2020年03月28日

The Wizards of Once

The Wizards of Once (The Wizards of Once (1)) - Cowell, Cressida
The Wizards of Once (The Wizards of Once (1)) - Cowell, Cressida

邦題『マジックウッズ戦記』シリーズの第一作。そちらも読みたいと思いながら書店で見かけられずにいるうちに原語のほうを読んでいたの図。(以下、特に邦訳版の訳語を確認せずに書いてるので、まちがいが多々あるかもしれません)。

魔法使いたちの頭領の息子でありながら魔法の使えない男の子ザールと、魔法を忌み嫌う戦士たちの女王の娘でありながら華奢で魔法に興味津々な女の子ウィッシュ。ふたりが出会うことからはじまるファンタジー。

ザールのとんでもない利かん気ぶりにはハラハラさせられたけれど、手の焼ける子ならではの抜け目のなさでピンチを乗り越えてみせる後半の展開は見事だった。まあそれで成長したかというと、そうでもなさそうなのがまたお目付け役に同情したくなるところではあるけれど。一方のウィッシュは、そんな悪ガキ的なザールに翻弄される役回りかと思いきや、こちらも一族の伝統破りの魔法好きに関しては護衛が頭を悩ますほどのマイペースぶりなのでどっちもどっちというか。

親の目から見ればどちらも悩ましい子どもではあるけれど、敵対する相手の世界に触れて感情豊かに動き回る様子は見ていてとても楽しいものがあるんですよね。一触即発な出会いを果たしたふたりが、なりゆきとはいえふたりそれぞれの活躍でピンチを乗り越える。それも、大人たちの知らないところで、自分たちだけの力で危機を乗りきってみせたという展開がおもしかったですね。

いちおうこの一冊で話に区切りはついているといえばついてるけど、シリーズ一作めということもありまだまだいろんな謎が残されてる状態。とても気になるシリーズですね。

特にウィッシュのほう。今回のできごとを通して成長した様子が最後の母王との対面で感じられて。母王から心配な子どもというだけでない、まるで油断のならない子どもとでもいうかのような表情を引き出した瞬間。あれは熱かったですね。ザールとウィッシュの出会いは、魔法使いと戦士というふたつのクランに、確実に変化をもたらしてますね。いまはまだすこし。でもこれがどこまで広がっていくか……。とても楽しみなシリーズになりそうです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:22| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

レコンキスタの実像 中世後期カスティーリャ・グラナダ間における戦争と平和

何年も積んでたんですが、やっと読めました。
レコンキスタの実像: 中世後期カスティーリャ・グラナダ間における戦争と平和 - 黒田 祐我
レコンキスタの実像: 中世後期カスティーリャ・グラナダ間における戦争と平和 - 黒田 祐我

タイトルが実に簡潔にテーマを説明してくれてますね。中世後期のカスティーリャ・グラナダ間における戦争と平和をめぐる諸活動からレコンキスタの実像を描きだす一冊。たいへんに面白い本でした。

著者も述べているように、そもそもレコンキスタを扱いながら中世後期をメインにした日本語の文献自体が貴重なんですよね。学術誌まではあまり手が出せていないものの、書籍として一般に刊行されているものとしては中世盛期までの記述がメインなものが大半を占めるのが現状でして。というのも、中世後期におけるレコンキスタはどうしてもそれ以前までのダイナミックな展開に欠けるところが否めない。大国と化したカスティーリャ王国に対して、風前の灯火のような小国グラナダ王国が対峙するのみの情勢では、消化試合のように扱われたとしてもしかたのないところ。個人的にも、この時期はいまいち地味で魅力を感じられないなと思っていました。

しかし、本書はそんな中世後期におけるレコンキスタにも興味深い側面があったことを豊富な史料をもとに伝えてくれるたいへん面白い一冊でした。

1246年のハエン協定から1492年のグラナダ陥落までおおよそ250年にもわたる期間、その一見して停滞しているかのようなカスティーリャ・グラナダ間の関係をつぶさに見つめることで浮かび上がってくるものは、キリスト教国家とイスラーム国家が境を接する地域で織り成される、ときに両住民間の宗教的な相違をも超える協力と対立、まさに異教の接する前線地帯で生じる現実なのでして。それが妥協的な産物であれ、必要に応じて生み出されたものであれ、そうした社会のありようこそがレコンキスタの時代の面白さのひとつなのだと思うのですよね。
そしてそれを象徴するのが、本書のテーマのうちのひとつである、カスティーリャとグラナダそれぞれの王宮廷の意向にときに背きながらも最前線地帯で独自に構築される外交関係や相互の協力を前提とした社会慣習などの存在なんですよね。

戦争が起これば真っ先にその影響を被ることを免れない前線地帯においては、戦争を見据えた社会が構築されていかざるをえない。しかし両国間の国境は広大で、そのすべてをカバーしうるリソースはどちらにもない。となれば、不足する資源を確保しようとして略奪は頻繁に発生し、誘拐や殺人などといった暴力的な事件もたびたび起こり、前線地帯では危険と隣り合わせな日常が過ごされることになる。これがエスカレートしていけば、国家間の戦争にも発展していきかねない。

ただし、そうなるともっとも被害を受けるのは前線地帯に生きる人々自身になってしまうのであり。そうした暴力の応酬には一定程度のところで歯止めをかけてやらねばならない。そこで、互いに落としどころを探ったり、ときには独自に休戦協定を締結することさえあったというから驚きで。

キリスト教徒とムスリム、両者、互いに聖戦を行っている敵同士なわけですよ。そうした宗教の相違さえ超えて、前線地帯では協力関係が成立するという。しかも、それを為さしめたのは、宗教対立の時代にあって稀有な寛容の精神であったという学説も提起されているけれど、著者によればそうではなく。むしろそれは、過酷な現実が迫る必要に応じた妥協の精神であったというのであって。現実的というかプラグマティックというか、とにもかくにもこうした社会像はとても面白く映るのですよね。そうした社会像を、豊富な事例をもとに存分に堪能することができて、とても楽しい読書でした。

また、辺境の地グラナダに追いやられたムスリム勢力を、レコンキスタ初期にアストゥリアスの地に追いやられたキリスト教勢力と対比させる記述はなかなかに興味深かったですね。当時のアストゥリアス・後ウマイヤ間も、征服するのはコストにリターンが見合わないからと略奪遠征主体で済ませてよしとされてたんだったかと思いますが、本書のカスティーリャ・グラナダ間も同様のものだったのかなと思うとイメージしやすいものがあって。王国間休戦協定もその略奪的な経済関係の延長線上と言われると納得できるものありましたね。

ただそうなると、それじゃあカトリック両王による「グラナダ戦争」はどうして生じたのかという疑問が浮上してくるところであり。本書では終章にて西欧世界で醸成された反異教の空気感がカスティーリャ王宮廷にまで広まったことによる不寛容な対決姿勢によるものとしていましたが、この点に関してはまだ根拠があいまいでやや疑問が残るように感じました。

ともあれ、異宗教国家が接しあう前線地帯における現実的な戦争と平和の実像を描きだした論説として、たいへんに面白い一冊だったと思います。レコンキスタに興味がある方はぜひ……と言いたいところですが、さすがにレコンキスタの中でも一部のテーマに特化しすぎているかなという気もするので、まず概説的なスペイン史の本でレコンキスタの流れを押さえて、さらに詳しく知りたくなったところで読んでみるのがいいと思います。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:08| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

私の従僕(1)

私の従僕 1 (アース・スターノベル) - トール, La-na
私の従僕 1 (アース・スターノベル) - トール, La-na

わがままお嬢様と気苦労絶えない従僕の主従関係、素晴らしい。めちゃくちゃ好きなやつだこれ。

好奇心旺盛で、自分のやりたいことをしないと気がすまない気性のお嬢様。大貴族である父親に溺愛されているがゆえに突っぱねれば泣かせてとがめられ、かといってさせたいようにさせていてもなにか粗相があれば罰を下される。とんでもない悪魔のようなお嬢様なのだけど、そんな彼女の願いを(表面上は)すずしい顔で叶えてしまうがゆえに絶大な信頼を寄せられて、次から次へとくり出される無茶ぶりに心中で愚痴りまくってる主人公との関係性がめちゃくちゃおいしい。こういう主従関係の話大好きなんですよ。まあ主人公からすれば「主従関係」というところから勘弁してもらいたい事実になるんでしょうけど。

基本的に主人公視点で語られる話なので、わがままなお嬢様に振り回される苦労性な従僕という構図がベースになってはいるんですよね。でもそれはあくまで一方的な見方であって。同じ視点でもお嬢様のほうから従僕に向けられるキラキラとした信頼を目にしていると、お嬢様側からは、どんな願いだろうと鮮やかな手回しで叶えてくれる、この上なく頼りになる自分だけの従僕という感じで見えているんでしょうね。

この「自分だけの」というところがポイントで。大貴族のお嬢様なので、四六時中だれか従者やお付きの者に囲まれている子ではあるんだけど、それらはすべて、あくまで父や母に仕える人たちなんですよね。基本的にはお嬢様の望みに沿おうとするけれど、危険からは積極的に遠ざけようとするし、家の体面を考えるようやんわりと拒絶されたりもする。いってみれば父と母の管理下に置かれつづけている環境なんですよね。

そんななかで、主人公はどんな願いであれ、お嬢様の願いを拒否したりはしない。それどころか、万難を排して叶えてくれさえする。それが父親の不興を買い、むち打ちの罰を与えられることになろうとも。そうまでして自分ために働いてくれる従僕を、自分だけに仕える忠臣と信じて無邪気な信頼を寄せるようになるのはまったくもって自然な流れでしょう。なんという素晴らしい主従関係か。なんという抱腹もののすれ違いであることか。

いや、うん、主人公視点で語られる物語と、それを通しつつも見えてくるお嬢様から見た主人公と、それらを組み合わせることで浮かび上がってくる客観的なふたりの関係性がいかにもニマニマとほおをゆるませながらながめずにはいられないことといったら。

「『お嬢様、そこは人が乗るような場所ではございません』
『よし、ゴー』
 ゴーじゃないんだよゴーじゃ。
 ハーピーと煙は高い所がお好きというが、貴き方もそうなんだろうか。」(129ページ)

このふたり本当に大好きすぎる。主人公がお嬢様関係で降りかかる危難を思ってドキドキする気持ちは、恋でいいと思います。はい。お嬢様から賜る「栄誉」と書いて「むちうち」と読みます。当然ですね。はい。

この一冊を通して第一章ということで、まだまだつづいていってくれるシリーズだと思います。このふたりの完全にずれていながらも表面上は美しい主従関係ではある関係性を楽しませてもらいたいですね。ふたりいっしょにいろんなできごとを経験していくうちに、表面上だけでなく信頼関係が深まっていっている部分もありますし。そういった展開にも期待を寄せたいですね。1巻発売からやや時間はたっていますが、コミカライズも決定しているようですし、そちらも含めて、2巻を心待ちにしたいですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 02:43| Comment(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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