2013年10月26日

マルドゥック・ヴェロシティ(3)〔新装版〕

マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫] / 冲方 丁 (著);...
マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫] / 冲方 丁 (著); 寺田克也 (イラスト); 早川書房 (刊)

この話が『マルドゥック・スクランブル』の前日譚であるということはすなわちこの物語の主役たるボイルドとウフコックが決別する話だとはわかってましたが、実際その場面になるとやっぱり痛切な気持ちを抱かずにはいられないなあ。『スクランブル』にてウフコックの口から語られた「濫用」とは、ここまでのボイルドの為人から、力に振り回されるようなものであるとは考えにくいところでしたが、やむにやまれぬ事情があるものでしたか。でもそうはいっても、ボイルドの取った行動がウフコックの意志を無視した恣意的なものだったのは誤魔化せない事実であって。ボイルドは最後の最後でウフコックとの信頼関係を踏みにじってしまったことになるのです。これまで人の醜悪さを散々見せつけられてきながらなお善性を信じずにはいられないウフコックに対して、後ろ暗い最終手段を持ちかけることはそれだけでも彼の軽蔑を導きかねず、二人の信頼関係に傷を付けるものだったかもしれない。話し合ったからといって意見を合わせられたとも限らない。その上、ボイルドたちにとって事態は一刻を争う状態だった。でも、だからといって「濫用」していいということには絶対にならないんですよ。そもそもボイルドも許されるとは思っていなかったようですが、それでもボイルドの取った行動は相手をパートナーとみなす者の行いではなく、一個の道具とみなす者のそれでした。ウフコックの激昂はボイルドが後ろ暗い行いをしたことよりも、パートナーだと思っていた信頼を踏みにじられたことによるものでしょうね。

とはいえボイルドはどうも虚無をたたえた様子が似合いますね。そもそもが『スクランブル』登場時が一匹狼のようだったという印象にも左右されているのでしょうが、誰のためでもなくやると決めたことを無感動にこなすニヒルなイメージが刷り込まれているというか。バロットとの戦いで最後に従容と死を受け入れる様子がなんだかそれまでと違って人間らしさを感じさせて不思議な感覚を抱いていたのですが。それが、今回の終盤のボイルドは、あたりにまき散らすぐらいに心に虚無を湛えているようでありながらこれまでで一番感情的に見えたんですよね。いうなれば、虚無に至る前に情動のすべてを体から排出してしまうかのように。そうして、ウフコックと決別してもやらねばならないと決めたことを淡々と果たしていく背中には悲哀を感じずにはいられませんでしたね。互いを、仲間を大切に思うがゆえの非情な選択が別離を生む。本当に悲しい結末でしたね。そんなボイルドの怨念が実を結んだかのようなラストは、ある種の救いとなりうるものでしょうか?

それはそれとして、オクトーバー家の家系のドロドロ具合もなかなかにいいものでしたね。同性愛と近親相姦のオンパレードで、こういうネタはえぐいんだけどたまりませんね。しかもそういう家系だからこそ時たま怪物のような人物が生まれたりとか。もうね、一気に明かされる真実になんだか無性にドキドキさせられましたよ。名家の闇というのはやはり妄想を掻き立てられますね。

などと書いてみたらしんみりした気持ちはどこに行ったという感じになってしまいましたが、なんというかパートナーと決別し、死を迎えたボイルドの後に残されたのは、悪魔の火を受け継いだ一人の子供、ですかねえ。来たる三部作の完結編たる『マルドゥック・アノニマス』ではその子とかバロットとかがキーパーソンになってくるのでしょうか。そんなことを考えつつ、次は『マルドゥック・フラグメンツ』に取り掛かりたいですね。ただ、『アノニマス』が出るのはいつのことやらな状態らしいので、もうちょっと待った方がいいのかどうなのかというところ。まあでもきっと、『テスタメントシュピーゲル』ほどきりが悪くは、ないですよね? そうであってほしいです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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