2013年11月25日

氷と炎の歌(3)剣嵐の大地(上)

剣嵐の大地 (上) 〈氷と炎の歌 3〉(ハヤカワ文庫SF1876) [文庫] / ジョージ・R...
剣嵐の大地 (上) 〈氷と炎の歌 3〉(ハヤカワ文庫SF1876) [文庫] / ジョージ・R・R・マーティン (著); 鈴木 康士 (イラスト); 岡部 宏之 (翻訳); 早川書房 (刊)

今まで、一部ごとの区切りが全然よくないと書いてましたけど、よく考えてみるとちゃんと区切りついてますね。第一部は、原題が“A GAME OF THRONES”でしたか。邦題だと『七王国の玉座』となる通り、玉座を巡るゲームということになるのですが、あのラスト、あれこそがゲームの参加者である最後の一人がその資格を得た瞬間だったと思うのですね。原題のゲームはジョフリーの即位とともに勝負がついているとも考えられますが、続く第二のゲーム、その直接の参加者が出そろった瞬間だとは思うのです。旗頭の一人でありながらその時点ではあまり脚光を浴びてなかった人物も何人かいましたが。第二部の場合は、原題は“A CLASH OF KINGS”で、第一部において並び立った幾人もの参加者たちが、それぞれの旗印のもとに衝突しあう緒戦として、あのラストはその結末を飾るにふさわしい、暗い先行きを示す幕引きだったと思うのです。緒戦にしてはあれこれと動きがあって、いきなりの脱落者もいたわけですが、それでも乾坤一擲の大勝負が繰り広げられたことには違いないので、敗れた者が脱落していくことは当然のことといえるでしょう。とはいえ細かいところでつじつまの合わなさそうな部分もありますが、そもそもこのシリーズに感じるような歴史の流れにおいて、明確な区切りをつけることなど不可能であることを考えると、むしろ登場人物たちが生きる世界を描き出すことと、物語としてある程度の長さにまとめ上げることとに、うまくバランスを取っているなあと感心させられるのです。また、作中の出来事に一部ごとにそういう意味を持たせてるのかなと推測してみることは、それだけでもシリーズを楽しむ方法が一つ増えるような面白さがあるのです。この第三部では、“A STORM OF SWORDS”が含む意味にも注意しながら読んでいきたいですね。

タイトルについてはその程度にして、内容のほうに踏み込んでいくと。やっぱりこのシリーズは素晴らしいです。王侯貴族や下々の兵士たちにいたるまでを山ほど登場させながら、それでいて力がすべてにおいてものを言う世界観にまったく揺るぎがない。基本的に自らの力で勝ち取る以外の幸福や快楽はあり得ず、あらゆる人々は力がない者を隷属させ自らのために働かせることでそれらを手に入れている。それについて象徴的なのがラニスター家のタイレルやサーセイだと思うのですが、その一方で故エダードのような信念を持った正義漢においてもそれは例外ではなく、彼の場合は部下から広く忠誠を集めていたようにも思いますが、それでも彼らを自らのために働かせていたことに違いはありません。いやいや働かせていたか喜んで働かせていたか、あるいは自分のためだけに働かせていたか自分を含めた身内のために働かせていたかなど、人によって程度の差こそあれ、何もしていないのに享受できる安楽など存在しないようです。存在するように見えても、それは誰かのお裾分けを受けているにすぎない。エダード死後の子供たちの苦難の道のりを少しでも思い浮かべると納得できるかと思います。この力による秩序は上から下まですべての階級に行き届いており、絶対的な存在はいない。ある時点で揺るぎない力を持っていると思われた者が、一朝にして零落へと追い込まれてしまうこともあれば、虐げられていた者が支配する者へと変化することも珍しいことではない。それらの有為転変は留まるところがない。しかし、それでもこの世界は人の社会としてのまとまりを崩す気配がない。自分としてはこんな世界に生きなければならないとすればたまったものではないのですが、それでもこの世界の人々がパニックに陥らないのは、この秩序すらなくなればさらに恐ろしい飢えや苦しみが待っていることを知っているからでしょうか。この社会で生きることは苦しい。しかし、それでもうまく上の者に取り入れば一部では甘い汁を啜ることが可能になる。ならば、こんな社会でも適応するしかないのでしょうね。もっといえば、これ以上の住み心地がよい社会など知らないのではないでしょうか。だから、虐げられる者にとっての選択は、その生活に甘んじるか、這い上がって今より以上の人々を虐げるか、諦めて死を迎えるか、その三つしかないのでしょう。考えるだに現代人からすれば過酷としか言いようのない世界なのだけど、「自力救済」を旨としていた中世の世界とは案外とこういうものだったのではないだろうかと考えると、これで結構しっくりくるものがあるんですよね。返す返すも素晴らしい世界観ですよ。

そうしてこの徹頭徹尾、力で秩序付けられた世界で描かれるならば、注目するのはやはり壁にぶつかったり挫折したり転向したりすることも含めて、それでも死なずに生きていく人たちの姿なんですよね。今回はジョン・スノウが特に素晴らしかったんですよ。ジョンは〈冥夜の守人〉になるにあたっての誓いを、己の職分における、それこそ己を律する規範として重視していたはずなんですよ。だからこそ、隊を脱走してウィンターフェル城に駆けつけようとした時には残していく仲間たちに対する負い目に苛まれずにはいられなかったし、またかつて〈冥夜の守人〉になりたいと言ったときの叔父の言い諭す言葉に憤ったのも、私生児である己の出自ゆえに誓いの文言に理想を見ていたからでしょう。彼はそれを信念として、さらに覚悟で固めた上で、託された任務のために敵地に身を投じたはずでした。そんな彼が、任務を果たし、生きて隊の仲間たちのもとに戻るために、その信念すら曲げることを余儀なくされる。しかも、曲げられながらも不屈の気概を胸に秘めるのではなく、完膚なきまでに翻弄され、敗北を痛感させられる。これは、なんというか、読んでて精神的にくるものがありましたね。エンタメにおいて、こういうぐうの音も出ない挫折が描かれるのは、序盤ならばそこからの逆転の物語としての道が開けるのですけど、中盤でそれが起こると、それまでの期待に満ちた歩みはなんだったのかと愕然とさせられるものがあります。でも、実際の人の人生というのは、こういう挫折を幾度も経て、己の中で取捨選択を行うことで周囲の環境に適応していくものであるような気もするんですよね。長所も短所もひっくるめて、一切合財。それはいいことなのか、悪いことなのか、さっぱりわかりません。でもだからこそ、そういうところまでまるまる呑み込んだ大河のような歴史の息吹を感じるのでもありますけどね。ともかく、今後ジョンがどうなってしまうのか。いよいよ目が離せないところではあります。

逆境にある人物としてはティリオン・ラニスターも。前回のキングズ・ランディングの防衛戦において〈王の手〉として総指揮に当たり、援軍到来まで押し寄せるスタニス軍を凌ぎきるという、隠れようもない殊勲を挙げたはずの彼でしたが、戦傷がもとで生死の境をさまよっている間に手柄を他人に横取りされてしまったようで。確かに〈王の手〉時代のティリオンの城政は、お世辞にも評判のいいものではありませんでしたが、あれは彼の背後にいる王子ジョフリーや王太后サーセイ、ひいてはラニスター家に対する風当たりからのものだったといえるでしょう。そう考えると、ほとんど誰がその座に就いてもあの時期に不評を被るのは仕方ないことだったはずなんですよね。キングズ・ランディングの防衛を第一と考え、それ以外をほとんどすっぱり割り切っていたのは否定できませんが、そこ以外に気を回している余裕がなかったのも事実ではありましたからね。各々が思惑を抱えて各々なりの立ち回りを示す中、考案から指示、実際の運用にいたるまで彼が手を付けたといえることは、確かにほとんどないでしょう。でも、自らの思惑を離れて勝手に変化していく手札をなんとか把握して危地を乗り切ってみせた手腕は評価されるべきだとは思うのですよね。とはいえさきほども書いたように、文句なしに彼の手柄といえることはほとんどないし、なにより評判芳しくない彼を庇いたがる人もいないので、戦傷から寝込んでいたのは決定的な出遅れになってしまったのですが。それに、どうも新たにキングズ・ランディングに乗り込みすみやかに実権を握ってみせたタイウィンからしてが、ティリオンを毛嫌いしているようで。父だから愛情は抱いているはずと勝手に考えてましたが、そういえばティリオンって発育不良の醜い容姿をしてるんでしたね。そりゃあ、部下から侮られもするし、そうであるからこそ親から嫌われもしますね。なまじ家門が大身であるだけに、補いきれない身体的欠陥を抱えている子供は疎ましがられもしますか。タイウィン・ラニスターという人物は、結果を出すことが第一で、その手段に対するあれこれの評判は、あとから力でどうとでも押さえつけれると考えている節があるように思えて、力の秩序の体現者としてなかなかに面白い人物ではあるのですが、ゲームにおいて支配的な位置を占めつつある一方でそれでもなお身内を含めて思い通りにならない部分をたくさん抱えているのがさらに面白くもあったり。それはともかく、ティリオンには巻き返しを図ってもらいたいところではありますが、新たに任された仕事ではいったいどうなることか。ついでに下世話な方面にも触れておくと、愛人のシェイはどうするのかなというところ。あの健気さは愛人としてそそられるものがあるのは頷けるのだけど、だからといっていつまでも連れ添っていたいと思うほどの信頼が置けるかとなると、力がものを言う世界であるだけに難しいところなんですよね。何が虚で実なのか、寝室にまでそんなことを持ち込まないといけないのは息の詰まることですけど、なまじ無防備なところを晒すが相手となるだけに慎重に慎重を期さないといけないんですよね。これなら政略結婚の方がまだ気が楽なんじゃないかとも思えますが、さて。

しょうもないネタつながりでは、「あんたなんにも知らないのね」とか言われながら押し倒される場面が最高でしたね。誰の場面とはいいませんが、この巻のハイライトということにしておきたいです。同じくハイライトとしては、第一部では「黙れ女」と、例の二人の近親相姦とを、第二部では姉をナンパした弟君と、暴動のとばっちりを受けて輪姦された末に正気を失った貴族の娘とを挙げておきますね。

ええい、何の話だったっけ。まあいいや。今回の表紙なんですけど、これサンサですよね? 第二部下巻のアリアと比べると、二歳しか違わないはずなのにあまりの女っぽさに驚いてしまうのですが、この年頃の二年の違いは大きいということなんでしょうか。(アリアが女の子っぽくなさすぎるんだと言ってはいけない) もう少し年上の人物として、マージェリー・タイレルかとも考えたのですが、背景も見るに、サンサに符合する箇所がいくつも見つけられるんですよね。

まあそういうことにしておいて。今も書いてた通りに対比するようにして楽しんでいるサンサとアリアですが、今回注目してたのは主にアリアの方ですね。サンサの方は保留ということで。アリア、かなり北に移動してきましたね。キングズ・ランディングから始まった徒手空拳での道行きも、ようやく終わりが見えてきたのではないでしょうか。ここまで誰かに助けられることはあれ、彼女個人としてはとにかく無力を痛感させられることばかりだったのがつらいところでしたが、彼女の身元を知る人にも出会えて、ようやく気を抜けるようになったと思います。とはいえ油断しすぎると後がこわいのではありますが。

その一方で、面白い点としては、ここで同じような道のりを南下する人との交錯が見られたことですね。アリアが上流貴族の娘とは思えないたくましさで逃亡の旅路についているという情報が伝わっていないがゆえのすれ違いでもありましたが、子供たちのすべてが困難に直面し生死の情報すら錯綜しているキャトリンからしてみれば、一刻も早く生きていると伝わっている子供の無事を確かめその体を抱きしめたいと願うのは当然の感情でしょう。ですが、その決断を下したとき手元にあった情報からすれば悪くない選択だったのかもしれませんが、状況が変化してくるにつれ、かなりの悪手と化してきている気がしてならないんですよね。敵を利するだけの結果にしかならないように思えるというか。南下の一行は無事を祈っていいのか非常に悩ましいところです。

それに関していえば、ブライエニー・タースの旅ゆきは、上で書いたような力の秩序が支配する様子を象徴するような出来事が起こってて面白いところでもあったり。彼女、女だてらにかなり優れた剣技の持ち主なんですよね。あの錚々たるレンリー幕下の顔ぶれの中から〈虹の盾〉に選ばれた腕前は並大抵のものではありません。でも、集団にかかられれば個人の技量はたいしたものではないことが明らかになっちゃうんですよね。しかも、どれだけ女に生まれた身を無念がっていても、体はやっぱり女なわけで。そこはアレです。相手が女と見れば犯すことが一番に思いつくような男たちであれば目も当てられない結末が待ち受けてそうなところだったり。この物語の主要な部分が繰り広げられる七王国の地域内では、いちおう一夫一婦制であるように窺えるものの、それはあくまで嫡子と庶子の区別をつけるくらいの機能しかないような気がして、倫理観的にはまるでそれに縛られてる様子がないんですよね。ある程度の年齢以上の男であれば私生児がいない方が珍しいくらいに思えますし。男が愛人を作ることに女が強い態度に出ている場面って特になかったように記憶してます。力を持つのは男であり、その庇護に与るしかない女性の立場ってかなり弱いんですよね。女系的なつながりはあるようですが、そうしたつながりって、後継者さえきちんと残してれば角は立たなさそうなものだったりしますし。女性としては、自分の生んだ子供が後継ぎになればある程度の力を得られるという計算もあるのかもしれませんけど。

そんな嘆かわしい男の業を背負ってしまったのが今回のロブ・スタークではありましたか。これについては、まあね、まあ、16歳なら仕方ないよねという気もしますが……おう、ちくしょう。話を聞くだに夢のような体験だったようで。ただ、そういう体験は夢だからこそ楽しめるものというか、翻って現実を見ると、見ず知らずであったはずの少女がそこまで献身的になる背後では、なにかスタークに取り入ろうとするお家の思惑が糸を引いているように思えてならないんですよね。でも、一時の過ちのようなものであっても、人の一生というのはそういうものも背負い込んだ上での歩みにならざるを得ないんですよね。その後のロブの態度は、その前をなかったことにできない上では誠実なロブらしいものだったとは思いますが、でもなあ、かなりの代償を払わされてるんだよなあ。ただでさえ足元がかなり不安定になってるスターク家の勢力なのに、この先どうなっちゃうんだろうかと不安でいっぱいであります。

ダヴォスについては、生きてた、よかった、とだけ。あと、シオンについても、出てこなかった、よかった、とだけ。

さて、そんなこんなで、この世界観を素晴らしい素晴らしいと思いながら読み進めているわけですが、その一方で不満を感じている点もなくはありません。それはエンタメとして読もうとした時に生じてくるものですが、いまいち盛り上がりに欠けるんですよね。たまに上げてくることはあっても上がった先にすぐ天井があってがつんとぶつけられて痛い目を見る。上を目指すには、何度も何度もそれを繰り返さないといけないかのような。痛快な一発逆転など許さないかのような、恐ろしいほど地に足のついた描写で一歩また一歩と丹念に場面が進められていくわけですが、そうであるがゆえに、急展開やあっと驚く飛躍がほとんどなかったりする。まったくないとは言いません。第一部のラストはかなり盛り上がる場面だったと思います。ただ、そこ以外の場面は基本的に抑えて堅実な描写をしているのを見るに、むしろそれは例外的な場面であったようにも思えるんですよね。第二部なんて、一番盛り上がったと感じたのがプロローグだったように記憶しているんですが、どういうこっちゃ。でも実際、この第三部でもプロローグは盛り上がりましたよね。なんだか、これから物語がなんらかの意味を持って動き出すぞという期待に溢れているというか、ここだけ展開が比較的急に感じられるんですよね。こういう見せ場をもっともっとと思ってしまうのはラノベの感覚に慣れすぎてる弊害なんでしょうが、慣れてしまっているからこそちょっとしたもどかしさを感じるところでもあったり。

とはいえ今回は、しっかりラストに意外な展開で盛り上げてくれましたね。そしてその立役者はまたしてもデナーリス・ターガリエン。やっぱり彼女、見る者を惹きつける行動力を持ってますよ。あそこで、ああも起死回生の一手を打ってきますか。くしくも、ジョンが挫折を経験した後でのこと、デナーリスも挫折の末に信念とも思えた部分を曲げることになってしまうのかと気が滅入りそうになっていたところでしたからね。実に痛快でした。ここに彼女が、大狼とともにあるという意味で重なる部分を感じていたジョンを越えた輝きを放ったように感じました。〈嵐の申し子〉の異名にふさわしい大立ち回りを見せつけてくれましたわ。もうちょっと誠実な態度でもよかったような気もしますけど、別に慈愛の王を目指してるわけじゃないですからね。力こそがものを言う世界で王であることを認めさせる手段は、やはり力でしょう。してやられた人たちからしてみればたまったものじゃないのかもしれないけど、そんな不満をも圧殺できそうな勢いでしたしね。そろそろ彼女のあてのない道行きも確固たる方向が定まってくるのでしょうか。いよいよもって期待が膨らむところです。

そんなこんなで、中巻へ続くのでした。


posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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