2012年10月05日

夜叉桜

夜叉桜 (光文社時代小説文庫) [文庫] / あさの あつこ (著); 光文社 (刊)
夜叉桜 (光文社時代小説文庫) [文庫] / あさの あつこ (著); 光文社 (刊)

歪な物や異常を抱える者に惹かれる奉行所同心の信次郎と、暗い過去を持ちながらもまっとうな商人として第二の生を過ごす清之介。この二人の関係が面白いんですよこれが。信次郎自身、刀を持たせては清之介に到底敵わないと腹の内で認めてはいても、武士と商人の身分差を嵩に着てことあるごとに喧嘩を売るような文句でつっかかる。清之介としては身分違いをわきまえて波風立てぬよう下手に出てみたり、人の心の傷口を見つけ出して塩を塗りたくる上手であるところの信次郎の暴言の数々に、時に忍耐を強いられたり。信次郎の部下である岡っ引の伊佐治がはらはらしながらそれを見届けては、しまいに信次郎を止めに入らずにはいられない場面が何度あったことか。けれど、平素は清之介のことを気に入らないという態度を取る信次郎も、また一面では信頼もしていて、女郎宿の女にどうしようもなくなったら清之介が主人であるところの遠野屋に行ってみろと言い置いたり、一時的に清之介の行方が知れなくなった時にも彼の命の心配はこれっぽっちもしていなかったり。清之介の方でも、信次郎と話して不愉快な思いをすることは多いのだが、長く付き合いのある馴染みの顔のように認識している節もある。いびりいびられの関係のようでありながら、結局のところ仲は良さそうなのだよなあ。信次郎はちょくちょく用事を見つけては遠野屋を訪れて清之介に喧嘩を吹っ掛けるわけではあるけれど、それですら清之介に合うための方便を探しているように思えて、なんだ人付き合いに不器用なだけなのかとかわいく見えてもきたり。あれ、なんだか二人の関係が面白いと言うはずが信次郎が面白いとしか言えてないような……。

清之介の方は、信次郎との掛け合いよりも過去との関わりが気になる人物なので、そちらにばかり注目してるせいかもしれませんね。弥勒のような女に出会ったことから商人としての生を歩み出し、妻となったその女と死別してもなお彼女の示してくれた道を進み続けてるんですよ。時にその背中に悲哀を漂わせるのが涙を誘うこと。過去のしがらみが彼を引きずり戻そうとする力を強めてくる中、一方で商人としての清之介の先途をより確固たるものにする人と人の繋がりが一つ加わった。それまででもわかっていたことではあるのだけれど、死んだ妻によってもたらされた救いに身を捧げようとする覚悟には心打たれますね。平穏な生を歩んでもらいたいと思わずにはいられないのだけど、過去は断ち切れるものでもなし。ただただ彼の身の上にこれ以上の不幸が重ならないことを願いたいところですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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