2013年07月09日

タムール記(2)炎の天蓋

炎の天蓋―タムール記〈2〉 (ハヤカワ文庫FT) [文庫] / デイヴィッド エディングス (...
炎の天蓋―タムール記〈2〉 (ハヤカワ文庫FT) [文庫] / デイヴィッド エディングス (著); David Eddings (原著); 宇佐川 晶子 (翻訳); 早川書房 (刊)

これまで、安定感のあるキャラクターたちのおなじみのネタを中心に楽しんできていたのですが、それがここにきて突然その一部、主に小さき母上が変わってしまったように思えて戸惑いが隠せないでいます。しかし、こうした反応を示してしまうのも、より馴染みのあるエレネ人的な思考を一般的と思うあまり、スティクリム人を文明的に劣った民族と決めつけてしまっていたことが背景にあったことは否定できないでしょうね。自分たちの文化を誇りに思うのにはなんら不自然なことなどないというのに。そして、誇りの余り他者の文化的慣習を道理に合わないものとして憐れむことも、往々にしてありうることなのでしょう。そうはいっても直感を重んずるスティクリム人およびその神アフラエルの思考で大丈夫とか嫌な予感がするとか言われても、何のお墨付きにもならないような気がしてしまうのではありますが。むしろこの辺りは、普段の会話をするため以上の意味を持たない会話においてふんだんに盛り込まれるネタを楽しむ助けにでもしてればいいことなのかもしれません。

畢竟、人と人というのは、どれだけ親しい者同士だろうと、どれだけ愛し合う者同士だろうと、心の底から互いのすべてを受け入れるなど不可能なのかもしれませんね。互いを好ましく思い合う気持ちも、互いの立場や所属、経験などからくる価値観の違いは超えがたい溝なんでしょうね。理解できないことを突き付けられることは自分の価値観を揺さぶられるということですから、好意を抱き合う者同士でも気持ちの上での反発は避けがたい。無理に理解してもらおうとするよりは、目を逸らしていてもらう方がよっぽど穏やかに過ごしていられますよ。しかも、たとえ理解が得られたとしても、その先にはさらに納得してもらえるかという課題が横たわります。これを解決するには、もう価値観を変えてもらうか新たな思考の枠組みを作り出してもらうかということになってくるのではないでしょうか。いずれにしても小さな変革では自己矛盾を生じさせかねず、相手にかかる負担は相当なものになるでしょうね。やはり避けられない局面になるまでは棚上げしておくのが一番なのかなという気もしますが、一度気づいてしまったものは心の奥にしこりのように残り続けてしまうような気もしますし、難しいですね。その辺うまく気持ちを抑えつつそれ以外の面で楽しい時間を過ごし、総合的にプラスな付き合いができるのが、最善ではなくとも好ましい関係なのかなと。そんなことを、今回のスパーホークとエラナ様を見ていて思ったり。

そういえば、タレン少年がようやくダナエちゃんに警戒心を見せるようになってきましたが、時すでに遅しという感がありありとうかがえますね。年も年なのでこのシリーズの渦中で大きな進展はないと思いますし、彼にはせめて今のうちにのびのびとした活躍を見せてほしいものですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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