2012年06月20日

the ark (作者:藤崎悠貴)

the ark

つまりこれは、大人とは何か・子どもとは何かという問題を扱った話だったのだと思う。AIが制御する宇宙船の中でも大人たちによって形成される集団は存在する。その集団に属さない子どもたちにとって、大人になるということは、大人たちの集団に仲間入りするということになるのだろう。だが、実の親でさえ初対面な子どもたちにとって、大人というものはよそ者に過ぎなかった。ここで子どもたちは、大人とは違う子どもとしての自分たちをはっきりと意識することになる。そうはいっても子どもとはいずれ大人になるもの、大人と子供は連続的なつながりにあるものとして抵抗なく大人の存在を受け入れる子どもはもちろんいた。大人と子供とは、さらに大きな集合の中での仲間であると捉えていたからだ。だが、両者を対立構造として捉え、大人たちの存在を容認できない子どもたちもいた。それは反抗期の表われの一つなのかもしれないが、感情的に受け入れられないものを受け入れられるようになるには、十分な時間が必要になる。だが、時間さえ与えられれば頭が冷えるかというと必ずしもそうは言えなくて、かえってこちこちに凝り固まった考えを持つに至ってしまうこともある。大人たちの集団に好意的な関心を向ける、そのきっかけとなる出来事がなければ、いつまでたっても大人になれない子どものままでいつづけることにもなりかねない。大人たちの集団への仲間入りは、普通に成長すれば当然のようにできるはずだが、いつまでたってもできないのは当人にとっては途轍もない苦痛を伴う。そうして到るのが破滅願望であっても、なんら驚きは感じない。向こう見ずで取り返しの利かない行動に出てしまうことにはやるせない思いに駆られたりもするが、それと同時にそこまで思い切ってしまえることに暗い憧れをも覚えてしまうのだ。それらの気持ちが合わさって、読了直後はなんとも言えない虚脱感に包まれてしまった。

これは果たして幸せな結末なのだろうか、それとも失敗した結末なのだろうか。もしもの話としても、あの時誰かがああしていればベターの結末に迎えたのかというのは、今の自分にはわからない。もしかしたら誰にも言えないことかもしれない。いつの日か、答えは見つかるだろうか。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Web小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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