2013年03月10日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜国土分裂〜

前回までのあらすじ: スコットランド地方に侵攻を続けるアイルランド王国。残る二大国を相手取る戦いは長期戦にもつれ込みがちであったが、着実に勝利を重ね、その勢力を広げていた。その最中、王に悲運が訪れたが、それでも侵略の勢いは衰えを見せず、ついにスコットランド王位を簒奪するに至った。しかし、それは同時に継承上の問題を孕むこととなる微妙な選択でもあったのだった……。


というわけで、相変わらずのゆったりペースですが、前回からの続きです。

今回の進捗は、前回終了時の1187年から2年経って1189年。領土としてはロス伯領とファイフ伯領とダベッド伯領の3カ所が加わったのですが、継承の都合でスコットランド地方の領地がヘブリティーズ諸島伯領とファイフ伯領だけになってしまいました。以下、その間の経緯について。


1.ロス伯領攻撃(対マレー公戦)

前回、最後にアソール伯領を獲得しましたが、摂政を務める王妃の統治能力からしてみれば直轄統治を続けることに問題はありません。

宣戦目標についてはグウィネズ公戦以前の方針を継続したまま次の戦機を窺うことにします。オールバニ女公との停戦期間が過ぎるまであと2年程となっていますが、背後のイングランド王国の国力を考えると見通しは不明瞭です。

先のヨーク公の内乱を契機にしたのか、イングランド王はその直轄領を拡大させており、動員可能兵力は2万を超えるまでになっていました。一時期は格上とも目されていたノルウェー王国ですが、一度は鎮まった国内の乱れが再び生じだしたことから、両国の国力は逆転していました。

スコットランド王位を獲得したといっても、あくまで周辺の二大国が他所への勢力拡大に注力している隙を突いているにすぎないのでした。早く両大国に見劣りしない国力を持つようになりたいものです。

そうこうしていると、翌年初頭、フランス王から婚姻の申し出がありました。王子をアイルランド王の娘と結婚させたいとのことです。

王女はすでに成人から2年が経っていたのですが、他の者の婚姻を優先していたため今まで手付かずの状態になっていました。ここで相手から申し出があったのは好都合と言えるでしょうか。それにしても、大陸から使者が来たのは初めてです。ブリテン島内の勢力からの申し出ならば、近い将来においてことを構えるつもりであるため躊躇するところですが、大陸側の国家ならば断る理由はありません。ブリテン島対岸の大陸国家であることから、対イングランド王国戦の援軍も期待できるかもしれません。それに、相手は王太子です。末長い付き合いも期待できます。

諸々の打算も含めて、王女を送り出すことにしました。この婚姻が効いてくるのは、何年後のことになるでしょうか。

その2ヶ月半ほど後、戦機が訪れます。

スコットランド北端のロス伯領とケイスネス伯領を有するマレー公は昨年、主君であるノルウェー王に対して反乱を起こし、まもなく鎮圧されていました。その後も公は位を剥奪されることなく、牢に入れられた様子もなかったのですが、この年、またしても反乱を起こしたのです。

ノルウェー王からしてみれば腸の煮えくり返るような背信行為でしょうが、アイルランド王国からしてみれば絶好の戦機です。すぐにノルウェー王国の鎮圧軍が向かってくるでしょうが、本国からの距離が近いこちらの軍ならば先に現地に赴き包囲を始めることができるはずです。また、報告によると、昨年の反乱時にはノルウェー王国軍もケイスネス伯領の堅牢さに手間取っていたようですが、その際の強攻の爪跡なのか、直轄兵がほぼ壊滅的な打撃を受けています。ロス伯領も同様であることから、力攻めによって短期間で勝負を付けることは十分可能です。

1188年3月末、反乱を起こしノルウェー王の下から独立したマレー公に対して宣戦を布告しました。

今回、戦力の逐次投入については考えるところもあったのですが、相手の戦力が少ないことから、短期決戦のつもりならば忠誠心の薄い封臣領からの動員は必要ないと判断しました。競合するノルウェー王国軍との衝突が起きたときのことを考えると不安もありますが、予備戦力の投入はその気配が見えてからでも間に合うでしょう。なにより大事なことは、ノルウェー王国軍よりも先に包囲を開始することです。

直轄領及び封臣領から合わせて8672の兵力を動員すると、そのうちロス伯領の南に境を接するマレー伯領からの徴収兵368を、寡兵を構わず北進させます。敵軍はロス伯領とケイスネス伯領合わせて724の兵を出陣させたようですが、数日遅れで島嶼公領からの徴収兵1344に後を追わせています。これで十分な援護になるでしょう。

開戦から半月ほど経った頃、第一陣がロス伯領に到着しました。ロス伯領から出陣したマレー公軍は、どうやらケイスネス伯領で味方の軍と合流し、様子を見るようです。それを遠目に見つめながら、第二陣の到着を待ってロス伯領の包囲を始めます。

ここまでは順調ですが、まだこの時点での包囲軍の兵力は1812しかありません。先の反乱鎮圧に際し、ノルウェー王国が一度で輸送したわけではないにせよ9000程の兵力を投入していたことを思うと、後続の軍との合流がなるまでは油断はできません。

第一陣の到着から半月ほどが経った頃、ロス伯領の包囲軍には7000程のアイルランド王国軍が集結していました。最後尾の船団も間もなくロス伯領の沖合に到着するとのことです。あと10日もあれば残りの軍もすべて合流が整う予定です。それを待って、一気に力攻めでロス伯領を占領してしまいましょう。

上陸するアイルランド王国軍をその目で確かめるべく沖合を眺めていたのですが、その中にアイルランド王国軍とは異なる紋章を掲げた船団に目がとまります。掲げられている紋章は赤地に金の獅子。ノルウェー王国のものでした。

船団の数は。そこから推測される兵力は。すぐさま確認させようとしますが、気付いた時にはすでに上陸態勢に入っており、間に合いそうにもありません。

もし10000にも及ぶ大部隊だったら……。焦りを覚えますが、今からでは何の対策もとれません。

こうなったらもうどっしりと構えているほかありません。アイルランド王国軍だって7000〜8000程の兵力を集結させています。将軍にも選りすぐりの廷臣たちを任命しています。敵軍が一度に輸送してくる人員の傾向を思い起こしてみても、ちょっとやそっとの軍で破られるものではないはずです。

腹をくくって待ち構えることにしたところ、ノルウェー王国軍の上陸先がロス伯領ではないことがわかりました。どうやら彼らはヘブリティーズ諸島伯領に上陸したようです。また、判明した兵力はたったの420でした。後続の船団は、現状見当たりません。

様子見の構えを見せるノルウェー王国軍に安心したアイルランド王国軍は、動員した兵力がすべて集結するのを待ち、すかさずロス伯領への力攻めを開始させます。

ロス伯領の兵力はもともと壊滅状態であり、残っていた兵力もすべてケイスネス伯領に駐軍していることから、陥落させるのにそれほど時間はかかりません。城・教会・都市(前回までは都市がそんなにあったんだろうかと「街」にしてましたが、どうも各地に点在してたようなので)、その全てをひと月足らずで陥落させることに成功しました。

先の反乱時には、ケイスネス伯領まで占領されてようやくマレー公はノルウェー王に対して敗北を認めたようですが、どうやらアイルランド王に対してはそこまで頑固な抵抗はしないようです。ロス伯領を占領した直後の講和の申し入れに承諾する旨の返答を寄越しました。

そうして1184年6月14日、講和の条件としてロス伯領を獲得。ここに、この度の戦争は終結を迎えました。

マレー公による反乱はまだ続いており、斥候の届く範囲内でのノルウェー軍の規模ならばあわよくばケイスネス伯領を窺うことも可能なように思えるのですが、再度の開戦には一度軍旅を解く必要があります。先のことはそれから考えることにしましょう。

ここで周辺の情勢を調べ直してみると、アイルランド王国による勢力伸長の他にも一点、変化があることに気付きます。ウェールズ地方のグウィネズ伯領が、イングランド王の封臣であるエセックス公の領地になっているのです。どうやら対マレー公戦の間に領有者が変わったようですが、その間に何が起きたのかは不明です。継承の都合でしょうか。いずれにせよ、イングランド王国がウェールズ地方にその勢力を伸ばしだしたということです。


2.3代アイルランド国王Mutudán1世崩御

一旦、軍を解散させると、さらにケイスネス伯領を窺うべきかと調査を始めました。現在ケイスネス伯領を包囲しているノルウェー王国軍は1000にも満たない小勢です。あとから援軍はやってくるでしょうが、先に手を付けてしまえばアイルランド王国側が有利にことを進められるのではないでしょうか。

そこまで考えたところで、肝心なことを忘れていることに気付きました。マレー公とはつい先ほど講和条約を結んだばかりであり、10年の休戦期間に入ったばかりではありませんか。それを押して開戦しようなど、許されがたき恥知らずな行いです。仕方がありません。スコットランド最北端に残った敵勢力領の獲得はまた次の機会に回すことにします。

オールバニ女公との休戦期間が残り1,2年となっていたことから、そちらとの開戦に向けて国力の増強に努めることにしようと考えていたところ、翌月にすぐさま開戦の絶好の機会が訪れました。女公の封臣であるポーイス伯が独立戦争を起こし、スコットランド地方でもファイフ伯がそれに呼応したのです。

ファイフ伯領は、ケイスネス伯領ほどではないにしても堅牢な城を有する地ですが、独立戦争に出兵することから防備は手薄になります。女公の軍によって先にファイフ伯領の城を陥落させられると介入の余地を失ってしまうのですが、どうやら一伯領辺りの動員兵力はファイフ伯が勝っているようです。女公軍が集結に時間をかけているうちに横入りしてしまえばこちらのものでしょう。イングランド王国軍がこの件にどう関わってくるのかが最大の気掛かりですが、近場のポーイス伯領の方を優先させてくれるならば、その間に力攻めでなんとかできるかもしれません。防衛戦力を鑑みるに、ファイフ伯相手の戦は長くとも半年ほどで決着を付けれそうに思えますから。1188年7月27日、ファイフ伯に宣戦を布告します。

先の戦争の消耗が回復しきっていない地域もあることから、まず準備万全な地域から7149の兵を動員し、回復し次第さらに後方から追加の軍を動員することにします。独立戦争を行う兵士たちの衝突に巻き込まれることを避ける目的もあり、進軍には船を用います。

第一軍がファイフ伯領に到着するまでの間、女公軍がその地の包囲の先取権を主張することになりはしないかと心配していましたが、独立戦争の経過を追わせていると、どうやらファイフ伯領からは離れた地域での衝突が予想されるようです。

安心してその地にアイルランド王国軍を集結させていると、両軍の衝突の趨勢が見えてきました。なんとファイフ伯軍が数で勝る女公軍を打ち破ったようです。女公軍がまとまりきらないところを叩いたのが功を奏したようです。ファイフ伯軍がその後こちらに取って返してくることも考えられましたが、兵力差から勝てないことがわかっているためか、その場に留まってアイルランド王国軍の動向を様子見する方針のようです。

後続軍の到着を待ちながら包囲を続けていると、嫌な知らせが届きました。イングランド王国が独立戦争に援軍を派遣したというのです。直接敵対するものではありませんが、軍がかち合ってしまった場合、戦争目的に対立する部分があることから、戦闘に陥るのは間違いありません。続報によるとまずはポーイス伯領に向かったようですが、いずれはファイフ伯領を目指して進軍してくる可能性も捨てきれません。もともと短期決戦のつもりですが、イングランド王国軍が来るのが早いかアイルランド王国が要求を押し通すのが早いか、微妙な情勢になりそうです。

第一軍がファイフ伯領に到着してから1カ月後、後方からの追加も含めて包囲軍は11436にまで増加していました。動員した軍がすべて到着したことを確認すると、即座に力攻めを開始させます。

半月ほどで城は陥落。続けて教会の力攻めに向けての準備を進めていたところに凶報が飛び込んできました。先年悲運に倒れたMutudán1世が1188年10月18日、ついに息を引き取ったというのです。

その報せに、場は一時に混乱の様相を呈しました。今行われている戦争は、一体どうなってしまうのでしょうか?


3.続ファイフ伯領攻撃(対ファイフ伯戦)

Matudán1世の後継者としては当初の指名通り、兄のフィンゲン1世が当主の座を引き継ぎました。しかし、それはあくまでアイルランド王位についてのことです。スコットランド王位については、簒奪時より変更を行えないまま男子優先の長子相続制が採用されていました。そのため、スコットランド王の座はMatudán1世の長男ウイリアムへと受け継がれることになりました。またスコットランド地方の領地についても、ティロン伯が保有するヘブリティーズ諸島伯領を除いてそのすべてが新スコットランド王ウイリアム1世の勢力下に置かれるものとなってしまいました。

スコットランド王位簒奪の際に覚悟はしていましたが、いざ分裂してみると厄介です。困った点はいくつもありますが、まず直面するのは動員可能兵力の減少です。急いで国力を調べ直させると、分裂後のアイルランド王国の動員可能兵力は10000弱、スコットランド王国は5000弱です。一つにまとまっていればこそ強国にも対抗できるというものですが、分かたれた後の兵力では非常に心許ないです。同盟軍を要請すれば以前と同等の戦力を整えられるかもしれませんが、あまりの頻繁な要請は互いの関係を悪化させます。長男に継がせなかったことで、ただでさえフィンゲン1世とウイリアム1世との関係は親密とは言い難いのですから。

しかし、悩んでいて解決することでもありません。もともと王兄フィンゲンが亡くなったら長男ウイリアムを指名するつもりではいました。ここではその方針を延長して適用させることにします。一族には他にもっと優秀な者もいますが、ウイリアム1世も凡庸な人物ではありません。それに、この場合は再統合を図ることこそなによりも優先すべき目標です。フィンゲン1世もすでに齢50を超えて老域に差し掛かっていることから、近いうちにその目標は達成できるのではないでしょうか。後ろ暗いことを考えるならば、フィンゲン1世に怪我や病気などに罹りやすい行動をとらせてみるのもいいかもしれません。宮廷内にはウイリアム1世をアイルランド王位に即けようとする派閥も存在しており、彼らの勢力拡大にも期待できるかもしれません。

また、不安なのがまさに今行われている戦争の行方です。今回の戦争で、宣戦布告の口実に用いたのはスコットランド王位です。その位が手元から失われてしまった今、戦争の継続は可能なのでしょうか? 加えて、スコットランド王の勢力下に組み込まれた地域から徴収した兵士たちの指揮権は新アイルランド王が保持し続けられるのでしょうか?

結論から言ってしまうえば、どちらも答えはYesでした。どのような理由からかはわかりませんが、王が亡くなる以前に出された宣言や命令は効力を持ち続けるようです。ウイリアム1世までもが将軍として指揮下に入っているのは、なんとも奇妙な光景ですが。

急報とそれに伴う変化の中からすぐさま手を打つべき課題の対処を指示すると、継続が可能と判明した目の前の戦争に取り組み直すことにします。

その間に包囲軍の準備はしっかり整っていたので即座に教会に対して力攻めを開始するよう指示を出し、翌月にはこれは陥落させます。この際、普段の倍近い損害を被ることになったのですが、これは先王崩御の報に接した兵士たちの動揺ゆえでしょうか? そのような兆候は見られなかったはずですが、なにがしか影響を与えるものがなかったとは言い切れません。

最後に残った都市ですが、防衛戦力が強固であり、力攻めをしても徒に損害を増やすだけと判断できることから、開戦前の計画通り、包囲継続による陥落を目指します。

4,5カ月で陥落させることが可能であるとの見通しが立ちましたが、その間イングランド王国軍がのんびりしていてくれるはずがありませんでした。ポーイス伯領に5000程の包囲軍を残し、残り約13000の兵力を北上させだしたのです。しかも、王の崩御に伴うごたごたの間にそちらに対する注意はおろそかになっており、完全にその動きを見過ごしていました。すぐ近くのスコットランド地方領に駐軍中のファイフ伯軍と衝突が始まったとの報せで初めてそれに気付くという体たらくです。

力攻めによる損耗を経たアイルランド王国軍の兵力は9229。ファイフ伯領に押し寄せられた場合、数で劣る我が軍に勝ち目はありません。なんとしても衝突は避けねばなりません。ファイフ伯領にはこちらが先に手を付けていることから横取りされる心配はありませんが、避けられるならば軍勢の損害は抑えなければなりません。イングランド王国軍が迫ってくるとわかった場合の逃げ場所として、一番安全なのは船の上でしょう。イングランド王国軍がこちらに向かってくる前に間に合うことを祈りながら、急遽船団をファイフ伯領の沖合であるフォース湾に集結させます。いくら船の移動速度が速いといっても、微妙なタイミングです。間に合うか否か、緊迫した空気が漂うなか船団の到着を待ちます。

ところがといっていいのか、どれだけ待ってもファイフ伯軍を破ったイングランド王国軍がファイフ伯領の隣接地域に現れることはありませんでした。どうやら、ポーイス伯領を陥落させに向かったようです。ウェールズ地方に派遣中の宰相からその確報がもたらされた時、体の緊張がほぐれていくのがわかりました。それと同時に、この戦争の峠は越えたとの感がこみ上げてきました。

その後まもなく、包囲中の都市は陥落し、1189年3月31日、ファイフ伯に対し武力で以ってアイルランド王国への臣従を誓わせるに至りました。戦争を吹っ掛けたという経緯もありファイフ伯の忠誠については不安もあったのですが、現状ではどうやらいい関係を築けているようです。宣戦布告した王から代替わりしているためかもしれません。

陣中には戦勝気分が漂っていました。先王の死と国土の分裂という、このあと向き合っていかねばならない事態を、この時だけは忘れてしまおうとするかのように。しかし、その雰囲気は直後に届いた一報により霧散してしまうのでした。

それは、次の宣戦目標選定のために各地の調査に向かわせた者のうちの一人からの報せでした。オールバニ女公の勢力下であったバカン伯領がイングランド王の勢力下に組み入れられているというのです。

遡って調査させてみると、ポーイス伯が独立戦争を起こした直後に女公の長男であるバカン伯が亡くなり、その子供であるエセックス公が後を継いだことによって所属が変わっていたようなのです。また、女公の後継者であった長男が亡くなったことにより、女公の後継者もエセックス公とされているというのは由々しき問題です。女公は既に70歳の老君なのですから。女公の勢力がまるまるイングランド王の勢力下に組み入れられるのは、遠い未来のこととは思えません。アイルランド王国とスコットランド王国の再統合よりも先に起こる可能性の方が高いくらいです。ブリタニア地域の覇権争いは、アイルランド王国にとって苦しい情勢になってきました。


4.ダベッド伯領攻撃(対Deheubarth(読み方不明。「デヘウバース」でぐぐっても1件しかヒットしない……)公戦)

伸長を始めたイングランド王国に対抗する国力をつけるためには、これまで以上に素早く領土拡張を行っていく必要があります。次の手を打つために、まずはファイフ伯領に駐留している軍を解散させます。今やスコットランド王国軍となっている部隊とも、フィンゲン1世の指揮下に共闘する形になっていましたが、それもここまでです。ここからはしばらく、スコットランド王国の兵力を当てにせず戦っていかなければなりません。

スコットランド王位が手元に亡くなってしまったことから、そちらの地方に侵攻する口実はありません。しかし、先の戦の最中、ウェールズ地方に派遣していた宰相がダベッド伯領の請求権の捏造に成功しています。ダベッド伯領を有するDeheubarth公の領土はその地のみであり、同盟関係もイングランドの一伯としか確認できないとのことです。これなら国力が3分の2に低下した今のアイルランド王国でも問題なく勝利できます。

先の戦の損害がある程度回復してきた1189年8月1日、Deheubarth公に宣戦を布告しました。

ダベッド伯領の防衛戦力は強固ですが、長くとも1伯領を占領すれば終わる戦であり、他の開戦の口実も手に入れていないことから、直轄領と忠誠の篤い封臣領からのみ、5291の兵を動員し、船を使ってセントジョージズ海峡よりダベッド伯領に続々と軍を上陸させます。

Deheubarth公は1162の兵を動員していましたが、フィンゲン1世自ら率いる上陸戦の末これを破りダベッド伯領の包囲を開始します。ここで、直轄軍の動員により城の防衛戦力が手薄になっていることに気付きました。現状の兵力だけでは心許ないですが、後方から追加の軍を加えれば力攻めで短期に勝負を決めることができそうです。

3102の兵力を動員して、グウィネズ伯領Llanbadarnの城を包囲し始めていた敵の敗残兵を蹴散らさせたのち、ダベッド伯領の包囲軍に合流させます。

その後、ただちに力攻めを開始し、10日程の攻防の末に城を陥落させます。

これ以降はゆるゆると包囲を継続して教会と都市を陥落させていくつもりでしたが、この時点でDeheubarth公にこちらの要求を受け入れるつもりがあるか探りを入れてみると、どうやら相手側もすでにその気になっているようです。一応ながらの確認のつもりでしたが、早く終わらせられるのならそれに越したことはありません。講和の使者を遣わし、公よりダベッド伯領を獲得する条約を締結することに成功しました。1189年11月7日のことです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今回分の進捗は以上です。字数を抑えるべく場面ごとに分量圧縮を意識したつもりですが、別段変わらなかったような……。ある程度進めてから一気に書き進めるやり方からちょっと進めてはちょっと書いてというやり方に変えたことで、無駄な描写が増えたせいでしょうか。


反省点:
国土の分割は、短期間になったとしても国力の低下が痛い。素早い侵攻ペースが要求される時は特に避けるべし。

わかったこと:
(前回の書きそびれ)いつものキャプチャ画像の画面について。あれ以上に広域表示させると、黒い靄のようなものが表示されなくなって、地図上に本当に軍勢がいないのか見ることができないだけかがパッと見でわからなくなる。一画面で納まりきらないほどに戦線が拡大した時にどう対応するか、要検討。
1)君主が死んでも戦争は継続される(王位に伴う請求権の場合。公位でも同様か? 他の場合は不明)
2)兄弟に位を継がせると、娘の婚姻によって構築された同盟関係は失われる。選挙相続の注意点か。
3)敵軍のいる地に船を使って移動するとき、船を港に停泊させて上陸させた場合はペナルティは受けないが、沖合からそのまま上陸させた場合は上陸戦ペナルティを受ける。(数値までは記憶していないので渡河や渡海のペナルティと比べてどうだったかは不明)

気掛かりなこと・よくわからないこと:
(そういえば)10年以上過ぎても3代前のドムナル1世時代の借金返済の催促が来ない。(個人のつてで借りたものだから、本人が亡くなると同時に債務は放棄される?)
ブリタニア皇帝の称号を創設するのに必要な領土数はいくつか? オールバニ女公の年齢的にもイングランド王はそろそろ王手かけてる気がする。


最後にスクショです。水色ではない方の青っぽい色が今回分裂してしまったスコットランド王国です。そしてウェールズとスコットランドにピンクのイングランド王国領がぽつりと存在感を示しているのがわかるかと。ウェールズにエセックス公の紋章が掲げられてるのはなんとも違和感を覚える光景ではありますが。
CK2_6.jpg

そんな感じで、余裕のあるうちにがっつり進めるべきなのかなーとも思いますが、どうしたものやら。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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