2013年04月28日

氷と炎の歌(1)七王国の玉座〔改訂新版〕(上)

七王国の玉座〔改訂新版〕 (上) (氷と炎の歌1) [文庫] / ジョージ・R・R・マーティン...
七王国の玉座〔改訂新版〕 (上) (氷と炎の歌1) [文庫] / ジョージ・R・R・マーティン (著); 目黒 詔子 (イラスト); 岡部 宏之 (翻訳); 早川書房 (刊)

読んでてめっちゃワクワクする。良質の群像劇の予感がする。いや、予感というか、既に十分に面白い。これがまだまだほんの序章に過ぎないとしたら、期待は留まるところを知りませんよ。

群像劇と一口にいっても想像されるものは十人十色になると思うのだけど、もうちょっと限定した意味合いにしてみるのなら、歴史群像になるのではないかと思えます。明確な主人公が定められず何人もの人物に視点の対象を移しながら物語が描き出されてくるのは群像劇らしさではあるとも思うのだけど、読んでるうちにだんだんこれが架空の世界での架空のキャラクターたちによるお話には思えなくなってくるんですよ。大地に息づく登場人物たちの鼓動が聞こえてくるような気がするというか。作者の描きたい物語像があってそれをキャラクターたちに演じさせているというよりも、作中の人々が自分たちの意志に従って生きている姿がそのまま収録されているようにすら感じられます。シリーズの大筋すらまだ見えてきていないからかもしれませんが、いかにも当時の歴史を細大漏らさず描き出そうとしているようで。こういうのを大河ファンタジーとでもいうんでしょうか。とにかく期待大ですね。

明確な主人公が定められていないことと合わせて、神に愛された幸運なる人物も存在しないように思えるんですよね。話の中から見えてくる作中世界はいかにも自力救済を旨とする中世風の世界で。下位の者は上位の者の恣意にもただ耐えるしかなく、上位の者ほど恣意は通せるが、その範囲は持ちうる相対的な力の大きさによって左右されることになる。どちらにせよ、人生を謳歌しきっている者はおらず、生きづらそうにしている人が多いような印象があります。ですが、だからこそでしょうか、様々な形でその環境に適応を見せる人々がいて、それがなんともいえない面白さを感じさせ、より作中世界にのめり込ませる魅力になっているように思うのです。

スターク家の人間は比較的恵まれた立場にいる人物が多いように思いますね。家族仲はいい方ですし、王都から離れた地を治める大家なので貴族間の諍いとも、北の領土にいる間は無縁でしたし。ただ、王の来訪以降、不穏の芽がいくつも顕在化しつつありますね。対外的なところでは、ラニスター家との関係悪化が一番の厄介事でしょうか。じわりじわりと権勢を伸ばしつつある家門なので衝突はいずれ予測できたことなのかもしれませんが、エダードが王都に行く機会が生じたことでその時機は確実に早まっていて、事態はすでに一触即発。どうなってしまうのか非常に気になるので下巻も早いうちに読みたいところではあります。内部のことでは、エダードに伴って王都にやってきた娘のサンサとアリアが気掛かりの筆頭でしょうか。じっとしていられない性質のアリアはいずれ痛い目を見るのではないかとは、周囲からも危惧されてはいましたが、それが考えられるなかではきわめて悪い事態として現実化してしまったときには、その先を読むのがすっかりこわくなってしまいましたよ。結局アリア本人に罰が下されることはなかったのだけど、とばっちりを受けた形になったサンサからすればたまったものではないよなあ。それまでぎくしゃくしていた二人の仲もすっかりこじれてしまって。ウィンターフェルでのアットホームな一家の雰囲気を思うとどうしてこんなにまでなってしまったのかと頭を抱えたくなる思いですよ。本来なら同行するはずだったブランが寝込んでしまったのも悪い事態に歯止めをかける手段を奪われた形になってしまったのでしょうね。彼は人間関係における潤滑油的な役割を期待されてましたから。現状で期待を抱いていられるとしたら、ジョンとロブという兄弟の最年長者たちになるでしょうか。ジョンは〈冥夜の守人〉の一員となったことで、ウィンターフェル城での比較的恵まれた生活から一転、私生児としてのみじめな現実にぶち当たることになったわけですね。そこで、黒衣の仕事はかつて憧れていたような誇りあるものではないと気付かされもしたのですが、道化師の助言などをもとに、北の〈壁〉のもとで新たな「兄弟」を得て自らの居場所を作り出していっていて。今のところ読んでいて一番安心できる視点ですね。それでも不安の種はしっかり芽吹いているのですが。一方のロブは、ジョンに比べるとより大きな不安がつきまとっているのですが、父も母も出掛けて行った北の地を統べる者として、背伸びしながらではあれど大過なくウィンターフェルの守りの任を果たそうとしている姿は清新な期待の持てるものではあります。

バラシオン家の人々では、一番目につくのはやはりロバートですね。なんといってもこの七王国の頂点に君臨する王ですし。とはいえこの国王、中世も前半の方と思われる世界観も手伝ってか、粗野で素朴な人柄なんですよ。飲みたいだけ酒を飲み、女が欲しくなればあちこちで愛人をつくり、腹を立てれば怒鳴り散らしと、感情の赴くままに結構好き放題してるんですが、当然といえば当然ですがそれにはやはり限界があって。新王朝を打ち立てた武勇に優れた王ではあったのですが、政治方面には疎いようで国内には色々問題も抱えてるんですよね。というか、国政はほとんど補佐役たちに丸投げ状態で、むしろ王の気まぐれが頭痛の種にもなってるような。王自身もうまくいってないことがわかっているがゆえに、どうしようもない現実を見るよりもおもいっきり好きなことをして楽しむことに意識を回しているようで。その気持ちもわかるだけに悩ましいところではあります。丸投げされる人たちからすればたまったもんじゃないんでしょうが。一方、そこで出世の機会を見出し暗躍する野心家もいるというのは、また別の視点に立ってみれば面白くもあり。

ラニスター家はロバートの打ち立てた王国で最も権勢拡大著しい一族であり、スターク家からすれば最も油断ならない者たち。衝突はすでに秒読み状態にあるように思えますが、この巻では腹に一物抱えた暗躍よりも、あちこちで道化のように振る舞うティリオンが印象に残ってますね。皮肉屋で何もかも茶化してばかりの人間かと思えば、私生児や体を悪くした人など、自らのような弱者に対しては援助の手を差し伸べるのにやぶさかではない様子で、スターク家の視点からもいい奴に見えてしまうんですよね。発育不全として生まれ育ってきた先達であるがゆえに処世の法はある程度わきまえてると言わんばかりで、これも一種の適応の形なんでしょうかね。突如として疑惑の渦中に放り込まれることになりましたが、彼の言動を見てると、疑惑が真であろうと偽であろうと自分の中でのこの「いい奴」という評価が覆りそうにはないんですよね。これって結構すごいことですよ。

ターガリエン家のデナーリスは、安心して見ていられるかというといくばくかの不安はあるのですが、実は一番期待しているのはこの人物だったり。現代人から見れば素朴なところのある七王国人からしてもさらに野卑な風習を持つドスラク人の王と結婚することになり、当初は心細さから悲嘆に暮れていたものですが、次第にドラゴンの末裔を名乗る一族の矜持を取り戻し、王妃の座にどっしりと納まるにいたっている様子。既に夫であるカール・ドロゴの子供を身籠っていることもあり、それもまた彼女の自信の一つになっているのでしょうか。彼女の不安の種はというと、兄である〈乞食王〉ヴィセーリスですよね。反乱が起こり幼い頃に七王国から命からがら脱出せざるを得なかった彼にとって、王の血筋はほとんど唯一と言ってもいいくらいの自尊心の寄る辺なんだろうとは思うんですが、しょっちゅうひけらかして他人を蔑むものだから周囲の不興を買いまくっても仕方がないですよ。まあ実際はもっと分別ある人たちばかりで、血筋しか取り柄がなくとも非常に有用な取り柄であるだけに、利用させてもらうかわりにキャンキャン吠えるのは可愛いものと思って聞き過ごしていようという態度をとっているようなのですが。

その他では、キャトリンの妹のライサですが、スターク家の人間としてはラニスター家に対する有力な見方になると思っていればこれがまた。歳月は人を変えるとも言いますが、エダードとロバートのすれ違い同様に、久しぶりに会った親愛の人物に気の置けない間柄だったかつてのようなつもりで接しようとしたら齟齬を生じてしまうというのは悲しいものですね。ライサの場合は子供の溺愛ぶりから一児の母という面ばかりが感じられて、かつての妹という面はほとんど形を潜めてしまったみたいなんですよね。不安は尽きませんが、これもまた一つの適応の形、なんでしょうね。

などなどと、色々不安の芽は芽吹いてるんですが、これらがほとんどすべてすぐに最悪の事態に至らず、時間をかけてゆっくりと育っていってるようなのがまたこわいんですよね。まだ大丈夫だろうかと目を逸らしてる間にとんでもない悲劇の蕾を膨らませていそうで。

下巻も、早く、読まねば。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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