2012年03月22日

夜魔 ―怪―

夜魔―怪 (メディアワークス文庫) [文庫] / 甲田 学人 (著); アスキーメディアワークス (刊)

何気ない日常的なものからこれほどの怖い話に膨らませられるというのはすごいなぁ。それに、導入はごくごく平凡な日常で、そこから徐々に徐々に何かがずれていくように奇怪なものが入り込んでくるものだから、怖い展開が待ち受けているとわかっていても何の気なしに読み進めてしまう。まあ、それをこそ望んで読んだわけではありますが、この巻収録の話の語り口はとてもよかったです。これはどういうことだろう、何が起きているんだろうといぶかしんでいたことが、とてつもなく恐ろしいことだったとわかる瞬間。何か不思議な出来事が起きていると感じる段階から奇怪な出来事に巻き込まれていると確信に至る段階への豹変が、どの話でもものすごいインパクトがあって、その場面に差し掛かった時の驚きといったらありませんでした。

それにしても、同著者の『Missing』や『断章のグリム』ではこういう奇怪な現象を理解し解釈することで解決に至る展開が描かれていたと思うのですが、このシリーズでは何が起きているかを理解することが解決の糸口にはならないんですよね。それどころか、理解することは前段で述べた豹変のきっかけともなっていたように思える。これは作中でも述べられていたように、人がこの世のものならぬ事象について、それがどういうことなのかを知るということは、むこうからもこちらをじっと見つめられるということなのだろう。つまりそのときはもう手遅れなのだ。作中においてその気付きを得るのは、十叶詠子と思しき少女がきっかけとなることが多かったように思えるが、彼女はあの「魔女」なのだろうか。そうだとするならば報われない話だ。いや、だからこそ、神野陰之の言葉が浮かび上がってくるのだろう。いずれにせよ、人一人の力であの世のものに対抗するのは並大抵のことではない。だが、人があの世のものに魅入られた末路が必ずしも不幸なものではないということを「接鬼奇譚」が見せてくれていた。結果だけ見れば悲劇だが、あの結果、彼は救われたのだ。神野陰之の介入があったとはいえ、人の「願望」の強さを示したこの話は「魔女」にとって確かな希望となりうるだろう。

ここまでつらつらと書いてきましたが、同シリーズの『―奇―』と比べると、こっちの方が個人的には好きかなぁ、と。今の方がホラー系統の話を読みたい欲求が高まっているからかもしれませんが。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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