2015年04月30日

「2015年度 Web小説BESTランキング Webアンケート」に投票しました

4月30日(木)、つまり今日の23時59分まで回答を受け付けている宝島社の2015年度 Web小説BESTランキング Webアンケート に投票してきました。投票内容は以下の通り。()内は実際の回答にはない補足的な記述です。

1位『白虎戦舞』  感想はこちら  こちらは半年から一年後くらいに振り返った短文感想あり(割と上の方にあるはず……)
D・W・W
http://www5b.biglobe.ne.jp/~dww/watan_033.htm
不幸を嘆くだけだった少女たちが手にした異能の力を通じてその境遇をねじ伏せていく姿は痛快きわまる。

2位『ソードアート・オンライン』  書籍版5・6巻感想 書籍版7巻感想 こちらにも、7巻までを振り返りながらの感想あり(割と上の方にあるはず)
川原礫(Web時代を知らないのでこっちの名前で)
(同じくURLを知らないので空欄で)
VRの世界で、少年少女たちが今を全力で生き抜く姿。それは近未来の青春像。

3位『時を止めて』  感想はこちら
藤崎悠貴
(R18注意)http://novel18.syosetu.com/n7557y/
平凡な少年が体験するめくるめく官能、広がる世界に地歩を固めていく期待感が80万字を少ないと思わせる。

4位『幼女戦記』  感想はこちら
カルロ・ゼン
http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=tiraura&all=24734
小気味のよい戦場でのかけあいの末に、敗色濃厚な趨勢で見せられた次代への決意が胸に迫る。

5位『俺は女帝の前で膝を屈する』  途中感想はこちらにあり(ちょっと下がったところくらい?)
かざみん
(R18注意)http://novel18.syosetu.com/n1292cn/
女帝に玩具として目をつけられた主人公に強制される性的なゲーム。そのえげつなさと泥沼感が最高にエロい。

6位『Planet reconstruction Company Online』
タカセ
(arcadia)http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=all&all=31751
(小説家になろう)http://ncode.syosetu.com/n2270bf/
一気に広がるスケール感と、途方もない壁も越えられると思わせる相棒同士のコンビネーションが熱い。

自己紹介:異世界ファンタジーが好き……なはずだけど投票作を見返すと自信がなくなってくる。


という感じで投票してきました。最近読んだものがない……はともかく、異世界ファンタジーといえるものが『幼女戦記』くらいしかないのにはあとから見返して自分で首をかしげました。もっと何かあったはずだけどと思い返してみると、該当しそうなので気に入ってる作品はこのブログでも以前名前を出したものなど、二次創作作品が多いみたいです。

というか、全体的に完結補正の高さを感じますね。連載形式のいいところでもあり悪いところでもあるんですが、途中まではすごく面白くても読み進めていくうちに気づけば話にほとんど魅力を感じなくなってしまうことはありますし、更新が途絶してしまうとそのうちに期待感よりもあきらめの気持ちが強くなってくる。今回も、タイトルは浮かびながらもその点で推しきれなくて断念した作品がいくつかありました。その点、最後までしっかり完結(もしくは第一部・第二部のような、話の区切りの部分まで到達)していて、それでいて気に入ってる作品というのは、やはり評価が高くなるのはしかたないところでしょうか。連載をちょくちょく追っていくよりも、とりあえず目の前の作品を最新話まで追いついてから別の作品に移るという読み方をしているので、その連載形式の更新を待ち焦がれる気持ちなんかとは縁遠いんですが、ここにあげてる中では唯一、『時を止めて』が割とそれに近い楽しみ方をしていたでしょうか。たまに更新がないかとチェックして、一章分が一気に投稿されているのを見て喜び勇んで読むのにとりかかってた記憶。あの感覚は、本では味わえないWeb小説ならではの魅力でしょうね。

それと、気づけばR18作品が2作も含まれているという。この一つ前の記事もR18作品の感想でしたが、自分の中ではやはりエロさというのは評価の尺度として存在しているのだなあと。まあ、本当にR18レベルのものに限られているように思いますが。それはそれとして、宣伝してるのが宝島社でも少年向けなこのラノ文庫のアカウントなので、R18作品は求められている範囲外なんじゃないかなとも思うのですが、それでも条件的にだめと読める箇所はないですし、それに本当に求められてるのがどういうものかなんて、第一回の結果が発表されるまでわかるわけないじゃないですか。それなら、投票する側としては変に委縮せず、不可条件にさえ該当しなければ好きに投票してしまうのが、一番の楽しみ方なのではないかと思った次第。第二回があるとしたら、そのときにこそ傾向を踏まえればいいのですし。

次点にあがっていた作品をいくつかあげていこうかとも思ったんですが、やりだすときりがないんで一作だけ。スニーカー文庫より『現役プロ美少女ライトノベル作家が教える! ライトノベルを読むのは楽しいけど、書いてみるのはもっと楽しいかもよ!?』のタイトルで刊行されている話です。掲載URLはこちら。ライトノベルの公式サイト内での連載(プロが書籍化前提(?)で書いてる)なので条件的にどうなのかは微妙だったんですが、対象外と読めるルールは見受けられませんでしたし、ほかにもそれを言いだしたら上記のR18作品も微妙なところはあるように思うので、そっちを投票するなら気にする必要はないと考えました。ただ、それでも次点としたのは、個人的にこの作品を推す理由をまだ自分だけのものにしておきたいと思っているからです。共感してもらいにくい理由だとは思いますが、そういう「好き」もあるんだと流してもらえれば幸いです。

長々と書いてきましたが、このアンケート、残り時間は少ないですが、まだ投票できます。じっくり投票作品をしぼって、じっくりコメントを練ってる時間はもうないかもしれませんが、Twitterでも3日前の時点で、「けっこうな接戦が予想されます」と宣伝されてるし、もしかして回答数少ない? 検索してもどれとどれに投票しましたって言ってる人ほとんど見かけない……。個人的には、この企画、そういう色んな人がオススメを紹介し合う場になってくれることを期待してたところもあったんですが……(当初は条件に茶々入れるようなことも言ってたんで申し訳ないところなんですが)。

ともあれ、最近は一時期ほどWeb小説のオススメを見かけなくなっているような気もしますし、いまさらながらですが、これを機会に色んな方々がほいほい投票してどんどんオススメを晒してくれることを期待したいところです。だって自分で掘るのってめんど(ry
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

トロイの言葉 〜いつもと同じ彼女のままで〜  (作者:ヘーゼンスキー)

(R18注意)http://novel18.syosetu.com/n5613cc/

なんという終わりかたをしてくれおった。なんという終わりかたをしてくれおったのだ……。こういう系統の話って、だいたい都合よくまとめとけば……は言いすぎにしても、最悪しりすぼみに終わっていってもまあまあよかったと思えるやつじゃないですか。それを、あのラストは……。完全に油断してたおかげで結構な衝撃を受けましたよ。

簡単なあらすじとしては、他人の認識を書き替える「トロイの言葉」という催眠能力を手に入れた主人公が、隣に住む憧れのお姉さんとその友達相手に欲望を遂げるという、ノクターンノベルズを読んでれば見慣れた催眠系のお話。けれど、一点珍しいなと思ったのは、主人公の性癖。作者名を見ればわかってもらえると思うんですが、いやらしいことをしていると感じさせずに相手をしてもらうことにこだわるというか、もっというと、まるでいないものとして扱われながらの行為に興奮を覚えてるところが、フェチを感じさせてくれて面白かったんですよね。個人的にも、エッチとは無縁の日常生活を送っているつもりなのに、それでも主人公から与えられる快感にわずかながらも体を反応させてしまう様子がたいへん扇情的に思えてですね。これは近頃なかなかお目にかかれなかった当たりだぞと、期待に胸高鳴らせたものです。ちなみにマイベストシーンは1話のゲーム感覚でのエッチでした。あれはいいものです。

そんな感じで、ほとんどエロスオンリーな楽しみかたをしてたんで、それだけにあのラストは驚かずにはいられませんでした。そのちょっと前から、予兆はあったんですけどね。催眠が日常生活に与える影響とか、ひたすら楽しいだけじゃない後ろ暗い展望についても匂わされてたはずなんですが……けど、やっぱり期待しちゃうじゃないですか。もっともっとこの夢のような時間が続いてほしいって。そう思っていた矢先にあのラストですよ。まったくもって、まったくもって……やってくれおった!

いい。とてもいい。読後感がよかったとはとてもいえないんだけど、こういう読み終わったあと、やるせないような重たい気持ちに囚われるの、すごく久しぶりで、なんというか、楽しかったと、そんな気分です。

ラスト以外でも十分堪能できましたが、ラストのおかげで一気に印象が鮮烈になった。そんな作品でした。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Web小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月24日

ヴァンパイア・サマータイム

ヴァンパイア・サマータイム (ファミ通文庫) -
ヴァンパイア・サマータイム (ファミ通文庫) -

いい。この雰囲気、かなりいい。ヨリマサと冴原のやりとり、そのあいだに流れる間、すごくいいじゃないですか。お互いのことが気になって、いっしょにいる時間は楽しくて、けれど関係を深める肝心な一歩は踏み出せなくて、ただただ今の時間が居心地よくて。このじれったいくらいの絶妙な描写。他の人も絶対書いてると思いますけど、石川博品こんなのも書けたのかって、これまでのギャグよりにぶっ飛んだ作品の数々を知ってたら驚かずにはいられませんよ。けど、ネルリの頃にも、変態的な主人公の思考の傍らで青春っぽい空気を感じさせてもくれてましたっけ? それを敷衍させていったのがこの作品だというなら、配分次第でここまで変わる作風に驚かされずにはいられませんよ。

ヨリマサは昼の時間に生きる人間。冴原は夜の時間に生きる吸血鬼。名前を知る前は互いに接点ともいえない接点しかなかった間柄で、それがふとしたきっかけから昼と夜の境目、人間と吸血鬼の生活時間が交わる時間帯に短い時間、やりとりをするようになって。けれど初めは用事があったからこその関係が、その片が付く頃にはある程度打ち解けて、それどころかお互いのことを意識するようになってるんですよね。いてもたってもいられないほどにではなく、かといってなんとなくという程度でもなく。それは相手を異性として意識したというレベルのことのようでありながら、互いの時間に仲のよい友人との場面も描かれていることから、相手を特別な存在と考えだしたことは明確で。どこから二人の恋が始まったのかははっきりとはしないんだけだも、気付いたら気になっているという距離感がまたいいんですよ。

いったん意識しだすと、二人の様子はちょっとずつ変わっていくんですよね。親しくなったから気安いやりとりもできるようになった。でも、変なやつだと思われたらと考えると迂闊なことまでは知られたくない。お互いに相手に実像とは違う理想を見ながら、けれど確実に自らの好意だけは自覚を強めていく。恋する少年少女の楽しい青春模様の始まりですよ。相手のちょっとした一面をもとに自分一人で熱を上げていく様子は、現実を知る読者としてはつっこみをいれずにはいられないところであり、それでも本人たちにとってはそんな想像すらもが幸せな時間であり。相手を理想化して盛り上がって、もっと知りたいと思う。それは自分にとって都合のいい想像ではあるんですが、その何にも煩わされずに恋を楽しんでる様子は微笑ましいものがあるんですよね。らしくない言動をとっちゃっても他人に指摘されるまで自分ではそれに気付けなかったりとか、すごく可愛いじゃないですか。青春の勢いというか、まだお互い知り合ってそれほどまもない間柄だからもっともっと知り合っていく過程に楽しみがあることを思わせてくれて。

二人の意識が強まれば強まるほど、青春模様はどんどん面白くなっていくんですよ。ヨリマサも冴原も、どっちも相手のことが好き。そういう自分の気持ちは否定しがたいまでになって、けれど一歩を踏み込むのは図々しいことではないかと思うとそれ以上に関係を深めるのには躊躇してしまって、それでもやっぱりそんな状態では満足しきれないものがあって。この作品で一番よかったと思うのは、やっぱりこの雰囲気ですね。実はお互いに好きあっているのに、じれったいくらいの臆病さ。けれどそれは、相手の気持ちなんてわからない、どこかで間違えたら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない、そんな考えを振りきれないほどに好意が募っているからなんですよね。ちょっとやそっとのことなら大丈夫だなんて言えるわけがない。そんな青春の葛藤ですよね。心臓が破裂しそうになりながらのヨリマサの「ヒント」も、実質的な告白でありながら、会話の流れ的にそういう意味だよねというくらいのかなりなあいまいさでしたし。

その空気感が絶妙で絶妙で。そういう雰囲気を感じだした辺りからはもう、ページをめくる手が止まらなくなりましたよ。告白さえしちゃえば、あとは両思い。ハッピーエンドかと思えば、物語はまだ終わらない。昼の人間と吸血鬼が同じ時間を過ごす難しさを感じさせられる場面がちらほらと出てくるし、なにより冴原がヨリマサに抱く欲情は単純に二人が人間のように愛しあって幕を引く結末に不安を抱かせるに十分なものがありましたから。幸せな幕引きになるならそれはいい。けれどもし、その本能を肯定する形に話が進むとしたら、それはなんとほの暗く甘美な物語になるだろうか? そんな期待にワクワクする気持ちを押さえられませんでしたよ。

ラストは最終的にあんな感じで、過程の面白さからすればやや静かすぎて物足りなさもあったのですが、あとがきを読んで、そういうことならあれでいいんだろうなあと納得してもいます。とても楽しませてくれるお話でした。

これを読む前、石川博品といえば「ネルリの作者」というイメージでしたが、本作はそれに勝るとも劣らない代表作と呼べる作品だと思うのですよ。いやまあ、今では他にも後宮楽園球場とかあがると思いますが、まだ読めてないので。なにはともあれ、ますます注目していきたい作家さんですね。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月13日

2015年2月の読書まとめ

2月は5冊。あれ、少ないにもほどがある。いくらなんでもそんなに読めてなかった気はしないんだけどなあ。艦これの方に時間とられてたのはもはやいつものことだけどそれほど大きくとられてた記憶はないし……と思って過去のログを漁ってみた感じ、そっちが行き詰まってくるとCK2を起動しはじめてっていうのの合わせ技だったと思われる。ブログの更新こそあんまりできてないものの、いくつかアップできるほどではない感想も書いた記憶はあったんですが、確認してみたらWeb小説とか同人誌とかのでそんな気になってただけみたいですね。3月もそんな感じでしたし、正直なんとかしないといけないレベルだとは思うんですがどうしたものか。

それはともかく、2月読んだ中からのお気に入りは以下の1冊。

[☆☆☆☆☆]影の王国(下)  感想
影の王国 下 (創元推理文庫) -
海外ファンタジーより。「五神教シリーズ」第三作。今回もまた、素晴らしい救いの物語を見せてもらいました。諦めを得てしまうほどの時を過ごした後に、神の恩寵で願いが叶えられるというのは、どれほどの戸惑いを与えられるものか。そして、それまでの渇望を思い、どれほどの感動を与えてくれるものか。

以下、読書メーター貼り付け。

2015年2月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2717ページ
ナイス数:17ナイス

Missing〈12〉神降ろしの物語 (電撃文庫)Missing〈12〉神降ろしの物語 (電撃文庫)
読了日:2月28日 著者:甲田学人
星界の戦旗〈4〉軋む時空 (ハヤカワ文庫JA)星界の戦旗〈4〉軋む時空 (ハヤカワ文庫JA)
読了日:2月24日 著者:森岡浩之
太陽と月の恋の流儀 ~剣の皇女の花嫁試験~ (プリエール文庫)太陽と月の恋の流儀 ~剣の皇女の花嫁試験~ (プリエール文庫)
読了日:2月22日 著者:chi-co
プリンセスハーツ?今宵はせめて夫婦らしくの巻? (ルルル文庫)プリンセスハーツ?今宵はせめて夫婦らしくの巻? (ルルル文庫)
読了日:2月17日 著者:高殿円
アリアンロッド・サガ・リプレイ・デスマーチ  死んで花実が咲くものか! (富士見ドラゴン・ブック)アリアンロッド・サガ・リプレイ・デスマーチ 死んで花実が咲くものか! (富士見ドラゴン・ブック)感想
なかなかきつい戦闘の連続で、はらはらさせてくれる展開でした。無茶ぶりに見事に答えて読みごたえあるシーンにしてくれてるから面白かったですね。
読了日:2月14日 著者:田中信二/F.E.A.R.
影の王国 下 (創元推理文庫)影の王国 下 (創元推理文庫)
読了日:2月10日 著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド
ホラーアンソロジー2 “黒" (ファミ通文庫)ホラーアンソロジー2 “黒" (ファミ通文庫)
読了日:2月7日 著者:日日日,ほか
タイタニア 1<疾風篇>2<暴風篇>3<旋風篇> (講談社ノベルス)タイタニア 1<疾風篇>2<暴風篇>3<旋風篇> (講談社ノベルス)
読了日:2月3日 著者:田中芳樹

読書メーター
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

艦これ、冬イベはE-1(丙)クリアでした

 以下、今回はとねちくです。が、文字数的には提督と話してる場面のほうが多いという。その分、とねちく分が濃くなっていてほしいところ(願望)



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 木の間から見える空が、徐々に色をうすめつつあった。

 すべてを押しつぶす色合いから、枝葉の影と空がたちあらわれてくる。

 影は大きく視界を横ぎり、風にゆらめくたび、空はまたたきをくりかえす。

 このあたりならばよかろうというつもりでいたのだが、やや当てがはずれたらしい。

(しまったのう……)

 少し動いて立つ位置を変えてみるも、枝葉の覆いをのぞくすきまは心もとない。

 背伸びをし、目を凝らすようにして、少女は影の向こうをよく見晴らそうとした。そうすると、わずかにだがあけそめの海がかいま見えるようになった気がした。

 もっと見えないものかと、少女はさらにつま先立つ。視界はなおよくなったが、すぐに平衡を保てなくなりたたらを踏む。

 何度となくそんなことをしながら、少女はいまかいまかと空の切れはしを見つめつづけていた。

(まだか……。出たくないと、だだでもこねておるのかのう)

 冗談めかして考えてみるが、まったくもって面白くもない。吹き抜けていった風にぶるぶると体をふるわせると、首を伸ばして向かいの空を注視する。

 その表情は、落ち着かなげにしかめられていた。

 視線を上げれば、空に少しずつ明かりがさしているのを感じることはできる。しかし、少女を落ち着かせるには、それはあまりにものろかった。

(もっと、こう……さっと、いかんものか)

 のばした首をすくめ、少女は自らの体を抱くように腕を組む。

「姉さん、そんなに急かすみたいにしても、時間が早まったりはしませんよ?」

 と、そこに、横合いで見守っていた妹からたしなめるような声がかけられた。

 どこか姉に意見することに対する気おくれを感じさせるその声音に、少女は顔をしかめた。この妹はこういう性格なのだと、わかっているのに心配させてしまった自分が情けなかったのだ。

 しかし、それですっと気持ちを切り替えられるほど冷静に自身をかえりみれるわけでもなかった。

「そうは言うがな……」

 そっぽを向き、ばつの悪そうに言いさした。そのとき、少女の体をあたたかな腕が包みこんだ。

「姉さんが私にはわからないことで悩んでいるのは知ってます。けど、今だけでいいので、それを忘れてはもらえませんか? せっかく姉さんから誘ってくれたのですから……」

 訴える声は泣きだすのをこらえるようにふるえていた。

 どきりとした少女は妹をふり返ろうとする。しかし、回された腕はその顔を見られたくないと言うように、ひしと少女の体を抱きしめるのだった。

(ああもう……)

 妹のそんな態度に接して、少女がいつまでも自分のことにばかりかまっていられるはずがなかった。

「すまぬ。吾輩が悪かったから……じゃから、泣くな。ほれ」

「泣いてなんか、いません」

「むくれるなと言うに。おぬしのことを忘れておったわけではないのじゃ。だから、な?」

「わかってます。姉さんがいつも、私のことを気にかけてくれているのは」

「おぬしもな。考えすぎてしまう吾輩を、こうしてひき戻してくれて。感謝しておる」

「……姉さんはずるいです。気をつかわせたくなかったのに、そんなこと言われたら、私のほうがうれしくなっちゃうじゃないですか」

「それくらいのこと、わからいでか」

 少女は得意げに胸を張ると、胸の前で合わされた妹の手を取り握りしめる。

「じゃからな、筑摩……二人きりのときまで自分の気持ちをがまんすることはないのだぞ?」

「私は……べつに、姉さんにかまってほしくていじけていたわけではないんですよ?」

 そう言いながらも、妹の声はかすれがちになっていくのだった。

「わかっておる。わかっておるから……」

 軽く背中をたたいてやると、少女の体に回される腕の力がさらに強くなった。

 いじっぱりな態度に苦笑すると、少女はしばらく妹の存在をかみしめていた。体をよせあっているおかげで、芯から冷えるようだった寒さも遠ざかったかのようだった。体だけでなく心まで伝わってくるぬくもりに、少女は姉思いの妹の気持ちを感じずにはいられなかった。

「まったく、世話を焼かれておるのはどちらのほうなのやら……」

「姉さん? なにか言いましたか?」

 聞かせるつもりはなかったのだが、小さく口からこぼれていたらしい。少女はなんでもないと言うように、一度首をふる。

 しかし、すぐに思い直して口を開くことにした。

「いや、なに……千歳なら千代田に心細い思いなどさせぬだろうにと思うと、吾輩は頼りない姉だなと」

「そんなことありません。姉さんだから、私はこんなにも、甘えてしまうんです」

 妹のことだから、本心からそう言っているのは疑いようもなかった。けれど、もしなぐさめの言葉であっても、今の場面ではこのうえなくうれしい言葉だっただろうと、少女は思った。

「本当に、いい妹を持ったものじゃ」

 そう言うと、うしろでなにやら照れ隠しの返事をあれこれ悩んでいるらしい気配が伝わってくる。少女は笑いをかみ殺しながら、その様子を楽しんでいた。

 そのとき、少女の目をちかと射る光があった。

「あっ!」

 あわてて枝葉のすきまから前方に視線をやると、いまや空は燃えたつような姿を見せていた。そして、よく目を凝らすと水平線のあたりにひときわ強烈な光源が確認できた。

「見よ、筑摩。出たぞ。初日の出じゃ!」

 自分の世界に入りかけている妹の体をたたき、指をさして目線をうながす。そうすることで、妹も少女の頭ごしにそれを見つけられたらしい。

「本当ですね……」

 視界を覆う木の影から、空はあざやかな景色とともに新たな朝の訪れを告げている。

 しかし、頭上を見上げれば、まだ明けきらぬ夜の余韻を残すそこには、あつい雲が広がりはじめていた。

 雲は刻々と形を変えつつ東の空へと向かう。

 それをながめながら、少女は今年も大変な一年になりそうだと思わずにはいられなかった。

 今、基地ではいくつかの問題を抱えている。その中には、戦況に大きく影響しかねないものも含まれていた。

 自分をおいて誰がそれらを解決するのだとまで息巻いているわけではない。しかし、うぬぼれではなく、自分こそが解決に向けて最も大きな役割を果たせる課題があるのも確かだった。

(ならば、やるほかあるまい。だが、本当にできるのか? 考えただけでおびえてしまっておるというのに……?)

 少女は無意識のうちに妹の手を握っていた。

 妹は、少女の弱気に気づいているわけではないだろう。それでも、しっかりと握りかえしてくれる。それがなによりありがたかった。

「今日からまた、新しい一年。利根姉さん、今年もよろしくお願いします」

「うむ。吾輩も、筑摩のことを頼りにしておるぞ」

 明るく告げられた言葉に、少女は妹の目を見ながら、力強くそう返すことができた。

 自分を信頼してくれる妹の手前、そうそう不安がってばかりもいられない。

 目を細めながら陽光に見入る妹のとなりで、少女も朝焼けの空を見つめつづけていた。木の枝にさえぎられながらもまぶしく光る輝きを、その目に焼き付けようとするように。




 朝食の時間が終わるころには、日は雲の影に隠れてしまった。雲の広がりはそれだけにとどまらず、昼前には空の一面が覆いつくされるまでになった。

 初日の出を見そこねたと嘆く者もいたが、なにを言っても天気は変えられない。

 寒空の下、基地では元日の朝からふだんと変わらない光景がくりひろげられていた。

 港の近くの海にいる軽空母たちは、指導役に見守られながら艦載機の飛行訓練を行っているらしい。船渠では、朝のうちに出撃任務から帰ってきた重巡洋艦の一隻が大破の艦体を修理に任せている。同じく任務帰りの正規空母は、次の出撃に備えて装備の点検に走り回っていた。

 あわただしい雰囲気から目を転じると、やや離れた一角では航空戦艦の二人が竹刀を打ち合っているのが目に入る。真剣さよりもいたずらっぽい表情が目につく一方の様子から、どうやら二人は休暇中であるらしい。

 また、基地棟内部の講義室をのぞいてみれば、座学にはげむ軽巡洋艦たちの姿を見ることもできるだろう。

 なにもかもいつも通りの風景だった。

 新年であっても深海棲艦たちの活動がやむことはない。その脅威をふりはらうまで、基地に所属する者たちに真の意味での休日が訪れることはないのだった。

「筑摩よ、そこの書類を取ってくれんか?」

「はい、姉さん」

 そして、少女と妹の二人も、昨日までと特別に変わるところのない昼下がりを過ごしていた。

 ただし、そこには二か月ほど前なら考えもしなかった仕事が含まれている。

「利根、筑摩。そちらの調子は?」

「もうすぐきりのいいところまで終わるところじゃ」

 それは、上官である提督の業務の手伝いであった。

 ここのところ、少女と妹は昼食後に執務室を訪れることが常になっていた。そうして、書類の作成をしたりあちこち駆けまわったりしながら、一部の仕事を肩代わりしているのだ。

 今日も今日とて、少女はそろばん片手に帳簿をつけていっている。

 そろばんを弾く軽快な音を鳴らしながら、帳面に書きつけては書類の数字と見比べ、別の書面に目をやりながらまた計算をする。その手つきはよどみなく、少女がすっかりこの仕事を習熟しているのが見て取れた。

 少女の妹はその斜向かいで、大きく紙を広げている。少女の邪魔にならないように手近にまとめられた書類をためつすがめつし、書きつけているさなかの手もとと見比べては慎重に、しかしひとたびえんぴつの持ち手を定めると迷いのない動きを見せる。こちらもよく心得たものであるらしい。

 ぱちぱち、さらさらと、快調に作業が進められていく小気味のよい音が室内に鳴り渡っていた。

 少しして、ぱちりとそろばんの音が止まる。言葉どおりに、少女の仕事がひと段落ついたのだ。

「くぁー……終わったぞ!」

 少女はえんぴつを放りだして大きく伸びをする。そうしていると、疲労感の中にじわりと達成感がこみあげてくる。演習や実戦で結果を出したときとはまた違う、課されたことをやりきった心地よさだった。

「おつかれさまです、姉さん。お茶にでもしませんか?」

「そうしようかのう」

 少女の答えに、妹はさっと席を立つ。少女も手伝おうとしたが、正月くらいゆっくりしていてくださいと言われ、それならばと妹の好意に甘えることにした。

「それでは、少しだけ待っててくださいね」

 にこりと笑って言う妹に、少女は軽くうなずいて返す。それを受けて、彼女は静かな足取りで食堂へと向かっていった。

(作業の途中だというに、あやつは……)

 八分ほどまで手がけられた紙面に目を落とすと、少女はひとつ息をつく。

 少女のことを一番に考えてくれる心配りはうれしかったが、平気で仕事を放りだしていくあたり、手伝いにはそれほど気乗りしていないだろうことは否定できない。

「筑摩はよく気がつくな」

「いやいや。無理につきあわせてしまっておるのだなと、申し訳ない思いじゃ」

 自嘲ぎみに首をふって声のした方を向くと、けげんそうな提督と目があった。

「いや、な……筑摩はおぬしのことを好いてはおらぬじゃろう?」

「まあ、嫌われてる自覚はある」

「だからじゃ」

 少女は苦笑しながら説明する。その言葉は必ずしも十分ではなかったが、それで意を汲める程度には提督は少女のことを理解していた。

「それなのに、あなた思いの筑摩の気持ちにかこつけて、私の手伝いをさせてしまっている……と?」

 少女は静かにうなずく。自分以上に自分の気持ちを正確に表現してくれるその言葉に、つけくわえるべきことなどなかった。

 気だるさを覚えながら、少女はしあがった帳面と書類を集めて整えていくことにする。

 その時々の都合であちこちに広げられた紙束は、座ったまま拾い集めるには思い思いにその身を散らせすぎており、立ち上がって回収せねばならなかった。

 一枚、二枚と手もとに集め、最後の一枚へとその手を伸ばしたとき、少女よりも先にそれを拾いあげる者があった。提督だ。

「すまないな」

 提督は、少女に紙きれを手渡しながら言う。その口調には、しかし感謝の意がにじんでいた。

「私がふがいないばかりに、迷惑をかけている。あなたにも、筑摩にも、他の皆にも。私がもっと有能な司令官だったらよかったんだろうが……」

 書類を受け取った少女は、しばし言葉を探すように紙面に見入る。しかし、すぐにあきらめとともに口を開く。

「うむ……まあ、否定はしてやれんな」

 執務机を使ってとんとんと紙束を整えると、帳面とそろえて、確認をうながすべく提督へと差し出す。

「吾輩がいちばん適任と思うからこうして手伝っておるが、おぬしはもっと他の者に任せるということを覚えたほうがよいぞ?」

「わかってる。わかってはいるんだが……」

「無理じゃよなあ」

 二人は難しい顔を見合わせてまた席に着く。

 少女の脳裏に浮かぶのは、ひと月半ほど前、懲罰室入りを命じられたときのことだった。




「利根、筑摩、あなたたちには、懲罰室入りを、命じる」

 その日、少女と妹は、怒気とともに告げられた言葉のままに地下の収容所へと入れられた。

 初めて目にした提督の剣幕は、ふだん見せることのないものであるだけに、なかなかの迫力だった。妹などはふるえてしまって、いつもの提督への態度もなりをひそめてされるがままになっていたほどに。

 しかし、少女には虚勢の下に隠された提督の動揺が手に取るようにわかったのだった。

(ふだんは甘いあの男があれほどの反応を見せたということは、やはり相当な機密か。だとすれば、その理由は……?)

 妹とひき離されて一人、少女は考えた。

 懲罰室での時間は、快適とはいえないまでも、少女にとって意義あるものとなった。日に二回、少しの水と食べ物が与えられるほかは訪れる者とてない暗がりで、提督に告げかけた考えを好きなだけ推し進めることができたからだ。

(吾輩たちと同じ名前の艦がよその拠点にもおるらしい。そして、その者たちも吾輩たちと同じように戦っておるというのなら、それを把握する上層部は吾輩たちのことをどう認識しておるのだ……?)

 意識を内にこもらせるうちに、少女はすぐに時間の感覚を失っていった。

 思い出したころに水と食事とともに現れる提督によって、かろうじて時間の経過を悟る。それほどまでに、少女は自身の思考に没頭していた。食事が日に二回だったというのも、外に出てから初めて知ったくらいだった。

「…………」

「…………」

 ときおり、やってきた提督がなにか話しかけてきていたような記憶はある。それにおざなりな答えを返した覚えも。しかし、少女は考え事に夢中で、その内容はわずかな記憶にもとどめられなかった。

(龍田や吹雪ら遠征部隊の者たちは、この基地から遠く離れた地を見てきておるはず。それに緘口令が敷かれるということは、なにか吾輩たちの知る情勢と異なるところがあるということだ。それはなんだ?)

 自分は今、じっと頭を働かせているのか、眠ってしまっているのか。そんなことすらも判然としなくなるほどに、少女の思考はぼんやりと形を作ってはさまざまに変化していった。

(吾輩たちは、いったいどういう存在なのだ……? いや、そもそも、この基地はどのような状況に置かれておるのだ……? 遠征部隊はこの海の向こうで、なにを見てきておるのだ……?)

 少女の考えは、しだいにまとまりを失っていった。


「利根? なあ、利根。聞いているのか?」

 がたがたと扉をゆらしながらの提督の声が聞こえてきたのは、そんなころだった。

 少女ははっと気がついてきょろきょろとあたりを見回した。

 あいかわらず暗がりの部屋がそこにある。昼も夜も変わらない、窓とてない部屋の光景だ。

 そんな中、一点、その慣れてきた環境に対する違和感を覚えさせる気配があった。

 扉の向こうに感じる人の息づかい。提督だった。

「おお……すまぬな。どうも、ぼーっとしておったようだ」

「そんなことだろうと思ったよ。まったく、これだからあなたは……」

 提督の声音には多分にあきれの要素が含まれていた。

 見れば、新しい食事と水が差し入れられている。

「もう、そんな時間だったか……」

「そう言って、前のときも食べてなかったんだぞ」

「そう……だったか?」

「そうだ」

 言われて思い出そうとしたが、少女の記憶は漠として定かではなかった。腹の中が空っぽになっている感覚でそうらしいと納得するばかりだ。

 ともあれ少女は礼を言って食事をとることにした。すっかり冷めしまってはいるが、それでも口の中に広がる味覚は人心地をつかせるのに十分なものがあった。

「うまいか?」

「うむ。生き返るようだ」

 少女はひさしぶりに食事を楽しむ感覚を取りこぼすまいと、少ないその量をゆっくりと咀嚼していく。

 一口含むたびに、霞がかったような思考が明晰になっていくような気さえした。与えられた情報だけで考えることに手詰まりを感じだしてもいたが、この分ならまだまだ粘れるだろう。

 食べ終えたらまたそちらに戻らねば。そう考えていると、それを待っていたらしい提督が、とうとう辛抱しきれなくなったのか、声をかけてきた。

「なあ、利根。もう懲りたろう? ここから出れば腹いっぱい食べさせてもやれる。一言、あの日執務室で聞いてきたことは誰にも口外しないと誓えばそれでいい」

「そうだな……」

 満足には至らない程度の量で食事の楽しみを味わっているさなかの提案には心惹かれるものがあった。

 提督は少女の心をたぐり寄せようと、言葉を継ぐ。

「ほかの仲間たち、特に重巡洋艦の者たちも、あなたたちのことを心配している。私としても、あの程度のことでこれほどに罰しつづけるのは心苦しいものがあるんだ」

 それを聞きながら、しかし少女の頭には天啓のように思い浮かぶことがあった。

「そうだ。自分で考えるのもよいが、こやつに聞いてみるのが一等手っ取り早いではないか」

「ん? なにか言ったか?」

「いや……」

 聞きたいことは山ほどあった。手についた米粒をなめとると、少女はなにから聞いていこうかと考えを巡らせだす。

 その間も、そんなこととは気づかない提督は少女の翻意をひきだすべく言葉をつづけていた。

「ここに入れられるきつさも十分にわかっただろう? これ以上意地を張るつもりなら、こちらとしてももっとひどいことをしなければならなくなる。これまでのあなたの貢献を考えれば不当な扱いもかもしれないが、規律を守るためにはやむをえないこともある」

「もっとひどいこと?」

「たとえば、食事の回数を減らしたり、手かせや足かせを使ったり……もっと直接的な暴力に訴えることもあるかもしれん」

「ふーむ……」

 すでに検討に上がっているかのように、すらすらと口に出している風な声音だったが、少女はそこに無理をしている様子を感じ取ってもいた。

 それは、懲罰室入りを命じた当初の提督に感じていた印象と合致するものだった。

(当然か。らしくないことをするから、気が落ち着かんのだ)

 そのことがおかしいような、申し訳ないような気がして苦笑を押し殺しながらも、少女はそれを好機ととらえている自分も感じていた。

「どうだ、利根? 二度と口にしないと誓うか? それとも、もっとつらい目を見るか?」

 少女の反応をうかがうこともなく、提督は口数多く回答を迫る。

 そのことに、少女の口の端は持ち上がる。

「そうだな。ならば、ひとつ聞いてもよいか?」

「なんだ?」

「あの場で吾輩が口にしたいくつかのこと、その中で禁忌にふれてしまったのは、いったいどれのことだったのだ?」

 それがわからなければ、ここから出たあともうっかり口を滑らせてしまうことになりかねない。そんな体で質問をする。

 しかし、提督は少女の意図など見抜いているとばかりににべもなかった。

「それを言ったら、機密の意味がなくなってしまうじゃないか」

「では、全部ということか」

「そうだ。そう思っておくように」

 難しい注文だなと、少女はおおげさに息をつく。

「まあ、それは重々気をつけよう」

「では、誓ってくれるな?」

「ああ」

「それじゃあ……」

「それにしても、ここから出るとなると、また出撃任務と仲間たちへの指導の日々じゃな。いい休養になったといえばそうなのじゃが、あの忙しさが戻ってくるとなるとうれしいやら悲しいやら」

「そう言うな。それほど、あなたには期待をしているんだ」

 意図的に声を崩すと、承諾の意を示したこともあり、提督も気をゆるめてくれたらしい。神経質さすら感じさせた雰囲気がやわらいでいくのがわかった。

「どうじゃ。あやつらは吾輩たちがおらずともしっかり訓練に励んでおるか?」

「それが……あなたも知っているだろう? 皆の気の腐らせようを」

「なんじゃ、例の駆逐艦作戦はまだ終わっておらんのか」

「実は、そうなんだ。その上あなたたちのこともあって、かなりぴりぴりしてる。なかなか気が重い状況だよ」

「それをなんとかするのがおぬしの役割じゃろうに」

 嘆息まじりに指摘すると、困ったような声が聞こえてきた。

「それを言われるとつらいな。なんとかしなければと思ってはいるんだが……」

「おぬし、妹どもに手を焼かされておったというではないか。そのときはどうしておったのじゃ」

「びしっと言い聞かせるのは上の妹の役目だったからなあ……。目の前の仕事に手いっぱいでそちらまで気を回していられないのが現状だよ。副官でも呼び寄せられればよかったんだが……」

「ふむ……」

 提督の言葉を受けて、少女は考える。

 ならば、自分が助力しよう。そう声をかけるのが、ここでの気づかわしい態度というものだろうか。

 だが、少女にそんな気はまったくなかった。少女の頭はそれとは反対の利己心による働きを見せていた。

「それは……つまり、この島は今、外部と往来ができん状態にあると、そういうことか?」

「利根! あなたはまた、そういう要らない詮索を……」

 しぼりだすような提督の声。反省の色を見せたと思っていた少女の懲りない言葉に苦々しく顔をゆがめるさまが目に浮かぶようだった。

「のう、提督よ。どうせ遠征部隊の六人は知っておることだ。そこにまた一人加わったとて、べつに構わんではないか」

「そういう問題じゃない!」

 がしゃんと、食器どうしがぶつかる音が鳴り渡った。

「これは、国運に関わる重大事なんだぞ」

「ほう。して、その心は?」

「ええい。この……!」

 言葉にならないうなり声がつづく。それは、もてあました感情のすべてを乗せたような低いふるえをともなった響きだった。

「国運ということは、吾輩たちが従事しておる戦いは国家の大局を左右する作戦ということか。ならば……」

 ふたたび、食器の音がした。くわえて、扉になにかがぶつけられたらしい衝撃。

「利根! あなたは、筑摩のことをなんとも思わないのか?」

 妹の名前を出されたことで、少女は言葉に詰まる。考え事に夢中で忘れてしまっていたが、巻きこんだ形の妹に対する申し訳なさがないわけではなかったのだ。

「あなたがそうやって好奇心に任せた言動をとるだけで、どれだけ筑摩に累を及ぼしているか、わかっているのか! それでもなお、あなたは態度を改めるつもりはないというのか!」

 これまで聞いた中で最も大きな声が少女の耳を貫いた。それは、少女が初めて聞く、提督の純粋な憤りの発露だった。

 少女が反射的に耳を閉じていたことに気づいて手を離すと、せき混じりの荒い呼吸音が聞こえてくる。めったに出さない大声をはりあげたことで、声も枯らしてしまったかもしれない。

 それを知覚しながら、少女はうれしく思った。

 ときに妹のことをおろそかにするほどなにかに没頭してしまうことのある自分に比べて、提督は罰を課している間であっても、そんな自分の薄情さを真剣に怒ってくれる。

 甘いといえば甘い。だが、そういう提督だからこそ、自分が最後の一歩まで道を踏みはずすことはないだろうと安心することができるのだった。

「……筑摩のやつは、達者にしておるか?」

「元気だ、とは言えない。食も細いし、だんだん参ってきているのが見て取れる」

「そうか……」

 おそるおそると問うと、すぐにかすれがちな声が返ってきた。そこには心の底から妹のことを案じている気配がうかがえた。

(こやつも人の兄なのであったな……)

 不出来な姉に激情を向けずにはいられなかったのだろう提督に、少女は頼もしさを覚えた。

 しかし、その一方で、冷静さを失わしめたことに対して、ここが好機と判断する自分がいるのも否定できなかった。そのことにほくそ笑んでしまうのが自分なのだと、痛感せずにはいられなかった。

「なあ、あなたはそれでも筑摩の姉なのか?」

 熱くなる提督に、少女は淡々と聞こえるように答えてみせる。

「それでも、吾輩は筑摩を信じておるよ。そうとしか言えん。兄に引け目を持ち、妹に頭の上がらぬおぬしのような者にはわからぬことか?」

 あてつけるような言葉になったのは、少女としても痛いところをつかれていたからか。

 提督はしばらくなにも言ってこなかった。期待を裏切る少女の言に対する落胆が大きいのだろう。

「そうか……」

 やがて、提督はぽつりとつぶやいた。

「私には、筑摩はゆっくりと死に向かっているように見える。どうせ死ぬのなら、こんな日も当たらない場所ではなく、もっと名誉ある場を与えてやりたいと思っているが……」

 それを最後に、提督は悄然と歩み去っていった。

(吾輩も、そう願っておるよ)

 その気配を感じ取りながら、少女は会心の笑みを浮かべていた。


 それから、どれほどたっただろうか。少なくとも一食は抜かされたのではないかと思う。しきりに訴えられる空腹感からの推測だが、間違ってはいないだろう。

「うー……」

 これまでは考え事をすることでそれをまぎらわしていたものの、それもひと段落がついてしまった。

 それはそれでじっとしてはいられないほどの重大事だったのだが、今はそんなことよりも喫緊の課題があった。

 意識をそらす先を探して頭を巡らすが、空っぽの胃袋はそのたびに窮状を叫んで少女の心をひき戻す。

 眠ってしまえば簡単にやりすごせるだろうか。そう考えもしたが、腹の減り具合を意識すればするほど目がさえてしまって寝つけない。

 ならば起きて体を動かそうにも、そんな元気はわいてこない。

 あきらめを得た少女は、先ほどから寝そべってはごろりごろりと寝返りを打ったり、なすすべなくうめき声をあげたりしながら時間の経過に身を任せていた。

「むむー……少し怒らせすぎたかのう」

 そうはいってもこの程度なのが、あの提督らしいといえばらしいのだが。

 そうつぶやいたおりもおり、苦闘する少女の耳にこちらへと近づいてくる足音が聞こえだした。

 初め、それは自身の願望がもたらした幻聴ではないかとも思ったが、だんだん音高く聞こえてくる響きは間違えようもない。

「提督じゃ……!」

 飛び起きた少女は、差し入れ口から現れる食事をいまかいまかと待ち受けた。これほどに腹を減らせていれば、あの冷めきった料理だろうと、たとえようもない美味に感じられるだろうと思えてならなかった。

「まったく……待ちくたびれたぞ」

 もどかしげに少女は提督を急かす。

 しかし、少女が待ち望むものが与えられる気配は一向に伝わってこなかった。

「なんじゃ? どうしたのじゃ?」

 話が違うではないかとばかりに詰め寄ろうとした少女の耳に、こんどはがちゃがちゃと金属のこすれあう音が飛び込んできた。

 なんの音だろうかといぶかしむ少女の目の前で、次には重い懲罰室の扉が、ゆっくりと開かれていった。

「ん……?」

 ひやりとした空気が入りこみ、ぶるっと体がふるえる。それを伴いながら、提督がその姿を現した。

「元気か……とは、聞くまでもなさそうだな」

 せきばらいの音が室内に響く。

 こうして直接向き合ったのは何日ぶりだろうか。その顔を見るや、少女はひとつの理解を得た。それと同時に、とまどいの気持ちも。

 これまでとは違う訪いが意味するもの、それはすぐにわかった。しかし、次にはなぜと、腑に落ちない思いにとらわれた。

 なにも答えを返さない少女をどう思ったか、提督は簡潔に指示だけを口にしていく。

「もう、ここから出ていい。数日間の休養が必要だろう。疲れをとったら、筑摩といっしょに、またこれまでどおり働いてほしい」

「それは、つまり……赦免ということか?」

 わかっているはずなのに、そう問わずにはいられなかった。

「そうだ」

「だ、だが、よいのか……? あれよ、他言せぬ旨、誓言せんでも?」

「いい。黙っていてくれるとありがたいが、それはもう、あなたの判断に任せる」

 静かに告げられた言葉が信じられず、少女はまじまじと提督の顔を見入る。その表情に、少女を試す色は見られなかった。

 提督は空咳をすると、少女に一つの鍵を手渡した。

「これは……?」

「筑摩を収監している部屋の鍵だ。あなたが開けてやるといい」

「おぬしは?」

「私は、執務室での仕事に戻る」

 それで伝えることはすべて伝えたとばかり、提督はごほごほとせきをこぼしたのち、のろい足取りでその場をあとにした。

 少女はそのうしろ姿をじっとみつめながら、いまだに事態をどう受け止めていいかわからないでいた。

(本当に、許されたのか? なんの担保もなしに許されて、よかったのか?)

 しかしその一方で、あの提督ならしかたないとも思ってしまう。温情主義などというのも生ぬるい甘さこそが、赴任時から一貫して受ける印象であるのだから。

(もっと、威厳というものを身に着けてくれてもいいものを……)

 少女は苦く表情をゆがめながら、それでも笑みを浮かべようとした。これから、妹を迎えに行かねばならないのだから。

 しかし、その前に、どこかで胸の内でふくれ上がる気持ちを吐き出したい気分だった。

(あのほそっこい肩にかかる重荷のうち、吾輩が加えてしまったものは、どれだけなのだろうな……)

 少女は、先ほど見つめた提督の顔を思い出さずにはいられなかった。

「あやつ……」

 その顔色は、うすぐらい地下でもそれとわかるほどに、ひどく疲れきって青白く見えた。


 その数日後。また任務に復帰することになる前の日の晩。少女はその意思を伝えるべく、執務室の扉の前へと足を運んでいた。

 そうして来訪を告げようと意気揚々と手をあげたところで、はっと動きを止めた。

(いかんいかん)

 提督自身の口から赦免は告げられたとはいえ、みだりに軍機を犯したのは少女である。神妙な態度くらいはとりつくろうべきだろう。たとえ、やってきた目的の一つが、それに反することであったとしても。

(一時はあやつを気づかうべきかとも思ったのじゃが……)

 やはり、答え合わせをするまでは、自分自身を抑えることはできないらしい。

 余裕をなくしている提督の弱みにつけこむことになんのためらいも覚えない自分は、品性下劣のそしりを免れないだろうと思う。それにもかかわらず、少女の心は浮き立たずにはいられなかった。

「提督よ、入ってもよいか?」

 なんとか表情を装ったところで、少女は扉の向こうへと呼びかけた。

 しかし、尋ねる声に返事はない。

 聞こえなかったのだろうかと思い、一回りほど大きな声を出してみるが、どれだけ待ってもやはり応答はなかった。

 少女はそのことになんとなくいやな予感を覚えた。

「入るぞ。よいな」

 申し訳程度の一声とともに扉を開ける。空いたすきまをすり抜けるように執務室へと入りこむ。

 そこに、提督はいた。

 いつものように、手もとに向けられた灯りに照らされて、机につっ伏すように身を預けていた。

「寝ておるのか?」

 そう言ったものの、近づくうちに違和感が強くなってきた。

 提督の口もとには、自身の手でハンカチが押し当てられている。居眠りをするにしても、そんな苦しそうな寝かたをする者がいるだろうか。

「おい。どうしたのだ?」

 早足で歩み寄り、ひきはがすようにハンカチをよける。

 その内側には、うっすらと赤い染みがついていた。

「なっ……!?」

 手を置いた提督の体は熱いほどに熱を持っていた。呼吸も浅く、顔は苦しげにゆがめられている。

「どうしたというのだ?」

 くりかえし声をかけるが、提督の反応はない。

「誰か、おらんか!?」

 自らの手に余る状況に、少女は仲間の助けを呼ぼうとした。

 そのとき、部屋の外へと向かおうとする少女の腕をつかみ、ひきとめる者があった。驚きとともにふりかえった少女は自らの腕をたどる。その先にいたのは、ほかでもない提督だった。

「き、気がついておったのか?」

 提督は苦痛に耐えるようにしながら首をふる。

「……誰も、呼ぶな」

「しかし……」

 見過ごしていいことだとはとても思えない。だが、提督はただ同じ言葉をくりかえすばかりだった。

「誰も、呼ばないでほしい」

 声を出すのがやっとと思える調子でなされるその懇願に、少女はしいて逆らうことができなかった。

 せきの発作をもよおしだした提督のかたわらで、一人どうしていいのか、少女はあちこちに視線をさまよわす。

(なにか……なにかないか……)

 机の上に、飲みかけの湯呑みがあるのが目についた。とっさにそれをすすめながら、提督の様子を見て体調を探る。

 ごほごほと、くりかえされるせきの音ばかりが室内の静寂を乱した。

(こやつがいま倒れたら、この基地はどうなる?)

 房中でも探りを入れたが、仲間たちの内では今、駆逐艦たちへのいらだちが募ってきている。尊重されているとはいいがたいながらも、上官である提督がその指令を出しているという形式があるからこそ、不満を持つ者たちもしぶしぶひきさがっているといっていい。ここで重石役である提督が欠けてしまえば、最悪の場合、仲間たちは内部分裂をも起こしてしまいかねない。

(そこまでする阿呆はおらんとは思うが……)

 それでも、可能性は捨てきれない。それほどまでに、懲罰室から出て感じた一部の険悪な空気ははっきりしたものになっていた。

 少女は体の内側から激しく胸を叩くような鼓動を感じながら、提督の背中をさする。

(この頼りない背中に、百人からの仲間の運命がかかっておるのだ……)

 大げさかもしれないが、そんなあせりが少女の心を乱した。

 薬かなにか持っていないだろうかと机のひきだしを開けて探しだすと、その気配を察したのか、小さな鍵を渡された。

 それを使い、ぱっと目についた一番上のひきだしを開ける。中には、いくつもの便箋とともに、小さなガラス瓶が入っていた。

 いくつかあったもののどれを渡していいかまではわからず、手あたり次第に差し出していく。そのうちに、提督の様子も落ち着いてきたらしい。

「あ、りがと……う」

 苦しげに告げたのち、薬をざらりと手の上に転がし、静かに飲み下した。

「それで、楽になるのか?」

 少女の問いに返ってきたのは、二、三のせきだった。

 それでだいぶ収まったらしいが、先ほど見たときよりあざやかな赤をのぞかせるハンカチが痛々しい。

 それから提督はようやくこくりとうなずくと、湯呑みに残った茶を体にしみいらせるように口に含んでいった。

「大丈夫だ」

 そう言って、すぐに提督は顔をしかめる。

「つらいならば、声を出さずともよい」

「いや、見られてしまったからには、話さないわけにはいかないだろう」

 気にならないと言えばうそになる。だが、今でなくてはならない理由はない。提督には、無理せず休養を取ってもらうことがなにより大切であるはずだ。

 それに、事情くらいは察しのつくものがあった。提督が体調を崩しだしたのは、少女に懲罰室入りを命じたあとのことだったのだから。

「わかっておる。吾輩のせいなのだろう?」

「いや……」

「こんなときまで気を回さずともよい」

「違う。そうじゃ、ないんだ……」

 重ねて否定する提督の表情はやはり気づかわしげだった。ただし、その中には誤解を与えてしまったことに対するあせりも見て取ることができた。

 少女がいぶかしげな目を向けると、提督は安心させるような笑みを浮かべたのち、声を抑えて話しだした。

「私の体のことは……まあ、あなたのこともある。しかし、それ以前からもともと弱っていたことには変わりないんだ」

「そんなそぶりは、これまで見たこともなかったが……」

「そのはずだ。誰にも知られないよう、細心の注意を払ってきたから」

 そこで提督は眉根を寄せてのどをなでる。

 長い話はまだ負担になるのだろう。そう思うのだが、ひとたび聞きかけてしまったことで、少女はその先を知りたくなってしまった。こんな出だしだけ聞いたところでおあずけをくらうことを想像して、耐えがたく思ってしまった。

 少女は急いで替えの茶を用意すると、せがむように提督に話をうながす。

 口もとをゆるめた提督は、熱い茶を冷ましながらすする。ゆっくりと、味わうようにしみわたらせて、湯呑みを机に置く。

 それから、ようやく続きを話しだした。

「あなたも知っているだろう? 私の兄のことは」

「ああ。たしか、陸軍の出世株なのだったな」

「そうだ。優秀な兄と比べられるのがいやで、それでも自分の才能をあきらめられなくて、私は海軍に志願した。必死に勉強して、秀才たちに追いすがった」

「うむ。じゃからこうして、この基地の提督に納まっておるのだろう?」

 そこまで口にしたところで少女の脳裏に整理された疑問がよみがえる。

「いや待て。おぬしの提督の任は、その兄からの斡旋によるものだった……」

「思えば、あなたの抜け目のなさは着任当初から健在だったな」

 考えこみだした少女に、提督は苦笑をこぼす。

「その話にもつながるが……ともかく、学校を卒業してからも、私は寝る間を惜しんで一層勉強に励んだ。そうでもしないと、同期たちにすぐに追い抜かれてしまうのがわかっていたから。けど、それがたたったんだろうな……」

「体を壊した、と」

 提督はうなずいてまた湯呑みに口をつける。しかめる顔はのどへの刺激によるものか、茶の苦味によるものか、それとも……。

「人並みに体力はあるつもりだったんだが、艦隊勤務中に倒れてしまった。肺炎と診断されて半月ほど治療を受けたものの回復せず、派遣先からの帰還を機に、故郷での病気療養を言い渡された」

「それでは、自力での出世は見こめぬというものか?」

「それだけなら、そう悲観したものでもない。肺炎自体も、故郷に戻ってしばらくするうちにすっかりよくなっていた。だが、それからめっきり体力が落ちてしまった。そろそろ復調したかというころに病気を繰り返して、そのつど隊への復帰予定は延びていった」

 提督は淡々と、事実だけを口に上していく。そうつとめているように、少女には見えた。

「そのときか、おぬしが自らに限界を定めたのは」

「っ……」

 一瞬、提督は嫌悪のこもった表情を少女へと向ける。しかし、すぐにそれに気づくと、そんな己を恥じるように面を伏せた。

「そうだな……自分はここまでの男なんだと、思わずにはいられなかった」

 その反応に、少女もまた、しまったと面差しを伏せる。

「すまぬ……。吾輩はどうも、無遠慮に人の心に踏み入ってしまうところがある」

「いや……いや、それはべつにかまわないんだ。ただ……なんだ、驚いてしまってな」

「ふふん。どうせあてずっぽうのようなものじゃ」

 少女が自嘲をもらすと、二人の間にはやるかたない空気が流れた。

 提督は眉間のしわをもみほぐすようにしながら湯呑みを傾け、少女は意味もなく手のひらを見つめてはゆっくりと曲げ伸ばしを繰り返す。

 どちらもなんと声を発していいのかわからず、またその余裕もなく、しばし気まずい時間が流れることとなった。

 時間がたつほどいやになってくるその沈黙を先に破ったのは、少女のほうだった。

「まあ、うむ、すまぬ」

「私のほうこそ……」

「そんなことより!」

 少女の欲求はいつまでも沈んだままでいることを許さなかった。

「おぬしが病気を繰り返したのは聞いた。だが、それは今のおぬしとはつながらん。気取られぬようにしてきたと言うが、何か月も隠しおおせられるほどには吾輩たちもにぶくないつもりだ」

「……そうだな」

 提督は口に含んだ茶を飲みこむと、ぽつりともらす。そして、ふたたび少女と目を合わせると、気持ちを切り替えて話を再開した。

「皮肉なことに、自分自身に見切りをつけたころから、体調はよくなっていった。そんな心持ちで隊に復帰して、どの程度の働きができるものかと、案じながらの日々だった。ちょうどそのころだ。兄が、ここの提督の任を持ち寄ってきたのは」

「ほう。海軍の者からではなく?」

 思わず身を乗り出す少女に、提督は苦笑してうなずきを返す。

「あれは、忘れもしない、朝から雨の降りつづいた初夏の日のことだった……」

 提督の視線が少女を離れ、うしろの壁を通してさらに遠くへと向かう。

「あの日、兄は強まる雨足の中、ふらりと姿を現した。前触れもないいきなりの帰郷に、だれもが驚いた。しかし、私にとってもっとも驚かされたことは、なにより持ち掛けられた話の内容だった」

「ふむ……」

「とても務まるものではないと、私は何度も辞退した。だが、兄は少しも引き下がらなかった。これはすでに決定事項であると、国の護りを与る名誉ある任務をなんと心得るのかと、否とは言わせぬ調子で承諾を迫ってきた」

「なにやら、裏がありそうな話だな」

 言うと、提督は重たい息を吐いた。

「そうだな。懇々と説き伏せられた末にとうとう引き受けることにしたが、なんのことはない。兄はライバルの面目をつぶすために私を担ぎ出していたらしい。それで、引っ込みがつかなくなっていたという事情もあったようだが……」

 人をなんだと思っているのやらとばかりに肩をすくめる提督だったが、その表情にうらんでいるような色はうすい。そんな様子を見ていて、やはり兄弟なのだろうと、少女にはうなずけるものがあった。

 その一方で、少女の頭は今の話を素早く分析してもいた。

「なるほど。おぬしがここの提督になることが、おぬしの兄のほうの政治に関わる、と……」

「まあ、そういうことだ」

 言って、提督は湯呑みに口をつける。

「つまり、話を戻すと、私の体は表向き健康を取り戻していたが、落ちた体力まで回復させることはできなかったということだ。ちょっと無理をすると、すぐにこの調子だ」

「それを、だましだましやりくりしておったと」

 それにうなずくと、提督は湯呑みに残った茶をあおる。静かに戻された器の中身は飲み干されていた。

(なるほどな。そういうことなら、ますます吾輩の考えは補強されるというものだ……)

 その湯呑みをながめながら、少女は素早く自らの頭を整理していく。

 ちらりと見ると、提督は少女に自身の体調のことを語ったためか、もはやとりつくろう様子もなくぐったりといすにもたれかかっている。

 これ以上は、もう休ませるべきだろう。そう思うのだが、かといって今日このときを逃すと次にいつ機会が訪れるのかわからない。妹にも、ほかのだれにも、聞かせるわけにはいかない話だからだ。少なくとも、この段階ではまだ。

「そういえば、あなたはここになにをしに来ていたんだ?」

「ああ……それは、明日から任務に復帰するから、それを知らせにと……」

 迷い心になかば上の空で答える少女に対し、提督はもうお開きにしようと告げてきた。

「わかった。それなら、明日以降はそのつもりで編成を考えよう。もう退室していいぞ。筑摩ともども、またよろしく頼む」

 さらには、続きの私室の鍵をとりだすのが目に入った。もはや、のんびりと決心を遅らせていられる雰囲気ではなくなっていた。

(どうする。このままでは……)

 このままでは、時機を逸してしまう。

 少女は、一瞬の逡巡ののち、腹を決めた。

「なあ、提督よ……」

 言って、少女はあやしく笑む。

 少女を動かす欲求はひとつ。

 知りたいのは、今なのだと。いつになるかわからない次の機会などではなく、今まさに確証を得たいと、自分は思っているのだと。

 時間がたてばたつほどに、この気持ちは熱を失っていくことだろう。たとえ明日すぐであろうと、抑えきれないほどに気持ちが高ぶる今以上に欲求を満たす快味を与えてくれる瞬間は存在しないのだ。

「なんだ? あまり長い話は遠慮してほしいのだが……」

 ひとたび決意すれば、心はかつてないほどに晴れやかだった。

 歓迎していないそぶりを隠そうともしないその態度にも、少女はまるで頓着しなかった。

「かまわん。おぬしはただ首を縦か横にふるだけでよい」

 喜色を満面にたたえた口から、一方的な宣言が下される。

「この基地、吾輩たちの存在はつまり、こういうことなのだろう――?」

 そして、少女はついに禁忌を暴きたてた。




「あのときは、本当に驚かされた」

 柔和な表情を浮かべながら、提督はしみじみとつぶやく。

 茶を取りに行った妹はまだ戻ってこない。他人に聞かせられない話をする時間は、もう少しありそうだった。

 少女はほおづえをつきながら提督に指摘する。

「隠しきれると思うほうがどうかしておろうよ」

「それでもだ。あれこれ疑問を持たれるだろうことは想定していたが、そのものずばりを言い当てるものだから」

 少女が述べたてた仮説は寸分のくるいもなく真実を解き明かした。遠征部隊の者たちをのぞいて、他の仲間たちにはまずたどり着けるものではないだろうと思ってもいる。

「じゃが、おぬしの兄は、この事態すらも予測しておったのだろう?」

「そうだな……。あの人は、どこまでも遠い存在だ」

 実際のところは、来るべき未来として考えられていたのか、起こりうる可能性の一つとして考えられていたのか、裏の意図まで読み取ることはできないというのが正しいところだ。しかし、その場合の指示まで便りを送ってよこしていたのを知ったときは、背筋がぞっとする感覚を味わったものだった。

「結局、吾輩たちはどこまでもお偉い者どもの手のひらの上じゃ。ならば、こちらはこちらでやりたいようにやるのが一番じゃろう」

「任された役目は一日も早く果たすべきだと思っているが……」

 ちらとこちらをうかがう提督の視線をつっぱねるように、少女は軽く手をふってみせる。

 だいたいのところ、作戦の進度が鈍くなっているのは提督自身の方針によるところが大である。それをさしおいてこちらを頼みにされても、無理があるというものだ。

(それに、吾輩としては方針転換に異議はないにしても、それを言うこやつのほうはとなると……)

 じっと見つめていると、提督も視線の意図に気づいたらしい。少女に示してみせるように軽く腕を広げる。

「私の心配をしてくれるなら、今のところは問題ない。あなたたちが手伝ってくれて、負担も軽くなっているからな」

「それでも足りておらんから言うのだ。もっとほかの者にも声をかけようにも、知られるわけにはいかん情報が多すぎるときた」

「あなたには、苦労をかける」

 うれしそうに言うことかと少女は思うのだが、どうせ無駄だろうと、鼻を鳴らすにとどめた。

 機密を暴いた日から、提督は少女に、ときおりこうして気を許した雰囲気を見せるようになった。共犯者めいた感情を抱いているのだろう。そうしたやりとり自体は悪くないと、少女も思う。

 その一方で、得意げに推測を披露した直後から少女にまとわりついているのは、だれに話すわけにもいかない秘密を抱えこんでしまった動揺だった。

 暴くことに対して期待した愉快も、あるにはあった。しかし、提督の保証が得られたことで、次にはその事実の意味するところに思いをいたさずにはいられなかった。それによって、直前までの熱は急速に冷めていってしまったのだった。

 皆が疑問を覚える秘密を明らかにしたい。つき動かされるようなその欲求に動かされた結果、それが満たされるにはいたったものの、わかったのは機密に指定されるにはそれだけの理由があるということでしかなかった。自らかぎまわってそれを目のあたりにしてしまったことに、少女は後悔すら覚えた。

「なんの、自分でしでかしたことの後始末のようなものじゃ。おぬしにもいらぬ気苦労をかけたことだし、これくらいは働かせてくれ」

「反省したならそれでいいと、何度も言っているだろう? だが、あなたがその気なら、私としてはこれからもそうしてくれるとありがたい」

 提督の言葉にこめられているのは、少女への信頼だった。当然だろう。あの夜から、少女は心を入れ替えて熱心に助力を申し出ているのだから。

 ただ、その裏で、少女には自身を歯がゆく思う気持ちも存在した。

(手伝っておるといっても、この程度では気休めにしかならん。本当にこやつの助けになるつもりなら、もっと、こちらの身を切るようなこともしなければ……。それなのに、吾輩は……)

 そうしないのは、結局、わが身可愛さのゆえなのだった。

 他者から気味悪がられるかもしれないことがこわくて、信頼される者たちに嫌われてしまうかもしれないことがこわくて、中途半端なことしかできず、こうして居心地のいい立場にとどまってしまう。

(臆病者なのだ、吾輩は……)

 それなのに、提督は少女に迷いのない強さを信じている。

「なんなら、利根。機密の一部を皆に話してしまってもかまわない。そのほうがいいと、すべてを知るあなたが判断するのなら、私に異存はない」

 その印象にあやかりたくて、けれどためらう気持ちを捨て去れなくて、答える少女の表情はぎこちなくなった。

「考えておく」

「まあ、もしものときはというやつだ。知ったところでもてあましてしまう類の情報だとは承知している」

「まったくじゃ。いたずらに探り当ててしまったせいで、筑摩のやつにも言えん秘密ができてしまったぞ」

 少女は心から息をつく。絡みついて離れないようなこのどうにもできない気持ちも、ともに出ていってしまえばいいのにと思いながら。

「それだけ、大切だということだろう?」

「そうじゃな」

 実感のこもった調子の問いに、少女は心から同意した。

(吾輩は、まがりなりにも筑摩の姉なのだからな……)

 それとともに、懲罰室での叱責が脳裏によみがえる。

 あのとき、少女は妹の身よりも自分自身の欲を優先させた。妹に対する、なんらの申し訳なさも覚えることなく。

 少女自ら懲罰室から出してやった妹は、表情から生気がすっかり失われてしまっていた。それから数日の間、片時たりともそばを離れようとせず顔色をうかがいつづける妹に、少女は自身のみにくさをまざまざと見せつけられた気がしたのだった。

(あやつをあんな目にあわせておきながら、それでも姉と、名乗っていいのであればな……)

 そんな回想に沈んでいこうとする少女に対し、そうと知らぬ提督は陽気に書類の束を繰っていた。そして、ゆるく笑みをたたえながら、つぶやくように言う。

「筑摩も変わらずあなたを慕っているようだし。なにはともあれ、あんなことがあったあとでも、あなたたち二人の仲がよさそうでなによりだよ」

「あやつは、慕っておるというよりも……」

 少女を見失ってしまうことをこわがっているにすぎないのだ、とまで口にすることはできなかった。

「ん、違うのか?」

「いや、なんでもない」

 少女は笑顔をとりつくろってその場をごまかす。

(知らぬなら、気を回させる必要はない)

 提督には、もっと集中してほしい問題がいくつもあるのだから。

「利根。まあ、ちょっとした悩みはあるかもしれないな。私を手伝ってくれるのもありがたいが、ときには筑摩と二人で思いっきり楽しんでくるのもいいんじゃないか?」

「それもよいかもしれぬな。ふむ、考えてみよう」

 だから、重ねての質問にも、少女は抱える懸念をおくびにも出さずに答えてみせた。

 しかし、次の一言はあまりにも予想外だった。

「そうするといい。なんなら、千歳と千代田のような関係になってもいいんだぞ?」

「は……?」

 はじめ、少女は聞きまちがいを疑った。だが、続く提督の言葉は、少女の耳の正しさを裏づけるものでしかなかった。

「この基地島で、忘れられないだろう記憶を作った二人だ。あなたたちも、彼女たちに続いてみてはどうだ?」

 それに、少女はなんと答えていいかわからなかった。

 うわさされる二人の関係を自分たちに置き換えてみようとしたが、抱いたことのない感情をもとにした話だけにまるでぴんとくるものがないのだ。まさか、自分たちはそんな仲だとでも思われているのだろうか。

「その……な、吾輩たちは、べつにそんな趣味があるわけでもなく……」

「あー……すまない。あの二人をあげたのはあくまで一例としてだ。さすがに、やや特殊な関係だとはわかっている」

「じゃ、じゃよな」

 ほっと、少女は胸をなでおろす。

 だが、と提督は言う。

「だが、この島で過ごした時間をいちばん有意義なものとしているのがあの二人であることは確かだ。私は、正直、彼女たちがうらやましくもある」

「まあ、そういう見方もあるか」

 心から言っている風な提督の言い分はわからなくもない。作戦が中途段階である今、誇れる成果といって私生活上のものが公的なものに優越するのはしかたのないことだろう。

「だから、できることならほかの皆にも、この基地で過ごした時間を、よかったとふりかえれるようになってほしい。一人でも多くの者が、万が一、作戦が失敗に終わっても、これだけは確かだったと言えるなにかを、手に入れてほしいんだ」

 とはいえ、だからといって、それは作戦の失敗を引き合いに出してまで口にすることだろうか。少女は首をひねらずにはいられなかった。この点、少女の思考はまず軍人であった。

「たしかに、それができたら理想じゃが、第一に考えるべきは作戦の成功であろう?」

 一方の提督は、そんな少女の内心を知ってか知らずか、ひとり話を進めていく。

「優先順位はそうだ。しかし、危機に瀕してもうだめだと、あきらめてしまう者と、こんなところで死ねないと、生きて帰りたい場所があると、そう思える者との差は大きい」

「それはそうじゃが……」

「そんなこともあってな。皆が皆、思い思いに大切なものを見つけていってくれたらと、思っているんだ」

 提督がそういう人だとは知っていた。しかし、これでは放任主義こそが理想だと言っているようなものではないか。

 がまんしきれなくなって、少女は異を唱える。

「おぬしは、それだからいかんというのだ」

「そうかなあ?」

 提督はわかっていないのだ。上から押さえつけるのが、今の仲間内の不和を収めるのに一番手っ取り早い手段だと。

「おぬし、仲間内でどれだけ吾輩たちに甘いと認識されておるかわかっておるか?」

 いや、実際はわかっているのだろう。わかっていて、それでもあえて今の態度でいるのだろう。先の演説じみた言葉が、自分たちに対する一番の思いなのだ。

 しかし、すでに発生している摩擦に見られるように、すべてがすべて期待通りの形になるとはかぎらない。そんなことになっているのは、やはり提督の態度によるところが大きいと、少女には思えてならなかった。

「だいたい、吾輩の懲罰室入りだって、ちゃんとした反省をひきだす前に許してしまいおって……」

「なんだ、利根。もっとあの中にいたかったのか?」

「そういうことではないというに!」

 それなのに、提督はまるでこちらの言いたいことをわかってくれる気配がない。むきになるほど見当違いの答えが返されることに徒労感ばかりが募らされた。

「なんというか……すまんな」

 あげく、わけもわからないまま謝罪を述べられるにいたり、少女はとうとうさじを投げた。

「もうよい! 言ってわからぬならば、実際にやってみせるのみじゃ」

「まあ、よくわかんが、ほどほどにな?」

 そんなやりとりをしていると、執務室の扉が静かに開けられた。

 妹が戻ってきたのだ。その手には湯呑みを乗せた盆が握られている。

「どうしたんですか、姉さん? 大きな声を出して」

 心配そうに尋ねてくる妹の様子に、少女はどれだけ自分が興奮してしまっていたかに気づかされた。

(いかん、いかん……)

 気を取り直すと、湯気の立つ茶を差し出す妹に礼を言い、提督を目で示してみせる。

「それがな……」

 こやつが、と言おうとした矢先、妹の硬い声がかぶせられた。

「まさか、また提督が姉さんに迷惑を? 本当に、学習しない人ですね」

「いや、別段そういうわけではなくてじゃな……」

 あわてて否定するが、妹の中ではすでにそういうことになってしまったらしい。すっと立ち上がると提督へと歩み寄る。その顔にはありありと不愉快が表れていた。

「せっかく、姉さんの好意でつきあってあげているというのに、そのうえどれだけ姉さんに迷惑をかければ気が済むんですか?」

 さらに詰め寄ろうとする妹を見過ごせるはずもなく、少女は妹をうしろからひきとめる。

「だ、だから、違うと言っておろうが」

 そう言うのだが、妹はひきさがる気配を見せてくれない。

「すまん」

「ええい、おぬしも謝るな」

 いま提督に加わられても話がややこしくなってしまうだけだ。妹は、なにも本気で提督に怒っているわけではないのだから。

「提督、その場の態度だけは、いつも誠意があるように見えますよね」

 冷やかにそう言ってのける妹に大きく息をつくと、少女はその腕をとってぐいとひきよせた。

「筑摩。そのあたりにするがよい」

 目を見ながらたしなめるように言う。それだけで、かたくなそうだった妹の態度はおびえのうかがえるそれへと変化した。

 少女は申し訳なさそうにうつむく妹の頭を軽くたたく。そうして提督から離れた位置の席に腰かけるよううながすと、少女自身はそのとなりに座ってみせた。

 妹はこちらを見て、すすめられた席を見て、もう一度こちらをうかがってから、おずおずと腰を下ろす。

 そのひざの上に重ねられた手に自らの手を乗せながら、少女はやさしく言う。

「すまんな、筑摩。おぬしにだけ茶を用意しに行かせて、吾輩たちはのんびり談笑などしておって」

「いえ、そんな……私には、これくらいのことしかできませんから」

「そんなことはない。おぬしがあまり気を利かせてくれるものだから、吾輩はついついおぬしに頼りきりになってしまうのじゃ。いつもはかしこまってしまうじゃろうから言わぬようにしておるが、今は言わせてくれ。おぬしには、日ごろより深く感謝しておるのだ」

「はい……」

 加減もかまわず重ねた手を握られて、けれど少女が痛みを覚えるのはその手よりも心なのだった。

(また、筑摩にこんなことをさせてしまった……)

 懲罰室での一件があってから、妹はまれに、ひどくさびしがりな一面を見せるようになった。少女が妹以外にかまけていると、やつあたりのような言動を取って、少女の気をひこうとする。そんなことをひき起こすようになったのだ。

 少女はそれを、なにかあると妹のことを放っぽりだしてしまう自分への戒めなのだろうと受けいれてはいた。しかし、そうと知らない仲間たちから妹が悪く思われてしまうことだけは、忍びなかった。

 妹自身は少女さえ誤解しないでくれればそれでいいと言うが、その原因が少女にあることを考えれば、それだけではあまりにかわいそうになるのだった。

「筑摩よ、それで満足か? もっと、思いっきり甘えてくるがよいぞ」

 握られた手はそのままに、少女はもう一方の手で妹の頭を肩に乗せるようにする。すると、妹は手から腕へと握る先を変え、少女のぬくもりを確かめるようにそっと体を預けてきた。

「姉さん……」

 こちらをうかがいながら言う妹に、少女はどんとこいとばかり、うなずいて返す。

 それで、やっと妹の体から遠慮したようなこわばりがとれるのがわかった。腕に感じる存在感は、心からの信頼の証だ。それが、少女には心地よかった。

(思えば、こやつも甘えかたの不器用なやつだからな……)

 そうしてしばらく、じっと少女に身を預ける妹のしたいようにさせていた。ふれあっている体のあたたかさから言葉にする以上のことが伝わっているといいと、そう思いながら。

 どれほどそうしていたか。やがて、妹は静かに身を離すと、ふだんの落ち着きを取り戻した声で礼を述べた。そんなものは不要だと思うのだが、妹なりのけじめなのだろう。

「うむ。それでは、一服もしたことだし、また続きにとりかかることにするかのう」

「はい、姉さん」

 これだけではとうてい懲罰室での非情のつぐないには足りないが、わずかなりとも埋め合わせることができていたらいい。その一歩が自信になる。

 この分なら、残りも調子よく終わらせることができるだろう。そう思い、妹と適度に冷めた茶を飲みながら作業の分担を話しあおうとすると、反対側からおずおずとした声がかけられた。

「な、なあ、筑摩。私の分のお茶はないのか?」

 言われて気がつくが、妹が持ってきていた湯呑みは二つ。一つは少女に差し出されており、残る一つもたったいま妹が口をつけてしまった。

 察しのついた少女が目を向けると、妹は不機嫌に顔をしかめていた。

「提督の分も用意するなんて、言いましたっけ?」

「たしか……吾輩と茶にでもしようと、それだけだったか」

 それに妹がうなずくのを見て、提督はがっくりとうなだれた。気の毒に思った少女が残っている茶菓子を渡そうとしたが、それよりも茶がほしいとのことである。

「まあ、自分で取りに行くとするよ」

 そう言って提督が席を立った。

 そのとき、扉の向こうから来訪を告げる声がかかった。

「長月だ。司令官、入ってもいいか?」

 出撃任務に出かけていた長月だ。近くの哨戒を終えて報告にきたのだろう。

 少女は妹に目くばせすると、立ち上がって壁ぎわにひかえる。執務机へと戻った提督は、それを確認して入室の許可を出した。

「失礼する」

 扉を開けてあらわれた長月の姿は、簡単な任務だったはずにもかかわらずぼろぼろだった。それを見た少女には、しかし驚きは小さかった。

「なんじゃ、長月。手ひどくやられたようじゃな」

「うん? 利根と筑摩もいたのか」

「少し邪魔をしておる。なんなら、席を外そうか?」

「かまわない。事実を報告するだけだ。不都合はなにもない」

 その言葉のとおり、始められた長月の報告は警戒に回った区域と戦闘の推移を外形的に述べるにとどめた簡潔なものだった。淡々と言葉を発しようとつとめていたともいえるだろう。

 長月でなくともそうなってしまうだろうと思えるほどに、今回の失敗は初歩的で信じがたい不注意が原因となっていた。

「あと一歩のところで討ちもらした敵潜水艦を追って、とどめの一撃を与えようと探索しながら航行していた。そこに、横合いから別の敵部隊からの魚雷を受けた。被害は、時津風が中破、私が大破。追尾に集中するあまり、別部隊と接触する可能性を見落としていた」

「それは、同じ部隊の誰も指摘しなかったのか?」

 思わずといった調子で提督が理由を問う。だれであれ浮かぶ疑問だろう。対して、長月はつかの間、ぐっと言葉を詰まらせた。

 すぐにそれに気づいて口を開いたが、答える調子はあとになるほど歯切れが悪くなっていった。

「わかっているものと思われていたようだ。実際、魚雷を撃たれた方位からの報告はあった、かもしれない。だが、とぎれとぎれではあったが追跡中の敵艦の足取りをとらえていたこともあり、ただの雑音だと判断した……可能性がある」

 どうやら、完全に目の前の敵に気を取られていたらしい。長月ほどの歴戦の者がどうしてと、今この時期でなければ少女もあきれていたことだろう。もしくは、非難めいた声をもらしてしまったかもしれない。

 しかし、少女にも、妹にも、提督にも、その背景にはおおいに心当たりがあった。

「ここのところ、こんなどうしようもない失敗ばかりで、申し開きの言葉もない」

 やや顔をうつむけながらの長月の弁に、提督はいたわりの言葉をかける。

「あなたが気に病むことじゃない。不調を知りながら起用しつづけているのは私なんだ。あなたはそのうちに、調子を取り戻してくれればそれでいい」

「すまない。次こそは、本来の力を発揮してみせる」

 ここのところ繰り返されているだろうやりとりをすると、長月は気丈なそぶりで執務室を去っていった。

 それを見送った少女は、長月の背中が見えなくなってからも閉められた扉を見つめていた。

 しばらく、室内に沈黙が訪れる。

 長月のことは、だれもかれもがなんとかしなければと思っている問題ではあった。現状、八隻の順番で運用されている主力艦の一人として、長月の不調は作戦面で大きな影響をもたらしている。しかし、長月自身が他者の助けを拒むがゆえに、なんら回復の兆しを見ることができないでいるのだった。

「ふぅ……」

 提督のためいきが少女の耳に入る。なにもできないでいる自分に歯がゆい思いをしているのだろう。少女も、気持ちは同じだった。

(だれもがなんとかしたいと考えておる。必要なのはひと押しふた押しだとわかってもおる。ならば、吾輩が動くべきなのだ。それなのに……)

 まずは提督を動かせばいい。そうわかっているにもかかわらず、少女の口はまるでぬいとめられたかのように開くことができなくなっていた。その目で提督をとらえていながら、少女はなんの声もかけられない。

(今、決断せねばどうするというのだ……)

 そう思いながら立ち尽くすほかなかった場面が、これまで何度あったことか。今回もまたその轍を踏むことになってしまうのだろうか。

(吾輩は、これほどまでにふがいなかったのか……)

 情けなさに、ついにはひざが落ちそうになった。

 そのとき、少女の手がなにかに包まれた。あたたかで、心の芯まで伝わるような、それは感触だった。

 ふりかえると、それは妹だった。

 妹は、両手でやさしく少女の手を握ると、なにもかもわかっているというように、そして大丈夫だと告げるように、ひとつうなずいてくれた。

(筑摩……)

 それだけで、少女の中の迷いや葛藤は、すべてとけだしていくかのようだった。

(……ありがとう)

 口に出さずにつぶやくと、少女は力強い笑みを浮かべて妹にうなずいて返してみせた。

 提督のほうに顔を向け直すと、少女は大きく息を吸う。

「提督よ、そうしけた顔をするでない」

 沈んだ気持ちなど吹き飛ばしてしまえそうな、威勢のいい声を出すことができた。

「利根。しかし……」

 こちらを向いた提督の顔は浮かない。

「おぬしでは長月になにもしてやれない……か?」

「そうだろうな……」

 同意して、提督はまたうつむきかける。その視線の先の机へと、少女は自らの手のひらをたたきつけた。

 驚いたように顔を上げる提督の目の前で、ことさら不敵な笑みを浮かべてみせる。

「迷うな」

 真正面から目を見つめながら、少女ははっきりと言う。

「おぬしがこの基地で最も気にかけておるのが長月だということはわかっておる。ならば、一度や二度の拒絶で、その気持ちをひっこめたりなどするな」

「だが……だが、今の長月に声を届かせることができるのは……」

 提督の目は、傷つくことへのおそれに揺れていた。つい先ほどまでの自分も似たようなものだったろうと少女は思う。

「たしかに、望月以外に長月の心を救ってやれる者はおらんだろうな」

「なら……」

 少女はもう一度机をたたき、さらに顔を近づける。今提督に必要なのは、おびえる心を吹き飛ばす気概だ。

「それでもだ。おぬし自身の気持ちを伝えることには意味がある。長月も、おぬしをうっとうしがっていたところはあるが、決して心配されること自体を不愉快に思っていたわけではない」

「そう……なのか?」

「そうだ」

 おそれに目を曇らせる提督にはわからなくても、少女にはわかることがある。

「望月がそっぽを向いておる今、長月のことを一番わかってやれるのは、睦月たちではない。おぬしなのだ。状況をよく知るおぬし以上に、長月の心を揺さぶってやれる者はおらぬのだ。そのおぬしが長月のために体を張ってでも声をかけてやらなくて、いったい誰があやつの無理を止めれるというのだ。誰が、あやつの心がこれ以上深みにはまってしまわぬよう、呼び止めてやれるというのだ」

 少女の剣幕は、いつしかつかみかからんばかりになっていた。提督はのけぞり身をひこうとするが、少女は逃すまじと迫りつづけた。

 言いたいことを言い終えると、少女はわかったかとばかり、険しい視線を向ける。

 数秒の沈黙ののち、提督はふっと少女から目をそらした。そして、ひとつ息をつくと、がりがりと頭をかいた。

「ああ、もう……。わかった。わかりました」

 その態度はふてくされたようでありながら、あきらめるよりも行動することを選んだ活力を感じさせるものがあった。

「うむ。わかればよい」

 少女は満足げに笑ってみせた。

(やれば、できるではないか……)

 まだ一歩。だが、これは大きな一歩だと、そう思わずにはいられなかった。これなら、次の一歩への不安も軽くできるだろうか。

 すっかり油断してそんなことを考えていると、不意を打つように意地の悪い声がかけられた。

「それにしても、利根、いちばん長月のことをわかってやれるのは私だって? とんでもない。一番はあなたなんじゃないのか? あんなにこわいくらいなにもかも見通したように言うくらいだ」

 隠し事はできないなと皮肉げに笑う提督に、少女は苦く笑い返すことしかできなかった。あれこれ頭に浮かんでは打ち消されていく雑念に、うめきださずにいるのがせいいっぱいだったのだ。

(こわい、か……)

 照れ隠しだとわかってはいても、その言葉は少女の心にじくじくとした痛みを与えずにはおかなかった。

 そんな少女に代わってぴしゃりと答えたのは、妹だった。

「姉さんはなんでも知ってるんです。秘密にできることがあると思っているのなら、それこそいい笑いものですよ」

「今なら、その言葉も額面どおりに受け取れるよ」

 それだけ言うと、提督は茶を取りに食堂へと向かっていった。

 執務室には、少女と妹の二人が残された。

「まったく、あの提督ときたら、姉さんに迷惑をかける以外のことはろくにできないくせに」

「すまんな……」

「いいんです。姉さんが少しでも気を楽にしてくれるなら、それで」

 妹が本心からそう言っているのがわかるがゆえに、この程度でへこたれてはいられないと、少女は思いを新たにした。憎まれ役を買わせてしまう妹に報いるためにも、さらに強く覚悟を固めなければならないだろう。

 だが、その前に、今は妹にもっと感謝の気持ちを伝えたかった。

「筑摩よ、少しよいか?」

「なんですか?」

 妹の正面に回ると、少女はその手を取って軽く額に当てる。

(この手が、吾輩に勇気を与えてくれたのだったな)

 そして、顔を上げると、照れたような妹と向き合い、口を開こうとした。

 まさにその瞬間のことだった。

 耳慣れた爆発の音が響きわたってきた。それと同時に、基地棟をふるわせるほどの振動が室内をかけぬけた。

「敵襲か!?」

 叫ぶや、少女は一も二もなく音のした現場へと走り出そうとした。また、うしろに残すなにもかもをかえりみずに。

 しかし、今回はその腕を、はっしとつかむ手があった。

 さらに、消え入りそうな妹の声が耳に入る。

「……姉さん。私も連れていって……くれませんか?」

 そう言う表情は、今にも泣きだしそうにこわばっていた。その心の内には、どれほどのおびえがうずまいていることだろうか。

(いかんな、吾輩は。ただこれだけのことに、これほどの勇気をふりしぼらせてしまって……)

 少女はきびすを返して大きく息を吸う。そして、満面の笑みを浮かべると、逆に妹の手首をつかみとった。

「いくぞ、筑摩! 全速力だ!」

 そう言うと、妹の顔がみるみるうれしさに染まっていくのがわかった。

「はい……はいっ!」

 妹の返事を聞くと、少女は全力で走りだした。

 一拍遅れて、妹も引かれるままに走りだした。

 そうして、少女と妹は、つらなるように執務室を駆け出していった。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 以上。登場キャラの現在のレベルは利根62、筑摩62、長月62。名前だけの登場では、千歳62、千代田62、龍田62、吹雪50、時津風26、望月62。
 『海色』を聴いてたら利根姉さんの主人公力が上がりました、とかそんな感じで。
 記事タイトル。冬イベってもう1か月以上前ですが、前回更新からこっち、それぐらいしか見出しにするような進捗がないのが現状でして……。3-4や4-4と2-5の難易度、星の数がほとんど同じなので、先に2-5をクリアしてからと考えてたらいっこうにボスに勝てないという。
 あ、冬イベでの戦果としては時津風をドロップしました。ここのところ新艦ゲットがほとんどなくなってるんで、こういうなかなかレアな艦のドロップはありがたいところです。
posted by 青山尚之(あおやまたかゆき) at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする