2014年03月17日

氷と炎の歌(4)乱鴉の饗宴(上)

ここにきて視点人物がかなり増えましたよ。目次を見てみると、この巻における24章のうち、これまで視点人物になったことがある人物の視点から描かれている章はその半分しかない。これまでは新規の視点は一冊のうちせいぜい1,2割くらいじゃなかったかと思うにつけ、これはやっぱり第三部での嵐の余波かなあと思ってしまいますね。各勢力の求心力になっていた人物は次々死んでいっちゃいましたし。五人の王が並び立った緊迫した情勢はひとまず小康状態を迎えることになったわけですが、それはどの勢力も足元を固め直す必要性に迫られたからであって、争乱の主導権を握るに至った勢力はまだないんですよね。一時、ラニスター家がそれを手中に収めかけもしたのですが、タイウィン・ラニスターの死とともにそれも零れ落ちてしまいました。この第四部にて、玉座を巡るゲームは新たな局面を迎えました。しかし、現状では腕の立つ指し手を欠くがゆえの惨状を呈しだしているように見えるのです。傑出した存在の不在。それは、誰かが天辺に立つと同格以上を自認する者たちの不満を集め、結束を容易でないものにするということ。また、天辺の能力や経験の不足から失策を重ね、戦乱の世にあって自らの勢力を削ぐ結果をももたらしてしまうということ。どこもかしこも失策による消耗を防ぐだけで手一杯の感すらあるのは、名うての指し手による手並みを知るがゆえに、戦乱の中で死を覚悟するほどの経験をしてきた視点人物たちを知るがゆえに、歯がゆくもあります。この状況では、失敗をできる限り抑え、他勢力の消耗を待って然る後に併呑に乗り出すのが考えられる方針でしょうか。その意味では、〈リトルフィンガー〉はやはり優秀な指し手なのでしょう。けれども、この待ちの期間は、指し手と呼べないほどに未熟な参加者が、成長のために必須な経験を積むのに必要な時間でもあります。必ずしも十分とは言えないでしょうが、いずれこの血と涙ばかりが流れる戦乱を鎮めることのできる指し手が現れることを祈らずにはいられません。

この巻で新たに加わった視点のうち、最も数が多かったのは鉄諸島、グレイジョイ家のもの。第三部にて天災のような嵐が吹き抜けていった地でありましたが、どうやらその後は後継者を巡ってゴタゴタするようで。抜きん出た存在がいないと、あんな奴には任せておけないとか、あいつの下風につくくらいならとか、前王の在世時は王の号令一下に北部海岸を荒らし回る不気味な海賊勢力だったのが途端にぎすぎすした空気になっていくのが面白くあり。後継者をはっきり決めておかなかったがゆえの騒動ですよね。でもベイロン・グレイジョイも、年齢は髪が白くなる程度にはいってたとはいえ体については健康そのものだったはずだからなあ。今日明日にも死んでしまうわけでもないのに死後のことを考えるのは、後継者候補たちに要らぬ策謀をさせる隙を与えかねませんからね。そもそも、グレイジョイ家に連なる者の大多数を納得させられるだけの正当な候補がいたかというと、いなかったよなあというところですし(ここの法がどうなってるのかはわかりませんが、女性はあまり歓迎されない風潮があり、そもそも法よりも実力で認めさせるという風土が七王国よりかなり色濃いイメージがあります)。それが今回のゴタゴタに繋がるんですよね。それにしても、主要な候補、中でもアシャ・グレイジョイの主張やその反応を見ていると、欲しいものはすべて奪い取るのだとばかりの気勢で一時的に北部を席巻したかに見えるクラーケンたちですが、そんな彼らにも厭戦感情は芽生えてきているんですね。まだ表立って認めるには略奪の民の誇りが許さない程度であるようですが、船乗りたちにとって内陸地の長期占拠は性に合わないものがあるのかもしれませんね。そうなると、北部をどうするかなんて辛気くさい話で言い争われるよりも、もっと広い海の先に宝の山を描いてみせたユーロン・グレイジョイの演説は、タイミングも論点も鉄諸島の男たちの心を鷲掴みにするのにぴったりなものだったと言えるのでしょうね。厄介な事態に乗り上げかけてはいるが、まだへこたれるほどじゃない。そこに途方もないくらいにでかい構想がぶち上げられる。そんなことされたらもう、疲れなんて吹っ飛んじゃいますよ。〈鴉の目〉の異名は伊達じゃないですな。追放の経緯だけ聞いてたらこすいちんぴらのようでしたが、どうしてどうして油断ならない人物のようで。

あと、同じく鉄諸島の人物としては、ロドリック・ハーローが結構気に入ってます。どこに行くにも本を手放さず、領主の仕事の合間にも寸暇を惜しんで本を読む。そうしてついた異名が〈愛書家〉という。この異名は憧れますわ。それに、この人の口から語られる、書物に書かれた歴史のなんと興味を引かれることか。これまでも、過去があって現在があるという様子が登場人物たちの背景からありありと伝わってきているだけに、この時代だけでなくそれ以前のことも興味を持たずにはいられなくなってるんですよね。

新しく加わった視点のうち、全くの新登場になるのは南の地、ドーンのマーテル家。第三部にてキングズ・ランディングの宮廷に上洛してきたオベリン・マーテルの生家ですね。これまでも諸名家の一として巻末に名前を挙げられてはいたものの不明な点の多かったこの家が、ついに描かれだしましたよ。そしてここもまた面白いことになってるなあと。第三部までの情報から、ドーンの地が男女平等の長子相続制を採っていることはわかっていましたが、その影響かこの地方は女性の力も強いんですね。まあここの視点でまっさきに登場した〈砂蛇〉の印象に引き摺られているのかもしれませんが。彼女たちの場合は父親の血なのかもしれませんが、それに比べて当主であるドーラン・マーテルが我慢の人という感じなのでなおさらそう思ったのかもしれません。とはいえこの人物、これまでゲームの参加者としては全く名が挙がらなかったのでまるで気にかけてなかったのですが、なかなか力のある指し手になれそうな腕前を予感させますよ。ことなかれ主義の方向にその力が発揮されがちですが
、やろうと思えば厳しい決断もできる人のようで。そこはさすがに血の気の多い家臣たちの上に君臨する大公といったところでしょうか。

でも、この地で注目せずにいられなかったのはなんといってもサー・アリス・オークハートですね。「背徳の騎士」なんていうからどんな汚れ仕事に身をやつしたのかと思ってみれば、公女(プリンセス)とのロマンスって、どういうことだよ! 爆発しろ!! ……とか、まあ予想との落差に取り乱してしまったりもしたのですが、それも落ち着いてみると、公女アリアン・マーテルから情を寄せられる場面のなんと快いことか。関係を続けてはいけないとぐずるサー・アリスに、ひどい男だと怒り、心配はいらないとなだめ、あなたが必要なのだと泣きつき、すっかりその気にさせてしまうやりとりの、甘やかでそそられることといったら。たとえ利用されてるだけでも、この場だけでも必要とされるならそれでもいいと思わされてしまう艶やかな雰囲気でしたよ。でも、その後の公女アリアンの言動を見ていてもどうも本気っぽかったんですよね。公女から信頼を寄せられ、重大な計画の仲間として加えられるなんて、最高じゃないですか。そうであるだけに、こちらの方の視点のラストには馬鹿野郎と叫ばずにはいられませんでしたね。取り乱す公女がすごく可愛かったというのに。ホント、なんであんなことしたのか……。

アリア・スタークの遍歴は、本当にいつ見ても面白い。ウェスタロス大陸を離れて今度は自由都市ブレーヴォスにまでやってきましたよ。ここまで来ると、スターク家のアリアという名前はもはや何の意味も持たなくなる。見返り目当てに彼女を生かしたい者でさえ誰もいなくなる。それでも、助けられ教え導いてくれる人と出会っちゃうんだよなあ。本当に、どういう運の下に生まれついているのか。しかし、この地での教えは興味深いですね。故郷を離れ何者でもない者になったからには、まずはすべてを捨てなければならない。それから何かを身に付けていくことで初めて、新たな何者かになれるのだということでしょうか。彼女が何者になっていくのか、気になりますね。またその捨てていく過程で、今すぐ使わないもの、思い入れのあるものと思いきって捨てていくのだけど、それでもどうしても捨てられないものがある。それこそが、何者かになっていくなかで核になっていくものなのかなあと。

そして彼女がいるブレーヴォスに、サムウェル・ターリーの一行が近付いてもいるんですよね。彼らは邂逅するのか、ニアミスで終わるのか。どちらにせよ期待が高まりますね。

そんなサムウェルの父であるランディル・ターリーも、ブライエニー・タースの視点で初登場しましたね。サムウェルを勘当同然に〈壁〉まで送り飛ばした人物ということで、どんな人なのか気になってましたが、これがまた竹を割ったような武断派な人で。即断即決な気風は爽快ですらあるのですが、不要と断じたらとことん冷たく当たる頑固そうな人柄は近寄りがたくも感じたり。これはね、うん、武門より学者向きなサムウェルは嫌われちゃっても仕方ないですよ。生まれつきの性格がそうなのだから、むしろサムウェルにとってはあの父の下に生まれてしまったことが不幸だったと思った方がいいのでしょうね。そうはいってもコンプレックスにまでなっているものを、なかなか振り払えるものではないのでしょうが。

それと、サンサ・スタークを探す旅に出たブライエニー・タースが知らず知らずアリアの痕跡と接触しだしたのも面白いことになりそうであり。

そのサンサは、〈リトルフィンガー〉から実務を通してゲームの作法を勉強中だったりするから、むしろすぐには見つけられない方が面白くなりそうに思えてもいたり。ピーター・ベイリッシュはこの辺、本当に巧みですね。キングズ・ランディングでは暴君の仕打ちにただ涙をこらえながら耐える他に術を知らなかったあのサンサを、いともたやすく運命共同体と思わせ共犯者にしてしまったのですから。それはつまり、力の秩序において強者のおこぼれに預かるか虐げられるだけだったサンサが、他者を虐げてでも生きていく側に回るということでもあります。サンサ自身、その変化をどれほど理解しているのかはわかりませんし、それがいいことなのか悪いことなのかもなんとも言えないところではあるのですが、頼れる身内がほとんどいなくなったサンサにとってそれがこの世で生き延びるにおいて値などつけられないほどの価値ある知識であることは間違いないでしょう。汚さを知ってほしくはなかった、なんて言ってたら次の瞬間には死んでしまいそうですし。ピーターがそこまでサンサを気にかけることこそ例外的なことなんですよね。彼にとってサンサは、かつて愛した人の娘であり、立派に育てることをこそ届かぬ愛を表す唯一の手段と考えているのか。それとも、サンサにかつての想い人の姿を見て、我が物にすることを夢想しているのか。どちらともつかないのが気を抜けないところではありますが、今のところはサンサを大事に養育しているといえるので、キングズ・ランディングにいたときよりはかなりましな状況になっているでしょうか。〈リトル・フィンガー〉の奇術めいた鮮やかな手並みやその種をそばで見られる機会なんて願って叶うものではありませんし、この谷間で過ごす時間がサンサに強かさを与えてくれたらいいなあと思いますね。

最後になりますが、この巻のメインの視点としては、なんといってもキングズ・ランディングでしょう。その中でも、最も脚光が当たっていたのは、なんとサーセイ・ラニスターでした。父タイウィンが亡くなって以降、王都の実権を握った彼女ですが、もともとティリオン視点でも感情的になって隙を見せることが多かったこの女性のこと、期待通りに自滅の道を歩んでくれていますよ。父をも超える才覚の持ち主であるなんて誇大な自尊心をひけらかし、心配から意見する者には痛罵し、自らの地位を脅かしうる者はあからさまに排除し、それまでタイウィンが築いてきた歴然たるラニスター家の勢力の源である家臣や諸侯たちの支持を次々と失っていく様子がありありと窺えるんですよね。まさに知らぬは当人ばかりなりといったところで、第三部までで相当に嫌悪感を募らせていただけに、これはなかなか痛快な展開ですよ。そういえばジョフリー・バラシオンにまみえたタイウィンが、あの性格は誰のしつけのせいだなんてサーセイに問い詰めてましたが、この巻を読めばますます確信が深まりますね。ただその一方で、他人の視点から見れば痛快ではあっても、本人に視点がおかれちゃうと、共感するようにして読んでいくタイプなので楽しんでばかりもいられなくなるんですよね。このシリーズの特徴なのか、視点がおかれる人物は、優越感に浸りながら好き勝手する人よりもこれから苦難に遭っていく人になる傾向があるように思うのですよね。つまりサーセイも落ち目に差し掛かったということの現れかもしれませんが、そうだとしても、望んでいたはずの展開のはずがいつ凋落の瞬間が訪れるのかとビクビクしながら読むことになるとは。なまじサーセイがこの一冊を使って火種を振り撒きまくって、それでいてまだ爆発に至っていないだけに、ためられればためられるほどその時の爆風がとんでもないことになりそうで。「女王擁立者」なんて章があったので、ちょっと前に薔薇戦争について書かれた文章を読んでいたこともあり、ついにその時が来るかと身構えもしたのですが……。ここの視点はまだまだ緊迫感が絶えそうにないですね。ただ、サーセイの視点を通して見てみると、彼女の苛立ちもわからなくはないんですよね。力の秩序の頂点に立ったはずなのに、自らに意見しようとする者、自らを脅かそうとする者の存在が絶えない。父タイウィンならあれほどの威厳を持って人々を支配していたのに……というところでしょうか。ただ、サーセイはどうも誤解しているように思うのですよね。力の秩序の頂点とは、名目上の地位ではなく実力でのみ勝ち取れるものだということ。そして話に聞くとタイウィンも、若い頃は散々苦杯を嘗めさせられていたということ。つまり、上にも書いたように、権力移譲の直後であるこの時期は、破滅的な失策を犯さぬようにするのが精一杯であって、経験を積んで来る日に備えているべき時期ということなのだと思うのですよ。この辺、サーセイはその場の気分で感情的になるのを抑えられてないんですよね。というか、もう致命的な襤褸をポロポロとこぼしてる感すらありますよね。うーん、あとがこわい。

救えるとしたら、今回の表紙にもなっている双子の弟たるジェイミー・ラニスターでしょうか(両手ともしっかり揃ってるように見えますけど、ジェイミー以外は考えづらいんですよね)。彼、片手を失ったことで変わりつつありますよね。それまでは血筋以外での誇りの拠り所である武の上に思考も行動も成り立たせていたように思えるのですが、前巻ではその武が失われた惨めさにうちひしがれていたかと思えば、今回にかけて頭を働かせる人物になってきてませんかね。急に切れ者になってしまうはずはありませんが、落ち着きが出てきたというか、自分を低く評価するようになったことで行動に出る前に一歩下がって考えるようになってきたというか。まだそうできるようになってきた程度に思えますが、少なくともキングズ・ランディングのラニスター家の情勢と採るべき方針についてはサーセイより遥かに冷静に評価できてるはずです。ただ、サーセイは母親であるがゆえの子供可愛さも、その目を曇らせている要因の一つではあるんですよね。この巻のトメン・バラシオンを見ていると、人ってそんな簡単に傲慢になってしまえるのかと、周囲の環境が人の性格にもたらす影響についておそろしく思えます。

ともあれそんなところで下巻に続くのです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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