2014年04月08日

影の棲む城(上)

「“問題から逃げても問題の解決にはならない”という。かつてはイスタも良い子としてそう信じていた。だがそれは真実ではない。逃げ出すことによってのみ、解決できる問題もあるのだ。」(65頁)
なんだか、一も二もなく縋りつきたくなってしまう言葉じゃないですか。この第二部の主人公であるイスタからしてみても、やはりそうであると信じていたい思いだったのでしょうね。

第一部での出来事より三年。かつて苦しみを与えられた母神の軛よりは解き放たれていながら、それを露知らぬ周囲は、三年が一日のごとく、いまだに彼女を気が触れた人として丁寧に、しかし腫れ物にさわるように扱っていました。イスタ本人としても、母神の試練に破れ、残る一生を悲しみに費やすことを悟り、抜け殻のような歳月を過ごしてきた後に、今さら何をするべきなのか、全くわからない状態でした。まだ生きているということは何かをするべきなのでしょうが、三年が経ってもそれはさっぱりわからない。それに、ヴァレンダの城にいては何もできない。お付きの者たちは彼女を、狂人と思うから、国太后の身分であるから、故郷の城に閉じこめるようにしてしまうから。そうして送る後生は、安穏としたものではあるでしょう。しかし、二十年近くもの諦感の日々から解放された彼女にとって、それはきわめて耐え難いことだったのです。

なぜ生かされたのかという答えの出ない問いに悩まされ、軟禁するかのように大切に扱われることに煩わされたイスタの心が欲したものこそが、逃避なのですよね。これは、わかります。思うに任せないことばかりで、何をしていても苛々してしまって仕方がないとき、ただただ問題にぶつかっていくばかりが手じゃありません。あれもこれも放り出してどこか遠くへ行くこと。それも回り道ながら解決につながる選択ではあるのです。というか、そうであってほしいというか、そんな甘さが許される世界があると教えてほしいというか。

そんなことを思いながら読み進めていったところ、この上巻を読み終えた限りにおいて、その期待はまだ裏切られていません。逃避の旅に出掛けた先で、イスタは不本意ながら再び神々に関わる事件に巻き込まれることになりました。しかし、それは逃避の失敗を意味するものではないと思うのです。むしろ、先送りにした問題は、いつか向こうの方から解決を求めて迫ってくるということのように思えるのです。ならば、今すぐどうにかできない問題からは、その時まで逃げてしまっていてもいいということにならないでしょうか。そうだといいですね。この問題は引き続き、下巻でどんな結論が出るかに期待ということで。

内容についてあまり触れてない気がしますので、そちらも少し。大まかな事情は既に見えているのですよね。ただし、それが即解決に繋がらないところにこの件の難しさがあるというか。関係者の気持ちと事態の落とし所をどこに見つけられるのかというのが下巻で注目されるところでしょうか。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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