2014年01月06日

エスケヱプ・スピヰド

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫) [文庫] / 九岡 望 (著); 吟 (イラスト); アス...
エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫) [文庫] / 九岡 望 (著); 吟 (イラスト); アスキーメディアワークス (刊)

いい話だった。いいボーイ・ミーツ・ガールだった。かたや、戦中に死に損なった自律駆動兵器の少年。かたや、親のように慕った主を喪った奉公人の少女。自分にとってのほとんどすべてでもあったものを戦争とともに失い、生きる目的を見失っていた二人が、出会う。となれば物語が、生まれますよねえ。テーマもストーリーも奇を衒わずに、まっすぐで熱く面白いとなれば、大賞受賞も納得の一冊でしょう。

戦略兵器《鬼虫》が一体、九番式の九曜。戦中には幾多の戦果を誇ったというが、兵器の活躍の場は戦場にこそあるもので。戦争の気配が遠く去った旧尽天では、兵器としての有用性はそんなに求められないんですよね。それよりも、そこに暮らす住民の一人としての立場が求められる。兵器として生き、兵器として死のうとしていた九曜にとって、それはまったく縁が無かったはずの日々の営み。ちょっと天然の入った叶葉とのやりとりでこそ人間味を感じさせる物言いもありましたが、思い返してみればそれ以外では堅物で気が利かない四角四面な言動が目立ってましたよね。あれはあれで、兵器としての九曜の普段からの性格なのかなとも思えるのですが、その一方で馴染めない環境下で縋れるものが、そうあるべき、そうでなくてはならないと信ずる己の在り方だけだったのではないかと思えるところもあり。

旧尽天で目覚めた生存者の一人、元女中の叶葉。肩肘張りまくって環境に馴染むことを拒否してもいた九曜に対し、アジトの皆ともすっかり打ち解けていたように見えたのですが、彼女もまた九曜と同様の心の空白を抱えている人ではあったんですよね。それを言ったら、戦後の世界でまったく満たされきった人がどれほどいるのかというところでもありますが。ともかく、彼女の心には眠りにつく前に経験した喪失に伴ってぽっかりと空いた穴のようなものが確かにあって。けれど九曜のように肩肘張れるだけの強さもなく、縋れるものといえば元女中として身につけた家事能力くらい。それをしていれば気が紛れるし、周りから認められもするしで、結果的に馴染んではいたけれど、ふとした瞬間に周囲から心配されるような危うさが顔を見せてはいたんですよね。

とはいえ、二人ともに、この二人でする会話は当初からどうも気安かったというか、仲のいい兄妹のようにやいやいとした掛け合いがすぐさま見られるようにもなっていて。この辺は、二人の波長が合ったということなのか、どうなのか。ともあれ、かつての延長線上に生きる意味は見出せなくとも、過去と断絶したかのような今の延長線上にそれを見ることができるかもしれない。そしてその「今」とは、周りの人との関係のことでもあるんですよね。そういう意味で、二人にとって「今」に重大な意味を持ちうるのは波長が合い、互いに影響を与えあえる二人であって。そういう展開は、やはりボーイ・ミーツ・ガールですよね。心温まるものがあります。

そしてさらに、二人が決意する契機を作った竜胆。彼と九曜の戦いは熱かったですね。圧倒的な強さを何度も見せつけ、それでいてなおかつ驕った素振りのない求道的な最強の《鬼虫》。まさに修羅のような強さを見せられると勝てる気がしなかったのですが、最後の戦いは九曜にとっても負けることの許されない戦いであり。吹っ切れた九曜と、そんな彼の挑戦を真っ向から受けて立つ竜胆と。一瞬でも気を抜けば命を落としてしまうような機動戦のテンポに、息を詰めながらぐんぐん読み進めてしまいましたね。燃えました。

一点挙げるとすれば、ボーイ・ミーツ・ガールとしての二人の決意が現れるところに心情の推移として飛躍があったように思うので、もう少し丁寧に描いてほしかったなという気もしますが、それに目をつぶれるだけの盛り上がりが感じられました。新人賞作品だけあってこれ一冊で綺麗にまとまってますが、次巻以降にも期待が高まります。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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