2018年12月22日

あだ名で読む中世史 ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる
あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる

八坂書房:書籍詳細:あだ名で読む中世史

名前をテーマにした中世西ヨーロッパの歴史の本。カール・マルテルやピピンのあだ名にまつわる話から筆が起こされ、古代ローマ式の姓名システムが廃れて個人名のみの時代である中世ヨーロッパの人たちの間で姓が誕生していく過程を概観し、中世の王侯貴族たちの家門意識について論じられる。偶然にも読む時期が重なった『歴史人名学序説』と、似たテーマでありながらところどころで説明に違いが見受けられた気がするのは、あちらの著者の専門がスペインであるのに対してこちらはどうもドイツっぽいからか。

この本で面白かったのは、副題にもあるような、フランクの王侯貴族たちの名づけと家門意識に関する論の部分。カロリング家、カペー家、オットー家、ザーリアー家が取り上げられ、その名づけに対して検討がくわえられる。それによれば、個人名のみの時代における王侯貴族の家門意識は父の世代と祖父くらいまでの広がりの血縁集団であり、偉大な父祖の血に連なる出自を誇示するため、彼らはその名にあやかった名づけをし、それによって同じ名前の人物が代々何人も出現することにもなったという。カロリング家とはすなわち、カール大帝をはじめとした何人もの「カールたち」を輩出した一族のことなのであった。

また、彼らの家門意識は必ずしも父方にあったわけではなかったという。母方のほうが声望の高い一族である場合、そちらの父祖の名にあやかった名づけが優先されていた事例もまま見られる。つまり、母方の一族の名にあやかることで、より声望の高い一族への所属意識を表明することがあったのだという。時あたかも姓の誕生以前の社会であり、そこにおいて親族集団とは同族意識を共有するグループであった。そして、そうであればこそ、親族集団は可変的な枠組みであったのだという。

その他、中世におけるあだ名文化の誕生は初期の人物の生存時とはまったく重ならず、後代になってどこからか発生したあだ名づけが、歴史的な伝播や淘汰を経て今日知られるようなものに固定されていったのだというのは、これもこれで雑学的なおもしろさはありつつも、実際に何人かの人物についてその定まる過程を簡単に眺めるのはまた面白い記述ではありました。

そんな感じで、主に中世初期のフランクの王侯たちの話が楽しい一冊でした。
ラベル:八坂書房 岡地稔
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:20| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。