2014年10月25日

3-2トライ中 その2

以下、今回は望月長月です。文字数を膨らませるばかりで削る方法がわかってない感。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「やっと帰着か……」

 固い港の舗装を踏みしめながら、一人の少女が力なくつぶやく。

 その少女の頭上を、一羽の海鳥が飛び去った。鳴き声高く、朝の海へと羽ばたく姿が力強い。続けて二羽、三羽とあとを追うように飛び立っていく。

 夏場のうるさいほどの蝉の声も絶えた今、基地の近くには少しずつ、彼ら海鳥の姿が増えてきていた。営巣するもの、さらに南へと向かうものたちがここを訪れだしたからだ。あとひと月もすれば、港は彼らの喧騒で満たされていることだろう。

(冬場の風物詩……なのだろうな)

 倦むことなく繰り返される彼らの営みを思い出しながら、また一人の少女――長月はぼんやりと考える。

(それにひきかえ……)

 振り返った先にいるのは五人の少女。彼女たちは皆ぼろぼろで、長月も含めてけがをしていない者はいなかった。疲労が出ているのは明らかだ。

 無理もないと、長月は思う。それだけ厳しい任務だったのだ。長月をしても勝機を見出すことはできずにいた。だが、じっとしていても雰囲気が明るくなることはない。いつまでもこの場にたむろしていてもしかたがない。

「全員、整列!」

 長月は背筋を伸ばし、声を張り上げる。それに応じて、少女たちものろのろと動き出す。中にはへたりこんだまま立ち上がれない者もいたが、そういう者には無理をするなと手ぶりで示す。そうして、皆が姿勢を正したのを確認して言葉を発する。

「皆、今回は大変な任務をよく戦ってくれた。一方的にやられっぱなしだったのは悔しいかぎりだが、次までにはもっと力をつけて、一矢報いてみせてやろう」

 おうと、声があがる。それを聞いて、これなら大丈夫だと、長月は思う。見た目は疲れきっているが心は折れていない。それは、まだまだ強くなることができるということだ。見回した仲間たちの頼もしい面構えに力強い笑みを返し、長月は続ける。

「本任務部隊はこれにて解散とする。傷の重い者はこのあとすぐに船渠に向かうこと」

「すまない。旗艦のこの私が指示を出さねばならないのに……」

 力の入りきらない声で申し訳なさそうに言うのは、そろいの水兵服に身を包んだ銀髪の少女――菊月だ。それに対して、長月は性分だと短く返す。

「ほか、傷の浅い者――皐月と不知火は、司令官への報告後に反省会をするので、次の出撃部隊を確認したら講義室か、空いていなければ広間で待っているように」

「りょーかいっ」

「了解しました」

 皆の返事を確認すると、長月は話をしめくくり、部隊は散会した。


(さて、あの男にはどう報告するか)

 執務室への道すがら、長月は今回の任務を振り返っていた。

 北方海域への出撃は、何度か経験していたことだ。だが、駆逐艦のみの編制で向かったのは今回が初めてのことだった。わざわざ戦力を限定することにどんな意味があるのかと思ったものだが、速力に任せてうずしお近辺をつっきる航路を取れたからか、これまでにない編制の敵艦隊と遭遇することとなった。南西海域への出撃任務を思わせるような、戦艦を主軸に据えた艦群。空母主体の部隊になら出くわしたことはあったが、あの時はこちらにも強力な機動部隊がいた。今回のような駆逐艦だけでうまく立ち回ることなどできるはずもなく、辛くも撤退して今に至るというわけだ。

(あの部隊を駆逐艦だけで倒すのは至難の業だ。まして、あの先にもさらに敵部隊がいると想定すると……)

 味方部隊の戦力強化は必須である。それについてはあの男も異論はないだろう。だが、そこで問題がある。今回取った航路は、足の速さに頼ってむりやり押し通ったようなものなのだ。空母や戦艦を加えた艦隊で、果たしてあれを再現できるだろうか。高速の巡洋艦程度が艦種の上での強化の限界ではないかと思えてしまうのだ。

(それも、本当に可能かどうかは試してみるまでなんとも言えないところだがな。それに……)

 今回の編成において、あの男はいつもとなんら変わらない調子で駆逐艦限定の部隊を提示してきた。これまで戦艦か空母がいない部隊を組んでいたときは、北方海域に出すことを不安視して近場の哨戒しか許してこなかったにもかかわらずだ。

(ついに気が狂ったかとも思ったが、そうじゃない。あの目はどこまでも正気だった)

 巡洋艦すら排した思いきった部隊編成の裏にはなにかしらの思惑があるのではないか。ひょっとすると、あの男は出撃する海域に待ち受ける敵の戦力を事前に把握しているのではないか。そんな考えがふっと浮かんだ。しかし、長月は首を振って根拠のない疑問を打ち消す。

(それなら、今回のこの惨敗はなんだ。わかっていてやったのなら、捨て駒として扱われたようなものだ)

 あの男の指導力は誇れるものではないし、なれなれしい態度には嫌気もさしているが、犠牲もやむなしとするような作戦を立てる人間ではないと、その点においてだけは信頼を置いているのだ。今回のような厳しい戦場に投入されることもあるが、できない指令は下さない男だという程度には評価をしているつもりである。そもそも今回の遭遇戦は未知の航路への突入に起因していた。想定外の強敵に敗れたことを変に深読みしすぎているだけではないだろうか。

(それすらも予測のうえで、期待通りに偵察を果たしてきた形とも考えられるが……)

 さすがに邪推が過ぎる。長月は知らぬ間につめていた息を吐いた。そうして角を曲がったところで、向かいからやってきた一人の仲間とぶつかりそうになった。

「あ、長月。おはよー! あれ、おかえりだっけ?」

「ただいまだ。そしておはよう、睦月」

 お互いなんとか身をかわしつつ、すれ違いざまに交わすあいさつに笑みがこぼれる。

 基地の廊下を歩いていると、あちこちで仲間と顔を合わせたり、そうでなくとも朝の喧騒が聞こえてくる。徹夜の任務に出ていた身には堪えるものもあるが、疲れているからこそ、この活気はありがたくもある。よくない思考にはまりかけていた心をすくい上げてくれるからだ。

(まずは自分たちの至らなさをこそ受け入れるべし。あの男に報告をして、その後は、皆で反省会だな)

 軽くほおを叩き、長月は執務室へと廊下の続きを歩きだす。すると、前方にまたしても一人の仲間の姿が見えた。それが誰かを認識した長月は、つかのま体をこわばらせた。

「……やあ望月、おはよう」

 それでもなんとか普段通りにふるまわなければとつとめて声をかける。声はうわずりがちだったし、体の動きもややぎこちなくなっているのが否めない。望月ならば、これらの不自然にすぐに気がつくはずだ。だが、

「……」

 長月を一瞥するや、望月はぷいと顔を背け、そのまま歩き去ってしまった。

(なんだったんだ……?)

 軽く上げたまま行き場をなくした手をゆっくりと下ろしながら、長月は思う。

(どうも、あいつはなにを考えているのかわからん)

 ここのところ、望月はずっとあの調子だった。

 劣等感をこらえられなくなり感情をあらわにしてしまったあの日以来、長月は望月を見かけるたびに警戒を余儀なくさせられていた。一方的に対抗心を燃やして引け目を感じていることに気づかれてしまったとしたら、いたたまれなさに耐えられなくなってしまうと思ったからだ。

(結局、それは心配しすぎだったのだが)

 実際のところ、その危惧は半分が当たり、半分は外れていた。まず、望月にはやはり気づかれていた。あの翌日から、望月はこちらの痛いところをちくちくとつついて挑発してきた。しかし、腹立たしさを募らされたせいか、そのことをみじめに感じることはなかった。逆に負けん気を発揮させられて、その場ではつとめてなんでもない風を装い、その後はいっそう、不足を埋めることに力が入った。むしろ、感謝しているところもあるくらいだ。

(そうはいっても、顔を合わせるとやはり対応がぎこちなくなってしまうのはしかたがないか)

 一方で望月は、当初こそつっかかってきたものの、少しするとぱったりと声をかけてこなくなった。こちらが思い通りの反応を見せなかったことで飽きてしまったのか。なんにせよ、危惧したような事態にならなかったことには安心している。

(まあ、なぜか、最近はほとんど無視されているに等しいのだが)

 その点については思い当たる節がなく困惑してもいるが、もともとなにも考えていなさそうだったのが望月だ。これが普通なのかもしれないと思っている自分もいる。

(なにはともあれ……)

 これも、あまり考えてもしかたのないことだろうと、長月は望月に関する思考を打ち払い、目の前にたどり着いていた執務室の扉を叩いた。




 その頃、長月にあいさつも返さずすれ違った望月は、自室の扉を開いていた。

「あ、望月、おかえりー! どこ行ってたの?」

 底抜けの明るさで迎えるのは睦月だった。体を動かしたい気分のときにはありがたい、にぎやかな性格の持ち主だが、だらだら過ごしたいときにいられると迷惑な同室者の一人でもあった。そして、今の望月は誰にも構ってほしくない気分だった。

「んー……執務室」

「えー、また司令官のところ? あそこ全然面白くないじゃーん」

 おざなりに答える望月だったが、睦月はそんな彼女の態度を気にせず元気いっぱいの声をかけてくる。答えるのも面倒になった望月は、あくびをしながら室内を見渡してみた。なにやらごそごそと荷物を探っているらしい文月と、つい先ほど帰ってきたばかりらしい皐月がそれにつきあわされているのが確認できる。他の者たちはどこかに出かけているようだ。

(ま、どうでもいいんだけどねー)

 望月はまっすぐ自分の寝台に向かうと、すばやく横たわりふとんをひっかぶった。

「あ〜、望月、寝るの? それならそれなら、わたしも一緒に〜」

 こちらのふとんに飛びこもうとしたらしい文月だったが、睦月にぺしんと頭をはたかれ止められる。そうして、そのまま「いってきます」の声を残して連れ立っていった。どうやら、望月が部屋に着いたときにはすでにどこかに出かけているはずの時間だったらしい。それほど間を置かずに、皐月も部屋を出ていった。

「これでようやく静かに寝れる」

 望月はそうひとりごちた。

 先ほどまで、望月はお気に入りの昼寝部屋である執務室で、半分眠って半分起きているような状態でごろごろしていた。いつものように司令官にいい顔はされなかったが、気にせず好きにしていればあきらめて放っておいてくれるとわかっていたので、堂々とふとんを広げていたものだ。なにもなければそのまま昼まで過ごすのだが、まだ日が高くなっていないにもかかわらず自室に戻ってきているのには理由があった。

(長月……)

 望月は今、彼女と顔を合わせるのを避けていた。同室の仲間であるため皆無にするのは不可能だが、少しでもその回数と時間を抑えておきたかった。長月が来るから追い出してもらおうなどと脅しつけられては、司令官の言でなくともその場を後にしていただろう。その理由は、まだ誰にも気づかれてはいないはずだ。司令官も、班長ぶって望月をひっぱりまわす長月とのやりとりを何度も見ていたからこそあんなことを言ってきたのだろう。

(けど、あいにく今のあたしにとっちゃ、効果抜群ってわけだ)

 望月は自嘲して寝返りをうつ。眠ろうとしていたはずなのに、眠気が訪れる気配はなかった。

(あたしはいったい、どうなっちゃったっていうんだ?)

 望月は、しばらく前から自身に起きている心の異変にとまどっていた。それは残暑もまだ衰えぬあの日、長月の心の奥底をのぞき見た瞬間にさかのぼる。

(あのときの長月の、みっともない顔……)

 あれは、いかにも恨みのこもった表情だった。だがそのすぐ下に、天敵相手に威嚇する小動物のような、必死に虚勢を張ろうとしている心理が透けて見えていた。普段取り澄ました態度をしている長月もあんな表情をするのかと、望月はうれしくなったものだ。しかも、それをひき出したのがどうやら自分らしいとわかると、背筋を走り抜けるような感動すら覚えた。

(また見たいって、考えたまではよかったと思うんだけどなー……)

 その翌日、長月が一人きりになったのを見計らって、望月はおもむろに声をかけた。ぎくりと身をこわばらせる長月の反応に、前日のことは夢ではなかったのだと、改めてこみあげる喜びを感じた。だが、そうして探りを入れはじめてはみたのだが、結局、どうしてあの表情を引き出せたか、それがわからずじまいなのだ。そのせいで、考えていたほどに長月の弱みをつつくことができず、あてずっぽうでからかってはみたものの、期待した激しい反応を見ることはできなかったのだ。

(そっからだ。そっから一気におかしくなった)

 すげなくかわされるたびに、どうしてもまた見たいという気持ちが強まった。手段を変えなければと、そうして徹底的に追及しなきゃいけないと、いつごろからか考えている自分がいた。それと同時に、こんな自分はおかしいと、そんな心の声も聞こえだした。意地になるのはださいし、そもそもそんなに苦労してまで見る意味があるのかと、考えるのもめんどくさい。そう思うのが自分の性格であるはずだった。

(時間がたてば冷めてくもんだって、思ってたのに……)

 あまりに高まる気持ちに違和感を無視できなくなった望月は、ある日を境に長月へのちょっかいをいっさいやめた。さらには長月を避けることで、一度冷静になって自分の気持ちと向き合うことにしたのだ。そうして、はや半月ほどもたっただろうか。しかし、いまだに長月のことを思うと胸が高鳴りそうになるのを否定できないでいる。思い出すだけでも気持ちのいいあの瞬間をまた拝むことができたらと、想像するだけで走る快感に身もだえせずにいられないのだ。

(これはもう、認めるしかないんだよね)

 ふとんの中で、望月は結論を下そうした。期待かおそれか、体がぶるぶると震えだす。何日にもわたってぼんやりと考えてきたことから、自分の願望と欲求に従って一つの答えを導こうとする。自分自身についての思いこみにとらわれることなく、現実離れした妄想に引きずられることなく。

 そうして、心に浮かび上がった思いを明確にする。

(あたしは、長月がほしい。あの情けない顔を、あたしだけのものにしたい)

 その望みは、望月の心にこれ以上ないほどにしっくりくるものだった。満足を覚えて体の力を抜き、軽く乱れた呼吸を整えるように、一度深く息を吸って、吐く。わかってしまえばどうしてこんな簡単なことにあれほど悩んでしまったのかとも思えるが、迷いが晴れたことで気持ちはさわやかだった。

(いいねえ。やる気わいてきたかもよー?)

 どうすれば願いを叶えることができるだろうかと、あれこれ思い描きながら、望月は眠りへと落ちていくのだった。




(集中できない……)

 夜の資料室でノートと向き合いながら、長月は頭をがしがしとかきむしっていた。それでも落ち着かない様子で、一人のはずの室内のあちこちに視線をさまよわせる。

(どうしてだ。どうしてこんなに落ち着かないんだ)

 問いを立てるまでもない。答えははっきりしている。望月だ。

(あいつのせいでこんなにひっかきまわされて……情けない)

 鉛筆の端をがりがりとかじってみるが、気分はまったく晴れやらない。

(ちょっかいを出してくるのはあきらめたものだとばかり思っていたのに……どういうことだ)

 長月は今、望月に対する警戒心をふたたび強めざるをえなくなっていた。その原因となる望月の行動は、ある朝――長月は知らないことだが、望月がとある決意を固めた翌朝から始まったのだった。


 ある朝、長月が食堂で朝食をとっていると、ちょうど空いていた目の前の席を引いて腰を下ろす者がいた。誰にでもそうするように朝のあいさつをしかけた長月だったが、相手に気づくや驚きの声をあげることになった。

「望月……? 珍しいな、こんな時間に」

 望月がたたき起こされもせずにこの時間に起きてくるなど、どれほどぶりだろうか。もともと朝には弱かったのだが、皆の自主性に任せるという名目で放任主義をとるあの男のもと、すっかり二度寝癖がついてしまっているのだ。そんな望月が朝食の時間に現れた。長月ならずとも何があったのか尋ねようというものだ。

 しかし、普段はまだ寝ている時間であるせいか、望月の反応はにぶい。

「ん? んー……」、

 頭も体もまだ半分眠っているようで、自ら運んできた食事を目の前にしながら手をつけようとする気配はない。長月が残りの朝食を腹に収めている間も、はしを持つことすらせずにぼーっとこちらを見ているばかりだった。

「早く食べないと冷めてしまうぞ。もったいない」

「ん……。あー……そっか」

「せっかく久しぶりにこの時間いっしょに食事をすることができたんだ。ごちそうさまもいっしょにできると、私はうれしい」

 目を開けたまま眠っているのではないかと周りが思いかけたころ、見かねた長月がまた声をかけると、望月はようやくもそもそと朝食を口に入れはじめた。とはいえやはりまだ体が目覚めきっていないようで、少し食べただけで降参していたが、残りは周りの者とわけあい、無事に完食することができた。

「このあとの予定は?」

 食後のあいさつを済ませたあとで、望月は聞いてきた。それを自分に聞くのかと、長月はため息をつきたくなった。しかし特に任務の予定が入っているでもなくこんな時間に望月が起きていること自体が奇跡だ。今すぐその上を期待してはいけないと思いなおす。

「おまえは今日、出撃の予定も演習も特に入っていない。やる気があれば仲間の指導に当たってほしいが、それについてはおまえ次第だ」

 そんなことを答えてみたが、果たして望月にはちゃんと伝わったかどうか。ふーんと気のない返事をしただけで、食器を流しの仲間たちのもとまで運ぶ間も、望月はふらふらと長月のあとについてくるのだった。

 そのときは、まだ寝ぼけているのかと思ったものだが、あとから振り返るとやはりおかしかった。

 その日一日、望月は親鳥のあとを慕う子ガモのように、長月の行く先々に従ってきたのだ。兵具の整備から演習、仲間たちとの戦技訓練にいたるまでずっとである。そうしてじーっとこちらを見つめているのだ。

 夕方、何度目になるかわからない厠への連れ立ちの際に、さすがにうんざりした長月は声をかけた。

「なあ、きょう一日つきまとって、なんのつもりだ?」

「んー……なんとなく、そんな気分」

「頼むから、やめてくれ」

 気が散ってしかたがない。そう告げると望月はわかってくれたのかそうでないのか、いずこかへ去っていった。それもこちらを油断させるためのふりではないかと、長月は厠を出るときに周囲を警戒してみたが、どこにも姿は見当たらなかった。それでようやく一息つくことができたが、その後もふと日中の望月の視線を思い出してはあたりを確認してしまったりと、その日は結局、集中力が散漫になりっぱなしだった。


 あの日から、望月にどんどんふりまわされている自分がいると、長月は思う。ときおり思い出したように周囲を確認する動作は、今では癖になってしまいつつある。


 その次の朝、望月は朝食の時間には起きてこなかった。これが普通ではあるのだが、それだけに前日の不自然なふるまいが気になった。食事中もそのことばかり考えていたが、気分屋な望月のことである。明確な答えなど出せるはずもなく、食べ終わるとともに思考を振り払った。

 しかし、そんなふうに考えていたことも忘れ去った哨戒からの帰りに、望月はふたたび長月の前に姿を現した。

「おかえりー、長月」

「……あ、ああ。ただいまだ、望月」

 その意外さにまたしても驚いた長月は、しばし呆然と望月を見つめてしまった。長月が望月に港で出迎えられたことなど、これまで一度としてなかった。他の誰であろうと、そんな経験はなかったはずだ。いったいどういう風の吹きまわしなのかといぶかしむ長月だったが、望月は気にしないでいいからと、わきにどいて静かにこちらの帰投後の訓示の様子を眺めだした。

(……落ち着かない)

 長月はそう感じた。言葉をかける仲間たちの視線が集まるのなら慣れっこだ。あの男ににやにやと見つめられるのも、不愉快だが無視することができる。だが、望月は別だ。同格で、引け目を感じる相手で、くわえて前日から行動の意図がつかめない不気味さがある。今の望月の目を、意識しないわけにはいかなかった。

「…………。以上、それでは解散!」

 考えているうちに訓示を終えていたが、自分が何を言っていたのか思い出せない。しかし特に不振がることもなく散っていく仲間たちを見るに、おかしなところはなかったはずだ。そう自分に言い聞かせていると、望月がつつっとこちらに近づいてきて体がこわばる。

「ねえ、長月。司令官への報告後の反省会って、あたしも出ていい?」

「それは……ああ、別に構わないが」

 思いがけない参加表明に目をぱちくりさせたが、珍しく意欲を見せる望月に、長月は受諾の意を示す。本当は警戒する気持ちも捨てきれなかったが、断る理由が浮かばなかった。わずかにうれしそうな顔を見せる望月に、あとからやはりだめだと言うのも気が引けた。

(まあ、しかたないか)

 長月は反省会で話し合うことそのものに考えをめぐらす。任務に参加しなかった望月が加わるなら、いつもよりていねいに行う必要があるだろうか。あれこれ考えながら執務室へと向かう間、望月は特になにも話しかけてはこなかった。ただ、そっとこちらをうかがっていたような記憶がある。


 その日以後、終日つきまとわれるようなことこそないが、気づけば視界の端にこちらを見つめる望月の姿をとらえることが多くなった。工廠の倉庫だろうと、講義室だろうと、船渠だろうと、資料室だろうと、所構わず出没する。ときおり、反省会に参加したいと言ってきたように、一言二言話しかけてくることもあったが、だからといってそれ以上なにをしてくるでもない。皆の輪に加わってくることもあるものの、その合間合間でじいっと観察されている。そんな気がしてならないのだ。

 用があるなら言えと詰め寄っても、別になにもの一点張り。それならどこかに行けと言ってみても、その場はすぐに立ち去ってくれるが、少しするとまた視界の端をちらつきだす。これでは長月に、落ち着ける時間などなかった。望月の前で弱みを見せまいと、気を張る分だけ取れない疲れがたまっていく。今の長月が気を抜ける時間といえば、望月が出撃しているときくらいだった。


(くそっ……この程度で、へばってどうする)

 ここ二、三週間を振り返りながら、長月はぎりっと歯を食いしばる。そうしてまた己のふがいなさに思いをはせていると、室内でばさりと物音がした。びくっとした長月が腰を浮かせながら振り返ると、視線の先にいたのは、件の相手である望月だった。

「おどかさないでくれ……」

 ふきでた汗をぬぐいながらこぼすが、望月に驚かせるつもりはなかったらしい。

「ごめんごめん。あんまり集中してるみたいだったから、静かにしてようと思ってたんだけど」

 そう言いながら、床に落ちた本を拾ってぱらぱらめくりだす。

(まったく、ふぬけてるな……)

 いまや人の気配に過敏になっている自分がいると、長月は思う。ちょっと前までなら、誰かが近づいてくるのを察しても普通に接することができていた。だが、今ではまた望月ではないかと、そんな警戒が先立つようになってしまっている。つい先日など、ふざけて背後から目隠ししてきた睦月を、反射的に地面に投げ伏せてしまっていた。冗談が過ぎたと謝られたが、こちらこそ穴があったら入りたい気分だった。しかもそれを望月にも見られてしまった。あまりのいたたまれなさにあわててその場を去ったが、そんなこともあってか、仲間たちにも気をつかわれだしたのがうかがえる。

(まったくもって情けない……が、直接危害を加えられているわけでもなし。もっと胆力をつけないとだな)

 そんな決意をしてみるが、今からするべきことでもない。ここで行っている作業はもともと睡眠時間を削る覚悟でのものなのだ。今はこちらに集中せねばと気合いを入れ直そうとする。

(だが、なあ……)

 ちらりと、望月のほうに目をやる。手元にあるものは、昨日の出撃での敵味方の動きを記しかけた図。ここでこうして図面と向き合うのはいつも通りのことなのだが、いつもはいないはずの者が一人。へー、ほーなどと声をあげながら本に目を通しているが、本当に内容を理解できているのかどうか。それはともかく、自分がこうして追い立てられるように勉強に励んでいる理由は、もとはといえば望月なのだ。訓練をさぼりがちにもかかわらず自分に劣らぬ戦果をあげる望月に負けてはならないと、自身の不足を埋めるべくつとめているのだ。

 それに、今手をつけている海戦の図は、長月が独自に手掛けてきたものだ。これによって自分の至らないところを把握し、直すべき点を明確にすることにどれほど役立ったか。南西海域に出撃していた時期、なんとか望月に追いすがれていたのはこれのおかげだとも思っている。だが、これは一人密かに行っている類の努力だ。他人に知られるのは恥ずかしい。それが望月ならばなおさらだ。

 そのとき、望月の視線が本のページごしにこちらを向いた。長月は目が合う前にぱっと手元に視線を落とし、広げていた図面をそそくさと一ヶ所にまとめる。

(やはり、望月がいるところでというのはやりにくい)

 しかし、明日の出撃に活かすためには今やらねば間に合わない。長月は葛藤の末に覚悟を決めることにした。顔が熱くなるのを感じる。

(頼むからこちらを見ないでくれよ)

 そう願いながら、長月はようやく、図面とまた向き合いだした。書棚のほうでぱらぱらとページをめくる音がするたびに集中を削がれて能率は上がらないが、少しずつでもだんだんと作業は進んでいく。粗いところは、後日やり直せばいい。そんなひらきなおりのもと、資料をこぢんまりと広げながら図に書きこみを続ける。

 そうして、予定の半分ほどができたころだろうか。書棚のほうで鳴った、とん、という音に振り返ると、望月が読んでいた本をしまい、こちらに向かってくるところだった。

「そういえば、長月はさっきから何してるの?」

 向かいのいすに腰かけた望月が、聞かれたくないところを探ってくる。長月は顔がほてってくるのを覚えた。

「勉強だ」

「長月、顔赤いよ? 大丈夫?」

 そうしてこちらの顔色をうかがうように尋ねてくる望月の様子には、純粋にこちらを心配する色だけが見て取れた。用心して無愛想な答えを返してしまった自分の狭量さをつきつけられたようで、長月は余計に恥ずかしくなった。大丈夫だと、望月に答えて作業に戻ろうとしたが、じっとこちらを見つめるその視線が気になってしかたがない。ごまかすようにぱらぱらと横に広げていたノートをめくってみるが、だんだんと居心地の悪さが募ってきた。

 ついには長月は乱暴にノートを閉じる。

「本当に、大丈夫だ。なにか他に用がないならもう部屋に戻って寝ていろ」

「んー……もうちょっとここにいちゃだめかなー……なんて……」

(よくもまあ次から次へといやがらせまがいのことばかり……)

 お茶出しくらいならできるからと、いつにない熱意を見せる望月がうっとうしい。おまえなんかと一緒にいたくないと、口から出そうになったその言葉だけはこらえて、長月は力ずくで望月を引っ立たせる。そのまま望月が体勢を崩すのも構わず部屋の外へと追い出してやった。

「せいせいした……のか?」

 扉を閉めて一人になった室内で、長月は大きく息を吐いてひとりごちる。したいと思った行動をとったはずなのに、気持ちは晴れなかった。それどころか、感情的になってしまった自分がますます情けなくなってきた。

 なんとか気持ちを切り替えて作業に戻ったが、追い出した望月がまた戻ってくるのではないか、その場合は謝るべきだろうかと、そんなことを考えて何度も入り口を振り返ってしまい、結局、集中力を取り戻すことはできなかった。


 翌日、長月は予定通りに北方海域に出撃した。何度目かの、駆逐艦のみでの編制だった。巡洋艦では通過できない航路だと判明したことで、ただ二人の教導駆逐艦である長月か望月が出撃するときには、北方海域への出撃を指示される機会が増えてきていた。しかし、駆逐艦だけで立ち向かうには厚い壁に、今日もまた打ち負かされての帰投だった。

「以上が、今回の任務についての報告だ」

 そう言って、長月はしめくくる。敵艦を一隻も沈められずぼろぼろになって帰ってきたことで、機嫌がいいとはとてもいえない。くわえて、今回は自身の失態も響いている。腹立ちを越えて消沈しそうになる心をなんとか踏ん張らせて報告を終えた。目の前の男だけでなく、この場には最近の例のごとく望月もいる。この二人を前に弱みは見せたくない。その一心での忍耐だ。

「ご苦労さま。やはり、現状ではまだまだ厳しいかな」

 男がそう言って、長月をねぎらった。しかし、長月にはなんのなぐさめにもならない。偵察が第一であり、敵を倒せなくても彼我の戦力差がつかめればそれでいいとは言われているが、ここのところ変わりばえのしない報告しかできないでいるのだ。ふがいなさに、握る拳にそっと力をこめる。

「でも、長月、あなたなら、何回か挑んでいればそのうちするするっと抜けてくれそうな気もするんだよなあ」

「全体的にもっと底上げが必要だと言わざるをえない」

 根拠のない楽観を述べる男に、長月は平坦な口調で悲観を告げる。まぐれ当たりを期待されても、まぐれはまぐれでしかない。何回も挑戦しているうちにふとした過失から仲間を失ってしまうおそれのほうをこそ考慮するべきではないかと思えてならないのだ。今の長月には、特にそうだろう。

「まあ、あなたが言うならその通りなのかもしれないが……」

 私は現場での経験が不足してるからその手の戦力判断はどうも苦手なんだよなあと、男は自嘲気味に言う。余計に不安になるからそういうことは言わないでくれと長月は思うが、いつものように声に出して指摘する元気はない。今は、ひたすら自身を戒めたかった。

「どうした、長月。あなたらしくもない。今回の任務における失態といい、どうもここのところ注意力が散漫になっていないか」

 言われて、長月は顔を伏せる。

「面目ない」

 ぼそっと、言葉を漏らす。他になにも言えることはなかった。連日の心身の疲労に、昨夜、集中しきれず徹夜寸前になってしまったことが合わさって、任務中にもかかわらず意識がぼんやりしていたのだ。そのせいで、索敵能力に劣る状況下での敵への対応が遅れてしまった。その後、なんとか応戦したものの、たいした打撃を与えることもできず、仲間の負傷にこれ以上は無理と判断を下して撤退してきたという次第だ。自分でも数日前の演習から危うい兆候を感じてはいたが、実戦でそれが出てしまったのは初めてのことだった。最悪の結果にならなかったのはせめてもの救いだが、一度教導艦の任を降りるべきかもしれないと、長月は自身に落胆していた。

「い、いや、叱責するようなことを言うつもりはなかったんだ。その……なんだ、実力はもっとあるはずだから、焦らずしっかりそれを発揮してほしいということが言いたくてだな……」

 悄然としてうつむく長月を見てなにを勘違いしたか、男はあたふたとなぐさめるような声をかけてきだした。だが、今はそんな気づかいにさえもうちひしがれる自分がいる。

「司令官、もう、退室してもいいだろうか」

 このままだと、先ほどから静かに視線を向けてくる望月もいる前で、どこまで情けない姿をさらすことになるかわからない。なにやら続けようとしていた言葉を飲みこんだ男は、しばし押し黙ったのちにこくりとうなずいた。それを確認して、長月は無言で執務室を後にした。




 それからなにをどうしたか、びゅうびゅうと吹きつける雨風の中、長月は海上を漂っていた。

(ここは……?)

 押し寄せる高波に舵を取られ、針路を定めることすらままならない。がつんと、横合いからぶつかった衝撃に、ようやく近くに仲間がいることに気がついた。

(任務で出撃して……?)

 こんな気の緩みも許されない荒れ模様のさなかに意識を飛ばしていた自分に嫌気がさす。しかし、落ちこんでばかりもいられない。自身もなんとか波を乗り切りながら、周囲の仲間たちの様子を探る。視界は悪いが五隻、しっかり確認できた。駆逐艦のみの編成であることから、どうやら北方海域に来ているらしい。そこまでは状況を把握できた。だが、安心している暇はない。

(まずい。何隻かはぐれそうになっている)

 場所によっては各自で嵐を切り抜けたのちにどこかで再集合を図るのも手だが、長月の見立てが間違いなければ、ここは敵の艦隊によく遭遇する付近でもある。

(どうする……?)

 旗艦を務める仲間の艦影に目を向ける。長月自身が指示を下してもいいが、できれば旗艦の判断を尊重したい。そう考えていると、仲間同士の電信が目に入ってきた。

『ねえねえ、これ、一回引き返したほうがよくない? 本気でまずい気がするよ』

『大丈夫だ。これを乗り切ってこその戦果だと、長月も言っていた』

(私が、そんなことを……?)

 記憶を探るが、そんなことを言った覚えはない。そもそも、ここに来るまでのことすべてが空白の状態なのだ。しかし、心のどこかでは、やはり自分が言ったのだろうと納得してもいた。自分で自分が何を言っているのかわからない。そんなことがここ最近は何度となく起こっていたからだ。先の言葉もおそらく、意識が手の内を離れているうちに口走ってしまったのだろう。

(だが、今ばかりはまずい。なんという場面で、私は……)

 自己嫌悪にむかつく胸を押さえながら、旗艦へと電信を送ろうとする。

 そのとき、至近の海面がはじけた。

「敵襲!?」

 おそれていた事態が起きてしまった。こちらは部隊としてまるでまとまることができていない。このままでは一隻ずつ順々にやられていきかねない。

(希望があるとすれば、向こうもこの嵐の影響をまぬがれないということ。だが、それもどれほどの助けになってくれるか……)

 長月はなんとか回避運動を開始するが、そもそもこちらはまだ敵影を捕捉することすらできていない。戦況は圧倒的に不利だ。どうする、とふたたび旗艦のほうに目をやると、今度は視界の空を横切る機影があった。

「ばかな……この悪天候に偵察機だと!?」

 こんな中で偵察機を飛ばせば、未帰還率は跳ね上がる。敵は犠牲を顧みない戦術を採っているとでもいうのか。

 そう考えている間にも、二機、三機と偵察機が上空を通過する。

(いけない。これでは狙い撃ちだ)

 旗艦から撤退の指示が出ないならば、教導艦の強権発動もやむなしだと、電信を発しようとした、まさにそのときのことだった。

 目の前で、その旗艦から火柱が上がった。

「な……!?」

 驚きに、しばし長月は固まった。ゆっくりと傾きだす船体を信じられない思いで見つめてしまった。そこに、当の旗艦より電信が入る。

『すまない、長月。私はここまでのようだ……。あとのことは、任せる』

 それだけを伝えて、電信は沈黙した。長月は通信機に詰め寄らずにはいられなかった。

『勝手にここまでだなどと決めつけるな! すみやかに嵐の海から離脱して私たちを待て! いいな、これは命令だ!』

 声を張り上げるが、長月も彼女の死がまぬがれがたいものであることを察していた。あの爆発は、砲撃によるものだけではありえない。弾薬にまで火が回っている。おそらくかなりの勢いで浸水もしている。そうなると、ただでさえこの波風である。絶望的にならざるをえない。

(くそっ、くそっ。私がふがいないばかりに……)

 だが、自分をののしってばかりもいられない。引き継いだ隊の皆を、無事帰還させるという大役を任されたのだ。それだけはなんとしても果たさなければならない。そうでなくてはなんの教導艦か。そう決意した、そのはずだった。

 それなのに、敵は長月にろくに指示を出す暇すら与えてくれず、神がかったような精度で味方に攻撃を命中させてくるのだ。

『すいません。お役に立てず……』

『せめて、ほかの皆の無事を祈ります』

 次々と、仲間たちから別れを告げる電信が入りこむ。長月はそれらを、ただ呆然と受信するほかなかった。

(なんだこれは……こんな、私のせいで……)

 目の前で起きていることが信じられない。だが、これはすべて、自らの失態が招いたことなのだ。過失などという言葉で済まされるはずがない。抑えきれなくなった胸の不快を、長月は床の上に吐き出した。

(もっと早く、教導艦を降りるべきだったんだ。それなのに、意地だけでしがみついて、その挙句がこのざまだ……)

『長月さん、残った艦は各自で母港への撤退を開始します。それでよろしいですね?』

 自罰の念にとらわれる長月のもとに、また別の仲間から通信が入った。その言葉に、長月は最後に残ったわずかな気力をふりしぼる。のろのろと通信機に向かい、残り二人となった仲間たちに告げる。

『ああ、母港に帰り着いた者は、司令官への報告をよろしく頼む。これ以後、私への通信は一切不要だ。各員、全力で生還の道を切り開け。皆、これまでありがとう』

 長月の決意を悟ってか、電信の相手はまだなにかこちらに伝えてこようとしたが、長月はそれらを無視して通信の電源を落とした。そうして、嵐に揺れる海の上で二時の方角に視線を向ける。偵察機はすべてそちら側から飛来していた。罠かもしれない。だが、敵艦隊を捕捉する唯一の手がかりだ。

(私の過ちで失われてしまった仲間の命に、私の命で償いとする)

 それが長月の最後の意地だ。自分のせいで大切な仲間たちの命を失わせておいて、おめおめと生きて帰る面の皮などありはしない。せめて敵の艦隊と刺し違えて散ってみせる。

 そうしてどれほどの時間がたっただろうか。嵐の海をつき進む長月の視界の前方に、敵艦隊の艦影が見えてきた。即座にすべての砲口の狙いをつけ、長月は言葉を発する。

「私は『ブイン基地』所属の駆逐艦、長月だ。我が痛恨の恨みにより、その命、もらい受ける!」

 相手にこちらの言葉が通じているかどうか、そんなことはどうでもいい。ただ自棄と殺意を砲筒にこめて砲弾と魚雷とともに発射する。敵の攻撃はまだこちらに届いてこない。ならばと、距離を詰めながら二射目、三射目を撃ちはなす。

 そのとき、めまいを起こしたように長月の視界が暗くちらついた。

「こんなときに……っ!」

 思わず膝をつき、治まるのを待つ。回避行動をとろうにも視界が利かない。これでは絶好の的だ。しかし、幸いなことに、敵の砲雷撃が至近をかすめることすらなかった。

 いくぶんか距離が詰まってくると、だんだん敵艦の姿が視認できるようになってきた。そして、その先頭に位置する艦を識別して、長月は驚愕した。

「望月!?」

 こちらが気づいたことを見計らったかのように、先ほど電源を落としたはずの通信機から音声が入る。

『やっほー、長月。どーも、こちら望月でーす。どう、これで身の程がわかった?』

「どういう……ことだ……?」

 虚をつかれた長月は、気勢も削がれ、なんと返していいかもわからず、ただそんな言葉だけが口から漏れる。そんな長月の阿呆のような反応に望月はあきれたのだろう。理解の悪い子供に教えさとすような説明が送られてきた。

『わかんないかなー。長月がいくら頑張ったって、あたしにかかればその程度なんだって。それなのにいつまでも夢見ちゃってまあ。あんまりにも痛くて見てられなかったから、こうして直接教えてあげにきたってわけ』

 告げられた言葉はわかっても、長月の頭はまだ状況の理解に追いつけない。だって、望月が引き連れているのは……。

『なら……その、うしろに従えている深海棲艦はなんなんだ……!?』

 望月が深海棲艦の旗艦を張っているなど、それこそありえないことではないか。望月は長月たちの仲間なのだ。その思いで問い詰める。

 そこで、またしても長月をめまいが襲う。歯を食いしばってやりすごすしたところに、望月からの返事が届く。

『なに言ってんの? あたしたちのどこが深海棲艦に見えるわけ?』

 こちらを心配するような声によくよく目を凝らすと、それらは確かに基地の仲間たちの姿だった。なぜ見間違えてしまったのか。

(それに、嵐も……?)

 気づけばよく晴れた空であり、波もいたって穏やかだった。あたりを見回してみると、後方に見える島影は見慣れた基地のものだ。

「いったい、なにがどうなって……」

 わけもわからずそうつぶやく長月に対し、最後にあの男からの通信が入った。

『ああ、うん、やっぱり錯乱してるんだね。この間からあなたはずっとその調子で、味方を敵と誤認して撃ちだす始末。これまでの功労もあるから、なんとか回復してくれることを祈っていたが、一向にその気配は見られない。苦渋の末、つい先ほどあなたの爆沈処分を決めた。あなたの前方にいる望月がその指揮を執っている。あの子にもいやな役回りをお願いしてしまった。まあ、あなたにはこの言葉も通じているかわからないのだが』

 それっきり、長月の通信機はまったく応答しなくなった。

(どういうことだ……!?)

 まるで状況がつかめない。しかし、仲間たちはお構いなしに雷撃を放ってくる。

 必死に攻撃をかわした。けれど、追い立てる望月は容赦がない。

 生き延びるべく反撃しようとした。だが、砲弾も魚雷もいっさい積まれてはいなかった。

(どうしてだ……どうしてこうなってしまった?)

 長月の目が、迫る望月に釘づけになる。望月から魚雷が放たれ、ついに避けきれないことを悟った長月は――




 はっと、気づくと長月は机に突っ伏していた。

(私は……いったい、どうなったんだ……?)

 自らの生をあかしだてるように繰り返される呼吸は浅く、速い。

 事態を把握できずにいると、すぐ近くから声がした

「長月、大丈夫ー?」

 その声に顔を上げる。真正面にいたのは、望月だった。その顔は、どこか悪意を秘めた笑みを浮かべているように見えた。

「ひっ……!?」

 自らに致命の一撃を放った少女の顔に接し、びくりと、長月は力の及ぶ限りの勢いであとずさる。がたんと、座っていたらしいいすが倒れ、長月は床にへたりこむ。

「その反応、傷つくなあ。うなされてるみたいだから心配してあげたっていうのに」

 だが、よく見ると、望月の様子は先ほど魚雷を撃ちだしてきたような剣呑な態度とはつながらないものだった。やや機嫌を損ねたような表情をしているが、ゆがんだ感情を浮かべることもなく、基地での常の態度の域を出るものではない。

(ここは……)

 床についた手に転がり当たった鉛筆と思しき感触に、長月はあたりをきょろきょろと見回してみる。

 左手側には、本や資料の束が収められたいくつもの書棚。右手側には、空間を置いて一面の壁と、その一角にある閉架書棚の入り口の扉。うしろ側には、六人掛けの机。正面には、同じく六人掛けの机と、そのうちの一つのいすに座る望月の足。そして自らの周囲の床には、散らばった何枚もの資料。

(そうか。私は、資料室で眠ってしまっていたのだな)

 疲れているのだなと、改めて実感する。日中、男にも報告の最後に不注意を指摘されたが、疲労はすでに隠しきれない域にあるらしい。

「おーい。まだ寝ぼけてるのー?」

 現実の把握に気を取られていると、望月からまた声がかかった。

(そうだ。こいつの前で、こんな馬鹿面をさらしていては)

 ようやく我を取り戻した長月は、自省しながら立ち上がる。この場にいるのは、警戒を先立たせるべき相手である望月だ。勉強中に寝入っているところを見られただけでも恥ずかしいのに、油断しきった姿を見られてしまった。そのことに、今の長月は自分に腹を立てるよりもむしろ、どう思われただろうかとびくびくしてしまう。

「びっくりするから気配を消して近づくのはやめてくれと――」

 なんとかその場を取り繕う言葉を発しながら、いすを起こしてそこに座りかけた長月は、望月が先ほどから手元に置いて眺めている図面の内容を見て取り、驚きに体を打たれた。

「海戦の詳報図じゃないか。それも、おまえが任務で出撃したときの……こんなの、どこで手に入れたんだ!?」

 この基地において、詳報は出撃の頻度もあり、基本的に文章でしあげられている。文字だけではつかみにくい動きを把握する目的で図を自作している長月だが、それはあくまで自分が出撃した任務のものだけだ。基本的には他人にも公開していないし、他の分を誰かが作ったなどという話はこれまで聞いたこともなかった。それを、いったいどこで……。

「長月が書いてるの見て、あたしも作ってみたんだー。どう、よくできてるでしょ?」

 得意げに何枚かの図をひらひらと広げてみせる望月に対し、長月はそれを手に取りながら、自身の苦労をあざ笑われたようないやな気持ちを味わった。長月は、これを一枚一枚作るために、ときに寝不足になりながら、自分の記憶や仲間たちから聞いた証言をもとにああでもないこうでもないと頭を悩ませてきたのだ。それをこいつは、自分につきまとい、日中も好きなだけ惰眠をむさぼりながら、長月が作ったものと大差のない水準の図を作り上げてしまったのだ。

(こんな、あっさりと……)

 さすがの要領のよさと言おうか、こちらを上回る才能の持ち主と言おうか、長月は何と言っていいかわからず体をわななかせる。望月は、長月のそんな動揺を気にも留めぬかのようにさらに声をかけてきた。

「それでねー、この図のここなんだけど、こっからどう切り抜けたらよかったと思う? 前の出撃はそれでつまっちゃったから、次は乗り越えてみたいんだけど、これがどうもねー……」

 言われてよくよくのぞきこんでみると、そこには北方海域での戦闘の様子が描かれていた。しかも、つい気になって戦果を確認してみると、敵艦二隻を撃沈させながらの惜敗となっていることが見て取れた。

(そんな……)

 長月は愕然とした。南西海域への出撃が一区切りをついたのち、望月と部隊を組むことはなくなった。それによって望月を自身の比較対象とする意味はややうすれた。最近の余裕のなさもあり、だんだんと望月の成果を気にしなくなっていたのだ。ところが、長月が自身の伸び悩みによる焦りや望月の件での疲れから、敵の一隻すら沈められないことに壁を感じているうちに、当の望月はやすやすとそんな段階を乗り越えてしまっていた。そのうえ今、さらに大きな戦果をあげるためにはと、質問をぶつけてきている。

(こいつは、どうやってそんな成果を……)

 長月は、望月からの問いも忘れ、食い入るように図に見入る。そうして、気づいた。

(敵にこちらを捕捉されたと気づいてからの動き出しが、速い……?)

 そうだ。同じ部隊にいたときにも感じていた。こいつは、どんな乱戦のさなかでも、自分よりも的確に戦場を把握し、自分よりも緻密な連携を取って見せる。それこそ、こうして図で見ているかのように、戦場を俯瞰視できているのではないかと思えてならないところがあるのだ。

(これは……私には無理だ!)

 才能の差を改めて見せつけられた思いだった。わかってはいたはずだが、がつんと頭を殴りつけられたような衝撃を受け、長月は机にくずおれた。

 そんな長月をけげんそうに眺めていた望月だったが、視線をまた図面に戻してうなりだす。そうしてすぐに、あっと声をあげた。なにやら自分で答えを見つけたらしい。うれしそうに長月に語りかけてくるが、今の長月はこれ以上、望月の声を聞いていたくもなかった。

(どうしてだ。私はこんなに頑張っているのに、どうしてこいつはいつもいつも、簡単に私を越えていってしまうんだ)

 涙がこみあげてきた顔を望月に見られまいと、長月は顔を伏せる。泣き声まであげてはと、必死に体の震えを抑え、声をかみ殺す。

「そういえば長月は、最近どこまで進めてるの?」

 無邪気な声で尋ねてくる望月に、長月は何も答えられなかった。南西諸島海域に出撃していたときは、まだなんとか食いついていられた。けれど今、変わらずえらそうにあれこれ注意をくわえていながら、足元にも及ばない戦果しかあげられていないなどと、どうしてそんな告白ができようか。

 弱り果てた心の限界を感じた長月は、せいいっぱいの見栄を総動員して、なにも持たずに資料室を飛び出した。だが、視界が定かではないために、すぐにつまずき倒れてしまう。壁に体をぶつけた痛みに、みじめさが抑えきれないほどに募る。

「う、あぁ……」

 ついには声も押し殺せなくなった長月は、意地すら失せて泣いた。その場でうつぶせたまま立ち上がることもできず、ただ子供のように泣いた。

 情けない。ふがいない。そんな叱咤はなんの役にも立たなかった。涙とともに張りつめていた意識は流れ出し、そうして残った弱い部分が心細さを訴える。あとからあとからあふれる涙はとどまることをしらず、長月は途方に暮れて泣いた。

「長月、どうしたっていうのさ」

 しばし遅れてやってきた望月が、手に持ったノートをそばに置いて長月に声をかけてきた。その声が優しく耳に響いて、けれど泣き顔は見られたくなくて、長月は顔を背ける。すると、となりにしゃがみこんだ望月に肩を抱き寄せられるのがわかった。

「しっかりしなって。いつもの長月らしくない」

 あんなに劣等感を感じていたはずなのに、望月の腕はあたたかかった。長月は、そのあたたかさに頼りなさがわずかに安らいだような気がした。けれども心細さは消えない。もっとすがっていたくて、長月はひしとその体にしがみつく。

「わたし、私は……もう、だめだ」

「どうしたっていうんだよ。そんな、穏やかじゃない」

 望月は、ゆっくりと先を促してくれた。その言葉に導かれるように、長月はぽろぽろと弱い心の内を吐露していく。

「だって、だ……って、こんな……なさけ、情けないところ、見られて……」

「大丈夫。全然そんなことない。長月があたしにとって誇れるやつだってのは、この程度じゃ少しも変わりっこないから。弱気になることくらい誰にだってあるって」

「仲間たちに……も、かっ……顔向け、できな……」

「皆には内緒にするから。このことは、あたしと長月だけの秘密。ね?」

 その言葉に、長月はおそるおそる望月の顔を見上げる。望月の目は、心から長月に寄り添うあたたかさを宿していた。

「い……いのか? こんな、わ……私が、教導艦で……いつづ、けても……?」

「もちろんだって。あたしも、ほかの皆も、長月がひっぱってくれてるって思えるから安心できてるところあるんだしー」

 望月にかけられる言葉の一つひとつがうれしくて、ありがたくて、それ以上なにを言っていいかもわからず、長月はさらに泣いた。望月もそれ以上言葉を発することなく、ただ優しく背中をなでてくれる。その感触が心地よかった。

(まるで、ずっとこうされたかったみたいだ……)

 夜の静寂に包まれた廊下に、長月のすすり泣く声だけが小さく響いた。


 そうして、どれだけの時間がたっただろうか。ようやく落ち着いてきた長月と連れ添って、望月は睦月型の共同部屋に戻った。

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 扉の前でそう言ってきた長月だったが、まだときおり体を震わせており、強がっているのは明らかだった。あんなあとでもすぐに意地を張ろうとする長月をしかたなく思い、望月は有無を言わせず自分の寝台に横たわらせた。

「今さら強がりはなし」

 抗議の声をあげようとした長月の顔の前で手を広げ、ほかの皆を起こさないようにと耳元で注意する。長月はしぶしぶといった様子で従っていたが、いっしょにふとんをかぶると、遠慮がちに望月の手を握ってきた。心細さを主張するその手を可愛らしく思った望月は、そのままその手ごと長月をひっぱり寄せた。長月が顔を赤らめながら抵抗しようとする気配が感じられたが、それもすぐに収まった。ぴたりと、長月の額が胸に当てられる感触に、望月は背中に回す手を深くする。

 そのまま、長月は安心できたのか、すぐに寝息をたてはじめた。それを確認した望月は、自らの腕に包んだぬくもりを確かめて恍惚と身を震わせる。手放したくないと、そんな思いを新たにすると、望月もまた満ち足りた眠りに意識をゆだねていった。

 この夜から、二人の上下関係は定まった。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



以上。前回の望月長月回とあわせた前後編の後編的な感じで。名前の出た登場キャラの現在のレベルは、長月52、望月51、不知火33、菊月22、皐月22、睦月22、文月22。最近なぜか艦これをプレイする時間が減っててなかなかレベル上げが進みません。必然的に3-2攻略も進んでなくて。2-4でもブランク期間を除いて2〜3か月くらい足踏みしてたように思いますが、ここ3-2ではいつまでかかることか。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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