳は自分のことが誇らしくなる。

 そんなことを考えていると、表情に出ていたのだろうか、千代田がいぶかしげに聞いてきた。

「お姉、なんだかうれしそう。何かいいことでもあったの?」

「ううん、千代田はやっぱり可愛いなあって」

「なにそれ。子ども扱いしないでって言ってるでしょ」

「そんなつもりじゃないのよ」

「どうだか」

 とっさにごまかそうとしたが、返事を間違えてしまったらしい。千代田はすっかりへそを曲げてしまった。

(正直に言っちゃうべきかしら。でも、そしたら、私の楽しみがまた一つ減っちゃうかもしれないし……)

 千代田のことは妹として可愛いと思っている。けれど、それをあまり表に出して接しすぎると、千代田は機嫌を損ねてしまう。一度そうなってしまうと、その行為をやめるまで千代田は口も利いてくれなくなる。そうして、これまでにどれほどのことをがまんさせられることになってきたか。

 今回のことは、それには含まれないのかもしれない。しかし、なりゆきで禁止に追いこまれるおそれもないとは言いきれない。部屋に戻ってきても、千代田がそっぽを向いたままになってしまうかもしれない。

(いやよ、そんなの!)

 出撃から帰ってきて、部屋で迎えてくれる千代田の顔を目に映す。そのことが、千歳にとってどれほど、生きて帰ってこれたのだという実感を抱かせてくれることか。その瞬間を体験することができなくなってしまうとしたら、出撃に際して意気がまるで上がらなくなってしまうかもしれない。それはまずいと、千歳は思う。教導艦としても、千代田の姉としても。

 千歳にとって、前者はそれほど重要なことではないが、後者については冷静ではいられなくなってしまうほどの大問題だ。千代田は、千歳のことを目指すべき目標として憧れ、自己練磨を続けていてくれている。千歳も、そんな千代田にがっかりされない自分でありたいと、空母としては最高峰の練度に達していながら、それに飽くことなくさらに上を見すえることができているのだ。

 ここで千代田につむじを曲げられると、最悪の場合、千代田に幻滅されてしまうことにつながりかねない。

(なんとしてもごまさなきゃ!)

 千歳は必死に頭を働かせる。そうして思いついたことを端から口にしていく。

「千代田、夕食はもう食べたかしら? よかったらいっしょに……」

「いま何時だと思ってるの?」

「そ……そうね。もう時間も過ぎてるものね。じゃあ、お風呂に……」

「まだ入ってないと思う?」

「そ……そうよね。いつも夕食の前に済ませてるわよね。それなら、これから軽めの食事を取に行くから、ついでにお酒でも……」

「明日は朝から出撃が入ってるから」

「ご、ごめんなさい……」

「ねぇ……さっきから、話そらそうとしてる?」

「そ、そういえば! 急に索敵の訓練をしだしたって聞いたけど、何かあったのかしら?」

 その質問に、千代田は一つため息をついてから口を開いた。

「今日の哨戒任務、索敵の調子がいまいちだったから……」

 ばつが悪そうに語るその様子に、知らないふりをしていたほうがよかったかと、千歳は少し心が痛んだ。しかし、言ってしまったものはしかたがない。それに、このまま千代田の気をそらすこともできそうだ。そう踏んだ千歳は、この場はひとまず話を合わせていく。

「でも、それで大きな被害を出したりはしなかったんでしょ?」

「けど……もし、頑丈じゃないのを練度で補いきれない仲間がいたらって思うと……」

「それはそのときのことよ。今はそんな子いないじゃない? 必要のないときにまで気にしてたらきりがないわ」

 自身を高めることに関して、千代田はややもすると深刻になりすぎるきらいがある。以前ならそこからどんどん調子を崩してしまうこともあったが、今の千代田は違うと、千歳は安心している。こうして、聞けばきちんと打ち明けてくれるからだ。

 それに、それだけではない。

「まあ、そうかもしれないけど……。じゃあ、今度、私が訓練してるところを見ててくれる?」

「もちろんよ」

 ときおりこうして、千代田のほうからいっしょになにかしようと声をかけてくれるようにもなったのだ。千歳にはそれがうれしかった。対抗心を燃やされて、ときには反発もされていたのが、すっかり頼られるようになったと感じられる。そんな千代田になら、小うるさいばかりではない姉として接することができる。そんな二人の時間が楽しくてしかたなかった。

 そうして、千歳が小躍りしそうなくらいの喜びをかみしめていると、千代田がなにやら思い出したような顔をした。

「そうそう、お姉。さっき、食堂でお姉との仲はどうなのって聞かれたんだけど、どういうことかわかる?」

 それは、千歳には聞き捨てならない言葉だった。

 勢いよく千代田をふりかえる。千代田は、不思議そうに首をかしげていた。

「仲が良いも悪いも、最近けんかなんてしてないのにね」

 その口調も、質問の意図に察しをつけることすらできないけげんな色を示していた。

「でも、ここのところ、お姉と歩いてるとなんだか生温かい目で見られてるように感じることがあるのよね。本当に、なんでかしら?」

 まるでわからないと困り顔で告げられた千代田のその言葉に、千歳は心中で固い決意をした。しかし、それを千代田の目の前で表に出すようなことはしなかった。

「そうね……私にもまったく心当たりがないわ。これからお風呂と食事に行ってくるから、誰かに会ったらそれとなく聞いてみるわね」

 そう言って、千歳はいつも通りに見えるようにふるまいながら部屋をあとにした。


 部屋を出た千歳は、風呂でも食堂でもなく別のところに向かった。仲間たちの部屋だ。それも、同じ軽空母たちの。

 千代田にはああ言ったが、千歳には先ほどの話におおいに心当たりがあった。

(それというのも……)

 これから問い詰めに行くやつらのせいだと、千歳は思っている。

 いつ頃からなのか。正確なことは千歳にもわからない。だが、気づいたときにはそのうわさが出回りだしていた。

(千代田と私が付き合ってる、なんて……!?)

 初めてその話を耳にしたとき、千歳はめまいがするのを覚えた。どこをどう見たらそんな風に見えるというのか。ばからしく思いながらも、そうではないと、ただの姉妹関係だと、その場は説明した。そうして、話した相手も納得してくれたと千歳には思えた。だが、後日、別の仲間が同じような話をしているのに出くわしてしまった。さらに、日がたつにつれ、その話を知っているらしき者の数は確実に増えていった。

 千歳も黙ってそれを見過ごしていたわけではない。そんなうわさを耳にするたび、全力で否定して回った。しかし、うわさが収まりを見せる気配はまるでなかった。それどころか、最近ではさらに尾ひれがつきだしたようなのだ。

(私がかよわい女の子に目がない女好きってどういうことよ? しかも、千代田だけでは飽きたらず他の子たちにまで触手を伸ばそうとしてる、だなんて!? こんなの、千代田に知られたら……)

 おそらく鼻で笑ってくれるだろうと、千歳も思う。しかし、万が一、真に受けて距離を置かれでもしたら、とてもではないが耐えられない。すでに一部の仲間たちからは間合いの内に入らせないかのごとく警戒されだしているのだ。千代田にまであんな態度を取られたら、千歳は生きる希望を失くしてしまう。

(千代田がなんのことか気づいていない今のうちに、うわさを元から断っておかなきゃ……)

 そのために、千歳はこれから向かう先を目指していた。なぜなら、この根も葉もないはずの話に、以前、聞き覚えがあったからだ。

(二か月前、隼鷹たちと飲んでたときに勝手に盛り上がってた悪乗り話)

 あのとき、千歳自身はどうにでもなれと好きにさせていたのだが、そこでどんどん膨らまされていった話はここのところ出回っているうわさとそっくりなのだ。あの酒席からうわさが流れだすまでにはひと月以上の間があったはずなので、必ずしも彼女たちのしわざとは言いきれない。しかし、関連がないと考えるには、その二つはあまりにも似通いすぎていた。

 その酒席に集まっていた仲間たちと話をつけずにはいられない。そうして、まずはと、千歳は一番手近な部屋の扉を押し開けた。

「祥鳳、ちょっと話があるんだけど、いいかしら」

 だめだと言われても、千歳に引き下がる気はこれっぽっちもなかった。


「ねえ、どういうことなのか、教えてもらえるかしら?」

 詰め寄る千歳だが、相手に動じる様子はない。

「なんのことかしら? 隼鷹、なにか心当たりはある?」

「いや、あたしもなんにも」

 そう言う二人を、千歳は鋭い目つきでにらみつける。

 ここまで祥鳳、龍驤を訪ねてまわったが、二人ともそのとき初めてうわさを耳にした風であった。ならばと、最後にもっともあやしそうな飛鷹と隼鷹の部屋に来てみたのだが、この二人はうわさの存在を知っていることこそ認めたものの、それ以上の関与までは否定した。

「本当に、あなたたちはかかわってないの?」

「そうそう。まあ、そのうわさ聞いたときにも面白そうだから黙って聞いてたんだけど。やっぱ、まずかったかなぁ?」

「まずいわよ! うそだってわかってるあなたたちがそう言ってくれないものだから、妙な話が千代田の耳にまで入りそうで気が気じゃないんだから」

 千歳は頭を抱えた。どうしてこういうときに面白さを優先する仲間ばかりが身近にいるのだろうか。先に訪ねた祥鳳と龍驤も、もし今日以前にうわさを耳にしていた場合、ありそうなことだからと否定はしなかった可能性を述べてきた。悪い悪いと、まったく悪びれる様子もなく告げてくる目の前の隼鷹を見るにつけ、この基地では千代田以外に信じられる相手はいないのかもしれないと、千歳は明後日の方向に思考を飛ばしたくなった。

 そんなとき、意識を目の前に引き戻す言葉が飛鷹からかけられた。

「でも、そんなにまで必死になって否定しようとするところ見てると、何かあるんじゃないかなーとも思っちゃうのよね。ねぇ、千歳、あなたたちって本当に付き合ってないの?」

「本当よ!」

 千歳は言下に否定したが、飛鷹は疑わしげな表情をする。

「付き合ってるまではいなくても、千代田のことが好きとか、千代田から好意を向けられてるとか、そういうこともないの?」

「……あくまで姉妹としてよ」

 そう答えるまでの一瞬の躊躇を、飛鷹は見逃さなかった。

「姉として千代田を可愛がって、姉として千代田に慕われて。それだけで満足してる? それ以上の関係を期待したりしない?」

「そんなこと……」

 なんと答えていいのかわからない話題に千歳は視線をそらすが、飛鷹はさらに言葉を継ぐ。

「手をつないだり、抱きしめたり、体に触れあってみたり、したいとは思わない?」

 思わない、とは千歳には言えなかった。千代田と手をつなぐことも、千代田を抱きしめることも、何度もしたことはあるが、するたびにもっとしたいと思わされた。千代田は自立心旺盛で必要以上の接触はいやがられてしまうのだが、そんな千代田でも弱気にとらわれることはある。そんなとき、肩をくっつけあって話を聞いたり、安心できるからと同じ寝台で身を寄せあったりもした。そうした記憶は千歳にとって宝物のように貴重なものだ。そして、できることならまた何度も重ねていきたいという淡い希望も抱いている。それを求めてきたときの千代田の苦しげな様子を覚えていながら。

 だが、過去に千代田としてきたことも、これからの千代田との間にひそかに望むことも、すべては姉妹としての間柄を前提にしたものだ。少なくとも千歳にとってはそのつもりだった。飛鷹はそれらがまるで恋人たちだからこそする行いであるかのように口にしたが、それならば姉妹でありながらそんなことを行う自分たちの関係は異常なのだろうか。それとも、自分たちはすでに、一般的には恋人とされる仲になっているのだろうか。仮にそうだったとして、それを認めてさえしまえば、もっとと願う気持ちも許されがたいものではなくなるのだろうか。

 わからない。千歳にはそうした経験がなさすぎた。

「ね、どうなの、千歳?」

 重ねて問うてくる飛鷹が、なぜかひどく大人びて見えた。

「わからないわ。そんなこと……」

 飛鷹の問いに答えが出せないのが落ち着かなかった。しかし、これ以上この部屋にいると、どこまで心をかき乱されてしまうかわからなかった。

「……私、もう帰るわね」

 それだけ言って、千歳はのろのろと腰を上げる。

「ええ、それじゃ」

 当初この部屋を訪れた目的は中途半端になってしまっていたが、それを思い出す余裕すらなかった。今や千歳はすっかりそれどころではなくなっていた。


「ずいぶんゆっくりだったね」

 千代田の声に気づくと、千歳は自分の部屋に戻ってきていた。飛鷹たちの部屋を出てから、風呂に入り、軽く食事をとった……ような記憶はあるが、それは本当に今日のことなのかと聞かれるとはっきりしない。手に持つ湿り気を帯びたタオルと今は感じない空腹から、そうなのだろうと推測するばかりだ。

 そんな千歳のぼうっとした様子を見て取ったか、千代田がいぶかしむように声をかけてきた。

「お姉、どうかしたの?」

「う、ううん。なんでもないの」

 いつも通りに答えようとした千歳だったが、おおげさなくらいに体はのけ反り、声もうわずってしまった。

「なんでもないとは思えないんだけどなぁ。もしかして、さっきの話でなにかとんでもないことがわかっちゃったとか?」

 その言葉に、千歳は一瞬なんのことだったかと考えて、ようやく部屋を飛び出る前の千代田とのやりとりを思い出した。

「ち、違うの。そのことはなんでもなかったの」

「じゃあ、なに?」

 重ねて問われて、千歳は言葉をつまらせた。明かせるはずがない。先ほどからの煩悶など。

(千代田と恋人同士になるにはどうしたらいいんだろう……なんて)

 飛鷹と隼鷹の部屋で浮かんだ考えは、すっかり千歳の頭にこびりついて離れなくなっていた。そして、考えれば考えるほど、千代田との今の関係に満足していない自分がいることに気づいてしまった。

(千代田は、私の気持ちを知ったらどう思うかしら)

 そらしていた目でちらりと千代田を見る。彼女は可愛らしく首をかしげ、こちらの表情をうかがっている。

「……?」

 見られていることに気づいたのか、千代田の目と千歳の視線が交錯する。

 その瞬間に、千歳はなぜだか猛烈な恥ずかしさを覚えて、すばやくうしろを向いてしまった。

(どうしたの……? 千代田と目が合いそうになると、顔が熱くなってくる……?)

「お姉……?」

 背後から心配してかけられる千代田の声にも、ちゃんとした答えを返すことができなかった。まるで、自分の体が自分のものでなくなってしまったかのようだった。

「ほ、本当に、なんでもないの。なんだか疲れてるみたいだから、私、もう寝るね」

 千歳はなんとかそれだけ言うと、そのまま千代田の顔を見ることもできず、ひきとめようとする千代田をふりきり一目散に寝台にもぐりこんだ。




「お姉……いったいどうしちゃったのかしら」

 それから何日かののち、千代田は一人、夜道を歩いていた。船渠へと向かうためだ。

「お姉が大破して帰ってくるなんて……ううん、それ自体はときどきあることだったわ。そうじゃなくて、いつも慎重なお姉が、そんなにみんなをぼろぼろにして帰ってきたのよね……」

 千代田が明朝の出撃に備えてそろそろ眠ろうかどうしようかと考えていた夜中に、千歳の部隊は帰ってきた。ところが、それから一時間待ってみても千歳は部屋に戻ってこない。なにもなければ提督への報告後にすぐに戻ってくるのだが、大けがしたなら無理して顔を出さずに直してもらってからにしてほしいと何度も言ってある。今夜は船渠に寄っているのだろう。そう考えて見舞いのために部屋を出た千代田だったが、その道すがら、出会った仲間から、帰ってきた千歳の部隊は誰も彼もが満身創痍だったと聞かされたのだ。

(確かに、ここのところなんだかおかしかったけど……)

 千歳は通常、戦果をあげることよりも仲間に無理をさせないことを優先して指揮をとっている。そのため、大破するほどの被害を受ける部隊員は少なく抑えられ、それでいてほかの教導艦の仲間に引けを取らない戦果をあげてみせる。だからこそ、千歳は仲間たちからも深く信頼されているのだ。

(そのお姉が……?)

 疑問に思うが、その一方で千代田には思い当たる節がなくもなかった。ここ数日ずっと、千歳はなんだか落ち着かない様子だったからだ。

(龍驤たちに聞いてみてもまるで口止めされてるみたいに言葉を濁されちゃったし。それに……)

 千歳の異変はそれだけではなかった。むしろ、千代田にとってそれよりはるかに大きな打撃になっていることがあった。

(お姉、顔も合わせてくれない。なにか隠し事してるみたいなんだけど。それとも、怒らせるようなことしちゃったのかな)

 この間のなんだかぼうっとしていた夜から、千歳は急によそよそしくなったと千代田は思う。以前ならばときにうっとうしくも思うくらいに声をかけてきたというのに、必要最低限のことすら話しかけてこない。それどころか、千代田と会うのを避けるように、部屋にいる時間が短くなっていた。風呂も、食事も、時間がずらされるようになってしまった。昨日など、たまたま出くわした倉庫で話しかけてみると、あわてて逃げるようにその場を去られてしまった。

(なんで……?)

 千代田は繰り返し自問せずにはいられなかった。

(あの夜、なにかがあったと思うんだけど……)

 それが何なのかわからずにいる。くわえて、こうも思う。

(ずっと悩んでるくらいなら、私に相談してくれればいいのに……)

 それこそが、千代田を消沈させる最大の要因だった。千代田自身、千歳に悩みを打ち明けることには遠慮してしまう部分もあるが、千歳のほうから打ち明けられることがあれば、いつだって全力で相手になるつもりでいるのだ。いつも世話を焼こうとすることにかけてはこちらがいやになるほど気軽に話しかけてくるくせに、自分のことになるととたんに黙って一人でやりとげてしまう。千代田にはそれがさびしかった。

(私って、まだそんなに頼りないのかな……?)

 ここのところ、任務で失敗を重ねることはほとんどなくなった。教導艦としての役割もそれなりにこなせているつもりだ。だが、それにもかかわらず、千歳は千代田のことを背中にかばおうとするばかりだった。

(いつになったら、お姉のとなりに立てるようになるのかな……)

 うつむきながら開けた船渠わきの小屋の扉は、いつもよりも重たく感じられた。


 ついているのかいないのかもわからないような頼りない灯りの下、千代田は千歳のいる浴室へと向かう。ここに来る途中、月明かりに照らされる艦影を確かめた。ほかの艦についてはあまり自信がないが、千歳のものなら遠目でもわかる。

 のろのろとした歩みで浴室へと近づいていくと、中から姉と誰かの話し声が聞こえてきた。

(誰かしら……?)

 親しい仲間が入渠中に見舞いに来ることは別段珍しいことではない。退屈な時間をまぎらわせることから、千代田としても、姉や仲間たちが訪ねてくるのを歓迎している。任務で世話になっている千歳がぼろぼろになって帰ってきたとなれば、心配してつめかける者もいるだろうか。

 浴室の扉に手を伸ばしながらも話し声に耳を傾けていると、中から聞こえてくる仲間の声はよくよく聞きなじみのあるものだとわかった。

(飛鷹? 隼鷹を連れずに……なんて、珍しいわね)

 常にいっしょにいるわけではないが、二人は行動を共にすることが多い。隼鷹がなにかと飛鷹を連れ回しているからだ。一時期の酒びたりがすっかり飛鷹べったりとでもいおうか。そんな飛鷹が、一人で千歳の見舞いに来ている。

(何を話しているのかしら……?)

 そっと、千代田は扉をわずかにずらし、すきまから二人の様子を盗み見た。

「それで、千代田はどうするの?」

 その瞬間、耳に飛びこんできた飛鷹の言葉に、千代田は体を緊張させた。そして、

「もう、千代田のことはどうでもいいでしょ」

 続く機嫌を損ねたような千歳の言葉に、千代田は一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。

(どうでもいい……?)

 どういう流れでその言葉が発せられたのかはわからない。だが、千歳が千代田のことをそう言ったことは確かだった。

「そんなことよりも、飛鷹はどうなの?」

「私?」

「あなた、なんだかばかに詳しいじゃない」

「知ったかぶってるだけよ」

「あなた、誰かと付き合ってるの?」

「そうかもね」

「え?」

「そうじゃないかもね」

「もう、どっちなのよ」

「そんなに大事なこと?」

「そうよ」

「秘密」

「まったく……」

 千代田が呆然としている間にも、二人の会話は進む。その中で、千歳が何かをごまかすようにしたり、いぶかしんだり、きょとんとしたり、怒ったり、きっとにらんだり、あきれたり、ころころと表情を変えるのを、千代田は見た。それらは、ここ最近の千代田にはまったく見せてくれないものだった。

(そういえば、お姉、ここのところよく飛鷹といるところを見かける気がする)

 そして、記憶を探れば探るほど、そのときの二人は、今の千歳と千代田よりはるかに親しげに接している場面ばかりが浮かんできた。今も、千歳は飛鷹になにかを求めるような視線を向けている。

(私じゃ、だめなのかな。飛鷹だから、あんな顔してるのかな……)

 考えているうちににじんできた視界に、千代田は自分が泣きだしそうになっていることに気づいた。

(なんで? お姉が誰かと仲良くしたって別にいいじゃない? 私なんかより、いっしょにいて楽しめる相手がいるなら、それで……)

 もれそうになる声を押し殺しながら、千代田は引き戸をそっと閉めた。そして、一歩、二歩と、入ってきた小屋の扉まで音を立てずにあとずさると、そこからわき目もふらずに部屋へと駆けだした。

 今が夜更けで、自分の姿を誰にも見られるおそれがないのが、千代田にはありがたかった。

(私、なんで泣いてるんだろう……)

 自分の気持ちすらわからず、千代田は涙を流しながら走った。途中何度も転び、みじめに体を土ぼこりにまみれさせた。

(お姉、私……私……)

 千代田の心はいつまでも言葉にならなかった。よろよろと自分の寝台に倒れ伏すと、その夜、千代田は一人、千歳のいない部屋で泣き明かした。




「はぁ……こんなのじゃ、お姉にがっかりされてもしかたないわよね」

 ぽつりとそうつぶやく千代田は、疲弊した体を浴槽に横たえていた。

 昨晩、千歳が修復を終えて部屋に戻ってくることはなかった。千代田は、誰にも明かせぬ悶々とした気持ちを抱えたまま、寝不足の体で今朝の出撃に向かった。

(気持ちの切り替えはしたつもりだったんだけど……)

 あまり落ち込んだ様子を見せては、なにかあったのかと仲間たちに勘づかれてしまう。なにかと心配してくれる仲間たちにいつまでもは隠し通せるものではないだろうが、もう少し自分の気持ちを落ち着けてからにしなければ、感情的になって余計に迷惑をかけてしまいかねない。そうして昨晩のことを思い出さないようにしながら仲間たちと接しているうちに、いつもの調子が戻ってきたと、千代田は思っていた。しかし、それはあくまで表面的な部分にすぎなかったらしい。

(ここのところ腕も磨けてきたと思ってたけど、そう思いこんでただけなのかしら……)

 千代田たちの部隊が向かった西方海域は、北方海域よりもさらに強い深海棲艦の部隊が押し寄せる難関の任務先だ。それでも、千歳を目指して実戦経験を重ねてきた千代田には、無理をしなければそれなりの戦果をあげられるだろうという自信はあった。しかし、それは思い上がりにすぎなかったと痛感させられた。

(簡単な任務ばかりこなしてるうちに調子に乗ってたのかも……)

 この西方海域は、昨晩、あの千歳でさえぼろぼろになって帰ってきた難所なのだ。いつもの調子でやればなんとかなるなどと、軽く構えてかかっていい出撃先ではなかった。

 そうと気づいたときにはもう遅かった。練度がいまひとつとはいえ戦艦の砲撃にもけろりとして応戦してくる航空母艦や、しとめきれずにかかりきりになってしまう潜水艦。これまでの経験がまるで通用しない敵を相手に、千代田はがたがたに崩れた味方部隊の体勢をまったく回復させることができなかった。

(どじを踏む癖は治ったって、思ってたんだけどな……)

 未知の頑強さを見せる敵にあせって、対応を変えなきゃとその場で考えようとしてあせって、考えているうちに被弾した自分にあせって、あわてて反撃しようとあせって。周りの状況を確認する余裕もないほどに冷静さを失って、統率のとれない味方をただの的のように敵に姿をさらさせつづけてしまった。

 そうして、千代田自身、多くの仲間ともども大破した艦の修復作業を受けている。

(お姉なら、あの場面をどうやって乗りきったのかな……)

 次の出撃に向けて千代田は考えようとする。だが、千歳をひきあいに出そうとしたことで、別のことが思い出されてきた。

(お姉、今日も、港に迎えに来てくれなかった……)

 千代田の胸に鈍い痛みが走る。

 千歳はこれまで、千代田のことなら、任務からの帰投予定時刻も修復の終了予定時刻も、すべて把握して港や部屋で待っていてくれた。けれど、ここ数日はそのときにすら姿を現さなくなっていた。

(お姉、やっぱり私を避けてるんだよね……?)

 これまでも、千代田のほうから千歳を避けることはあった。けんかしたときなど、別々の部屋で眠ったこともあるくらいだ。けれど、それもすべて、そんな態度を取っても千歳はいつだって自分のことを気にかけてくれているという安心感があったからだ。千代田は、そんな千歳の世話焼きなところをときにうっとうしく思いながらも、それに甘えかかっていたのだ。

 だが、今、その前提が崩れ去ろうとしている。それは、なににもまして千代田を動揺させるできごとだった。

(お姉、今どこにいるの……?)

 修復中の千代田の見舞いにも、千歳が現れる気配はない。ちょっと前までならば見られなくてほっとできたはずの情けない姿でありながら、千代田は千歳の訪れを望まずにはいられなくなっていた。

(お姉に、会いたい……)

 千代田は今、弱った心をなぐさめてくれる千歳を強く求めていた。泣きだしそうな自分をあやしてくれる千歳の姿がそばにないことに、どうしようもない頼りなさを覚えていた。

「お姉……」

 思いが口からこぼれだしたとき、浴室の扉ががらりと開いた。

 千歳が来てくれたのかと、千代田は期待した。しかし、一瞬ほころんだ笑顔はその後すぐにしぼんでいった。

「千歳じゃなくて残念だった?」

 笑いながらかけられた言葉に、千代田は恥ずかしさを覚えてそっぽを向く。

 現れたのは飛鷹だった。

「ごめんなさい。そんなに邪険にしないで」

 機嫌をうかがうようにそう言われたが、今の千代田には千歳でなければ誰が来てくれても同じだった。くわえて、飛鷹はいま一番会いたくない相手だった。

「なにしに来たのよ」

 相手の顔も見ずに千代田は言う。自分でもびっくりするくらいのとげとげしい口調だった。それほどに千代田は飛鷹に対する気持ちを持て余していた。

(そうよ。だって、しかたないじゃない)

 千代田がもっとも欲する千歳と、ここのところもっとも親密に過ごしている相手なのだ。千歳が、千代田と接するときと同じかそれ以上にも楽しげな表情を、千代田に代わって見せている相手なのだ。そして昨日、千歳が切なげな目もとをしていた相手なのだ。

(私、嫉妬してるんだわ……)

 気づいたその気持ちはまるで千歳に見捨てられたことを認めている証のようで、千代田はますますみじめな心地になった。子供っぽい意地の張りかたはやめなきゃと、思うが千代田の心は千代田の手を離れてさらにかたくなになっていく。

「大けがしたって聞いて心配したんだから」

「じゃあもうけがの具合はわかったでしょ」

 純粋に仲間を思う言葉にもつっけんどんに返してしまう。取りつく島もない答えに弱った顔をする飛鷹を見て、いい気味だと思ってしまう。

「……ねえ、千代田。さっきのでそんなに怒らせちゃった? 本当にごめんなさい。軽いいたずら心だったのよ」

 とまどいながら告げられた言葉はまるで的外れなものだったが、それがかえってわかっていながらとぼけているようで、千代田をいらつかせた。

(今の私はさぞかしいい笑いものでしょうよ)

 がまんの限界を迎えた千代田は、飛鷹をきっとにらみつける。

「昨日、見たんだから……」

「見たって……何を?」

 ぎくりとしたような飛鷹の反応にうしろめたさを見て取った千代田の感情は止まらなくなっていく。

「あなたとお姉がここで話してるの。お姉、私なんかといるときよりも断然楽しそうだった。あなたもわかってるんでしょう? それで、なに? 私が逃げられないここに自慢でもしに来たの? それとも、お姉を取られたみじめな私を笑いに来たの? どっちでもいいわ。もう結構よ。今すぐ出ていって!」

 そうまくしたてると、飛鷹はしばしきょとんとした。そののち、だんだん理解できたという表情が浮かぶとともにおかしくてたまらないというように笑い声をあげだした。

 そこに千代田をあざける様子はいっさいなかった。いかにもおかしな話を聞いて、笑わずにはいられないという調子だった。

「な、なに……なんなの?」

 ことここにいたって、千代田は自分が何か盛大な勘違いをしているのかもしれないと思えてきた。飛鷹が笑えば笑うほど、千代田は顔が熱くなっていった。

「千代田ってば、最高よ……ふふっ……あっははは……!」

 飛鷹の笑いの発作が収まるのには数分の時間を要した。そして、彼女の口から昨晩のことを聞かされると、千代田は恥ずかしさのあまり死にたくなった。




 その頃、千歳は波を切って海を進んでいた。

(千代田、今ごろどうしてるかしら……)

 警戒水域を航行しているさなかでありながら、千歳の頭はすぐにそのことばかりを考えだす。

(私のこと、怒ってないといいんだけど……)

 ここ数日、千代田のことを意識しすぎるあまり、まともに話ができないでいた。それどころか、千代田の顔を見たとたんに逃げだしてしまうことを繰り返していた。そのせいで千代田に心配をかけていることはわかっていた。けれど、すきあらばそんな千代田の気持ちすらも利用しようと考えだす自分がいて、こんな状態では顔向けできないと、ますます距離を取るようになってしまっていた。

(飛鷹が変なこと言うから……)

 それまでは、千代田の姉としてなんのへだてもなく接することができていたのだ。なのに、今ではなにをしようにも千代田にどう思われるだろうかと考えずにはいられなかった。千代田に変に思われたらと、嫌われてしまったらと、そのことばかりがこわくなってしまっていた。

(このままじゃ、私……)

 千代田のことでの動揺は、基地での生活だけでなく任務にも影響を及ぼさずにはいられなかった。あの日から、千歳はこれまでの経験を考えればありえない失敗を重ねつづけていた。基地でもっとも練度が低い仲間と同じような失敗をして、けれど攻撃防御ともに部隊の要であるがゆえに仲間たちにその穴を埋めることはできず、味方の足を引っ張ってしまうことを繰り返していた。当然戦果はふるわず、味方の負傷率は跳ね上がった。

(千代田の理想でいなきゃいけないのに……)

 ここのところの千歳の部隊による戦果は、それだけで千代田に合わせる顔がなくなってしまうほどにぼろぼろだった。そんな醜態をさらしていることを千代田に知られたら、憧れられている分だけ一転して軽蔑されてしまうのではないかと、それが千歳にはなによりおそろしかった。

(立て直さなきゃって、頭ではわかってるのに……)

 千歳はその糸口を見出すことができずにいた。この西方海域への出撃においても、潜水艦部隊と二度の遭遇戦を行っただけですでに中破相当の損傷艦を二隻だしている。

 一方で、千代田のことについては……。

(自分の気持ちに素直になればいいんだって、飛鷹は言ってくれたけど……)

 そんな言葉で踏ん切りがつくくらいならここまで悩んではいないのだと、千歳は思わずにはいられなかった。飛鷹にそう言われて、修復中も一人でゆっくり考えて、そうしようと心を決めたはずだった。それなのに、出撃前に任務から帰ってきた千代田を迎えに行こうとしていたのに、いざそのときになると足が前に進んでくれなくなってしまったのだ。千歳は自らの意気地のなさが情けなくてしかたなかった。

(千代田、私、どうしたらいいんだろう……?)

 そのときのことを思い出すと、くやし涙がこみあげてきた。

(任務中なのに……)

 そう思うが、じわじわと膨れあがる感情は止まらない。

(こんなことしてたら、また仲間に迷惑かけちゃう)

 しっかりしなければと思えば思うほど、ふがいなさは増していった。

 どれだけ泣いても、洋上で千歳をなぐさめる者はいない。まなじりからこぼれる涙をぬぐうたび、そのことに耐えがたいさびしさを覚えた。

(千代田がいれば、優しくしてくれるのに……)

 千歳は遠く離れた基地にいる妹のことを思った。どうして、自分は千代田といっしょにいないのだろうか。それが頼りなくてしかたなかった。千歳はまた一度、目じりの涙をぬぐう。

(千代田に、会いたい……)

 ふっと、そんな言葉が浮かんだ。その気持ちは、涙があふれるたびにどんどん強くなっていった。

 千代田に会ってどうしたいのか。どうすればいいのか。それはわからない。けれど、千代田に会えばなにもかもがうまくいくような気がした。

(そうよ。だって私は、どうしようもないくらいに千代田のことが好きなんだから)

 千歳は固くこぶしを握った。

 そして、意を決して通信機に向かおうとしたそのとき、仲間の一人から千歳に電信が入った。

『偵察隊が西方に敵影を発見』

 その内容に目を通して、千代田は一度、未練がましく基地島の方角をふりかえる。しかし、まもなく進行方向に戻された視線は、一瞬前の面影もないほどに鋭いものだった。

『ただちに機動部隊の発艦を。先制爆撃を加えたのち、砲撃戦に突入します。皆、派手に決めるわよ!』

(ちょっとだけ待っててね、千代田)

 一秒でも早く千代田に会うためには、どんな強敵相手だろうと損傷など負ってはいられない。戦闘へと突入する千歳の頭脳は、かつてないほどにめまぐるしい回転を見せていた。




「以上が報告です。それでは失礼します」

「え? ちょっと待っ……!」

 可能なかぎり簡潔に報告を済ませると、千歳はすぐさま執務室を飛び出した。うしろで提督がなにやら呼び止めようとしていたが、ふりかえることはない。必要最低限のことは伝えたはずだからだ。なにより、今の千歳にはそんなことより大事なことがあった。

(千代田……まだ起きてるかしら?)

 まもなく日付が変わろうとする真夜中の基地棟を、千歳は走り抜けていく。

 千代田の出撃が明朝すぐに予定されているかどうかは、確かめていないためわからない。だが、そうでなくともこの時間にはもう眠っていることが多い。もっと早く帰投したかったのにこんな時間になってしまったことを、千歳は改めていらだたしく思った。

(あの部隊は確かに強敵だったわ。前回、あんなにぼろぼろにされたのも無理はないと思えるほどに)

 今日の自分の戦いぶりは絶好調に冴えわたっていたと、千歳は思う。それでも、敵を倒しきることはできなかった。それどころか、敵に追撃の余力を残させぬようにと深追いするうちに味方の部隊にも一隻の大破艦を出してしまった。そうして、それ以上の進撃は無理との判断からも撤退を選んで基地に戻ってきている。

(けど、それは別にいいのよ。そんなことより……)

 撤退すること自体は、戦闘を始める前に決めていたことだった。それよりも、戦闘を長引かせてしまった分、基地に着く時間が遅くなったことが、千歳にはつらかった。

(千代田……)

 しんと静まり返った廊下に、走る千歳の足音が響く。

 撤退するさなかも、千歳はもどかしくてしかたなかった。大破した仲間を曳航しなければならないために航行速度は鈍らざるをえない。あとのことを仲間たちに任せて一人だけ先に帰ってしまえればと、何度思ったことか。

 しかし、それだけはなんとか思いとどまった。その代わり、傷ついた仲間たちに負担をかけるのも承知でできるかぎり船足を上げることを求めた。その際、理由を聞いてきた仲間たちになにか口走った気もするが、それもどうでもよかった。

(やっと、千代田に会える!)

 ただその気持ちが、千歳をつき動かしていた。

(千代田に会ったら、まず謝って、それから……)

 帰還の道すがら、千歳はずっとそのことを考えていた。

 千代田の手を取って謝りたい。許してもらえたら、また久しぶりに語り明かしたい。このところの煩悶を千代田に聞いてもらいたい。千代田のことが好きなのだという気持ちを知ってもらいたい。

(いきなりこんなこと言ったら驚かせちゃうかしら)

 そうも思うが、今の千歳は止まれそうになかった。千代田を避けてきた期間が体感としてあまりにも長かったから。

 それに、千代田としたいことはもっともっとあった。

 どんどん一人前になってきてるけれどそれでもまだまだ残っている部分で千代田の世話を焼いてあげたいし、そのことで千代田にいやな顔をされて怒られたりもしたい。出撃任務でまたそろって活躍して喜びあいたいし、くやしさをかみしめあったりもしたい。いっしょにお酒を飲みたいし、当番としてでなく二人のためだけに料理を作ったりもしてみたい。もっと訓練につきあってあげたいし、演習で腕を競いあってもみたい。もっと千代田を甘やかしたい。千代田からも進んで頼られたい。戦場では千代田をかばい通したい。それでいて千代田にも背を預けたい。どこに行くにも千代田と連れ立って歩きたい。千代田からも求められたい。この戦争が終わったら、千代田といっしょに静かに暮らしたい。ずっといっしょにいたい。

 その他にも数えきれないほどの望みを、千代田としゃべりあいたい。そしてそれを、ただの姉妹ではしないようなことも含めて、一つ一つ叶えていきたい。

(それができたらどんなに幸せかしら)

 千歳は願わずにはいられなかった。

 考えている間に自分たちの部屋が近づいてきた。

 最後の廊下を曲がると、千歳は足をゆるめ、あがりだしていた呼吸を整える。

(ようやくここまで来れた……)

 部屋の扉の前で、胸に手を当てて静かに深呼吸をする。

(よし……!)

 心臓はいつもより早く拍動しているが、今からすることを思えばまったく緊張するなというほうが無理だ。

 すばやく意を決した千歳は勢いこんで扉を開く。

「千代田、起きてる?」

「……お姉?」

 すると、真夜中にもかかわらず、千歳のかけた声にしっかりと答えが返ってきた。

「千代田!」

 その声を聞いた途端、考えていた段取りはすべて吹き飛んでしまった。暗い室内を見まわせば、寝台に腰かけている千代田の姿が目につく。そのまま千歳は勢いよく千代田に抱きついた。

「お、お姉、どうしたの……?」

 いきなりの行動にとまどう千代田の声が耳もとから聞こえてくる。千代田の体に回した腕からはやわらかなぬくもりが伝わってくる。

(あぁ、千代田だ……)

 全身でその存在が感じられる。その確かな感覚に、任務中の直前からとりつかれていたさびしさもすうっとやわらいでいく。

「千代田ぁ……」

 そのことがうれしくて、ほっとしたことで弱った心の支えが失われたこともあり、千歳はついに涙をこらえることができなくなった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 千歳はただその言葉を繰り返しながら、千代田の首もとに抱きついたまま涙をぬぐう。

 それに対してなにも言わずに背中をなでてくれる千代田の手が、なによりあたたかく心地よかった。

 どうしてこれまで千代田を避けてまわってなどいたのだろうか。千歳はそんな自分の愚かしさを心中でののしった。表向き反発することはあっても、千代田はいつだって、こうして千歳の真剣な気持ちを受け止めてくれていたのだから。

(もう、二度と千代田から逃げたりなんてしないから)

 千代田にあやされながら、千歳はその思いを新たにした。この思いがあれば大丈夫だと、そう思えた。

 このまま眠ってしまいたいほどの安心感に身を任せようとしたそのとき、千代田が声をかけてきた。

「えっと……お姉」

 千歳が落ち着いたてきたことを察したのか、そっと抱きついていた腕をはがされる。それに少しのさびしさを感じて千歳はもの欲しげに腕を伸ばしかけたが、千代田はそれに構わず言葉を継いでくる。

「そろそろ何があったか聞いてもいい?」

 抱きついたそのときから変わらないとまどいを含んだその声音に、千歳ははっとした。

(そうよ。自分一人だけでなにを満足しているの?)

「ごめんなさい。いきなり取り乱しちゃって」

 そう言いながら、千歳はその場で居住まいを正す。千代田のとなりに腰かけて、緊張した面持ちで千代田を見つめる。

 千代田はひざの上で手を重ねながら、そわそわとこちらを見つめかえしている。

 その様子に千代田の不安を見て取った千歳は、まず最初に頭を下げて、言う。

「千代田、ここのところずっとあなたを避けちゃってたわ。ごめんなさい」

「……うん。私、お姉に見放されちゃったのかなって、こわかった」

 少し間を空けて、千代田が言葉を返してくる。そこに許しはない。それだけつらい思いをさせてしまったのだと、千歳は反省の気持ちを強くする。

「そう取られてもしかたなかったわね。私から千代田を避けるなんて、これまでなら考えもしなかったことだから。本当にごめんなさい。謝ったくらいで傷ついた千代田の気持ちをうめあわせるとも思えないのだけど、その前に、私の話を聞いてほしいの」

「なに?」

 千代田は責めるでもなく、千歳の話を促してくれる。そのことをありがたく思いながら、千歳はここからが大事なところだと、気をひきしめる。

「あのね、千代田。私、千代田のことが好きなの」

「……」

「妹としても好きだし、一人の女の子としても好きだわ」

「……そ、そう」

 返答に困ったような千代田の声色に、しかたないかと千歳は思う。自分でも突拍子もないと思っているものを、いきなり受け入れてくれるなどと期待するのは虫がよすぎるだろう。しかし、この場は気持ちを伝えることが大事なのだと、千歳はせいいっぱいの言葉をつむぐ。

「突然こんなこと言われてもびっくりしちゃうわよね。私も、自分の気持ちに気づいたとき、どうしていいかわからなくなっちゃった。妹としてだけ好きだったなら、それまで通り世話焼きでおせっかいな姉としてふるまうことができた。けど、ただの妹とはしないようなこともいっぱいしたいんだって、一度自覚しちゃったら、とたんに千代田とどう接していいかわからなくなっちゃったの」

「ただの妹とはしないことって……?」

 静かに尋ねてくる千代田に、千歳はそうねえと先ほど考えていたことの一部を口に出す。

「いっしょに眠ったりとか、他人にはちょっと言えない秘密を共有したりとか、キスしてみたりとか」

「キ、キス!?」

 動揺しながら自分のくちびるに手を当てる千代田のしぐさを、千歳は可愛いと思った。

「これまでに経験のあることでも、ただの妹じゃなくて好きな女の子とするんだって意識すると違った感覚があると思うから、そういうこともいっぱいいっぱいしたいって、そう思うの」

「お姉が、私と……」

 ほおを紅潮させて落ち着かない様子の千代田をながめながら、千歳はそれがここ数日の自分と同じ理由であればいいと思った。

「そういうことも、それ以外のことも、千代田といっしょにもっといろんなことを感じあいたい。一つでも多くの時間を共有したい。そう思っているんだって、気づいたの」

「……うん」

「そして、そのためにも、千代田とずっと、いつまでもいっしょにいたい。だから、まず、今日まで千代田を避けてしまったこと、許してくれる?」

「……うん」

 許しの表明なのか、相づちなのか、わからないくらいの静かな返事。千歳はそれを前者として、本命の質問を迫る。

「じゃあ、今言った私の気持ちを、千代田は受け入れてくれる?」

「……」

 答えはすぐには返ってこない。

 千代田の口が開き、なにも言葉が発されることなく閉じられてまた開くたびに、千歳の心臓は跳ねて落ち着かない。

(もしだめだって言われたら、明日からまたこれまで通りの関係に戻れるかしら)

 たぶん無理だと、千歳には思えた。一度自覚してしまった気持ちに胸が痛むのを無視しながら、焦がれる相手と気にしていないそぶりで接しつづけなければならないとしたら、とてもではないが耐えられそうにない。

 断られたときは、千代田とは距離を置くしかない。そんな想像に、千歳の胸は張り裂けそうになる。

(お願い、千代田。うんって、言って)

 思いをこめて千代田を見つめていると、やがて千代田はしぶい表情を作って顔をそむけた。そうして、ぼそっとつぶやくような声でこう言った。

「……い、いいよ」

「え、なんて言ったの?」

 聞き間違いかと思えて、千歳はぐっと顔を近づけながら聞き返す。すると、千代田は顔を真っ赤にしながら同じ返事を繰り返す。

「だから、いいって言ったの。私だって、お姉のとなりにいたいって、ずっといっしょにいたいって、そう思ってたんだから」

「千代田……」

 千代田が自分の気持ちを受け入れてくれたことがうれしくて、自分と同じ気持ちを抱いていてくれたという言葉がありがたくて、千歳は感極まって、またしても千代田に抱きついた。さらに、勢いに任せてくちびるを合わせようとしたが、その寸前で口もとに手を当てられて止められてしまった。

「そ、そこまでは……まだ、心の準備ができてないっていうか……」

 うらめしそうに千代田を見つめると、しどろもどろにそう言い訳された。

 しかし、千歳はしたいと、そう思っていた。先ほどキスという言葉に反応してくちびるを見つめてきた千代田に、期待を感じさせられてしまったから。

「ねぇ、千代田。いいじゃない?」

「だって……」

 千代田はなおもしぶるが、千歳に引き下がるつもりはない。千代田の可愛らしい反応を見ていて、ますます欲しくなってしまったから。

「千代田と気持ちが通じあったんだって、その証にしたいの」

「けど……」

「付き合いだして早々に千代田に拒まれるなんて、さみしいわ」

「そ、それは……」

 だんだんとぐらつきだした千代田の態度に、千歳はもうひと押しだと感じる。初めから千代田自身も興味を持っていることは明らかだった。

「ちょっとくちびるを合わせるだけだから、ね?」

「うぅ……」

 このやりとりのさなかも自分のくちびるに触れている千代田は、そうしながらその場面を想像しているのだろうか。

「お願い」

「……ちょ、ちょっとだけ、だからね」

 頼みこむようにねだってみると、ついに千代田は了承してくれた。

「やった! 千代田、大好き」

「もう、調子いいんだから……」

 ぶつぶつ言いながらも、千代田は耳まで赤くしている。

 そんな千代田のほおを両手で挟んで、千歳は互いの鼻先が触れあいそうなほどに顔を近づける。すると、千代田はきゅっと目をつぶって軽くくちびるをつきだした。

(ここで焦らしてみたら、千代田はどんな反応をするかしら)

 そうも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。

(私も、これ以上はがまんできそうにないわ)

「するね、千代田」

「うん……」

 千代田の声は、少し震えていた。そんな千代田の不安を和らげてやりたいと、千歳はほてったほおを軽くなでてやった。

(大丈夫だから)

 千歳の気持ちを理解してくれたのか、千代田の表情からこわばりがとれたように見えた。

 それを確認して、千歳も目を閉じる。

 そうして、ゆっくりと顔を近づけていき、味わうようにくちびるを合わせる。

「ん……」

 かすかにもれた声とともに、千代田の柔らかい感触を感じる。そこから口の中に甘やかな幸せが広がっていく。じわじわとしみいるその感覚に、やがて千歳は満たされた。




 晴れ渡った空の下、千代田は西の海へと船を進めてきていた。任務での出撃だ。すでに何度も遭遇戦を切り抜けており、無視できない体の重さを感じてもいる。しかし、その目はなおも対する敵をしっかと見すえていた。

「取り舵!」

 敵の砲撃の気配を感じ取るや、千代田はすばやく舵を切る。

 しばらくして、敵弾は近くの海面に落ちてはじけ、しぶきを生じて甲板を襲う。

『千代田、大丈夫?』

『平気なので自分のことに集中してください』

 千歳からの電信に、千代田はそっけなく見えるように返信する。

 昨晩あんなことがあってからの今日の出撃なのだが、千代田はばかに心配性になった姉からの電信にはやくもうんざりしつつあった。

(帰ったらよぉく言い聞かせないと)

 戦闘への影響は軽微なものだ。それどころか、これまで千代田が見たこともないほど鮮やかに敵を追いつめていっている。だが、いつもと調子が違うのは、千代田でなくともはた目に明らかだった。しばしば電信を送っても心ここにあらずといった様子で要領を得ない返事をしてきたり、千代田のことになるとすぐにあわてておろおろとした通信を送ってきたり。何かあったのではないかと仲間たちに勘づかれてしまいそうで、千代田は気が気でなかった。

『千代田、戦闘中に聞くのもなんだけど、今日の千歳さん、どうしたの?』

『なんのことかまったくわかりません!』

 仲間からの電信に、千代田はむきになって返答した。昨晩、千代田は確かに千歳の気持ちを受け入れた。しかし、それを仲間たちに知られる覚悟など、千代田にはまるでできていないのだ。

(そりゃ、昨日はうれしく思ったけど……)

 千歳のとなりに立ちたい。そうありつづけたい。それは、この基地に加わったときからの千代田の願いだった。いつか遠い姉の背に追いつきたいと、その一心でこれまでも努力を続けてきた。だから、千歳から自分が求められているのだと飛鷹から聞かされたとき、初め千代田はそれを信じられなかった。まだ自分はその資格を手にしていないと思っていたからだ。飛鷹は自分をなぐさめるためにうそをついているのではないかとも思った。しかし、千歳自身の口から聞かされた気持ちは真剣だった。真実、千歳は千代田を欲してくれていた。それが理解できたとき、千代田は自分の宿願が叶った喜びに包まれたものだった。

(けど、やっぱり早まったんじゃないかしらって思っちゃうのよね)

 千歳の気持ちを受け入れはしたものの、本来、千代田はそれはもっと先のことだと思っていた。自分はまだまだ千歳には及ばないとわかっていたからだ。そんな状態で千歳に甘えたい気持ちに流されてしまえば、どこまでも千歳に守られる立場から抜け出せなくなってしまうかもしれない。そんな危惧があったはずだった。

(なのに、お姉ったら、そういう私の気持ちにはまるでお構いなしなんだから)

 憧れの姉から真剣に懇願されて、千代田に断れるはずがなかった。

(しかも、そのまま調子のいいこと言われてキ、キスまで……)

 そのことを思い出すと千歳は今でも顔が真っ赤になる。

(あ、あれはあれで、よかったけど……)

 くちびるが触れあった瞬間、千代田は体中を駆け抜けるような熱い気持ちに包まれた。これが幸福感なのだろうかと、ぼうっとした頭で考えていた。しかし、千代田が覚えているのはそれまでだった。その後、千歳が何度もついばむようにくちびるをあわせてくるうちに、千代田の頭はのぼせあがってしまい、意識がぼんやりとしだして、気づいたときには千歳と同じ寝台で起床時刻を迎えていた。

(あれは、夢じゃなかったんだよね……?)

 昨夜の記憶を思い出しては、千代田は不安になってくちびるに触れ、あのときの満ち足りた気持ちをかみしめていた。そんな自分は普通ではないと、千歳におかしくされてしまったと、千代田は思ってもいた。

(まあ、私も、お姉のことは言えないのかもしれないわね)

 そんなことを考えていると、千歳から、文面からも喜びようが伝わってくる電信が届いた。

『やったわ! 機動部隊から、敵の最後の一隻をしとめたって連絡が入ったわ! これでMVP間違いなし! 千代田、帰ったら、ご褒美を期待してもいいかしら?』

 連戦の疲れをまるで感じさせぬ元気さに、千代田は一つため息をついた。

『お姉には、帰ったらお説教です』

『ど、どうして!? 千代田にほめてもらいたくて、一生懸命頑張ったのに……』

 千歳のおろおろととまどう様子が目に見えるようだった。それでいいと、千代田は思う。今の千歳には少し頭を冷やしてもらう必要があるのだから。

 敵輸送艦隊と思しき部隊に対する勝利を確認して、千代田は消沈する旗艦の千歳に代わって仲間たちに帰還を告げた。その艦上で、しかし千代田は笑顔を浮かべていた。

 これまで、千代田はずっと、千歳に導いてもらい通しだった。どれほど練度を磨こうと、千歳からしてみれば未熟者で、失敗をしてはその穴を埋めてもらうばかりだった。けれど、こんな浮かれ調子の千歳であれば、ときに自分のほうから抜けているところを補佐することもできる。世話を焼かれるばかりでない接し方ができる。千代田にはそれがうれしくてならなかった。

(たまには、こういうのもいいかもしれないわね)

 ずっとはいやだけど、とも千代田は心の中でつぶやいた。

『そういえば、お姉。たぶんそろそろ空母になってから二度目の改造を受けれる時機だよね。帰ったら、いっしょに受けれるように提督にお願いしてみよっか』

『そうね。千代田といっしょに』

 そんなやりとりをしながら、千代田は基地に加わった当初のことを振り返っていた。あのとき、自分と千歳の間に広がっていた距離は、手が届くことなどないのではないかと思えるほどに遠かった。しかし、今ではいっしょに改造を受けれるまでになっている。部隊を指揮する能力など、まだまだ及ばない点は多いが、いずれ並ぶことができるだろうと、今なら思えた。そして、いつか憧れの姉が安心して背中を任せてくれる日が来るだろうとも。

(その日まで……ううん、それからもずっと、大好きなお姉と、いっしょに強くなっていきたい)

 千代田は心の底からそう思った。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 以上。登場キャラ(名前だけも含む)の現在のレベルは、千歳56、千代田56、飛鷹33、隼鷹33、祥鳳34、龍驤33、木曾52、伊168が30、伊58が30。3-2はもう少しかかるかと思ってたんですが、意外にするっと抜けちゃいました。単艦放置の演習相手と戦ってキラ付けされた状態で挑んだからかなーと思いますが、ともあれまた一つ壁を越えれて、ようやく初期マップ全制覇が見えてきました。今のところ北方海域は3-3に挑戦中、西方海域は残すところ4-4のみとなっています。ただ、遅れてるレベル上げが主に戦艦に偏ってるせいか、最近ではバケツよりも燃料や弾薬の消費が激しくて、資源のやりくりに頭を悩ませるようになってきているのですが。
 今回は改二話というつもりにしてみましたが、千歳と千代田の航改から航改二への変化では、グラフィック上の、それまでの戦場で敵と対しているような凛とした表情が一転笑顔になってるのが印象的でして。二人にいったい何があったのかと考えてこんな感じにしてみましたがどんなもんでしょうね。
 この二人の話はひとまずこれでおしまいです。この先はまったくプランがありません。
 そんなこんなで、今年中にもう一回更新できるといいなと考えているのですが、どうなることやらというところ。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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