2014年09月15日

艦これ、2-4クリア

今回はとねちくです。うすめですが……。それと、そろそろ独自設定が目立ってきたように思いますので、お気を付けください。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 ごろごろと大きな音が鳴り響く。どこかに雷が落ちたらしい。建物の外では降りしきる雨粒に木々がさざめき、流れこむ雨水であちこちに水たまりができていく。

「暑いのじゃー」

 閉めきった窓を叩く雨の音が響く室内で、寝台にだらりと寝そべる少女が声をあげた。

「利根姉さん、だらしないですよ」

 襟元を緩めてぱたぱたとあおぎだした少女に対し、もう一人の少女がたしなめる。

「そうは言ってもじゃな……」

 言われた少女は不満げだ。つい先ほどまで屋外にいたために、体が熱を持っている。ぴっちりと服を着込んでいては暑苦しくてしかたがない。いっそのこと脱いでしまったらとも考えたが、さすがにそれはと我慢したのだ。この程度は許してほしい。そんな意図を込めた視線を送るが、もう一人の少女に有無を言わさぬ笑顔で見つめかえされてしまった。

 少女は不承不承、襟元をあおぐ手を止める。しかしそれで暑さがなんとかなるものでもない。浮き出る汗に気持ち悪さを感じながらごろりと寝返りを打っていると、「なんでしたら、うちわがそこにありますから」と教えられた。少女は感謝の念を抱きながら素早くうちわを手に取りあおぎだす。そうして得られる涼に快さを覚えていると、もう一人の少女が目を細めてこちらを見ているのに気がついた。

「筑摩よ、これはおまえが使うとよい」

 もう一人の少女の額に浮かぶ汗に気付いた少女は、そう言ってうちわを譲ることにした。気をつかわなくていいのにと遠慮されたが、少女たちにとってはいつものやりとりだ。当然のように相手に押し付けると、少女は自分の寝台に向かった。確かもう一本うちわがあったはずだと、自らの記憶を探りながら。

 もう一人の少女は、渡されたうちわを心地よくあおがせながら、そんな少女の様子をほほえましく眺めていた。結果的に少女が使っていたうちわを取ってしまった形になっているが、一度言いだしたら聞かないその気づかいを嬉しくも思いながら。

 もとはといえば、この突然の雨を部屋でやり過ごすことができているのは、少女――利根のおかげともいえるのだった。二人は先ほどまで、港で新造の爆撃機の試験飛行を見学していたのだ。それは、もう一人の少女――筑摩の希望によるものだった。筑摩は、自らが搭載する偵察機であれ、そうでない戦闘機であれ、飛行機が空を飛ぶのを見ているのが好きだった。提督不在の時代には、腐らせるばかりの資源の一部を使ってよく偵察機を飛ばしたものだ。しかし、今ふたたびの戦時体制下に、浪費している資源の余裕などありはしない。その代わり、新たに製造がなされるようになっている。そこで、しばしばその試験飛行を見学することで埋め合わせとしているのだ。ただしこれは筑摩だけの気晴らしであり、利根も同様に楽しみを見出しているというわけではなさそうだった。今日、利根がついてきたのは、ただの気まぐれだったように思う。それでも、姉とともにそのひとときを過ごすのは、筑摩にとっていつになく楽しいことだった。そうしていくばくかの時間、空を眺めていると、その背景に黒雲が広がりだした。一雨来る前に部屋に戻ろうかとも思ったが、一方で試験が中止される様子はなく、その場を去りがたく思っていたところ、利根が急かすように筑摩の手を引き基地の建物に駆け込んだのだ。その直後、見計らったかのようにざあざあと雨が降り出した。果たして、利根はあのとき走らなければ雨に降られるとわかっていたのだろうか。この姉ならばそうかもしれないと思えてしまうのが、筑摩にとっての利根なのだ。

 そんなことを思い返していると、利根がようやく自らの荷物からうちわを見つけだしたらしい。誇らしげに筑摩に向けてかざすと、涼しげにあおいでみせる。その様子があまりにも気持ちよさそうで、筑摩は思わず笑ってしまった。

「姉さん、もうすぐ雨もやみそうですよ」

 叩きつけるようだった雨足が弱まってきたことに気づき、筑摩は雨が入りこまない程度に窓を開けた。小さな隙間から流れこむひやりとした雨降りの空気に、筑摩はほうと吐息をこぼす。利根はというと、筑摩の言葉を聞き、もうまた出かける気になっているらしい。

「よし、筑摩、涼しいうちに散歩でもするぞ」

「姉さん、まだ降ってますってば」

 本当に雨の中を走り出しかねない姉を引き止めようとしたが止めきれず、結局二人は勝手知ったる屋内の散策をしながら雨上がりを待つことになるのだった。


 筑摩を引っ張り出すようにして部屋を出た利根だったが、実のところ、どこか行くあてがあったわけではない。じっとしているとわずらわしいもの思いに気を取られてしまうため、それから逃れるために動き回ることにしたにすぎない。筑摩はそれをなんとなく察して付き合ってくれているようだが、毎度のことながらすまなくも思う。

「筑摩よ、どこか行きたいところはあるか?」

「強いてあげるならまた港に……と言いたいところですが、まだ雨もぱらついてますし、この辺りをぶらついてみませんか? よく見知った場所でも、ゆっくり歩けばなにか新しい発見があるかもしれませんよ」

 どこでもいいと言われたに等しいが、こちらの意に沿うような答えに、利根はその言やよしとうなずき、足の向くまま宿舎の中を歩きだす。廊下を前進し、ときおりまだ誰も使う者のない部屋をのぞき、階段を昇って降りて、やはり同じようにそぞろ歩く。

 そうしていると、廊下の向かいに一人の少女の姿が見えた。道着めいた和服に長い銀髪をなびかせながら、なにか考えこむような表情をして歩いている。

「おお、翔鶴ではないか」

 利根の声に、少女はようやく二人に気づいたらしい。

「利根さん、筑摩さん。こんにちは」

「うむ」

「はい、こんにちは」

 鷹揚に答える利根に対し、筑摩は丁寧にあいさつを返す。

「お二人はどちらへ?」

「このあたりを散策中です。姉さんが部屋でじっとしているのは退屈だと言うものですから」

 それを聞き、子供でもないのにとこちらを見つめるてくる翔鶴に対し、利根は得意げに胸を張ってみせた。それを受けて同情的な視線が筑摩に向けられるが、彼女はなんのことかわからないと言うように軽く肩をすくめるだけだった。その失礼な気配を感じ取った利根がじっと翔鶴を見やっているうち、彼女が一冊のノートを手にしているのが目についた。それでぴんときた利根は、彼女に尋ねてみることにした。

「翔鶴、おぬし、提督のところに行っておったな?」

「どうしてそれを……?」

 翔鶴が驚きに目を見開いたが、利根としても直感的なものなのでなぜと言われてうまく説明できるものではない。なんとなくだと答えてみると、怪しむような視線を返された。利根は、この視線が苦手だった。見て取れたことをなんでもないことのように聞いただけなのに、まるで気味悪がるような反応をされるのだ。筑摩が言うには、「姉さんは鋭すぎるんです」ということらしいが、普通に見て察することができてしまうがゆえに、何が聞いてはいけないことなのか、口に出してみるまでわからないから困りものなのである。

「知りませんでしたか? 利根姉さんはなんでもお見通しなんですよ」

 筑摩のその言葉にため息をついた翔鶴は、あきらめたように事情を話しだした。

「提督に頼んで、ここ最近の出撃の報告書を見せてもらっていたのです。敵の戦術を研究することで、もっと戦いを有利に導くことはできないかと思いまして。それがゆくゆくはこの戦争の終結を早めることにもつながるはずですし……」

 いつか自らの手でこの戦いを終わらせてみせるとの決意を明かす翔鶴に、利根はすっかり意気をのまれてしまっていた。筑摩から、戦いが終わったらまた二人で静かに過ごしたいとの願いを聞いたことはあったが、利根自身が戦いの終わりに深く考えを巡らせたことはなかった。それなのに、この少女は基地に加わってまだそれほど間もないながらも、途方もない望みを抱いている。こういう者がいればこそ、その道も開けていくのだろうか。

「うむ、頼もしい限りじゃな。吾輩も助力を惜しまぬゆえ、おおいに期待しておるぞ」

 利根は感心しきりに翔鶴の肩を叩きながら、そう声をかけてみたのだが、翔鶴にはなぜだかばつが悪そうな顔をされてしまった。いぶかしみながら別れを告げると、角を曲がったところで筑摩がわけを教えてくれた。

「姉さん、まじめな気持ちを伝えたいときは、必要以上に芝居がかったしぐさをしないほうがいいと思いますよ」


 利根が首をひねりながら歩いていると、今度はまた別の少女と出くわした。紫がかった髪を四手で高く一本にまとめたいでたちが特徴的なその少女。初春だ。

「利根に筑摩ではないか。珍しいのう、かようなところで」

 そう声をかけられたが、ここは仲間たちが寝泊まりしている宿舎の廊下だ。ここで顔を合わせるのに珍しいことなどあるだろうか。疑問に思う利根の代わりに、筑摩が答えを返した。

「雨降りの気晴らしにと、あちこち歩いているんです。普段は外に出ていることが多いですから、こんな機会でもないと任務や食事以外でなかなか皆さんとも顔を合わせられませんが」

 そう言われてみると、利根としてもそんな気がしないでもない。筑摩に比べればほかの者たちと接することは少ないが、仲間たちのことはしっかりわかっているつもりだった。しかし自分だけその気になっている可能性も否定はできない。

「うむ。この機会に初春と親睦を深めてみるとしようか」

 そう決意を述べてみるのだが、初春の反応はいまひとつかんばしくない。いきなり何を言い出したのかと、筑摩に説明を求めるような視線まで送っている。おかしい。こんなはずではなかったのだが……。利根も筑摩に補足を期待したが、筑摩は初春に、聞いてのとおりだと澄まし顔をするばかりだった。初春はあきらめたように話題を変える。

「まあよい。行きがかった船じゃ。食堂に寄る用事があるのじゃがな。二人とも、わらわとともに参らぬか?」

 その言葉に察しをつけた利根は彼女に尋ねてみることにした。

「ああ、同室の者たちの分まで菓子を取りに行くのじゃな。なんなら、運ぶのを手伝ってもよいぞ」

「おぬしはたまに、気味が悪いほどに勘が鋭くなるのう……」

 その言葉は、利根の心にちくりと刺さった。すると、筑摩がそれを雰囲気で察したか、うしろから声を挟んだ。

「先ほど、初春さんたちの部屋の前を通りかかったのですよ。そのとき、中からにぎやかな声が聞こえてきたものですから……」

「なんじゃ、聞かれておったのか。ならば話は早い。改めて、手伝いを頼めるかのう」

 納得した風な初春の様子に、利根は筑摩に胸中で感謝した。本当のところ、初春たちの部屋から漏れ聞こえてきた声は、その内容をろくろく聞き取れない程度の大きさでしかなかったのだ。利根は即座に当たりをつけることができたが、おそらく筑摩は、今の利根と初春のやりとりを聞いてようやく利根の理解を察したのだろう。ともかくこの場はごまかすに限る。力強く自らの胸を叩いて了承の意を告げる。

「うむ。吾輩が手伝うからには大船に乗ったつもりでいるがよいぞ」

「そんな大仰な話でもないのじゃがのう」

 そうつぶやく初春をよそに、利根は意気揚々とふるまいながら食堂へと向かうのだった。


 昼食の時間を過ぎていることもあり、食堂に人影はまばらだった。一度に百人もの人を収容できるこの広間も、食事時でなければこんなものだ。遅い昼食をとる者、食事が済んでも談笑を続ける者。数える程度の仲間たちが居合わせていた。初春はこちらに気づいた彼女たちに目礼を送ると、使いの用事を果たすべく冷凍庫に向かった。利根は筑摩とともにあとについていき、さじと小皿を用意してアイスクリームのとりわけを手伝う。一人ひとりの分がそれぞれ均等になるようにと何度も念を押す初春に、皆よほど楽しみにしているのだろうとわかり、責任感に気がひきしまる。

「しかし、こうして目の前にしておると、吾輩もほしくなってくるな」

「姉さん、つまみ食いをしてはいけませんよ?」

 もちろんだと返すが、ひとたび想像してしまった爽やかな味わいを振り払うのは簡単ではない。もの欲しそうな視線を背けられずにいると、それに気づいた初春がしかたないという顔で告げてきた。

「残った分はそちらの好きにしてよいぞ。わらわの手伝いをしてくれた、その礼じゃ」

「おお! ありがたい心づかい。この利根、心より感謝するぞ!」

「うむうむ。せいぜい感謝するがよいぞ」

 鷹揚な初春の言葉に喜んだ利根は、このアイスクリームをどこで食べようかと考えだす。するとそこに、また別の少女が現れた。和洋折衷風の緋袴に身を包んだ黒髪の少女。飛鷹だ。

「ねえねえ、何か余ってるお菓子、ある?」

 その言葉に、とっさにアイスクリームを腕の中に抱え込んで所有権を主張する利根。それを見た飛鷹は、他人の分はとらないからと手を振り、調理場をあちこち漁りだす。とはいえ菓子に関しては食い意地が張った仲間たちの所帯。そうそう余りものなどあるはずもなく、せいぜいまんじゅうが二つばかり見つかっただけだった。当てが外れた形の飛鷹だったが、もともとそれほど期待していたわけでもなかったらしく、さばさばとしたものだ。執着することなく調理場を出ようとしたところで、入り口からにぎやかな声が聞こえてきた。

「飛鷹、そっちはまだか? こっちの準備はもうばっちりだぜ」

 その声に、利根はあきれたように口を挟む。

「隼鷹、飛鷹。おぬしら、昼間から呑むつもりなのか?」

 非番だしいいじゃんと主張する隼鷹に対し、飛鷹は頭の痛そうな顔をした。

「……一度言いだした隼鷹が止まると思う?」

 無理だろうなと、利根は同意した。こと酒が絡むと、隼鷹は周りを巻き込んで暴走しだすきらいがある。それに毎度付き合わされる飛鷹の苦労を察して慰めの言葉をかけていると、隼鷹が肩を組むようにして利根に話しかけてきた。

「なあなあ、利根と筑摩も、よかったら、これからあたしらに付き合わない?」

 その言葉に思い出すのは、まだ飛鷹が基地に来る前に参加した酒盛りの記憶。ちょっとだけだからと呑みはじめたが最後、ずるずると明け方近くまで付き合わされた末に、翌日ふつか酔いのままでの出撃を余儀なくされたのだ。あの悪夢の再現はなんとしても避けたい。利根は初春の手伝いを引き合いに出したが、すると隼鷹は初春にまで誘いの声をかけだした。

「人数は多いほどいいからさあ。どう?」

「それは、じゃのう……」

 初春も経験があるのだろう。なんとか厄介ごとを回避すべく必死に頭を回転させているのが見てとれる。

「なあ? なあ?」

「利根、筑摩よ。菓子を運ぶのは何回かに分ければ三人もおらずとも十分じゃ。おぬしらはせっかくの誘いなのだし、行ってきてはどうじゃ?」

 駆け込もうとした避難先は目の前で閉ざされてしまった。利根は何かほかに手はないかと考えだしたが、逃がさじとばかりに力がこめられた隼鷹の腕に、望みが絶たれたことを悟った。最後の希望とばかりに筑摩に目を向けるも、静かに首を振られるばかりだった。

「引き受けた手前もありますし、私は初春さんの手伝いを済ませてからうかがいますので」

 それまでの辛抱ですと耳打ちされた筑摩の言葉を頼みに、利根は引きずられるように隼鷹と飛鷹の部屋に連れ込まれるのだった。


 筑摩が飛鷹たちの部屋に向かうまで、それほど時間はかからなかったはずだ。だが、扉を開けた筑摩を出迎えた利根のほおにはすでにうっすら赤みが差していた。

「利根姉さん、大丈夫ですか?」

「この程度で酔うはずがなかろう。それより、筑摩もどうだ、一杯」

 参加をあれほど断ろうとしていた先ほどの態度はどこへやら。湯呑み片手に陽気に筑摩を誘う姿からは、前後不覚になるほどではないが、酔いの影響が見て取れた。このままではふつか酔い街道を一直線である。

「いえ……それよりも、外は雨が止んだようです。雨が上がったらまた港に行く約束、守ってくれますよね?」

「しょうがないやつじゃのう、筑摩は……。隼鷹、飛鷹、すまんが吾輩たちはこれで。代わりといってはなんだが、吾輩たちの分のアイスを置いていくでな」

 なんとかひねり出した口実に利根が乗ると、隼鷹は思いがけなくもあっさり送り出してくれた。あんなに誘ってきたのにと疑問にも思うが、この酒席を逃れられるのならそれに越したことはない。

「姉さん、この後はどうしましょうか?」

 そのまま港に向かってもよかったのだが、筑摩には懸念があった。

「言った手前、港に向かえばよいであろう。風に当たっていれば酔いもさめる」

 姉の様子が、人前で見せるものとはどことなく違うのだ。普段、筑摩といるときに限ってはうかがわせることもあるのだが、ときおり利根は鷹揚な態度がうそのように冷めて見えることがある。今のこれが酒のせいなのかどうかは、以前飲んだときには筑摩のほうが先に潰れてしまったためにわからない。いつもなら身近に接するがゆえに察しがついてしまう筑摩以外には見せないようにしているはずなのだが、このままでは誰彼となくそんな一面を見せてしまうのではないかと思うとはらはらする。

「姉さんがそれでいいのでしたら……」

 誰かに会う前に利根の酔いがさめてくれるといいのだがと思いながら、宿舎から港までの道を歩く二人だったが、残念ながら筑摩の願いは叶えられないようだった。

「おお、日向ではないか」

 道の向こうからやってくるのは、哨戒任務帰りと思しき日向だった。

「利根に筑摩か。二人はこれからどこへ? 散歩かな?」

「ええ。日向さんは、任務帰りですよね? お疲れ様です」

 姉に必要以上の受け答えをさせまいと、すかさず筑摩が前に出る。日向にけがや衣服の汚れは見られなかったが、話を聞くとはぐれ深海棲艦を一隻仕留めてきたという。たいしたことなかったと語る日向の様子は、声量こそ抑えられているものの、誇らしさがにじんでいた。

「航空戦艦はやはり強いのう。次に同じ部隊になったときにはよろしく頼むぞ」

 持ち上げるような利根の言葉に、任せてくれと返す日向はますます嬉しそうだ。しかし、筑摩は不安がいや増すのを覚えた。今の利根が相手をほめそやすだけで済ませるのだろうかと思えてならなかったからだ。その予感は的中する。

「それで、なんだったかのう……。『敵艦隊は、何のために攻めてくるのだ』であったか。そちらのほうでは新たにわかったことはあるかの? 吾輩のほうは、ようやく糸口になりそうな情報のありかを、つきとめたところにすぎぬでな」

「な、どうしてそれを……」

 それは、かつて日向がぽつりとこぼしていたという疑問。おそらくは誰にも聞かせるつもりはなく、無意識のうちに口から出た問いだったのだろう。だが利根は、それを聞き落としはしなかった。日向本人も、航空戦艦への改造がなった喜びもあり、今の今まですっかり記憶の底に沈みこんでしまっていたのだろう。虚を突かれてひるんだ日向に、利根はいきなり足払いをかけてうつぶせに蹴倒した。

「なにをする……!」

 日向の抗議を無視し、利根はさらにその片腕を背中側にひねり上げる。

「浮わついた気分は程々にしてもらわんとなあ。ともに任務を課されたときに不安でしかたがない」

 そう告げる利根の表情は、筑摩の目に部屋を出たときからうかがえた陰が取り払われ、純粋に格の違いを見せつける高揚が浮かんで見えた。

 一触即発の事態に、筑摩の背に冷や汗が浮かぶ。だが、もし喧嘩になったとしても利根の勝利を疑いはしなかった。見下した視線の裏付けとなる姉の実力を知っているからだ。

「っ……覚えていろ」

 しばらくして利根が腕を離すと、日向は利根とにらみ合ったのち、憤然とその場を去っていった。筑摩は、酔った利根に絡まれた形の日向のうしろ姿に同情の視線を向けた。それと同時に、姉のことを嫌わないでいてほしいとも願った。あんな一面を目の当たりにしても、筑摩にとって利根が愛する姉であることは小揺るぎもしないのだから。そしてなにより、かいまみえた好戦的な態度に、普段は仲間たち、ひいては妹である自分への気兼ねから自らを押し殺している利根の、最もいきいきとした雰囲気を感じてしまったから。

「姉さん、もう酔いはさめましたか?」

「うむ。すまなかったのう」

 少ししてから、しかめ面を押し隠すようにして歩く利根に筑摩が尋ねると、そんな答えが返ってきた。あとで謝りに行かなければとも言えることから、いつもの姉が戻ってきたのだろう。もともとそんなに酒量を過ごしたわけではなかったのだ。ほっと安心した筑摩は、二人並んで港への道をふたたび歩みだすのだった。

 結局、試験飛行はすでに終わってしまっていた。だが、今日は有意義な一日だったと、筑摩は思う。前々から、姉は自分を押し殺していることに晴れやらぬ気持ちを抱えているのではないかと考えていたのだが、そのことに確信が持てたのだ。しかしだからといってどうしたらいいのか。そもそも姉は今を望ましいと思っているのか、変えたいと思っているのか、そうだとすればどのように……。それが定かではない。直接聞くのもはばかられる問題であるがゆえに、解決のめどはまだ立たなさそうだと、筑摩は悩むのだった。





「なんでしょう、この編制は?」

 広間に貼りだされた編制表を見て、筑摩がそうつぶやく。次の出撃部隊を知らせるその紙には、利根と筑摩を含む六人の仲間たちの名前が記されていた。それだけならば、普段となんら変わるところのない形式である。ところが、そこに記されていた名前には、筑摩に不満を漏らさせるに足るものがあった。

「方針が変更されて、あやつの本気を感じてもいたのだが……」

 着任当初より、提督からは作戦海域への出撃の方針として、一戦してそのまま撤退することを申し渡されてきていた。もっと先の海に進むには練度が不足しているとの判断からだ。利根もその考えには賛成であり、気をつけてさえいれば仲間を失うおそれもほとんどないといえたため、ずっとそれに従ってきていた。

 しかしここ最近、その方針に変更が加えられた。できる限り先へ先へと進軍すべし。それは威力偵察、ひいてはできると判断したならばその場での決戦をも含んだ指示だった。それまでが攻勢に移るための実戦演習に等しいものであったため、ついにその時が来たかと思ったものだが、その一方で、敵の中核と目される戦力を叩くにはまだ練度が足りていないと利根は考えてもいた。急な方針転換の裏にあるものを勘繰りもしたが、ともかく、実際に出撃する身としては、より過酷な戦場への進撃は、それまで以上の疲弊をもたらす難事だった。撤退の判断は旗艦に委ねられているとはいえ、戦果と仲間の命を天秤に掛けることを強いられるのだ。なんてことのないようにこなしてみせても、気づけばのしかかる負担に集中を阻害されている瞬間がある。

 だがそれだけならば、筑摩も基地に所属する者として、出撃はその義務の一つとして納得することができただろう。しかし今回は、変わらず攻勢指示が出されているにもかかわらず、部隊の半数が最前線に投入するには練度が不足している者たちの名で占められているのだ。自分の身を守れるかさえおぼつかない戦場で、二線級の仲間たちをかばいながら戦うことを余儀なくされ、なおかつ戦果を要求される。利根としては期待されてのことだろうしやるほかないという心持ちだが、筑摩にとっては到底納得できない指令だったのだろう。

「ふざけてます。私たちの命を何だと思ってるんでしょうか」

 この妹は、今の提督の着任時にもぴりぴりしていたように、仲間の命、特に利根のそれが危険にさらされるとなると、途端に冷静さを損なうきらいがある。これまでも、これほどではなかったとはいえ、いくつかの無茶な要求をこなしてきているのだ。やってやれないことはないだろうと、利根は考えているのだが。それに、無茶は提督のほうでも承知しているはずだ。ならばと、利根は提案する。

「ならば筑摩よ、提督のもとに直談判しに行くぞ」

 意気高く同意した筑摩を連れて、利根は執務室の扉を叩いた。


「提督、何ですか、あの編制は?」

 開口一番、筑摩は提督に詰め寄った。提督はいきなりの非難に目を白黒とさせるばかりだったが、回答を迫る筑摩の剣幕におそるおそるといった風情で答えを返す。

「何ですかもなにも、見てのとおりだが……?」

 筑摩の真意がわからず当たり障りのない答えを選んだつもりの提督だったが、その煮えきらない態度は筑摩にとってまどろっこしいばかりだったろう。察してもらおうと思った自分が馬鹿だったとばかり懇切丁寧に説明してやろうとする筑摩の心が手に取るようにつかめた利根は、横合いから口を挟んで説明を請け合った。そうして、ようやく事情を理解できたらしい顔の提督に対し、筑摩は最後に一言付け加えた。

「これだから、手腕に劣る上官の下につけられるのは嫌なんです」

「……すまん」

 提督は何か弁解しようとする気配も見せたが、責め立てるような筑摩の剣幕を前に、結局は努力すると返すのみだった。今の提督にはそれがせいいっぱいなのだろうと利根は思うが、これでは筑摩が納得しないだろうからと、もうひと押しできる手がかりを探りはじめ、すぐに引き出しから一通の便箋を見つけだした。

「そのくらいにしてやったらどうじゃ、筑摩。こやつもこやつなりに頑張っておるようじゃからな」

 そうしてそれを筑摩にも読むようにと、提督をにらむ彼女に向けて差し出した。利根の手にあるものに気付いた提督は、慌ててそれを取り上げようと手を伸ばす。

「ま、待て。それを勝手に見るんじゃない」

 しかし、先に受け取った筑摩はすばやくそれに目を通した。そうして、怒りよりもあきれが勝った表情になった筑摩は、軽蔑を隠さない視線を向けて言う。

「提督、実力ではなくご家族のコネでここの司令官になられたんですか? 信じられません。そんな人の指揮にこれまで従わされていたなんて」

 それは、提督の兄からの手紙だった。その手紙の内容から読み取れることは、おおまかに言えば二つ。一つは筑摩が口に上らせたように、提督が父兄らの強い推薦でここに派遣されてきたらしいということ。もう一つはそれゆえにというべきか、父兄および関係軍部から戦果を催促されているらしいということ。海軍はまだしも、なぜ陸軍関係者までと疑問に思わずにはいられないが、マル秘扱いらしいことから、虚偽であるとは考えにくい。いったい、この基地はどういう役割を期待されているのだろうか。巨大な謎にぶつかったように利根は感じたが、今はこれ以上考えても詮無いことと、思索を打ち切り筑摩に言う。

「後見人にあれこれ横槍を入れられながらの指揮と思えば、そう悪くはないじゃろうて」

 おどけたように言うと、筑摩も感情的になっていたと気付いたか、こちらの意を察したように冗談めかして、けれど否とは言わせぬ調子を込めて提督に言う。

「これなら、現場の判断がもっと尊重されてしかるべきではないでしょうか?」

「わかった、わかりました。適宜判断を加えたうえで運用してください」

 だからこれ以上、部屋を漁らないでくれと頭を抱えて懇願する提督に、筑摩は軽く溜飲を下げたらしい。失礼しましたと退室を告げる筑摩を追って執務室から出かけた利根は、ふと振り返って提督に申し訳なさそうな表情を向けた。

「すまぬな。筑摩のやつは、仲間の生き死ににひどく敏感なのでな」





 遠く波音が聞こえる。未明の工廠の一角に光量を抑えた明かりで照らし出されるのは、一隻の艦の姿。暗い中でははっきりしないが、日の光の下でなら、その前部に主砲塔、後部に水上偵察機の射出機が備えられているのがわかるだろう。

 夜中に帰港したその艦は今、修理を受けていた。その大部分はすでに元通りになっているが、母港にたどり着いたときにはあちこち装甲がゆがみ、甲板には穴が開き、主砲もほとんどが発射不能なまでに壊れておりと、よくぞ沈没することなく帰り着くことができたものだと思えるほどの被害を受けていた。苦しい戦いの末の、勝利の代償だった。

 船渠に隣接する建物では、一人の少女が浴槽につかり、もう一人の少女がそのそばで膝を抱え込んでいた。利根と筑摩である。

「姉さん……申し訳ありませんでした」

「だから、それはもうよいと言っておるのに」

 先ほどから、筑摩はずっとこの調子だった。戦いのさなか、姉を守ることができずもう少しで失いそうにまでなってしまったことを悔いているのだ。利根には、仲間たちを気にかけながらの激戦の中、そんな余裕がなかったことは十分わかっているし、なにより利根の意を汲んで張り切ってくれたのだ。自分を責める必要はまったくないと言ってやるのだが、筑摩は頑として聞き入れなかった。せっかく一足先に修復が終わったというのに、今度は自分で自分を傷つけはじめそうで気が気でない。

「そもそも、勝ち目は薄いとわかっていながら進撃を指示したのは吾輩なのだ。これは当然の報いというものであろう?」

 それ以前に偵察を行った部隊の報告から、あの近辺に現れる敵には基地の主力である自分たちをもってしても荷が重いと、利根は推測していた。提督も、撃滅には戦艦と正規空母を中心とした編制が望ましいと考えていたのだろう。そのために選ばれたのが準育成艦たちであり、自分たちには彼女たちの教導艦としての役割が期待されているものと思っていた。今回出撃した部隊にはその中から日向と翔鶴、飛鷹がいたが、彼女たちはまだ錬成のさなかであり、日向に関してはそろそろいい具合になってきていたとはいえ、とてもあの部隊にぶつかって勝利をつかみ取れる域には達していなかったのだ。

「私は、姉さんをかばうことができたはずなんです。それなのに、敵を倒すことにばかり気を取られて、姉さんが狙われていたことに気づきもしなかった。そのうえ、姉さんが傷つけられたと思ったら我を忘れてしまって……」

 利根が集中砲火を浴びたのは、今にも日が落ちようとしていた頃のことだった。視界が悪くなる中、それまでに一隻また一隻と仲間たちの攻撃能力を削いでいった敵戦艦群の砲撃に、ついに捕まったのだ。まずいと思った時にはもう遅かった。いくらかは回避したがすべてをかわしきることはできず、主砲を使い物にならなくされてしまった。さらには足も鈍くなってしまったことがわかり、どうやって撤退してみせようかと考えはじめたとき、敵艦隊に向けて突進する筑摩の後ろ姿が目に入ったのだ。

「あれにはさすがに肝が冷えたぞ。だが、そのおかげで敵艦隊の撃滅に成功できたのだ。怪我の功名というやつじゃな」

 あのとき、ぼろぼろの利根が筑摩に追いつくのは無理だった。比較的損傷の少なかった日向と飛鷹と翔鶴に追いかけるよう指示を出し、無事に連れ戻してくれることを祈るほかなかった。幸いだったのは、日没を過ぎて視界が限られだしていたことか。敵は、筑摩の接近をしばらく見落としていたらしい。気づいて狙いがつけられはじめたときには、すでにかなり近くにまで迫ることができていた。

 そうして近距離で始まった撃ち合いは熾烈だった。翔鶴が被弾から火災を発生させ、搭載されていた爆薬にまで火が回りそうになった末になんとか鎮火するありさまだった。だが、仇情のこもった筑摩の砲雷撃は、確実に敵旗艦をとらえた。五発十発と続いた直撃は戦艦の分厚い装甲に確実な打撃を与え、ついには撃沈に追いこむことに成功したのだ。

「前々からそんな気はしておったが、筑摩よ、戦闘の技量においてならおぬしは吾輩の上を行くのかもしれぬのう」

 一撃を叩きこんでからの、筑摩の畳みかけるような連撃は鮮やかなものだった。自身も一部の砲塔をやられていたにもかかわらず、敵旗艦に反撃の暇をろくろく与えることなく、爆発炎上に追いやったのだ。その間、仲間の誰よりも近くで敵と対していながらすべての攻撃をかわしきり、旗艦を仕留めたと見るや即座に離脱。ついに被弾ゼロで近距離戦を乗りきってみせたのだ。

「そんなことありません。あの時は本当に無我夢中で……またあれをやれと言われても、とてもではないですができる気がしません」

 そうそうできることではないだろうと、利根も思う。だが一度できたことだ。二度目も、やってやれないことはないはずだと信じている。

「まあ、そういうことにしておいてやろうかのう。ともあれ、生きて帰れたことについては筑摩に感謝あるのみじゃな。この件はそれで終いじゃ。次も、二人無事に、勝利をつかみ取るぞ」

 だから、自責感にさいなまれるのもそれまでにしておけと利根は告げる。話しているうちに、筑摩もいくらか気分が上向いてきたのだろう。抱えていた膝を解き、おそるおそると上げられたその顔と目が合った。

「はい……はい!」

 筑摩の顔に、情けなさからではない涙がひとすじ流れた。まだ完全に払しょくできてはいないだろうが、これならもう大丈夫だろうと、利根には思えた。安堵して視線を窓の外に移すと、そろそろと空も白みはじめているのがわかった。

「おお、もう夜が明けるのう。筑摩よ、吾輩の修理もじき完了するはずじゃ。小腹が空いてきたゆえ、先に宿舎に戻ってなにかつまめるものを用意しておいてくれぬか」

 利根の言に、筑摩は了承の意を返して立ち上がった。ふたたび落ち込むような暇を与えまいとする姉の気づかいをありがたく感じながら。

「姉さんの好物を、用意しておきますね」

 その言葉に目を輝かせる姉を見ていると、筑摩は本当にこのままくよくよしてはいられないという気になってくるものだから、自分の中での姉の存在の大きさを再認識させられる。

「それでは姉さん、部屋で待っています」

 そう言って筑摩は利根がつかる浴槽室を出る。気分は持ち直せた。顔を合わせづらかった相手にも、正面から向き合うことができそうだと、筑摩は覚悟を固める。深呼吸をした筑摩は、部屋に戻る前にと、隣の浴室の扉を軽く叩き、そっと開く。

「翔鶴さん、起きていますか?」

 守りきれなかった仲間たちの回復を確認して頭を下げる。それでようやく、筑摩にとっての任務は終わりを迎えることができるのだ。





 部隊の皆の全快が確かめられた翌日の昼間。利根はいつもの山の尾根に座りこんで海を眺めていた。考え事をするにはここが一番落ちくと、利根は思う。そうしてぼんやりと過ごしていると、いつの間に現れたのか、筑摩の声が耳に入った。

「利根姉さん、やっぱりここにいましたか」

 慌てて表情を取り繕ってうむと答えると、筑摩はくすりと笑って、今日はちゃんと水分補給のことを考えていますかと尋ねてくる。利根がそれに応じてかたわらの水筒を手に取って見せると、よろしいとばかりにうなずかれた。

 曇り空とはいえ、暑気にはやはり夏を感じる。部屋に戻りませんかとの目線を向けてくる筑摩に対し、利根は先ほどからつらつらと考えていたことを聞いてみることにした。

「筑摩よ、提督のあの質問、どういう意味だったと思う?」

「あの質問……何だったでしょうか?」

 それは、利根にとっては重大な意味を持つものであったが、筑摩にとってはそうではなかったらしい。先走りすぎた思考を戒めつつ、利根はとなりに腰を下ろした筑摩に説明を試みる。

「敵艦隊の撃滅を報告した時、あやつは、その後に敵部隊がどうなったかと聞いてきおったな?」

「言われてみれば……。これまでは、討ち漏らした敵艦は撤退するなり、はぐれ艦として基地近海に出現するなり、いずれにしてもその時々で対処するので、それ以上どうなったかと聞かれたことはありませんでしたね」

 戦闘において最低限として期待されていたのは、この基地に針路を取る敵を引き下がらせることであり、必ずしも全滅を求められていたわけではなかった。沈められなかった敵艦については、また現れたときに迎え撃てばよいということになっていたのだ。敵艦隊の進撃を食い止められなかったとき、任務失敗の場合においては、哨戒の役割も含めて次発部隊の繰り上げ出撃が指示されていた。つまり、勝っても負けても、残存敵艦がどうなったかは気にされていないらしいというのがこれまでの出撃内容から読み取れる傾向だったのだ。

「にもかかわらず、あやつはそれを聞いてきた。これには何か裏があると、吾輩は思うのだ」

 ちらりと、利根の目が筑摩をのぞきこむ。かつてあの付近で敵艦隊と遭遇した部隊による報告書を読んだ時、利根は気付いたことがあった。あの敵戦艦群は、特にあの旗艦は、これまで出撃を命じられた戦場で対してきたどの敵よりも頭一つ抜けた強さを持っている。実際に戦ってみて、部隊としても戦艦が過半数を占めていたこともあり、これまでで最も苦しい戦いだったのは疑いもない。あの敵には何か秘密があると、利根はにらんでいた。

「ですが、実際にどうなったかはわからないんですよね」

 そうなのだ。利根は顔をしかめる。旗艦の撃沈は確信できたものの、全員そろって無事に母港に帰りつけるのか危ぶまれるほどの辛勝であった。あの場で最も優先すべきはそれ以上の被害を出す前における撤退であり、倒すことで何かわかることがあるのか、確認している余裕などまったくなかったのだ。

「つくづく惜しいことをしたものだ。まあ今の戦力では、勝てたこと自体が奇跡であったのじゃが……」

 できることなら、余力を残して決戦を勝ち抜き、海域のさらに先を確かめてみたかった。難敵を越えた先に、さらなる強敵が待ち受けているのか、それともあれで打ち止めなのか。それがわかれば、この基地に感じるいくつかの謎の核心に近づけるのではないかと、利根は考えているのだ。

「また勝ってみればいいのですよ。今度は、もっと力をつけて」

 横合いから身を寄せてきながら、筑摩が言う。そのいつになく勇ましい言葉に、利根は顔をほころばせた。どうやら気を使わせてしまったようだ。埒の明かない考えに行き詰っていた利根に、その心づかいはありがたくもあった。

「そうじゃな。今日いっぱいは休養に充てられておるが、明日からはまた、びしばしといかせてもらうぞ」

 それに対して、お手柔らかにお願いしますと返す筑摩の言葉がくすぐったい。昨日の未明にはあれほど取り乱していたというのに、頼もしいことだ。やはり筑摩が同じ部隊にいたからこそ、練度に不安を抱かずにはいられなかったあの部隊でも乗り切ることができたのだろうと、利根は思う。今回は多大な損傷を出したが、筑摩に背中を任せながら経験を積んでいけば、近いうちに埋めることのできる不足だと信じられる。

 さて……と、利根がそろそろ部屋に戻ろうと腰を上げかけたとき、筑摩が西の海を指差した。

「姉さん、あれ……水柱が。はぐれ深海棲艦でしょうか。けど、あんな方角から現れたことなんて、これまでにありましっけ……?」

 利根はその言葉に記憶を探る。だが、深く考えるまでもない。哨戒部隊の報告にはすべて目を通しているが、そんな記録は一つもないのだ。これまでの遭遇場所はすべて南東から南西にかけて。本当に西からの出現ならば、これが初めての事態だ。胸騒ぎを覚えた利根は、筑摩のことも置き去りにして基地棟に駆け込んだ。

「これは、いったいどういうことじゃ?」

 少しでも正確な情報を集めようと仲間を片端からつかまえて聞きだすが、見える以上のことがわかろうはずもない。だが、一つ、新しい情報もあった。

「そんな……西からだけではなく、北からもなんですか!? 利根姉さん、いったい何が起こっているのでしょうか……?」

 追いついてきた筑摩も驚きをあらわにしている。利根にも、さっぱりわからない。哨戒部隊の報告を待つほかないのだが、その時間がもどかしくてしかたがない。

(まるでわからぬことばかりだ……。だが、状況は一変したと、言えるのだろうな)

 慌ただしくなる基地内の空気をよそに、利根はそうひとりごち、また答えの出ない思考に戻るのだった。


     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



以上。クリア時のレベルは、利根改44、日向改25、飛鷹13、初春17、筑摩改44、翔鶴16でした。他の方のクリアレベル報告などを見た感じ、運がいいほうだったたのかなーと思ってますがどんなもんでしょうね。
あと、露骨に伏線張ったみたいになってますが、その後のプレイ状況次第でどうなるかは未定だったり。3-2にぶつかって、どの艦種でもレベル上げればオッケーというわけにはいかなくなってますので。


posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。