2011年05月07日

されど罪人は竜と踊る A  Ash to Wish

されど罪人は竜と踊る 2 ~Ash to Wish~ (ガガガ文庫) [文庫] / 浅井 ラボ...
されど罪人は竜と踊る 2 ~Ash to Wish~ (ガガガ文庫) [文庫] / 浅井 ラボ (著); 宮城 (イラスト); 小学館 (刊) bk1はこちら

ウルムンの反政府組織に誘拐された若き天才咒式士レメディウス。エリダナの街にて異例な件数で発生する禍つ式。そして、曙光の鉄槌の指導者ズオ・ルー、大禍つ式。これらの出来事が折り重なり紡ぎ上げられる恐るべき計画とは――という感じのお話。

これはやばい。震えが止まらない。さすがは暗黒ライトノベルの代表作。1巻では大人しめだったけど、この巻ではしっかりと人の負の情念の凄まじさを描いてくれやがった。けどまだ、まだなんですよ。確かにこの巻で描かれた絶望・怨恨は凄まじいものだったのですが、このシリーズにかける期待はまだこの程度ではないんですよ。もっと見せてくれるはずだと、そう期待する心を抑えきれないんですよ。そういうわけでこちらの方向での評価は最高点に達しえないのですが、それ以上にすごかったのはそんなものすごい攻防でさえ指し手の一局面としてしまうほどの巨視的な規模で行われる政治的思惑のぶつかり合い。真に震えを起こさせられるのはこの圧倒的なスケール感。圧巻の面白さでしたよ。

誘拐されたウルムンで独裁者の圧政に苦しむ人々の様子を目で見て耳で聞き、五感すべてで体感し、さらにそこで使われる兵器が自らが深く開発に携わったラズエル社の製品であることに愕然とし、そうして若者らしいどこまでもまっすぐな正義感から反政府組織に協力しだしたレメディウス。けれど、それはどこまでも失敗するほかない絶望への挑戦でもあった。武力に頼りきりの闘争では、決して解決されることはない病理に侵されきったウルムンにとっては、いくら天才が指揮しようとも所詮はささやかな犯行に過ぎない。しかし、それを理解していながらも立ち上がらずにはいられなかった若き激情。天性の記憶力を有するが故にいかなる時も若き正義感を苛んでやまない、被虐のウルムンの民。なによりも、大切な存在となったナリシアの存在。数十年かけてでも堅実な道で平和を目指そうなんて思えるほどに大人ではなかったのだろう。それに、そんな悠長なやり方をとったとしても、必ず目指す平和が訪れるとは限らないのだ。ならば気の短い若者としては、まして虐げられるウルムンの民に心苛まれ続けるレメディウスとしては、瞬く間に事が終わる革命に懸けるほか、ないではないか。

しかし、その純粋な正義感もどこからか変質してしまっている。ドーチェッタに絶望を植え付けられてからであろうか。それとも、その後のデリラ山脈での死の道程の影響だろうか。ナリシアのため、ひいてはウルムンの民のために変革を目指していた彼の目的が、破壊に大きく傾いていった。ウルムンの民を虐げ己に絶望を与えたドーチェッタを憎悪し、自らを会社存続の部品としてのみみなし一顧だにしなかったラズエルを嫌悪し、そのすべてを灰塵に帰さしめんとでもするかのような凄まじいまでの情念の鬼と化した。いや、もしかしたらそれはブラフだったのかもしれない。最後のやりとりを見るに、その怒りすらも彼なりの駆け引きの手段だったのかもしれない。けれど、真っ向からドーチェッタに立ち向かった正義感の塊としての若者の顔はもうなかった。あるのはただ、目的のためならば無関係の人間の命すら平然とカードの一つとして使い捨てられる冷酷にして無慈悲なテロリストの顔だけだった。もしかしたら、彼もかつてモルディーンが嘱望したような輝かしい業績を残す才人となりえたのかもしれない。幾多の蹉跌を乗り越えることでテロリストなどという卑小なものではなく偉大な政治家となりえたのかもしれない。しかし彼は性急に過ぎた。そしてそうでなければ収まりがつかなかったのは彼の持ち合わせた天性の素質、さらにはその若さだった。惜しいかな、レメディウス。その華を咲かせる場所を間違えた。

一方、受けてたつ形の龍皇国の人間はおなじみの食えないおっさん選皇王モルディーンと、同じくその従妹のゼノビア。モルディーンは相変わらずだけど、ゼノビアもまた為政者としてすさまじい。ツェベルンの民の生活のためならウルムン人民の不幸など知ったことじゃないと言いきるスタンスは、人道的には非難されてしかるべきだけど、一国の為政者としてはまったくもって間違ってなどいない模範的なスタンス。しかし、それをどこまでも後ろめたさを感じている素振りなど一切見せずにやってのけるのだからおそろしい。しかし、そんなゼノビアであろうと相手にされなかったことを思うとレメディウスがいかに凄まじい才能の持ち主であったかがよくわかるというもの。けど、そんなレメディウスでさえもモルディーンにとってはいたいけな若人の一人に過ぎなかったんだよなあ。どんだけすごいのこのおっさん。ゼノビアでさえ怖気が走るようなオーラを纏ってたっていうのに。それとも、為政者っていうものは最低限ゼノビアクラスの力量がなければ務まらないものなのか。だとしたらそこはどれほどとんでもない世界なのか。

まあそれはともかく、前回モルディーンが果たしたような役割を担ったのはゼノビアだけど、そんな俯瞰的な視点に立つ人間であるからこそ、最後の答え合わせ的な場面でしか現れえない。しかし、彼女たちが現れるその最後の最後こそが真に圧倒された。世界の命運を一手に担う怪物たちの思惑が交錯する舞台裏。神のように巨視的な観点から話を振り返れる特等席ではあるが、その座についているのは一人ではない。何人もの人間が自らの思う通りに世界を動かそうとし、それが叶わなけれ協調・騙し合いなどを通して次善の手を目指す。それはつまり、誰か一人だけの手によって思いのままにできるほど世界は単純ではないということだろうか。もしそうであるならば、モルディーン一人に挑んだレメディウスはやはり間違えたのだ。天に唾吐くような無謀な挑戦だったのだ。一人相撲をとっていただけの道化に過ぎなかったのだ。世界とは、かくも深遠なるか。

ええと、そういえばガユスとギギナ?ああそんな奴らもいましたね。巨大なやりとりの中ではどこまでもちっぽけな存在だから、危うく忘れるところでした。とはいえ、相変わらず軽いやり取りがお熱いことでというほかないところ。

ガユスの元恋人だというクエロの影がうろつきだして、暗雲も立ち込めてきたような気がするところですが、そろそろ真っ向からご対面となったりするんでしょうかね。ガユスがジヴと喧嘩した直後な手前、いやな予感しかしないんだけども、気になるなー。


おまけ。なぜか最後の章を読んでた時に脳裏にフラッシュバックしてきた曲:「Just follow time」Draw the Emotional
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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