2014年10月04日

3-2トライ(の前の育成)中

今回はちとちよです。改二話……は次の機会に。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 昼の日差しの中、港から基地へと続く道を歩く二つの人影があった。

 二人の顔には、先日までであれば滝のように流れ出ていた汗のしずくは見られない。ここのところ、残暑はめっきりなりを潜めていた。朝晩には寒さを覚えることもあるくらいだ。

 しかしそうはいっても、昼日中がすごしやすいとはまだ言いがたい。あちこちぼろぼろになった長袖をまとった少女は、かえってありがたいとばかりに着崩してみせる。それに対してもう一方の少女が眉をひそめる。

「千代田、誰かに見られちゃうわよ」

 だが少女はどこ吹く風だ。

「見られるっていっても、女同士でしょ?」

「この基地にだって男はいるのよ」

 そう言われた少女はますます楽しそうに口を開く。

「提督が見たら、どんな反応するかな?」

「千ー代ー田ー? いい加減にしなさい」

 怒気をはらみだしたもう一方の少女の雰囲気に、悪ふざけが過ぎたと悟った少女は素直に頭を下げる。羽織っていた上着の前をしっかり閉めると、もう一人の少女はようやく少女を許してくれた。

「まったく、冗談でももっと自分は大切にしないとだめなんだから」

 もう一人の少女のこういうところを、少女――千代田は堅いと思っている。もし先の冗談を実行したとしても、あの提督ならば赤面して目を背けるか、慌てて上着をかぶせるように羽織らせてくるか。いずれにせよ手を出してくるような度胸などありはしないだろうと、何度か話せば察しがつこうというものだ。やりすぎは禁物だが、ちょっと話の種に出すぐらいは許されるのではないか。そう千代田は思うのだが、過保護な姉はすぐおかんむりになってしまうのだ。それに、千代田としても、なにも本人の前でそんな真似をするつもりはない。千歳の前だからこそ、安心して無防備にもなれるというものなのだ。

「ごめんってば。もうしないから」

 上目づかいで告げる千代田に疑わしげな目を向けるもう一人の少女――千歳は、結局ため息をついて視線をはずした。

 千代田はくすっと笑みをこぼす。姉に甘えながらの会話は、千代田に戦場から帰ってきたとの実感を抱かせる、かけがえのない時間だった。

「ああもう、こんな話をするつもりじゃなかったのに……。そうよ、千代田、けがは本当に大丈夫なの?」

「……」

 その話をするのがいやで話題をそらしていたのだが、また戻ってきてしまった。無理にでも高めようとしていた気分がぐんぐんと高度を下げていく。今ばかりは心配性な姉が恨めしい。

「どうしたの? どこか大けがしてるの? それなら無理をしないで」

 それに対して千代田は、心中が面に出ないように気をつけながら答えを返す。

「違う違う。けがは見た目通り中破相当だけど、それでも軽いものだから。それほどつらくはないの」

 この言葉にうそはない。けが自体はそれほどのものではないのだ。

(けど……)

 千歳といるときは忘れようとしていた心のささくれがじくじくと痛みだす。

(なんで、あの程度の任務でこんなけがしちゃったの?)

 今回の出撃は、なんということのない簡単な任務のはずだった。基地近海を哨戒して、敵を見つければ掃討するだけ。現れる敵も、少し前まで何度も出撃を繰り返した南西沖に比べれば全然たいしたことはない。そのはずだった。

(だからって、気を抜いちゃだめだって、わかってたはずなのに……)

 警戒すべき敵も見つからない海の上で、帰還開始予定の時刻を指した時計が目に入り、帰ったら何をしようかと、そんな考えがよぎった。その瞬間、狙いすましたかのような魚雷の不意打ちをくらってしまったのだ。

 その後、被害を免れた仲間たちによって敵の潜水艦はきっちりしとめられた。そうして、部隊でただ一人の負傷を伴って帰還にいたるというわけだ。

(私が皆のお手本にならなきゃいけなかったのに……)

 運が悪かっただけだと仲間たちは言ってくれたが、気をつかわれてしまったことがかえって情けない。失態は誰にでもあると言い聞かせることもできたが、姉ならばあんな油断は見せなかったはずだと思うと、自らのわきの甘さが腹立たしかった。

(こんなはずじゃなかったのに……)

 姉のお荷物から卒業するのだと、本人の前で大見得も切ってみせたというのに、その後もどじを踏む癖が直らない。いっしょの部隊で出撃していたときは最後までかばわれ通しだった。今は編制方針の変更から同じ部隊に所属する機会そのものがなくなっているが、それぞれの部隊の戦果を比べてみると、やはり姉の部隊には見劣りがする。味方部隊の負傷という点で見れば、特にそれが目立つ。

(練度では並んだはずだって、そう思ってたのに……)

 それなのに、出撃するたびに埋められない差を痛感させられる。もっと頑張らなくちゃと思えば思うほど焦りが募る。しっかりしなければと自分を追いこむ気持ちばかりが空回りしているのを感じる。

「千代田?」

 気づけば立ち止まっていた千代田をのぞきこむようにして、千歳がこちらを見ていた。

「急に黙りこんじゃって。やっぱりどこか変よ?」

 余計な心配をさせてしまったことに、千代田はさらにふがいなさを覚える。けれどその気持ちは心の奥底にしまいこみ、千歳には笑顔を取り繕って答える。

「本当に大丈夫だから。提督への報告もあるし、もう先に行くね」

 千歳はなおも納得がいかずに引き留めようとしていたが、千代田は構わず駆けだした。

(お姉には余計な心配かけないって、決めたから)

 千歳はいつだってそのままの千代田を受け入れてくれる。それでも今のままではいやだと、もっと成長したいと願うのは、千代田のわがままだ。今はまだその見通しも立たないが、こんなことで姉を悩ませてはいけない。

(苦しいけど、私一人でなんとかしてみせる。ううん、なんとかしなきゃいけないの)

 鼻の頭につんとくる気持ちをやりすごすと、決意も新たに、千代田は一人、執務室に向かった。


 一方、千代田を見送る千歳は悲しげだった。

(千代田、また無理してる……)

 千代田が一人苦闘しているのはわかっていた。こういうときの千代田は、千歳を避けがちになるのでわかりやすい。前回は本気で距離を置かれていると思ってうしろ向きな考えにとらわれてしまったが、それで結果的に千代田との絆を確かめることができた。今回は迷わず千代田の力になってあげたい。

 けれど、千代田がいったい何に悩んでいるのか。それががわからない。

(前は、戦闘中にあまりかばわれすぎることを気に病んでたわよね。でも、改造が済んでからはそんなことをする必要も感じなくなってるし……)

 千歳の実感として、改造を機に千代田は一段と頼もしくなった。守ってあげなければという意識を抱く必要もないほどに、それこそ肩を並べて戦える自慢の妹になったと思っているのだ。

 では他のことかというと、そうなると見当もつかない。千代田に避けられるのが主に任務の直後であることを考えると少なくとも戦闘に関することなのではないかと思うのだが、それ以上はさっぱりだ。

(それとなく聞きだせればいいのだけど……)

 なまじ気心の知れた姉妹であるだけに、今回のようにこちらが心配して声をかけるとあちらも察してかわされてしまう。

(頼りにしてもらえないのが寂しいっていうのは、ぜいたくな悩みかしら)

 力になれないもどかしさをこらえ、千歳は肩を落とした。




 しとしとという雨音が壁越しに聞こえる。順々に消灯が始まった宿舎は、ゆっくりと眠りに落ちていきつつあった。

 もうすぐ消されるだろう灯りに照らされたうす暗い廊下を、千歳は歩いていた。仲間の部屋から自室へと戻る途中である。しかしその足は鈍い。気もそぞろに立ち止まると、雨降りの外に目をやりひとりごちた。

「誰に聞いてもわからないのよねえ。あの子、こういうところはなかなか他人に立ち入らせない性格だし」

 あれから数日が経ったが、千代田の悩みはいまだにはっきりしない。自分には話してくれなくても、他の仲間になにか手がかりになることを漏らしているかもしれないとも期待してみたのだが、すでにわかっていた以上の情報はなかった。

(もし自分以外の誰かに相談してたとしたら、それはそれでショックだったけど……)

 喜ぶようなことではないと知りながら、そのことに慰められている自分がいることも否定できない。不謹慎な気持ちに首を振っていると、自分たちの部屋のすきまから明かりが漏れていることに気がついた。

(思ったより早かったわね)

 千代田は、夕方ごろに帰還してから船渠で修理を受けていた。今日は北方沖に向けて出撃し、敵一個艦隊を全滅させて戻ってきたという。立派な戦果だ。

 ただ、その過程で中破相当の損傷を負っていた。その修理の終わる時間がちょうどこれくらいだろうと聞いていたため、部屋で帰りを待ち迎えられるようにと仲間たちとの話を切り上げてきたのだ。しかしどうやらその時間は前後していたらしい。

「千代田? 早かったのね……って」

 扉を開けると目に入ったのは、卓子に突っ伏して眠る千代田の姿だった。二人分のお茶が用意してあることから、千歳の帰りを待っている間に寝入ってしまったようだ。

「今日はよっぽど疲れてたのかしら」

 深く穏やかな寝息を聞いていると、このまま寝かせておきたい気にもなる。とはいえ今は季節の変わり目であり、それでは風邪をひいてしまいかねない。せめてベッドまでたどり着いてもらわねばと体を揺すると、千代田はうすく目を開いた。

「お姉……私、寝ちゃってたんだ。ごめんなさい」

「いいのいいの。今日は大変だったんでしょう? 千代田ってば必要以上に頑張っちゃうところがあるから心配なのよ」

 ちらりと見えた千代田の赤く充血した目に、千歳はいたわるようにそう告げる。ところが珍しいことに、千代田は寝起きで弱々しくはありながらも、千歳の言葉に反発してきた。

「頑張らなきゃだめなの……そんなこと言わないで」

「どうしてそう思うの? 千代田は十分立派だと思うわよ」

 驚いた千歳はそう言ってなだめてみるも、千代田はますます頑なになっていく。

「そんなことない。それなら、今日だって……」

 そこまで言いかけた千代田だったが、口ごもって首を振る。

「とにかく、下手ななぐさめはやめて」

 差しのべた手を一方的に振り払うような千代田の態度に、千歳の言葉もだんだん遠慮がなくなっていく。

「そんなに意地を張らなきゃいけないことって何? ひょっとして戦果のことなの?」

 そう言ったとたんにびくりとした千代田を見て、千歳は信じられない思いで言葉を続ける。

「そんな……だってあなた、ちゃんと活躍できてるじゃない。あれでいったい、何がそんなに不満なの?」

 だが、疑問に返されたのは、全身で千歳を拒絶する意志だった。

「うるさい! どうせお姉には私の気持ちなんてわからないんだ。お姉なんて大っ嫌い!」

 叫んで、千代田は部屋を飛び出す。千歳はそれを呆然と見送ることしかできなかった。

(千代田、泣いてた……)

 千歳が部屋に戻る前からそうだったのだろう、はらしたまぶたが痛ましかった。そして、今ごろそれに気づいた自分がふがいなかった。

(私、また間違えちゃった)

 千歳は、押し寄せる後悔に沈んだ。


 一方、逃げるように部屋を出た千代田だったが、彼女もまた後悔していた。

(言いすぎた……)

 あんなことを言うつもりではなかった。本当は話を聞いてほしかったのに、こちらの気も知らないでずけずけと放たれた姉の言葉に我を忘れてしまったのだ。

(どうしてわかってくれないの)

 荒い呼吸をしずめるために足を止める。部屋のほうを振り返るが、度重なった悔しさと情けなさに涙がこみあげてきて思考がまとまらない。

(一度、どこかで落ち着こう)

 灯りの消えた廊下をどこに向かうともなくふたたび歩きだす。

 この時間、宿舎の内は静かだった。だが歩いていると、ときおり就寝時刻を過ぎても寝静まらぬ仲間たちのひそやかな話し声も聞こえてくる。会話の内容までは聞き取れないが、声音はとても仲睦まじげだ。一方がふざけかかっては、もう一方がおおげさなくらいに反応してみせ、次には二人そろって笑い合う。そんな雰囲気。

(お姉、私……つらいよ)

 聞くともなしにそれを聞いているうちに、涙はますます止まらなくなり、千代田はその場にしゃがみこんでしまった。

(私、本当にだめな妹だ。勝手にお姉を頼りにして、自分の都合ばかりで怒りだして……)

 誰にも気づかれないようにと、必死に声を抑えて泣き崩れる。

 そうしていると、廊下の向こうから通りかかる人物がいたらしい。

「なんや千代田、こんなところでどうした?」

 悲しくて心細くてしかたなかった千代田は、かけられた声の主に必死にすがりついた。

「龍驤。私、私……」

 しかし、しゃくりあげるあまり、言葉が続いてくれない。それを察した龍驤は、ひとまず千代田をなだめ、自分の部屋に連れ入った。


「で? どうしたの?」

 千代田が泣くだけ泣いて落ち着くと、龍驤はそう切り出した。

「お姉とけんかしたの……」

 つい先ほどのことであり、千代田の気持ちも整理されきっておらず、話はなかなか要領を得なかったはずだ。しかし途中でつっかえると質問を交えながら、龍驤は真剣に話を聞いてくれた。そして、千代田の話が終わると開口一番こう言った。

「そりゃ、あんたが悪い」

 その言葉に不服を覚えて抗議しようとしたが、龍驤は手を上げてそれをさえぎる。

「そもそもや。千歳のためにはりきってるのに、なんでそれ隠してるの」

「だって……かっこわるいじゃん」

「もともと姉さんに守ってもらっとったんやろ。なにをいまさらかっこつけとるん」

「そうだけど……」

 簡単に言ってくれるが、そんなにすぐに割り切ることができないから悩んでいるのだ。ぶすっとしていると、龍驤も自分の意見を無理強いするつもりはないのか、切り口を変えてきた。

「千歳も千歳で言い方があるやろとは思うが……とはいえなあ。うちから見ても千代田が教導艦としてふがいないいう気がせんのは事実やし。そりゃあ千歳や利根なんかには見劣りするけど、他も含めて比べたら並やと思うで。少なくとも、空母になって一回目の改造を終えてからはな」

「え……?」

「まさか気づいとらんかったんか? 自分の立ち位置に。それとも、どんだけ高い壁に挑んどるかに?」

 知らなかった。千代田が基地に加わってから、追いつくべき目標として常に姉が目の前に存在し続けてきた。追いすがるのに精いっぱいで、自分のことも千歳のことも、他人と比較する余裕などなかったのだ。まさかそんなに高く評価されているとは。

「それじゃあ、お姉のあの言葉も……」

 千歳も、そうして千代田の実力をふがいないものではないと思っているのだろうか。自分があまりにも自分のことしか考えていなかったことに気づかされて、千代田は自身の視野の狭さが恥ずかしくなった。

 だが、それで今の自分に満足していいかどうかはまた別の話だ。千代田が目指すべき場所は、その高さがわかってもなおあきらめられないものなのである。

(あれ、でもじゃあ、何て言って謝ろう……?)

 残った問題はそれだ。かっとなって言いすぎたことを謝ろうとすると、その辺りの事情も伝える必要が出てくるのではないか。先のやりとりで千歳も察してくれているだろうか。自分から話すのは恥ずかしくてたまらない。

「ま、最終的にどうするかはあんた次第やけどな」

 うんうん唸りだしたこちらの気持ちを汲んでくれたか、龍驤はそう言って話を切り上げた。

「さて、もういい時間やし、うちは寝るで。千代田はどうする?」

 部屋に戻って姉と顔を合わせることに気まずさをぬぐえない千代田は、今夜はこのまま泊めてくれないかと申し出た。龍驤は今夜だけだとしかたなさそうな口調をしたが、快く承知してくれた。

(明日になれば、きっと勇気が出せるはず)

 そんな期待を未来の自分に投げかけて、千代田はその夜、目を閉じた。


「あれ、ここ……?」

 翌朝、目覚めて目に入る天井がいつもと違うことに気づいた千代田はしばしいぶかしんだが、すぐに昨夜の出来事を思い出した。

「そうだ。お姉とけんかして……」

 謝りに行かなければと、改めて千代田は思う。けれど、見栄っ張りな心がやはり二の足を踏ませてしまう。

「なんや、まだ決心がつかんの?」

 身を起こしたまま逡巡していると、どこかに出かけていたらしい龍驤が戻って声をかけてきた。ふと気づいて時計を見ると、すでに起床時間どころか朝食の時間も終わりそうになっている。

「もうこんな時間!? 起こしてくれてもよかったのに」

「疲れてそうだったから、ゆっくり寝かしといたった」

 むしろ感謝してほしいくらいだと言われたが、別にそう頼んだわけでもない。そんなことより、今から食堂に行って、千歳はまだいるだろうか。それが問題だ。しゃっきりしない体を叱咤していると、思い出したように龍驤が告げてきた。

「そういえば千代田。自分、次の出撃部隊に名前入っとったで?」

「え……あ、そういえば!」

 昨日、提督に帰還の報告をした際、修理が終わればすぐにでもまた出撃してほしいと言われていたのだ。姉とのけんかですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。龍驤によると、前の部隊の帰投予定時刻も近いことから、他の部隊員はそろそろ準備を始めているという。

(やばっ。急がないと)

 間が悪いとは思ったが、それと同時に安心している自分がいることも感じていた。

(これで、今すぐお姉と顔を合わせなくて済む)

 幸いなことに、最低限必要なものは昨晩すべて身に着けてきていた。龍驤から確認するように一度、千歳のところに行かなくていいのかと聞かれたが、千代田はこれを幸いにと直接港へ向かうことに決めた。うじうじと悩んでいるよりは、しなければならない任務のことを考えていたほうが、気持ちもすっきりするかもしれない。


 そうして、一泊の感謝を告げて千代田が去った後の部屋で、龍驤は大きなため息をついていた。

「まったくもって、アホなやっちゃな」

 昨夜の雨が上がった空は、いまだ一面の雲に覆われていた。




 とん、とん、と神経質に書類に判を押す音がなる。

 先ほど電灯をつけたばかりの執務室。その明かりの下で千代田と提督が向かい合っていた。

 口頭でのやりとりが終わり静まりかえった室内で、提督はなにごとかを書類に書きつけている。

 そうしてなにやら満足がいったらしく、ひとつうなずいて退室許可が出された。

「失礼しましたー」

 報告を終えた千代田は、いつも通りの明るい一声を残して執務室を後にする。

 今回の任務は、最近になくうまくいった。もともと簡単な哨戒だったこともあるが、潜水艦を九隻撃沈させてなおかつこちらの被害はごくごく軽微。久しぶりの上々な戦果であった。だが、これを当然のようにできるのが千代田の目標でもある。一度の結果で油断してまた失敗をしてはいけないと、浮かれそうになる気を引き締める。

「このあとはどうしようかな」

 日が落ちて暗くなった廊下を歩きながら、千代田はひとりつぶやく。

 夕食の時間は報告中に過ぎてしまったが、遅めの食事にするのも悪くはない。一方で、任務中は意識しないようにしていた千歳とのことも、いつまでも先延ばしにしているわけにはいかない。

(でも、どんどん顔を合わせづらくなってる)

 時間がたてばたつほど、自分の身勝手さが情けなく、わけを話すのが恥ずかしい気持ちが強まってきていた。千歳と仲直りできないままになってしまうのかと思うととてもつらいが、あと一つ、なにか背中を押してくれるものがほしくてためらってしまう。

 ひとまず空腹をまぎらわせてから考え直そうと食堂に足を向けていると、その途中でばったりと龍驤に出くわした。

「なんだ、こんなところにおったんか」

 陽気な調子で龍驤は言う。

 酔っているのだろうかと疑問に思いながらも昨晩部屋に泊めてもらったお礼を改めて述べていると、ひらひらと手を振られた。

「そんなんいいから。それよりな、今、隼鷹のところでお酒飲んでるの。そろそろ戻ってくるって聞いたから、千代田もどうかと思ってな」

 言われた千代田は少し考えたのち、ありがたく承知した。すっきりできない気持ちがまぎらわせるならば、食事でも酒でも否やはない。それに、せっかくの誘いに乗るのも、一泊の恩義に答えることになるだろう。

 そう考えて向かった隼鷹たちの部屋だったが、連れられ入ってみると、そこにはなんと、渦中の相手である千歳がいた。

「お姉……どうして?」

「千代田……?」

 千歳も驚いているところを見ると、あちらもここで顔を合わせることは予期していなかったらしい。どういうことかと龍驤を見やると、にやりと笑みを返された。

「言わなかんこと洗いざらい全部吐きだして、楽になっちゃいなって」

 その言葉とともにぐいと千歳の前に突き出される。こちらの心の準備などお構いなしの展開に戸惑ったが、手を伸ばせば届く距離に近づいた千歳のことを意識すると頭が真っ白になる。

(どうしよう……何て言ったら……?)

 ぱくぱくと口を開閉させるばかりでとっさに言葉が出てこない。混乱する頭を落ち着けられずにいると、隼鷹が湯呑みを差し出してきた。

「酒の席に来たんだしさあ、まずは一杯やって落ち着きなって」

 よく考えると理屈としておかしかったはずだが、そんな余裕もなく、千代田は注がれた酒を勢いよく飲みほした。緊張して口の中がからからになっていたことに気がついて、もう一杯、また一杯と杯を重ねていると、千歳が唖然としてこちらを凝視していた。

(そうだ。謝らないといけないんだった)

 ようやく混乱から立ち戻った千代田は、覚悟を固めて千歳に向き直った。

「お姉、その……昨日はごめん!」

 言うと同時に勢いよく頭を下げる。

 不思議なことに、あれほど気が進まなかったにもかかわらず、一言目を発するとあとからあとから言葉が口をついて出てきた。

「私、焦ってたの。お姉に心配かけないようになりたいって思ってたのに、全然そうなれなくて。練度が上がっても、改造を済ませても、お荷物のまま抜け出せないのがいやだったの。でも、このままじゃだめだって、思えば思うほどうまくいかなくって。どうしたらいいのかわからなくなってた」

 一気にそうまくしたてる間、足元だけが視界に入る千歳は微動だにしない。千代田は大きく息を吸い、続ける。

「昨日は、本当はお姉に話を聞いてほしかったの。けど、お姉にもわかってもらえないんだと思ったら、頭に血が上っちゃって……」

 そこまで言ったところで、千歳がようやく口を挟んできた。

「ちょ、ちょっと待って。昨日も言ったけど、千代田がお荷物ってどういうこと? なぐさめなんかじゃなくて、千代田はとっても頼もしくなったと私は思ってるわ」

 千代田はその言葉に面を上げる。困ったような表情から、千歳の言葉にうそはないとわかる。やはりと、苦い気持ちがこみあげる。ここが一番大事なところだからと、千代田は気合を入れなおす。

「千歳お姉に比べたら、私なんてただのお荷物なの。龍驤に言われてそれほど捨てたものじゃないって気づけたけど、それでも、教導艦のはずなのにしょっちゅう負傷するし、大事な仲間もろくにかばえないんだよ。お姉ならそれくらい当たり前にこなしてるじゃない。こんなんじゃ、お姉のとなりに立つには全然足りないの!」

 ついさっき飲んだ酒の影響か、いけないと思いつつも千代田はまた頭に血が上りかけていた。それに対し、千歳はようやく納得がいったと、落ち着きを取り戻す。

「あのね、千代田。私だって大けがはするし、仲間をかばうのにも限界があるわ。たぶんあなたの頭の中にある私の姿は、調子が良くて、それに千代田が一緒の部隊にいてはりきってたときのことじゃないかしら。いつもいつもそんなにうまく立ち回るなんて、私にも無理よ」

「うそ……だって、最近の戦果を比べてもお姉のほうが断然いいじゃない。ごまかそうったってそうはいかないんだから」

 千代田は疑り深く千歳をにらむ。だが千歳は優しく諭すように言葉を発する。

「千代田ってばここのところずっと悩んでたじゃない。そのせいで任務に集中しきれてなかったんじゃない?」

 図星をつかれて千代田の目がひるむ。

「万全の力を出しきれてないのなら、戦果が上がらなくってもしかたないわ。千代田はちゃんと強くなれてるんだから、しっかり自分の力を出せれば大丈夫。そりゃ、それでも私の方が上をいくかもしれないけど、そこは姉の意地ね」

 その言葉は、千代田にとっても予想外のものだった。

「千代田ってば、改造の前後くらいからびっくりするくらいの速さで力をつけてきたもの。うかうかして追い抜かれちゃったらかっこわるいじゃない。私だって、こっそり頑張ってるんだから」

 千歳は得意げに片目をつぶり、笑ってみせる。

「お姉……」

 千代田は、思わずその千歳の笑顔に見とれてしまった。

 それに気づいて慌てて首を振ると、まだ千歳にぶつけたい気持ちはあったはずだと記憶を探る。だが、一度解きほぐされてしまった千代田の心から、不満や焦りは跡形もなく流れ去ってしまっていた。浮かんできた涙を隠すように、千代田はふたたび頭を下げる。

「本当に、ごめんなさい! 勝手に焦って、八つ当たりしちゃって。お姉のこと大嫌いなんて、そんなことこれっぽっちも思ってなんかなかったんだから」

「いいのよ。私のほうこそごめんなさい。あなたがそんなに思いつめてたことに、今の今まで気づいてあげられなくて。千代田の頑張り屋さんなところは私の自慢でもあるんだけど、一人で頑張りすぎちゃうのが玉に瑕だわ」

 千代田は自分のことを、優秀な姉の足を引っ張る不出来な妹だと思っていた。それが、そんなことはないと、それどころか自慢であるとまで言ってくれた。そのことが嬉しくて、誇らしくて、ついにこらえきれなくなった涙がこぼれだした。

「千歳お姉、大好き!」

 言って、千歳の胸に飛びこむ。間にあった食器が倒れるが、知ったことではない。久しぶりに、心の底から姉に甘えられる。そのことが嬉しくてしかたがなかった。

「もう……千代田ったら、しかたないんだから」

 盛大に泣きだした千代田をあやす千歳だが、その声も嬉しげだ。

 頭をなでる千歳の手に、千代田はたとえようもない安らぎを覚えた。間近で優しくかけられる声が胸にしみいってくる。そうして、暖かく受け入れてくれる千歳にすぅっと体の力が抜けていくのを感じた千代田は、そのまますべてを姉にゆだねるのだった。




「いやあ、それにしても泣かせてくれたねえ」

 ふたたびにぎやかさを取り戻した席で、隼鷹が面白がるように千歳に声をかけてきた。

「見世物のつもりはなかったんだけど?」

 そう返してみるが、皆の前で言い合ったのは自分たちである。迷惑をかけた手前、少しくらいのからかいは聞き流すほかない。千歳はゆっくり湯呑みを傾ける。

「うちも一時はどうなるかと思ったわぁ。まあでも元の鞘に納まったみたいやし、よかったな」

「龍驤にもいろいろ気をつかわせちゃったみたいね。ごめんなさい」

「ええって、ええって。うちが好きでやったことやし」

 聞けば、今回のすれ違いでは龍驤に助けられたところが少なくなかったらしい。自分たちだけではいつまで長引いたかわからなかったところもある。

(それというのも……)

 視線を下にずらすと、膝の上ですうすうと寝息を立てている妹の姿。周りも気にせず泣きついてきたかと思うと、さんざん服を濡らしてくれたうえに、しまいにはこの心地よさげな寝顔である。困った妹だとも思うが、それでもこの状態にほおを緩めてしまうのは、自分も千代田のことが好きだからなのだろうと、千歳は思う。

「そういや、いつまでそうしとるの? それじゃ飲んだり食べたりしにくいでしょ」

「それがねえ……」

 口で言うより早いと実際に千代田を横にずらそうとする。しかし、膝から下ろされそうになると千代田はとたんにぐずりだし、背中に回っている手で力いっぱいに服をつかんできたかと思うと、また元の位置を回復した。その間、目を覚ました様子はまったくない。

「ほらね」

 千歳は苦笑してみせる。龍驤もあきれたとばかり、酒に口をつけた。

 千代田に目を戻しながら、今度、お酒の飲み方を教えてあげようかしらと、千歳はぼんやり考える。千代田が飲むのはこれが初めてではないが、これまでは千歳がこっそり量を調節してきていた。もし世話を焼いていたことに気づかれたらまたへそを曲げられるのではないか。その姿が想像できるだけにつらさがある。妹が自分の手を離れていくのは寂しいが、こんなふうに潰れるような飲み方を繰り返させないよう、せめて自分の酒量を覚えさせるのが姉の務めだろうか。

 そんなことを考えていると、向かいからまた別の声がかかってきた。

「姉妹で仲のいいことですよね。私にも妹がいたら、こんなふうになれるかしら」

 しんみりとした声音だった。

「祥鳳……きっとあなたにもすぐに可愛い妹が現れるわよ」

「だといいです。いっぱい、してあげたいことがあるんですよー」

 そう言ってあれこれ空想を語りだす姿は素面のときには想像もつかないものだったが、こんな一面が見られるのも酒席ならではの楽しみだろう。

 ときおり、先の隼鷹のように千歳と千代田をからかう声もかかるが、場の居心地は悪くないと千歳は思う。今この場にいるのは、隼鷹、飛鷹、祥鳳、龍驤、それに千歳と千代田の六人。二人部屋なのでやや狭いが、その狭さがまた距離感の近さを感じさせる。

「それにしても、本当に仲がいいわよねー、あなたちって」

 そう言いながら飛鷹がついととなりに寄ってきた。隼鷹が祥鳳のとめどない語りに付き合いだしたので、相手を求めて来たのだろう。けらけらと笑いながら千代田のほおをつつているが、千代田はむずがるように身をよじらせるものの起きそうな気配はない。千歳もそれをほほえましく眺めなら酒を口に含む。

 飛鷹がとんでもないことを言い出したのは、その直後だった。

「思ったんだけど、二人は付き合ってるの?」

 千歳は思わず酒をふきだした。とばっちりを受けた龍驤が抗議してくるが、気にかける余裕もない。

「そ、そ、そんなわけないでしょ!?」

 あまりにも突飛な質問に、答える声がうわずってしまう。

「そうなの? さっきの話聞いててどう考えても千代田はあなたのことが好きで、あなたもそれを当たり前みたいに受け入れてたじゃない。今もすごく嬉しそうにしてるし。私、絶対そうだと思ったんだけどな〜」

「何を根拠に言い出したのかと思えば……」

 酔いのせいか痛みだした頭を押さえながら、千歳は言う。

 千代田との関係はどこまでも姉妹としてのものであって、恋人としての意識はこれっぽっちもない。そのはずだ。少なくとも千歳にとっては。仮にもし千代田に慕われているとしたら、それはそれで悪い気はしないけれど。

 邪推の根を絶とうと千歳がさらに口を開きかけると、面白そうな気配を察したのか、隼鷹と祥鳳までもがこちらの話に加わってきた。

「その話、詳しく聞かせてくれよー」

「まさか千歳さん、妹に手を出していたんですか? そんな……」

 いやな方向に転がりだした話に悪い予感を覚えた千歳は、必死に否定にかかる。

「違うから! そんな事実はこれっぽっちもないから!」

 だが、悪乗りしだした酔っぱらいたちはとどまるところを知らない。

「むきになって否定するところがあやしいわよね〜。これは、徹底的に問い詰めてみるべきじゃないかしら?」

「そうだそうだ!」

「純情な千代田さんがもてあそばれていないか確かめられるまで安心できませんものね」

 にやりと人の悪そうな笑みを向けてきた飛鷹を見て、千歳はしてやられたと悟った。

 せめて龍驤が味方をしてくれたらととなりに視線を向けるも目を合わせてもらえない。心なしか、座っている場所も遠ざかっている気がする。

「とりあえず、最近の千代田におかしなところはなかったかしら?」

「そういえば、なにか思いつめてたような気がするぞ」

「千歳さん、あなた千代田さんに何をしたんですか!?」

 直前の記憶すらすっぽ抜かして好き放題に話を広げはじめた酔っぱらいたちをわき目に、千歳はもうどうにでもなれと、手に取った酒をあおるのだった。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



以上。登場キャラの現在のレベルは、千代田50、千歳50、龍驤31、飛鷹31、隼鷹31、祥鳳31。千代田と千歳はすでに改二に。改二になる頃には改二用のものをと考えてもいたんですけど、もうちょっと先のレベルだと勘違いしてて。気づいたときにはすでにあらかた書きだしちゃってたので、今回はこういう感じで。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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