2013年01月31日

お試しアイルランド戦記 in CK2 〜割拠から鼎立へ〜

前回までのあらすじ:アイルランド王国はスコットランド地方への侵攻を開始していた。統一ままならぬ地にじわりじわりと勢力を広げていくアイルランド王国だったが、一方のスコットランド王国は動乱の渦中となっていた。内乱や継承戦争によって国内は乱れ、北方からのノルウェー王国による侵食を許してもいた。こうしてスコットランドは、徐々に強国の思惑が絡み合う地となっていくのだった……


前回の進捗記事から1カ月程も経ってしまいました。その間、PCのディスプレイが故障しましたが、まあ自分以外にはどうでもいいことですね。それはさておき、間が空いた影響で前回に比べて細部の記憶が曖昧になってる部分もありますがお許しを。

また、今月に新規のパッチがリリースされたみたいですね。細部のシステムに色々と変更が加えられたみたいですが、もともと慣らしも兼ねたお試しプレイのつもりなので、それほど影響はないと思います。


今回の進行状況をまずざっくり記してしまうと、前回終了時の1162年から10年経った1172年。領土的にはロシアン伯領とヘブリティーズ諸島伯領ならびにアーガイル伯領の3カ所を獲得。それと島嶼公の位も獲得しています。それでは以下、その間の出来事を詳しく書いていきます。


1.スコットランド王位継承戦争決着(イングランド王国)

我らアイルランド王国がダンバー伯領を獲得した頃、スコットランド王国は継承戦争の最中でした。相手はあのイングランド王国。開戦したのはダンバー伯領に対して宣戦する2年ほど前でしたが、3年が経ってもまだ決着はついていませんでした。内乱により一時衰えていたとはいえ、ウェールズ公と合同したスコットランド王国の勢力はアイルランド王国にとっても侮れないものがありました。近隣最強のイングランド王国であっても相手取るにはやはり時間がかかるようです。ただ、動員可能兵力を考えると、イングランド王国はどうも本気を出していないように見えました。おそらく全力の半分ほどしか動員していなかったのではないでしょうか。それでもスコットランド王国軍を圧倒してしまう国力を思うと、まだ敵わないという認識を確かにさせられます。

そうしてイングランド王国軍によるじっくりとしたペースでの侵攻が進められていた継承戦争も開戦から4年後、勢力下の過半の伯領を占領されたスコットランド王国は講和を受諾。ここにイングランド王によるスコットランド王国継承戦争は幕を閉じました。この時、1163年でした。

この戦争が終結するまでの経過を、自分はただ他人事のように眺めているだけでした。王が誰になろうとそれほど気にすることはないからと。事実、それまでの継承戦争では、ウェールズ公との同盟成立などで若干厄介さが増すことはあれど、動員限界の兵力を投入せずとも勝てる程度の範囲ではありました。今回もなんとかなるだろうと勝手に判断していたのです。

しかし、ことが終わってから、その重大性に気付くことになりました。なぜイングランド王国は自ら継承戦争を仕掛けたのか。それは、その戦争の勝利が自国の利となるからでした。自明のはずのことを見落としていました。彼らにとっての利とは、イングランド王家となっているゴドウィン家からのスコットランド王輩出でした。

これによってスコットランド王国とイングランド王国の同盟が成立。さらに新スコットランド女王の後継者であるその息子はイングランド王国勢力下の公であり、選挙による継承法を採用する国内で後継者に選出されている人物でもあったことから、両国合同の可能性すら浮上してきたのです。


2.ウェールズ公勢力下ロシアン伯領攻撃

ただでさえアイルランド王国の1.5倍の兵力を有するイングランド王国。同盟軍として出陣こられたら勝てる気がしませんし、まして合同が成った日には逆襲の受ける未来さえ予測できます。このままでは八方塞がりですが、そうかといって打てる手もありません。突破口になりそうな糸口はないものかと考えてみても、じりじりと焦りが募るばかりでした。

そうして数カ月が経った頃、一つの変化が訪れました。前スコットランド王の一族であったウェールズ公が新女王に対して独立戦争を起こしたのです。

ウェールズ公の勢力下には、ロシアン公位に伴う請求権を有するロシアン伯領が存在していました。新スコットランド女王ではなくウェールズ公が相手ならばイングランド王が同盟軍として現れることはない。そのことに気付くいたとき、即座にウェールズ公に対して宣戦を布告しました。

ウェールズ公に対しては、アイルランド王国よりも先にスコットランド王国が戦争状態に突入しています。同じ勢力と戦争状態にあるとはいえ、協力関係にはない両軍は鉢合えば戦闘に突入しますし、敵地の占領も早い者順になります。ここは一気呵成に主導権握るべしと、動員可能兵力のほぼ全てを動員し、ウェールズ公勢力下の3領に向かわせました。ロシアン伯領に約2500、アソール伯領に約3200、ウェールズ地域の一伯領(グウィネズ伯領、でしょうか?)に約4200、合わせて約9900の動員でした。ウェールズ公の主力であるウェールズ地方の兵力は対スコットランド王国軍に向けて動いており、包囲戦はさしたる抵抗もなく進むものと思われました。

ところが、それぞれの軍勢が包囲を開始して間もなく、軍勢が一度もぶつかることなくウェールズ公は新スコットランド女王による講和を受諾したのか、戦争は終結してしまいました。どうしてそんなに早く落とし所が着けられたのでしょうか。ロシアン伯領獲得は成ったものと思っていただけに落胆を隠しきれません。ウェールズ公による独立戦争が終結したことから、こちらの仕掛けた戦も連動して終わりとなってしまいました。ぶつぶつと恨み言をつぶやきならも軍勢に帰投の指示を出し、この戦争は何の得るところもなく幕を下ろしました。

しかし、このスピード決着は本当にわかりません。アイルランド王国の侵略に対して利害を超えた協調が成立したとかでしょうか? まさか。スコットランド王国にとっては内乱からも外患からも領土を守れて最善の結果に終わったと言えるでしょうが、ウェールズ公側にはほとんどメリットのない講和です。さらに、その後確認したところウェールズ公が亡くなってその子息に代替わりしていました。これは少し出来すぎではないでしょうか。スコットランド女王による策謀を疑ってしまいます。この時、1163年です。


3.スコットランド王勢力下ロシアン伯領攻撃

先の戦で成果を得られなかった不満感。それに加えてイングランド王国が攻撃目標であるスコットランド王国の同盟国となったことによるプレッシャーは、じりじりと心の内に焦りを募らせることとなりました。どうにも気持ちが落ち着きません。腹いせにどこか攻撃してやりましょうか。そんな考えが浮かぶものの、アイルランド王自ら請求権を有するのは先の戦で行使したその地だけです。母親から受け継いだ大陸領の権利もあるにはありますが、相手がイングランド王国に勝る国力を有するフランス王国とあっては論外です。あーもう、どうしてやりましょうか。

そうこうしながら数カ月が経つ頃、だんだんと気持ちも落ち着いてくるとともに少々やけっぱちな考えが浮かんできました。もういい、スコットランド王国と戦争です、と。じりじりと待ちの時間を過ごすなんて性に合いません。それに、イングランド王国軍が来たらそれまでのことです。とにかく攻撃あるのみ。そんな考えから、ロシアン伯領を求めてスコットランド王国に宣戦を布告しました。

イングランド王国軍を相手取るかもしれない戦争とあっては、手加減は即敗北につながります。先の戦同様、ほぼ全軍となる約9900(9500くらいだったかも)を動員。さらには兵力を一カ所に集中し、各個撃破の危険性も極力排除する方針です。

野戦においては、スコットランド王国軍が各地より数百、千数百と出撃してくるところをその2〜3倍の兵をぶつけて撃破し、余剰の兵力はロシアン伯領の包囲に回します。野戦の末に、敵の残存兵力は100と少しの隊が2隊のみ。こちらの兵力は約8800になっていました。

この間3カ月ほどが経過していますが、イングランド王国が援軍の要請に応えた様子はありません。もしかすると、イングランド王国軍は現れないと考えてもいいのではないでしょうか。そんな希望が浮かびます。断定はできませんが、現時点で来ていないならば、現れてしまう前に一刻も早くこの戦争の決着をつけるべきでしょう。包囲軍の兵力はロシアン伯領下の城・街・教会のどれに対しても10倍以上であったので、力攻めで短期に占領を図ります。

城・街どちらに対しても5%程度の被害で占領に成功しました。ついで教会の力攻めに移ろうとしましたが、その前に一応の確認として講和に応じる可能性を調べてみると、なんと、もう応じる用意があるようです。戦勝点はまだ30%ほどしかたまっておらず、以前のスコットランド王国戦同様いやに早く講和を受諾してくることにはあっけなさも感じます。しかし、短期決戦を目論むこちらとしては望ましい展開ではあります。早速使者を遣わして講和条約を締結。こうしてロシアン伯領を獲得しました。この時、1164年でした。


4.オールバニ公による独立戦争(対スコットランド王国)

かつての婚姻から、スコットランド王族にはアイルランド王にも近しい血縁者が何人かいます。彼らはもともとマレー伯領を封土として受け継いでいたのですが、ノルウェー王国の侵攻によりその地を追われた後、アイルランド王の宮廷に流れ着いていました。何年も廷臣として過ごすうちに、血縁の誼でと封土を求めてきたりもしましたが、育った文化背景からして外国人である彼らには、自国人に比べると忠誠が期待できないために残念ながら言下に断っていました。そんな彼らの中で最年長者である男が、その頃スコットランド女王からオールバニ公に任命されるという出来事がありました。オールバニ公といえば、これまでその地位にある者が何度もスコットランド王に対して独立戦争を起こしてきた反骨の系譜を持つ爵位です。その新オールバニ公は、やはりといえるでしょうか、スコットランド女王に独立戦争を起こしました。

戦勝を収めて間もないとはいえ、先年にじりじりとさせられた記憶も薄れぬスコットランド王国には痛い目に合ってもらって溜飲を下げたいところです。しかし、、国力としてはスコットランド女王が勝ることもあり難しそうです。それならば、アイルランド王国がオールバニ公に加勢するというのはどうでしょうか。動機は逆恨みですが、悪くはなさそうな気がします。

そんなことを考えていると、ウェールズ公がオールバニ公に立って参戦を表明しました。なんという僥倖でしょう。これで形勢は完全にオールバニ公側に傾きます。ここで我らがアイルランド軍も参戦してコテンパンにしてやりましょう。そんな皮算用を始めていると、それまでの上がった意気を一度に挫いてしまう情報が目に入りました。イングランド王国がスコットランド王国に同盟軍の派遣を決めたのです。

それはまさに恐怖の軍勢でした。イングランド地方から北上してきたイングランド王国軍の総勢は約18000。動員可能兵力のほぼ限界まで派遣してきたのです。アイルランド王国軍ではこれまでの最盛期でも約12000。これでは万に一つも勝ち目はありません。ウェールズ公軍、次いでオールバニ公軍が野戦で軽々と撃破し、オールバニ公勢力下の領土が次々と力攻めで占領していく様子は、さながら洪水に押し流されていく人や家のようでした。抵抗する暇すら与えられず一隊また一隊と押しつぶされていく様を、ただただ黙って見ているほかありませんでした。イングランド王国ならびにそれに連なる者に刃向かった者の末路はこうだと、見せつけられている思いでした。イングランド王国に敵対する口実を与えてはならない。その戒めは一層強いものとなりました。これが、1165年のことでした。


5.ヘブリティーズ諸島伯領攻撃

アイルランド王国領に隣接するスコットランド地方の伯領は、スコットランド王国の領土しかないのですが、講和期間が10年ありことや、それ以上にイングランド王国軍を徒に刺激したくないことから、その地方に唯一残る小勢力である島嶼公の領地に目を向けることにしました。島嶼公の位を持つとはいえ、すでにその領土はヘブリティーズ諸島伯領しかなく、いくつかの大勢力の下に統合が進むこの地方では、格好の獲物として前々から気にかけてはいたのでした。そして請求権の捏造が成功するや、すかさず宣戦を布告しました。

ところで、ここ最近、捏造した請求権の行使にかかる費用がいやに高くなっているのはどういうことでしょうか。確か前回もそうだったと思うのですが、今回もまた300Gold超えです。普段から国庫に100Goldの余裕は用意しておくようにしていますが、その程度ではまるで足りません。おかげで軍費を賄うために借財に頼ることとなってしまいました。国庫の欠乏が解消されるのを待って軍を動員するべきだったでしょうか。借財は当座のしのぎにはなるのですが、当然のこととして返済時には利子が付くのなるべくなら避けたいところです。

それはさておき、今回まず動員したのは直轄領のみからの3417。敵軍が990であり、時間はかかりますがその程度で楽に勝利を収められると思ったからです。予想通り、野戦では自軍損耗147、敵軍損耗839で快勝しました。

しかし、ここで問題に気付きます。借財の返済期限は1年後なのです。収入ペースを考えると平時でも間に合いそうにありません。まして支出の増える動員状態を続けていては返済金を工面できる見込みも立ちません。1年で間に合わせられる可能性があるとすれば、城・街・教会の占拠によって得られるお金が頼みの綱となるでしょう。ならば、この戦もやはり短期決戦に狙いを変えるべきでしょう。

野戦に勝った直轄軍3270によって包囲を進める一方で、忠誠の高い封臣領から4659の兵を徴収。この援軍が到着するや、合わせて7929で敵戦力787のアイラ島伯領の城に力攻めを開始します。ほぼ10倍ぎりぎりの戦力差でしたが、こちらの損耗は826、離脱者は45と、およそ11%の損耗で済みました。続いて7058の兵で673の守備側戦力の教会を力攻めに移ります。こちらもおよそ10倍の戦力で臨み、自分の損耗は850、離脱者は30と、合わせて12〜13%の損耗となりました。さらに残った街も力攻め、といきたかったのですが、ここは守備側戦力が1389もあり、経験則的なセオリーである10倍の兵力を国内から集めることが不可能だったので断念。ゆっくりと包囲を行うことにしました。

しかし、そうしてのんびりしているうちに、借財の返済期限が来てしまいました。当然返済できるだけのお金はなく、しぶしぶながらなんとかもう1年待ってもらうことになりました。借財の返済期限を破ってしまうということは名声に傷を付けることではありますが、すでに4000程もあることを考えると、数十程度ならあまり気にすることもないでしょうか。それ以上に、250Goldだったの返済金額にさらに利子が膨らみ、300Goldにまで膨れ上がることになってしまったのが痛いです。1年でそんなに貯まるでしょうかと不安もありましたが、まもなくヘブリティーズ諸島伯領の街を占領。この時得られたお金によってなんとか目処が立ちそうで、ほっとしました。

ほとんど借財の返済の都合で回っていた感のあるこの戦争でしたが、なんにせよヘブリティーズ諸島伯領の完全占領が完了したので、講和を突きつけます。こうして、めでたく伯領の獲得に成功しました。この際、勢力が滅亡したからか、島嶼公の位も獲得しました。これでアーガイル伯領とマン島伯領の請求権も手に入りましたし、いいことづくめですね。事前に想定していなかった成果が得られるというのは気分がいいですね。この時、1167年です。


6.マレー伯領攻撃

島嶼公の勢力を亡ぼした後、スコットランドは三つの大国が並び立つ地となりました。北から順に、スカンジナヴィア半島に本拠を持つノルウェー王国、イングランド王国を背後に持つスコットランド王国、そして我らがアイルランド王国です。こうなってくると、システムの都合上やや面倒なことがあります。それは、攻撃側の国に講和後10年課される不戦条約期間です。敵対国家が2カ国しかないとなると、宰相による捏造のペースがいい時は5年もたたずに成功することがままありますので、戦争のペースが追いつかなくなるおそれがあります。ここで「おそれ」と言うのは、捏造した請求権は、その権利を主張して宣戦布告しないと後継者には受け継がれないからです。

それはさておき、ヘブリティーズ諸島伯領の次にターゲットとしたのは、ノルウェー王国領のマレー伯領です。スコットランド王国に対してはまだ不戦期間が5年以上残っていますし、なにより行使できる請求権は既に2つもありますから。

そういうわけで、マレー伯領に宰相を派遣して請求権の捏造に勤めさせ、2〜3年で工作は成功しました。この宰相は有能ですね。加えて、行使に必要なお金も138Gold程と随分リーズナブルになっていて、ちょっと驚きです。賄賂や脅迫に用いる費用が値下がりしたのでしょうか。しかし、その間に行われた借財の返済によって、国庫の残金が少なくなっていた時の出費だったので、またしても国庫が欠乏するようになってしまいました。前回の反省を活かして、国庫のマイナスが解消されるまでは動員はすまいと思っていたのですが、ある廷臣の死亡直後にまたしても借財に頼ることになってしまいました。廷臣が後継者なしに死んだ場合、彼らの持っていたお金が主君のものになるというのは知っていたのですが、つまり、借金を残していったということなのでしょうか。タイミングの悪いことです。その後、別の廷臣(前述のオールバニ公の人)の死によってその財産が手に入り、返済のめども立ったので、マレー伯領を求めてノルウェー王国に宣戦布告しました。

事前に調べた情報によると、ノルウェー王国の動員可能兵力は7000程。対するアイルランド王国は、軒並み封臣の忠誠が下がってしまって10000程になってしまったとはいえ、これだけの戦力があれば多少の苦戦はあっても敗北することはまず考えられません。それでも油断はしてはいけないということで8200程の兵力を動員してモレー伯領に向かいます。

しかし、ここで一つのミスに気付きました。マレー伯領を有するオークニー公は封臣であるロス伯やケイスネス伯らから独立戦争を起こされており、マレー伯領はすでにロス伯が城を占領してしまっていたのです。それを知らずにマレー伯領を包囲するロス伯らの軍を蹴散らしてはみても、早い者勝ちなので先に取られてしまった土地は包囲戦すら始められません。仕方なく北隣のロス伯領の包囲を始めたのですが、守備側の戦力が大きく、8000程の兵力でかかっても力攻めのセオリーの基準には達しません。ただでさえ忠誠が下がっているので、長期の徴収によるさらなる低下はなるべくなら避けたいのですが、壊滅的な損害を受けることに比べたらはるかにましです。ところが、やはり大国であるためか、一つの伯領をすべて占領しても戦勝点が20%も貯まりません。その上、ひと月に1%程の割合で減少していくではありませんか。これは、のんびり包囲などしていてはいつまでたっても勝利できません。ですが、ノルウェー王国領は守備戦力が整っているところが多く、10000の兵力を揃えてもまだ力攻めの難しい土地ばかりです。贈り物をばらまいて忠誠の低い封臣の忠誠を底上げして徴収したりもしましたが、それでもやはり力攻めには足りません。以前に確認した7000程度という動員可能兵力も、国内の内乱が収まってくるとアイルランド王国に勝るとも劣らぬ兵力を動員できることがわかってきました。以前危惧していた兵力の少なさが表面化したということのでしょうか。

開戦から2年が経過する頃には、ロス伯領ならびにケイスネス伯領の完全占領には成功していましたが、戦勝点はいまだに8%しかありません。しかし、毎月のように減少していくことを考えると、むしろいまだにプラスを保っていることは奇跡的であると考えた方がいいのかもしれません。とはいえ、2年経ってもこれでは、全く勝てる見込みが経ちません。長期戦による忠誠の低下も2ケタに達する者が出てきましたし、これ以上戦争を継続しても益なし、なのかもしれません。幸い、こちらの要求を押し通す形での講和は無理ですが、痛み分けでの講和なら応じる気配はあるようです。悔しいですが、勝利以外を経験することも大切でしょう。我が国の不足を知ることができたのですから。

こうして、痛み分けでのノルウェー王国との講和が成立しました。この時、1171年です。


7.アーガイル伯領攻撃

兵力不足を痛感したアイルランド王直轄領では、早速内政により軍備増強に努めます。そこで思い出したのですが、マレー伯領攻撃以前より、直轄領の多さから封臣のひんしゅくを買うようにもなっているんでした。2つ減らすべきところを王の血縁者で適当な人物がいないからと1つは放置していたのですが、こうなると内政の成果がダイレクトに反省されてくる直轄領の数は惜しいです。封臣領からの徴収については、少しならば贈り物でなんとかなるでしょう。しかしそれを積極的に行おうとすると、今度は収入が不足気味に思えてきます。他の手段も探るべきでしょうか。

そうこうと、次へとつなぐ戦略を考えていると、周辺の情勢に変化が訪れました。スコットランド女王がアーガイル伯の位を没収しようとして、両者の間に戦争が起きたのです。

大国が並び立つ情勢では、どのようななりゆきであれ、小規模な独立勢力の登場は領土拡張のための絶好の機会です。ちょうど大義名分も持ち合わせていいたので、数年前のウェールズ公勢力下ロシアン伯領攻撃時のように、即時宣戦布告し、ほぼ全兵力である約11000を迅速にアーガイル伯領に投入。力攻めで短期間に城・街・教会を占領して講和条約を突きつけ、アーガイル伯領の獲得に成功しました。これが1172年のことです。


ここまでが今回分の進捗となります。


反省点:
宣戦前に交戦予定地・勢力の交戦状況についてしっかり確認すること。

わかったこと:
新パッチの内容について、一、直轄領保有上限の減少。家政能力(内政能力)による補佐効果の減少、でしょうか。 二、婚姻による名声増減幅の拡大。以前の5倍、でしょうか。 三、忠誠(評価)数値における在位年数のリセット。即位したばかりと同じ状態になってたんですが。なぜ? 辺りがパッと見わかりやすいところだったでしょうか。

気掛かりなこと・よくわからないこと:
a)スコットランド王国とイングランド王国が合同する可能性。イングランド王国の後継者が投票によってコロコロ変わっているので合同に至るかは不透明ですが、同じ一族から王族を輩出することで同盟関係にあり続ける可能性は高そうです。アイルランド王国から介入できることは特にないので、気にしすぎても仕方のないことではありますが。これに付随して、イングランド王国の後継者が変わる頻度(2年ごとくらい?)を見ていると、選挙継承の不安定さを思わされます。 b)対ノルウェー王国戦時の、ひと月ごとに戦勝点が減っていくあれはなんだったんだろうか。理由がわかれば、それを防いだり逆に利用したりもできそうな気がするんですが。


現状の勢力図は以下の通りです。緑っぽいのがアイルランド王国、青っぽいのがスコットランド王国、薄い紫っぽいのがノルウェー王国、ピンクっぽいのがイングランド王国です。どうでもいいことですが、前回までと画像の縦横比が違うのは、ディスプレイが変わったからです。
CK2_3.jpg

という感じで、次はそんなに間が空かないようにしたところですが、どうなることやら。


posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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