2017年05月05日

魔導の福音

魔導の福音 (創元推理文庫) -
魔導の福音 (創元推理文庫) -

「わたしは受け入れてほしいとはいわない、ましてや理解してほしいなんていわないよ。でも、わたしたちもここにいるのだと知ってほしい。存在をなかったことにしてほしくないだけだ」(作中より引用)

アニエスの自由さがとてもまぶしく、すがすがしい。

前作『魔導の系譜』の続編と銘打たれた今作の舞台は、ラバルタ王国のとなりのエルミーヌ王国。主人公も今回初登場となった人物になっているものの、通底する物語の舞台の雰囲気は似通ったもの。すなわち、魔導士とその素質がある者たちへの差別意識の存在する社会。けれど、ラバルタでは人をも傷つけうる能力への忌避感が強く感じられたのとは異なり、エルミーヌではそれ以上にその素養が悪とされ、生きることすら認められない価値観が伝統的だという。魔導の素養そのものが倫理的な悪であるかのようであり、そのような人間は神の御許に返してやるのが善であるとでもいうかのような。魔導の素養が発現することがあたかも悪い魔物に憑かれるようであり、それは不可逆な変化であるかのような。そのため魔導の素養がある者すなわち魔物棲みが活躍できる場所はエルミーヌに存在せず、それどころか人としての生を全うできるところすら存在しないのが実情で。

そんな社会だからこそ、妹のリーンベルに訪れた悲劇について癒えない後悔を抱える主人公・カレンスの悩みは心に訴えかけてくるものがあって。前作でラバルタの魔導士たちについて知っていればこそ、エルミーヌ社会のむごさを指摘することもできたでしょう。でも、魔物棲みを悪とし、死を与えることを救いとする価値観が共有される社会で、発覚してしまった魔物棲みをどうすればかばいだてることができただろうか。魔物棲みが存在することに動揺する人々の中で、存在を知られてしまった魔物棲みを見捨てない選択をすることがどんな影響をもたらすか。考えるほどに身動きがとれなくなってしまい、のちに後悔を抱えることになる描写に、とてもよくその社会の様子が伝わってきて。

つまるところ、魔物棲みとわかればまるで最初からいなかったかのように存在を許されなくなるのがエルミーヌであり、そんな魔物棲みの存在をなかったことにした過去を抱えるのがカレンスであり。そしてそれをカレンスにつきつけたのがいちばんの友人であったサイとの断絶であり、たびたびそれを思い出させたのがアニエスとの学院生活であったということで。

とはいえこのアニエス、べつだん魔物棲みであるわけではなくて。男しかいなかった学院で初の女子生徒にして学業でも武術でも男顔負けな腕前だったりしたことから、なにかそういう裏付けがあったりするのかとも思いましたが、特にそんな事実はなく。単純にすごい人なのであったという。まあ魔導にそんな効用があるとの記述もなかったと思いますが。では、彼女の何がカレンスの過去の後悔を思い出させるのかというと、彼女がまた別の意味でマイノリティーであったという点。彼女は女性でありながら女性しか愛せない同性愛者であり、そのことがもとで実家の公爵家から勘当された問題児でもあるという。彼女のほかにもそういう人たちは存在しているらしいものの、魔物棲み同様に社会に存在を認められてはいない人たちであり。アニエスにしても、ことあるごとに間違った性向であると指摘されたり、誤解に基づくイメージを持たれたり、マイノリティーである一面をはれものを扱うようにされることにうんざりしていると何度も口にしてはいる。カレンスもときおり無理解な発言をしてしまったりするものの、ことさら嫌悪感を抱くことなくそんなものかという感じで受け入れていけたのは、初対面からしてアニエスという少女にひかれるものがあったからか。ともあれ、そんな彼女との交流を深めるうちに過去の後悔を深めるカレンスの様子はいいものでして。この辺、自分のことを隠さず堂々としていられるアニエスはかなり特異な人物だと思いますが、それを可能にしていたのはやはり彼女の学業・武術両面での優秀さゆえだったろうと思います。学院としても仕官先の主にしても彼女の才能は惜しいものがあるので積極的に放逐するのはためらわれるし、その一方で武器を持った男に襲われたところで返り討ちにできるだけの腕前があるので実力行使はさして脅しにならないという。くわえてカレンス含めた彼女の存在を認めた友人のおかげもあったのかなと思いますが、ともあれそんなアニエスとの学院生活は刺激的で、カレンスの出自として、村の監督官を務める貴族の嫡男として王都の学院に進学してきたという背景もあって、順調にエリートコースを進みながら見分を広げていることに対するいいようない高揚感があって。実に楽しい学院パートではありました。アニエスのおかげで騒動にも事欠きませんでしたし。

そんなアニエスの本領が発揮されたと思うのが、学院の卒業後。友であるカレンスの窮地に身一つで駆けつける場面。そして持ち前の優秀さでカレンスの助けになる流れ。友諠に厚い心も気持ちのいいものではあったんですけど、それ以上にそのために色々なげうってくる決断を悩むことなくすんなりとできてしまう点がすごくアニエスらしいなあと思ってしまって。周りから見たら彼女、明らかに出世街道に乗ってましたから。そのことに未練も後悔もなく、そんなことよりも自分の大切なもののために行動する。もともとこのエルミーヌでの社会的な成功にあこがれているところのない人物ではありましたが、それでもほかでもない彼女であってこその展開だったと思います。とてもすがすがしい人でした。

けれど、アニエス自身が彼女自身が差別解消の契機になることは難しいと思えてもいて。何度も書いているように、彼女自身はマイノリティーであるものの、その中でも別格な出自と際立った優秀さを持つ特異な存在なので。あくまでそれらの要素ゆえに目をつぶられているのであり、ほかに彼女ほどの人物を期待するわけにはいきませんから。その点でいちばん力になれるのは、サイやアニエスとの交流を通して彼らに対するわかちがたい思いを確かなものにした地方貴族階層のカレンスであり、そしてそれを体現するのがあのラストなのだと思うのです。シリーズタイトルも決まって、おそらくまだ今後もつづくのではないかと思うのですが、願わくば一作目・二作目のさらにその先の世界の様子が見れることを願って。(あ、でも、レオンは今度こそ死にそうになってないといいなあ……)

文章のほうでも、ぶつぎりのエピソードの集まりのように思えた前回からは見違えるように読みやすさが増しててよかったです。

ただ気になったのは、女性キャラの美醜を文中で相対化するように、このキャラは美しい、このキャラは美しくないみたいにいちいち記述することにはどういう意味があったんだろうかというところ。ほとんどがカレンス視点でのことだったような記憶があるので、カレンス君ってもしかして面食いなんだろうかとかとぼけたことを思ってみたり。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする