2013年12月24日

氷と炎の歌(3)剣嵐の大地(中)

剣嵐の大地 (中)〈氷と炎の歌 3〉(ハヤカワ文庫SF1877) [文庫] / ジョージ・R・...
剣嵐の大地 (中)〈氷と炎の歌 3〉(ハヤカワ文庫SF1877) [文庫] / ジョージ・R・R・マーティン (著); 鈴木 康士 (イラスト); 岡部 宏之 (翻訳); 早川書房 (刊)

前の巻の感想にて、世界観は素晴らしいけどいまいち盛り上がりに欠けると書きましたが、すぐにそれを訂正する時が来たようです。このシリーズ第三部にて、あちらこちらに散らばっていた視点人物がすれ違ったり邂逅したりすることが増えてきて、そうなると群像劇としては俄然面白くなってまいります。思えば、このシリーズが幕を開けたとき、視点人物のほとんどすべては北の地に集結していましたっけ。それが、王によるエダード・スタークの招聘に伴って七王国地域中東部に位置する王都にその一部が移り、戦乱が巻き起こったことでさらに各地に散らばっていったんですよね。途中で何人もの新たな視点人物が加わりながら、同じ場所に存在する視点人物は一人か二人しかいなくなるくらいにまでばらばらに。それが、ここにきてまた視点人物同士の接触、あるいは別の地点にいた人物がまた別の地点の人物と接触を持ったりするようになってきて。いったん離れ離れになると、それぞれの人物が帯びる物語性は異なるものになっていきます。それは離れている時間が長くなればなるほど、またその間に積み重ねられる体験が強烈であればあるほど大きくなっていくもので。そういう意味で、力の秩序をありありと肌で感じさせられる戦乱の世に放り出された各々の視点人物たちは、兄弟姉妹といえどもすでに異なった事情を持つに至り、おいそれと一丸にまとまることはできないようにも見えてきています。異なる物語性を有した二人が邂逅した場合にどちらのそれが優先されるのかという問題については、そのときどきの視点人物の事情や心情によりけりで、どうも一概には言えないようです。生きた人間ならば改めて言うまでもなく当然のことではあるのですが、これほどのスケールで物語を紡ぎながらそのバランスも取ってみせるのはすごいなあというところ。ただし、そうはいっても戦乱の世。いつ死を迎えてもおかしくはないような、人が死にやすい世界ですので、10人を超える視点人物たちのうち何人が、最後まで生き残り、彼らそれぞれの物語にしっかりとした形で幕を下ろすことができるのかというのは、また別の問題なのではありますが。

さて、そうした視点人物同士の接触という意味では、この巻で真っ先に挙げるべきはサンサ・スタークとティリオン・ラニスターでしょうか。この二人の物語性の交わりでは、圧倒的にサンサが優っているようですね。運命に翻弄される悲運の少女という物語が。いやまあ、醜い嫌われ者のティリオンという物語性もあるにはあるのですが、彼の場合はそれを乗り越えていこうとするところに本筋があるように思うので。ともかく、ティリオンの父、タイウィン・ラニスターによって画策された二人の結婚は、今のところ二人とも幸せにはしないようで。政略結婚なのでそこはしかたないところもあるのですが、それでも、ティリオンって、現状のサンサが取らされる選択肢としては悪くないところだったと思うのですけどね。確かに、ティリオンの外見はお世辞にも見目麗しいとは言えないけれど、彼女を平気で折檻するようなジョフリー・バラシオンやその側近たちに比べたら、少なくとも優しい扱いは受けられるはずだし、過去にも一度はその折檻から救い出してくれた恩人だったとは思うのですが……。でも、彼女まだ12歳でしたっけ。その年齢で妥協を覚えろというのは酷ですよね。まだまだ花の騎士に憧れを抱いていたい年頃であり、それに比べてティリオンときたら、表紙絵にも描かれているような異相ですよ。こんな男と突然ベッドをともにすることになったら……うん、しばらく泣き暮らすのも無理はないんじゃないかな。別の、より理想に近そうな縁談を持ち掛けられていただけに、この落差はショックが大きいでしょうね。ティリオンとしても、面前で悲嘆に暮れられたら、なまじサンサへの同情もあるだけに、踏み込むのを諦めちゃう気にもなりますよね。うーん、どちらもショックを受けてるだけで救いがない。時間の経過と情勢の変化が何とかしてくれるとでも思わないとやってけませんね。ただ、サンサは運命に翻弄されてるというより人為に流されているようにも思えるんですよね。力によって秩序付けられている社会の下で、力のない者がどれほど上に立つ者の恣意を粛々と受け入れざるを得ないかという縮図を見るような。そういう意味では、ティリオンはうまく操ればラニスター家の力を背景にじゅうぶん挽回も可能だと思われるので、そのうちその辺の老獪さも学んでいってほしいところです。すぐにとはとても言えませんが。

次いで接触を果たした人物として挙げるべきは、アリア・スタークとサンダー・クレゲインでしょうか。サンダー・クレゲインについては、視点人物ではありませんが、キングズ・ランディングでの戦いのときまでジョフリーの〈王の盾〉としてサンサの近くにおり、その戦いの折に消息不明になっていた人物ですよね。それが今度はアリアとの邂逅を果たすとは、なかなか面白い展開ですよ。アリアが第二部からこっち、あれほど時間をかけてきた道をあっさり追いついてしまったことには驚きもありますが、そこは女の子と大の男の差、徒歩と騎乗の差でしょうか。とはいえ、あちらではサンサに執着し、こちらではアリアを小脇に抱えと、もうサンダー・クレゲインはロリコン確定でいいのではないかと思えてきましたが、他の方の意見やいかに。それはともかく、アリアってば、ようやく母と兄のもとに帰りつける目途が立ちそうかと思っていたら、それも遠のいてしまったんですよね。割と楽観的になってただけに呻き声を挙げてしまいました。だから人任せはダメなんだというところなのかもしれませんが、それまでに何度も命の危機に晒されていたことを思うと、誰かの庇護下にあるのはそれだけ読んでて安心感が増すことではあるんですよね。とはいえ、それが塞翁馬の故事を思わせるような展開になるのは、目まぐるしく情勢が移り変わる戦乱の世ならではの出来事でしょうか。またしてもアリアの先行き不透明になってきましたが、この子はこわい目に遭ってもなんだかんだで生き延びる強運とそれを糧にする図太さを持ち合わせていると感じるところがあるんですよね。今回捕まった形のサンダー・クレゲインも彼女の命を奪うよりは彼女を利用して自分を売りつける気のようですし。彼に連れられる道行きが彼女にどんな影響を与えるのでしょうね。

ブラン・スタークとサムウェル・ターリーの邂逅も、なかなかに驚かされるものがありましたね。〈壁〉の向こうの氷雪の地を目指すブラン一行と、彼の地から〈壁〉へと逃がれてきたサムウェルがばったり鉢合わせたのですから。二人の物語性については、サムウェルのそれは〈壁〉に到達することで既に終わりを迎えたように思えるので、ブランのそれに沿って展開しそうな気がしています。そしてブランについて触れるならば、徐々に習熟していっていると思しきその不思議な力のこと。ブランの異能、大狼のサマーの意識に入り込む力は、同じく大狼とともにあるスターク家の兄弟姉妹なら誰にも、夢に見る程度であれば見受けられるものであるようにも思いますが、彼の場合は一段とその習熟度が高まっているんですよね。そのおそろしさの片鱗ものぞかせてきていますが、どうやらまだ先人に師事するだけの余地はあるらしい。どこまで応用が可能なのかと考えるとおそろしくもあるのですが、スターク家の面々は逆境が続くだけに期待してしまうところでもあります。ジョンがやや脇道に逸れつつある今、スターク家の一員で最も注目しているのはこの人であると言っていいでしょう。

ジョンの名前を出しましたが、そういえば、ブラン一行はジョン・スノウともニアミスしましたね。一度は〈冥夜の番人〉の先行偵察隊として仲間の誰よりも北方に向かったはずの彼が、南下する野人たちの一行に混じって仲間たちよりも南に来ているというのも面白かったですが、まさかブランともすれ違いを果たすとは。こうしてみて思うのは、移動速度の速い遅いってかなり顕著に見られますねというところ。〈壁〉越えの勝手知ったる者たちがいたジョンたち一行と、散り散りに〈壁〉を目指すサムウェルらと比べると、そんなものでしょうか。ともあれ、この二人の物語性については、二人が直接の接触を果たしてはいないだけにどちらにもあまり影響しなかったと思いますが、間接的にジョンがブランに惑いの淵から脱け出すきっかけを与えられた形にはなったでしょうか。思えばジョンの惑いの淵、彼がそこに嵌りこむ端緒となったのがゴーストとの一時的な別れだと思うのは、大狼の恩寵を受けるスターク家というイメージがこびりついているからでしょうか。それはともかく、ジョンが囚われている迷いについて。前の巻の感想では手ひどく書いたのですが、時間を置いて考えてみると仕方ないところもあるように思えてきました。志を曲げて生きるか、貫いて死ぬかの二択を迫られたわけで。生きているだけでもありがたいと捉えるべきかもしれないのですよね。長い人生、時には逆境もあるでしょう。その影響を引きずることもあるでしょうが、いつまでも引きずっていられない程度には人の一生って長いはずなのですよ。また風向きも変わりつつあるように思いますし、ゆっくりと復調を待ちたいですね。

ついでにサムウェルにも寄り道してみましょう。この第三部から視点人物の仲間入りを果たした注目株である彼、当初と比べればだいぶ変わってきましたよね。ジョンの視点から見ていた時点では、見習いとしても自信なさげなのが気になってましたが、それがいまや〈異形退治〉なんて異名まで付けられちゃって。それでも自信がないところは相変わらずなのですが。彼の場合は仲間に恵まれたというか。ジョンやその仲間たちに背中を押されて尻を叩かれて、それでようやくちょっとずつ〈冥夜の番人〉の一員となり、その仕事を身につけていくこともできたんですよね。なので、すごいのは仲間達であって自分ではないという気持ちもわからなくはないのですが、自信なさげでもできることをしていった先に成し遂げたのが前人未到の〈異形退治〉なら、それはすごいことだと思うんですけどね。まあその辺りの変わらなさが安心できる人なのではあります。ごろつきぞろいの〈冥夜の番人〉の中にいるのには不安も感じる人ではありますが、でもだからこそ総帥であるジオー・モーモントも気にかけてはいたんですよね。というか、派遣部隊の末路はひどいものでしたよね。その直前からちょっとやばそうな空気漂ってましたけど、やっぱりそうなったかという。あれも、もともと力の秩序で押さえ込んでいたものが、その箍が緩んで崩壊してしまったというところなんでしょうね。ちょっと目も当てられない状態で、でもジョンたちがいたらどうなっただろうと思わされるところもありましたが、まあ非力なサムウェルに期待できる状況ではありませんでしたね。ともあれ、ちょくちょく救いの手が差し伸べられたり、割と恵まれてるようにも感じる人ではあります。あくまで相対的に、ではありますが。

そうしてちょっと気になってきたのがデナーリスの傍近くにいるジョラー・モーモントですね。彼、そういえばジオー・モーモントの息子なのでしたね。かつてウェスタロス大陸で得た何もかもを失った哀しい過去があるだけに、特に戻りたいとも思っていないのでしょうが、デナーリスとの間に齟齬が見えつつあるだけに今後どうなるかというところ。

さてそのデナーリス・ターガリエン。今回も一番盛り上がりを感じさせてくれたのはこの人。彼女については、もう、さすが女王、どこまでもこの目に焼き付けたいと思わされる快進撃ぶり。彼女を母と呼ぶ大合唱は身震いするような熱いものがこみ上げてきましたよ。女王の声威が鳴り響くのがただただ快くてしょうがないです。相変わらず信義とか知ったこっちゃねぇとばかりのだまし討ち攻勢ですが、勝てばよかろうなのだという姿勢も力の世界では様になって見えるのですよ。まあ、どうせ相手も謀を巡らそうとしてたでしょうし、お互い様ということで。ただその一方で、快進撃の中にも、不安の芽はぽつぽつと見えるんですよね。一番怖いのは先ほども挙げたジョラー。女王としてのデナーリスの道は、女王の擁護者を自認するかのようなジョラーの道からはだんだんと離れていっているように思えて。デナーリスについての予言である、愛による裏切りとは、彼のことではないかと思えてくる次第。それと、彼女を信奉する元奴隷の軍団についても、今はうまくいっていますが、のちのち問題の種になってきそうでどんなもんかというところ。まあそれはその時考えればいいような気もしますし、問題を先取りしすぎかもしれませんが。

話を戻しまして、あちらで登場しこちらでも登場しという意味で地味に気になるのがスターク配下の諸侯が一、ルース・ボルトン。アリアの視点では騒擾の隙を逃さずラニスター家の勢力からハレンの巨城を奪取したそつのない将であり、ジェイミーの視点ではスターク家の配下としての立場を当然としながら同時にラニスター家から向けられる敵意をも天秤に載せてみせる油断ならぬ人物であり、キャトリンの視点では私生児を時に糾弾しながら利用価値があるとみるや擁護してみせる不気味な男であり。為人がつかめたようなつかめないような微妙なところではありますが、少なくとも世慣れた人ではあるのでしょうね。こういう人が過酷なこの世界でも長生きするのかなと思ったり。まあバランスを取り違えると途端に奈落の底に落ちてしまうのは必定なので、舵取りが難しい道だとは思いますが。

そして、レディ・スタークことキャトリン・タリーついて。彼女の視点から見ると、本当に辛い状況が続きますよね。一縷の望みをつなごうにも、子供たちの生存が絶望視される情報を覆すようなものはまるで入ってこないのですから。そして残った弟や長男との絆にすがろうにも、ついつい正論ばかりが口を突いてしまって避けられてしまう。この点は、彼らがもともと城主として重圧に置かれている立場上、肉親には安心を求めているが故のすれ違いなのかなとも思えましたね。あと、スターク配下の諸侯からの敬意は、彼らの犠牲の上に勝ち取った手柄を不意にしたことで失ってしまっていたようで。こうしてつきつけられてみると、やっぱりあれは悪手だったんだろうなあという見方が補強されてきます。それはさておき、苦渋を飲む覚悟で向かったフレイ家の双子城で待ち受けていた出来事は、あれはもう「げぇっ!?」としか言えませんでしたわ。あそこの爺さんはあんな仕打ちをしてくるとはね、へー。先に信頼を破ったのはロブ・スタークだけど、より大きく破ったのはウォルダー・フレイの方だよね。これは戦争ですよ、というのは冗談にしても(冗談になったらいいなあ……)、北の情勢はさらに荒れるでしょうね。ラニスター家としては笑いが止まらないわけだ。その辺、自らは一兵も動かさず情勢を推移させてみせたタイウィン・ラニスターの手腕は大したものなのでしょうが、一方でその境地に辿りつくまでの泥沼の抗争で彼が何を取捨選択して来たのかというのは気になるところであり。

とはいえ、登場人物は平等に死を迎えていくように思えるこのシリーズですが、視点人物にまでなった者となると存外しぶといようなんですよね。シオン・グレイジョイもどうやら生きているらしいと聞いて、またしても「げぇっ!?」となったわけですが。そんなわけなので、この辺は冷静に次の巻を読み進めたいところですね。スタニス・バラシオンの勢力が巻き返しに出られるかという点でも。というか、彼らについては〈光の王〉の不気味さが一層増してきてるんですが。もともとデナーリスたちがいる大陸側の、蛮族的な方面の教えなんでしたっけ? 魔術めいたところがあって、七王国地域にあっては異様でおぞましい雰囲気も受けるのですが、まだまだ情報が少なくて何とも言えないんですよね。

ともあれ、そんな感じで、次の巻に続きます。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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