2019年05月16日

逆転の大戦争史

逆転の大戦争史
逆転の大戦争史

『逆転の大戦争史』オーナ・ハサウェイ スコット・シャピーロ 野中香方子訳 船橋洋一解説 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS

パリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)を起点にした国際的な秩序の変革について論じる刺激的な一冊。とても面白かった。


ざっくりまとめると、本書で述べられるパリ不戦条約以前の旧世界秩序とは、国際法の父ともいわれるグロティウスによって考案され、その後の近代国家によって利用された国際的な秩序のあり方のこととでもなるだろうか。

旧世界秩序において、戦争は国策の手段として完全に合法であったという。戦争を起こす国にはそれぞれの大義名分があり、仕掛けられる側にもそれぞれの反論があったが、それらの正否は問われない。正否を判断することはすなわち一方に味方して戦争に関与することであり、そのつもりがない限りはどちら側の言い分もひとまず正しいものとされざるをえなかった。最終的に大義名分の正否を決めるのは戦争の結果によってであり、力こそが正義となる世界観であったといえる。

現代では一般的となっている経済制裁は旧世界秩序では違法であったという。これは大義名分の正否の判断を留保することと重なるものであり、どちらか一方に味方して参戦するつもりがない限りは、交易等で交戦国のどちらも平等に扱う必要があった。経済制裁はそれだけで戦争行為とみなされ、中立の立場を逸脱するものであった。

一方の新世界秩序において、パリ不戦条約以降に第二次世界大戦を通じて規定された秩序下では、侵略戦争は違法である。武力によって国境を書きかえようとする行為、武力を背景にして一方的な要求を突きつける砲艦外交は国策の手段として認められていない。違反した国家は経済制裁によって罰せられ、違法な行為によって得られた成果を手放すことを要求される。戦争は唯一、防衛目的においてのみ認められている。


論のあらましとしては、まずグロティウスが旧世界秩序を考案した背景からはじまり、そこから旧世界秩序の有する「力こそが正義」となる性格が述べられていく。次に、旧世界秩序に対するカウンターとなる新世界秩序を打ち立てるべく尽力した人物たちの尽力が描かれ、第二次世界大戦にいたる国際情勢のなかでその規範が発展し実行力を持つ秩序となっていく歴史が記される。さらに、戦後は国際連合の拡大によって新世界秩序が全世界的に広まり、それとともに浮かび上がってきた問題点や立ち現れる脅威が触れられ、新世界秩序も必ずしも完全なものではなく進歩改良の余地があることやその必要性が説かれて終わる。


なにより面白かったのは、これまで名前は知っていてもその重要性の説明を見たり聞いたりした覚えのないパリ不戦条約(著者らも序章で、以前に同じテーマで新聞に記事を書いたところ、同様のコメントを受けたと記している)を、国際秩序の変革点として、きわめて重大な歴史的意義を持たせた叙述。パリ不戦条約以前と以後で、これほどまでに国際情勢の見え方が変わってくる。その後の第二次世界大戦による連合国側の勝利も不可欠な出来事ではあったといえるけれど、なるほど、パリ不戦条約の成立は歴史的にひとつの画期と捉えうるのでしょう。

そして、そうした論の構成上、当然のことではあるけれど、条約成立後の大日本帝国の失策感はなかなかのものであった。目次を見てもらえれば一目瞭然だが、第四章までで旧世界秩序の説明がなされ、第五章で何人もの人物たちの尽力によってカウンターとなる新世界秩序が打ち立てられる過程が描かれた直後に現れるのが、「第六章 日本は旧世界秩序を学んだ」なのである。あ、これアカン流れや……。


というのはさておき、まとめ的な終章を除いて、本書の最後の章を飾るのはイスラム国であった。中国やロシアによる国際秩序の隙を突く挑戦や、侵略戦争を違法化した副産物として失敗国家が温存されてしまう問題、経済制裁という罰の強制力の弱さへの対応などが述べられた後で、もっとも直近の脅威とされたのがイスラム原理主義ということだろうか。

著者らによると、彼らは明確に新世界秩序とは異なる秩序を体現し、それを外部へと拡大していくことを目的としたグループであるという。彼らの存在は新世界秩序に対する明確な挑戦であるが、それ以上にその秩序を生み出す背景となる思想の対立でもあるらしい。いわば人の世と神の世の対立というまったく次元の異なる闘争が提起されているのだが、植民地支配下の抑圧の歴史や半世紀以上にわたる原理主義思想の広まりもあり、対立の土壌はまだ多分に残存しているといえるだろうか。

イスラム国がアルカイダのイラク支部から発展した勢力とされるように、原理主義を抱えるイスラム系の組織はほかにいくつも存在していることが指摘されていたりと、ややもすると恐怖感をあおるような記述であったようにも思うが、正確な理解のためにも現実的な脅威の認識は必要であるだろうか。


なんにせよ、これらの脅威の中で、著者らのいう新世界秩序はいかにその役割を維持・発展していくことができるのか、それとも転換を余儀なくされるのか。それは、今後の国際的な情勢次第といえるだろう。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 16:01| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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