2013年02月15日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜世代交代〜

前回までのあらすじ:戦乱が続くスコットランド地方において、アイルランド王国は着々とその勢力を広げつつあった。北からはノルウェー王国の南下もあったが、内紛の続くスコットランド王国にはそれらの侵入を阻む余力はなかった。そうして三つ巴となった情勢下でスコットランド王位簒奪にあと一歩というところまで勢力を広げていたアイルランド王国であったが、長きに渡りアイルランドを統治してきた王にも寿命が迫りつつあった……。


そんなこんなで半月ぶりくらいのCK2の進捗です。ラノベの方を優先させてるためにあまりペースが上がってませんが、一気にやろうとすると疲れるのでまあこんなものかなということで。


今回の記事で書いていく進行は、前回の1172年から7年経過した1179年まで。領地としてはマン島伯領を新たに勢力下に置いています。本当はもう少し進んでいるんですが、下手な文章で一度に長く書きすぎるのも見苦しいので途中で区切ることに。それでは以下、その間の出来事を書いていきます。


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1.初代アイルランド王ドムナル1世崩御

アーガイル伯領をも獲得し、スコットランド王位簒奪に必要なスコットランド地方領の過半を勢力下に収めるまであと一歩というところまで迫ったアイルランド王国。その勢いは緩むことなく、付け入る隙を虎視眈々とうかがいながら、次の攻略目標地点の候補を絞りにかかっていました。鼎立の情勢となっているため、狙うはスコットランド王国の勢力地か、それともノルウェー王国の勢力地か。それぞれマン島伯領とマレー伯領には既に請求権を保有していましたが、どちらの国とも先の戦争後の10年の休戦期間中でした。それに、どちらの二国とも正面切って戦うには相当な損害を覚悟せねばならない強国であるため、その間にじっくりと戦力を充実させるつもりでいました。また、今は落ち着いているとはいえ、スコットランド女王はこれまで内部の独立運動にたびたび悩まされてきており、封臣との関係はいまだにうまくいっているとは言い難い状況です。険悪な関係になっている封臣領に宰相を派遣して請求権を捏造しておけば、アーガイル伯領の時のように内乱の際に漁夫の利を得ることができるかもしれません。最も関係が悪い封臣というと、アソール伯領に居を構えるグウィネズ公(前回までウェールズ公と書いてましたがグウィネズ公の誤りでした)でしょうか。実際に次に切ることになる札はどれにするのがいいでしょうね。

さらなる王位獲得が間近に見えてきたことから、スコットランド地方の戦争のことに関してばかり考えるようになっていたのですが、その不意を突くようにしてアイルランド国内で一大事件が起きました。初代国王でもあった当主が亡くなったのです。享年85歳。1173年4月29日のことでした。

思えば、この当主の治世は異例の長期政権でした。もともと先代の当主はなかなか男子に恵まれず、40台に差し掛かってようやく生まれたのがこの当主、アイルランド国王としてはドムナル1世だったのですが、6歳の時に父を亡くして以来ずっと当主の座にあり続けてきたのでした。彼の父や祖父は40代から50代の間に亡くなっており、当初は今回の当主もそのくらいで亡くなるものと思っていたのですが、60台を過ぎ70台になっても矍鑠(かくしゃく)とした姿を見せており、あれよあれよといううちに並いる廷臣たちの中でも最年長の人物となっていました。王位に合った期間としては55年ですが、当主としての統治期間は79年。これは古今稀に見る長期政権だったのではないでしょうか。

それにしても、先代先々代の死に際してはさしたる感傷もなく見送っていたのですが、この度の死別には思いのほか心が引きずられていることに驚きを禁じ得ません。当主の交代はいつか必ず起こることなのですが、半世紀以上にもわたって同じ当主による治世が続くうちにいつまでもこの御代が続くものと思ってしまっていたようです。

次々と死んでいく大勢の一人に過ぎないというのに。馬鹿馬鹿しいことです。私にできることは、彼の代に果たせなかったスコットランド統一のための侵略戦争をさらに推し進めることだけ。今後も倦まず弛まず侵略するのみです。もとより、その程度しかできることはありません。


2.二代目アイルランド王コンホバル1世崩御

ドムナル1世の後を継いだのは彼の次男であったコンホバル1世でした。しかし、彼もまたこの時すでに63歳。遠くない将来に死期が訪れることが予想できます。だからといって外征に慎重になる理由にはなりませんが、その前に国内の体制を整える必要があります。コンホバル1世はもともとアイルランド南部のデズモンド伯に封じられていましたが、父の直轄領を継承したことから、直轄領の数は家政能力の限界を超えるものとなっていました。また、内政の中核たる評議会においてはデズモンド時代から引き続きパッとしない廷臣たちが議員の座を占めていました。

そこで、まずは増えすぎた直轄領からティロン伯領に一族の一人を封じます。統治してきた機関としてはデズモンド伯領よりも長く、愛着もあったと言えるのですが、デズモンド伯領の方が軍備拡張が進んでいたことからそれ以外の直轄領の中で王都の在するダブリン伯領から最も遠いティロン伯領を削ることにしました。この際、あまり相応しい人物がいなかったことから、別の封土の伯位継承予定者を封じることになりましたが、これは正直言って悩みました。封臣が力を持ちすぎることを避けるために、これまで2カ所の伯領を兼任する人物を出さないようにしてきたのですが、将来的にそれが崩れることになってしまうからです。そうはいっても、直轄領の持ち過ぎによる忠誠心の薄れも抑えたいものであるため、仕方のないことでしょうか。また、もう一つ減らしてようやく家政能力の行き届く範囲内になるのですが、先代の時分からこの程度の無茶はやっていましたし、なんとかなるでしょう。税収にマイナス補正が掛かるようですが、それでもわずかながらこちらの方が税収が多いように思いますし、なにより兵の徴収に関しては直轄領の方が安定した数を得られます。

一方の評議員たちについては悩みどころです。評議員からの罷免は忠誠心が大きく薄れる原因でもあることから、これまでもなるべく現議員の死去をもって交代とする方針を取ってきました。先代当主より仕える錚々たる廷臣たちの前ではパッとしないとはいえ、そこらの公家の宮廷であれば並と言えるだけの能力はあります。交代しきるのにどれだけの時間がかかるかわかりませんが、今回もその方針でいきましょう。自分の方が評議員に向いている、より優れた手腕を発揮できると主張してくる廷臣は当然いますので、なだめきれなくなった時も交代です。

また、相続法として選挙君主制を採用しているので後継者候補の指名もしておかなければなりません。コンホバル1世には男子が3人いましたが、うち1人は夭折しており存命なのは2人です。コンホバル1世の兄の子息など、他にも被選挙権者はいますが、二人ともに父譲りの優秀な息子であるため、不平の声が大きく挙がることはないでしょう。ここで二人の息子について簡単に触れておくと、長男は父親の勇猛さと母親の頑健さを受け継いだ男であり、次男は父親の天才性を受け継いだ男です。どちらも優秀な息子であるために長男の方が角が立たない選択のようにも思えますが、子孫にも受け継がれうる天才性はやはり捨てがたく、結局次男を指名することにしました。封臣との関係が悪くはないからか、先代の時と同様にあまり票は集まりませんが、望み通りの継承が期待できそうです。

こうして国内の地盤を固めた上で、再び外征に向けて目を凝らしだします。すると、他国でも重大な変化が起きていたことがわかりました。ドムナル1世の崩御から4カ月ほど経った8月のこと、イングランド国王が崩御したのです。あの国の後継者指名選挙はもつれにもつれており、一時期はゴドウィン家外からの国王即位もあり得る状態となっていたのですが、結局は同家から次代の王が選ばれたようです。スコットランド王国との同盟関係は維持されたままであり、現状維持かとも思ったのですが、よく見てみるとそうではないことがわかりました。新イングランド王はどうやらスコットランド女王の次男であるそうなのです。長子相続制を取るスコットランド王国の継承予定者ではありませんが、母と息子という関係は非常に強固な同盟関係です。以前は援軍派遣を渋ることもあったようですが、今後は援軍派遣の可能性はかなり高まると見るべきでしょうか。両国合同のおそれは薄れましたが、アイルランド王国にとっては考えられる中で二番目に歓迎できない継承者となったと言えるでしょう。今後、スコットランド王国への宣戦布告はより慎重に行わなければなりません。

修正を加えた外征方針の下で国力の充実を図っていると、これまで聞いた事のない知らせが届きました。直轄領であるオッソリー伯領で盗賊団が結成されたというのです。その影響でオッソリー伯領の税収はそれまでの四分の三になってしまいました。また、翌月にはレンスター伯領からも同様の報告が届きました。ただでさえ家政能力の限界を超える直轄領を有していることから税の徴収に無駄が出ており、本来の徴収額を下回る収入しか得られていないというのに、本来の税収自体が減少してしまうというのはさらなる痛手です。しかし、本来分が減少しているために直轄領の低減を行い徴税の無駄を排除しても税収が回復するわけでもありません。効果的な手は何か、とっさに自身のある答えは出ませんでしたが、家政能力で扱える範疇を超えていることが原因とされていたことから、デズモンド伯領に一族の一人を封じることにしました。あまり気が乗らない手ではありましたが、すぐには戦争は起きないはずなので一時的に兵力の安定供給の利を捨てることになっても、長期的にはカバーできると判断できためです。するとしばらくすると盗賊団の取り締まりに成功し、無事税収は元に戻ることになり、ほっと一息つくことができました。

国内の問題があらかた片付いたので再び外征方面に気持ちを切り替えていると、一つのことに気付きました。マレー伯領の請求権については、先代の御代に宣戦布告の口実として行使していたことからコンホバル1世にも受け継がれていたのですが、その際に権利の強さが一段落ちているようです。強い請求権であればほとんどいつでも行使できるのですが、弱い請求権ではその爵位の継承があった際などのごく限られた条件下でしか行使することができません。その条件を満たしていない現在、ノルウェー王国方面へ侵攻する口実はないのですが、ノルウェー王国はイングランド王国に匹敵する動員可能兵力を有しているようでもあり、なおかつ痛み分けに終わった先の戦争による休戦期間がまだ5年以上残っていることもあり、宰相は変わらずアソール伯領に派遣しておくことにしました。成功率が%/yearならば、同じ地にいさせ続けた方が移動させるよりも成功率は高くなるように思えるのですが、この考えは正しいと言えるでしょうか?

そうこうしているうちに、あっけなくもコンホバル1世が崩御してしまいました。享年65歳。ほとんどなんの事績も残さぬままでしたが、即位時の年齢を考えれば十分予想できることでした。1175年3月8日のことです。

2年程しか経たぬうちにまたしても当主が亡くなってしまったわけですが、今度は特に感傷を抱くこともなく、後継者である次男のMatudán(「ムトゥダーン」でしょうか? 読み方わかりません)がMatudán1世として即位するや粛々とまた国内の体制整備から始めていくことにします。


3.マン島伯領攻撃(対スコットランド王国戦)

コンホバル1世の即位時と同様、君主交代の後に主に行う国内の調整点は主に3点です。

直轄領については、Matudán1世がもともと封じられていたトモンド伯領と父のコンホバル1世から受け継いだ5つの伯領を合わせた6カ所を保有することになりましたが、Matudán1世はコンホバル1世よりも家政能力が優れているために父親よりも1つ多くの直轄領を切り盛りできるようです。これで以前までより多くの軍の安定供給が見込めるでしょう。君主にとって最も重要な能力は、実はこの家政能力なのではないでしょうか? そんな考えもよぎりますが、それはさておき。

1175年8月16日、イングランド王がノルウェー王に対して宣戦を布告しました。その情報に接した時、両国は直接領土を接しているわけではないためにどんな口実を用意したのかといぶかしんだのですが、どうやらノルウェー王がローマ教皇によって破門されていることを口実にしたようです。なるほど確かに、破門された人物に対しては宣戦布告を行うためのハードルはぐっと低くなるため戦争を吹っ掛けやすくなりますが、この口実を選ぶと勝った場合のメリットがいまいちよくわからないのが難点ではないでしょうか。信心深さを評価されたり、敵国の王を退位させることができたりするらしいのですが、肝心の領土が得られるか否かがわからないのです。そのため、なかなか使いづらい大義名分ではないかと思うのですが……。

いずれにせよ、イングランド王国はほぼ互角の国力を有するノルウェー王国と戦争状態に突入しました。他国の戦争に援軍を送る余裕は早々ないでしょうし、スコットランド王国との休戦期間も過ぎ去った今、開戦の絶好の機会だと判断できます。そうして同じ月の内に、アイルランド王国は王の有する島嶼公に付随する請求権からマン島伯領を求めてスコットランド王国に宣戦布告しました。

スコットランド王国単体の国力であれば、今やおそれるほどのものではありません。しかし、イングランド王国がさっさとノルウェー王国との決着をつけてしまうと今度はこちらに取って返してくる恐れは捨てきれないことから、悠長に包囲戦を続けては形勢不利に陥るかもしれません。王位交代から日が浅く封臣たちは軒並み忠誠心が低めになってはいますが、ここはやはり力攻めするに十分なだけの兵力を動員するべきです。

そうした考えから約9300の兵力を動員。うち約4200は損害を押さえるべくマン島伯領に直行させて包囲戦を開始させ、うち約5100は大きな損害を蒙ったら引っ込めて次の部隊を投入しつつ回復を図るという戦略を取るべくスコットランド王国軍と野戦を繰り広げさせます。しかし、まとまりきらないうちにスコットランド王国軍と衝突することができたために損害は軽微であり、圧倒的な優位の内に野戦を進めることができました。

ところが、これに前後して恐れていた情報がやってきました。スコットランド女王が息子であるイングランド王に同盟軍の派遣を要請し、イングランド王はそれを承諾したというのです。ノルウェー王国との戦争を放り出してこちらに全力を投入してくることはないと信じたいですが、希望的観測だけに頼っていては大損害を被ることになりかねない展開なのは確かです。確認してみると、どうやらスコットランド女王が対アイルランド王国戦への援軍をイングランド王国に要請し、逆にイングランド王は対ノルウェー王国戦への援軍をスコットランド女王に要請していたようです。同盟軍の要請はたとえ身内とはいえいい顔をされるものではありませんが、相互に要請し合えばお互い様です。このやり方は後々の参考にさせてもらいましょう。

それはともかく、開戦時からの方針通り、イングランド王国軍がこちらに目を向ける前に早々に決着をつけなければなりません。マン島伯領の包囲戦には早々に決着をつけたいですが、その最中に勢力下の領土が逆に包囲されることは避けたいです。展開中のスコットランド王国軍が1000を切る程度には野戦で痛めつけておく必要があるでしょう。3度の野戦を終えた頃、敵軍に約2800の損害を与え残りの兵力を約2200程度にまで削ることができていました。

しかし、ここでイングランド王国軍が南方よりほぼ全軍に近い約15000で北上してくるとの知らせが届きました。

そんな、どうして。ノルウェー王国の本拠地であるスカンジナヴィア半島方面に向かうものと思っていたのに。

慌てふためきましたが、何度確認しても事実です。1.5倍以上にものぼる兵力を前に、勝利を諦めようかという気持ちも湧きましたが、そこはなんとか踏みとどまります。甘い見込みかもしれませんが、いざとなったら痛み分けで講和できるかもしれません。形勢が傾く前にできるだけ戦勝点を稼ぐべきでしょう。スコットランド王国軍を追撃中の別働隊を、イングランド王国軍とかち合う前に船でマン島まで移動させ、力攻めを開始します。

どう考えても甘い見込みでしたが、結果的に最悪の事態には陥りませんでした。イングランド王国軍はアイルランド王国領を素通りし、そのままスコットランド北部のノルウェー王国領の包囲戦を始めたのです。残存していたスコットランド王国軍によってギャロウェイ伯領が包囲されましたが、あの地は守備軍が充実していることから、1年くらいは十分持ち堪えられるはずです。マン島伯の包囲戦に集中することにし、1カ月ほどで城と教会を力攻めで落とし、その3ヵ月半後には街の包囲戦も完了させることができました。近頃の包囲戦はもっと長引くことが多かったのですが、マン島伯領はそれほど防衛戦力が充実していなかったのが助けになったでしょうか。

その後、マン島伯領を占領した余勢を駆ってギャロウェイ伯領を包囲中のスコットランド軍を蹴散らしたりもしてみましたが、どうやら今回はスコットランド女王もなかなか負けを認める気はないようです。それならばとさらなるスコットランド王国領の占領を目指します。

ここで再確認しておかないとならないことですが、イングランド王国が参入してきていることから、2年も3年も悠々と包囲戦を敢行していくことはあまり好ましくありません。なるべく早く占領できる領地をピンポイントに狙っていく必要があります。そこで調べさせてみると、スコットランド女王による直轄領は、直轄軍を動員しているために封臣領よりも城に残る兵力が相当に少なくなっていることがわかりました。スコットランド女王の直轄領は先のマン島伯領の他には、グウィネズ伯領とゴウリー伯領です。どちらから攻めるかというところですが、まずはマン島伯領から近いグウィネッド伯領にすることにします。

グウィネズ伯領の防衛戦力は891。野戦での被害や一部の忠誠心の薄い封臣領からの徴収兵を帰還させたことなどもあり、こちらの兵力は7407。この戦力差では力攻めはやや心許ないところです。あまり時間のかかることはしたくなかったのですが、イングランド王国軍の戦況を調べてみると、当初は勢いが良かったものの途中から膠着状態になりかけていることが窺えました。

かつてノルウェー王国と戦争をした記憶を手繰ってみると、思い当たる節があります。スコットランド地方のノルウェー王国領を南から順番に占領していこうとすると、スコットランド地方随一とも言える防衛戦力を誇る最北端のケイスネス伯領で詰まってしまうのです。10000を軽く超えるイングランド王国軍とはいえ、あの城を力攻めすることは躊躇することでしょう。それならば、余剰戦力までかき集めることはせず無理のない範囲で力攻めをするだけでもなんとかなるのではないでしょうか。グウィネズ伯量を占領できれば形勢は誰の目にも明らかになるはずです。

そう考え、グウィネズ伯領アングルシー島の城についてはじっくり包囲していくことにし、6ヵ月半かけて陥落(「包囲完了」と表現してましたが、こちらの方がよさそうな)させます。その3週間後には力攻めによって教会も陥落。次の街は防衛戦力が1303とアングルシー島の城以上に充実していたためにじっくりと包囲していくことに。そうはいってももともと要塞として作られたわけではない街ですので、城ほどの時間はかかりません。途中、占領したマン島伯領がスコットランド王国軍の小部隊により包囲され返されていたので軍の一部を派遣して追い散らしたりしていましたが、それでも5カ月程度陥落させることができました。

これまで戦ってきた地だとだいたいここでその伯領を占領しきることができたのですが、グウィネズ伯領の場合はまだ終わりません。Llbadarnという地にもう一つの城あるのです。とはいえ、この城の防衛戦力は447しかなく、3週間も経たないうちに力攻めで陥落させてしまえたのですが。

グウィネズ伯領を占領しアイルランド王国の有利ははっきりしたがずなのですが、スコットランド女王はいまだに負けを認める気配がありません。そちらがその気ならば、ぐうの音も出なくなるほどの勝利を叩きつけてこちらの要求を押し通すまでです。気掛かりだったイングランド王国軍は相変わらず当初の勢いが鈍ってしまったままであり、さらには神の恵みか、グウィネズ包囲中に国内でヨーク公が王位を求めて反乱を起こし、それに4人の公や伯が呼応して一大内戦の様相を呈するに至っていたのです。イングランド王国はもはやスコットランド王国の戦にまでかかずらわりに来る余裕はないでしょう。

アイルランド王国としては逆に余裕ができたことから、比較的忠誠心の薄い封臣領からの徴収軍を分離して再度マン島伯領を包囲し返しに来ていたスコットランド王国軍の小部隊を撃退させると、長期の徴収による厭戦気分の軽減や損耗した兵力の回復のためにその部隊の全軍を解散させます。そして残った2721の兵でもって途中、敗走するスコットランド王国軍を壊滅させつつ女王の直轄領であるゴウリー伯領の包囲に向かいます。

もちろん、それだけでは防衛戦力が比較的手薄になっているとはいえ城の陥落に1年とかかってしまうので、兵力が回復し次第、解散した封臣領から再び動員をかけていきます。そうして、包囲開始から7カ月後にはゴウリー伯領の城は陥落。その頃までには再び約6000の兵力が集まっていました。次に包囲を開始した教会も904の防衛戦力を有しており、力攻めは無茶なので後方から兵力を集めつつじっくりと包囲を続けていきます。

そうして4カ月ほどが経過し、あとひと月ほどで陥落させられるだろうというまでに至ったところで、情勢はついにアイルランド王国軍の勝利を女王に突き付けるに足るに至ったと判断できるまでになりました。形勢が有利だと戦闘で結果を出さずとも雰囲気で押すことができるのでしょうか。なんにせよ、完膚なきまでの勝利を突きつけ、スコットランド女王にこちらの言い分を押し通すことができました。

こうして、1179年1月2日、スコットランド王国からマン島伯領を獲得したのです。


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ここで一端区切ります。対スコットランド王国戦が長期戦となってしまったために気付くと分量がかさんでしまった感が。この次の戦争もまた長期戦だったので、続けて書いていくとこの倍近くになりそうな気がするんですよね。というわけで、それ以前できりのよさそうなこの辺りでいったん止めることにします。


反省点:
特になし。強いて言うなら、運任せの開戦はほどほどにした方がいい気もするけど、今のところうまくいっているのでいいか的な。

わかったこと:
一)捏造した請求権は一度行使すれば次代に継承されるが、それは制限付きの権利でしかない。むしろもう一度捏造した方が早い?(制限付きとはいえ既に権利を保持している状態で再度捏造可能かは不明)
二)直轄領から軍が動員されると防衛戦力がほぼ要塞強度頼みになるので、戦勝点稼ぎの占領には狙い目。

気掛かりなこと・よくわからないこと:
a)請求権の捏造のために宰相を、例えば3年程ある伯領に派遣していたとして、そのまま同地にいさせ続けた場合と別の伯領に派遣した場合でより早く捏造に成功する可能性が高いのはどちらか?(個人的には前者のような気がするんだけど、確率の問題はこの辺の考え方がややこしいのでよくわからない)
b)破門を大義名分にした戦争で敵国に領土を要求することはできるのか?


最後に、この時点での画像です。ここで区切ることになるとは思ってなかったので、これまで載せる画像を撮る際には隠してた情報表示窓が見えてしまってますが。まあ、プレイしてる本人以外からしてみたら特に興味ない情報ですよねー。次はいつも通りになるはずです。
CK2_4.jpg

という感じで、追加のプレイをせずともそれなりの分量になると思うので、次はそんなに間を空けずに更新できるかと。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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