2014年11月15日

艦これ、3-2トライ中 その3

 以下、今回はとねちくです。すいません。先に謝っておきます。Twitterで見かけたネタがあまりにもよくって、つい、出来心で……。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 島影に砲声がこだまする。しかし飛び交う砲弾はない。空砲だ。

 だが、砲門を向けられていた船は白旗を掲げ航路をそらす。

『利根の砲撃命中。鳥海撃沈』

 上空を飛ぶ判定役の偵察機から、各艦に電信が送られていた。

 空は晴れ渡り、波も穏やかな昼前時。海上では今、八隻の艦が向かい合っている。艦はそれぞれ二つの隊にわかれているようで、距離を縮めながら激しい砲声をとどろかせ続けていた。

 はじめはどちらも六隻ずつの十二隻。艦種はすべて同じであり、戦力差は五分五分だったはずだが、そこからしだいに一隻減り、二隻減り。三隻目が離脱するころには、有利不利は明らかになってきていた。

「やっぱり、姉さんは強い……けど、まだまだ負けを認めるわけにはいきません」

 旗色が悪くなっている側の旗艦の艦上で、一人の少女が静かにつぶやく。その目に希望を失った様子はない。まだ勝機がついえたわけではないからだ。

 反撃の糸口を探りながら、少女はちらりと右方の味方艦を見やる。手前には航空戦艦。奥には正規空母。しかし、どちらも早い段階で痛手をこうむり、飛行甲板がほとんど使用不能なまでの判定を受けてしまっていた。それに対して、相手の機動部隊にはさしたる被害も与えられていない。空を見上げれば、こちらに見せつけるように悠々と帰還の途につく編隊。

「まずは、ここから……!」

 偵察機から届いた相手空母捕捉の報に応じ、可能な限りの早さで狙いをつける。相手機が自艦に戻るまでの間隙は短い。ゆっくりと何度も狙いを修正している余裕はない。それでも、水平線の彼方を見すえる少女の目は、ぴたりと見えない目標に固定されていた。

『筑摩の砲撃命中。蒼龍撃沈』

 少女は電信を確認しようともしない。意識はすぐさまいましがたの目標を離れ、より近くに迫る艦から放たれた空砲の軌跡をきわどい舵で回避する。

「これで三対四。あと、もう一つ」

 少女は次に相手航空戦艦の姿を捉えようとする。しかし少女の艦を狙う砲撃はやまず、なかなかそのための時間を与えてもらえない。

(今は、がまんするとき)

 少女は自分に言い聞かせ、味方の状況を確認するべく電信を送る。

『日向さん、相手潜水艦の再発見はまだできませんか?』

『まだだ。潜って機をうかがっているのだろうな』

 海の下から今にも狙いをつけられられているかもしれないこわさは、じわじわと集中力を奪う。少女の側の潜水艦はすでに撃沈判定を受けており、この点でも五分にもちこみたかったが、はやる気持ちを相手も察しているらしい。貴重な火力の持ち主が潜水艦にかかりきりになっている現状を苦々しく思うが、こちらも耐える時間だと少女は判断する。

 そうして、とどろく砲声に回避の動きを続けていると、水偵から相手航空戦艦捕捉の報せが入った。待ちに待った報告に、少女は勇躍、照準を合わせた砲撃を開始しようとする。

 そのとき、ちらりと相手の偵察機が視界をかすめた。少女はいやな予感を覚え、とっさに大きく舵を切る。

『摩耶の砲撃至近弾。筑摩小破』

 入った電信に、少女は表情をゆがめる。

「まだ……まだですよ……!」

 漏れる声にも苦しさがうかがえる。少女の側の三隻は、少女を除いた二隻ともがすでに中破判定を受けている。反撃の要であるからこそ、相手も少女の部隊を沈黙させるべく、攻撃を集中してきていた。これ以上の損害は受けてはと、少女は必死に舵を切りつづける。

 追い打ちをかける相手は容赦がない。偵察機が飛び交う音と砲声の響きが交じり合う中、どれほどこの時間が続くのかと少女が弱気になりだしたころ、一方的になりだした戦況に変化を与える電信が届いた。

『日向の爆撃命中。伊58撃沈』

 直後、殊勲をあげた味方からも、少女に電信が入る。

『これで私も本格的に砲撃戦に加われる。ようやくだ』

『ありがとうございます! ここから流れを変えます』

 戦局を引き寄せる好機を感じた少女は、攻め手がゆるんだすきをついてじわりじわりと互いの部隊の距離を詰めていく。近づく分だけ相手の砲撃は激しさを増すが、構わず仲間たちにも追随するよう指示を出す。

「せめて、視認できる距離まで……!」

 なんとか砲撃をかわしながら、少女は相手部隊との間合いをうかがう。相手もこちらの動きに気づいたのか、距離が縮まる速度が上がっていく。互いにけん制するように砲口から火を噴かせるが、船足がにぶることはない。ときおりの至近弾も、直撃さえしなければいいとわりきって大胆に航行する。

「ここからですよ……姉さん!」

 相手部隊の最後尾、航空戦艦の姿を水平線ぎわにとらえた少女は戦機を感じとる。最前列の艦はすでに必殺の間合いだ。相手の砲撃をかわしざま、狙いをしぼって待ち構えていた魚雷を発射する。

『魚雷命中。摩耶撃沈』

 これで少女と相手の部隊は三対二。数の上では逆転した。勝機が見えたと、少女が思ったそのときだった。

『魚雷命中。日向撃沈』

「そんな……!?」

 ようやく砲撃戦に加わったと思っていた少女の味方航空戦艦が、期待した活躍をさせてもらえることなく離脱を告げられたのだ。接近時に受けていた至近弾で損耗が積み重なっていると判定されていたのだろう。少女は自身の目算の甘さを思わされた。

「さすがは姉さん。そうそう思い通りにはさせてくれませんか」

 一隻減ったことで、残る味方部隊は小破の少女と中破の正規空母。対する相手部隊は損害軽微の姉と小破の航空戦艦。実質的に一対二とあっては不利は否めない。火力の差は明らかだ。しかし、少女はまだ勝利をあきらめない。

「私が残っているかぎり、勝ち名乗りはあげさせません!」

 ふたたび集中されだした砲雷撃に反撃を挟みながら、少女はさらに彼我の距離を詰める。一撃でももらえば敗北は決定的になるとわかっていたが、不思議と当たる気はしなかった。一発、二発と続く砲声をやすやすとくぐりぬけて進む。少女が見すえるのは、ただ相手の旗艦のみ。

「姉さんとの直接勝負です」

 相手旗艦を撃沈させる。それが、少女が目指す最後の勝利の形だ。しかしその前に少女が沈められてしまえば敗北が決まる。先に一撃を決めた側の手に勝利が転がりこむ。大一番に、少女は気分が高揚するのを覚えた。

 相手も気持ちを高めているのだろうか、しばし砲声がやむ。その静けさが心地よい。少女はゆっくりと主砲の狙いをつける。その砲筒越しに、相手旗艦の姉と視線が交錯したように感じた。知らず、少女の顔がほころぶ。この時間をもっと楽しみたいと、そう思った。しかし名残惜しむ心と決別するように、少女は声を発する。

「……今!」

 互いに満を持して放った砲声は同時だった。うなりをあげた砲声が島影にこだまし、やがて消えていく。

 当たったか、はずれたか。

 波を切る音だけが耳に入る静けさの中、少女は右に舵を切り、次弾を装填する。そうして、発射の構えをとったときだった。

『利根の砲雷撃命中。筑摩撃沈。ならびに筑摩の砲雷撃至近弾。利根小破』

 電信を確認して、少女は天を仰いだ。




「やっぱり、利根姉さんには敵いませんね」

 講評を受けて、港から基地棟へと戻る道すがら、少女はにこりと笑ってとなりを歩く姉に声をかける。

「いやいや、筑摩。提督の前でも言ったが、あれは危ないところじゃった」

 少女の相手旗艦を務めていた小さな姉も、うれしそうに言葉を返す。

 先ほどの戦いを思いかえすように、姉が海のほうをふりむく。それにあわせて、少女も足を止めて後ろを見やった。あのあたりだっただろうかと考えながら水平線に目を向けていると、少女の心についさっき行われた演習での、心躍る一騎打ちの感情がよみがえる。それと同時に、その結末も。

 安全を確認された基地島の近海で行われる模擬戦、これを号して演習というのが基地での習わしだ。その模擬戦において、形勢不利と目されながら二対二にまでもちこんだ少女の部隊は、しかし、残った唯一の攻撃手である少女が脱落したことで敗北が確定した。最後に残った正規空母は機動部隊の発着艦不能と判定されていたのだ。少女が離脱してからまもなく、彼女も撃沈判定を受け、少女の部隊は全滅。姉の側の勝利で、この日の演習は幕を閉じた。

 こうしてみると、少女と姉の撃ちあいが勝敗をわけたともいえるだろうか。

 そんなことを考えていると、となりの姉が海を見やったまま言う。

「実はな、筑摩。あのとき、吾輩は少々ずるをした」

「あのとき……ですか?」

 悪びれることなく告げられる姉の言葉に、少女は首をひねる。

「筑摩をしとめた攻撃のことだ。あのとき、筑摩ならあちらに舵を切ると予測がついたのでな。初めからそちらを狙って撃ったのだ」

 まさか本当に当たりになるとは思わなんだがなと、明かす姉の表情はうれしげだ。先ほどからの上機嫌さは、ただ勝利したからだけではなく、幸運を味方につけて勝利したことによるのだろう。実力が伯仲している場合、ときに運が勝敗をわけるとは、姉自身の口から聞いた言葉だ。裏を返せば、それだけ少女の力を高く評価してくれているということであり、この小さな姉のすごさを毎日繰り返し感じさせられている少女としては面映ゆい気持ちにもさせられる。

 けれど、それだけではすっきりしない疑問も残る。

「あの……姉さん、それのどこがずるになるのでしょうか?」

 どうだとばかりの視線を向けてくる姉に対し、少女は飛躍する姉の言葉についていけない自分を悟り、おずおずと質問を重ねた。頭の回転の遅い少女にあきれたのか、姉は軽く顔をしかめる。そのことに、少女はわが身が情けなくなり、しゅんとうなだれる。

 少女の様子に気づいたか、姉はすぐに眉間のしわを消す。そして、もとの笑顔に戻るとやや早口で少女の問いに答えてくれた。

「なに、演習だからこそできる手に頼ったということじゃ。実戦では再現できんので意味がないのじゃがな」

 その言葉を咀嚼して、少女はようやく合点がいった。多くの時間をともに過ごす姉ならば、かなりの精度で少女の考えの癖を予測することができるはずだ。日頃の鋭さを見ていると、ひょっとすると、この基地に所属する仲間のほとんどを相手に同じことができるのではないかとも思わされる。しかし、それはある程度以上に気心が知れた相手だからこそできる芸当だ。初対面の深海棲艦との戦いで動きを先読みしてみせるのは、いくら姉でも無理ということだろう。少女としては、それを否定するような戦いの記憶もいくつかあり、確度の問題にすぎないのではないかという気がしてしまうのだが。

 なにはともあれ、つまり、あまり実戦的でない戦い方を選んでしまうほどに不利を感じていたということのようである。

 けれど、そうして姉の言い分は理解できても、その意見には同意できなかった。

「でも、あのときには扶桑さんもいたじゃないですか。姉さんはあえて、私との一対一に応じてくれましたけど」

 あのとき、姉に撃沈判定を下せるか否かに勝負をかけていたため、少女は相手航空戦艦を意識の外に追いやっていた。姉も、講評中の言によると手出し無用と言い含めていたそうだ。しかし、状況的には本来、一対二だったのだ。実際に二隻を相手取ることになっていたとしたら、はたして両者を無力化させるまでもちこたえられる見込みはどの程度あっただろうか。一騎打ちに応じてくれたのは、優勢が定まった中での姉なりの座興にすぎなかったのではないかと、少女には思えてならないのだ。

 そう考えて唇をとがらせる少女の心中を肯定するように、姉は笑みに苦味を混ぜてみせる。それを見てますます悔しそうな表情をしてみせると、姉はふきだしながらも励ます言葉をかけてくれた。

「こんな機会でもないと、筑摩と直接、腕比べをすることなどできんのでな」

「もう、姉さんったら、そのせいであの提督から小言をもらってしまったというのに」

 あっけらかんとした調子で言う姉をしかたなく思うが、けれど自分がいいと思ったことは曲げないのがこの姉なのだと、少女は知っていた。常に我が道を行きながら、それでいて少女を正しく導いてくれる。そんな姉といるときの安心感は、少女にとってなににも代えがたいものだった。

「次の出撃が楽しみじゃな」

 今の少女ならどれほどの戦果をあげられるかと、姉から寄せられる過大な期待に重圧を感じながらも、けれど無様な姿は見せられないと、少女は身がひきしまるような思いだった。さらなる訓練に励まねばと、即座にそこまで考えたところで、少女ははたと現在の自分たちが置かれている境遇に思いいたる。

 北方海域への出撃が行き詰まりを見せはじめて以来、少女も姉も、出撃の機会を一度も与えられずにいた。ときおり演習に組みこまれることこそあるものの、それとて頻度はさしたるものではない。このままでは実戦の勘が鈍ってしまうと、少女は危惧していたのだ。

 理由の説明を求めて姉とともに執務室に乗りこんだときの回答によると、駆逐艦でなければ通過できない航路につきあたっているとのことだった。すぐに突破口は開けるはずだとも言っていたが、それからひと月以上がたった今も事態打開の気配は見えないでいる。南西海域のような長期戦が想定されるが、十分な火力と機動戦力をそろえて挑むことができたあのときとは違って戦力が限られる今回、いったいどれほどの時間がかかることになるのか。あの提督の無能さも考えあわせると、年内にどうにかなるかさえあやしいのではないかと思えてくる。

 あおりを受けているのは少女と姉だけではない。重巡洋艦はすべて放置されている。くわえて、潜水艦や正規空母、航空戦艦を除いた戦艦さえもがお役御免の状態なのだ。南西海域への出撃時代は準育成艦だなどと称して重用していたにもかかわらず、手のひらを返すようなこの冷遇ぶりに、不満をかこっている者は少なくなかった。提督もそれを知ってか、ときおり思い出したように演習が組まれるのだが、もはや練度の維持が目的なのかガス抜きが目的なのかわからなくなっている。

 少女とて軍人だ。基地全体の成果が第一だとはわかっているが、それでももっとほかにやりようがあるのではないかと思えてならないのだ。少女にとっては、姉がなだめてくれるからこそ、無聊をかこちつつも静かに過ごしていられると言いきっていいくらいなのである。

 となりに立つ姉も、今でこそはしゃいでいるが、ここのところだんだんといらだちを募らせてきているのが目に見える。少女の思いも及ばないところに考えをめぐらせる姉のことなので、少女のような小さな感情ではないのかもしれないが、それでも、今の機嫌のよい顔を見ていると、余計なことを言ってその表情を曇らせるのは無神経なことだと、少女には思えるのだ。

 そうして、ただ明るい未来についてだけを口にのぼす。

「ええ。次までに、姉さんをあっと言わせれるよう、もっともっと力をつけてみせます」

「ほう……それは楽しみじゃな。先ほどのように、戦艦だろうと空母だろうと、ばったばったと倒してみせる活躍を期待しておるぞ」

 邪気のない姉の発言に、少女は心中で焦りを覚えた。いつにない大言壮語をしてしまったことで、姉から寄せられる期待がさらに大きくなってしまった。先ほどの模擬戦での戦果は、あくまで相手が練度不足の戦艦空母だったからこそできたことだ。もっと手ごわい深海棲艦との連戦のさなかにあそこまでの活躍ができるだろうか。まるで自信がない。けれど一度言ってしまった手前、期待に満ちた姉の視線の手前、やっぱりできないとはとても言えなかった。

「任せてください」

 声が震えないように気をつけながらそう口にするのが、少女のせいいっぱいだった。




 小鉢に残ったつけもの。その最後のひときれを口に含む。

 ぽりぽりとかみごたえのある食感を味わってはしを置くと、少女――筑摩は手巾で口もとをぬぐった。

 そうして、目の前でおいしそうに食事をほおばっている姉――利根をにこにこと眺めだす。

 利根は梅干しを口に入れて、わずかにきゅっと眉根を寄せている。そうしたしぐさが姉のことながら愛らしくて、筑摩はほおを緩ませる。

 それに、姉が食事をする様子は、同じものを食べているはずなのにとてもおいしそうで、食べ終わったばかりにもかかわらずおかわりがほしくなってしまう。けれどここはぐっとこらえて、また一つ見つけた姉の可愛らしさに声をかける。

「姉さん、顔にご飯つぶがついてますよ」

「む……このあたりか?」

 これは恥ずかしいと左手でぺたぺたとほおのあたりをさわる利根だが、なかなか探り当てられないでいる。それもそのはずである。

「逆ですよ……ほら」

 筑摩が手を伸ばしてご飯つぶを取ってみせる。利根はそれを見て、苦笑しながら取り去されたあとのほおをなでさすった。

「すまんのう」

 そう言ってふたたび食事にはしを伸ばす。

 筑摩も、微笑とともにまた姉の食事風景を見つめだした。

 なにかに気を取られることなく食事を楽しむ姉の姿を見ていると、筑摩も楽しい気分になってくる。先ほどの演習も終わり、遅い昼食にしようとこうして食堂にいるが、その間、姉はずっと上機嫌である。ここ数日、食事中ももの思いにふけりがちで声をかけづらかったことを思うと、筑摩はほっと安心する。姉の考えていることは筑摩の頭には難しくてよくわからない。そんなことはいつものことなのだが、ずっと考えごとに夢中になられると、そのまま姉がどこか遠くへ行ってしまうようにも思えてこわくなってしまうのだ。けれど、この分なら今日は姉とゆっくり過ごすことができそうだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか利根も食事を終え、手を合わせていた。

「ごちそうさまでした」

 筑摩もあわてて手を合わせ、このあとの予定について聞いてくる姉に、どう答えたものかと頭を働かせはじめる。

 外を見ると、だんだんと雲が広がりだしている。雨の予報はなかったはずだが、ひょっとするとひと雨くるのかもしれない。装備の点検は演習後に済ませているからいいとして、屋内でしておくべきことは何があっただろうか。

 あれこれと考えていると、筑摩たちに声をかけてくる仲間がいた。

「あら〜。お二人もこの時間にお食事ですか〜」

 肩ほどまでの紫がかった髪をし、その頭上に西洋の天使のような輪形の装飾をのせた少女、龍田だ。

 くわえて、同じく紫がかった髪をし、片目に眼帯をした少女も。

「おお、天龍に龍田ではないか。任務明けじゃったかのう」

 利根の言葉に、筑摩は装備の点検中に帰投した部隊のことを思い出す。しかし、記憶していたところでは、龍田はその部隊にいたが、天龍はいなかったはずだ。

 その考えを肯定するように天龍はうなずいて答える。

「龍田はな。オレはちげえけどよ」

「うふふ。天龍ちゃんは、私といっしょにお昼が食べたくて今まで待っててくれたんだものね〜」

「う、うるさい。いいからさっさと食うぞ」

 顔を赤くしながらそそくさと食べはじめる天龍と、はいはいと返しながらも笑顔ではしを持つ龍田を見て、筑摩は姉と笑み交わす。この二人の変わらない調子のやりとりを目の当たりにして、なつかしくもほほえましい気持ちになったのだ。

 なつかしいと思ったことには理由がある。この二人は、前任の提督時代、筑摩が基地に加わったときにはすでに今の調子であったのだが、現在の提督が赴任してからというもの、龍田はほとんど遠征に出ずっぱりにされていたのだ。南西海域への出撃が一段落つくまで、筑摩は彼女の姿を見かけることすらなかったほどだ。最近では、少しずつ遠征の頻度が減らされ、哨戒任務等で久しぶりに顔を合わせる仲間たちとの連携を確認しながら再会をなつかしんでいるらしい。筑摩が今日まで二人そろっているところを見かけなかったことはただの偶然だが、先輩格の二人によるいつもながらのやりとりは、やはり見ていて心なごむものがある。

 そうして、ときおり利根と筑摩も加わりながらとりとめもない話をしているうちに、天龍も龍田も食事を終えて手を合わせた。

 楽しい食後のひとときも過ごせたことであり、自分たちもそろそろ動き出そうかと、筑摩が姉に声をかけ席を立とうとしたときのことだ。

「そうそう。龍田よ、おぬしに一つ、聞いてみたいことがあったのだが」

「なにかしら〜?」

 それまでのなんでもない会話と同じような口調で言いだした姉に、筑摩は言い知れない不安を覚えた。表情こそ笑っているが、姉の目には剣呑な光が浮かんでいることを見て取ってしまったからだ。

 のう、と利根は口を開く。その低い声音に、筑摩のいやな予感はふくらむ。

「のう、龍田よ。おぬしらがよく命じられておる遠征とは、本当はどこに何をしに行くものなのだ?」

「……」

 筑摩は、その瞬間に龍田の表情から笑顔が消えるのを見た。

「物資の運搬だと、噂には聞いておる。確かに、積荷の物資は吾輩も見たことがある。だがな、これまでこの任を与えられた者は、おぬしも含めて、以前の提督に重用されておった六人しかおらんのだ。しかも、調べてみてもこれ以上の情報がろくに出てこん」

 緊張を覚えながらも、筑摩には言われてみればと思い当たることがあった。皆の間でも、一時期おかしいとささやかれていたことだ。今の提督の赴任時、なかなか突破口を開けないでいた南西海域での作戦において、戦力強化は必須だった。それなのに、もっとも練度の高かった一群が無関係の仕事にかかりきりにさせられたのだ。

「ま、そのへんはオレも気になってることだけどよ、どうも機密事項らしいんだ」

 天龍が困ったように龍田をうかがう。彼女は利根を見つめたまま口を開かない。

 不穏な空気がただよいだした中で、利根はことさら陽気に声を発する。

「そうは言うがな、少し前までの、出ずっぱりと言っていいほどに繰り返された遠征、あれは異常だ。あれではまるで……」

 そこでいったん言葉を区切り、そうだのうと、腕を組む。

 筑摩は、次に飛び出る言葉を聞くのがおそろしいような、けれど聞かずにはおれないような、もどかしい思いにかられて姉を見つめる。天龍も、おそらく同じ思いでいるに違いない。

 そうして、皆が焦れるのを見計らっていたかのように、利根は口を開く。

「そうだ。まるで、吾輩たちに知られてはまずい情報を知ったがゆえに隔離されておったかのようではないか」

 筑摩はその言葉に息を飲んだ。天龍も目を見開いている。利根だけが微笑を浮かべている。

 しばらく、誰も声を発さない。

 沈黙が続く中、おいおいと、天龍がこぼすのが耳に入った。

「いくらなんでも、それは突飛すぎねえか?」

 天龍は頭をかきむしりながら利根をにらんでいる。だが、それに応じる利根は余裕しゃくしゃくだ。

「この基地には、もともと謎が多い。おぬしもうすうす気づいておるだろう?」

 筑摩はこれまでに姉とした話を思い起こす。前提督の突然の解任。戦時にもかかわらず放置されていた基地。深海棲艦はどこからやってくるのか。その他にも、あれこれと疑問が思い浮かぶ。今は戦時であり、目の前の作戦を優先してほかの些末事はあと回しにするべきだと深く考えないようにしているが、いろいろ納得のいっていないことは多い。

 天龍も、しぶしぶながら同意せざるをえないようだった。なにか言いかけた口から言葉が発されることはなく、むすっと押し黙ってしまった。

 言いだしたからにはちゃんと理由があるのがこの姉である。そうと知る筑摩は、姉の口からくわしい話を聞かずにはいられない気持ちになっていた。少しでも聞いてしまった以上、最後まで知らずにいるのがおそろしくなってしまったのだ。

「それで、姉さん、その知られるとまずい情報とは、何なのですか?」

「いろいろと推測してはおるのだがな……はっきりしたことはわからん。だから、聞いておる」

 そう言って、利根は龍田に視線を向ける。心なしか、その口角がつり上がって見えた。その様子は、まるで他人の秘密を暴くことに面白さを覚えているような不穏さがあったが、今の筑摩にはそんなことより大事なことがあった。

 知っていることを話してほしい。そんな思いをこめて龍田を見つめる。

 分が悪いことを悟ったか、利根の追求から龍田をかばうようにしていた天龍も、話を促すように声をかける。

「なあ、龍田、ここだけの話ってことにして、こっそり話しちゃくれねえか」

 龍田は、真摯に見つめる天龍としばし目を合わせたのち、ふっと視線をそらし、あきらめたような笑みとともにため息をつく。

「もう、しかたないわねえ。特別ですよ〜? 誰にも言っちゃだめですからね〜?」

 何から話せばいいかしらと、龍田は記憶を探るような顔をする。

 しばし考えこんだのち、彼女はゆっくりと口を開いた。

「そうねえ。あれは、前の提督から聞いた話だったかしら……」

 そうして、彼女は語りだす。

「あるところに、利根さんという重巡洋艦の女の子がいたそうなの」

 その第一声に、筑摩は肩透かしをくらったような気分を覚えた。思わず苦情を訴えようとしたが、姉が落ち着いた声で先に問う。

「吾輩のことか?」

「いえいえ〜。それで、その利根さんは、上官である提督さんのことが大好きだったみたいなの」

 それはもう暇さえあれば執務室に入りびたるほどにと、続ける龍田はなんともうっとりとした調子である。

「そんな提督さんが大好きな利根さんだったのだけど、提督さんは、いつだって利根さんの気持ちに応えてくれることはなかったそうよ〜。どうしてだと思うかしら?」

 そう言って、龍田は天龍に質問する。

 天龍も筑摩同様、龍田の始めた話にとまどっているようだったが、ひとまず向けられた話題にまじめに考えこむ。

「そりゃ……あれだろ、上官と部下が恋仲なんて風紀にかかわるとかなんとか、そんなとこだろ」

 その答えに、龍田は微笑を深くする。

「それがね〜、違うのよ。その提督さんには、別に恋人がいたの。それは、利根さんと同じ重巡洋艦で、筑摩さんという名前の女の子だったの〜」

 そこまで聞いた筑摩は、ついにがまんできなくなって龍田をにらんだ。

「あの、すいません。まじめに話してくださるつもりがないのなら、はっきりおっしゃってくれませんか?」

 しかし、龍田は困ったような顔をして天龍のほうを見るばかりだ。その視線を受けて、天龍が龍田のほうを指さしながら言う。

「あー……それがな、筑摩。こいつ、こんな調子だからわかりにくいだろうけどよ、これでもまじめに話してるつもりなんだ。悪いけど、もうちょっと聞いてやっちゃくれねえか?」

 申し訳なさそうに言われてしまい、筑摩のほうこそ困惑してしまった。今の話が姉の質問とどうかかわってくるというのか。疑問に思うが、どうやら姉自身はそうでもないらしい。

「筑摩よ、吾輩ももう少し話を聞いてみたい。しばらくつきあってくれぬか」

 姉にまでそう言われては、筑摩に否やはない。しぶしぶながらもひきさがって姿勢を正す。

 龍田はそれを確認すると、軽く筑摩に頭を下げて言う。

「ごめんなさいね〜。一応断っておくけど、この筑摩さんも、利根さんも、あなたたちのことではないのよ〜?」

 だが、女で重巡洋艦の筑摩といえば、同じく利根ともども、ここにいる自分たち以外にありえない。架空の話だとすれば、いったいどういうつもりなのだろうか。

 わからないまま、龍田の話は続く。

「それで、提督さんとおつきあいしてる筑摩さんなんだけど〜、実は、提督さんのことは上官としては尊敬してたそうだけど、特別好きだったわけではなかったみたいなの。けど、どうしてもって、何度も何度もお願いされて、お姉さんの利根さんにも、あなたならあきらめがつくって背中を押されて、それで結局、おつきあいすることになったそうなの〜」

「そいつは……誰も報われなさそうな関係だな」

 そう言葉をさしはさむ天龍は、龍田の話にしっかりつきあうつもりのようだ。

 筑摩はまだ話についていけていないが、姉にも言われた手前、目の前の話に集中しようと試みる。

「初めのうちは〜、利根さんも笑って二人を祝福していたらしいの。けど、提督さんはいつもいっつも筑摩さんのことばかりで、その笑顔も、筑摩さんにしか向けられない。利根さんは、それがつらくってつらくって、だんだん耐えられなくなっていったみたいなの〜。なんで、提督さんのとなりにいるのは自分じゃないんだって。筑摩さんさえいなければって〜」

「姉さんはそんなこと思いません!」

 思わず、筑摩は立ち上がっていた。だが、きょとんとする周囲を見て、反射的に取ってしまった自身の行動に気づき、顔を赤らめて席に着く。

「さっきも言ったけど〜、これはあなたたちのことではないのよ? だから、落ち着いて聞いてほしいな〜」

「すいませんっ」

 穴があったら入りたい。筑摩はそんな気分にとらわれて手で顔を覆う。

「すまんな、龍田」

 さらには姉にも謝られてしまい、筑摩はますますいたたまれなくなった。まぎらわしい名前を登場させるからいけないのだと思ってみるが、やつあたりにしかならないのがわかるだけに恥ずかしさは収まらない。

 筑摩の持ち直しには時間がかかると察したのか、回復を待つことなく龍田の話は続く。

「それでね〜、ある日のことだったの。筑摩さんと一緒に海に出たとき、利根さんは気づいたの〜。戦ってる敵に夢中で背中ががら空きだって。今なら、うしろから筑摩さんを狙い撃ちできるって〜」

 そのくだりを聞いた筑摩はがばっと顔を上げた。まだ平静さを取り戻せていない頭は、その場面を自分たちのこととして想像させてしまう。

「それで……それで、どうなったんです?」

 せかすようにそう聞くと、ふふ、と龍田にほほえみかけられる。

「そんなに心配しないでいいのよ〜。結局、利根さんは撃たなかったそうなの。提督さんとの仲を、本当はよく思っていないって、筑摩さんも気づいているはずなのに、それでも姉さんって呼んで慕ってくれて、戦場でも安心して背中を預けてくれる筑摩さんの信頼を、裏切れなかったんですって〜」

 美しい姉妹愛よねと、つけくわえられる龍田の言葉に筑摩はほっと胸をなでおろした。姉に背中から撃たれるなど、想像するだけでもつらいことだったからだ。

 けれど、龍田の話はまだ終わらない。彼女は、今度はいじわるそうな笑みを浮かべる。

「利根さんと筑摩さんは、しばらくの間はそれまで通り、表面上は仲良くしていたそうよ〜。利根さんも、提督さんにはやっぱり、自分の魅力で振り向いてもらおうって、努力したみたいなの。けど、どれだけ頑張ってもやっぱりだめで〜、それどころか、提督さんはどんどん筑摩さんとの恋仲を人前で、利根さんのいる前でも見せつけるようになっていったそうなの〜」

 筑摩は、だんだんと話の結末が予想できてきた。それとともに、先を聞くのがこわくなってきた。

「誰か、その提督を殴って正気に戻すやつはいなかったのかよ?」

 話を促すような質問をする天龍さえもが、今は恨めしかった。

「それがいなかったのよ〜。それでね、そんなことを見せつけられるうちに、筑摩さんが憎くって、提督さんが愛しくって、どうしようもなくなった利根さんは〜、ある夜、筑摩さんに当たり散らしたの。どうしてあの人は私にふりむいてくれないんだって、おまえが私の悪口をいいふらしてるんだろうって」

「そんな……そんなの、あんまりです」

 筑摩は目に涙が浮かんできそうなのをこらえながら、きれぎれに言う。しかし、龍田は困ったように首を振るだけだ。

「この利根さんもね〜、長いこと思いつめてたのが、なにかの拍子に自分を抑えられなくなっただけみたいなの。翌朝目覚めてすぐに後悔して、謝ろうとしたそうよ〜。けど、筑摩さんは、もともと仲間の子たちから、色目を使って提督さんに取り入ってるって、いやがらせを受けてて〜、そのうえ敬愛する利根さんにまではっきり拒絶をつきつけられて、がっくりきちゃったみたい。それで……」

「自ら命を絶った……か?」

 姉の言葉に、筑摩の心臓が跳ねる。おそるおそる龍田をうかがうが、否定を願う筑摩の思いもむなしく彼女はそれを肯定した。

「そんなところかしら〜。その日一番の任務に志願して、そのまま敵の砲撃に身を投じるようにその身を沈めてしまったそうよ〜」

「やれやれだな……。すっきりしねえ結末だぜ」

 ほおづえをつきながら天龍が口にする。筑摩も、それに同意したかった。話に出てきた自分は、いや、自分と同じ名前の別人だという人物は、姉とのすれ違いを抱えたまま命を落としてしまったのだから。やるせない気持ちだけが残る。

 けれど、そんな暗い雰囲気になりだした皆に気づいたか、龍田は胸の前で明るく手を振ってみせる。

「いえいえ〜。この話は、もうちょっとだけ続くんです〜。それがですね、筑摩さんがいなくなって悲しみに暮れる利根さんの前に、あれだけそでにされ続けた提督さんが、ついに姿を現すのです〜」

「ふーん。けど、それってよ……」

 言いかけた天龍の言葉をさえぎるように、まあまあと龍田は自分の口で話を続ける。

「利根さんは、筑摩さんが死んでしまったのは自分のせいだって、悔やんで、悔やんで、悔やみ続けていました〜。それと同じように、提督さんも、あの日筑摩さんを任務に出さなければって、悔やまずにはいられなかったの。つまり、筑摩さんがいなくなってしまった悲しみが、二人を結びつけたのです〜」

 めでたしめでたしと、龍田は話をまとめる。その声だけが、むなしくその場に響く。

 そうして皆の反応をうかがっているようだが、向かいの天龍はしらけ顔だ。

「いや、それはそれで……どうなんだ? あんまし健全じゃねえ気がするんだが」

「いやぁね〜。悲しい気持ちから始まる恋だって、いいじゃないの〜。この二人だって、その後、将来を誓いあうような深い仲になったみたいだし〜」

 それとも天龍ちゃんは運命の出会いにでも憧れてるのかしらと言われ、天龍はぼっと顔を赤らめる。

 そのままたわいのないやりとりに興じる二人。

 それを横目にしながら、筑摩にはしかし、腑に落ちていないことがあった。

「えと……あの、龍田さん、話はそれで終わりなんでしょうか? それだけでは、姉さんの質問とどういう関係があるのか、よくわからないのですが……」

 話自体のあと味も決していいものではなかったが、それ以上に、その点がすっきりしないままなのだ。あえて関係があったとするならば、話の中にあった最期の任務が遠征だったということにでもなるのだろうか。

 その疑問に、龍田はにんまりと、とてもうれしそうに表情を変える。

 それを見た筑摩は、不用意に藪をつついてしまったようないやな予感を覚えた。

「いい質問ですね〜。実は、あの話はまだ、あれで終わりではありません〜」

「そうこなくっちゃな。あれじゃちっとも面白くねえ」

 天龍はそう言うが、面白いかどうかの問題ではない。だが、筑摩は目の前で自分を見つめる龍田から目をそらせなかった。気を抜くとその瞬間に取って喰われでもしてしまいそうな、そんな獲物を見つめるような目を、龍田はしていたのだ。

 そうして、皆に注目されていることをじっくり確かめるようにしてから、龍田はおもむろに口を開く。

「愛しあうようになった利根さんと提督さんなのですが、二人の前に、ふたたび筑摩さんが現れるのです〜」

「ど、どういうことですか? さっき、死んでしまったって……」

 筑摩が疑問を投げかけると、龍田は首から上だけを動かしてゆっくりと顔を向けてくる。

「なにも不思議なことはないわ〜。新たに建造された。それだけのことよ〜?」

 この基地にも前例があるでしょと、続く龍田の言葉に筑摩ははっとする。確かに、筑摩がこの基地に加わる前に戦死した仲間が、新たに現れるというできごとはあった。

「ふむ……だがそれは、よく似た別人ということではなかったかの?」

 そうだと、姉の言葉にさらに思い出す。あのとき、自分たちよりも以前から基地に所属していた仲間たちが喜んでいるのを見た記憶はある。だが、ふたたび現れた仲間は、姿かたちこそ同じだが、性格が異なり、なにより以前の記憶をいっさい持っていなかった。それを悟り、悲しみを深くしていた仲間もいたはずだ。龍田も、そのときのことを思い出したかわずかに遠い目を見せる。

「それはその通りねぇ……。けど、ここで大事なのは、同じ顔をしてたということよ。提督さんは、昔の筑摩さんの面影を忘れられなかったのかしら、新たな筑摩さんをなにくれとなく構いだしたの。天龍ちゃん、ひどいと思わないかしら〜?」

「いやまぁ、死なせたことを後悔してたんなら、その負い目もあるだろうよ」

 聞かれた天龍は、あっさりとそう返す。天龍に同意してもらえなかったことが悲しそうに、龍田はよよよと泣きだすようなそぶりをし、ついで筑摩にも同じことを尋ねてくる。しかし、この場は筑摩も天龍の側に立った。提督が新入りの仲間の世話を焼くくらいは普通のことであるはずだからだ。

 二人のつれない反応を受けて、龍田は納得いかなさそうに話を続ける。

「そうね〜。利根さんも、以前の筑摩さんへの申し訳なさからいっぱい、い〜っぱい可愛がってあげてたみたいだし〜。けどね、提督さん、どんどん筑摩さんの相手をしている時間が増えていって、利根さんと二人きりで過ごす時間が少なくなっていったの。それこそ、筑摩さんが出撃しているときか、寝静まったあとくらいしか〜」

 これならどうだとばかりの龍田の勢いに、天龍は苦笑して調子を合わせる。

「可愛がってたらなつかれたってやつか? そういやその提督って、それなりの色男なんだっけ?」

 二人のやりとりを聞いて、筑摩も考えてみる。優しい姉と仕事のできる提督の二人から、基地への所属直後から世話を焼いてもらっていたら、自分はどうなっていただろうかと。後者についてはこの基地の提督が提督なのでまるで想像がつかないが、前者についてならばわかる。一日中、姉につき従うほどに慕ってしまうはずだ。実際、自分がそうだったのだから。今では、姉も一人の時間を大切にしているからと遠慮している部分があるが、できることなら一日中いっしょにいたいという気持ちは変わりがない。

「そうなのよ〜。提督さんの部屋にいれば、たいてい二人とも、そうでなくても片方はいるんだもの。筑摩さんはすっかり提督さんの部屋に入りびたるようになっちゃったわ〜」

 考えている合間にも進んでいた龍田の話に、筑摩はうんうんと同意する。しかし、疑問に思うこともあった。

「その……ち、『筑摩さん』は、二人の仲を知らなかったのですか?」

 同名の人物の名を言いよどんだところで、龍田にくすっと笑われた。先ほどの醜態は忘れてほしい。そんな思いに、ふたたびほおが熱くなる。

「もちろん、知ってたわ〜。知ってて、それでも提督さんの部屋に行くことをやめなかったのよ」

 そこで、龍田は楽しそうな笑みを浮かべる。

「さて、ここで問題です〜。筑摩さんが提督さんの部屋に入りびたった本当の目的は、利根さんか、提督さんか、どちらでしょうか〜?」

「……て、提督じゃないか?」

 いきなりの質問にとまどったか、ややつっかえながら天龍が言う。筑摩は、自分ならばと考えて姉の名を答える。

 二人の答えを聞いて、龍田は笑みを深くする。

「ふふふ。ちょっと、いじわるだったかしらね〜。実は、この時点では、まだどちらも正解なの〜。筑摩さんは、提督さんが好きで、利根さんが好きで。けど、日がたつにつれて提督さんのことが大好きになっていって。だんだんと、提督さんにアピールして、利根さんになにか用事を任せて、あわよくば提督さんと二人きりになろうと画策するようになっていったらしいわ〜」

 聞いていた天龍が顔をしかめる。

「いい子の皮かぶってとんでもねえ女だな」

 それに対して、龍田はひらひらと手を振って言う。

「天龍ちゃん、恋は戦いなのよ〜? それでね、提督さんも、以前の筑摩さんと同じ顔をした女の子から迫られつづけて、ぐらっときたみたい。あるとき、利根さんが出かけてる間に、筑摩さんは想いを遂げたそうよ〜」

 ひ、と筑摩はのどから出そうになった声をなんとかのみこんだ。姉を出し抜くようなことをしたと聞かされて、自分のことではないのに、姉に対して許されない罪を犯してしまったように感じてしまったのだ。横目で見た姉が険しい表情をしていることが、いっそうその気持ちを強くした。

「おい、龍田、将来を誓いあったって、言ったじゃねぇかよ」

「天龍ちゃん、男と女の仲なんて、そんなものよ〜?」

 天龍が抗議するが、龍田は教えさとすようにそう言うばかりだ。そして、ここからが面白いのにとばかり、楽しそうに言葉を継ぐ。

「提督さんも、いけないことをしてるとは、思ってたみたい。筑摩さんとの仲をすっぱり断って、利根さんに謝ろうって、思ってたそうなの〜。けど、筑摩さんは、そんな提督さんの気持ちを悟って巧みに気をそらして、関係を解消しようなんて思えなくなるほど楽しませてあげて。提督さんは、そんな中でも利根さんとも逢瀬を重ねていたのだけど、提督さんを信頼しきった利根さんを見ていると、とても言いだせなくなってしまったそうよ〜」

「それは、その提督がくずなだけだろうがよぉ」

 どう思うと聞かれた天龍は憤慨ぎみに声をあげる。そうねとあいづちを打つ龍田も、やや声の調子を落とした。だが、楽しげな表情までもが崩れることはない。

「けど、安心して〜。そんな不誠実な態度が、いつまでも許されるはずがありません〜。利根さんは、ある日、とうとう気づいてしまうのです。二人の関係に〜」

「そうこなくっちゃな。それで、それで?」

 痛快そうに拳を握りだした天龍を見て、筑摩は他人事のように話を楽しんでいる彼女がうらやましくなった。だって、いくら架空の話であるとはいえ、登場しているのは自分と同じ名前の人物なのだ。そして、続く展開は、先ほど同様に悲痛なものしか想像できないのだ。

「ふふ、ご期待に添えるかしら〜? 二人の仲に気づいた利根さんは、怒りました。浮気者の提督さんにも、泥棒猫の筑摩さんにも。当然よね〜。けど、提督さんをなじることは、できなかったんですって。提督さんの前ではいつでも天真爛漫な姿でいたいって、みにくく嫉妬する姿なんて見せたら嫌われてしまうんじゃないかって、こわくなってしまったから。そうして、利根さんの怒りの矛先は、筑摩さんに向かうことになったのです〜」

「あー、そっか。そういうやつか……」

「そうなのよ〜。この利根さんは、もともとちょっと思いこみの強い子だったのだけど、提督さんにそでにされ続けたせいか、なかなか自分に自信が持てなくなってたみたいなの〜」

 頭を抱える天龍に、龍田が痛ましそうに声をかける。筑摩も、不安に揺れる心をどうすることもできず、ただ龍田を見つめている。けれど、その龍田が、自分たちの反応自体を面白がっているように見えるのは気のせいだろうか。

「それでね〜、利根さんは、提督さんに見つからないように、かげで筑摩さんを折檻しだしたそうなの。たたいて、けとばして、しばりつけて。もちろん、筑摩さんの言い訳なんて聞きいれないわ〜。いやらしい女だって、その体で提督さんをたぶらかしてって、床での練度は女郎にも負けないんだろうって、思いつくかぎりの悪口をあびせながら」

 筑摩は、まるで自身がむち打たれているような痛みを覚えた。そしてその痛みを、姉を怒らせた当然の報いとして甘んじて受けいれてさえいた。

 そこで、天龍の疑問がはさまれる。

「けどよ、前のと違って今度の筑摩は、そんなにすぐ参るようなやわなやつとも思えねえんだが」

「いいところに気づいたわね〜。この筑摩さんは、どれだけ利根さんにいじめられたって、世をはかなんだりしない、したたかな女の子でした。むしろ、それを好機とばかり、提督さんにあることないこと告げ口したそうよ〜」

 うわぁと、天龍が声を漏らす。筑摩も信じられない思いだった。そんなにずる賢く立ち回る自分というものが想像できなかったからだ。

「提督さんも、初めは信じなかったそうよ。けど、あまりに何度も訴えてくるものだから、利根さんを呼んで、二人きりで問いただしの。そしたら、筑摩さんとの関係がばれちゃったのが原因とわかって、提督さん、驚いたわ〜。あまりの利根さんの仕打ちにも驚いたみたいだけど、それでも、悪いのは自分だって、提督さんもわかってたみたいね。利根さんに泣きつかれて、筑摩さんとの関係を清算するって、約束したそうなの〜」

 そのあとでどうすればいいのか悩んだそうだけれどと、続ける龍田はその提督の心情を表現するように、弱り果てた顔をして腕を組む。

 それでいいと、筑摩は思った。その提督は悩むだけ悩めばいいが、身を引くならば、それが姉のほうであってはいけない。それが筑摩にとっての大前提なのだ。

「提督さんは、悩んだ末についに意を決したわ〜。ある日、筑摩さんを工廠に呼び出して、別れを切りだしたの」

 筑摩は、ぎゅっと握りしめていたこぶしの力を緩めた。先ほどより望ましい形で、話が終わりを迎えそうだと思ったからだ。

「筑摩さんは〜、泣いて嫌がったけど、あとから割りこんだ立場だからって、結局は承知したみたい。けど、これで関係が終わりなら、最後に一度だけキスしてほしいって、そう言ったそうよ〜。提督さんも、筑摩さんへの申し訳なさから、それだけならって、二人は唇を合わせたわ〜。そして、まさにその瞬間、利根さんが、提督さんを探して、その場に現れてしまったの」

 あ、と声を発したのは、筑摩だったか、天龍だったか。

 思うにまかせないものよねと、淡々と言う龍田の姿が不自然に映る。

「利根さんは、それを見て、怒り狂ったわ〜。別れるって、約束したはずの二人が、口づけしてたんだもの〜。提督さんにつかみかかって、どういうことだって、問い詰めたの。提督さんは、別れを告げてたんだって、事情を説明しようとしたらしいわ〜。けど、怒りに我を忘れた利根さんには、聞きいれてもらえなかった。まぁ、それまでの行いが行いだものねぇ」

 ふふっと、龍田はまるでその光景を目の当たりにしてきたかのように笑いをこぼす。

「そのときの利根さん、吾輩を捨てるのじゃなって、それならここで死ぬって、すごい形相だったそうよ〜?」

 見つめられた利根は、厳しい顔をしたまま言葉を発さない。

「提督さんは、途方に暮れてしまったわ〜。目の前には、これからも関係を続けていくつもりの利根さん。少し離れたところに、関係を解消するはずの筑摩さん。筑摩さんは床で泣き崩れていて〜、利根さんは、手がつけられないほど感情的になってて。提督さんは、その場ですばやく考えをめぐらせたわぁ。そして、利根さんの肩に手を置いて、こう言ったの……」

 そこで、龍田は言葉を切って軽く皆を見回す。

 筑摩は続きをせかすように龍田を見つめる。筑摩の心臓は先ほどから早鐘を打つような鼓動を続けている。その音さえも響いてしまいそうな沈黙が耳に痛い。

 一度開きかけた龍田の口に、ごくりと、つばをのむ音がなる。

 それを確認したように、龍田はゆっくりと、愉快そうに、言葉を発した。

「『私は、これまで誠意のない態度をとり続けてしまったことを、心の底から申し訳なく思っている。だけど、だからこそ、これからはただ一人だけを見つめていると誓う。私なんかの言葉は信じられないかもしれないが、これまでもずっと愛してきた。これからもずっと、愛し続けるよ…………おまえの、妹を』。そう言って、提督さんは、利根さんを解体室につきとばして、すぐさま扉に鍵をかけたわ〜。あとには、提督さんと、筑摩さんだけが残されたの」

 そうして二人は幸せになったそうよと、そう言って、龍田は話をしめくくる。

 なにも言えないでいる筑摩たちをよそに、彼女の顔は不気味なほどの笑みに満ちていた。




「すいません、利根姉さん」

 執務室へ向かう途中、ぐすぐすと鼻をならしながら、筑摩が言う。

「気にするな。落ち着いたのならそれでよい」

 気づかわせまいと気を張る自分に、ただそう声をかけてくれる姉が、今の筑摩にはありがたかった。

 先ほど龍田から聞かされた話は、筑摩にはあまりにも衝撃的すぎた。いくら自分たちのことではないとはいえ、姉が殺され、その姉の望んだ場所に自分と同じ名前の持ち主がおさまることになる話だったのだ。その理不尽さに、筑摩は涙をこらえられなくなってしまった。話をしてくれた龍田も、まさかそんなことになるとは思っていなかっただろう。筑摩自身でさえ、自分の手のひらを離れてしまったかのような体の反応にとまどい、おろおろとしてしまった。

 そんな筑摩を優しくあやしてくれたのは、利根だった。大丈夫だと、自分はここにいると、そう言って背中をなでてくれる姉の手のあたたかさに、筑摩は動揺する心が安らいでいくのを感じられた。

(やっぱり、私は姉さんがいないとだめですね)

 となりを歩く姉の姿を見て、筑摩はその思いを強くする。自信に満ちたその顔に見入っていると、その視線に気づいたのか、なんだと声をかけられた。

「いえ、その……龍田さんの話をあれだけしか聞けませんでしたが、よろしかったのでしょうかと思いまして」

 とっさにそう言ってみるも、答えは聞かずともわかっていた。

「うむ。思っていたのとは違ったが、大きな収穫じゃった」

 筑摩には荒唐無稽な作り話としか思えなかった話だが、利根にはなにか得るものがあったらしい。筑摩には思いも及ばないところだが、姉がうれしそうにしているのならそれでいいと思う自分がいる。

 あのあと、姉にあやされているうちに日向が現れた。彼女によると、自分たちが提督から呼ばれているらしい。そんな言伝を聞いたために、天龍と龍田との話を打ち切って、こうして二人そろって歩いている。

 部屋でゆっくりしていればいいと姉は言ってくれたが、それを曲げてついてきているのは筑摩のわがままだ。こわい話を聞いて、不安な気持ちを和らげるために姉といっしょにいたいなどと、子供みたいなことを思ってしまった。しかたのない妹だとあきれられていないだろうか。それだけが心配だ。

(この埋め合わせは、後日、できるといいのだけど……)

 そう思ってしまうくらいに、姉が筑摩を必要とする場面は少ないように感じてもいる。

 勝手に気分を落ちこませかけていると、執務室の扉をたたく音がする。これではいけないと、筑摩は背筋を正し、姉に続いて執務室へと入った。


「よく来てくれた」

 提督はにこにことそう言って二人を迎える。なにか書類仕事をしていたらしい。ちらとこちらを見たあと、ふたたび手もとになにか書きつけている。

 提督の言葉に対し、筑摩は無言で顔をそむける。よく来てくれたもなにも、上官である提督から呼びつけられてやってこない者などいるはずがない。そう思って返事をする気にもなれなかったのだ。しかし、姉にとってはそうでもないらしい。

「なに、ちょうど吾輩もおぬしに聞きたいことがあったのでな」

 いつものように、明るく話しかけている。

 利根の言葉に、提督は手に持っていたペンを置き、かたわらの湯呑みをすする。

「じゃあ、まずあなたの話から先に聞こうか」

 そう言って、提督は二人に席をすすめる。

 長くはかからないからと、利根は率直に断りを述べた。筑摩もそれにしたがい、立ったまま姉の話に耳を傾ける。

「おぬしが六名の仲間にかぎって命じておる遠征とは、本当はどこに何をしに行くものなのだ?」

 もったいつけることもなく、利根は先ほど龍田に聞いたばかりの質問を繰り返した。

「それは……機密事項にあたる」

 提督は歯切れが悪そうに答える。その姿に、裏に何かがあると、筑摩でも悟らずにはいられなかった。

 利根は大きくうなずいて、言う。

「そうだろうな。どこをどう調べてもそんな情報しか出てこん。しかしな、つい最近、面白い話を知ったのだ」

「何を知ったんだって?」

 提督はふたたび湯呑みに口をつける。

 その様子を見て、姉は楽しそうに口もとをゆがめた。その表情が先ほどの龍田をほうふつとさせて、筑摩は背筋にぞっとする感覚を覚えた。

 今ならまだ止められる。そう思うが、筑摩の体は硬直してしまったように動かなかった。声を出そうと口を開く、ただそれだけのことすら叶わない。自分ごときが姉を制止するなどとと、ためらう気持ちがあったからだろうか。

 そうして、利根はなににもさえぎられることなく口を開く。

「吾輩と同じ名前の存在が、別のところにもおるのじゃな」

 それを聞いた提督の顔色がさっと変わった。

「な……どこで、それを……!?」

 提督を見つめる利根の目は、笑みを浮かべる口もととは逆に鋭さを増していく。

「それは言えん。しかし……それにしても、ここがブイン、勢力圏のほぼ最前線にあたるからこそ多数の艦船が集結しておるのかと思えば。よその拠点にも吾輩たちがおるとなれば、吾輩たちの存在は、いったい何なのだ? それに……」

 姉がなにを言っているのか、筑摩にはわからない。まさか、龍田から聞いた話は、すべて本当のことだったのだろうか。頭がぐるぐるとしてなにも考えられない。だが、青ざめる提督の顔色から、姉の言葉が禁忌に触れる内容であることは疑いない。

 硬直をふりきって、筑摩は姉に手を伸ばす。

「姉さん……!」

 それ以上はやめてくださいと、筑摩が言おうとした矢先だった。

 どん、と執務机のほうから音がした。そちらを見ると、提督がいすから立ち上がって肩を震わせていた。

 こちらをにらみつける青白い顔を見て、筑摩は初めて、この提督のことをおそろしいと思った。

 提督は、怒鳴りだしそうになるのをこらえるようにして、一語一語ゆっくりと言葉を発する。

「利根、筑摩、あなたたちには、懲罰室入りを、命じる」

 筑摩はその静かな剣幕に震えて、ひざをついてしまった。だが、見上げた視線の先で、姉は不敵な笑みを浮かべつづけていた。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 以上。登場キャラ(名前だけも含む)の現在のレベルは利根46、筑摩47、天龍34、龍田53、日向33、扶桑34、蒼龍12、摩耶17、鳥海17で、伊58が28。上にも書いてますが、重巡組他はここのところ出番がなくて全然レベル上がってないです。クリアの見通しが立たないままじわじわと減ってくバケツがこわい。
 それと、前回のとねちく回にて、「独自設定」と書きましたが、正確には他作品からのパクリですね。謹んで訂正させていただきます。
 それに関連して……ではないですが、今回は『氷と炎の歌』のパロディのつもりで一部の場面を入れこんでみました。あんまりそれっぽくないかもしれませんが、どんなもんでしょうね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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