2014年04月02日

天冥の標(6)宿怨 PART3

ついにあの言葉が発されてしまった。「アイ・ラヴ・ユー」。ミヒルの愛が全太陽系を包む。そうして、地獄が現出した。

《救世群》の人たちの未来とか、太陽系の人々に迫りつつある危機とか、それだけでも存亡がかかった難題が立ち塞がっていたというのに、なにもかも吹き飛ばされてしまいましたわ。なんということをしてくれおった。ただでさえ重大な危機に直面していながら目先の争いを繰り広げていたというのに、その横合いから、問題解決の基盤となる社会を根底から崩壊させるようなことをされてしまったのですから。もう、なんということをしてくれおったのだという言葉しか出てこなくなってしまいましたよ。

あの言葉はいつかオガシかミヒルが口にするだろうと思ってはいましたが、まさかあんな形でなされるとは。その後に待ち受けていた光景は、これが地獄か……と思わされる程の凄惨さでしたね。太陽系のありとあらゆる所で人がバタバタと倒れていく。苦しみに満ちた声がそこかしこから漏れ聞こえてくる。運良く魔の手を逃れられた人々には怨嗟が、あるいは家族を愛するがゆえの誘惑の声がかけられる。そしてその光景を現出せしめたのは(正確にはその準備を整えさしめたのは)、恨みなんですよね。ほとんど誰も幸せにならない。無数の苦しみや憎しみばかりが生み出され溢れていくその光景には、ちょっと形容する言葉が出てきません。

ただ、ミヒルの心境を追っていけば、彼女がそんな挙に出た理由も、なんとなくはわかるんですよね。彼女は、このシリーズ六巻前半の頃から《救世群》の始祖アイザワ・チカヤを神聖視し、また自らをそれに重ね合わせるかのような発言もしていました。それだけならば次期《救世群》議長候補の一人として斯くありたいとの意気込みで気負いこんでいるのかなとも思えたのですが、どうも彼女は他の患者たちとは違う特別な人物なのだと思うに足る点があったようで。それがために、初登場から数年が経っても、ミヒルはその考えを改めるどころかますます自信を深めていたように窺えたんですよね。そしてその自信に溢れた様子が、次から次へと出来した危機に混乱する《救世群》の人々の支持を集めてしまったんですよね。一方で、そうした彼女の思想なのですけど、あまり表に出していなかった根本的な部分では、どうもいわゆる原理主義的だったんですよね。冥王斑患者こそが尊く、非染者に妥協する謂れなどないというような。それ自体は何世紀にもわたって人類の辺境に追いやられてきた《救世群》の人々なら多かれ少なかれ持っていた感情でしょうが、ミヒルの場合、自分たちを、ひいては自分を尊く思う感情が並外れて強かったんですよね。選民思想そのものと言えるほどに。それが、追い詰められた状況でなお尊大に、かつ嬉々としてあの地獄を顕現させたと。もうね、よきにつけあしきにつけ普通じゃないことをしてくれそうな子ではありましたが、ここまでくると何と言っていいのやら。ただ、彼女が他の患者と一線を画すと自認するに至った理由の出来事ですけど、これについてはまたなにかしらの説明がほしいかなあと。

というか、あそこで終わりって、あそこで終わりって……。一巻以来の「ちょ、おいィ!?」な幕引きじゃないですかー! 惨劇の「祝宴」を目の当たりにして、気分が落ち込むところまで落ち込まされた感があるので、ちょっと回復に時間がかかりそうな。とはいえ、今回は《救世群》の主流派の人々の話が中心でしたので、そこから外れたところにいるイサリとか、彼女の想い人であるアイネイアを含むジニ号乗組員のこととかはあまり描かれてなかったように思うんですよね。一巻の話により直接的に繋がる人たちではあるので、次の七巻ではそちらの方面の話を期待したいです。タイトルもタイトルですからね。

というか、イサリの想いの報われなさが……。アイネイアのために何かすればするほど、彼とミゲラの間にある絆がままならなくて。つらいところですよね。それでもアイネイアを助けるイサリはいじらしくもあるのですが。

あと、ミスチフ(オムニフロラだっけ? 名前がわからなくなった……)の干渉に対しては、地味に人類も対抗できていたんですねという。確かに、冥王斑ってあちらさんから仕掛けられたものでしたね。それを思えば《救世群》の存在は、人類が彼らの一手を封じ込めた証とも言えるのでしょうか。そうはいっても後手後手に回るほかない何手か、あるいはそれ以上ものうちのただ一手に過ぎないのですが。ロイズ非分極保険社団による太陽系支配に見られるように、あちらさんも次なる手を打ってきてましたし。そして、この観点で見ると、ミヒルの行動はかつての人類による防衛を無に帰してしまいかねない暴挙ということにもなるのでしょうか。目の前の非常事態でいっぱいいっぱいでそちらのことまで頭を回す余裕がなかったりしますが、ちょっと本当に、シリーズますます緊迫してきてますよね。

次の巻も気張って読んでいきたいところです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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